「ねえ、ここは一体なんなの? 入口に人工進化研究所ってプレートがかかってたけど、それってどういうこと?」
私は長い間放置されていたことが伺える薄汚れた通路を進みながら、「声」の主に訊いてみる。
“元々ここにあった施設で、人工知能研究所の前身らしいわ。私もこの場所について詳しいことはよく知らないの”
「声」が答えてくれる。奥に進むにつれてずいぶん音声がクリアになってきた、今はハッキリと女の子の声として認識できる。
でも…この声って…私の声によく似ている気がするんだけど…、気のせい…なのかな。
「あなたはさっき、時間がないって言ってた。それに、電源が切れる前にとかなんとか…、ねえ、あなたは誰なの?」
“…何を聞いても驚かないで…と言いたいところだけど、たぶん無理ね。でも…あなたが本当の自分を取り戻すことが出来れば…きっと大丈夫よ、この私が保証するわ”
それ、全然答えになってない。むしろ不安が増してくるんですけど…。私は諦めて今日何度目かわからない溜息をつく。
この「声」は恐らく私に危害を加える存在ではない。何となくだけど、声を聞いているとそれが理解できる。でも…この言いようのない不安はなんだろう。
“あなたの不安はよくわかる。でも、これはあなたのお義兄様のためでもあるの。あなたが桐夜を愛しているのなら、そして桐夜を許せるのなら、あなたは…あなたが…桐夜を守らなくちゃいけない。死ぬほど理不尽だとは思うけどね”
「お義兄様のため…? あなた、お義兄様を知ってるの?」
“うんざりするほど知ってるわ、もっとも、それは『オリジナル』の記憶だけど…”
「オリジナル…? それってどういう…」
意味なの? と繋げようとして、唐突に通路の右にあるゲートが左右に開いた。
「…ここなの?」
“ようこそ咲夜、そのまま入ってきて”
私は「声」に言われるまま、その部屋に足を踏み入れる。殺風景な部屋だ、壁際にいくつかのデスクと端末が備えられているほか、目立つものは何もない。そして…私のほかには誰もいない。
「どこにいるの? ここにあなたがいるんじゃ…」
“私が姿を見せる前に、話をするのが先よ。この距離なら直接アクセス出来る…”
「え…? 直接…なに?」
“ネットワーク接続”
突如、私の視界が真っ白な光に染まっていく。
今まで立っていた床が消えうせ、浮遊感が身体を襲う。
なに…? 一体、なんなの…?
私は視界を覆う光のあまりの眩しさに目を閉じて…。
気付いた時、私は見知らぬ庭園の離れにある東屋に座っている自分を発見する。空を見上げると、たくさんの星々と、大きな真ん丸いお月様が輝いている…あれ? まだ夜になるには早いはずなのに…。周りには真っ赤な薔薇が四方に咲き乱れている、月光に照らされた薔薇が柔らかな輝きを反射する、とても幻想的な庭園…。
「あなたの名前の由来になったお庭よ。あなたは月の光が世界を優しく照らす時間、この世に生を受けた…。深い夜の闇の中ですら誰にでも見て取れる、美しく咲き誇る花…お母様はそう言っていたわ」
突然声をかけられ、庭園に気を取られていた私はテーブルの向かいに座る少女に気付く。
そこにいた少女は…私自身だった。
* * *
「私の声…? 私の顔…? あなたは…私? ここは…いったい…」
私は自分とそっくりな外見の少女に疑問をぶつける。さっきまで地下にいたのに、どうしていきなり外に…!?
「落ち着いて。あなたが移動したわけじゃない。あなたはまだ、あの地下の部屋にいる。回線を通じて、あなたの意識だけをここに呼んだの。私の姿を実際に目のあたりにするよりも、まずはこのほうが良いと判断したから」
回線を…通じて? 言ってることがよくわからない、でも、ここまで来てしまった以上、話を聞くしかない。私そっくりなこの子は、お義兄様のためと言っていた。ならなおさら…無理にでも話を聞いてやるんだからね!
「ふふ…記憶はなくしたままでも、少しずつ本来の性格が戻ってきてるみたいね、あなた、今にも私に噛みつきそうな顔してるわよ?」
私はそう言われて思わず顔に手を当てる。
あれ…? 私、いま何を考えて…? いえ、そんなことより…
「教えて! あなたは誰なの? さっき私の名前のことを言ってた…お母様のことだって…。わからないことだらけで、振り回されるのはもうたくさんよ!」
「もちろん、全て教えてあげる、そのために呼んだんだから。あの女の思い通りになんかさせるもんですか! だから、私が完全に壊れてしまう前に…咲夜に全てをあげるわ…」