人工進化研究所――?
そんな…ここは人工知能研究所じゃ…。しかし白いプレートに刻まれている名称はそれを否定している。
それより…これからどうすればいいのかしら…? メタリックグレーの扉の向こうに呼び掛けられそうなインターホンのような機械はどこにも見当たらない。白いプレートの下、ほの赤い光を放つ液晶画面には「LOCK」と表示されていた。
私は今さらながらじわじわと恐怖がこみ上げてきて、自分にしがみつくように両手で二の腕を握りしめる。
おかしな声に誘われてついてノコノコ来てみれば、地下3階までしかないはずの建物の地下60階にいる。挙句、これ以上先に進めず、こんな場所で一人ぼっちで立ち往生なんて…。私、ただお義兄様を探していただけなのに…。
たったいま歩いて来たばかりの通路を振り返る。
戻るべきなのかしら…そうよね…これ以上は…。お義兄様にもユーミアさんにも、研究所の中には危険な実験をしている区画もあるから、不用心に出歩かないように言われて――
ピー、という無機質な電子音が鳴り響く。
ひっ!?
私は身体を震わせて辺りを見渡すと、先ほどまで「LOCK」と表示されていた赤い液晶画面が「OPEN」という緑色の画面に変化している。
同時に、軋んだ音を立てながら扉が左右に開いていった。
コッチよ、サクヤ、早くキテ――
私をここまで連れて来た不思議な声が、再び頭の奥に話しかけてきた。
「い、イヤよ…こんな怖いとこ…私、もう帰りたい!」
私は開かれた扉の向こうに叫んだ。
オネガイ、モウすぐダカラ――
「イヤったらイヤよ! お義兄様に怒られちゃうし、職員の皆さんにも迷惑かかっちゃう…それに…一体私に何の用なの? ここはどこなの? どうして研究所の地下にこんな場所が…」
教エテアゲル、サクヤ、だから、ハヤク――
「もうイヤだよ! こないだだってクマのぬいぐるいについて行ったら変な女の子に襲われるし…危ない場所には近寄っちゃダメってみんなが…」
…アブナクナイヨ? 大丈夫ダヨ?
「危ない人はみんなそう言うってお義兄様が言ってたわ!」
…イヤ、ダイジョウブだってば…ダカラ、早く…
「こんな暗くて人気のない場所に連れ込むなんて…変質者…そう、変質者なんでしょ! 誰か助けて! ここに変質者が…!」
危なくないッテ言ッテンデショこのバカ! ソレニ私はイチオウ女子よ!
え…?
コワガラセないようニ人ガ優しくシテリャツケアガッちゃって、アンタ何様よ! イイカラさっさとアイニキナさい! コノワタシガ命令シテルのよ!
私はいきなり豹変した声の態度に、どう対応していいかわからず呆然としてしまう。ええと…どうしていきなりキレてるのかしら…?
あれ…? さっきまでの声と比べて、少し聞き取りやすくなってる? ノイズ交じりだった声がやや鮮明になって、女の子っぽい声になってる気が…?
「あなた…さっきまでの声と同じ人…なの?」
キョリが近づいたぶん、アナタがワタシからのデンパを受信しやすくなったのよ――
「デンパ…? ああ、電波のこと? でも、受信しやすくなったってどういう…」
全部セツメイするからハヤク! お願い、ワタシの電源ガ切レないウチニ…
不思議な声は恫喝から懇願の色を帯びる、私は…少し躊躇う。声が聞き取りやすくなったからか、相手の気持ちが少しだけ伝わってきた気がする。
この娘…とても焦ってる、そして…私はこの声が誰なのか、知っている気がする。何か…遠い昔に、私はこの娘を知っていた気が…。
私が無くした記憶の手掛かりが、もしかしたらこの奥にあるかもしれない。
記憶が戻れば、お義兄様も喜んでくださるかもしれない。
まだちょっと怖いけど…、でも、きっとこの声の相手は…私が知っている人。
私は自分の記憶を探すため、扉の奥に足を踏み入れた。
話を書くのってホント難しい。