仮面ライダーネルヴ -鏑木憐は仮面ライダーである- 作:紅乃暁
「あんたはね、仮面ライダーなの」
「仮面ライダー」
犬吠埼が何を言っているのかよくわからなかったが、真顔で言うもんだから、多分それは真面目な話なんだろう。
怪人たちを倒した後、幼稚園をそそくさと後にした帰り道のこと。あのバーテックスという怪物のことや風や俺のあの姿、なぜ時が止まったかなど。様々なことを質問した。風は分かっていたかのように特に躊躇することなくさらさらと答えてくれた。
「アタシたち勇者と共にあの怪物たち……バーテックスと戦う戦士のこと。……女の子が勇者なら、男の子は仮面ライダーって感じ」
「勇者……なあ。もしかして勇者部って、その勇者から来てんのか」
「……うん。まあ、ね。……それより、仮面ライダーになってどうだった?身体のどこかに変化はある?」
急な質問で少し驚いたが、どこもおかしなところはない。ライダーになる前に身体を打ったところが少し痛いぐらいである。
「特にねーけど」
「じゃあオッケー。……さーて。ねえ鏑木、明日予定ある?」
「それも特にねーけど」
「……フフッ」
「その笑い方不気味だからやめといたほうがいいよ」
不気味とか女の子に言うな、と怒られた。
「休みの日にうどんすすりに来るってどうなの」
次の日というのは土曜日だった。
駅前に集合と言われ、何事かと思ったらそのまま風にわりと有名なうどん屋に連れて行かれた。
休日ということもあって人も多かったがどうにか奥の席に座ることができ、風は肉うどん2つ、と注文した。
「食べなさいよ、アタシの奢りだから」
「どした、何かまたやらせる気か?」
「違うわよ、昨日のお礼」
「いや、あれ部活だからやっただけだし」
「じゃあ、勇者部入るってこと?」
あ、そうなるのね。
「……やっぱり、嫌だ?」
「嫌とかじゃなくてさ。……なんで、俺にそんなこだわんのかなって」
それは、本当に思っている事だった。
俺より暇そうなやつを紹介しようとしたが、風はただ部員を増やしたいとかそういうわけじゃない、と言っていた。
なら何故かと聞くと答えを濁すので気になっていたが、今なら何もなく答えてくれそうな気がした。
それは、と風が口を開いた瞬間に目の前に肉うどんが置かれた。早い。
とりあえず食べようと思い、割り箸に手を伸ばそうとした時。
「あら、2人とも久しぶりじゃない」
店員のおばちゃんが、そんな事を言った。同時に、視界の隅で風の身体がビクリと動いた。
はて、誰かと勘違いしているのだろうか。俺は一度もこの店に来たことがないのだが。
「……ははーん、さては犬吠埼。お前俺以外の男とここに来たことあるんだな?」
「え?あら、貴方じゃなかったかしら。あらごめんなさいね」
と、そそくさと火だけを残しておばちゃんは厨房へ戻った。
これが本当にカップルだったらどうするんだ、と思い改めて箸に手を伸ばそうとするが、一方の風は微動だにしなかった。
「犬吠埼〜?どした?」
「……う、うん。多分、誰かと勘違いしてるんだろうね。はは、ははは」
風も割り箸を手にとって、早々とうどんを頬張った。
気になる態度ではあったが、とりあえず腹が減っていたため俺も続くようにうどんを啜った。一言で言うと最高だった。
それからの風は態度が変だった。
駅へ向かうまでの道、行く時はペラペラとよく喋っていたが帰り道はほとんど喋っていない。しかも何より、あの大食らいだった風が一杯しかうどんを食べていなかった。
そういえば、あの店員に言われてから様子が変だ。何か触れちゃいけない事に触れていた、そんな感じだった。気づけば既に駅前。ここで解散かと思っていたが、風の様子が相変わらずだったので、とりあえずベンチに座らせる事にした。
「……で、どうしたんだよさっきから」
「……」
こんな感じである。
ラチがあかないと思った俺は、一息ついて犬吠埼、と彼女の方を見て名前を呼んだ。
ようやく彼女は、こちらを見た。
「……元カレはどんな奴だったんだよ」
「……はぁ?」
何言ってんだこのアホ、とでも言いたげな顔だった。申し訳ないがこっちのセリフである。
全力のはぁ?を堪能した一方で、彼女はため息をついて空を仰いだ。今日はいい天気である。
「元カレとあそこに行ったのはいいけどそれを店員に触れられて、元カレとの思い出がどんどん溢れて辛かったんだろ?いいんだ、長い付き合いの俺が話を聞いてやるから。話してみな」
「……ばっかじゃないの」
「バカ!?」
「アタシ、元カレとかいないけど」
「うっそ、なんかチア部の応援行った後に五十嵐に告られたんじゃなかったの?」
「振ったわよ。好きじゃなかったし」
「あいつめちゃくちゃショック受けてたぞ」
「ちゃんと和解したからいいの」
「お、おう」
となると、である。
「……あのおばちゃん、誰と勘違いしてたんだ?」
「さーねー」
よっこらせ、と立ち上がった風。女子力云々言ってる人間がそれはどうかと思うぞ。
「じゃ、また明後日。ちゃんと部活に来るのよ?」
「おう」
……おう?
