料理人と冒険者の二足鞋で征くワーカーホリックの天然ジゴロがオラリオに居るのは間違っているだろうか 「俺一応、鍛冶師なんだけど・・・・・・」   作:昼猫

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 輝夜編まだ続く。後諸事情で第7・8話のサブタイも変更します。


第9話 罪過に塗れて

 私の知る私が焦がれた陽に最後に会ったのはダイダラボッチ・ファミリアの本拠地突入の前日だった。

 

 ここ最近、華族の催しの会場や各華族の本邸を襲撃される事件が起こっており、その度に輝夜も殺されそうになったあの例の新種の人型のモンスターが確認されていた。

 その事に周辺地域の領主とその主神からの依頼を受けて、幾つものファミリアの捜査にひた走っていた。

 そして、捜査の甲斐あって浮上したのが、この国の裏社会に蔓延っている犯罪シンジゲート系ファミリアの一つであるダイダラボッチ・ファミリアだ。少なくともあのモンスターに関係しているのは確定との事。

 そこから先は早かった。ダイダラボッチ・ファミリアの拠点を幾つも潰して炙りだすように構成員を捕まえて尋問し、漸く本拠地を把握。突入作戦が練られて決行される事になった。

 この作戦にはフジヤマ・陽も籍を置いているキビツヒコノミコト・ファミリアも加わっている。

 そうして当日、作戦決行。全ての入口、抜け口。さらには搬入口に至るまで調べ尽していたので、それぞれ侵入して突入していく。

 

 「そらっ」

 「がっ!?」

 「図にっ!」

 「のってるのは貴様らだ、犯罪者共がっ」

 「ぎゃっ!」

 

 当初の予想通り構成員からの反撃を受けるも、互いを庇い合う連携や鍛え抜かれた技で各個撃破していく各ファミリアの突入部隊。

 いとも容易く撃破されて行くの原因は物量差もあるが、矢張り何よりも経験の差だろうか。

 犯罪系ファミリアゆえ、ほぼ全構成員がそれなりの場数は踏んでいるものの、利益重視の為にどうしても必要以上のリスクを回避する体制なので、日々モンスター相手にや訓練で鍛え続ける突入部隊には敵う筈もなかった。

 

 「一階制圧!」

 「二階制圧!」

 

 次々に各部屋、各フロアを制圧していく突入部隊。

 少しは出来る敵もいたらしく、数人ほど後退する者も出たが順調に進んでいた。正直、気味が悪いくらいに。

 当初、作戦を練る段階で現れるであろうと予想していた例の新種のモンスターが一体たりとも出てこない。

 これは一体如何いう事なのかと?もしやここまだ大規模な突入作戦を行っておいて我ら全員ガセネタを掴まされたかと一抹の不安が各ファミリアの団長たちの頭を掠める。

 

 「団長、此処が地下の最後の部屋です」

 「ああ・・・」

 

 陽の近くに居るのはキビツヒコノミコト・ファミリアのNo.3の団員だ。

 本来この位置には彼の恋人兼副団長のビワ・霞がいるのだが、途中で敵の中に出来る猛者が1人だけいて、その戦いで霞が陽を庇った際に負傷して後退させたので彼が代わりに補佐の役目を担っていた。

 

 「・・・・・・中に誰かいますね?」

 

 彼の言う通り外からでも怒声が聞こえる。

 内容を確かめるべくドアの隙間から覗く、或いは聞き耳を立てると。

 

 『・・・・・・・・・・・・キサ、これは一体どういう事だ!』

 

 声を張り上げて怒り切っているのは、調査した時に絵として描いたのによく酷似してる姿は神ダイダラボッチである。

 対するは、重厚な革製の鎧にボロい外套に身を包み、魔王の威容を彷彿させるヘルムを被った奇人だ。感情は読み取れないが、冷静に神ダイダラボッチの怒気を受け止めているようだ。

 

 「落ち着け。全て予定通りだと言うのに何を怒っている?」

 「眷族の幹部達(上位のガキ共)を新しい別の拠点に移しただけだろうがっ。それに侵入者達も此処に何時来るかも分からんのに、貴様こそどうして落ち着いていられる!?」

 

