綾小路人工知能研究所、本館地下5階、このフロアには副所長であるユーミアのプライベートルーム…個人工房があるとお義兄様から聞いたことがある。私はこの施設で目覚めてから、そこに行ったことは一度もない。行く理由もなかった。
今となってはあの女の部屋なんて見たくもない、あいつの異常なファッションセンスから察するに、さぞかし悪趣味な部屋だろうということは想像に難くないからだ。しかし奏の糸がそこを示している以上、避けて通るわけにはいかない。全てはお義兄様を助け出すためなのだ。
「開かない…か。電子ロックだね」
奏がユーミアの部屋の扉をざっと調べて私に言った。
「んー、解錠方法は16桁のパスワードと…網膜認証かな? あれ? ユーミアってアンドロイドの身体になったんじゃなかったっけ? そんじゃ認証通らないじゃん。目玉は生身なのかしら」
奏が首をかしげている。
「さあ、そんなのわからないけど…くっそ…なんて難解なプログラムなの…! さっきの設計基にかけられたプロテクトの比じゃない…これじゃ解錠するのに2・3時間は必要だわ…」
奏が扉を調べる前から、私は
「どうしたの咲夜? 難しい顔で唸っちゃって」
「お願いだから奏…今度こそ黙ってて! 集中させてちょうだい!」
「咲夜でも開けるの難しいんだ?」
「その通りよ! こんなところで時間を無駄に出来ないってのに…」
「んじゃあたしが開けてあげる」
「…は?」
私は奏を振り返る。
「バカ言わないで奏、あのユーミアが仕掛けた電子ロックなのよ? プロテクトとトラップが何重にも張り巡らされて、素人じゃとても歯が立たな…」
…なんだ、これは…?
それは…いつの間にそこにいたのだろう。
奏の横には、真っ黒なボロボロのマントを纏い、歪な曲がり方をした鎌を携えた2メートルはありそうな巨人?が控えていた。
フードの奥から覗くそれは…白い髑髏、まさしく死神そのものの姿だった。
「な…なに、それ…?」
「斬り裂きなさい“断罪”」
奏の命令を受け、髑髏の巨人は禍々しい巨大な大鎌を猛スピードで二度振るう。それだけで、電子ロックに守られた鋼鉄の扉は音を立てて崩れ去った。
「こういうのはね咲夜、力づくで押し通るのよ。律儀に相手の作ったルールに従う義理なんてね、これっぽっちもないの」
「な…なるほど…」
「そしてね、あたしの戦闘人形を見た奴は死んでもらうのも一応のルールなんだけど…。ま、いっか。単なる自分ルールだし、咲夜ちゃんは大事な大事なクライアントだしね。今見たことは絶対に他人に言っちゃダメよ? 特に、同業者には…ね」
奏がその目に妖しい光を湛えて私に言った。
やれやれ、ちょっと不安だったけど…朝倉奏。この子に依頼したのは、本当に正解だった。
「もちろんよ奏、あなたを全面的に信頼するし、働きによってはボーナスも考えてあげるわ。さあ、行きましょう。ユーミアの元へ」
「まっかせなさーい」
そして私たちは、ユーミアの工房へ足を踏み入れる。
* * *
「…なにこれ?」
眩暈を堪えて私は言った。
「趣味わっる…」
天井を仰ぎながら奏は言った。
奏の糸を辿って私たちが辿り着いたのは…ユーミアの、おそらくは衣裳部屋。20畳はあるだろうだだっ広いウォーキングクローゼットの中には、色とりどりの様々なタイプのメイド服が吊るされていた。
問題は…どれもこれもミニスカートだということ。正統派メイドマニアが見たら「こんなものメイドじゃない!」と発狂しそうなラインナップだ。
それだけならまだしも、なぜか下着まで目に見えるところに飾られている。その下着がまた、何と言うか…あのね…なんでパンツに穴が空いてるのかしら…?
「ねえねえ見てこのブラジャー、乳首のとこハート形に透けてるわよ」
奏が用途がまったく思いつかないふざけたブラジャーを広げて見せてくる。ま、まさかお義兄様…ここにある破廉恥な衣装で、ユーミアと…その…エッチなことを…。
「触るんじゃないわよそんなもん…それより糸はどこに向かって…」
「うわぁ、これブルマっていうんでしょ? なんかの漫画で見たことあるかも。本物は初めて見た。…ねえ、体操着なんだよねこれ? なんでお尻のとこに穴が空いてるのかな」
「さ、さあ…?」
「秋葉原にこういうコスチューム売ってるお店なかったっけ? たぶんだけど、エッチなお店」
「知らないわよバカ! いいから糸の先がどこに向かってるのか調べて!」
「へいへい」
奏は平衡感覚を侵されそうなくらいズラッと並んでいるメイド服を押し分けて、その奥の壁を叩いて回る。
「ここだけ音が違う…隠し扉ね」
ふざけていても仕事はきちっとしてくれるのはさすがと言うかなんと言うか。
「開けられるの?」
「これも機械式のロックだと思うけど、そこまで頑丈な素材じゃないし…。“断罪”を出すまでもないわね。あたしだけで充分」
奏が隠し扉と思しき壁に向かって指をちょいっと振るうと、信じられないことに壁が豆腐のようにすっぱりと切り裂かれてしまった。
「な…何をしたの?」
「ああこれ? あたしの糸よ。まあ大抵の材質はスパッと…ね。ウチの劇団秘伝の、大事な商売道具」
「へ、へえ…」
思った以上にヤバいわねこの子…味方に付けておくに越したことはないわホント。
