私は病院の中庭にあるベンチに座って、一人佇んでいる。ここ数日はずっとお天気が良い。
病室の中で寝てばかりいると気分が滅入って来るので、日中は出来るだけ施設内のお庭を散策するようにしている。病院と言ったけど、ここは正確には病院ではないとお義兄様は仰った。
この施設の正式名称は、「綾小路人工知能研究所」というらしい。研究所で働く職員の数は多く、コンピューター関係の仕事はこもりがちという理由から、研究所内は適度に植物が植えられた中庭や裏庭の設備が充実している。要するに、実験やプログラミングにのめり込み過ぎて疲労した眼球や脳を休ませるための、気分転換用の場所ということだ。
ここはその名の通り人工知能を開発するための研究施設で、お義兄様もユーミアさんも、人工知能とそれを搭載したロボットの研究開発をしているということだった。
難しい話は私にはわからない、お義兄様とユーミアさんと一緒に食事をするとき、二人はよく専門的な話になり、そのまま私にはちんぷんかんぷんな会話に没頭する。
そんな時、私は大人しく、礼儀正しく食事を続けるしかない。お義兄様をお仕事でもプライベートでも独占するユーミアさんを見ていると、私の胸が――やや成長に乏しいと自覚する胸が…チクチク痛むのを自覚する。
でも仕方ない…ユーミアさんはお義兄様の恋人で、既に婚約までしているのだ。義妹の私が出る幕なんて、どこにもない。
ああ…終わるの早かったな…私の初恋…。
もっとも…過去の記憶を未だに思い出せない私だもの、ホントに初恋かどうかなんてわからないのだけど。
「はぁ…」
溜息をついてベンチから立ち上がる。
私が意識を取り戻してから2週間が経つ。身体には何の異常もないし、そろそろ施設の外に出たいとも思う。でもお義兄様もユーミアさんも、まだ外に出てはいけないと私に言う。
そんな二人に、私はワガママを言うことは出来ない。きっと、お義兄様もユーミアさんも、私を心配してのことだと思うから。
いや、ユーミアさんはちょっと違うかも…。あまりお義兄様の婚約者のことを悪く言いたくはないのだけど、あの人の私を見る目…何かおかしいって言うか…。まるで実験用のモルモットを見るような、冷たいものを感じてしまう。なんて言うか、明日に出荷されちゃう豚を見るような…。
私はぶんぶんと頭を振り、おかしな妄想を振り払う。
やだ…きっと私、ユーミアさんに嫉妬してる…、お義兄様があんまり優しくて素敵な方だから…、ダメよ咲夜、私のお義姉様になる人に、こんな感情良くない…。
はぁ。
いけない、また溜息。
駄目ね、こんなことじゃ…、元気ないそぶりをお義兄様に見られたら、また余計な心配をかけちゃう。
いっそ、思いっきり心配させてやろうかしら…。ふふ…お義兄様、どんな顔するかな…。
「なーんちゃって」
私はさっきよりもちょっとだけ楽しい妄想を再び振り払い、病室へ戻ろうとして…。たった今まで私が座っていたベンチに、可愛らしいクマのぬいぐるみが置いてあることに気付く。
「あら…? こんな所にぬいぐるみなんてあったかしら…?」
「こんにちは、お嬢さん」
「は、はい、こんにちは…って…え…?」
しゃ…しゃべったあああああああああああああああああああああああああ!?
い、いえ、よくあるオモチャの自動音声よね。あーびっくりした、きっと職員の誰かの忘れ物ね、お子さんへのプレゼントをこんな所に忘れちゃダメじゃ…
「キミは、綾小路咲夜ちゃん?」
「はい、そうです…」
…って…またしゃべったあああああああああああああああああああああああああ!?
しかも、今度は私の名前を…!? 何かしらコレ…もしかしてお義兄様のサプライズイベント…とか?
「遊びに行こう、咲夜ちゃん、ボクと一緒に遊びに行こうよ」
クマのぬいぐるみはベンチから飛び降りて、トコトコと歩き出す。
「え…どこへ行くの?」
「遊ぼう、咲夜ちゃん、ボクと一緒に遊ぼうよ」
同じことを繰り返し歩みを止めないぬいぐるみを追って、私も歩き出す。
「どこへ行くのクマさん? 私、施設の外へは出ちゃいけないの」
「だいじょーぶだいじょーぶ、すぐそこ、すぐそこ」
「ねえ、クマさんはどこから来たの? ここは、関係者以外は立ち入り禁止なのよ?」
「ボクは外から来たの。咲夜ちゃんと遊ぶために、外から来たの」
「ふーん、どうして私を知ってるの? もしかして、記憶を無くす前の私を知ってるの?」
クマさんは、それには答えてくれなかった。いつの間にか、施設の敷地の端っこまで歩いてきてしまっている。綾小路人工知能研究所は、外部に接する四方の境界が高い壁に囲まれていた。
「ねえクマさん、私はホントはここまで来ちゃいけないの…お義兄様が心配するし、もう病室に帰るね」
お義兄様に軽い心配はされたいけど、困らせるのは本意ではない。不思議なクマさんは気になるけど、私は病室に帰ることにする。
「ごめんねクマさん、また会いに来てね」
「いいえ、まだ付き合ってもらうわよ」
え?
その声は私の背後から聞こえた、女の人の声だ。刹那、私は誰かに右手を掴まれ、捻られたまま地面に組み伏される。
「きゃあっ!?」
「対象確保。やれやれ、殺すだけならもう任務完了だってのに…。要人略取はメンドクサイわね」
「あ…あなた…誰!?」
右手に走る痛みに耐えながら、私は背後から私を組み伏せる、姿の見えない誰かに問いかける。
「あたし? あたしは…しがない人形遣いよ」
だいたい酔いながら書いてるので、投降後にちょこちょこ直してます。すみません。