アキトがΔ小隊に出向して約一週間が過ぎた。
彼のぱっと見無害そうな顔と大人しくのんびりとした性格のお陰もあって今のところ人間関係に問題は無い。ケイオスラグナ支部の面々との仲は良好といった所だろう。まぁ、そもそもこの支部に人格的に尖った人物がいないというのも大きいのだが。
そんなわけでこの一週間の間、本当に何もなかった。
だが、そのままずっと何もない………なんていうことはないのであった。
それは朝に行われた軽い会議の後に来た。
会議の内容は何てこと無い通常業務の話。Δ小隊の訓練の話し合いやワルキューレとの連携についての話などが話し合われた。
言っては悪いがあまりアキトには関係が無い。特にΔ小隊の訓練に関してアキトが連携を取るということはあまりない。武装が違い戦い方が違うアキトと連携を取るというのは難しいのである。無理にしようとするくらいならしない方が互いにマシだ。アキトからすれば精々邪魔にならないようにしようと思うくらいである。
ワルキューレとの連携も同様であり、航空ショーをするわけではないアキトにする必要は無い。
アキトの立ち回りは遊撃であり、Δ小隊と行動をともにするも立場で言えば別の部隊というのが近い。α小隊やβ小隊と同じような扱いだ。互いに邪魔はしないが作戦域が同じであり、状況によって連携する場合もある。そんな立場がアキトの今の状態だ。
故にこの会議にアキトが参加する意味合いは特にない。強いて挙げるのならば互いの予定の確認というのが近いだろう。それにアキトだってデスクワークくらいはするので仕事をしていないわけではない。
さて、そんなアキトであるがこの度臨時で少尉の階級を与えられることになった。
PMCならば持っていて当然のものなのだが、アキトの所属するPMCにはそれがなかった。何故ならアキト達は階級で呼ばれるということがなく、コードネームとも言える自身の機体の名で呼ばれるからだ。そして彼等は単独で行動する。作戦空域にいるのは必ず一機のみ。それ故に連携というものは存在しない。一騎当千を地でいくのが彼等なのである。
少々脱線したが、そういうわけでアキト達のような存在には階級がないのであった。別にそれで今まで困ったことはなかったのだが、今回の様な他社に出向しての仕事となるとそういうわけにはいかない。だから臨時で少尉として任官することとなったのであった。
だからこそ、私生活を除けばアキトは少尉付けで呼ばれる。そう、
「少しいいか、アキト少尉」
会議が終わったところでこうしてメッサーに話しかけられる時なんかがそうだ。
「どうかしましたか、メッサーさん」
話しかけられたアキトは普通に笑顔で返す。階級で呼ばれるのは勿論、此方が呼ぶことも馴れていない所為か階級付きで呼ばれているのに階級を付けずに返す。その事に最初は突っ込まれたが、まったく反省してないのか本当に忘れているのか、アキトはまったく階級を付けずに呼んでしまう。その為メッサーは既に諦めている。それでもこうして階級で呼ぶのは彼が生粋の軍人だからだろう。
アキトの毒気のまったくない様子にこれから言うことが言い辛く感じるメッサーだが、それでも自分の疑念を晴らすため、そしてこれからの為にそれを口にした。
「本日の午後3時、少尉と俺で模擬戦を行う。一応の実力確認のようなものだ」
その言葉の真意がどうであれ、アキトは少しだけ困った顔で答える。
「それはつまり、僕の能力を疑われているってこと………ですよね」
「そいうわけではないが………そうだな、俺自身で確かめたいんだ。少尉の力をな」
そう答えるメッサーの顔は冷徹な軍人のそれだ。言葉は少し抑えているが、その表情から伝わるのは不信感だ。アキトという異物が役に立つのかどうか、役に立たなければその時は殺すと言わんばかりの殺意を秘めながら。
その隠しても漏れ出してしまう静かな殺意。それを感じてアキトは笑う。彼は確かに温厚だ。のんびり屋でマイペース、大好きな幼馴染みにいっつもくっついているようなイメージすらある。とてもPMCに所属しているようには見えない。
だが、それはアキトの一面に過ぎない。確かにアキトの性格はそうだ。それは昔から変わらない。しかし、それを同時に彼は確かに『村正』なのだ。PMCに所属する妖刀、全てを斬り殺す破滅の刃。敵を見れば斬り殺さずにはいられない凶刃。それが『村正』たるアキトだ。