あ、と気づいた時には既に時遅しという奴だった。
目の前にはにやにやと嫌な笑みを浮かべた風の顔があった。
「今の返事、忘れないわよ?」
「あ、いや違っ……」
弁解しようとする前に、彼女は既に目の前からいなかった。気づけば走れば間に合いそうではあるものの距離を空けられてあり、わざわざ改めて弁解するには面倒な位置にいた。
俺は諦めて、こっちに手を振っている彼女に手をふりかえすことにした。
「……まあ、いいか」
その明後日である月曜日。朝から元気そうな彼女の後ろ姿を見ながら、ぼんやりと授業を受けていた。
今日は何をやらされるのか不安に駆られながら、気づけば昼休憩だった。とりあえず昼食を取ろうと鞄を漁っていると。
「聞いたぞ鏑木、勇者部の話」
「話はえーよ……」
友人の一人である直江大(なおえひろし)がニヤニヤとしながら俺の前の椅子に座った。そこは風の椅子だぞ。
「まあ俺は嬉しいよ。お前がちゃんと部活をやってるようで」
「もう3年にもなって今更何やってんだって話だけどな……」
「それでもだよ、帰宅部は受験の時受け悪いぞ?」
受験。そんな言葉聞きたくなかった。
ため息をつきながら、コンビニで買ったパンを取り出し袋を開けて一口。美味い。
「犬吠埼の想いが実ったわけだ」
「変なこと言うなよ」
「へーへー。……ま、頑張れよ」
なぜか肩をポンポンと叩かれた俺。直江は弁当を開けて「今日も愛さんの弁当美味そうだなー」とか言いながらもぐもぐと頬張っていた。
そんな感じで昼休憩も終わり、午後の授業もぼんやりと受けたのち、風と2人で部室へ向かった。
中は相変わらず人もおらず寂しそうだったが静かでいい気がした。……いや、なんか寂しいな。
「他の部員いないのか?」
「……あー。まあ、いいじゃん」
いいのだろうか。
なんか雑に返されたが特に気に留めずとりあえず空いてる席に座った。
「今日はどーすんの」
「何する?」
「ノープランかよ……」
仕事がないときはとことん暇なのだろう。机に頰をついてスマホを突き始める風。
「依頼は来てねーの?」
「来週、裏庭の掃除を頼まれてるぐらいねー。他は何にも」
「それは雑用というのでは」
「いいのよ、勇者は人の為に働くんだから」
「なんか都合よく丸められてる気がする……」
気のせいよ、とスマホを机に置いて背伸びをする風。こんなんでいいのだろうかと思いながらまあ忙しいのは性に合わないので、この方がいいのかもしれない。
会話が途切れたので、話す話題を探そうとしばらくぼんやりしていると。
「……って、そんなこと言ってる場合じゃねえ。あのバーテックスって奴のことだよ。なんだあいつ」
すっかり聞くのを忘れていた。風も思い出したかのようにそう言えば説明してなかったわね、と言いながら黒板の方へ向かった。
「人類の天敵……って言えばいいのかな。私たちが住んでるこの世界の外はウィルスが蔓延してるってのはわかってるわよね?」
「教科書で読んだくらいだけど、まあ」
「奴らはその外の世界から来てるの。神樹様を倒すのが、奴らの目的なの」
神樹様。ウィルスで滅亡しそうになった人類を救ってくれた物らしい。その正体などについては俺はよくわからないが、わりとトップシークレットなものらしい。とにかく、俺たち人間はその神樹様のおかけで今日も生きていられている。
「その神樹様を倒そうとしてるのがバーテックスで、そいつらバーテックスを倒すのが、勇者と仮面ライダー、ってわけか」
「簡単に言うとそういうこと」
「……すっごく今更なんだけどさ、俺はなんで仮面ライダーになれたんだ?」
「アタシたちと同じよ。……神樹様に選ばれた、それだけ」
「選ばれるような事なんてしとらんぞ俺……」
無作為に選ばれるらしいから、と言われたがあまり納得できない。急にそんな事を言われても、中々気持ちの整理なんてつけることはできない。
