あまりに立とうとしないクララにハイジがブチギレるお話 作:hasegawa
暗く生い茂げった夜の森を、マルコは歩き続けます。
この森を抜ければ、お母さんに会える――――その一心のみで足を動かし、泣きながら歩き続けました。
やがてマルコの目の前に、一軒の大きな家が現れます。
ここにお母さんがいる。会いたくて会いたくて堪らなかった、ぼくのお母さんが!
自分のボロボロの身体の事も、爪が割れてジンジンと痛む足の事も忘れて、マルコは家に駆け込んで行きます。
ジェノバからアルゼンチンまで……。ここがマルコの3千里にも及ぶであろう、長い長い旅の終わりでした。
自分の名前と身の上を家の方に告げ、案内された一室にてマルコが見た物。
それは病に倒れ、熱にうなされ苦しんでいるお母さんの姿でした。
本当は抱きつきたかった。抱きしめて欲しかった。
その胸に勢いよく飛び込んで、よくここまで来たね、頑張ったねと褒めて欲しかった。
……しかし床に臥せっているお母さんの姿に、マルコはその場で立ちすくんでしまいます。
やがてマルコはベッドの傍へと近寄って行きましたが、熱に苦しむばかりのお母さんは、マルコに気が付く事すらも出来ません。
故郷から遠くはなれたこのアルゼンチンまで、家族の為にと出稼ぎにやって来たマルコのお母さん。
彼女はこの地でひとり懸命に働きましたが、突然連絡の取れなくなってしまったマルコたち家族の事が心配で心配で……、その心労により身体を壊し、ついには重い病気にかかってしまったのでした。
「僕だよ、マルコだよお母さん……。約束通りアルゼンチンに来たんだ」
「どうして黙ってるんだよお母さん……。
何ヶ月もかかって、やっとお母さんを見つけたんだ。
目を開けて……、僕を見ておくれよ」
そんなお母さんの姿を見て、マルコの胸はとても苦しくなりました。
「もう離れない……。僕はいつまでもお母さんと一緒だよ。
……父さんや兄さんも心配してる。
母さんがどうなったかって……とっても心配してるから……」
お母さんにしがみつき、ポロポロと涙を流すマルコ。
――――その時、突然の爆音が静寂を切り裂きました。
『 待てぇい!! そのお母さんはニセモノじゃぁぁぁーーーッッ!!!! 』
突如ドアをブチ破り、ひとりの女性が部屋の中に飛び込んで来ます。
「それは母などではないぞマルコッ!!
この我がっ、本当のお母さんじゃぁぁぁぁーーッッ!!!!」
ベッドを指さし、そう高らかに宣言する筋骨隆々の女性。
マルコは思わず唖然とします。こんなラオウみたいな女の人、今まで見た事ありません。
「さぁッ! こちらへ来るのじゃマルコッ!! この母のもとにッッ!!
断じてそやつは貴様の母ではなぁぁぁぁーーーーいッッ!!!!」
その大声にビックリし、マルコはお母さんにキュッとしがみつきます。縋り付くのに加えて、無意識に母を守ろうとしたのでしょう。
……しかし今、ベッドに横たわっているお母さんが、ボソリと小さな声で呟きます。
「――――フッ。まさかバレていたとはな」
「えっ、お母さんっ!?!?」
ふと見れば、まるで悪役みたいな顔で「クックック……」と笑うお母さん。あの美しかった口元は醜く歪み、まるで別人のようです。
「マルコッ!! そやつから離れるのだッ!!
ぬぅえぇぇぇぇぇぇーーーーいッッ!!!!」
マルコのお母さん(自称)がフライングボディプレスを敢行し、〈ドゴーン!〉とベッドを粉砕します。
しかし素早くベッドから退避したお母さん(偽)が、シュバッと忍者のような身のこなしで、窓に飛び乗りました。どこが病人やねんという動きです。
「クックック……あと少しでマルコの母となれたものを。
……まあ良い。ここはいったん退くとしよう……!」
「まっ、待てぇい!! きっさまぁぁぁ~~ッッ!!!!」
そう言い捨てたお母さん(偽)は、まるでハヤブサのように夜の森を駆けて行き、瞬く間にどこかへ消えて行きました。
マルコはその様子を、ただただ呆然と見送ります。状況を理解出来ないまま。
「くっ! なんという逃げ足の速さよッッ!! だがもう心配は無いッ!!
