憧れのヒーロー
-都内某マンション-
「ただいま……」
意気消沈、そんな一言で表せそうな帰宅の挨拶をしながら男性はマンションの玄関を潜る。
表札に【芦原】とかかれているその一室は正にスイートルーム、12階建て最上階の角部屋、広いリビング、使い勝手抜群のシステムキッチン、48インチの大型テレビ、窓から見渡せる都内の夜景、どれをとっても申し分ない。
しかし、帰宅した彼は浮かない顔をしていた。
「おかえりー」
「あれ、姉さん帰ってたの?」
「今日は少し無理言って早く終わらせたの」
リビングまで入っていくとスーツ姿の栗色ロングヘアの女性がキッチンで料理をしていた。
否、しようとしていた。完全に料理をする体ではない、手に持った包丁が特殊部隊の持つナイフに見える程度に。
見かねた弟は荷物をリビングに置き、すぐさま危ない持ち方をしている包丁を慣れた手付きで取り上げる。
「慣れない事しなくていいから、社長さんはテレビでも見てて」
「はぁい……せっかく恭二に手料理作ってあげようと思ったのに……」
「食材がもったいない」
「ぐぬぬ……」
社長さんと言われた通り、彼女はアイドルプロダクション“
若くして上京し、アイドルを中心とした芸能事務所を立ち上げ大成功を収めた。
この高級マンションの一室はその副産物といったところか。
ちなみにプロダクション名は彼女の名前
“
そんな姉に憧れて、
自分も上京していっぱつ当てる!
と意気込んできたはいいものの、具体的な目標も持たずに出てきてしまった為、いっぱつ当てるどころか毎日バイトに追われる日々。
挙げ句に家賃が払えずアパートからも追い出され、姉の暮らすマンションに転がり込んだという訳である。
幸い料理はできたので、毎日仕事で忙しく夜も遅い姉の為に晩ご飯を作って待っているのが、今の彼の日常となった。
膨れっ面になりながらも渋々リビングに向けて1歩踏み出し、恭二の横を通り過ぎるその時、
━━ピロリロピロリロ……ピロリロピロリロ━━
彼には聞き慣れない電子音が流れた。
「姉さんのスマホ?」
「うん、多分メール」
振り返る事なくリビングのソファーまで歩いていき、恭二に背中を向けて腰掛ける。
キッチンに残された恭二は一旦包丁を置いて手を洗い、まな板の上に置かれた皮の剥かれていない玉ねぎの皮むきに取りかかった。
そして、三葉はスーツのポケットから電子音を鳴らした端末を取り出す。
無論、スマホではない。
(やっぱり恭二にも才能がある、あとはどうやってうちの事務所に入れるか……)
取り出された端末には緑色の点が2つ灯っていた。
元あったポケットに端末をしまい、ソファーの背もたれに肘をかけながら玉ねぎを切り始めている恭二に話を切り出した。
「恭二、またバイト辞めさせられたの?」
「え? あぁ……辞めさせられたと言うか、自分から辞めた。何でわかったの?」
「何か帰ってきてから雰囲気暗かったし、今泣いてるし」
「それは玉ねぎのせいだから」
話し掛けられ一旦包丁を握る手は止まるも、苦笑いを見せまたすぐに動き出す。
ストン、ストンと包丁がまな板を叩く音がキッチンに響く。
「今回は自分で辞めるって切り出したけど、この1年で7回もバイト辞めさせられてるって、俺も大概不幸体質かもな」
「じゃあ私が勧誘するのも7回目になるのかな?」
「勿論今回も断る。アイドルはもっと若くて格好いい子がやるべき」
「断るの早くな~い? 絶対人気出ると思うんだけどなぁ」
くるんと回って両肘を背もたれにかけ、まるで玩具をねだる子供のような態度を見せる。
が、その思いは届かず玉ねぎと一緒に輪切りにされてしまった様子。
