自らを“くノ一マギカ”と称した少女ことあやめは、言いたかっただけであろうお決まりの名乗りを上げ、殺伐としたアサシンのような雰囲気から一転、にこりと2人に微笑んで見せた。
それを見て安心したのか、はたまたただ腰が抜けていたのか、恭二を庇った少女はその場にへたり込んでしまった。
「お、おい、大丈夫か?」
「……助けてあげたのに、バカはないでしょ」
「バカはバカだよ……俺の知ってるバカと同じくらいは」
恭二は衣服についた土埃を払いつつ立ち上がり、マギデバイスのレーダーを確認する。他にゴーストの反応がない事を確かめた後、へたり込んだ少女の元へ行き肩を支える。
少女からは辛辣な返答を貰うが、恭二は虚勢を張った少女の笑顔を見てひとまずは安堵したようだった。
「こちらあやめ、目標が新たなマギカ候補と思しき少女と接触、途中ゴーストの反応があり、ギリギリまで覚醒の予兆がないかと様子を見ましたが兆しなし、こちらで排除しました」
『何その運命力、私たちは1人見つけるのに半年かかったのに、恭二は5時間足らずで2人? もう恭二1人に人事任せてよくない? てか恭二を引き入れた私スゴくない?』
『社長、通信の時くらい静かにしてください。…コホン、マギカ候補の少女と話がつき次第、恭二さんと一緒に事務所に帰投してください』
「了解です」
あやめは2人の前で堂々と通信を始める。隠れる必要がなくなったからだ。
通信機から僅かに漏れ出た音、聞き覚えどころか毎日聞いて耳から離れない声、それを聞いた恭二は少女を支えたままあやめに問い掛ける。
「今の声……姉さん?」
「御名答♪ 光ちゃんがいない状況でゴーストと
「何でそういう大事な事言っといてくれないんだ」
「バラしてしまっては忍びの意味がありません」
「いや味方には存在知らせるべきだろうよ」
得意気に忍びへのこだわりを話すあやめ。同じ事務所のアイドルだと分かり恭二のツッコミもフレンドリー、というよりは容赦ないものに。
「……もしかして忍者にならないと変身出来ないとか?」
「そんなことないから安心していいぞ」
「ほほう、忍術に興味がおありと」
「話をややこしくしないでくれ」
ふと純粋な疑問を抱いた少女の問いに答えるが、隙あらば忍者の話をしようとするあやめに、恭二は呆れ半分になりながら制止する。
残念そうにするかと思いきや、何故かあやめは嬉しそうに微笑んでいた。
「忍術の話はこれからいくらでもする機会があります。それよりも今は、お互いの自己紹介とこれからの事を話すべきではありませんか?」
「あ、ああ、そうだな……いや語り出したのは君だろ」
「これは失敬♪」
先程まで兎に角忍者を推しまくっていた女の子が、突然普通の女の子になって真っ当な事を話してくる。
恭二はなんとも不思議な感覚に陥っていた。
突っ込みどころはあったものの真っ当である事に変わりはない。
少女と向き合い、懐から取り出したいつもの名刺ケースから1枚手に取り、改めて話を切り出した。
「俺は芦原 恭二、この328プロダクションって所でアイドルのプロデューサーをやってる。つっても今日なったばっかだけどな。そういう訳で君をスカウトしたい。名前を聞いてもいいかな?」
「アタシは小関 麗奈よ。ちゃんと名刺を渡してスカウトなんてアンタ分かってるわね……え、スカウト? アイドル? どゆこと!?」
名刺を受け取った麗奈は満足げな表情を浮かべるが、まさかアイドルにスカウトされるとは夢にも思っていなかったようで、すぐさま困惑した表情に変わる。
恭二はこれまでの経緯を説明した。
三葉やマキノから教わった事も含め、ゴーストやマギカの存在と覚醒した者が為すべき事を。
「つまり、アイドルとして活動しながらマギカとして世界を守る為に戦ってほしい、そういう事?」
「ああ。理解が早くて助かるよ」
中学生とは思えない理解の早さ、直前にゴーストと遭遇しているとはいえ最初から幾分か知っていたようにも感じられる。初対面でいきなりマギデバイスを奪おうとしていた事もあり、恭二は心のどこかに引っかかりを覚えた。
しばらく思案していた麗奈が徐に口を開く。
「アイドルになるって事はギャラが貰えるって事よね?」
「そりゃあアイドルだってれっきとした職業だからな。仕事をした分だけお給料は貰えるさ」
