「いや、本当に悪かったな」
シャワーの水音が鳴り響く室内にて、パーティションで区切られた個室に向かって謝るのはこの度の被疑者であるハヤテ。そして謝られているのは彼に吐瀉物をぶっかけられたという災難に見舞われた被害者であるアキトである。
アキトはその謝罪を聞いて困った苦笑を浮かべつつ返す。
「そんなに気にしなくていいよ。ああいうときは仕方ないから」
そう言われハヤテはアキトが怒っていないことに安堵するが、それでもやはり気まずそうにする。勿論本人に悪意はなかった。ただ気持ち悪さが頂点に達して意識が朦朧とし、それでも自分の決意を伝えたくて前に進んだだけなのだ。その結果が決壊、この流れなのである。悪意はなくても罪悪感は拭えないものだ。
そんなハヤテに対し、アキトはその気持ちを察して何も言わない。誰だってこんな事をすれば罪悪感くらい抱くだろう。それに対し此方が出来るのはただ許すことだけなのだから。これがわざとだったら怒りもするが、あの状態でわざとはないだろう。なら仕方ないとアキトは思う。これ以上引き摺っても仕方ないから。
だから話題を変えるべく、アキトは苦笑しながら話しかける。
「こんなことになっちゃったけど、みーちゃんのこと、悪く思わないでね」
アキトにとって自分の事は気になるようなことではない。だが彼女にマイナスになるようなことが起きるのは宜しくない。これから同じ職場の先輩後輩になるのだから、いがみ合ってはいけない。そんな親心のようなものを見せるアキト。彼にとってミラージュのことこそが第一なのである。ベタ惚れな幼馴染みのことを案じるのは当たり前の事であった。
そんなアキトの言葉にハヤテはアキトとあの『性悪クソ真面目女』との仲が気になったようだ。
「なぁ、アンタ、あの女とどういう関係だ? それにこの場所にいるってことはアンタもデルタ小隊なのか?」
彼なりにアキトに興味を持ったらしい。まぁ、これから同僚になる相手との遺恨を残しておくのはよくないという判断らしい。そりゃゲロぶっかけた相手と仕事なんてギクシャクしそうなものなのは目に見えているのだから、少しでも改善しておきたいのだろう。
そんなハヤテの質問にアキトは普通に笑顔を向ける。そのニコニコとした笑顔はとても兵士には見えない。
「僕はデルタ小隊ってわけじゃないんだ。ケイオスラグナ支部に出向って形で依頼を受けたPMCの人間だよ。だからデルタ小隊とは一緒に行動するけどデルタ小隊ってわけじゃないんだ。僕はパフォーマーみたいな動きは出来ないから。それとみーちゃんとは幼馴染みなんだよ。正直みーちゃんがいるからこの依頼を受けたようなものだしね」
アキトのその言葉にハヤテは少し考え込む。
アキトはデルタ小隊ではないということ、そして外部の人間ということを考えて立ち位置があまり良くわからないということ、そしてあのクソ真面目な女の幼馴染みであの女の事をかなり想っているということ。会ってそんなに時間は経たないが、それでも分かるくらいそれが感じられた。
そんなことを考えているハヤテにアキトはあ、と何かを思いだしたらしく手を軽く打ち合わせる。
「そういえばまだだったよね。僕はアキト……アキト・切島です。これからよろしく」
ホンワカとした笑顔でそう自己紹介をするアキトにハヤテはそういえばと言った顔をした。アキトが話しかけやすいこともあってすっかり忘れていたのだ。
「あぁ、悪い。俺はハヤテ。ハヤテ・インメルマンだ。こっちこそよろしく頼むぜ」
ハヤテの笑みを浮かべた自己紹介にアキトも応じ、二人は友好を深めることに。
自己紹介を終えて雰囲気も和やかになり被疑者と被害者という関係も多少は緩んでいく。そうして二人はアキトの人格もあって知己の間柄のように親しげなものへと変わっていた。
「んでだ、アキト。お前のあの幼馴染み、なんであんなにキツイんだよ」
ハヤテはミラージュの態度を思いだしながら顔を顰める。。ただ少し機体に触れただけであんな目に遭わされたのだ。彼からしたら性根が悪いとしか思えないらしい。
そんなハヤテにアキトは苦笑で返す。
「別にみーちゃんはキツくなんてないよ。みーちゃんは真面目で一生懸命なだけ。ただ一生懸命過ぎて空回りしちゃうことがあるだけなんだ。そういうところもまた可愛いんだけどね」
そう語るアキトの顔は惚気ているようにしか見えない。だからなのか、まだ恋愛に興味が無いハヤテには不思議に見えた。
「だからってあそこまで噛み付くか? 俺、何かやけに目を付けられてんだけど」
「みーちゃんは不真面目な人とか真剣じゃない人が嫌いなんだよ。巫山戯てる人って迷惑とかかけるからね。それが嫌だからこそ、みーちゃんが真面目にするんだ」
「それって俺が巫山戯てるって事か?」
「みーちゃんにはそう見えたってことだね」
そう言われハヤテは顔を顰める。彼だって今回の件は真面目に考えての答えであった。それを巫山戯ていると取られるのは自身の決意を侮辱されているように感じられたのだろう。そんなハヤテにアキトは宥めるように言葉をかける。
「ハヤテ、そんなに怒らないで。みーちゃんだって悪気があってそう言ってるわけじゃないんだ。みーちゃんは自分の仕事に誇りを持っているからこそ、真剣なんだよ。デルタ小隊っていうのはただのパフォーマーチームじゃない。ワルキューレの護衛をする危険な仕事なんだ。実戦になれば命の危険に晒されるんだよ。だからこそ、みーちゃんは真面目なんだよ」
