あまりに立とうとしないクララにハイジがブチギレるお話 作:hasegawa
ウエントワースの森を流れる川を、
乗っているのはラスカルという名のあらいぐま、そしてその飼い主であるスターリングという少年です。
彼らは今日、お別れをする為にカヌーに乗り、この森へとやって来たのでした。
「さぁ、いいんだよラスカル……。行っていいんだ」
やがて森の奥深くへと到着したスターリングは、カヌーを降りてラスカルを地面に降ろします。
スターリングが指さす方向には、ラスカルとは違う一匹のあらいぐまが居ます。彼女は最近ラスカルと知り合いになったメスのあらいぐまで、きっと将来ラスカルのお嫁さんになってくれるであろう子です。
彼女がいるであろうこの場所を目指して、スターリングはやってきたのでした。
「僕らの別れる時が……とうとう来たんだラスカル」
この度スターリングは、ここから遠く離れた場所に引っ越す事になりました。
進学の為に、ミルウォーキーにある姉の家へと行かなければならなくなったのです。
だからラスカルとは、ここでお別れをせねばなりません。
それに加えてあらいぐまという動物は、本来はとても人に飼う事の出来る動物では無いのです。
どれだけラスカルがスターリングに懐いていても、スターリングがラスカルを愛していようとも、一緒に暮らし続けていく事は出来ない。それは変えようのない事実でした。
何よりもう一歳となったラスカルには、そろそろお嫁さんが必要となる時期。
この森でガールフレンドと共に生活していく事こそが、ラスカルにとっても一番良い事だったのです。
そんな様々な事情から、今日スターリングはラスカルとお別れをする決心をしました。
遠くに見えるガールフレンドの姿、そして大好きなスターリングを交互に見て、ラスカルはどこか戸惑っているようでした。
「――――さぁ行け、行ってお前の幸せを掴め! 行けっ! ラスカルっ!」
目から零れようとする涙を堪え、耐え難い未練を振り払うようにして、スターリングが大きな声で促します。
それを聞いたラスカルは、やがて戸惑いながらもトコトコとガールフレンドの元へと歩いて行きました。
「さようならラスカル……。元気でやれよ。
……ありがとう、ラスカル」
ラスカルの姿をしっかり見届けた後、スターリングは涙を拭い、カヌーへと乗り込みます。
どこかキョトンとした顔でラスカルが見つめる中……、スターリングがひとり、川を戻って行きました。
「……ラスカル、元気でな。
お前だったらきっと大丈…………ってアレ? なんか浸水してない?」
気が付くと、スターリングのおしりは水浸しでした。
そうです、いつの間にやらこのカヌーは穴が空き、今もどんどん沈んできている最中だったのです。
「……えっ。あ……、いったんラスカルの所に戻……。
ってダメだコレ! どんどん沈んでってるよコレ!!」
もう〈ゴボゴボボゴー!〉みたいな音を立てて、凄い勢いでスターリングのカヌーが沈んで行きます。もうとても進む事も、戻る事も出来ません。
「えっ!? あれってワニなんじゃない!?
なんでワニ、あんなに寄って来てるのッ!?」
そうこうしている内、なにやら沈みゆくカヌーの周りを、沢山のワニたちがワラワラとし始めます。
そんな元飼い主の様子を、陸地でガールフレンドと居るラスカルが「ぽけ~」っと見つめていました。
「ちょ……、死ぬっ! 僕死んじゃうよコレ!?
なんでこっち来るんだよワニッ! ワニこの野郎! ワニこの野郎!!」
スターリングはオールを武器にして応戦しますが、「カプッ!」とワニに噛まれて、オールを奪われてしまいます。
「アカン! オール取られちゃったよラスカル!!
ちょ……手ぇ! いま手ぇ噛まれそうだったよラスカル!
助けてくれラスカルッ!!」
そんな元飼い主の様子を、ラスカルは陸地で「ぽけ~」っと見つめます。
「うおぉぉぉぉぉッ!! 死んでたまるかっ! 死んでたまるかラスカルっ!!」
ワニの鼻にパンチしたり、ワニの背に乗ってマウントパンチを繰り出したりしながら、必死こいてワニと戦うスターリング。
ワニとスターリングが入り乱れ、水面が騒がしくバシャバシャと跳ねます。
そんな光景をラスカルは、ただ「ぽけ~」っと見つめ続けます。
「そうかっ! ワニの片目を殴って、その隙にそちら側に周り込めば、
僕の姿は死角となるハズだ! ありがとうラスカル!!」
なにやら戦いの中で、対ワニの必勝法を開眼し出すスターリング。良い感じの勢いでワニを撃退していきます。
「よし! あらかたワニを撃退し終わったぞ! ありがとうラスカル!!
……って痛い! 噛まれた!?
これはピラニア! ピラニアに足を噛まれてしまったんだ!!
……なんでこんな所にピラニアがいるんだラスカル!? アウチッ!!」
そして次はピラニアの魚群と格闘しだすスターリング。
その姿をラスカルは、ただ「ぽけ~」っと見つめ続けます。
「……くっ、的が小さくて狙いにくい! しかし僕は負けないぞラスカル!!
人間を舐めるな! 所詮お前らは魚類!! 僕は哺乳類だ!!
ならば負ける道理など微塵も無いよなラスカル! ぜったいに負けないぞ!!」
こう見えて、KARATEやってるんだ。…………通信教育で!!
もう千手観音のように拳を繰り出し、スターリングがピラニアを駆逐していきます。
「ピラニアは唐揚げにすると美味しいらしいぞラスカル!
しかしそんな事言ってる場合かッ! アホかッ!!
……僕は生きる! 必ず生きてミルウォーキーに行くんだ!!
そう、進学をする為に!! キャンパスライフが僕を待っているッ!!
立派な大人になるよラスカルッ!!」
やがて最後のピラニアを「ほわたぁー!」とチョップで弾き飛ばし、スターリングが立ち泳ぎをしながら勝利の雄たけびを上げました。
「うおぉぉぉぉぉーーーー!!」という大きな声が森中に木霊し、その光景をラスカルが「ぽけ~」っと見つめます。
「――――死ぬかと思ったけど、なんとかなったッ!!!!
人間やれば出来るモンだよなラスカルッ!!
パワー トゥザ ピーポー!! パワー トゥザ ピーポー!!
……それじゃあなラスカル! その子と達者で暮らせよ!! 幸せにおなり!」
こちらにブンブンと手を振って、スターリングがヒャッハーと帰って行きます。
無駄に速い平泳ぎで、スィスィ川を泳いで行きました。
なにやらすごく“やりきった感“のある顔を、息継ぎの度にひょこひょこと出しながら――――
「…………ミィ?」
ラスカルが「?」と小首を傾げます。
あの少年は何をやっていたんだろう? いったい何だったんだろう、あの少年は。
ラスカルはあらいぐまなので、難しい事はよく分かりません。
だんだんと小さくなっていく少年の姿。
それをいつまでも、いつまでも見つめ続けるラスカル。
とりあえずこの森で、元気に暮らしていこうと思いました。