もう一度、その笑顔を見るために 作:キマリスヴィダール
今日もよろしく。
さほど強くはない日差しの下、私は姉さんと別れて学校へと向かい始める。
花咲川女学園は地域では割と偏差値の高い学校で、私の姉さんもそこに通っている。最近校舎を立て替えたお陰なのか、入学者数が増加し続けている進学校です。
そこは普通の学生から、いい所のお嬢様まで。これまでも、幅広い事情を抱えた生徒が自分の学力に物を言わせて入学してきた。
――まぁ、姉さんはある程度の学力と知名度のお陰で、推薦によって入学したので違いますけど。当然ですね、姉さんはそこらのお嬢様如きとは比べ物にならない品格ってものがありますからっ。
最初は私もそこを志望していたのだけど、私の学力には見合わないであろう事を見抜いていた。私の学力が追いつかないのではなく、むしろ逆。学校の方が低すぎてなんですけど。その点、羽丘女子学園の方は、私の学力にピッタリだと言えた。
そっちの学校に行っても良かったけれど、やっぱり姉さんと同じ学校に行きたい、という思いの方が強くて心の中ではそう決めていたのだが……。
その思いを話してみると。
「いいえ、それはダメよ。貴方は私よりも勉強が出来るのだから、それを活かしていかなければダメよ?」
って、やんわり断られてしまい、渋々高校から羽丘に入学する事を決めたのでした……。
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っていうのが、今より1年前の話。
今日も通学路の途中で姉さんとは別れて、私と同じ制服を来た生徒がたくさん歩いている坂道を登っていく。実は姉さんには話していないけれど、私は昔っから低血圧で早起きするのは正直とても辛い。その事も姉さんには内緒にしてるけど、これも姉さんの為だと思って頑張っているのです。褒めて?
今は5月だと言うのにまだ桜が残っていて、少しおかしな気持ちになる。例年通りのこの時期なら、そろそろ蝉がけたたましく鳴き声を響かせる頃だというのに、蝉の1匹も見かけないとは珍しいものだ。まぁずっとこのまんまでいいんだけどねー。
あー、まだ春なんだなぁ……って何となく桜を見つめていると、聞き慣れてしまった喧しい声が背後から聞こえてきた。
「ああっ!やはり君の姿は桜と相性が良いみたいだね。とても……儚く感じるよ!」
「……はぁ、薫。ホント今日も朝からうるさいって」
「おや、今日の子猫ちゃんはご機嫌斜めみたいだね?」
「『今日も』ね。あんた私が朝低血圧だって知ってるはずでしょ?」
「ああ、知っているとも。私なりに元気を分け与えたつもりだったのだけど、逆効果になってしまうとは!」
「このやり取りかれこれ何回目だと思ってんの……?」
うん、十分に伝わってるよ。事実、アンタの周りを見てご覧よ。ファンであろう人がぶっ倒れてるでしょ?ピンクっぽい髪の巨乳の子が倒れているのが見えないかな?
さて、この朝からハイテンション過ぎて喧しい人は瀬田薫さん。演劇部に入っていて、どういう事か分からないけど猫を被っている。正確には、何かしらのキャラを演じているというだけだけど。でも、そのおかげで、さっきも言った通りファンが出来ていて、学校側としては『問題児』の認定をされている二つの意味で有名な人だ。
だが女だ。
それと、私とは幼なじみって奴です。当然の事ながら姉さんとも。私は好きでも嫌いでも無いって感じだけど、姉さんの薫に対する当たりは相当強いものです。
……一度、私にもあれくらい強く罵るような目で――いいえ、何でもありません。
「それで、ハロハピの方はどうなの?」
「こころの考える事には、いつも驚かされてばかりだよ。だが、やんちゃなプリンセスを見守るのも、ナイトである私の勤め……!」
「あーはいはい、おっけーです」
「やっぱりノリが悪いなぁ……」
「低血圧だって言ってんじゃんさぁ……」
唐突に素に戻るな。役者ならちゃんと演じきりなさいっての。
そして、瀬田薫という人物を語る上でもう1つ話すべきポイントがある。
彼女は『ハロー、ハッピーワールド!』というバンドのギターを担当しているのです。さっき薫が言っていた『こころ』というのは、そのバンドのボーカルの人の事だ。私も何回か薫の紹介で会ったことがあるけど、凄く押しの強い人だったな……。こう、グイグイ?来る感じの。