その言葉を聞きハヤテは少し考えるが、それでも答えは出ない。命の危機に晒され、そして自分が相手を殺すというこが想像付かないから。まだ実戦を体験したことのないハヤテにはわからないだろう。前回の戦闘は巻き込まれただけだし逃げるだけだったのだから。戦闘をするとしないではまったく違う。その際に相手を害する覚悟があるかどうかでまったく変わるのだ。殺すことも厭わない精神を持たぬハヤテにはまだ早い話であった。
故にハヤテは何とも言えない顔をする。その言葉には何か意味があるのだろうが、彼にはまだ分からないから。
だからこそ、ハヤテはアキトにこう問いかける。
「だったらアキトはどうなんだ? 仮にもそんな危ない仕事をしてる幼馴染みを心配しないのか?」
その質問にアキトはえへ、と笑いながら答えた。
「勿論心配してるけど、でも大丈夫。だってみーちゃんは正義の味方だから」
その答えがまったく説得力がないのだが、何故だかアキトの自信満々な様子にハヤテは納得せざる得なかった。
「お前があの女に心底惚れてるって事だけはわかったよ、ごちそうさま」
これ以上聞いても惚気しか出そうにないとハヤテは判断し話題を切り上げ改めて謝罪しこれからよろしくと挨拶をするのであった。
だがアキトの言葉には続きがある。言葉にしなかっただけで、確かにその続きはあるのだ。
(みーちゃんは正義の味方だから。だからこそ、僕は彼女の為に悪役になるんだ。そして悪ならば悪らしく、彼女に害そうとする輩は誰であろうと容赦せず殺す。殺意を持って、悦楽を持って、快楽にしたがって、殺したいように殺す。やりたいようにやって、村正として斬り殺すだけだよ。だってそれが僕なんだからね)
彼女が正義の味方であるように、アキトは彼女の悪役として存在する。彼女が正義に反することが出来ないならば、その替わり彼がそれを背負う。油断なく容赦なく躊躇なく、妖刀として愉悦を持って斬り殺す。戦場で悪意と殺意を振りまき鏖殺する。彼女を心身共に害しようとするのなら、その輩には命を持って恐怖を刻みながら後悔させる。生存は絶対に許さない。その瞬間にそのものには絶対の死を与える。
それこそがアキトという存在であり、妖刀としての在り方。彼女の為にアキトがいて、彼女を守る為に妖刀と化す。
だからこそ、彼は平然とその狂気を受け入れる。それが妖刀なのだからと。
ハヤテには語らなかったその言葉を思い浮かべ、アキトはシャワー室を出るときその口元は嗤っていた。
「みーちゃん、お待たせ」
シャワーを浴び終わったアキトは私服に着替えミラージュと連絡を取り合い街で待ち合わせをすることにした。
アキトは勿論であったが、ミラージュも汗を流したかったということもあって一旦別れることになり、そこで合流場所を指定して合流することになったのだ。
アキトがミラージュを見つけてそう声をかける。
「べ、別にそこまで待っていません! あーちゃんはその………時間通りに来てくれましたから」
そう答えるミラージュは顔を赤らめながらそう返す。その表情は乙女のソレであり、彼女からすればこれはデートなのだろう。普段真面目な彼女からしたらデートというだけで大事である。そのためなのか、もう今日がOFと言うこともあって服装が違う。
「みーちゃん、とっても似合ってるよ。可愛い」
「そ、そうですか………嬉しいです」
ミラージュは着てる服を褒められて嬉しいが恥ずかしくて俯く。彼女が着ている服はいつもの隊服とは違いオシャレなブラウスに短めのプリーツスカートである。普段動きやすい服装を好む彼女からしたら随分とオシャレに気を回したと言えよう。正直言うと彼女からしたらかなり大胆でアグレッシブな服らしい。それを褒められた事が嬉しいのであった。それにミラージュは良く同性から『格好いい』と言われることはあるが、可愛いと言われたことが無い。自分でも可愛い人間ではないということは分かっているのだが、女の子なのである。可愛いものが好きだし、それに可愛いと言われたいのが本音だ。そしてアキトだけがミラージュにそう言ってくれるのだ。気遣いやおべっかではなく、本音でそう言ってくれる。だからこそ、ミラージュは嬉しいのだ。
「少し大胆じゃないですか?」
照れ隠しでそう答えるミラージュ。顔を赤らめてそう言う姿には普段にはない可憐さがあった。アキトはそんなミラージュに笑顔を向けて素直に答える。
「みーちゃんは美人さんだから、もっとこういう服装でも良いと思うよ。それに普段見られない姿が見れて嬉しいかな。みーちゃんが可愛いってことがもっと感じるからね」
「も、もう、あーちゃんは~~~~~~~」
アキトにベタ褒れされて恥ずかしさから真っ赤な顔で怒るミラージュだが、顔がまったく怒ってない。ポコポコと胸を叩かれるアキトだが、まったく痛くないことから照れ隠しであることが丸わかりであった。
そんなミラージュが愛おしいアキトはクスクスと笑いながら手を差し出す。
「それじゃ行こうか、みーちゃん。ケーキを食べに……ね」
差し出された手を見て、ミラージュは顔が熱くなるのを感じながらも、アキトの手をちょこんと握る。まったく力が入っていないのだが、触れあったところが熱を持って熱く感じる。それが更にミラージュの胸を高鳴らせた。
「…………はい、行きましょうか………あーちゃん」
こうして二人はケーキ屋に向かって歩いて行く。手を繋ぐその姿は誰がどう見ても初々しい恋人にしか見えなかったという。