ゴースト。
約5年前から都内を中心に各地で出没するようになった怪物。
影のように全身真っ黒な身体を持ち、姿形は個体によって多種多様である。主に夜間に行動し、黒い身体は天然の迷彩服として宵闇に溶け込み、肉眼では捉えにくいものになっている。
起源や目的ははっきりしていないが、人類に害を為す存在であるという事は判明している。
知能の低い個体はシンプルに捕食と破壊の欲求に従って行動している。捕食と言っても、ゴーストが食べているのは人間の肉体そのものではなく、人の持つ心。感情や記憶といった、科学的に説くのが難しい精神的なものである。
知能の高い個体の中には人に取り憑いて悪事を働き、取り憑いた人間も含め多くの人間の負の感情を増長させ、まとめて取り込み捕食するものもいる。
ゴーストに心を食べられた人間は様々な症状を引き起こす。意識不明、植物状態、記憶喪失、精神崩壊。
現在、これらの治療法は見つかっていない。
そして、マギカ。
ゴーストの出現とほぼ同時期に、その力に目覚めた数人の少女たち。
核弾頭さえ無傷で凌ぐ怪物を、彼女たちは不思議な力でいとも簡単に倒してしまったのだ。
そして彼女たちは全員例外なく、時代をときめくアイドルであった。
その不思議な力の源は、アイドルを担当しているプロデューサーから受け取っている事が判明。
同時に、プロデューサーと仲の良いアイドルは他のアイドルよりも多くの力を受け取っており、マギカとしても強力だという情報も得られた。
ゴースト同様、マギカの起源もわかっていない。
アイドルだからと言って誰でもマギカになれる訳ではない。マギカの絶対数は少なくないが、決して多くもない。
故に、マギカとしての才能を持つ少女たちの存在は希少なのである。
また、プロデューサーも誰でもいい訳ではない。
アイドルを思う気持ちや相性は勿論、マギカの力を引き出す才能も必要となってくる。
最初期のマギカとプロデューサーは、これらの条件が偶然重なって出現したものである。
「……つまり、光はマギカとしての才能を持っていて、俺はそのプロデューサーとしての才能を持っていた、と」
「そゆこと♪」
マキノのノートパソコンに映し出された報告書のようなデータを見ながら、恭二はポツリと零す。
向かいの席に座っている三葉は、菜々の淹れたコーヒーを片手に肯定の意を示した。
データをまとめたのも解説したのも、隣にいるマキノなのだが。
恭二の隣で一緒に見ていた光が、元気に手を挙げた。
「はい! しつもーん!」
「何だね光くん?」
ヒーローの秘密兵器を作ってくれそうな博士風の返答をした三葉は、どこからともなく取り出した眼鏡を掛け、クイッとフレームを持ち上げる。
笑いを取る為に小道具を準備していた、という訳でもなく、しっかりと度の入った普段使いの眼鏡である。
「有香さんもまゆさんも、光る石? みたいので変身してた。でも、アタシはプロデューサーからベルトを受け取って変身したんだ。これって有香さんたちが特別なの?」
「……スタージュエルの解説がまだでしたね」
三葉の眼鏡越しからの熱い視線、言葉に出さずともマキノはその意図を汲み取り、三葉に代わって答えを返す。
それなりに長い付き合いとなると、アイコンタクトだけで互いの意思疎通ができると言うが、汲みたくない意思を汲んでしまったマキノは、いつもの気だるそうな表情で溜め息混じりに答えていた。
「プロデューサーはその仕事上、常にアイドルであるマギカと共に行動出来る訳ではありません。プロデューサーからの魔力供給が期待出来ない状況でも変身を可能にする、それがスタージュエルです」
「じゃあそのスタージュエルがあれば、プロデューサーっていらなくない?」
「あくまでスタージュエルは非常用です。マギカとして100%の力は発揮できませんし、時間制限もつきます。何より、スタージュエルを生成できるのはプロデューサーだけです。不要という結論には至りません」