……マルコよッ!! 貴様はこの母がッ、必ず守り抜いてみせるッッ!!!!」
マルコの肩を抱き、ニカッと暑苦しい笑顔を見せるお母さん(真)。そのはち切れんばかりの胸筋、鍛え上げられた丸太のような腕に、マルコは驚愕します。
「さぁジェノバへ帰ろうぞマルコよッ!!!!
我はもう一生ッ、マルコの事を離しはせぬッ!!!!」
そう言い放ち、お母さん(筋肉)は「よっこらせ」とマルコを担ぎ上げます。もう成すがままに肩に乗せられ、マルコの目はまん丸になりました。
僕はこれから、この人と暮らすんだね――――
お父さんもお兄さんもビックリしちゃうだろうな――――
窓から逃げていったお母さん(偽)が一体なんだったのか。そんな事は子供であるマルコには分かりません。
難しい事は大人の人達に任せ、とりあえずはもうこのまま流れに身を任せてしまおうとマルコが考えていた、その時――――
『 騙されるなッ!! そいつはニセモノだぁぁぁぁッッ!! 』
突然出入り口に現れる謎の女性。そしてその後ろには、銃を構えている沢山の男の人達の姿がありました。
「撃てぇぇーーッッ!!」
「ぐぅおぁぁぁぁ~~ッッ!!!!」
一斉に火を噴いた銃撃により、マルコのお母さん(筋肉)が雄たけびをあげます。
「マルコッ、そいつはお母さんなんかじゃないわッ!!
私こそ、本当のお母さんよッッ!!」
お母さん(筋肉)にゲシッとひと蹴り入れて、軍服を着た女性が即座にマルコを抱え上げて、その場から救出します。
数多の戦場を潜り抜けてきたであろう鋭い眼光、そして独眼流よろしくの眼帯がかっこいい女の人です。
軍服の女性はマルコを背中に隠し、目の前のお母さん(筋肉)と対峙します。
「――――ふっ、バレてしまっては仕方ないッ」
「 おっ、お母さんっ!? 」
「すまぬ……我はマルコの母では無いッ!! 本当の母などでは無いのだッッ!!!!」
マルコは一応おどろいてみるも、内心は「まぁそうだろうな」みたいに思いました。だって今まで会った事ないもん。見た事ないもんこんな人。
「さらばだマルコッッ!! ぬぅえぇぇぇ~~いッッ!!!!」
「まっ、待ちなさいッ! この筋肉ダルマ!」
やがてマルコのお母さん(筋肉)は窓ガラスをブチ破り、夜の森へと消えて行きました。
マルコは呆然とそれを見送りましたが、内心「あの人がお母さんじゃなくてよかった……」みたいに思いました。
「……くっ、まさかAKの効かない化け物だなんてっ!
でももう安心よマルコ? これからは私が貴方を守るわ」
マルコの肩を抱き、そう宣言するお母さん(大佐)。
二人の感動の再会に気をつかってか、部下の男の人達もゾロゾロと部屋を出て行きます。「よかったよかった」みたいに。
「さぁ帰りましょうマルコ! 我が麗しの祖国へッ!!
ロシアの大地が貴方を待っているわっ!!」
マルコはイタリアのジェノバの生まれなのですが、いつの間にかロシア空軍に行く事になっていました。
満面の笑みでマルコの肩を抱くお母さん(大佐)。もうマルコを軍人にするつもりマンマンです。
ボルシチってどんな味なんだろう? ロシアだしもうちょっと着込んで行かないと寒いかな? そんな事をマルコが心配していた――――その時。
『 騙されちゃ駄目アル!! そいつは偽物アルッ!! 』
突然「アチョー!!」とばかりにお母さん(大佐)に飛び蹴りをかますチャイナ服の女性。
髪はお団子で、なにやらカンフーチックな構えをしています。
「マルコ! ようやく会えたアル! あたしが本当のお母さんアルよ!!」
「ウソだっ! 貴方はアジア人じゃないか! 僕はイタリアンだ!!」
流石にこれにはマルコもツッコミますが、中華の女性は気にする素振すらありません。
「あなた何者アル!? あなたはマルコのお母さんじゃないアル!!」
「――――ふっ。まさかバレているとはな」
マルコは「そらそうだろ」みたいに思いましたし、また「お前もお母さんと違うわ」的な事も思いました。
しかし、なんか二人の醸し出している真剣な雰囲気を壊す事が出来なくって、口を出せずにいます。
僕の本当のお母さんは、どこへ行ってしまったのだろう? とりあえずそんな事を考えておく事にしました。軽い現実逃避です。
「仕方ないわね、ここはいったん退く事としよう……。マルコッ、ダスビダーニャ!!」
「あっ、待つアルこのロシア人!!」
そんな風にマルコが時間を潰しているうちに、ロシア空軍ちっくだったお母さんが窓から飛び降り、夜の森に消えて行きます。
見事偽のお母さんを追い出し、満面の笑みでスタスタ歩いてくる中華風お母さん。ですがマルコはもう我慢が出来ません。
「ウソだっ、貴方もお母さんじゃないんでしょ!?」
「……えっ!? 違うアルよマルコ!? 私こそホントのお母さんアル!!」
語尾に「アル」とか付けておいて……、それでもお母さん(中華)は必死に喰らい付いてきます。
「お母さんはそんな喋り方しない!