 情報を引き出したい為にもう少し盗み聞いていたいが、何時例の新種のモンスターの投入がされるかも気が気じゃないので、ドアを蹴破って突入する。

 

 「もう1人は知らないが、神ダイダラボッチだな?我らの主神様がご到着するまで大人しくしてもらおうか」

 

 何時でも抜刀体勢のままで警告する陽。

 その侵入者達に歯噛みしてから、またもう1人へと怒気を向ける神ダイダラボッチ。

 

 「ほら見ろっ、もう来ただろうが!この責任どうしてくれるっ」

 「落ち着け、そろそろ辿り着くはずだが・・・」

 

 直後、上から轟音と悲鳴が鳴り響く。

 つられて全員天井を見ると同時に遠くからの咆哮も聞こえた。

 これに何事かと戸惑う陽達を置いて自分たちが突入してきた入り口から何時か見た。あるいは各地を襲撃時に姿を現してきた新種のモンスターが来た。

 

 「ここで来たかっ」

 

 右腕は以前遭遇したのと同じだが、左腕は人間の腕がそのまま肥大化したような異常ぶりで胴体は今までのよりは細身。そして頭全体を覆い隠すようなマスクをつけている。

 初めて遭遇した時と各地の襲撃時の話を聞いた時、そして今もだが相変わらず何故顔を隠すようなマスクやら仮面やらを付けているのか分からない。

 所々が血に染まっているのは此処まで来るのに同志達と戦闘して来たからに違いない。

 

 『――――ォオオオジィイイイレェエエエエ!!』

 「がはっ!?」

 「咢!」

 

 肥大化した左腕に薙ぎ払われた倒れた仲間を庇う様に前に出る陽。

 

 「フッ!」

 

 以前の様に首を横一文字切りで絶命させようと太刀を振るったが、右手の頑丈かつ鋭く長い爪に阻まれて斬れずに終わる。

 

 「このっ」

 『ォォロジレェエエエエ!!!』

 

 激しくぶつかり合う陽と怪物。

 陽は訝しむ。今までのこの新種のモンスター達は膂力はあるが技が成っておらず、レベルの低い者達でも事前情報と複数でかかれば決して倒せない相手では無かった。

 しかし如何だこの目の前の怪物は。

 鍛え上げた技を繰り出しても火花散る程頑丈な爪でつばぜり合いで対抗してくる。虚を混ぜた戦術に切り換えても左腕を鞭の様に撓らせて対応してくる。

 ここまで来れば嫌でも分かる。目の前の新種は今までのどれとも一線を画す個体だ。

 だがそれでもまだ疑問が残る。目の前の新種、まるで俺の戦法を把握して熟知しているかの様な動きだ。一体何なんだコイツは。

 

 『ォオオオオジィイイイテェエエエエエエエッッ!!』

 「っ!」

 

 それに、さっきから変わったこの咆哮。ますます謎の怪物だな。

 

 『ロジレェエエエエエッッ!――――ゴロジデェ(・・・・・)エエエエエエエエエエッッ!!』

 「!?」

 

 今この怪物なんて言った(・・・・・・)

 聞き間違いか・・・。言葉を喋った?しかも『殺して』だと?死を望んでいる・・・?本当に一体何なんだこのモンスターは!?

 そこへ捕縛対象の神ダイダラボッチからの怒声が耳を打つ。

 

 「敵1人に何を手こずっているっ。そこで転がっているのも含めて、とっとと仕留めろ!」

 

 そのお陰で新種に隙が出来た。

 

 「一刀両断!」

 『っ」

 

 唐竹割りよろしく、頭の頂点からたたっ斬ろうとしたが寸での所で躱される。いや、切っ先だけマスクに当たっていた様で、正面側だけ剥がれて落ちた。

 

 「・・・・・・・・・」

 

 それを直視した陽は目の前の事が理解できなかった。

 右半分の顔は間違いなく異形だ。五つもの赤い瞳が陽と目を合わせていた。だがもう左半分は。

 

 「か、霞・・・・・・?」

 