「なるほど、切っても切れない関係……相棒って事だな!」
「……そうですね」
淡々と説明してきたマキノがほんの一瞬、表情に影を落とした。
しかし、ここまで知的でクールな印象しかなかった彼女のそんな微々たる変化は、今日会ったばかりの人間が気付けるほど分かりやすいものではない。ただ淡白な反応をした、そう受け取られるだけである。
気付いたのは三葉だけ。机が死角となって3人には見えない所でスッと手を重ねた。
三葉の手の温もりを感じ、少しだけ口角が上がる。
それでも、どこか憂いを帯びた表情は変わらなかった。
光のプロデューサーいらない発言にさり気なくダメージを受けていた恭二は、隣で立って聞いていた菜々にコーヒーのおかわりを貰い、心にできた小さな傷を癒やしていた。
傷心状態の恭二を見て哀れんだのか、菜々がフォローを入れるべく新しい話題を切り出した。
「光ちゃん、プロデューサーさんと仲良くなっておけば、変身した時により強いパワーを発揮できますよ」
「ホント!?」
「最初の資料にも記載していますが、プロデューサーと友好的であったり親密であったりしたマギカは、他のマギカより強力だったというデータがあります。数値として見る事もできますよ。恭二さん、マギデバイスを」
「あ、はい」
より強いヒーローになれると聞いて目を輝かせている光。
ニッコリと笑顔を見せる菜々であったが、内心は上手く誘導できてホッとしていた。
すかさずマキノが補足説明を入れ、恭二は言われた通りマギデバイスをポケットから取り出す。
「操作パネル右上の“i”ボタンを押してください。現在のPRPが表示されます」
「PRP?」
「
「菜々さん、随分詳しいですね。俺たちと同じで今日から328に……」
「あー! ナナはお二人が帰ってくるまでに沢山マギカの事をお聞きしましたので!」
指示通りiボタンを押すと“PRP 315”とディスプレイに表示される。
ひょこっと覗き込んで「サイコー…」と呟く光をよそに、恭二は素朴な疑問をぶつける。
今度は菜々が補足説明を入れるが、変に疑われてしまう結果に。
現役時代、自ら墓穴を掘って自爆する事が1つの個性であり売りであったが、今回のやり取りで素であると分かり少し嬉しそうにのほほんと表情を緩める恭二であった。
このままだとドデカいボロが出そうだと感じたようで、今度はマキノが助け船を出した。
「他にもマギデバイスにはレーダー機能が付いています。近くにいるマギカやプロデューサー、ゴーストの存在も捉える事ができます。試しに操作パネル左上のメニューボタンを押して、多機能レーダーを起動してみてください」
「何か、ゲームのチュートリアルみたいだな。マギデバイスとやらは昔流行った携帯ゲーム機みたいだし」
恭二は要領が分かればできるタイプの人間なので、最早慣れた手つきで素早く多機能レーダーを起動する。
ディスプレイには緑と黄色の光球が1つずつ並んで表示されている。
「真ん中の緑がプロデューサーだとすると、隣の黄色いのがアタシ?」
「そう。プロデューサーは緑、マギカは黄色・ピンク色・青色、ゴーストは赤色で表示されるわ」
「黄色だけじゃないの?」
「マギカにも属性があるの。別に強弱があったり相性があったりする訳じゃなくて、マギカの才能の種類を表しているのよ。ピンク色は憧れ、青色は熱情、黄色は信念。光ちゃんは黄色だから、強い信念でマギカになれたって事ね」
いつの間にか眼鏡はしまわれており、話し方もいつもの三葉に戻っていた。
声色の変化に気付き光も真面目に、しかし興味津々といった様子で話を聞いている。
「何に憧れているか、何に熱情を注いでいるか、どんな信念を掲げているかで、マギカとしてのおおよその姿形が決まるの。その子の特技や個性なんかも少し影響してくるわね」
「それなら光はヒーローへの憧れが強いから、反応はピンク色にならないか?」