そして戦うのなら容赦はしないし楽しむ。戦闘狂ではない、殺戮狂である。模擬だから殺すことは出来ない。自分の能力を見せるのに困ることはない。
「わかりました、その話を受けます。あぁ、でも」
そこで言葉を切るとアキトはメッサーに嗤いかける。
「殺す気で来て下さい。じゃないとその首………斬り落としますよ」
「っ!?」
咄嗟に放たれた悍ましい殺気にメッサーは息を飲んだ。
彼は歴戦の猛者だ。軍人として様々な戦場の空を飛んでいる。今まで殺してきた相手を数えたことはないが、少なくとも20や30どころではないだろう。そんな彼でさえ、この殺気は感じたことがない。ここまで悍ましく恐ろしいものを感じることはなかった。だからこそ、彼はアキトを警戒してしまう。とてもじゃないがこの力は正常なものではない。そんな不気味なものがいて良いのかと感じながら。
そんなわけでこの度メッサーとの模擬戦が決まったのであった。
「ねぇ、アキアキ。このエクカリちゃんの操縦席、おかしくない?」
模擬戦をやるということになりミラージュが心配する中、アキトは整備士の人達に自分の半身足るVFー19Σの調子を見てもらうことにした。元はVFー19Aであるが、最早別物。装甲形状は勿論中身もまったく違う。足などどちらかと言えばVFー25に近いかも知れない。それでもVFー19であるということが分かるのは特徴的な機体形状がそこまで崩れていないからだろう。
そんな言うなれば魔改造の行き過ぎた機体のコクピット周りを弄っているのはワルキューレの一人であるマキナ・中島だ。彼女はコクピットを見てある違和感を感じアキトにそう問いかける。
「あまり弄って欲しくないんですけど、何か問題ありましたか?」
困った顔でそう答えるアキトに一緒にいたミラージュは自分の目で確かめたいとマキナがいる所に自分も上った。
「確かにシートにコネクターがあるところは変わってますけど、それ以外は変わっていないような?」
パイロット視点で見る限り問題らしいものはないと判断するミラージュ。そんな彼女にマキナはお茶目に答える。
「ぱっと見はそうなんだけどね~。だ・け・ど、レバーやペダルはまったくそうじゃないんだよね~、これが」
「と、言うと?」
ミラージュの返しにマキナは少しばかり専門家のようにふふんと大きな胸を張りながら答えた。
「実はまったく使われた形跡がないの。レバーもペダルもまったく消耗してないんだ。普通使えば多少なりとも劣化するんだけど、このレバーやペダルにはまったくそんな様子がないの。それこそ新品同然! でも使い続けて少しは経ってるはずだよね。装甲とかは劣化が見られるし。だからおかしいんだよねぇ」
その答えを聞きミラージュは疑問に首を傾げる。コクピットはまったく使われた形跡がないのに機体そのものはかなり使われている。その矛盾が何故なっているのかわからないといった感じだ。
それに対しアキトは変わらずに困った顔で二人に答えるためにコクピットまで近づいた。
「それはこの機体の特殊な操縦装置のお陰かな。操縦席にコネクターの接続部があるでしょ。そこに僕の背中にあるコネクターを接続するんだよ。それでこの機体を動かしてるんだ。だからレバーとかは一切使ってない」
そしてアキトは語り出す。基本的に違法とされる技術によって作り出されたその業を。
「この操縦システムおよび技術の名は『阿頼耶識(あらやしき)』。脊髄にインプラントした装置とナノマシンを使い機体とパイロットを直結させるもので、機体を脳で直接操作することが出来るんだ。単純に言えば機体と自分が一体になる。機体が自分の身体同然に動かせるようになるんだよ」
別に何てこと無い感じで話すアキト。普通に考えればかなり危険なことである。人体にどのような影響があるのかわからない、その上脳がその情報に耐えられるのかすらも。そんな危険を孕んでいるのにもかかわらず、まるでアキトは内緒だよと言わんばかりに口元に指を当てる。
その様子にとても深刻な話し合いになりそうにないとマキナは思い、そしてミラージュは不安そうにしながらもそれ以上は言わない。彼女は前にアキトの背中のコネクターのことを聞いている。その結果言えないと言われているのでそれ以上は聞けないのだ。アキトがそう言えば絶対に言わないと言うことを分かっているから。
だからミラージュはせめてもと思い問いかける。