 もう左半分はヒューマンの女性の顔だった。陽の疑問視通り、ビワ・霞の顔そのものだ。表情をグシャグシャに歪ませて瞳からは血涙を流し続けている。

 

 『ミ――――ミ゛ナ゛イ゛デェエエエエエエエッッ!!!」

 「クッ!?」

 

 顔が左半分だけ霞の顔をした異形の怪物の鋭利な爪が振り抜かれた。陽は困惑しながらも咄嗟に太刀で防ぐ。

 

 「ミ゛ナ゛イ゛デェエエエエエエエエエエ!!ゴロジデェエエエエエエエエエエッッ!!!』

 「ぐぅぅっ!」

 

 陽は困惑の一途をたどる。

 

 何なんだこの状況は。目の前の怪物が霞の顔をしていて死を望んでいる!?

 訳が分からない!たまに空気の読めない仲間の言うブラックジョークがまだ可愛く思える状況だ。

 いや、待て。落ち着け俺!新種とは言えこんなモンスター聞いた事もないが、俺達人を動揺させる擬態の可能性も・・・・・・。

 

 自分の心を守るために都合のいい方に解釈しようとする陽へ残酷な現実を口にするモノが現れる。神ダイダラボッチと共に居る奇人だ。

 

 「なくは無いが、目を逸らしてはいけないよフジヤマ・陽君」

 「っ!?」

 

 未だ戦闘中な為に耳を傾けるのが精いっぱいの陽だが、名前を呼ばれた事に嫌でも意識してしまう。頭の中では聞いてはいけないと警鐘を何度も鳴らしているのに。

 

 「直截に言おう。その怪物は君のファミリアの副団長兼君の恋人であるビワ・霞君本人だとも」

 「っ!?」

 「何故言い切れるのか?と言う事なら私が個人的に日雇いした傭兵を君たち作戦部隊の後方支援組に紛れ込ませたからさ」

 「っ!」

 「彼女は君を庇って負傷したろう?それから後方に下がらせた霞君に回復薬だと偽って、傭兵が彼女に渡した薬が今そんな醜悪極まる怪物に変貌させてる訳だ」

 「え・・・・・・」

 「まあ、その薬を作っているのは私の眷族()なんだがね。何もそんな怪物を作る事を目的とした薬では無いのだよ」

 「まえ・・・っ」

 「とある魔道具(マジック・アイテム)を完成させるには、どうしても相応のデータが必要になるものだから試作品での実験台も必要になるのさ」

 「お前っ!」

 「だから霞君には大変申し訳ないが実験台兼使い捨ての一掃役に仕立てさせた貰った訳だ。悪いね、フジヤマ・陽君」

 「おっ前ええッッ!」

 

 陽は激昂するが、切り伏せたい相手の前に異形の怪物へとほぼ成り果てた愛する少女が立ちはだかる。

 

 「ミナイッデェエエエエエエエエエエッッ!!!』

 「グッ!」

 「あ~?そう言えば言い忘れていた。霞君は元には戻せない。解毒剤が無い上に変貌してから半刻程で自然消滅する様に仕込まれているからね。いや、本当に悪いね」

 「――――っあああああああ!」

 

 怒気と殺意は最高潮。しかし心の半分は冷徹となり、この土壇場で腕の力を脱力させて霞もどきの相手をやめて横を通りすぎ、駿足にて奇人へと迫ろうとする。だが。

 

 『ゴロジデェエエエエエッッ!」

 

 鞭のように撓らせた左腕で陽の足を凪ぎ払いにかかる。

 それを振り向かないままジャンプで躱す陽。ついでにおっとと、奇人も躱す。

 

 「ひっ!・・・・・・あ?」

 

 ギリギリの辺りで交わし損ねた神ダイダラボッチは本当に僅かに当たり、その衝撃で後ろの転がり。

 

 「あぁああああああああああぁああああああああああ――――!!?」

 

 底の深いダストシュートに落ちていった。

 

 「なんと不運な奴。この高さからでは助からんな。勿体無い(・・・・)

 