「……にしても、まさかお前が勇者とはなあ」
「意外?」
「意外っつーか。そんな感じなかったじゃん。黙ってなきゃいけないのは知ってたけど」
勇者は人知れず戦う戦士のようなものだった。歴史の授業で習った程度の知識だが、お役目という重要な役割を担う為に選ばれる少女の事を言うらしいが、まさか男にまでその役目が回ってくると聞いてもなかった。俺が聞き逃しただけなのだろうか。……そんな事はないと言い切れないのが悔しい。
「……戦うの、怖い?」
唐突に風がそんな事を聞いてきた。俺の心を見抜いたかのようで少し怖かった。
「……無理もないわよねえ。急にそんな事言われても、って感じだもん」
「……」
「でもね、鏑木」
突然横に座ってきた風は、まっすぐに俺の瞳を見ていた。
「これは、鏑木がやらないといけない事だから」
「……」
「納得できないかもしれない。でも代わりは、他にいないから」
勝手なこと言うなよ、と言いたかった。だけどそれが何故か口から出てこなかった。まるで誰かが言わせないとしているかのようで。
言葉に詰まっていると、風は立ち上がって鞄を持った。
「今日はもう帰ろ?また明日」
「お、おい犬吠埼ーー」
部室を一足先に出た風は、そのまま扉を閉めた。
1人部室に残された俺は、気持ちの整理もつけれぬまま、また外を眺めた。外では部活をしている生徒たちが元気よく走り回っていた。
こうやって彼らが部活ができるのは誰のおかげだったのか、まるで開いてはいけないパンドラの箱を開けたような気分だった。
モヤモヤしたまま、俺も帰ろうと鞄を手に取ろうとした時だった。
「!?」
けたまましく鳴るこの音は、あの日聞いたバーテックス警報の音。携帯を見ると画面にそれが表示されていた。
出現場所を確認すると、学校内だった。
とにかく走って、バーテックスのいる場所へと向かっていった。
場所は空き教室で、扉を勢いよく開くと、そこには先日見たタイプとは異なる顔立ちをした怪物ーーバーテックスがいた。
こんなところで暴れさせるわけにはいかない、とメニュー画面のアイコンをタップする。
「……はあ!?」
だが、何も画面が出てこなかった。故障している様子はなく、何かのバグだろうか。
こんな時に、と苛立ちを隠せなかった。一方のバーテックスは俺の存在に気付き、俺に向かって突進してきた。
「くそ!」
それを避けると、バーテックスは壁に激突した。すると、激突した壁がバーテックスが離れた同時に色が変色し、枯れた葉のような色をした。
「こいつをほったらかしにすると、学校が……!」
バーテックスに侵食されてしまう。学校だけじゃない、恐らく四国自体がこうなってしまう。
どうにかしたいのに変身できない。それに苛立ちを覚えるがそうこうしてるうちにバーテックスが立ち上がり再び俺に襲いかかってきた。
やられる、そう思った瞬間。
「鏑木!」
どこからか声が聞こえ、気づくも目の前のバーテックスが再び教室内に吹き飛ばさていた。
顔を上げると、そこには変身した犬吠埼の姿があった。
「大丈夫!?」
「あ、ああ……」
「まさか学校にまで出てくるなんて……!」
剣を構え、吹き飛ばされた方向を見据える犬吠埼。
埃と煙が晴れると、バーテックスがゆっくりと立ち上がり、こちらを睨むかのように仁王立ちしていた。
「犬吠埼、変身できないんだ。なんでかわかるか!?」
「変身できない……?」
犬吠埼も困惑していた。どうやら彼女にも理由がわからないらしい。
だがバーテックスは待ってくれる様子はなく、再び俺たちに襲いかかってきた。
振り下ろした拳を犬吠埼は剣で受け止めた。
「っ……!鏑木!アンタは逃げて!」
「でも犬吠埼!」
「早く!アタシがなんとかするから!」
俺も加勢したい。なのに、変身できない。役に立たない自分がここにいても仕方がない。
俺は黙ってその場を後にしようと駆け出した。
ーー逃げちゃダメ!