「それってアタシみたいな中学生以下の未成年でも貰えるの?」
「勿論。まぁ親御さんの許可が必要な歳だから、麗奈に直接じゃなくて親御さんのとこにいくだろうけどな」
麗奈は小さくガッツポーズをした。同時に口角も少し上がり喜んでいるのがわかる。純粋な少女の顔だ。
「結局お金かよ……ギャラは全部親御さんのとこいくんだぞ?」
「問題ないわ! 後で小遣いをせびればいいだけの話よ!」
「小物感半端ねぇな」
打って変わって、今度は悪戯を考えている小悪魔のような笑みを浮かべ堂々と宣言する麗奈。
その宣言ぶりに反してあまりの事の小ささに、恭二は呆れながらもいつも通りテンポ良くツッコミを入れていく。
「まぁ理由はどうあれ概ね了承してくれてるみたいだから、親御さんの都合のいい日がわかったら名刺の番号に連絡してくれ。芦原 恭二にスカウトされたって言えば伝わるようにしとくから」
「明日ママは仕事お休みだったはずだから明日の朝速攻で行くわ。善は急げよ!」
「お、おう……説得するのもそうだけど、あんま親御さんに無茶言うなよ?」
乱高下する麗奈の声色、勢いづいた言葉に恭二はやや気圧されながらも会話を続けていく。
再び意気揚々と答えていた麗奈だったが、親への負担を指摘されスッと表情に小さな陰を落とした。本当に小さな小さな、注意深く見ていないと見落としてしまいそうな僅かな陰。
「当たり前じゃない。アタシそんな親不孝者じゃないわよ」
「そっか、なら安心だな」
小悪魔的なイメージからは想像できない台詞。
だがその言葉に嘘はない。恭二はそれを読み取る事ができた。
最初から麗奈の一言一言を注意深く聞いていたからだ。
「そろそろママが家に帰ってくる時間だわ。アタシ帰らないと」
「おう、また明日な」
「絶対遅刻するんじゃないわよ? 遅刻したら顔面クラッカーの刑だからね!」
「はいはい……」
公園の時計を見れば時刻は6時半を回った頃。
遠目に見える山のてっぺんをうっすらと縁取っていた太陽の明かりは、時間の経過と共に徐々に薄れ消えていく。辺りはすっかり暗くなっており、街灯の光りが照らしている場所以外は視界が悪いと言わざるを得ない。
「辺りも暗いし、家まで送ろうか?」
「大丈夫よ。アタシの家この近くだし」
スタスタと公園の出口に小走りで向かい、見えづらくなっている公園の車止めの上にヒョイと飛び乗り、それを踏み台にして勢いよくジャンプして公園を後にした。まるでアスレチックを楽しんでいるようだ。
走り去っていく麗奈の後ろ姿を見送りながらしんみりしていた恭二。振り返ってあやめに声を掛けようとしたが、姿が見当たらない。辺りをグルッと、ついでに上や下も見てみたがやはりどこにもいなかった。
「えっと、あやめさん?」
「お話終わったみたいですね」
「うわっ!? どっから!?」
「忍び、ですからね」
名前を呼んだ途端真後ろから声が聞こえ、振り返ればさっきまでそこにはいなかったあやめの姿が。
ホラーチックな演出に流石の恭二も驚きを隠せず、思わず飛び退いてしまう。
対してあやめは忍びとしての領分を思う存分発揮できたと満足げな表情で、恭二のリアクションに笑みを零していた。
「さぁ、わたくしたちも事務所に帰りましょう。事務所に帰るまでがスカウト、ではなくわたくしの請け負った護衛任務ですから」
「楽しそうで何よりなこった」
「はい!」
呆れ気味で言った恭二だが、あやめは満面の笑みを返してきた。
よほど忍びが好きなのだろうと、恭二も親心にもにた感情を抱きながら小さく笑って見せた。
2人も公園を後にして、街灯や店の明かりが照らす道を歩いていく。
あやめも変身を解き私服姿に、お気に入りであろうパーカーの胸元にはクローバーのブローチが付けられている。
その道中、他愛もない世間話で盛り上がったりもしたが、意外にもあやめはマギカに関する話もためらいなく恭二に話していた。
「先輩2人に同期が1人、その子たちもみんなマギカで1人のプロデューサーが担当してるのか」
「はい。先輩はお2人とも頼りになって、プロデューサーはとってもお優しい方なんです」
「同期の子は?」
「我が生涯の友です」