 奇人はダストシュートへ落下した神ダイダラボッチにそんな感想を口にしてから、自分に殺意を向けているが霞もどきに阻まれて一向に太刀の切っ先も突き付けられない陽に注意喚起を促す。

 

 「あ~、陽君。君たちの真下がダストシュートの底に繋がっているから早く退いた方が良い。さもなければ神の天界への強制送還(跳ぶ)光の柱(アルカナム)に巻き込まれるぞ?」

 

 直後、下から物音が聞こえた。

 ほぼ同時に、これは故意か偶然か。

 

 『オオああああッッ!」

 「ぐあっ!」

 

 戦法を変えたか、はたまた奇人の言葉を十全に理解した上で自由の利かない体を一瞬だけ動かして、陽をその場から追い出したかのように体当たりを仕掛けたのだ。

 これに見ごとにモロに受けた陽は衝撃も相まって軽く吹っ飛び転がった。

 直後。

 

 ズンッッ!!!

 

 ダイダラボッチの自分の死を否定するが故の唯一の手段、天界への帰還。下界における零能の肉体は霧散してアルカナムそのものとなり天へと昇るのだ。

 

 「かす・・・・・・っ!?」

 

 慌てて霞を見た先に在ったのはアルカナムの光の柱に飲まれて消滅していく姿だった。

 

 「あああっっ!」

 

 あれほどぐしゃぐしゃに歪ませていた顔は穏やかとなり、最後の言葉を陽は聞いた――――気がした。

 

 ――――陽が無事で良かった

 

 「ああああああああッッ!!」

 

 あれほど親密で将来を誓い合った愛しい少女が光の柱に呑み込まれて消えていく。

 その絶望的な光景をまざまざに見せつけられた陽は喉が裂ける程叫んだ。

 

 「ああああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああ――――っっ!!!」

 

 悲劇ともいえる光景にただ1人、奇人だけが冷静に天井を見上げている。

 

 「ふむ。流石にこのままでは二次被害の落盤で此処も危ないな」

 

 言って、陽と咢の2人を見下ろす。

 

 「ずいぶん霞君は役立ってくれたし最後の行動も中々感動的だった。ならば少しは報いを与えるのも悪くないな。――――おひねりだ」

 

 手に持っていた赤い目玉を使う。

 

 「サタンアイズ術式展開――――転移」

 

 奇人の言葉で3人共その場から瞬間移動。

 

 「――――そして気が付いた時にはダイダラボッチ・ファミリアのアジトの入り口付近にいた事で気づいたんです。これが僕が話せる全てです」

 「・・・・・・・・・」

 

 咢視点での話は輝夜に放心させるには十分な威力を秘めたモノだった。

 そして陽もあれからホームに戻らず行方不明。

 この事実に輝夜は意気消沈した。

 

 

 -Interlude-

 

 

 ハァ・・・。

 

 パーティーである。

 そして何時も通り輝夜は溜息をついているが、今迄の質とは異なる様だ。

 華族達の襲撃犯たちの壊滅が一応成ったと言う事で、自粛していたのもあって遂に解禁された様だ。

 だが保身に長けた輝夜の父親は不安をまだ拭えておらず、だからと言って出席しないと言うのは周囲に弱みを見せる事になる。その為に、たまにはお前ひとりで我が家の代表として立つのも勉強だぞと言う表面的な理由で、輝夜だけが出席させられていた。

 だが輝夜の溜息の内容はそこでは無い。

 陽達の件である。

 

 「私は・・・・・・」

 「おや、輝夜君。顔色が優れない様だがどうかしたのかね?」

 

 今だ意気消沈中の輝夜に近寄って来たのは、以前輝夜が豚親子と誰もいない所で一人罵った相手の親の方――――オオエド・濡木だ。

 

 「っ。い、いえ、なんでもありません」

 「何でもない事は無いだろう。いいから話してみなさい。気が楽になるかもしれないよ?」

 

 華族間はにこやかな笑顔のまま腹の読み合いが日常茶飯事で、本来であれば腹黒い他家に弱味を見せる・胸の内を明かすなど出来る筈もない。

 

 ――――だと言うのに何故だ?何故私はこんなにも気持ちを吐露したがっている?

