料理人と冒険者の二足鞋で征くワーカーホリックの天然ジゴロがオラリオに居るのは間違っているだろうか 「俺一応、鍛冶師なんだけど・・・・・・」   作:昼猫

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 途中で分ければよかったと後悔した。


第5話 至れなかった者と目指す者達

 此処は安全階層(セーフティポイント)。18階層のリヴィラの町。

 そこではアストレア・ファミリアの団員達が気絶している仲間を担いで宿を取って休もうと来たのだが――――。

 

 「足らないだと・・・!」

 

 輝夜は声を荒げながら店主に圧を掛ける様に詰め寄った。

 

 「そんな筈はないだろう!?此処はこの額で足りるはずだ!」

 「それが昨日変わったばかりなんですよ~?仕方がないでしょう?」

 「っ!」

 

 ふざけた態度に輝夜の眼光の鋭さが増す。分かっているのだ。この宿屋の店主は私達の今の状態と出せる額の限度を察して足元を見てきている事を。

 

 「何ですかぁ、その態度~?なんでしたら他の宿に行けばいいじゃないですか~?」

 「それは・・・」

 

 何とも運の悪い事に、今日に限ってこの宿屋の部屋以外全て満室だった。だからこそ、唯一空きがある宿の店主とも言い合っているのだ。

 

 「とは言えおいらも鬼じゃありません。そうですな~。足らない分は体で払ってもらうと言うのは如何でしょう?」

 「貴様、始めから・・・っ!」

 

 受け付けの始めから下卑た視線に不愉快さしか感じなかったが、それが本音とは今すぐその三枚舌を切り裂きたい衝動に駆られる。しかし目の前の下衆は動じることはない。

 

 「おや?いいんですかい、そんな態度で?お連れさん方々の状態は休ませないと不味い方もいるのでは?」

 「っ」

 

 指摘されることが腸煮えくり返る思いだった。

 あの後、結果的に一番重傷だった私に残りのポーションと回復魔法が施され、それ以外は宿を取ってからと言う事になった。だというのに・・・!

 そこへまるで私を嘲笑う様にこの町の長であるボールスが来た。

 ――――俺のモノは俺のモノ、お前のモノも当然俺のモノと、憚らないやつなので出来るだけ関わりたい奴では無いと言うのに、この状況で追撃を掛ける様に来るとは今日は厄日だ。

 

 「やけに騒がしいじゃねぇか」

 「おっ、ボールスさん聞いてくれよ~」

 

 まるで自分の主張が正しいと言わんばかりにボールスへ説明する下衆店主。

 それをつまらなさそうに聞き終えたボールスの言葉に私は耳を疑った。

 

 「最初の値段は足りてるんだろ?だったら泊まらせてやれよ」

 「「は?」」

 「あ?なんだその態度は・・・」

 「まっ、待ってくれよボールスさん!此処は俺の店なんだぜ?幾らアンタにもそこまで指図される謂れは――――」

 

 予想外の言葉に狼狽える下衆店主。私も予想の斜め上をいく展開に口を挟めずにいる。

 

 「謂われだぁ?此処は俺の町なんだぜ。そもそもゲッテン、テメエ俺にデカイ借りがあったよな。だったら今のうちに小分けにして、少しずつ返した方が良いとは思わねぇか?――――それこそ、なんかでやばい橋渡らされる事にならないうちによ・・・!」

 「っ!?」

 

 含みを持たせた言葉に下衆店主(ゲッテン)は激しく動揺する。

 

 「・・・・・・チッ!わかった、わかったよっ!泊めさせてやればいいんだろう!」

 

 言って、ヤケクソ気味に輝夜の手から宿泊費をぶんどって去っていく。

 だが泊まれて良かったね、ということでは終わらない。

 

 「言っとくが、同情なんかじゃねぇぞ」

 

 私の視線に気づいたボールスが先回りしてきた言葉。

 それに対して非情だとは思わない。そもそもボールスが同情を施してくるなんて事がまず考えられない。

 