恭二も美人な姉と並んでも変色がない程度には整った顔立ちをしており、体力も十二分にある。
しかし、当の本人のやる気は見ての通り、年齢も27まで重ねてきてしまっている。
だが今回の三葉の目的は恭二をアイドルにする事ではない。
「じゃあさ、うちの事務仕事手伝ってよ。アイドルとしてじゃなく従業員として」
「従業員? 何でまた急に?」
「プロダクションが大きくなったのはいいんだけどね、仕事もアイドルも増えて慢性的な人手不足なのよ。何かしらできる人が1人でも多く必要なの。だからお願い!」
ソファーの背もたれに肘をかけたまま両手を合わせ懇願する三葉。
お鍋に水を張りコンロに乗せ火にかけつつ、大きく溜め息を零す恭二。
自分をアイドルにしたいというのは姉のわがままだというのは恭二自身分かっていた。
しかし今回は自分の運営する事務所の人員確保、それも裏方で働く人たちの負担を少しでも軽減したいと願う経営者の鏡のような考えから。
次のバイトのアテがある訳でもなく、住まわせてもらっている恩もあり、恭二は断る理由を見つけ出せなかった。
「まぁ……裏方なら……」
「! ホント!?」
「新しいとこ探すより、身内がいるところに就いた方が気も楽かなって。コネだ何だって言われそうだけど」
「そんな事言う奴は私が片っ端から首飛ばすから大丈夫だよ!」
「それ職権乱用だからマジでやめてね」
思いの外すんなり話が進み喜びを隠しきれないようで、三葉はソファーの上で脚をバタバタさせ狂喜乱舞、本当に子供のようである。
片や恭二は姉の口から出た怖い言葉に一抹の不安を覚えながらも、喜ぶ姿を見て安堵の表情を浮かべていた。
冷蔵庫からウインナー、ピーマン、ケチャップを、戸棚からパスタを取り出し食材を切っていると、三葉が立ち上がりスマホを取り出して電話をかけた。
「もしもしまきのん? 今朝言ってたの通ったから明日その手筈でよろしくねー!」
「……あれ、俺もしかして踊らされてる?」
恭二の中で別の不安事項ができてしまった。
「恭二、今日の晩ご飯は?」
「ナポリタン」
「やったー!」
━━━━━━━━━━
「では最初のお仕事……この子をアイドルとしてスカウトしてきて」
「聞いてた話と違ぁぁぁう!!!」
翌日、都内の一等地にある328プロダクションに出勤した2人。
新人という事で大方の要人たちに挨拶を済ませ、今は面談室にいる。
「何よ大きい声出して、これも立派な裏方の仕事でしょ?」
「こういうのはスカウトマンとかの仕事だろ!? 俺にできる事なんて掃除とか資料整理とか、そんなもんだと思ってたから……とにかくこれは聞いてない!」
「代わりに即採用でクビになる心配はほぼ皆無。悪い話じゃないでしょう? うふふ♪」
「……断っときゃ良かった」
うなだれてソファーに崩れ落ちる恭二。
勝ち誇ったように胸を張る三葉。
そして机の上にはスカウト対象となる少女の写真が1枚。
事情を知らなければ意味の分からない光景である。
「往生際が悪いですね」
廊下側ではなく隣の事務室から繋がっているであろう扉から、眼鏡とロングヘアが特徴的な少女が顔を出した。
歩く振動で僅かに下がった眼鏡をクイッと上げ直し、更に言葉を投げかける。
「男なら一度受けた仕事は最後までやり通すものでしょう?」
「そうそう、まきのんの言うとおりだよ」
「いきなり出てきて何なんですか。あと姉さん便乗しないで」
後悔の念が強いのか最早溜め息しか出ない恭二。
そんな態度を見て不思議に思ったのか眼鏡の少女は三葉に問い掛ける。
「社長、私の事彼に説明していないんですか?」
「あぁ……えっと……夕飯のナポリタンがすっっっごく美味しくて頭から飛んじゃってた、てへ♪」