 

 オオエド・濡木の態度に結局堪えきれず意気消沈している理由を明かす輝夜。

 

 「――――と言う事です」

 「なるほど。確かにそれは心配だ。早く行方が判明すると良いね」

 「っ、は、はい」

 

 オオエドの当たり障りのない反応に輝夜は頷いた。頷くしかなかった。

 その反応に対してオオエドは目聡い。

 

 「なに、今はまだその女性が亡くなって混乱しているだけさ。それが収まれば今度こそ(・・・・)君の下へ帰って来るだろう。君の望み通り(・・・・・・)

 「え・・・・・・?」

 「何を呆けているんだい?折角叶ったんじゃないか、今の状況が。もう少し喜んでもいいじゃないか?」

 「な・・・にを言ってるんです・・・」

 

 理解できないのか理解したくないのか判別できないが、オオエドの言葉に激しく動揺する輝夜。

 

 「ハハハ、自分に嘘をつくのはよろしくないな輝夜君。君が落ち込んでいるのは霞君が死んで陽君が錯乱して行方不明になった事に心痛めている事では無く、最初の女が死んだのに陽君が自分の元に来ない事だろう?」

 「っ!?」

 「最初の女こそとっとと消えてしまえば、陽君の隣を独占できる勝機は十分にあると踏んでいたんじゃないか?」

 

 オオエドの言葉を強く否定したいのに出来ないでいる輝夜。そして次の言葉こそ信じられないモノだった。

 

 「ヤレヤレ、辛気臭い顔をして。折角君の願いを聞き届けて叶えて上げたモノを(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 何を言われたのか分からなかった輝夜は呆ける。

 それから何となく頭が追いついて行き、漸くどういう意味かと口にしようとした時。

 外から轟音と雄たけび、それに悲鳴が聞こえて来た。

 

 「っ、こ、これって・・・」

 「以前に焼き回しと言いたいのだろう?ふむ、本質的には合っているだろうさ。――――思ってたよりも遅かったな」

 

 私は慌てて窓に駆け寄ると、外では警備兵達と人の襲撃犯達が館の周囲でつばぜり斬り合っている。

 不幸中の幸い、今回は新種のモンスター――――正確には特殊な薬を投入されて変貌した(もと)人間はいないようだった。

 ひとまず安堵するが何か喚いている襲撃犯の動機が気になり、窓を開けると。

 

 「奴を探せーー!」

 「俺達を裏切ったオオエド・濡木の野郎をだ!」

 

 この言葉を聞いた輝夜含むパーティー出席者達は耳を疑った。まさかオオエド家が犯罪者達と裏で繋がっていることに。それにこの襲撃の形がダイダラボッチ・ファミリアによるつい最近までの襲撃事件に非常に似ていることにも。

 輝夜は即座に先程までの自分と会話をしていた濡木へ振り向くが、いつの間にかいなくなっていた。

 

 「逃げた・・・?」

 

 そこへ、入り口から悲鳴が上がったので振り向くと、襲撃者達の一部が流れ込んできたのだ。

 慌てつつも直に迎撃する護衛達。

 

 「此処からは通さん!」

 「俺達には時間が無ぇんだっ、邪魔するな!」

 

 襲撃犯達は明らかに焦っている。一体何を?

 

 「ああ、彼らはもうじき人ではなくなるからだよ」

 「っ!?」

 

 聞き覚えのある声と振り替えれば、逃亡したと思われたオオエドが戻ってきていた。

 

 「私は逃げたわけではないよ。ただ、空気を読んで一時的に姿を消していただけさ」

 

 輝夜達、華族の疑問に答えるような言葉。

 それにオオエドを見つけた襲撃犯達は怒声を浴びせる。

 

 「オオエドォオオオオオオッッ!」

 「解毒剤寄越せぇええええッッ!」

 「早くしねぇと、早くしねぇと・・・!」

 

 彼らの鬼気迫る必死ぶりに、一体何をすれば此処までの事をしでかすのかと疑問が尽きない。

 