「ふーん、中は秘密のエレベーターってとこかしら。これで地下まで…あ、さすがに気付かれたか」
「どうしたの?」
「連中に付けた糸よ。ユーミアに気付かれたわね、切られちゃったわ。急いだほうがいい」
「行きましょう、一刻の猶予もないわ」
私たちはエレベーターに乗り込み、さらなる地下へと向かう。
「ねえ、ユーミアと対峙する前に聞いておきたいんだけど」
「なに?」
私はずっと疑問に思っていたことを奏に聞いてみる。これから戦うであろう敵のことは、きっちり知っておかなくてはならない。この先、そんな余裕はもうないはずだ。
「四季島ユーミア…、あれは一体何者なの? 奏、顔見知りだったんでしょう」
「ああ…そのこと…。顔見知りっつーか、アイツが引退するまでは同業者だったのよ。もっとも、現場で鉢合わせたことはほとんどないけどね。業界の会合とかでちょっと話したことがあるくらい。まあでも、あのイカれたファッションは一度見たら忘れないわね」
「殺し屋…だったってこと?」
「うーん、ウチはそれがメインだけど、死季嶌書房は殺しは専門じゃないかな。暗殺なら多少請け負ってたみたいだけど」
殺しと暗殺の違いがよくわからないけど…、まあそこはいい。
「ユーミア自身の戦闘能力は? 奏なら勝てるんでしょ、そんな意味のこと言ってたわよね?」
「そりゃサシでヤったらあたしのほうが万倍強いわよ。ユーミアは死季嶌書房13姉妹の末席にいたけど、はっきり言ってあいつら全員相手にしてもあたしは負けないわ。亜桜人形劇団の本質は多対一での戦闘にあるからね…ただ…」
「…ただ?」
「ユーミアはもう人間じゃないわけでしょ? アイツの身体になってる機体がどの程度の戦闘力を持ってるのか、それがわからない限り油断は出来ないかな。さっきのデク…いや、あんたと同じ顔した機体と同程度なら相手にもならないけど、自分の機体ならかなり手を入れてるんじゃないかな。まあ戦闘になった場合は、以前のユーミアのことは綺麗さっぱり忘れてヤるつもりよ」
ユーミアの万倍強いと豪語する奏でも、未知の相手と見て慎重になるわけか…。でも、やはり言わないわけにはいかない。これは私の誇りをかけた戦いなんだ。
「奏…ユーミアは…私がこの手で殺す」
「…は? あんた何言ってんの…」
奏が理解出来ないといった表情で私を見る。
「私がユーミアを殺すと言ったのよ。あの女だけは、この私が、この手で直接殺す」
「あたしが戦って、トドメを咲夜が刺すって認識でいいのかしら?」
「違うわ、それではあの女に勝ったことにならない。私は、私の力であの女の身体はもとよりその心もバキバキにへし折って、絶望の底に叩き落してから殺す」
そうだ、敵将の目前に立つまでは使えるだけの手駒を使う。しかし、ヤツと対峙するのは私だけだ。ユーミアは私の心を折りかけた、この、綾小路の直系たるこの私を…。この屈辱は、ヤツを同じ目に、いや、もっと酷い絶望に叩き込んで殺すことで、ようやく雪がれるのだ。
「あのね咲夜…意気込みは買うけど、あの女をただの頭でっかちのクソ淫乱ビッチだとは思わないほうがいいわよ」
…いや、それはそれで随分な言いぐさよね。的確な表現だけど。
「確かに死季嶌書房は“七罪”序列六位よ、ちなみにウチは二位ね。序列六位の死季嶌書房にあって、ヤツは元13姉妹の末席。“七罪”の中でこそ下から数えたほうが早いくらいの強さだけど、それはウチらの業界の話。普通の人間が何人束になろうが、あの女には蟻の群れと同然なのよ。それをまず理解することね。クライアントに死なれたらたまったもんじゃないわ」
「私は普通の人間じゃない、あの女と同じ機械の身体よ。しかもお義兄様の特別製らしいわ」
「そうね。じゃあ咲夜とユーミアが、機体性能という点では同じ土俵にいると仮定して、元から持ってる戦闘技術は? 機体はどっちも100として、戦闘技術と経験はあっちが100、あんたはゼロ、足すとどうなる? 話にならないわ」
そうだ、確かに奏の言うことは正しい。事故前の私が武術の経験者だったなんて話は聞いたことがない。いや、そもそも何かの護身術を嗜んでいたとしても、それはお嬢様の手慰みでしかない。奏のような専門家じゃないのだ。
そんなことは百も承知だ。
「お願い奏、あんたのギャラは私が死んでもきっちり支払われるわ。その辺の手ぬかりはないから安心して」
「そういう問題じゃないのよ、クライアントを死なせたとあっちゃ、あたしの評判にも瑕が…」
私は奏の言葉を遮って、奏の肩に手を触れる。
「お願いよ…、私は誰の手も借りずにアイツを殺す。そして、お義兄様を取り戻すの」
なんかだんだんヤンデレCDの続きというよりらぶバト!の続きを書きたいだけなんじゃないかと思ってきた。まあいいか。
『ヤンデレ惨』『らぶバト!』で作った設定
“七罪”の序列
一位 “迦陵” 現役 一人だけの家系 奏の祖母・朝倉弦月を倒した そういやラノベに出した記憶がある。刹那ちゃんだっけ
二位 “亜桜人形劇団” たくさんいたけど閉団
三位 “虹月幻想オーケストラ” 現役 音楽家
四位 “断華絶刀流” 断絶
五位 “紅蓮宮機甲旅団” 現役 あぶねえ人たち
六位 “死季嶌書房” 廃刊
七位 “千里塚インフォメーション” 現役 一番人気 戦闘力皆無