「さて…どうしたもんか…」
真尋の悩みとは
それは武内から借りたレッスン着がどう見ても女物なことだ。
下はスパッツと短パンだからまだいい。
普段ジョギングや運動をする時にも着用する。
しかし上が肩丸出しで紐で支えられている様な露出が多い服装であるからして、女性とは身体の作りが違うせいでバレる可能性があった。
とはいえ真尋がそう思っているだけで周りの人は皆、華奢でシミ一つない綺麗な肌だなぁくらいにしか思っていない。
そこそこ高い身長。
男性からすれば170cmそこそこなのだから普通だが、女性から見ればかなりの高身長と言える。
その身長に見合う長くスラッとした足や細い腰。
誰が見ても女にしか見えないだろう。そういう星の元に生まれ、そういう育ち方をしたのだからしょうがない。
「初めまして、体験でレッスンを受ける四十崎です」
「ああ、話は聞いてるよ。初心者の四十崎には悪いが今日は他のアイドルのレッスンも入っていてな、かかりきりにはなれないが一緒に励むといい」
「あ、はい…無理に時間を作ってもらってるので文句は無いです。邪魔にならないように端っこでやりますね」
端っこでやるとは言ったものの…一緒に居るのって渋谷凛さんなんだよな…二人しかいないしどう足掻いてもトレーナーさんの目には入っちゃうか。
それに隣で踊るのはかなり実力派のアイドル、比べられたら一発で素養無しとか言われるんだろうなぁ。
「ども…四十崎真尋です」
「渋谷凛。凛でいいよ、そっちの方が歳上でしょ?」
「ああ…多分」
「よろしくね」
「よろしくお願いします」
簡単な自己紹介だけで終わってしまった。
欲を言えばもう少し仲良くなりたかったけど…ホントにテレビで見るまんまだな。クールで少し素っ気無い感じ。
って言っても仲間には優しいって聞くし、その内私にも優しくしてくれるかな。
「よし、渋谷はいつものメニューから。しっかり柔軟をしてからだぞ?四十崎も渋谷のレッスンを見ながら、出来そうなら真似してみろ」
「了解です」
取り敢えず模倣から入れってことか。
出来るかわからないけどやるだけやってみよう…取り敢えず柔軟から。
渋谷さんと同じ様に身体をほぐして……ふっ…実は身体の柔らかさには自信があるんだ。渋谷さんに負けないくらいしっかり柔軟をこなしていこう。
「ほぉ…」
「ふぅん…やるね」
準備体操も兼ねた柔軟のおかげで身体も温まってきた。
じんわりと汗をかく程度にはホカホカだ。
今日は今度のライブに向けて自分の持ち曲とユニット曲の振り付けの確認をするらしい。渋谷さんの曲は個人的に好きだから沢山聞いたし、ダンスもライブの映像とかで何も見ずに踊れる程見た。ユニット曲に関しては神谷さんと北条さんの振り付けまで完璧だ!
ただのアイドルオタクみたいだけど、私のちょっとした特技でもある。
大っぴらにドヤ顔は出来ないけど物覚えはいい方だし多少練習すれば出来るようになる。
「それにしても…目の前で見れるなんて幸せ…」
アイドルをやるにしても男性アイドルとしてなら喜んで入るのに…何故女装をしながらじゃなきゃいけないんだろう。
「よし…四十崎、渋谷の動きをそのまま真似してみろ。渋谷の後に8カウントずつ交互だ、渋谷はステップ覚えてるな?」
「はい」
トレーナーさんの手拍子と掛け声に合わせて渋谷さんが軽い調子でステップと振り付けを見せてくれる。
それをしっかりと目と脳に焼付け、寸分の狂いもなくトレースする。
大丈夫、全然問題ない。
ウォーミングアップなのかな、結構簡単だ。
それから10分程度ひたすら基礎練のように繰り返す。
途中から私と渋谷さんは同時に動くように言われ、足並みを揃えて隣同士で踊り続けた。
「…ふぅ…」
ストップがかかり私と渋谷さんの足が同時に止まる。
同じステップを踏み続けるってのも中々キツイんだな…汗で髪が張り付いて鬱陶しい。
この時ばかりは肩出しのレッスン着で感謝しておこう、涼しくて快適だ。
ただちょっと前髪がやっぱりウザイな。
「トレーナーさん、ハサミ貸していただけますか?」
「それはいいが、何に使うんだ」
不思議そうな顔のトレーナーさん。小さめのハサミを貸してくれた。
小さい方が都合がいいからちょうど良かった。
取り敢えずゴミ箱の所へ…渋谷さんとトレーナーさんに背中を向けたままジャキジャキと前髪にハサミを入れていく。