自分の周りを取り囲む人物を話すあやめはとても嬉しそうで、恭二も次々と質問を繰り返していった。
その度あやめは嫌な顔1つせず丁寧にあれこれと、なんなら不要な情報まで快調に喋っていた。
「そう言えば、街でマギデバイスのレーダー開いてる時は全然反応なかったけど、本当に近くにいたのか?」
「無論です。マキノさんから頂いたレーダーに感知されない装飾品を身に着けていましたから」
「マキノさん、マジで何者……未来の猫型ロボットみたいな道具まで作り出して」
「ほとんど知人の方が作ってくださってるそうですよ。それをわたくしたちが使ってデータを取って粗を見つけて、それを修正していくのが自分の仕事だとマキノさんは仰っていました」
「その知人ってのはなにえもんなんだろうな……つかそんなトンデモアイテムを調整できるだけでも十分すげぇよ」
たった1人の少女から多くの情報を聞き出した恭二。と言うよりは話してくれたが正しいのだが。
そうこう話しているうちに事務所に着いた。
暗くなった空には三日月が浮かんでいるが、街の明かりが強く星はあまり見えない都会の夜空だ。
光と戻ってきた時と同じように面談室へと向かう2人。
同じ轍を踏まないよう扉の前で一呼吸置き身体をシャキッとさせた恭二は、ノックをして扉を開き面談室の中へと足を踏み入れる。
「失礼します。芦原 恭二、ただいま戻りました」
面談室に入ると、ソファーに腰掛け事務所の資料らしきファイルに目を通している女性が恭二の目に入った。
肩甲骨辺りまで伸ばした黒髪のロング、真剣な横顔に透き通った肌艶、落ち着いた大人の雰囲気を醸し出している。
自分より確実に年上だと恭二が感じていると、女性も恭二に気付いたようで小さく会釈し、持っていた資料を机に置いて立ち上がり歩み寄ってきた。
華奢で小柄な体格で、恭二と並ぶとその身長差は顕著に現れる。
「あなたが恭二さんですか? 思っていたよりお若くて凛々しい方ですね」
「ああ、どうも……えっと、どちら様で?」
「これは失礼致しました。南条 光の母の
「これはご丁寧に……」
ぎこちない会話になかなか合わない視線、一抹の不安を覚える光の母こと陽子だったが、緊張しているのだろうと思い恭二の手を両手で包みニッコリと微笑んで見せた。
夜風に当たった恭二の手は少し冷えており、屋内で待っていた陽子の手が温かくそれを包み込む。
恭二はどこか懐かしい感覚を覚え、少し強張っていた表情も緩んでいく。
「失礼します。お疲れ様で……母さん、まだ帰ってなかったの?」
「まだとは随分な言い種ですね。遅くなると分かっているなら、その時間まで待つか迎えに来るのが普通でしょう?」
恭二が入ってきた方と同じ側の扉から、ノックと同時に光が入ってきた。
それと同時に母親の姿を見つけスタスタと恭二の隣に駆け寄り、呆れ半分な物言いで喰ってかかる。
それに対して陽子はまるでいつもの事かのように粛々と言葉を返していた。
「じゃあ1回家に帰ったの?」
「いいえ、この事務所の事を色々教えてもらいましたよ。これから光がお世話になる所ですもの、知っておきたいと思うのは当然でしょう」
「にしたってもう4時間以上経ってるじゃん!」
「それでも足りないくらいですよ。魅力的なアイドルが沢山いらっしゃって、スタッフも皆さん優秀で、コーヒーも美味しくて」
「ハッ、菜々さんのコーヒー……!」
「それでも4時間は居すぎだって! 家の事色々放り出してきたんでしょ?」
「お掃除戸締まり火の用心は完璧ですし、お洗濯はあと取り込むだけです。晩ご飯の仕込みも済んでいます」
「っ……何でそこまでして」
「娘がアイドルになると、スカウトされたと言ったのですよ。親として当然の行動です」
間髪入れず繰り広げられる親子間のラリー。
光は終始不服そうに、陽子は終始淡々と言葉を投げかける。
恭二が入り込む隙間はなかなか見つからなかったが、光が少し声を詰まらせたところですかさず割って入った。
「まあまあ、この辺でお互い一度収めて。それで光はどうしてここに?」
「あ、そうだった。見学と体験レッスンが終わったらまたここに来るように言われてたんだ」
そう光が零すとタイミング良く事務室側の扉が開き、三葉が姿を見せた。