 「・・・・・・分かっているとも。貴様も私の体狙いか」

 

 一刻も早く団長含む仲間達を休ませたかった私はヤケクソ気味に言った。だがそれをボールスは鼻で笑ってきた。

 

 「ハッ!俺をあのゲッテン(ロリコン野郎)と一緒にしてんじゃねぇぞ。外見と体に自信があるんだか知らねぇが、せめてあと10年経ってから出直して来いナルシー女・・・!」

 「なっ!?」

 「テメェらを助けたのは、俺自身も借りを返す為なんだよ。だから自惚れてんじゃねぇぞ」

 「っ・・・・・・・・・誰に頼まれた」

 

 借りを返す――――と言う理由で助けたのであれば、私達の便宜を図るように頼んだ奴がいる筈だ。必然的に今度は私達がソイツに借りを作った事になるからこそ、気になるのも当然だ。

 

 「テメェらと一緒に来た奴だ。それとこれは奴からの差し入れの回復薬だとよ」

 

 ポーションなどが入った袋を乱暴に渡される。

 

 「これで俺の用事も仕舞いだ。後は勝手にしやがれ」

 

 借りを返す為とは言え使いっぱしりにされたからか、ボールスは苛つきながら戻ろうとする。

 それに輝夜が待ったをかける。

 

 「んだぁ!?俺だって暇じゃねぇんだっ。さっさと言いやがれ」

 「彼の泊まっている部屋を教えてくれ」

 

 対して今度はくだらなそうに鼻をならす。

 

 「フンッ、今日は生憎満室だっつったろ?アイツなら水辺の方で野宿だとよ」

 「!?」

 

 お前ら泊められるように根回しして自分は野宿かよ、と胡散臭いと吐き捨てながら今度こそボールスは自分の店に戻って行った。

 

 

 -Interlude-

 

 

 助けてくれた冒険者の謎の厚意で宿でやっと休めることが出来たアストレア・ファミリアの少女達は、一息つきながら怪我の治療をしていた。そこで1人の覚醒の兆候があった。

 

 「・・・ん・・・・・・此処は・・・?」

 「団長!?お目覚めですか!」

 

 アリーゼが気がついたことで手を離せる者達が彼女に駆け寄った。

 

 「団長!良かった!」

 「団長!?」

 「気が付きましたか、アリーゼ・・・!」

 「皆・・・?」

 

 愛する仲間達に見下ろされていたので、ゆっくりと身を起こす。見回すと横になっている仲間もいたが、全員確かに揃っていた。

 

 「全員無事で何よりだけど、あれから今までの状況の説明お願いしていい?」

 「勿論。まず――――」

 

 そうして全て話し終える。

 

 「――――と言う事なんだ」

 

 輝夜の説明に終始黙って聞いていたアリーゼ。その後に一度頷く。

 

 「冒険者同士は基本的に不干渉。だから今回私達を助けてくれた彼に何か裏があるんじゃないかと怪しむ貴方の気持ちも客観的に言えば解るわ」

 「アリーゼ!?」

 

 まさかの言葉に信じられないと叫ぶリオン。しかし続きが在った。

 

 「でもね。此処までしてくれたのだからまずは感謝の気持ちを伝えなければでしょ?」

 「それは・・・」

 「輝夜の経験から考えれば疑いたくなる気持ちも解るけど、まずはその人に接してみないと」

 「まさか・・・」

 「うん。だから私、これから彼に会って来るわ。水辺の方に居るのよね?」

 「ああ・・・・」

 「なら皆はここで待っていて、信義を確かめる為にも話をしてくるわ」

 

 勿論その前にお礼もね、とウインクする。

 けれど、そんな前向きな団長に対しても意見するのが輝夜だ。

 

 「団長!幾らなんでも1人だけで行くと言うのは・・・!」

 「護衛をつけろと?でも貴女は駄目よ。自分で思っている以上に疲弊してるじゃない?」

 「む・・・」

 「では、私がアリーゼに同行しましょう」

 