ゴミ箱の中に髪がバラバラと落ち、おでこがどんどん涼しくなってきた。
「おい!なにしてる!」
「なんですか?」
「…なにやってんの?」
ハサミを持ったまま振り返るとトレーナーは凄まじく怒っている。その上渋谷さんはなんとも言えない表情だ。目にかかるくらい長かった前髪がおでこの半分くらいで散切り状態だからかもしれない。
「すみません、もうちょっとちゃんと整えますね」
「切るのをやめろ!」
「自分で切るのは良くないから、美容院行こ?」
トレーナーさんにハサミを取り上げられてしまった。
渋谷さんもなんだか可哀想な子を見る感じで優しく接してくる。
……そうか、今私は女の扱いだから変なのか…。
髪は女の命って母さんも言ってたし、それをいきなりハサミでぶった切ったら変な奴と思われても仕方ないか…これは私の落ち度だ。
「四十崎はアイドルの候補生としての自覚は無いのか…?アイドル以前に女はこんなハサミで適当に髪を切ったりはしないぞ」
「それは偏見じゃ…」
「何か言ったか?」
「いえ…なにも…」
「はぁ…取り敢えずレッスンはやり遂げろ。髪は…渋谷、時間があれば346専属の美容院…分かるな?」
「…連れて行ってきます」
「すまんな…」
なにやら私のせいで暗い雰囲気になってしまった。
ここは明るく振舞ってなんとかしないとな。
レッスンもあるみたいだし髪を払って…汗でベタベタだから全然取れない…。
「トレーナーさん」
「今度はなんだ」
「切れた髪が張り付いて鬱陶しいので適当に流してきてもいいですか」
「……渋谷、10分休憩だ。ついでにシャワー室に連れて行ってやれ」
「わかりました……こっち」
シャワーなんて浴びてもどうせ汗かくから適当な蛇口でいいよって言ったらめっちゃ怒られた。
仕方ないからシャワーで頭を軽く流した。
女の子って結構気を使ってるんだなぁ…なんて、知り得ない世界に思いを馳せる。
「ねぇ真尋…」
「なんですか?」
「髪…折角綺麗なんだから大切にしなよ」
「って言っても…親に伸ばしてって言われたから伸ばしてるだけなんですよ」
「それでも、だよ。手入れもしっかりしてあるし、私よりいい髪質してるよ」
そんなことないと思うけどなぁ。
男の適当な手入れより女の子がしっかりやってる方が余っ程きちんとしたものだろう。私も自分で髪洗って適当に乾かすだけだし、やってることは男子高校生くらいと変わらない。
なのにここまで真っ直ぐ綺麗になってるのは偏に髪質の問題か、たまに母さんがやってくれるなんかよく分からないアレなのか。
「帰ってきたか。じゃあ最後は渋谷のレッスンを重点的にいくぞ。四十崎は見学でも真似でも好きにしろ」
「あの…渋谷さんのレッスンは持ち歌のダンスですよね」
「そうだけど…真尋は私の曲踊れるの?」
「はい。ライブ映像とかたくさん見てきたので」
「勉強熱心なことだ。よし…ならついてこれるだけやってみろ、5曲連続でいくぞ。四十崎は途中でバテても責めたりはしないから気軽にな」
「はいっ」
人に合わせるのは得意だ。
ここはひとつ、今日色々と迷惑をかけたお詫びとして…全力でやろう。
呼吸を合わせろ。
意識をシンクロさせろ。
渋谷さんの隣に立つのは、もうひとりの渋谷さんだ。
今まで観てきた全ての映像で創り出せ。
もうひとりの自分を。
曲が始まった瞬間に私の意識は完全に渋谷さんと同調した。
× × ×
「なあ加蓮」
「なに?」
「あれ誰だ」
「私が知るわけないでしょ、凛のお姉ちゃんとかじゃないの?」
「いや確かに似てるけど…凛と全く同じ動きを同じタイミングでやり続けるって凄くないか?」
「そんなの他人に出来るわけないじゃん、やっぱりお姉ちゃんとか親族なんじゃないの?」
「…今度はTrancing Pulseだな」
「あれ結構大変なんだよね〜」
「凛と同じ振り付けだけかと思ったら私と加蓮の振り付けも踊れるみたいだな」
「もう私達いらないじゃん」
「マストレさんのあんな顔見たことないんだけど」
「私も奈緒のそんな顔みたことないよ」
「凄いな…一体誰なんだ…」
「四十崎さんは体験レッスン中の研修生です」
「うおっ!プロデューサー!」
レッスン室の扉に付いているガラス窓越しに中を見ていた北条加蓮と神谷奈緒の後ろから現れたのは武内P。
少し心配になったのか真尋の様子を見に来た武内は奈緒と加蓮と共に外からジッと室内を見つめる。
凛と寸分違わぬ流麗なダンス。
