気がつくと、私は月明かりに照らされた薔薇の庭園ではなく、元いた部屋に一人ぼっちで立っていた。
もう誰も私に話しかけてはこなかった。どこからか…ぶーん……という、何かの機械が発するくぐもった振動音が響いている。
…どれくらい、凍りついたように立ち尽くしていたのだろう。いや、文字通り私は凍り付いていた。
わからない、数分かもしれないし、数時間かもしれない。時間の流れは私にとってはもうどうでもいいことだった。
私はそのままの姿勢で目の前の虚空、一点だけを凝視し続ける。しかし実際には何も見てはいない。
わからない、あの子が…
私の身体が機械で出来ていて…それをしたのがお義兄様で…ユーミアさんが脳を機械に載せ替えて、お義兄様にも同じことをしようとしている…?
は、はははははははは…。
なんという荒唐無稽な話だろう。今どき、三流のSF小説でももっと気の利いた設定を作る。
そうだ、きっとこれはお義兄様の悪戯なのよ。ユーミアさんも人が悪いから、お義兄様をけしかけたのね。お義兄様ったら、妹思いで優しくて私は大好きなのだけど、ユーモアのセンスだけは足りないみたい……うふふ、あははは。
あはは…さあ、帰らなくちゃ。もう何時になるのかしら? お夕食はお義兄様と一緒に食べるの、時間に遅れたりしたら大変だわ…。
私はようやく頭だけをわずかに降る。首が、錆びついたような軋んだ音を立てる。
そして、私は視界の端に目を留める。
入ってきた時よりも、部屋が広くなっていることに気付く。
壁があったはずの場所の奥に、空間が出来ている。
そこは、コンクリートが剥き出しの寒々しい部屋。左右の壁それぞれに簡素な鉛色のベッドが並んでいる。金属の足は錆つき、シーツにも汚れが目立つ。左右の壁際にそれぞれ4つ、合わせて8つのベッド…。
誰かが…ベッドに横たわっている。数は…6人? 8つのベッドのうち、6つが使われている。病室…?
私は恐る恐る、ベッドに近づく。
「
小さな声で問いかけるが、答えはない。
「ねえ、さっきの話は冗談なんでしょう? お願い…嘘だと言って…ねえ…答えてよ…
私はベッドの傍まで近づき…言葉を失う。
私の喉はカラカラに乾いて、ひゅーひゅーと掠れた音を発している。
目を背けたい、でも、目の前にあるものから、視線を外すことが、出来ない。
そこにいるのは…いや、そこにあるのは…人間の形をしたガラクタだった。服は着ていない、14、5歳くらいの女の子…。
私は喉元までせり上がってきた吐き気と必死に戦う。
思わず手で口元を覆う。
膝が身体を支える力を失い、コンクリートの床に崩れ落ちそうになるのを必死でとどめる。
右腕が千切れかかっている。肘のところで関節がねじ切れ、わずかな肉と皮膚で辛うじて上腕に繋がっている。
誰かに助けを求めようとしたのだろうか、差し出されたその腕は、ベッドの脇にだらんとぶら下がっている。
左足が潰れている、太ももから下が、万力で挟まれたようにぺしゃんこになっている。もう足としての用を成すとは思えない。
薄汚れたベッドシーツには、乾いた血糊がこびり付いている。血だけではなかった。赤、青、黄、紫…その他よくわからない色をした色の液体が、その子の身体を染めている。
胴体も傷だらけだった、皮膚は裂け、身体中に切開の跡が見て取れる。
裂けた肉の間から垣間見えるのは、骨ではなかった。何かの機械だ、肉の下から様々なコードに繋がった機械がのぞいているのだ。
首から上を…見たくはないけど…しかし、もうそこに向ける自分の視線を止めることが出来ない。
首に…小さな銀色のプレートがかかっている。
そこには、【TYPE SAKUYA A-2 No.001】と刻まれている。
ああ…
私は知らないうちに涙を流している。とめどなく溢れ出す涙をもう止めることが出来なくなっている。
右目が無くなっている。右目があるはずの場所は、ただの虚ろな空洞だ。
顔の左半分の皮膚が焼け爛れている。皮膚と筋肉がずるりと剥がれ落ち…やはり骨ではなく…頭蓋のような金属が…。
ああ…でも…わかる…わかってしまう…こんな…恐ろしい惨状だけれども…。
この顔は…私だ…私の…顔だ…。
胃の中のものを全てぶちまけたいという衝動と、悲鳴を上げたいという衝動が、同時に私を襲う。
彼女が動く気配はない、いや、どういう種類の気配も感じない、これは…もう…動かない…。
どうして…一体これは何なの…わからないよ…私はどうすれば…。
私は残りのベッドに目を向ける。他にも誰かが寝ている…。
薄暗い部屋で、涙に濡れた目を凝らす。
それそれのベッドに5人が寝ているのが見える。
それは全て…A-2よりももっと酷い…ほとんどバラバラになった…私自身…。全部で6つの私の死が、ここに、ある。
私は今度こそ絶叫する。