 輝夜の代わりと言う気は毛頭ないにしてもと、自分がと、リオンが言う。

 

 「リオン?いいの?男性よ?」

 「構いません。寧ろ、助けられておきながら素顔も晒さなかった無礼もありますので、謝罪も含めて同行させてください」

 「うん。実力的にも護衛として問題ないし、良いわね輝夜」

 「・・・・・・・・・」

 

 対して、良いとは言わないが反論もしない輝夜。

 

 「そう言えば“彼”の名前はなんていうの?」

 「名前・・・・・・」

 「・・・切羽詰まっていたにせよ、恩人の名前を聞いていなかったのね」

 

 相手の真意を疑う以前の問題だと非難したかったが、気絶していた自分にもその権利はないことに気づいてなにも言わないことにした。代わりに呆れた態度は隠さなかった。

 

 「むぅ」

 輝夜も自分の迂闊さに何も言えずに不甲斐無く反省する。

 

 「それも含めて行ってくるわ。貴方も相当気疲れしてるでしょうし、大人しく留守番してて頂戴ね」

 

 輝夜を諭すように言いつけたアリーゼはリオンを引き連れて水辺に向かうべく、宿を後にした。

 

 

 -Interlude-

 

 

 アリーゼとリオンは水辺に向かうと、大して労せずに探し人を見つけることができた。

 探し人は胡座をかいて何をするでもなくじっとしていた。

 何故そんなことをと考えたアリーゼとリオンだったが、気にすることなく声を掛けようとすると、

 

 「どうやら気がついたんだな」

 

 あちらが先に気付いて立ち上げり振り向いて来た。

 自分の髪の色に似ている赤銅色の髪のヒューマンの男性の落ち着いた雰囲気に一瞬見惚れてしまったが、直ぐに調子を取り戻す。

 

 「ええ、おかげ様で」

 「そうか。ええと・・・・・・」

 

 恐らくは何と呼べばいいのかと、困っているのだろうと察する。

 

 「ああ!私達、お互いの名前を知らなかったわよね?アストレア様が立ち上げたファミリアの団長を務めてるアリーゼ・ローヴェルよ。好きに呼んでくれて構わないわ、よろしくね!」

 「こちらこそエミヤ・士郎という。俺の方も好きに呼んでくれて構わない。大して面白味の無い男だが、よろしくやってほしい」

 

 アリーゼとは違い士郎の自己紹介は何処か他人事の様だ。だがその他人事の様とは別の個所でアリーゼはムッとした。

 

 「あんまり自分を下卑するような言葉は感心しないわ」

 「む」

 「士郎って呼ばせてもらうけど、貴方は私達の窮地をたった1人で救ってくれた恩人なのよ。救われた側の我儘かもしれないけど、そんな人にはもっと堂々としていて欲しい」

 「そうか。すまな・・・・・・・・・いや、ありがとう」

 

 謝罪では無く感謝の言葉に変えた事にアリーゼは気を良くする。

 

 「アリーゼ、そろそろいいでしょうか?」

 

 後ろからの声に振り向くアリーゼ。勿論忘れていた訳ではないが、ごめんなさいねと謝ってから横にずれる。

 

 「先に、別れ際に素顔を晒さなかった非礼、お詫びします」

 

 フードをとって鼻先までかけていたマスクも下にずらす様に取ると、そこには金髪の美少女の素顔が露わになった。しかもフードを取って初めてわかったが、耳の先がとても長い。つまりリオンと呼ばれた少女はエルフか、ハーフエルフかもであった。

 

 「私の名はリュー・リオンと申します・・・・・・どうかしましたか?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 士郎は目を大きく見開いて露骨な程に驚きを見せている。それこそ、流石にアリーゼでも訝しむくらいには。

 

 「もしかしてリオンに惚れちゃったとか?」

 「・・・・・・」

 