「はぁ……こればかりは弟さんに同情します」
「どうも……?」
笑って誤魔化そうとする三葉を見て頭を抱える眼鏡の少女。
呆れてものも言えないそんな表情で恭二の方をチラッと見ると、恭二も同意するような応答をするも小さく首を傾げる。
咳払いをして仕切り直す空気を作り、ソファーに座っている恭二の横まで歩いていくと、胸元から自分の名刺を1枚取り出し両手で持って丁寧に差し出す。
「328プロで経理を総括しております、八神 マキノと申します。以後お見知り置きを」
「ああ、ご丁寧にどうも」
さすがに座ったままはマズいと思ったようで、慌てて立ち上がると恭二も両手で丁寧に受け取った。
間髪入れずにマキノは更にポケットから名刺ケースを取り出し恭二に手渡した。
「こちらがあなたの名刺になります」
「何から何までありがとうございます」
受け取った名刺ケースを胸ポケットにしまったところで大人しくしていた三葉が口を開いた。
「さて、話を戻すわよ。恭二にスカウトしてきてほしいこの子なんだけど、今日の午前中ほぼ間違いなく都内デパートの屋上に出没するはずよ」
「アイドル候補をレアモンスターみたいな言い方していいのかよ」
「正確には午前10時、○○デパートの屋上です。確率は98%」
「残りの2%は?」
「この子が体調を崩して行けなかった場合です。」
眼鏡をクイッと上げ、データ収集は完璧だと言いたげな表情を見せるマキノ。
気圧されて言葉を失ってしまった恭二は、小さく溜め息を漏らした後机の上の写真に手を伸ばした。
「○○デパートの屋上にいるこの子をスカウトして来ればいいんだろ? んじゃさっさと行ってくるわ」
「ちょ、色々説明しなきゃいけない事g」
「帰ってきたらこの子と一緒に聞くわ、行ってきます」
━━バタンッ━━
写真と名刺ケースだけ持って恭二は面談室から出て行ってしまった。
扉の閉まる音が虚しく響き渡る。
「……大丈夫なんですか、彼」
「そりゃバイトもクビになるわよ……」
━━━━━━━━━━
-○○デパート屋上-
「さすが土曜日のデパート、子供連れが多いな」
事務室にいた時はスーツ姿だったが今は私服、グレーのパーカーに紺のジーンズと些か地味だが風景には溶け込めているだろう。
ポケットには先程の写真と名刺ケースが入っており、早速写真を取り出して目的の少女を探し始める。
屋上はよくある子供向けの小さなテーマパークのような場所になっており、汽車や動物の乗り物、メリーゴーランドなどが立ち並んでいる。
スイーツ系の売店もあり、子供だけでなく甘いもの好きの女子高生が集まる場でもある。
「午前10時開演……なるほど、これを見に来る訳か。でもこれ男の子向けのヒーローショーだよな? 写真の子はどう見ても女の子だし……」
勿論男の子向けの特撮ヒーローや女の子向けの魔法少女のショーをする舞台セットもある。
指定された時間からはこの特撮ヒーローショーが行われる。
これには恭二も首を傾げた。
「……そもそもなんでこの子の正面からの綺麗な写真があるんだよ、盗撮じゃ絶対撮れないぞこれ」
疑問からまた別の疑問が湧き上がってくるが、これ以上考えても埒があかないと考えた恭二は、素直にステージから一番遠い隅の席に座って開演を待つ事にした。
親子で見に来る人たちが多く、子供も小学生以下がほとんど。
30分前に恭二が座った時には帽子を被った子供1人しかいなかったが、開演時間が近付くにつれ人の数も増えてくる。
だが、写真の少女どころか女の子の姿さえ見受けられない。
そうこうしている間に開演時間を迎えた。
『良い子のみんな! 今日は集まってくれてありがとう!』
