ハヤテがデルタ小隊候補生としてデルタ小隊に入って三日程経った。
新たに入った新人であり、そのノリの良い人格もあってケイオスラグナ支部の人々と親しくなっていくハヤテ。そこだけ見れば順調といえるのだが、彼は善人ではあるが同時に癖が強い人間でもあるのだ。それは今までの職歴が示し、そして彼女の怒りようがそれをより顕著に表す。
「ハヤテ・インメルマン候補生、出てきなさい!」
彼は興味がある事にしか熱中しない。だから候補生として受けるべき教育や訓練の殆どをすっぽかしているのだった。彼にとって空を飛ぶことが重要であり、それ以外に意味は無い。彼にとって飛行技術以外は不要だと判断しているらしい。
それが明け透けに感じ取れるだけに、戦場を知るミラージュとしては怒りが噴き出して仕方ない。明らかになめているとしか思えない。
故にこうして無理矢理引っ張り出そうとしているわけなのだが、当の本人がまったく見つからない。マクロス・エリシオンの彼方此方を駆けずり回ってもまったく見つからないのである。完璧にサボったというのは言うまでも無く、真面目な彼女は無駄だと分っていても探すしかないのであった。
走って部屋に入っては声を上げ、そして近くにいる人達にハヤテを見なかったのかを聞く。その結果が空振りであり、そしてそんな反応を見る人達はまたアイツはやらかしているのかと苦笑する。
皆から仕方ないなぁといった感じで苦笑される辺り、確かにハヤテは馴染んでいるのだろう。彼の人柄的にも人間関係に問題は今のところ『あまり』ないようだ。少数限定で問題があるのだが………。
そうしてやっと見つけた時にいたのはフライトデッキ。そこで自分の手を機体に見立てて動かす様はどこか子供らしさを感じさせる。見る人によっては母性を感じさせる行動だが、真面目な彼女にとってそんなことは一欠片もない。
「やっと見つけましたよ、ハヤテ・インメルマン!」
怒ってますと誰が見ても分る表情でハヤテを睨み付けるミラージュ。そんな彼女にハヤテはニカっと笑いながら空を指す。
「そろそろはじめるかぁ……ん」
反省や罪悪感など一切無く、ただ早く空が飛びたい。そう伝えるハヤテにミラージュは自分の中でぶちりと何かが切れる音がした。
そして始まった飛行訓練。使用される機体は訓練用として再設計しEXギアをコクピットに搭載した『VF-1EX』。初期の機体なだけに性能は現在主流のVFと比べると圧倒的に悪いのだが、その分癖がなく操縦しやすい。だからVF乗りはまず最初にこの機体で訓練をする。様々な癖はあれど飛行機というのは基本は同じである。その最低限を学ぶのにこの機体は打って付けというわけだ。
そして空を飛ぶのは赤と青のVF-1EX。赤い機体は安定した機動を見せており、その腕前がかなりの物デあることが窺える。対して青い機体は常にブレていて不安定だ。誰がどう見てもひよっこが乗っていることが窺える。
そして飛び始める二機なのだが……………はっきり言って酷いの一言に尽きた。
赤い機体が先導し手本の機動を見せるのだが、青い機体はそれをまったく出来ない。不安定な飛行はバランスを崩し風に弄ばれてふらつき、酷い時には失速して墜落しかける。それをAIの操作を用いてオートで食い止めるのがミラージュの仕事であり、その無様な姿を見せられる度に彼女はイライラし文句を垂れる。だがその文句も全て正論であり否定出来る要素はどこにもない。まさに正しいことであり、それを言われてもまったく懲りないハヤテは相当なものだろう。
そして訓練が終わればハヤテはフライトデッキで顔を真っ青にして吐き気で嘔吐き、ミラージュはそんなハヤテに白い目を向けながらちゃんと講習などを受けろをきつめに言うと背を向けて去る。その胸中に半端ではないストレスを抱えてだ。
そしてそんな彼女はその後どうしてるのかと言えば………………。
「みーちゃん、お疲れ様。今日もご苦労様」
ラグナシティの風景が良い喫茶店、そこにあるオープンテラスの横に広い椅子にアキトに寄り添うように身を預けて甘えていた。
「いつもありがとうございます、あーちゃん…………」
いつものミラージュからは考えられない様子に見知っている者が見たら目を剥くかもしれない光景だが、割かしそうでもない。
最近『デレデレミラージュ』なんて呼ばれ方をしてるところなんかを見られることが割と多く、その殆どが今までのミラージュと違い恋する乙女の顔である。その時は決まってアキトと一緒であり、そして絶対に彼に甘えている時である。
これだけベタベタにくっついていれば恋人にしか見えないものだが、それでもミラージュ曰く、まだ恋人ではないというのだからいい加減にしろと突っ込みたくなるものだろう。本人達からしたら家族や兄妹に甘えるようなものに近いんだとか。絶対に言い訳にしか聞こえないというのがケイオスラグナ支部の面々の意見である。
そんなわけでミラージュはこうして頻繁にアキトに甘えることが多くなった………というか、毎日一回は必ず甘えているかも知れない。