 エルフは男女ともに見目麗しい。体型や怪我などの問題が無い限り、エルフと言う種族は外見の良さだけでも異性として好意を寄せる者が非常に多い。

 その事実はリュー・リオン自身も自覚があるので、アリーゼの指摘に嫌な顔をした。

 そこで我に帰り、自分の反応が彼女たちに不快な思いを抱かせたことに狼狽えて謝罪する。

 

 「いや、すまない。今は亡き俺の知人にあまりに似ていたものだから驚いてしまった。不躾な視線を送って本当にすまなかった」

 「そう言う事でしたか。であるのならば別に構いません。こちらこそ変に勘ぐってしまって申し訳ありませんでした」

 「いや、俺のほうこそ――――」

 「いえ、私のほうこそ――――」

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 謝り返し続ける2人にアリーゼは軽く苛立つ。このままではエンドレスに移行しそうだからだ。

 

 「あのさ。話を先に進めていい?延々と謝り返し続けるのやめてくれる?」

 

 アリーゼからの注意喚起に顔を見合わせてから数秒ほど硬直後、素直に従う2人。それに溜息を吐く。

 

 「――――それじゃあ、改めて。士郎、貴方のおかげで私含むアストレア・ファミリア全団員は命からがら救われました。本当にありがとう」

 「単なる巡り会わせだ。たまたま近くにいて余力もあったし、助けたいから助けただけだ」

 「それでもあなたの施しに我々は救われました。この御恩、いずれ必ずやお返しします」

 「そんな借りに思わなくていいのにな。それとも和服姿の君たちの仲間が疑っているとかか?」

 「む、鋭いわね。観察眼も相当なもの。でも貴方、私たちの体とか要求しないでしょ?」

 「当たり前だろっ。初対面だから信じられないだろうが、見損なってくれるな。それとも信じられないか?」

 

 問いに、笑顔を崩さないまま首を横に振るアリーゼ。

 

 「いいえ、信じさせてもらうわ。さっきまでのやり取りで士郎はそんな男じゃないって分かったから」

 

 信頼の証とばかりにアリーゼの方から握手を求めるように右手を差し出す。しかも満面の笑顔で。

 対して、ここで引けば男が廃る――――と考えたかは定かではないが、士郎は遠慮せずに自分も手を差し出して握手に応じた。

 やり取りを見ていたエルフのリューは神妙な顔をしていた。そして意外なアクションをする。

 

 「年上なのでエミヤさんと呼ばせてもらいます。エミヤさん、私とも握手をいいですか?」

 「勿論いいとも。身に余る光栄だ」

 

 キザったらしいセリフの割りにはにこやかに握手が成立した。

 これに驚くアリーゼ。

 

 「どうしたのリオン。エルフの中でも特に潔癖性の高いアンタが自分から握手をしに行くなんて」

 

 アリーゼの驚きに追従する様に、士郎はそうなのかと疑問を投げかけるような顔をした。

 

 「分かりません。しかし握手をしたくなったとしか・・・」

 「私は別に責めてないわよ。直感的に動くのも時には大事な事。心に嘘ついても仕方ないじゃない?」

 

 アリーゼとリオンのやり取りは自然と微笑ましくなるものだ。

 そんな美少女達をまとめて視線をやる士郎。それに気づく2人。

 

 「どうかした?」

 「いや、2人の名前なんだが・・・」

 「私達の名前に何か・・・?」

 「いや・・・・・・そうだな。――――まずリューは澄みきった青空に吹く優しいそよ風の様でとても綺麗な名前だな。――――それにアリーゼは情熱的で誰も彼もを惹きつける花の色化を感じさせるのに反面で何所かホッとさせてくれる可愛さのある名前だな」

 「ッッ!!?」

 「ちょっと、何言ってるのっ!?」

 

 名前に対する士郎の感じた言葉に2人は激しく動揺を見せる。だがそんな反応をされるとは予想外だった士郎としてはすぐに謝罪する。

 

 「すまない。褒めたくなったから口にしただけなんだが、もしかして今のってセクハラか?」

 「・・・・・・い、いえ」

 