舞台袖から現れたヒーローの最初の言葉で観客席の子供たちは大盛り上がり。
テレビでしか見たことのないヒーローが目の前にいるのだから当然だろう。
内容は至極単純、ヒーローと司会のアイドルが子供たちと仲良く遊ぼうとしたところ、悪の怪人が現れてアイドルの子を人質に取ってヒーローを困らせる。そして観客席の子供たちの中から何人か選んでステージに上がってもらい一緒に怪人を倒す、というものだ。
「この子を魔王様に献上すれば、俺様にも魔王様の力を分け与えてくれるはずだぁ! 何が何でも連れてかえるぜぇ!」
「キャー! みんな、ヒーローと一緒にまゆを助けてくださーい!」
『俺1人の力じゃ、まゆさんを助け出す事ができない! みんな、俺と一緒に戦ってくれ!』
恭二は複数の違和感を感じた。
ヒーローの声が演者からではなくステージセットのスピーカーから出ている事。
声に対して動きが完全に後出しだという事。
そして、ヒーローを演じている人の体格が男性のものではないという事。
細過ぎるウエスト、大きなヒップ、胸部も心なしか膨らんで見える。
(アイドルはステージの上にだけ、か。こりゃ残りの2%が当たったかな。不幸は続くもんだ)
スカウトを諦め事務所に戻ってどう言い訳しようかと考えていたその時、ステージに上がる子供を選出しようというところだった。
「はい! はいはいはーい! アタシが一緒に戦う!」
紛れもない少女の声。
男の子しか見かけていなかったはずの観客席で上がった少女の声は一際目立つものだった。
まさかと思い恭二もその方向へと目を向けると、そこには恭二が来た時から観客席に座っていた帽子の子の姿があった。
少年だと思い込んでいたその子こそが、恭二がスカウトすべき少女だったのだ。
(嘘だろ? 俺開演30分前に来たんだぞ。その時にあの子はもう既に1番いい席を取って、開演までずっと待ってたってのかよ)
驚きを隠しきれない恭二、ショーの真っ最中に目的の少女を見つけたがここはショーが終わるまで我慢。
とにかく見失わないように少女に注目していると、舞台上のヒーローが少女に声をかけに行った。
「小さいお友達が沢山いるから、ごめんね?」
「は、はい……え、女の人?」
少女がヒーローに窘められると、その声がヒーローのものではない事に気づいた。
少女の問い掛けに対し、ヒーローは人差し指を口元へ運び内緒にしておいてほしい意図を伝えた。
程なくして小さい男の子が2人、一緒に戦う代表としてステージに上がり、ヒーローの左右に立って元気よく必殺技の構えをとっている。
『さぁ、観客席のみんなも一緒に! せーの!』
「「『シャイニング! バスター!!!』」」
「ぐわぁぁぁ!!!」
ヒーローと子供たちが両手を怪人に向けて突き出すと、ステージセットのライトが点滅し必殺技を表現、怪人はそれを喰らった体でやられた演技をし、人質にしていたアイドルをヒーローの元へと投げ放った後舞台袖に消えていった。
元気に必殺技を叫ぶ子供たちであったが、その中でも少女の声は映えた。
声質の違いは勿論、声量も他の子供たちを圧倒していた。
『みんなのおかげで無事にまゆさんを救い出す事ができた。本当にありがとう! それじゃあみんな、また明日テレビで会おう!』
手を振りながら退場していくヒーローに、子供たちも手を振りながら純粋無垢な声援を送っている。
子供たちと同じようにヒーローに向かって手を振って送り出した後、今度はまゆが子供たちに呼び掛ける。
「良い子の皆さぁん、まゆを助けてくれてありがとうございますぅ。お礼に皆さんにお歌をプレゼントしますよぉ♪」
ヒーローの時程ではないが子供たちは湧いてくれている様子。