おねぇさんは僕のお母さんなんかじゃない!!」
マルコはちょっと強めの口調で中華のおねえさんを問い詰めます。
やがて静かに下を向き、お姉さんはその顔を伏せました。
「――――フッ、まさかバレていたとはな」
「 分かってるよッ! いちいちやんなくていいよッ!! 」
なんなのこの茶番! お母さんに会わせろ!!
そんな風にマルコに肩をガクガク揺らされますが、中華のお姉さんは「ふははは!」と笑うばかりで一向に答えてくれません。
このお姉さんも含めて、この人達はいったい誰なんでしょうか? 謎は深まるばかりです。
「見事アル、マルコ。……まさか私を偽物と見破るとは。
その母を想う強い気持ちに免じて、ひとつ良い事を教えるアル……」
お姉さんは懐から一枚のメモ用紙を取り出し、それをマルコに手渡します。
関係ないけれど、どれだけ自信マンマンだったんだコイツは、とマルコは思いました。
「君のお母さんは、ここには居ない……。
本当の母に会いたくば……その紙に書かれた場所に行ってみると良いアル……」
何故か突然「ぐはっ!」と謎の吐血をし、何の脈絡もなく床に倒れ伏す中華のお姉さん。
まるで今の今まで「自分はマルコを守る為に戦っていたんだ」とでも言うかのように、悲壮な雰囲気を醸し出し始めます。
もう無理やりにでもラストシーンを、なんかいい感じの演出をしようとしている事が、見て取れました。
この雰囲気から察するに……、きっと後数秒もすればお姉さんの命は尽きてしまう(という設定)なのでしょう。
そうなる前になんとかマルコに伝えようと、お姉さんは必死に最後の力を振り絞ります。
「そこにたどり着くまでには……もう数々の強敵が待ち構えているアル……。
我々など所詮、尖兵に過ぎない。油断しちゃ……駄目アルよ……?」
「おねえさんっ! おねえさぁーんっ!!」
今にも力尽きそうながらも、マルコに向かって必死に手を伸ばすお姉さん。その迫真の演技に呆れながらも、一応マルコもそれに合わせてあげます。非常に付き合いの良い子なのです。
「一度だけでも、『お母さん』と呼ばれてみたかった……」
「何でですかッ! 何が貴方をそうさせるんですかッ!」
何なんですか貴方たちは! 一体誰なんですか!! どういう世界観なんですか!!
そんなマルコの心の叫びも届かず、お姉さんの命は今にも燃え尽きようとしています。
「あ、ちなみにお母さんの所までは、ここから三千里……」
「――――また三千里いくのっ!? いいかげんにしてよ!!」
ここ連れて来てよ! 今すぐお母さんに会わせてよ!!
マルコは一生懸命に肩を揺らすも、すでにお姉さんは力尽きた後でした。
結局マルコはお姉さんにお金とチケットを用意してもらう事が出来、今度の三千里の旅は以前とは違う、非常に快適な物となるようです。
空港までは高級車で送ってもらい、飛行機のファーストクラスに乗り、マルコは快適な空の旅を堪能します。
機内では「ワインはいかがですか?」とスチュワーデスさんに聞かれましたが、マルコは未成年なので「ノーセンクス」と答えました。
かわりに沢山のお菓子を貰い、暇つぶしにと経済新聞を受け取ります。無駄に株価の動きなんかをチェックしてみます。
「待っててね、お母さん。いま会いに行くからね――――」
何故かマルコの脳裏に、“強くてニューゲーム“という言葉が、思い浮かびました。