 ――――優しいそよ風・・・ですか。その様に名前を評された事は無かった。

 

 「えっ・・・・・・ち、違うわ。う、うん。褒めてくれたのよね?・・・・・・ありがとう」

 

 ――――情熱的な花の様って評してくれたのにホッとするって何よ?矛盾してない?べ、別に嫌とは感じなかったけど・・・。

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 セクハラでは無いと否定してくれた様だが変な空気にしてしまったのは確かだ。このままでは男として情けない。ならばどうするか。――――そうだ、体で返そう。

 

 「ところでアストレア・ファミリアは泊まって行くのか?」

 「・・・・・・えっ、えっと、ううん。まだ意識を失っている仲間がいるならそうしようとも考えているけど、日を跨いでまで潜る事はアストレア様に伝えてないから心配させて心痛を起こして欲しくは無いし、闇派閥(イヴィルス)の暴走も気になりから出来るなら帰還したいとも考えてるけど・・・」

 「装備もボロボロの上にマインドも大して回復していないので一泊する事は覚悟しています」

 

 本来であればアストレア・ファミリアの団員達のレベルを考慮すれば今からでも帰還できなくもない。しかし事前情報が正しくない異常事態が起きて自分達が追い詰められた事を思い出せば、装備は兎も角としてもマインドの回復は全快にしておきたいのが本音だ。だからこそ断腸の想いで今日は一泊すると考えてる様だ。

 それを察した士郎が提案する。

 

 「なら俺が同行して、地上まで送ろうか?」

 「は?」「え?」

 

 士郎の提案に2人は顔を見合わせて目を丸くするのだった。

 

 

 -Interlude-

 

 

 妙な事になってんなぁ。それがアタシが目覚めてからの最初の感想だった。

 アタシは小人族(パルゥム)のライラ。がらじゃないが、正義の派閥なんてものにいる冒険者だ。

 そんなアタシのいるアストレア・ファミリアが今現在妙な事になっている。

 アタシが気を失っている間に、もう二度と会えないと思っていた団長は生きているし、アタシら全員を救ったのは団長と同い年の男の冒険者だった。

 名前はエミヤ・士郎。副団長と同じ国出身らしいけど、輝夜と違って相当な物好きだ。

 冒険者のパーティーは基本的に他所のパーティーに干渉しないのが通例にも拘らず、窮地に陥ったアストレア・ファミリア(うちら)を干渉して助ける辺りが相当な物好き(それ)を物語っている。

 輝夜は疑っていた――――たぶん今も疑っているだろうが、エミヤはアタシらを助けた事に多分裏は無い。副団長程じゃないにしてもアタシも基本的にまず他人は疑ってかかる口だが、エミヤのやったことはリスクとリターンが見合わなすぎる。普通、窮地に陥っているパーティーをソロの冒険者が助けるなんて、まず無い事だ。ヘルハウンドの群れと強化種三匹、それにトドメは階層主のゴライアスだ。これを余力があるから助けたとか、言い訳としておかしい。確実に団長やリオン以上にお人好しだと確信してる。

 

 そんなお人好しの(ソロの)凄腕冒険者はアタシらに同行してダンジョンを上り、地上を目指している。

 何故そうなったかの流れは先の説明に加えて、アタシが目を覚ますまでにエミヤの名前自体と真意を聞いて来た団長とリオン。そして信用されて招かれて来たエミヤが護衛と言う形で同行する事になったのだ。気絶していたアタシらも目が覚めて仲間の怪我も全員治したからだ。

 ん?よく疑り深い輝夜が納得した或いは割り切ったなだと?いや、そこは解決してない。解決してないが実は輝夜だけが今度は意識を手放してしまったのだ。団長と別れて宿に全員揃った形になるまで、誰よりも気を張り続けた輝夜の緊張が緩んで気疲れから寝てしまったのだ。

 副団長の負荷のかかった精神上を踏まえた上で、意識を呼び戻させるのは酷だと判断しようとした所で衛宮が提案したんだ。

 