「今日皆さんにプレゼントするお歌は、機巧戦士シャイニンガーの新しいエンディングテーマなんです♪ 明日から変わるんですけど、今日来てくれた皆さんに1足先にお披露目しちゃいます!」
「新しいヒーローソング!!」
エンディングテーマと聞いてテンションが上がったのか、目を輝かせてステージ上のアイドルを眺めている。
それが可愛らしく映ったのかまゆもニッコリと笑顔を返した。
他の子供たちも心なしか元気が増している。
「それでは、一緒に歌ってくれるメンバーをステージに呼びたいと思います。皆さんも一緒に“ゆかちゃん”と呼んでくださいねぇ♪ いきますよぉ、せーの!」
「「「ゆかちゃーーん!!」」」
「はぁーい!!」
子供たちとまゆの呼びかけで舞台袖から姿を現したのはツインテールが特徴的な少女、有香。
まゆとお揃いのステージ衣装を纏って舞台に上がる。
観客席の子供たちに手を振って笑顔を振りまいているが、額からは少量の汗が光って見える。
既にライブで1曲歌ってきた後かのようだ。
「みんなはじめまして! ゆかちゃんこと、
「改めまして、まゆさんこと、straight loverの佐久間 まゆです♪」
「みんなを待たせちゃうのもいけないから、早速歌いましょうか、まゆちゃん!」
「そうですね、有香さん♪」
「私たち2人のユニット“straight lover”が歌う、機巧戦士シャイニンガー新エンディングテーマ、聞いてください」
「「愛の撃鉄」」
━━━━━━━━━━
「最後の歌かっこよかった!」
「狙い撃~つぜ~♪」
「アイドルの歌だからいかがわしいものかと思ってたけど、普通に子供受けする歌だったわね」
「2人とも可愛かったなぁ、お父さんファンになりそうだよ」
「まゆすき」
ミニライブも含めたヒーローショーは終わり、会場を後にしていく親子たち。
帽子を被った少女が満足げな表情を浮かべているのが恭二のいる場所からでも分かった。
いざスカウトに、と動き出そうとした時だった。
先程ステージに上がっていた小さな少年が、帽子の少女を指差した。
「ママ、何であのお姉ちゃん女の子なのにシャイニンガー見に来てるの?」
「こら! 人を指差しちゃいけません! ほら、向こうでシャイニンガーのゲームしましょうね」
小さな子供の素直な疑問。
ヒーローは男の子が見るもの、偏見のようだが実際ほとんどの女の子は午後からの魔法少女ショーを見に来る。
純粋故に、その言葉は少女の心に突き刺さる。
少女はその場に座り込んで俯いてしまった。
「ヒーローが好きならそれでいい、周りの言うことなんて気にすんな」
恭二は気付けば少女の隣まで来て声をかけていた。
どう声をかけようかとか、そういった事は一切考えず自然と言葉が出てきたのだ。
しかし今のご時世、いくら励ましの言葉をもらったとはいえ、知らない大人に急に声を掛けられては怪しまずにはいられない。
「……誰? はっ、まさか悪の怪人か!?」
「まずは不審者かどうかを疑えよ」
恭二の顔を見上げ不思議そうな顔をした後、バッと席から立ち上がり臨戦態勢を取る少女。
予想の斜め上の反応にツッコミざるをえない恭二、少々呆れはしたがこれも引き受けた仕事だと思い、ポケットに入れていた名刺ケースを取り出した。
「とりあえず自己紹介だな。俺は芦原 恭二、この328プロダクションってところでプロデューサーをやって……プロデューサー!?」
「ど、どうした?」
「いや、何でもない、大丈夫だ(スカウトマンじゃねぇのかよ!)」
ケースから1枚名刺を取り出し内容を読みながら渡そうとした恭二だったが、“プロデューサー”の文字を声に出した後思わず2度見。
