*
先生が大好き。
「センセー」
「…………」
私は、先生が大好きだ。
「センセーってば」
「…………」
フカフカそうな草むらのベッドに寝転がり、木漏れ日の毛布を被って、自分の腕を枕にする。腕はちょっと固そうだけど、そんな姿でとても気持ち良さそうに寝ている先生が大好きだ。
でも、私は知っている。
「寝たふりセンセー」
「…………」
「……うりゃっ」
覆い被さるようにして見下ろすと、先生の逆さま顔へ私の髪が落ち、ちょうど触れるか触れないかのギリギリで止まる。バサッとやられるよりも、こっちの方がくすぐったくて厄介らしい。
もちろんわざとだ。それにこれ以上行くと、先生の顔とぶつかってしまう。
それはさすがに、乙女としてまずい。
「セーンーセー」
「――――…………」
綺麗に整った顔のパーツをむずむず歪ませながらも、目を開けない。どうやら今日も、徹底抗戦の構えらしい。よし、受けて立つ。
私の髪から逃れるように寝返りをうつ先生。逃すか、と追いかける私。
また寝返り。逃がさん。
また。おのれっ。
フェイント。ぐはっ。
しばらく続く、無言の小競り合い。次第に私は遊ばれているのでは、という気がしてくる。というか、いつも遊ばれている。特に今日はひどい。
「ぐぬぬぬ……!」
私のその変な悔しがり方は、降参の合図。先生は勝手にそう思っている。
私は白旗を上げたつもりなんてないのに、先生はゴロンと転がって元の無防備な仰向けに戻るのだ。それがいつも、ちょうど私のひざ辺りに戻ってくるものだから、敗北感が日々貯金される。
本当は目を開けているんじゃないだろうか、こしゃくな。いやもう、おおしゃくな、だ。
でもこうなった先生は、瞼の向こう側から静かに私を見つめてくれていることを、私は知っている。寝たふりして無視したり、意地悪な事をするけれど、ちゃんとこちらを受け入れてくれている。
冷たいふりして、優しい。私は、先生のそんなところが大好きだ。
そして、私の「先生大好き時間」の中で、そんな風に先生が大好きだと思えるこの時間が一番好きだから、私は先生への呼びかけをしばらくやめる。むしろ先生より大好きかもしれない。
万が一、どうして黙ってしまうのか聞かれても、これは絶対言えない。言ってしまうと恥ずかしいし、私自身、何を言っているのか分からなくなるからだ。
大好きだからの一言で済ます心の準備は、いつだって万端だ。
「…………」
「…………」
私は、呼びかけない。先生も、動かない。
太陽のスポットライトを浴びるステージで、風が奏でる葉っぱ演奏会。木陰の観客席には、先生と私の2人だけ。ふふ、2人占めだ。
ただ、先生はその演奏を見ない。音に聴き入るだけ。私は、風が怒ってしまうのではないのかと不安になる。
それに、先生は私の膝を枕にしない。相変わらず自分の腕。私は、こっちの方が気持ち良いのにと寂しくなる。
そんな不安と寂しさが、入り混じりながら募っていくと、私はいつもこう思う。
強い風が、私の時間をさらって行ってしまうのではないかと。
嫌だ。そんなの嫌だ。
「……そろそろ起きようよ、センセー」
「センセーじゃなくて、せんせ『い』だ」
半分
そう思うと何だか恥ずかしいけど、そんな先生の優しいところが、大好きだ。
でも、それなら最初から起きて欲しいとも思うので、意地悪だ。
そんなところも、大好きだ。
「おはよ、センセー」
いくら言われても直さない呼び方をオマケに付ける。
わざとだ。だって、先生の怒った呆れ顔も好きだから――なんて言ったら、もう怒ってくれないかもしれないので、言わない。
ここまでが、いつも通り。何度も飽きずに繰り返す、私と先生だけの、始まりの朝の挨拶――
「こんにちは、トーポリ」
「……なんで?」
「寝てないから」
――間違えた、昼だ。先生はやっぱり意地悪だ。
だから私は、先生が大好きだ。
――――けれど、もう会えない。それが、先生との約束だから。
*