勿論指摘すればミラージュは顔を真っ赤にして否定するかもしれないが、それでもこんな姿を見られたら否定出来る要素などどこにもない。それぐらい今の彼女はデレデレであった。
「あーちゃんからも言って下さい。あの半端者にちゃんと講義に出るように」
アキトにお願いするミラージュ。その声には滲み出た疲労とアキトへの甘えがたっぷりと含まれていた。
そんなミラージュにアキトは苦笑を浮かべる。
「僕からも注意はしてるんだけどね。ハヤテが中々聞き入れてくれなくて」
同じ寮住まい、しかも隣同士ということもあって頻繁に触れあっているアキトとハヤテであるのだが、アキトがその件を説得しても帰ってくる答えは『考えておく』というものだけである。その言葉から考えていないことが分ってしまうのでアキトとしては苦笑するしかない。酷い話ではあるのだが、これはハヤテの問題である。アキトが怒って注意する様なことではない。窘める程度には注意するが、それで聞き入れないならソレまでの話なのであった。寧ろ逆にミラージュとの飛行訓練で上手く飛べないことに対してのストレスが溜まっているようでそのことを相談されることもある。
「アイツは馬鹿ですか。普通に講義を受けていればまず失敗することもないはずなのに! それにアイツの思い通りに飛んだら即座に墜落します」
アキトからその文句をやんわりと聞かされたミラージュはそのことに対して怒るのだが、アキトに怒ってる姿を見られたくないということもあって拗ねているような怒り方となった。
そんなミラージュにアキトは落ち着いてと優しく声をかける。
「まぁまぁ、抑えてみーちゃん。ハヤテだってそれなりに考えてるんだよ。自分なりに飛ぼうとしてる。ただ感覚派みたいだから、どうにもね」
感覚的に操縦するタイプと学んで教習により堅実に操縦するタイプと主にふたつに分かれる。ミラージュは後者でありハヤテは前者らしい。ソリが合わないのも無理もないかも知れない。ちなみにアキトは前者ではあるが、それは阿頼耶識を通してのよりダイレクトなものである。ただの感覚派とはものが違いすぎるので例外だ。
アキトにそう言われてもミラージュはやっぱり納得は出来ないらしい。ストレスのたまり具合が半端ないのもあってそれが逆に彼女の甘えを加速させる。
「つまりあーちゃんはハヤテの味方なんですね、裏切り者~」
「そんなことはないよ。僕はいつだってみーちゃんの味方だよ」
拗ねたように頬を膨らます様子は普段よりも幼さを感じさせる。もしかしたら若干幼児退行を引き起こしているのかも知れない。
そんなミラージュをアキトが可愛いと思わないわけがなく、自分の頬が緩むのを感じてしまう。
そしてそんなアキトの優しい笑顔を向けられてミラージュは自分がしていることの幼稚さに恥ずかしくなるが、同時にグイグイ行くべきだと乙女心に従いアキトを見つめる。
「だったら証明して下さい。あーちゃんが私の味方だっていうこと」
上目遣いのそんなお願いにドキドキしない男はおらず、そしてアキトも例外ではない。だがどう証明すれば良いのかと軽く悩み、そして困った顔をした。
「みーちゃん、どうしたらいいかな?」
その答えにミラージュは少し考え、そして顔をトマトのように真っ赤にし、そして…………。
「な、なら、その……き、き…………やっぱり、その………ぎゅってして下さい…………(わ、私のヘタレ~~~~~~~~~~~~~~~)」
内心ヘタレだと嘆くミラージュ。流石にまだキスは早いだろうと自己完結するのだが、やっぱり勿体ないような気がして仕方ない。
そんなミラージュのお願いにアキトはお願い通りに腕を回し優しくギュッと抱きしめた。
アキトは腕や胸越しに女性特有の柔らかさを感じ、そしてミラージュはそんなアキトの胸の鼓動を聞いた気がした。
「どう……かな、みーちゃん?」
いつもニコニコ笑ってマイペースなアキトにしては珍しく緊張している。それがどこかおかしくて、そしてそんなアキトを見てミラージュは嬉しそうに笑った。
「合格です、あーちゃん」
そんな訳でハヤテで溜まったストレスをアキトによって癒やすという構図が最近出来上がっているわけであった。
まぁ、アキトからしたら嬉しいかぎりなのだが。
だが…………それでも耐えられないものがあるらしい。
「最終試験です! 模擬戦でアイツを完膚なきまでに叩き潰します!!」
どうやらハヤテはまたミラージュの琴線に触れたらしい。そんな彼女にアキトはお手柔らかにと供に頑張ってと声をかけるので一杯一杯であった。
そして意気込んでいるミラージュが去った後、珍しい人物にアキトは声をかけられた。
「アキト少尉、ミラージュ少尉とハヤテ・インメルマン候補生の模擬戦の後、俺とまた戦ってくれないか」
声をかけてきたのはメッサーであり、その申し出は前回のリベンジマッチ………そして通過儀礼。
それを聞いたアキトは口元をつり上げる。先程までミラージュに向けていた優しい笑みではない。戦場を知り、そして斬ることを楽しみ、殺すことを喜ぶ村正の嗤み。
「いいですよ、メッサーさん。もっと殺り合いましょうか」
その身から発せられる殺気にメッサーもまた不敵に笑うのであった。