少し困惑しながらも少女は差し出された名刺を受け取りしばらく眺めた後、カバンの中にしまい被っている帽子のツバを掴んで顔を隠すように引き下げる。
「まぁ、悪い奴じゃなさそうだな。でも、何でアイドルのプロデューサーがアタシに声かけるんだ? アタシがなりたいのはアイドルじゃなくてヒーローなんだ。正反対で向いてないと思うし、ただ慰めにきたのなら……」
「向いてないと思ってたらスカウトになんか来ねえよ。」
「アタシが、アイドルに向いてるって? 何の冗談だよ」
「冗談でこんな事は言わない。俺は君ならできると思ってる。それに君だって、さっきのアイドルのミニライブ見ただろ? 今はアイドルだってヒーローソングを歌う時代だ。惹かれるものがあるだろ?」
「う……それは……」
少女は視線を斜め下に落とし、より一層顔を伏せる。
少女の返答を待っているとポンポンと誰かが恭二の肩を叩いた。
振り向くとそこには先程額に汗を輝かせながらステージで歌い踊っていたアイドルの笑顔があった。
「事と次第によっては通報して鉄拳制裁ですが、そちらの返答は?」
「うん、これが正しい反応だよな」
「ふざけているんですか!」
拳を振り上げたアイドルにさすがの恭二も身の危険を感じたのか、慌てて名刺を1枚取り出し両手で持ち、これまた丁寧にお辞儀をしながら差し出した。
「328プロダクションの新米プロデューサーでございます決して怪しい者でも怪人でもございません!」
「あぁ、三葉さんのところの新人さんでしたか。これは失礼しました……怪人?」
「あ、いえ、気にしないでください」
真摯(?)な対応と328プロの名前を聞いて安心したようで、振り上げた拳を下ろし謝罪の言葉を述べる。
怪人という言葉に引っ掛かり首を傾げるが、先程のショーの影響だろうと自分の中で答えを出した様子。
恭二の姿で隠れていた少女の元へ歩み寄ると、目線を合わせる為少し前に屈んで笑って見せた。
そしてステージの上にいた時と同じように、人差し指を立てて口元へ運ぶ
「黙っていてくれてありがとう」
「! ヒーローの中の人!」
「こらこら、ヒーローを目指しているんでしょう? なら、そういう夢のない事は言わないの」
「あ……ごめんなさい……」
好きな事となるとすぐにテンションが上がる性格のようで、ヒーロー(の中の人)を目の前にしてまた声が大きくなってしまう。
再びそのヒーローに窘められるとシュンと落ち込んだような態度を見せるが、ワクワクを抑えきれていないようで、すぐにソワソワし出して落ち着きがない。
中の人と聞いて恭二も察したようで、抱いていた疑問をアイドルにぶつけた。
「今日、どうして有香さんがヒーロー役を?」
「本来の役者さんが今朝急に熱を出したらしくて……昨日のリハーサルの時は元気だったんですけどね。私もまゆちゃんと一緒に捕まる役だったんですけど、他に代役でできる人がいなくて。すぐ後にライブもあって、結構てんてこ舞いでした」
「じゃあ、お姉さんはヒーローソングを歌ってヒーローにもなったってこと?」
「うーん、そういう事になるかな」
少女の目は憧れの眼差しで有香を見上げていた。
しかし、キラキラとしたその目もすぐに陰りを見せる。
「でも、アタシにはアイドルなんて……」
「可愛いだけがアイドルじゃないんですよぉ♪」
「まゆちゃん!? いつの間に?」
「うふ♪ まゆはドコにでも現れますよぉ♪」
神出鬼没という言葉がこれほどしっくりくるアイドルはいないだろう、ここにいた3人全員が有香の後ろにいたまゆに気付かなかったのだから。
皆驚いてまゆも満足そうに笑顔を浮かべている。