 「例の人間を怪物に変貌させる薬の遅延型を彼らに注入したモノだから、解毒剤欲しさに此処に襲撃しに来たのだろう」

 『なっ!?』

 「因みに言うと彼らは全員今はもう天に召された神ダイダラボッチの元ファミリアの上位の団員だよ」

 

 何故そこまで知っているのかと考えれば、そして襲撃犯達がオオエドを裏切り者扱いしていたことから十分な推測が出来ると言うモノだ。

 警備兵達からの避難誘導を受けている最中の華族の出席者の数人から、今までの襲撃はお前の指示によるものかと罵倒同然に怒鳴る。

 

 「いやいや、指示はしていないが意図はあるかな。あの襲撃してきた元人間の怪物達の狙いは私だろうからね。他の家が襲撃されたのは単に私の邸宅を知らなかっただけだろう」

 

 そんな事実に近い推測が出来るのに、全く反省のない態度に、プライドの高い華族の出席者たちは誰もが頭に血が上ったように顔を赤くして怒りを露わにしていた。

 そして今もオオエド・濡木へ押しかけようとしている襲撃犯達と護衛兵の戦いは続いている。

 その光景にも一顧だにしないオオエド・濡木。

 

 「さて、話はこれで十分かな?」

 「――――ああ、十分過ぎるくらいにな」

 

 何所からともなく聞こえてくる第三者の声。

 それと同時に異変が起きた。

 その異変を見ていた誰もが目を剥いた。護衛兵も。警備兵も。給仕も。出席者も。襲撃犯も。勿論輝夜すらも。

 そのすべての視線がオオエド・濡木の腹に視線が集中している。

 異変の正体は剣だ。オオエド・濡木の腹に剣が生えたのだ。いや、正確には刺されている。いつのまにか彼の背後に迫っていた何者か凶剣によって。

 

 「陽!」

 

 輝夜の言う通り、オオエド・濡木を背後から剣で刺したのは行方不明だったフジヤマ・陽だ。ただ、髪型はぼさぼさで服もボロボロ。目は血走り今もなお剣呑な空気を纏うほど殺気に満ち満ちている。以前の彼を知るモノが要れば見る影もないと評するだろう。

 

 「やっと、やっとだ。お前こそが霞の仇ぃいいいいっ!!」

 

 そのまま突き刺した剣を横に切り裂く。当然血飛沫が宙を舞う。切り裂かれたオオエド・濡木は断末魔を上げる事もなく、崩れ落ちて倒れ込む。そして切り裂かれた傷口からの血の海に沈んで行く。

 一部始終を見てしまった出席者たちから給仕まで悲鳴を上げて逃げて行く。それを慌てて追って行く警備兵にと護衛兵。

 残ったのはオオエド・濡木を殺した張本人のフジヤマ・陽とゴジョウノ・輝夜。そして呆然としてる襲撃犯達。

 

 「ハァ、ハァ、ハァ・・・」

 「の、陽・・・」

 「来るなっ、来ないでくれぇ・・・」

 「ど、どうして・・・?」

 「い、今の俺は以前の俺じゃない。血と泥にまみれて、それでも憎い相手を殺したかっただけの日陰者だ」

 「そ、そんな事・・・・・・・・・ん?」

 

 そこでふと横向きで絶命状態のオオエド・濡木の死体を視界に入れるが、おかしなことに気付く。

 腹を中心とした大きな傷口にもかかわらず血だまりが出来る程の血液は出ても、内臓の一つもこぼれ出ない事に。

 これは確かにおかしいと、平静状態でも無い陽も気づいた。

 しかし二人にそれ以上の疑問の追及は許されなかった。

 

 「手前ぇええ!なんてことしてくれたんだ!」

 「これじゃあ解毒剤が何所にあるのか聞きだせねぇじゃねぇか!」

 

 怪物への変貌化に恐れる襲撃犯達。当然それを解毒できる可能性を持つものを殺されたのだ。怒りと殺意を向けられて当然だろう。感情論的には。

 

 「っ、駄目だ。来る来る来ちまう!」

 「嫌ドォオオオアアアアアアアっっ!!』

 