 『地上に戻るまで俺が担いでいくよ』と。

 

 この大胆不敵すぎる提案に、もうだいぶ信頼している団長が当人の許可なくエミヤの提案を了承・決定してしまったのだ。

 だから現在、エミヤは輝夜をお姫様抱っこ状態で抱えたまま私達に同行・護衛してくれている。

 ん?そんな状態では護衛できないんじゃないかって?これがそうでもない。

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 先程からモンスターが生まれては私達――――正確にはエミヤに恐れをなして、ほとんどが逃走を選択しているのだ。

 モンスター共はアタシら人と違って、知能はあるが知性は無い。そして本能の部分がアタシらよりも色濃い。

 その当たりを刺激して恐れさせて逃亡させると言う理屈を実践している。殺気を周囲にばら撒くと言う形で。行っているのは勿論エミヤだ。

 

 「士郎。貴方って言う人はそんな事出来るのね?」

 「ん?まあ、必要に駆られてだよ。冒険者になる前から荒事には慣れてるからな」

 「スキルじゃなくて技術ってところかしら?」

 「正解だ」

 

 エミヤは基本的には必要以上にしゃべらないらしい。だがこちらから話を振るなりすれば、適当な相槌などではなく、興味関心を持って話に付き合ってくれる。まあ、この状況でお喋りしたがる奴なんて居ないのだが。

 

 「フッ!」

 『グボッ!?』

 

 例の殺気も万能では無いらしい。ダンジョンを下るにつれて、通じるモンスター達にも限界が出て来るし、上層や中層のモンスターでも恐れつつも向かって来るモンスターもいるらしい。

 今丁度先頭側にいたミノタウロスに向かってエミヤが輝夜を抱きかかえたまま跳躍し、即座に真後ろに入り込んだ直後に腿裏と脹脛でミノタウロスの首を挟み込むようにして、そのまま強引にへし折った。

 アタシは見てねぇけど、ゴライアスを蹴り飛ばした時と言い、外見からは想像できねぇほどの脚力を持っているみたいだな。いや、まあ、冒険者なんてそんなもんか。レベルが高ければ華奢な見た目からでも剛腕ぶりを発揮できるみたいに。

 だけど今のさりげなくスゲェ所は大して輝夜に負荷を与えずに済ませたところだ。実際今もまだ輝夜はエミヤの腕の中で眠ったままだ。

 結局大して襲われずにアタシらは5階層まで上ってこれた。そこで漸く我らがアストレア・ファミリアの唯一の眠り姫を現在進行形で行っていた副団長が目を覚ましそうになる。

 

 「ん・・・?」

 「む?起きたか」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 意識が朦朧とする中で何とか状況把握に努める輝夜。

 周囲を見て今自分がいる空間はダンジョン内、そして何故か視界いっぱいに広がるのは胡散臭いくらいに自分達に施しを与えて来た男の冒険屋だった。その事実だけで彼女の意識は放蕩の海から完全に覚醒させるには十分過ぎる位の情報だった。

 

 「っ!貴さ・・・!」

 「待て!暴れるな!直降ろすから」

 

 宣言通り抱きかかえられた体勢から降ろされた輝夜は、直後に小太刀を抜いて士郎に切っ先を突き付けようとした――――が、その腕をアリーゼに掴まれて行動を強制的に制止させられた。

 

 「な、なにをするのですか団長!?」

 「輝夜、そこから先に行動はアストレア・ファミリアの団長、アリーゼ・ローヴェルとして許さないわ」

 「何故です!」

 「落ち着きなさい。事情はちゃんと説明するから」

 

 そうして説明し終えると、

 

 「~~~~~~ッッッ!!?」

 

 説明を聞き終えた輝夜はただただ後悔した。

 

 ――――ああぁ・・・。

 

 どうしてこの男、エミヤ・士郎の下へ真意を問いに行く過程を団長に任せてしまったのか。彼女の性格を考えればこの結末に至る――――いや、堕ちてしまうのは予想出来ていた事だろう。

 そうでなければ、男の腕の中で眠り続ける(こんな)事には成らなかったのだ!