話を戻すため再びまゆが切り出す。
「アイドル=可愛いという時代はもう終わりました。勿論王道の可愛い路線で売り出している私たちみたいな子も沢山います。ですが、今はかっこいいアイドルも、面白いアイドルもいっぱいいるんですよぉ。要は個性が大事なんです」
「個性……」
「確かに、ヒーローを目指してるアイドルなんて他にいないよな。他にいないってことはアイドルやる上で十分武器になりうる! ほらな? やっぱ俺の目に狂いはなかっただろ?」
(まゆちゃんの力説に乗っかっただけのように聞こえますが……ここは黙っておきましょう)
ニカッと笑って少女に手を差し伸べる恭二。
その手を掴もうか否か、少女の手は迷う。
少しの間を挟んだ後、少女はギュッと両手で握り拳を作り胸元に置いて恭二を見上げた。
帽子に隠れていた少女の素顔を、恭二はようやく間近で見ることができた。
「アタシ、やってみるよ、アイドル。アタシの目指すヒーローに少しでも近づけるなら……!」
「契約成立だな!」
恭二の手を両手でバッと力強く掴み、元気に笑って見せる少女。
微笑ましい光景に先輩アイドル2人も優しげな表情で見守っていた。
「私たちのステージを見た子がアイドルになるなんて、何だか嬉しくなっちゃいますねぇ♪」
「可愛い後輩ができましたね」
「そう言えばまだ君の名前聞いてなかったな」
「アタシは南条 光。これからよろしくな、プロデューサー!」
被っていた帽子を取り屈託のない笑顔で名乗って見せる光。
これからヒーローアイドルになる、そんな少女がプロデューサーに見せた夢と希望に満ち溢れた最初の笑顔だった。
「まぁ、本物のヒーローはテレビの中にしかいないんだけどね」
「ヒーロー目指してる奴がそれ言っちゃいかんだろおい……」
元も子もない発言に恭二が苦笑いを返した、刹那。
影が空を覆った。
それと同時にあちこちから悲鳴が聞こえてくる。
皆が皆空から降ってくる複数の影を指差し、恐怖に駆られ逃げ惑っていた。
「か、怪人……本物!?」
「ヒーローの話してたからってこれは唐突過ぎるし非現実的過ぎるぞ!?」
一般人と同じように慌てふためく恭二と光、光は若干喜んでいるようにも見えなくもないが。
それとは対照的な様子のアイドル2人は状況を把握すべく周りを見渡していた。
「どうしてこんな真っ昼間に……」
「前例が無かった訳ではありませんから……これなら私たちだけで何とかなりそうですね」
「2人とも何冷静な顔してんの! アイドルなんだから真っ先に逃げなきゃ!」
避難を勧める恭二に対し、有香は笑顔で言葉を返した。
それは正しく、
「アイドルだから」
「え? いや、どういう事だよ!?」
「アイドルだから、逃げないんです」
「新人さんなら知らなくても無理ないですねぇ」
状況が全く飲み込めない恭二をよそに、有香は不安そうにしている光にも声をかけた。
「さっき“本物のヒーローはテレビの中にしかいない”って言いましたよね?」
「う、うん」
「その言葉、すぐに撤回したくなりますよ」
今日何度目になるだろうか、有香は光に笑顔を見せた。
だがその笑顔は今日初めて見せる、優しいアイドルの笑顔でありつつも、かっこいいヒーローの笑顔でもあった。
「スタージュエル、コンバート!」
掌を空へと掲げ呪文のような言葉を叫ぶ。
その掌の上に虹色に輝く星形の結晶体が現出し、掌から一定の間隔をあけてふわりと浮かんでいる。
「セルフ・イグニッション!」
天に掲げ揺らめく結晶体を握り締めるように掴み取ると、パリンッと綺麗な音を立ててそれは砕け散り、虹色の粒子になって有香の身体を包み込んだ。
そして、“マギカ”へと変身を遂げた。