何故そうなったか、という経緯は知らないけど、本人が楽しそうにしてるんだからいいんじゃないかな。
そのまま昇降口にて出会った薫と一緒に教室まで向かう途中に、この学校もう一人の『問題児』と遭遇してしまった私の不運を呪いたい。
「あーっ!聖來だー!やっほー!」
「……まためんどくさいのがっ」
「日菜、こんな所で会うなんて……、奇遇だねぇ」
「いや、教室ほぼ目の前なんだから奇遇なんかじゃないでしょ……」
「あははは!二人とも朝から元気だね〜」
「日菜もでしょ?」
氷川日菜。
世間一般で言う所の『天才』と呼ばれるような存在です。一度見たものは大抵こなす事が出来たり、参考書も一度見れば二度目は必要ない程に理解出来てしまう程、記憶力がずば抜けていたりと、才能溢れる変態。体を動かすにしても、初めての事でも常人の比にならない速度で成長していってしまう。
そんな彼女は薫とは違う意味で有名人である。その訳は、最近テレビに出演していたお陰で、話題沸騰になりつつあるアイドルバンド『Pastel*Palletts』のギターを務めているからである。
そしてそのバンドには何を隠そう、私の姉である白鷺千聖も所属しています。妹としては鼻が高いことと言ったら、この上ないのです。一番最初のデビューライブで盛大に失敗してから、みんなが一生懸命頑張ってきたようで、世間の見る目が段々と変わっていって、今となってはデビューライブで失敗していた事がただのデマだったのではないかというレベルまでに、評価が変わっていきました。
「ほーら日菜、聖來が困ってるでしょ〜?」
「あっ、リサちー!おはよぉー!」
「おや、これはこれはクイーン。今日もご機嫌麗しゅう」
「あははは、なにその挨拶っ!」
「おはよ、リサ。助かっちゃったよ……」
「うん、おはよ!やっぱり朝は弱いんだねぇ」
3人で駄弁っている所にみんなの良心、今井リサがやって来た。見た目こそイマドキのギャルっぽいのだけど、中身の方は友達想いで、女子力がめちゃくちゃ高くて、面倒見がとっても良いという、言ってしまえばみんなのオカン的存在です。実際、私もものすごく助かってます。
そして、他2人の例に漏れず、リサも『Roselia』というバンドでベースを担当している。どういう因果なのかね、私の周りには楽器やってる人ばっかりみたい。
「それよりも、ほら。朝のHR始まっちゃうよー、早く教室入ったら〜?」
「私に言わないでこいつらに言ってよ」
「一体今日はどんな素晴らしい事が起こるのだろう……!」
「きっとるんってする事ばっかりだよー!」
教室に入って、隣の席の友達に挨拶とかしていると、教室の前の扉を開けて担任が入ってくる。今日も号令が掛かり、いつものようにHRが始まっていく。
ところで氷川さんや。いつも思ってたけど『るんっ』って何さ?
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少し時間を飛ばして、お昼休み。
日菜と薫を連れて食堂で昼食を取るのがいつもの流れ。偶にリサだったり、リサの友達の湊さんだったりが相席になる事もある。けど、今日は違う日みたい。
「そうだ、日菜」
「ん、なーに?」
「姉さんってさ、パスパレのみんなといる時、どんな感じにしてる?」
「んーと、そーだなぁ〜」
「いや、ちょっとアバウト過ぎたね。みんなといる時は笑ったりしてる?」
「普通に笑ってる……、とは思わないなー」
片手に日替わりメニューの親子丼を持ち、かきこみながら器用にそう答える日菜。やっぱり、どうも姉さんは周りと距離を置きたがっているのかな?
「私と二人で話している時は、いつもと違って当たりが強く感じるけどね……」
「あ、そうだね。うん知ってる」
「ああ、一つ一つの言葉が私に突き刺さってくるように。まるで、私との会話を恥ずかしがっているように!」
「ないない、それは無いよ」
まぁでも、気兼ねなく喋れているという面では、薫は結構大事な役割を持っている人だって事を、改めて実感させられるね。
私も弁当の具をつまみながらそう考えてはみるものの、今のまんまじゃあ出口のない思考だと自覚したので、とりあえず頭の中からその事を追い出そうとして、ふと。
「姉さん、いま何してるかなぁ…」
いつからか、実際の距離と一緒に心まで離れていってしまった姉さんを思って、今日も弁当を摘んでいく。
明日はお休みすると思います。
だんけ。