当然の疑問を恭二がぶつける。
「憧れと一口に言っても全てがこれに当てはまる訳じゃないの。主にアイドルやそれに紐付いた事柄に対する憧れがこれに該当するのよ。んーそうね……例えば可愛くなりたいとか、綺麗な衣装を着たいとか、舞台に立ちたいとか」
「ヒーローショーには出たいと思うけど、綺麗な衣装よりカッコいい衣装がいいな、アタシは」
「アイドルへの憧れは皆無、か」
1つ疑問が解決したところで、マキノが更に話を広げていく。
「光ちゃんの強い正義の心とアイドルの素質、マギカとしての素養は十分にありました。ですが、マギカは1人では覚醒できません。その素養を引き出してくれるプロデューサー、恭二さんの存在が必要でした」
「俺と光、それぞれの素養を持ってる者同士を会わせて覚醒を促した、と。それならそうと最初に」
「話半端で飛び出してったのは恭二でしょうが!!」
「……はい、すみません」
恭二の自分の行動を棚に上げたような発言に、間髪入れずに鋭く尖った指摘。
家事全般を担っているとは言え、住まわせてもらっている手前姉には頭が上がらない様子。
光と菜々は苦笑いを浮かべ、マキノは変わらず冷静であった。
「本来なら、まずはアイドルと担当プロデューサーとして信頼関係を築いていき、ゴーストのいない状況下で自然に覚醒させる予定でした。しかし2人の相性が思いの外良く、そこに想定外のゴーストの襲撃、偶然居合わせたマギカの不調と劣勢が重なり覚醒に至りました。このケースはマギカ全体で見ても例がありません。2人を会わせたのは私たちですが、出会うべくして出会った、という感じでしょうか」
「珍しー。まきのんって運命とか信じないタイプでしょ?」
「科学や理屈だけで説明できない事象があることもまた事実。それに、マギカという魔法の存在を私たちは知ってしまった。今更運命や奇跡を否定する気はありませんよ」
328プロのブレインとも言えるマキノ、数式やデジタル関係には滅法強くあらゆる事柄を計算出来てしまいそうな、そんな彼女が今回の光の覚醒について事細かく説明している最中に夢見る少女のような発言を繰り出し、周りはキョトンと固まってしまっていた。
三葉の問い掛けにも表情を変えず、さも当然のように答えていた。
その返答に三葉はうっすら笑みを浮かべる。
「さて、マギカの説明は粗方終わったし、光ちゃんは所属手続きを……今から親御さん呼べるかな?」
「うん、多分大丈夫」
「で、恭二はもう一働きね」
「おう、今度こそ書類整理に事務室の掃除を」
「光ちゃんのパートナーになるマギカを見つけてきてちょうだい」
「………はぁぁぁぁああ!!?」
三葉が意気揚々と光と恭二に次の指示、親を事務所に連れてくるのと新たにマギカを見つけ出す。
2人の年齢は倍近くあるが、提示された仕事の難易度は倍どころの話ではなかった。
度重なる三葉の無茶ぶりに恭二もたまらず大声が出てしまう。
「いやいやいや、無茶にも程があんだろ!? 何かアテあんのかよ!?」
「ないわよ? 何の為にセンサー機能を教えたとおもってるの」
「マジで言ってんのか……」
立ち上がり抗議するも行き当たりばったりのNOプラン、そう捉えられる返答に唖然とする恭二。
軽く絶望感を感じているところにマキノが補足という名の追撃を繰り出す。
「有香とまゆはデュオユニットを組んでいたでしょう? アイドルとして共に売り出すのはもちろん、マギカとして互いに背中を守りあうパートナーのような存在なんです。私たちのようなマギカに関わる人間のほとんどが、バディとなるマギカと2人1組で行動する事を推奨しています。……相性が良ければ合体技も出せます」
「合体技!? アタシもやりたい!」
「最後の合体技がどうのって、光を乗せる為に今考えたろ!?」
「紛れもない事実です。光ちゃんが好きそうな要素を選んだのは確かですが」
光の目、そしてマキノの眼鏡が光る。