「っ……!?」
ーー絶対大丈夫ですから!先輩は、弱い人じゃないから!
ーーだって先輩はーー。
ーー『仮面ライダー』なんだから!!!
誰の声だかわからない。
だが、その声が頭に響いた途端、少しだけ頭がクリアになった。
ーーそうだ。なんで逃げてるんだ。
振り返ると、犬吠埼がバーテックスを弾き飛ばし、教室に放り出していた。
「鏑木!?」
「そうだよな……」
やっとわかった。変身できなかった理由。
怖かったんだ、俺は。
なんで戦うかもわからないで、ただやれって言われて。納得できないまま戦うなんて、ダメだよな。
「……俺は戦う。だって俺はーー」
「ーー世界のために戦う、仮面ライダーなんだからな!」
アイコンをタップすると、ようやくアプリが起動した。その瞬間、ベルトが腰に現れた。
『変身アプリ起動』
「勇者部五箇条!『なせば大抵なんとかなる』だ!!」
そうだ、こんな事でビビってたまるか。
世界は、俺が守るんだから。
「変身ッ!!」
『モード【ネルヴ 】フラワーブロッサム』
スマホをバックルに装填し、変身した。全身に力がみなぎってきた。
バーテックスが立ち上がり、再び俺たちに向かってきた。しつこい奴だ。
「ハァァァァ!!」
こちらもバーテックスに向かって駆け出し、すれ違いざまにパンチを胸に向かって叩きつけた。よろめいた隙に蹴りを食らわせ、顔面に拳を打ちつけ、教室の壁にバーテックスを吹き飛ばした。
「こいつでトドメだ!」
ベルト横のケースからSDカードを取り出し、スマホ内に差し込む。
『ヒッサツアプリ起動』
その瞬間、ピンク色の波動が拳に集まった。
壁にもたれてよろめいてるバーテックスに向かってその拳を叩きつけると、バーテックスはうめき声を上げ、そのまま例の御霊へと形を変えた後、それが爆散した。
「やった……」
ドッと疲れが出てきて、そのまま変身が解除された。
その場に座り込むと、風が変身を解除して駆け寄って来た。
「大丈夫?」
「あー……うどん食いたい」
その場に大の字で倒れてぼんやりと天井を見上げた。
さっきの戦いで天井が壊れている。……誰が治すんだろ、これ。
「じゃ、帰りに食べに行きますか」
風が嬉しそうに手を差し伸べて来た。俺はその手を掴み、引っ張ってもらった。
「教室どーしよ」
「後始末は大丈夫。大赦がもう来てると思うから」
「大赦って……あの大赦?」
大赦は、神樹様を祀っている組織。父親も働いており、その実態はあまり世間には知られておらず、俺もあまり詳しいことは知らない。
「アタシたちの勇者システム、そしてライダーシステムも、大赦が開発したの。アタシたちのバックアップね」
「ふーん」
まあ、大丈夫ならいいんだろう。
ちょっと引け目を感じながら、俺たちはボロボロになった空き教室を後にした。
「そーいや、犬吠埼」
「ん?」
うどんを食べた帰り。辺りはすっかり暗くなっており、流石に夜道を1人で歩かせるのはまずいと思い、風を家の近所まで送っていた。
「樹、元気にしてる?」
「っ……」
風が立ち止まった。何かまずいことを言ったのかと思ったが、彼女の妹である犬吠埼樹について聞いただけなのだが。
ひょっとすると喧嘩でもしているのか、と思ったが喧嘩をするような姉妹でもないので少し不思議に思った。
「……うん、大丈夫だよ」
「そっか。ならよかった」
「じゃあ、アタシはこの辺で」
またね、と風は手を振りながら走り出した。
夜空の下に残された俺は、妙な風に引っかかりを覚えながら家路に着いた。
そういえば、土曜にうどん屋に行ってから様子が変だ。
そう、それはまるで……。
「何か、俺に隠してんのかな」