「恭二、光ちゃん、2人ともお疲れ様。陽子さんもこんな時間までお待たせしてしまって申し訳ありません」
「いえ、お気になさらずに。ここで待っていたのは私の意思ですから。色々教えてくださって感謝したいくらいです」
三葉と陽子はすでに面識があるようで、机の上の資料も三葉の用意したものたという事が読みとれる。
「はい光ちゃん。今日の体験レッスンの総評よ」
「え、体験レッスンなのにこんなの出るの!?」
「うちのトレーナーたちは優秀だからね♪」
プリントを1枚光に手渡した。
そこには歌、ダンス、演技、それぞれの評価と総評、そしてトレーナーの一言が書かれていた。
多少の点数の差はあれど、どれもセンスありと評価を受けていた。
「……アタシ、アイドル向いてるのかも」
「良かったわね光」
予想以上の高評価に思わずにやけ顔になる光。
陽子も嬉しそうな娘を見て穏やかな表情になっていた。
「どうか光を“女の子らしい”アイドルにしてやってください、恭二さん」
「ちょ、母さん! アタシは……」
せっかく親子の雰囲気が良くなったと思いきや、光の思うアイドル像とは反対の“女の子らしい”、いわゆる有香やまゆのような王道可愛い路線で売り出してほしいという要望を、陽子は今一度恭二の前に立ち頭を下げながら申し出た。
光もこれに割って入ろうとしたが、またもや言葉に詰まってしまい上手く切り出せなかった。
三葉が見守る中、恭二は意を決して思っている事を伝える。
「光の事は任せてください。陽子さんも光も納得する形に仕上げて見せます」
「どうか、よろしくお願い致します」
堂々と宣言した恭二に、陽子はもう一度深々と頭を下げた。
三葉が少し驚いた顔をしていたが、クスッと小さく含み笑いをした後に恭二の背中をポンと叩いて耳打ちする。
「言うじゃない」
「これも仕事の内、なんだろ?」
「ふふっ、頼もしい限りだわ」
ひそひそと話していると隣にいた光が恭二の袖を引いた。
自分に恭二の視線が向いたのを確認すると、光は口を開いた。
「プロデューサー……アタシ、フリフリの衣装とかあんまり……」
「心配すんな。2人とも納得する形にって言ったろ?」
優しげな笑みを見せた恭二は、光を安心させるように頭をポフポフと撫でてやった。
不安は拭いきれていないようだが、ひとまず飲みこんで光は頷いて見せる。
「さぁて、7時も回ったし今日はお開きにしましょ。光ちゃん、また明日ね」
「うん! プロデューサーも、また明日!」
「おう。シャイニンガー観てて遅刻とかすんなよ」
「大丈夫。録画してるから帰ってからゆっくり観るよ」
それぞれ別れの挨拶(?)をしていると、
「光、もう帰りますよ。荷物をまとめてきなさい」
「……はぁい」
陽子が会話を遮るように光に声をかけた。
少しピリピリしている雰囲気で、“シャイニンガー”の名前を聞いて明らかに不機嫌になったのが恭二たちにも分かった。
せっかく自分の好きな話題になったのところを母親に邪魔をされ、光もあからさまに不機嫌そうは返事をした。
これには恭二も苦笑いを浮かべるしかなかった。
「今日は本当にありがとうございました。これから娘をよろしくお願い致します」
「こちらこそ、ご足労頂きありがとうございます」
「暗くなったら悪い奴が出てくるからな。アタシが母さんを守ってあげないと」
「またそんな非現実的な……あなたが私を守るなんて10年早いです。子供を守るのは親の務めですよ」
面談室を出ようと歩きだした光、おそらく自分の正義感に素直に従っているのだろう、ボソッと零した言葉を陽子が否定する。
その後も平行線の押し問答が繰り返され、事が収まらぬまま親子は面談室を後にした。
残された芦原姉弟は親子の怒涛の口喧嘩を目の当たりにして呆然としていた。
「……噛み合ってない親子だな」
「年頃の女の子であの個性だからね。難しいでしょう」
「あ、そうだ、菜々さんの愛情たっぷりのコーヒーを──」
「菜々ちゃんならもう帰ったわよ」
「そんな……俺めっちゃ頑張ったのに……それだけを楽しみにしてここまで……」
ショックでうなだれる恭二。崩れ落ちたその場でブツブツ言っていると三葉がポンと肩に手を乗せる。
「明日も菜々ちゃん来るから、その時に淹れてもらえばいいじゃない。て言うか同僚になったんだから、これからほぼ毎日会えるでしょ?」
