あまりに立とうとしないクララにハイジがブチギレるお話 作:hasegawa
前も見えない程の大吹雪の中を、パトラッシュが歩いていました。
時折地面を掘り返し、匂いを辿りながら。自身のご主人さまである“ネロ“という少年を探し求めて歩いておりました。
やがて匂いを辿って歩いてみると、パトラッシュはとある美術館へとたどり着きます。
中に入ってみると、そこには最愛のご主人様の姿。
一枚の大きな絵の前で、ネロが今にも力尽きそうな様子で、床に倒れ伏していたのです。
「……やぁパトラッシュ。……迎えに来てくれたのかぃ?」
パトラッシュはネロの傍に寄り添い、身体を床に伏せます。
「お前はずっとぼくと一緒だって……そう言ってくれてるんだね……?
ありがとう……」
その背中を、ネロは優しく撫でてあげます。
そして慈しむようにパトラッシュを抱きしめました。
「……パトラッシュ……。ぼくは見たんだよ……。
一番見たかったルーベンスの絵を、やっと見れたって……、
そう……思ったんだけど……」
ネロが指さす方を見てみると、そこには壁一面の大きな絵。視界一杯に広がる大きな絵がありました。
「……でもこれ、よく見たらルーベンスの絵じゃなくて、
吹雪の中を歩き続け、ようやく辿り着いてみれば、そこにあったのはエロ絵画。
やけに肌色の多いその絵は、決してネロが見たかったルーベンスの絵なんかじゃありません。しょーもないエロ絵画です。
「だからぼくは、今すーごく……不幸なんだよ……?」
必死で歩いて来たのに。心身共にボロボロになりながら、ここまでやって来たのに……。
神も仏もあったモンじゃありませんでした。
「……パトラッシュ、疲れたろう……? ぼくも疲れたよ……。
最後に見たのが、ルーベンスの絵じゃなくエロ芸術だなんて、死んでも死に切れないよ……」
そう言ってネロは、力尽きたようにグテッとなります。
パトラッシュもご主人様と同じようにして、床にグッタリします。
「……どうしようパトラッシュ? 上からめっちゃ天使降りて来てるよ……。
これぼくら、このまま連れていかれちゃう感じのヤツだよ……。血も涙もないよ……」
あんなに良い子にしてたのに、あんなに頑張って来たのに、最後はこの仕打ちか。
ぼくにルーベンスの絵も見せず、しょーもないエロ絵画をご褒美にして、天国へ引っ張っていこうというのか。
ぼくが信じた神とは何だったのか。これも何かの試練だとでも言うのか。
このまま世界が雪に埋もれてしまえば良いのにと、ネロはちょっとだけ思いました。
「……ッ!? 今なにか聞こえた……。アロアの声が聞こえた気がする……!」
幻聴だったのか、それとも身体に残された最後の感覚だったのか。ネロはアロアが自分の名を呼ぶ悲痛な叫び声を、確かに聞いた気がしました。
「……死ねない……死ねないよ。……アロアも待ってるっていうのに……、
こんなエロ絵画を見せられたくらいで素直に成仏だなんて、
ぼくには出来ないよパトラッシュ……」
ちょっと起きておくれパトラッシュ? 力を貸しておくれ?
ネロは眠りに落ちそうだったパトラッシュの身体をユサユサし、申し訳ないけれど起きてもらいました。
「ほら、一緒に天使さんを追っ払おう? 今回は勘弁して貰おう?
……なんだろう? 無駄に身体に力が湧いてくる……。
これってもしかして……さっきエロ絵画を見たせいなのかな……?」
これ見たのがルーベンスの絵だったら、ぼく死んでしまってたのかな……? エロ絵画を見た事により何か得体の知れない不思議なパワーを貰ったおかげで、今ぼく生きてるのかな……?
そんな事を考えながらネロは静かに立ち上がり、上から降りてくる天使たちに向かって、両手で“バツ“の形を作ります。
アンタら今日は帰っとくれ。また何十年かしたら来ておくれ――――
ジェスチャーに加えてそう心の中で語り掛けると、やがて天使たちは「あーホンマっすかー」みたいな感じで、帰って行ってくれたのです。
「――――帰ろっかパトラッシュ。……はやく帰って、ベッドで寝たいんだ」
穢れ無き少年であるネロにはまだ随分早かったであろう、エロ絵画。
それを見て毒されてしまった心と精神を回復させたい。一刻も早く忘れてしまいたい――――
そんな風に願いながら、ネロはパトラッシュ共々美術館を後にして行きます。
表にはちょうどアロアが迎えに来てくれていたので、ネロは何の問題も無く、暖かい家へと帰還する事が出来ました。
今日見てしまった絵の事は、アロアにはナイショにする事にしたのでした。