 

 ――――ああああ・・・。

 

 しかも仲間達が言うには、私は寝相でこの男の首に何度か自ら腕を絡めに行ったとか。

 

 ――――ああああああああ・・・。

 

 さらには顔もこの男の胸に埋めに行ったとか。

 

 ――――ああああああああああああああああ。

 

 羞恥にも程がある。

 今も団長からの生暖かい視線が私を苛んでいく。

 

 ――――あああああああああああああああああああっっ。

 

 『これからはどこで睡眠仮眠をとろうとも、輝夜の横で寝るのは気をつけた方がいいですね』

 

 リオンの奴から、そんな皮肉めいた言葉に最大限の屈辱を感じて歯ぎしりを止められない。

 

 ――――あ゛あ゛あああああああああああああああああああっっっ。

 

 一生の不覚とはまさにこの事だ。

 出来る事なら、この目の前の男の存在全てを抹消してから自決したい。だがそれらも団長から禁止されている。何と言う生き恥。間違いなく今日此処に、私の最大級の黒歴史として刻まれるだろう。

 

 あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!

 

 声に出して最悪の気分を衝動任せに叫び続けたいが、していい状況でもないので心の中だけで叫んでいる。

 頭を押さえて蹲りたい。穴が在ったら入りたいとは正にこの事。誰か、誰か武士の情けを・・・・・・!

 あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああッッッ!!!―――――いっそ殺せッッッ!!!!

 

 自分のしでかしたことに暗いオーラを僅かに纏わせて、頭を垂れながら最後尾を歩く輝夜。

 

 『今の私に誰も構ってくれるな』

 

 全身から仲間達に、そう訴えかけている様だ。

 本人の意思を汲んで、ダンジョン内なので最低限に気に掛ける程度の扱いにする事にしたアストレア・ファミリア+αの一行。

 そこで漸く両腕が解放された士郎は、再び嘆きの大壁で見せたゴライアスの他のモンスター再召喚時に現れたのを悉く蹂躙した時に見せた、腕の裾から出した小さな“何か”を射出。あの時とは違い、モンスターの頭等を撃ち抜いて魔石採取が出来るように図る。

 

 『『オオッ!』』

 

 未だにその原理は不明だが、悉くのモンスターを蹂躙していく光景に、アストレア・ファミリアの団員達のほとんどが自分達の戦いをしながらも目を奪われてしまう様だ。

 

 「あああっっ!!!」

 

 一方で士郎の戦いにも目もくれず、輝夜は自分に襲い掛かって来るウォーシャドウを小太刀で切り刻んで行く。

 

 「うわあああっっ!!」

 

 その鬼気迫る戦いぶりは仲間すらも怯えさせるが違うのだ。

 

 「ウッガァアアアッッ!!」

 

 つい先ほど最大級の黒歴史を自身に刻んだ輝夜は頭を掻き毟りたくなるほどの衝動の捌け口をどこに向ければ良いかと、苛立っていた。

 自分達を助けたエミヤ・士郎に向けても駄目。自決も赦されない。となればどこにと苛立つ果てに自分の眼前に現れたのがモンスターだった。

 

 「アッハハハハハッッ!!!」

 

 都合良く現れてくれたウォーシャドウらに輝夜は歓喜した。いつ爆発させかねないこの苛立ちを破壊衝動に換えて、二刀の小太刀を振るう振るう振るい続ける。切り刻むと言うよりも力任せに振るう様は砕きへし折るという表現が適当かもしれない。

 

 『『・・・・・・・・・・・・・・・』』

 

 平常時だろうが戦闘時だろうがあんな狂喜じみた笑顔と笑い声を見た事が無い団員達は、何と声を掛けたモノかと困惑する側と今は放置した方がいいと考える側の二派に分れている。

 そしておそらくは自分が原因の一因となっていると推測している士郎も、声を掛ける事に戸惑っている様だ。

 