「あ、そっか。そう言えばそうだ。その通りだ」
落ち込んだかと思えば急に元気になったり、他者からの一言で一喜一憂している姿は情緒不安定にも見える。
今にも小躍りしそうなにやけ顔を尻目に、三葉は更に言葉を綴る。
「それじゃ、私たちも帰ろっか」
「え、私たちって事は姉さんも? いつも帰り遅いのに」
「今日初仕事で歩き回ったでしょ? 恭二に何かあるといけないから、今日も無理言って早上がりさせてもらうの」
三葉はさも当然のように言うが、恭二は決して守られるようなか弱い人間ではないし、極度の方向音痴という訳でもない。
一般男性と同程度かそれ以上の体力もある。
三葉が気にしているのは恭二の“身体”だ。
それは恭二自身も自覚しており、三葉の言葉の意味もすぐさま理解した。
「心配し過ぎだって。もう3年も前の話だろ? 体力も戻ったし、経過も順調だって──」
「これから恭二には色んな仕事を振っていく。プロデューサーとして、マギカのパートナーとして。その仕事がどこまで出来るのか、どの程度なら大丈夫なのか、姉としても社長としても、ちゃんと見ておきたいの。……分かって」
心配無用とはぐらかすように言う恭二に対して、三葉はその言葉を遮り真面目に語り出す。
自分より少し背の高い恭二の頭に手を伸ばしそっと触れると、懇願する言葉と共に不安げな表情をしながら恭二と目線を合わせた。
さすがの恭二もいつもの飄々とした姉の言葉ではなく、弟の身を案ずる姉の言葉なのだと受け止め方を変え、表情も軟らかくなっていた。
「分かったよ。俺ももう少しだけ自分の事大事にする。だから、安心して」
「うん」
不安げな表情は緩やかに安堵の表情に変わっていった。
その変化に恭二も一安心し、自然と笑みが零れていた。
「そう言えばあやめさんは?」
「あやめちゃんなら事務室にいるまきのんに今日の報告した後、女子寮に帰ってったわよ」
「え、俺と面談室に入ったはずじゃ……」
「私がこっちに来る前から事務室にいたけど?」
「ア、アイエェ……」
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ー郊外の小さなアパートー
カンカンカンと金属製の階段を駆け上がる音が静かな郊外に響き渡る。
まだ夜は肌寒い。しかし階段を駆け上がる少女の姿は薄黄色と桃色の袖無しボーダーシャツに暗めの緑色をした襟着きベスト、紺の短パンとこれまたボーダー柄のニーハイとやや薄着。
走ってきたから体は暖まっているのだろうか、肩甲骨辺りまで伸ばした栗色のロングヘアを左右に揺らしながら、少女こと小関 麗奈は階段を登ってすぐの201号室の扉を勢いよく開き中に入った。
「ただいまー! ママ、アタシ明日からアイドル、に……」
乱雑に靴を脱ぎ捨てて玄関を駆け抜け居間へと向かう。
と言っても1Kのアパートなので玄関を上がればすぐなのだが。
そこには机に突っ伏して寝息をたてている麗奈の母親の姿があった。
眠っている母親の姿を見た麗奈に帰ってきた時の勢いはなく、舞い上がっていた心を落ち着かせるよう一度深く深呼吸していた。
「11連勤、だっけ。お疲れ様」
鞄を部屋の隅に置き押し入れから2人分の布団を静かに引き出し、起こさないよう掛け布団をそっと母親に被せる。
労いの言葉を呟くと母親の対面に座り、今度は自らの思いを零していった。
「明日からアタシも働くよ。中学生でもお給料が貰える仕事があって、ついさっきその仕事にスカウトされたの。もうママ1人が頑張らなくていいから、アタシも頑張るから……ママ………」
年相応の少女の、心からの声だった。
その後しばらくしてキッチンに赴いた麗奈は、塩おむすびを1つ仕立てて手早く食べ、2人分の布団を敷いた後母親を布団の上に移動させ、仲良く並んで眠りについた。
痩せこけた母親を運ぶのは麗奈の力でも十分可能であり、疲れきった母親は深い眠りについており動かしても起きる事はなかった。
投稿が大変遅くなり申し訳ありません(汗)
時間がとれなかった事、精神状態が不安定だった事、スランプ気味だった事など、色々と重なりなかなか筆が進みませんでした。
次話以降はなるべく早く投稿出来るように心掛けたいと思います。