光の期待を煽る事で外堀を埋め、恭二の逃げ道を塞いでいく。
運命や奇跡を否定しないだけで、科学や数式には滅法強い事に変わりはなく、こういった心理戦も勿論得意分野。
今日1日で恭二は断れない性格だと判断したマキノは、周りの人間全てを味方につけて押し切る事に成功した。
「断れる雰囲気じゃねぇよなぁ……」
「じゃ、頼んだわよ♪」
「運の無さには自信があるからな。あんまり期待しないで待っててくれ」
溜め息の数だけ幸せは逃げると言う。
今日1日でいったいどれほどの幸せが恭二から逃げていっただろうか。
今また1つ、恭二から零れ落ちていく。
マギデバイス片手に出口に向かって歩き出す恭二。
そんな彼の哀愁さえ感じられる後ろ姿を見て、光も立ち上がりエールを送る。
「頑張れ、プロデューサー!」
「おう、光の相方だからな。何とかして見つけてくるわ」
背中を向けたまま覇気のない返事をする恭二、だらしなく上げられた手がやる気の無さを感じさせる。
光のエールもあまり功を成していない様子。
これを見た三葉は菜々に合図を送った。
意図を読み取った菜々はすぐさま行動に移す。
「頑張ってくださいね、プロデューサーさん。美味しいコーヒーを淹れてお待ちしていますから」
「任せてください菜々さん! マギカの1人や10人速攻で見つけてきてみせますよ!!」
菜々のエール、元アイドルの実力と言うよりもメイド喫茶のバイトで培ったご奉仕の心意気。
そんな気持ちが籠もった言葉に恭二は即反転、今までで一番やる気と元気に満ちた笑顔でサムズアップすると、勢いよい面談室の扉を開け飛び出していった。
菜々に応援された時の恭二の喜びっぷり、自分とのあからさまなテンションの違いに、光は不服そうな顔をしている。
「何か納得いかない……」
「こればっかりはしょうがないわよ光ちゃん。3年前から大ファンの子と今日出会ったばかりの子とじゃ、比べるまでもないでしょ?」
「ナナにはプロデューサーさんの動力源としての役目もあるんですね……」
三葉のフォローに菜々も思わず苦笑い。
一瞬の静寂の後、光のポケットから電子音が鳴る。
「あ、母さんからだ。最寄りの駅まで来てるみたいだから迎えにいってくる!」
「いつの間にメールを!? て言うかお母さん早っ!」
「恭二さんが発狂していた時に送っていましたよ、社長」
ポケットからスマホを取り出しメールを確認した光は、元気よく面談室を飛び出していった。
すぐ横にいた菜々も気付いていなかったようで、冷静なマキノをよそに2人は光が出て行った扉を眺めてぽかんとしていた。
「社長、菜々さん、わかっているとは思いますが、今日お渡ししたアクセは肌身離さず付けていてください。入浴時は仕方ありませんが、就寝時も可能な限り」
停止している2人を再起動すべく、恭二と光がいなくなったのを確認した上でマキノは話を切り出す。
「兎に角、ずっと付けていればいいんですよね?」
「ええ」
「心配性ねぇ、まきのんは。大事なものなんだから当然でしょ」
「私は菜々さんより社長の方が圧倒的に不安です」
「なんですと!?」
皆が飲み終わったコーヒーのカップを片付けながら確認する菜々、マキノは肯定の意を返す。
片や三葉はさも当たり前といった態度で返答するが、即座に一蹴され困惑気味に声が零れる。
「社長が恭二さんと同居している以上、1番ボロを出す可能性が高いんです。不安にもなります」
「私は完璧な美人女社長よ! そんなヘマをするなんて万が一にも有り得ないわ!」
「万が一程度なら有り得る話ですから不安なんです。あと自分で完璧とか美人とか言うと残念な人みたいになりますからやめてください……いっそへそピアスにでも変えますか?」
「おへそぉ!? それはやめてぇ!!」
「楽しい職場ですねぇ~」
事務所のトップが経理総轄にへそピアスを迫られキャーキャーと騒ぎ立てる、そんな斜め上の日常的な光景を見て、目を細め和む菜々であった。