余裕する感じさせる涼し気な表情。
流れる汗すらも美しく、照明に照らされていた。
「……なんで前髪があんなにボロボロなんだ…」
現実逃避でもしているのか、奈緒は関係ない所に視線がいっていた。
× × ×
「よし、そこまで」
「…っはぁ…」
隣から熱い吐息を吐き出す音が聞こえる。
少女、それも飛び切りの美少女の荒い呼吸。
男としての欲求が呼び起こされそうだがここは蓋をして閉じ込めておこう。
今は女としてここに居るんだから。
「正直…想像以上だったな」
「ま…悪くないね。私も熱くなれたよ」
「凄く楽しかったです、またお願いします」
「私のレッスンで楽しかったと言ったのは四十崎と高垣くらいなものだ」
私の中でこのレッスンで学んだことが全て取り込まれていく。
ストンと納まるべき物が納まるべき場所に入っていく感覚…なにか新しい経験値が私の中で糧になった。
「凛っ!おつかれ!」
「お疲れ様で〜す」
「お疲れ様です…」
バタバタと人が入ってきた。
神谷さんに北条さん…あと武内プロデューサーか。
「いやあ凄かったなぁ!あたしは神谷奈緒、よろしくな!」
「北条加蓮だよ、よろしくね」
「四十崎真尋です、よろしくお願いします」
「それにしてもめちゃくちゃダンス上手いな、キレもあるし迷いが無かったし!」
「なんか秘訣とかあるの?良かったら教えてよ」
興奮気味な神谷さんとクールなままの北条さん。
この二人に渋谷さんでTriad Primusという私の大好きなユニットが出来上がる。
期待してたけど、実際会えるとなると役得というかラッキーだったな。
そんな興奮してる神谷さんはトレーナーさんに捕まってこの後レッスンだそうで、私は汗を流しにシャワー室へ。
渋谷さんも来るのかと内心ドキドキしたけど、私が出た後は三人でレッスンがあるそうな。まだ出来るなんてやっぱりプロは違うな。
「それで、この後の予定は?」
「はい。最後にボイスレッスンがありますが暫くはフリーですので自由に行動して頂いても構いません。16時にレッスン室の前に居てもらえれば大丈夫です」
「了解、じゃあまたあとで」
一時間くらい自由な時間が出来た。
出来たが、勝手を知らぬ場所で自由と言われても出来ることは限られてくる。
まずよく分からない部屋には入れない。
となると休憩室とかまたカフェとか。
あ、因みにさっきまで渋谷さんに案内された事務所からほど近い美容院で髪を切ってきました。
前髪だけ整えてもらってパッツンになってしまった。
パッツンと言えば喜多見柚ちゃん可愛いよね。
はてさてどうしたものか。
取り敢えず喉は渇いた。
レッスン後にはみんなエナドリなるものを飲むらしい。
でも炭酸よりは普通の飲み物が欲しい。
だったら、自販機を見てから決めようじゃないか。
「ん〜…お茶しかないぞ」
なんと見つけた自販機には多種多様なドリンクがある。
が、全部お茶だった。
いろんな会社や種類のお茶、お茶、お茶。
烏龍茶からほうじ茶、セイロンティー紅茶、緑茶と狭い範囲で選り取りみどり。
「おや、お悩みですか!」
とてつもない元気な声が聞こえた。
キョロキョロと見渡すが何処にも人はいない。
「こっちですよ!」
何処かと思ったら背後だった。
そして何より背が低い。
しかし胸元には大きく主張する塊がふたつ。
「お茶で迷ったら熱い緑茶がオススメです!」
大きくクリっとした瞳の奥には轟々と燃え盛る炎を幻視させるこの情熱的な少女は…日野茜さんだ。
背が低いのにかなり豊かなバストをお持ちの元気印、うん可愛い。
元気が貰えるよね、松岡〇造みたいで。
「見掛けない方ですね、お客様ですか!?」
「今日は見学というか、体験レッスンに来てるんです」
「なんと!アイドルでしたか!」
まだアイドルになると決まったわけじゃないけどこの自信満々な言いようの前では否定しずらい。
「まあそんなところですかね…」
「では先輩の私から激励として、お茶をご馳走しましょう!」
そう言ってお茶を奢ってくれた。
緑茶。
熱々の。
同じものを買ったはずの日野さんはそれを一気に飲み干すと90°近く腰を曲げ何処かに走り去って行った。
「ボンバー!!」
ドップラー効果のように響く声は走り去った後でも暫くは耳に残っていた。
「………あつっ…」
次回、「みじゅき」
大人の色気。
色気より酒。
駄洒落を言ったのは誰じゃ。