「アキト、それは痛くないですか? 苦しくないですか? 危なくないですか?」
端から見たら我が子を心配する母親に見えなくもない反応にアキトはクスクスと笑ってしまった。
「みーちゃん、別に心配しなくても大丈夫だよ。別に痛くないし苦しくないし、それにもう馴れたから。それよりも今のみーちゃん、お母さんみたいだ」
そう言われた途端にミラージュは顔を真っ赤にした。それは勿論からかわれて恥ずかしいからである。
「あ、あーちゃん! からかわないで下さい! 私がどれだけ心配してるのか知ってるくせに」
「ごめんごめん」
真っ赤な顔で怒るミラージュにアキトは苦笑しながら謝るのだが、どこか嬉しそうだ。
「二人がラブラブなのは知ってるから。でも今は整備のお時間なんでそれは後でお願いね」
マキナはそんな二人を興味津々に見つつもそう言うと、ミラージュは途端顔を真っ赤にして恥ずかしがってしゃがみ込む。アキトは変わらず苦笑を浮かべていた。
「それでアキアキ、それを聞く限りだとアキアキって『機装強化兵(サイバーグラント)』なの? このシステムだととても機装強化兵じゃないと頭が耐えられなくなると思うんだけど」
マキナの技術者としての意見は普通に考えれば正しい。人間の脳の処理能力だけでとても動かせるようなものではないのだ。脳と機体を直結し直接動かすとして、その情報量に脳が耐えられない。簡単に脳が焼き切れることが予想出来る。だがサイバーグラント(サイボーグ)なら別であり、現にマクロスギャラクシーのVF-27等が似たような操縦方法を取っている。だからこそ、アキトもそうではないのかと思ったのだろう。
だが、アキトはそれに対し苦笑しながら答える。
「僕はインプラントしてるとは言え普通の人間だよ。背中のコネクター以外は至って普通。そんな僕でも使えるようにしてるのが『阿頼耶識』なんだ。それにこれがないと僕は『村正』になれない」
そう答えるアキトはどこか楽しそうだ。その様子にミラージュは不安を感じる。
「アキトはその………あの機体に乗ることが好き……ですか?」
その質問にアキトは少しだけ考え、そしてミラージュを見る目ながら答える。
「そうだね~………みーちゃんと一緒にいるときの次に好き……かな。好きと言うよりも楽しい、だね」
その言葉にミラージュの顔はボンっという効果音が付きそうな程真っ赤になり、そして慌てた様子でアキトに怒り始めた。
「もう、真面目に聞いてるのに!」
「あはははは、ごめん。でも僕は本心で言ってるよ」
それが余計に煽るというのにアキトは懲りてないのか更に言う。その所為でミラージュはもう顔から湯気を出し始める始末である。
そんなバカップルは置いといて、マキナはちゃんとアキトにどうなのかを聞く。アキトはミラージュに謝りつつも簡単に説明し始めた。
「そもそもVFー19Σ『村正』は阿頼耶識が前提の機体なんだよ。それ故の刀、そしてその銘なんだ。人体を動かすかの如く、人以上の動きを求め、それらを持って万物全てを斬り捨てる。それがあの機体。そして僕がその心臓部。僕も含めて『村正』なんだよ」
「つまり阿頼耶識のお陰で通常よりも鋭敏で滑らかに動くことが出来るってこと? 」
「概ねそうだね。それ以外にも色々と隠しダネがあったりするけど……あぁ、ピンポイントバリアが使えないのも特徴かも」
「既におかしい機体だと思いましたけど、最早欠陥品じゃないですか、それ」
アキトの説明にマキナとミラージュの反応は呆れたり何だったりと様々だ。
特にピンポイントバリアが使えないというのは今現在の戦場に於いて致命的にまずいことである。防御力の差があまりにも激しいのだ。
「それも込みで阿頼耶識なんだよ。防ぐんじゃなくて全部躱す。躱せないなら斬り払う。それを可能とするのが阿頼耶識の超精密な動作なんだ。正直機体に繋がったままで僕は縫い物出来るよ。やったことあるし」
もはや何でもアリな阿頼耶識の説明に呆れ返るマキナと不安が募るミラージュ。
そんな二人にアキトは笑いかける。
「まぁ、見てて。頑張ってくるから」
そしてアキトはパイロットスーツを着込むべく、更衣室へと向かい始めた。その背中を見ながらミラージュは呟く。
「無理だけはしないで下さいね、アキト………」
そんなミラージュを見ながらマキナは笑った。
「やっぱりミラミラ、きゃわわ!」
そんな感じでこうして午前中の時間は過ぎていった。