 恐怖して、泣き叫びながら次々と怪物へと変貌していく襲撃犯達。

 変貌していくさ過程自体は初めて見る輝夜もこれには息をのむ。

 そうして彼ら元人間の怪物は、特殊な方法で指示でもしない限り変貌前の強烈な感情に従って怒りと憎しみを以て殺しにかかる。

 彼ら怪物の恨み辛みの最後の対象は死んだオオエドから陽に移っていたので、一斉に陽に狙いを定める。

 流石の元人間達の雄たけびは相当効くので、流石の輝夜も怯える。

 

 「わるい輝夜、こんな事になったんだから責任は持つ・・・!」

 

 陽は輝夜をも庇う体勢で向かって来る元人間の怪物たちへ、太刀を振りかざしていった。

 

 

 -Interlude-

 

 

 今この空間にあるのは、太刀によって切り殺された元人間の怪物らの死骸とオオエド・濡木の死体。

 そして部屋中は幾つもの血の海が出来ており、殺伐としていた。

 そんな中で足をつき立っているモノは陽と輝夜の2人のみだ。

 陽は呼吸を乱して肩で息を整えている。疲労困憊状態。

 その陽を心配そうにしているのが輝夜だ。

 

 「の、陽・・・?」

 「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・・・・すまん、こんな事に巻き込んで」

 「そんな事は良い。それよりもお前は今後どうするつもりだ?勿論帰って来るのだろう?」

 

 だがそこで沈黙が降りる。帰れるわけがないと。どの面下げて帰れと。

 

 「それでも神キビツヒコノミコト様もファミリアの皆もお前を心配していたぞ?勿論私だって・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 「帰ろう陽。お前は霞の惨たらしい死に方に今も困り果てて混乱してるだけだ。暫く休養を取ればいいさ」

 「輝夜、お、俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!」

 

 そこで陽は気付いた。まだ殺しきれていなかった元人間の怪物の一体が血まみれのまま僅かに立ち上がったかと思うと、一瞬で輝夜の背後に迫ろうとしていた事に。

 

 「どけっ!」

 「きゃっ」

 

 輝夜を突き飛ばして無理矢理どかせる。同時に太刀による一突で瀕死の怪物へ迫った。

 

 ズン!

 

 随分と重く響く音だった。何の音かと見上げる輝夜の視線の先には。陽の太刀は怪物の心臓位置を貫き、怪物の爪も陽の丹田を中心とした腹に突き刺さっていた。

 

 「がふっ!」

 「陽っ」

 

 慌てて立ち上がり陽へ駆け寄る輝夜。

 元々千切れかかっていたのか、怪物の右手は怪物が今度こそ死に倒れてると同時に千切れた。陽の腹に突き刺さったまま。

 

 「陽っ!くそ、くそくそくそくそ!誰かっ、誰か居ないのか!」

 「が、ぐや・・・・・・もう、じい」

 「いい訳あるか!私は絶対に諦めんぞ!」

 

 何とかして陽を救おうとする輝夜。対して陽は諦めているように笑っている。口から夥しく血を流しながら。

 

 「お゛れ゛・・・・・・ぶぐ、じゅう・・・・・・はだでだがら・・・もう・・・じいんだ」

 「ふざるけるな!何満ち足りた顔して逝こうとしている!――――頼むから死なないでくれ・・・・・・!」

 

 縋りつくような言葉だった。

 だがそう簡単に死んでもいいのかと言う同意をした声が上がる。

 

 「――――そうとも。君にはまだ果たすべき復讐相手が残っているだろう?」

 

 輝夜は振り返り一瞬訝しむも突如現れたこの奇人に覚えが在った。

 咢の話の中に出て来たビワ・霞の真の仇。

 これには陽も死にかけて閉じようとしていた瞳を力一杯に開いて活力が戻った。憎悪と言う名の活力が。同時に困惑もしている。霞の仇の奇人の正体はオオエド・濡木と踏んでいたからだ。

 

 「どうした?君の復讐相手はまだ私が(此処に)居るぞ。さあ――――」

 

 奇人に促され終える前に陽は動いていた。

 