 「ハハハ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ウォーシャドウを全て灰に変えた後に苛立ちを解消出来たかは不明だが、輝夜は二刀の小太刀を鞘には戻さずそのままに再び頭を垂れている体勢に戻る。大和撫子を彷彿させていた黒の長髪は前側に集まっており、結果表情が見えずに感情も読み取れていない。

 幾度も背中を任せてきた仲間達から見ても超怖い。超怖かった。なので窮地に陥らない限りは放置と言う事がアイコンタクトで決定された。

 地上まで残り百メートルも無いところで、気になって気になって仕方がなかったのか、アリーゼが士郎に問う。

 

 「ねぇ士郎、さっきまで使っていた腕の裾から出してる武器は何なの?」

 「ん?ああ、これか。これは特殊武装(スペリオルズ)回帰属性(ブーメラン)だ」

 

 質問されたので片腕の裾から五つの銀色の玉を取り出して見せる様に出した。

 

 「ブーメランって、への字の投擲物の狩りとか遊び道具で使うあの?」

 「ああ、ブーメランの性質を特殊武装(スペリオルズ)として組み込んだ武器だ」

 「なるほど。だから貴方の手元に自動で戻ってくるのね」

 

 漸く得心がいった様子のアリーゼだか、そこでハッとする。

 

 「でも待って、その武器の特殊武装(スペリオルズ)が自動で帰って来るモノだけなら、背を向けたままモンスターたちの急所を貫いたのは如何やったの?」

 「特別な事は何も。今まで何度も足を運んだ階層の何度も倒してきたモンスターのみ気配察知で感知して、推測・把握して射ぬいているだけだからな」

 『『!』』

 

 なんでもないかの様に士郎は言うが、それをこのオラリオの他の冒険者で誰が出来ると言うのだろうか。

 しかし余計に疑問も沸く。これ程の術理や凄まじい使い手ならば確実に名の知れた冒険者だろうに、未だに思い出せない。闇派閥(イヴィルス)の冒険者であろうと通常の冒険者だろうと名の知れた者達の名前は二つ名も含めて記憶した筈なのにだ。

 とは言え、思い出せないモノは仕方がないので質問の続きをする。

 

 「それにしても回帰属性(ブーメラン)特殊武装(スペリオルズ)の武器があるなんて初めて聞いたわ!興味があるから教えてくれない?やっぱり有名どころの神ゴブニュ様の所か神ヘファイストス様の所かしら」

 

 初めてだからこそ押さえておきたい。大抵の知識は覚えれば力にはなっても重荷にはならない筈だから。仲間を守る為、ひいては自分達の目指す正義を貫くためにこそ。

 

 だがアリーゼの質問内容に今度の士郎は首を傾げる。

 

 「ん~・・・・・・?どう、だろうな。俺も聞いた事ないし、多分どこにも売って無いんじゃないか?」

 「?それってつまりは専用武器(オーダーメイド)の依頼したってこと?」

 「ん?あぁ、違う違う。アレは俺が鍛ったんだ。これでも鍛冶師だからな」

 『『へ?』』

 「鍛冶師?」

 

 言われた言葉に聞いていないとばかりにおうむ返しのように訪ねてしまう輝夜を除くアストレア・ファミリア団員一同。

 それに言ってなかったっけ?と、言いたそうな視線で彼女達を見た。

 ちなみに丁度よくダンジョン入口に着き、地上に帰ってこれた。

 

 「なら改めて名乗っておくか。鍛冶大派閥ヘファイストス・ファミリアの新入り眷属でLv3の上級鍛冶師(ハイ・スミス)、諸事情により二つ名は無い。よろしくな、アストレア・ファミリアが誇る麗しき正義の使徒達」

 『『えぇええ~~~~~~~!!?』』

 

 あまりの予想外な事に驚きを隠せない一同。

 その後、士郎と別れた少女たちの半分以上は自分達よりもLvが僅かに上とは言え、鍛冶師に助けられたことにショックを受けながらホームへと帰還した。


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