 「悪魔め(ゴロジてやる)っ・・・・・・悪人め(ゴロジデらる)っ・・・・・・クソッタレ野郎め(ゴロジデやる)・・・!」

 

 力を握り締め、歯を食いしばりながらも奇人に憎悪をぶつける為にふらつきながらも歩く。しかしそれも長くは続かず、倒れる。

 当然だ。心臓は刺されていなくともそれ以外の急所含む腹を何本も差されているのだから。腰と足に力を入れられず倒れるのは道理だ。

 だがそれでもと、瞳から血涙を流しながらも、這いずる様に奇人へと近づいて行く。

 

 「畜生め(ゴロジデやる)・・・外道め(ゴロジデやる)・・・ゴロジ・・・で・・・や・・・ぅ――――」

 

 残り数(メルド)で遂に息絶えるフジヤマ・陽。その顔には今も憎悪が宿ったままだった。

 

 「あらら、私を殺せたかは兎も角、あとちょっとで届いただろうに。――――可哀想な子だ」

 

 瞬間、輝夜は飛び出していた。

 

 「――――ああああああああっっ!!」

 

 目の前で愛しい男の非業な死を見て、遂に感情が爆発。陽の持っていた太刀を拾って奇人目掛けて切り裂いて行く。しかしそれを奇人に容易に刀身を掴み、受け止められる。

 

 「ぐぅぅっっ!!」

 「膂力不足だな。技は出来ていても、恩恵無しの君程度の刀。容易に受け止められるぞ」

 「がっ!」

 

 刀ごと押し返されて突き飛ばされる輝夜。

 

 「それにしても君には彼の為に怒る権利などあるのかな?」

 「どういう意味だっ!」

 「オオエド・濡木を介して君にさっき言ったじゃないか。折角君の願いを聞き届けて叶えて挙げたのに(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 その言葉で一気に感情が冷めて動揺する輝夜。

 

 「な、にを・・・」

 「ふむ。まずは説明をしようか。そこのオオエド・濡木はもうずいぶん前から死体だったのさ。私が傀儡として使っていた」

 「!?」

 「となればもう判るね?正しく私こそが君とさっきまで話していた本人だと。それから君の願いは霞が死にフジヤマ・陽の横を独占する事だったんだろう?」

 「・・・・・・」

 「だからその君の醜いまでの呪詛を聞き届けて上げたのさ。特別にね。霞君に死んでほしかったんだろう?」

 「違う・・・」

 「だが君の稚拙な予想はあっさりと覆され、彼は復讐に走り今此処で非業の死を遂げた」

 「ち、違う・・・・・・!」

 

 倒れて瞳から感情と言う色が徐々に失われて行く輝夜の下へ近づき、囁くように続きを言う。

 

 「分かるかね?君が彼らに関わったせいで2人はこのような末路を辿ったんだ」

 

 なんという責任転嫁。どう考えても責任全てこの奇人にあると言うのに、よりのもよって罪の在処を輝夜に押し付けた。

 しかも輝夜は強い衝撃を受けて、パーティー開始時よりも意気消沈して心に暗く重い影を落とした。

 

 「陽達が死んだのは・・・・・・私のせい・・・?」

 「そうとも。君は罪人だ。君は彼らに贖罪するべき義務がある」

 「自殺・・・しろと?」

 「違うな。君は彼らの分までこれから多くを救わねばならない。それこそ君自身が2人以上の非業の死を遂げるまでズタボロになるまでずっとずっと」

 

 なんと救いのない言葉か。

 だが今の輝夜はその言葉が正しいと思うまでに追い詰められていた。

 

 「救い給え。彼の残した遺志を胸に。自分がいかに罪人であるかを意識し続ける為にその太刀を使って」

 

 私は言われた通り太刀を握り直す。

 だが同時に思う。お前も私と同じく罪人である筈だと。

 

 「フフ、私は逃げも隠れもするが、今は世界の中心地で主に動いている。私に罪を突き付けたければ追って来るがいい」

 

 私が立ち上がろうとする前に奴は消えた。

 この時に、私に最大のトラウマを植え付けて。


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