あまりに立とうとしないクララにハイジがブチギレるお話 作:hasegawa
「こんにちは、おじさま! 迎えに来てくれて嬉しいわ!」
19世紀も終わり近づいた、ある6月の事。
プリンスエドワード島にあるブライトリバーの駅に、ひとりの赤い髪をした少女の姿がありました。
グリーンゲイブルズのマシュー・カスバートは、その女の子を見て、たいそう驚きました。
「良かったわ~っ、お目にかかれて!
ひょっとしたら来て下さらないんじゃないかって心配になりだしたので、
中々いらっしゃらないワケを、アレコレと考えていた所なのっ」
「もし今日お見えにならなかったら……、ほらっ! あの白い桜の木に登って、
あの上で夜を明かそうかなって、そう思っていたのっ!
ちっとも怖くなんてないわ? 月の光に照らされて、
白い花が沢山咲いている桜の木で眠るなんて、とっても素敵でしょう?
まるで大理石の大広間に居るような……そんな気がするんじゃないかしら?」
彼女の名はアン・シャーリー。
本日ホープタウンにある孤児院から、マシューの家に引き取られる為にやって来た10才の女の子です。
瘦せっぽちの身体、そばかすの顔、赤いおさげの髪。
しかし彼女はとても明るく、すごく愛嬌のある女の子でした。
「それに今日来て下さらなくても、
明日になればきっと迎えに来て下さるって、そう思っていたからっ。
……あぁ~っ。これからおじさんと一緒に住んで、
おじさんの家の子になるなんて、素敵だわぁ~っ」
この活発でとても良くしゃべる女の子に、マシューは圧倒されてしまいます。
人付き合いが得意ではなく、60となるこの歳まで独身を貫いてきたマシューにとって、本来こうやって誰かと話すのは苦手な事であるハズでした。
……しかしこの子の話を聞いている内に、マシューはどんどん愉快な気持ちになっていきます。なにやらとても胸が暖かくなってくるのです。
「遅れてごめんよ。
……さぁ、そろそろ行こうかね。あちらに馬車があるから」
「まぁっ、あたし馬車に乗るのが大好きなの! ドライブって素敵だわ!
ここから長い事乗って行くんでしょう? 楽しみだわぁ~っ」
とめどなく続く、女の子の愉快なおしゃべり。
それに楽しそうに耳を傾けながら、マシュー・カスバートはグリーンゲイブルズの家に向けて、馬車を走らせていきました。
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「ねぇおじさん! グリーンゲイブルズの近くに小川はあるかしら?
あたし小川の傍に住むのが、ずっと夢だったのっ!」
「あたし、孤児院は嫌い。
……酷い所よ? だって空想を巡らすゆとりが無いんですもの。
なにしろ周りは、みんなみなしごばかりでしょう?
そりゃあ、隣にいる女の子が本当は立派な伯爵の娘で、
小さい頃に両親のもとから、人でなしの伯母にさらわれてしまった!
……なんて想像するのは面白いわ?
でも、それも夜だけ……。昼間はとてもそんな暇は無いの」
「だからあたし、こんなに痩せてるんだと思うわ?
骨の上に一欠けの肉すら無いんですもの。
あたし、もし自分がぽちゃぽちゃと太ってて、
肘にエクボがあったらさぞ良いだろう~、なんて考えちゃうの」
まるで万華鏡のようにコロコロと変わるアンの表情。
見ているだけ、聞いているだけで愉快な心地になってきます。
「あたし、少しおしゃべりしすぎるかしら? おじさんは黙ってる方がいい?
もしそう言ってくだされば、すぐにおしゃべりを止めるわっ。
決心すれば止められるの! 骨は折れるけどね?」
「あたし、いつもみんなに『うるさくて敵わない~』って言われるの。
それにみんな、あたしの言葉遣いは大げさだって言って笑うのよ?
でも、大きな考えを伝えようとすれば、
自然と言葉遣いだって大きくなってしまうわよね?」
美しい湖、豊かな自然の木々の中を、二人の乗る馬車が駆けて行きます。
マシューはアンの話に相づちを打ちながら、楽しそうに話を聞きます。
「あたし今、完全に近いくらい幸せよ?
でもね? “完全に“とはいかないの……。
だって、あたしの髪の毛は赤い色をしているんだもの。
……これであたしが何故完全に幸せでないか、おじさんもわかったでしょう?」
「あたし、自分が瘦せっぽちな事や、そばかすの事なんて気にしないわ?
そんなのは、想像で忘れてしまえるもの!
肌はバラ色で、目は美しいすみれ色なんだ~って思いこめるわ?」
「……でも、赤い髪はダメ……。
あたしの髪は黒なんだ、カラスの濡れ羽のように艶やかなんだって、
そう想像してはみるんだけど……。
でもやっぱり赤い色は消えてくれないので、胸が張り裂けそうになるの。
きっと一生ついてまわる悲しみなのでしょうね……。
いつか本で“一生悲しみ続ける女の子の話“を読んだけど、
その子の髪は赤色じゃなかったわ。混じり気のない金色だったもの」
自らのコンプレックスを想い、少しだけ言葉に力が無くなるアン。
しかし、やがて目の前に白い林檎並木が見えてきた途端、アンは花のような笑顔を浮かべました。
「まぁ! カスバートさんっ! カスバートさーん!!」
大声でマシューの名を呼び、アンは周り一面に広がる美しい光景に感嘆の声を上げます。
そこはまるで、物語に出てくる風景のよう。今にも妖精が飛び出してきそうな美しい風景に、アンは言葉を無くして見惚れてしまいます。
まるで自分がお姫様に、花の女王さまになったかのような心地でした――――
「……ねぇカスバートさんっ! さっきの白い所はなんて言うの?」
「んん~? そうさのう~、さっきの林檎並木の事かな?
あれは、ちょっと綺麗な所だが」
「まぁ! とても“綺麗“じゃピッタリしないわっ!
“美しい“でもダメね。どちらも言い足りないわっ。
あぁ……素晴らしかったわぁ~。胸がジーンと痛くなったの……!
あたし芯から美しい物を観ると、いつもそうなるのっ!
でもあんな素晴らしい所を、ただの林檎並木なんて呼ぶのは……」
この感動を言い表す言葉は無いものか、そうアンはうんうんと悩みます。
「……そうだわっ! “喜びの白い道“っていうのはどうかしら!?
空想的な良い名前でしょうっ?
あたし場所とか物の名前が気に入らないと、
いつも自分で新しい名前を付けて、そう思い込む事にしてるの!
今度からおじさんも“喜びの白い道“って呼んでねっ!」
マシューは戸惑いながらも「そうさのぅ」とアンに返します。
この少女はなんと想像力が豊かで、面白い子なのだろう――――
まだ会ったばかりだというのに、マシューの胸にはアンへの愛しさが、暖かく灯っていました。
「もうじきグリーンゲイブルズに着いてしまうの?
あぁ……嬉しいような悲しいような、そんな気がするわっ。
だってこのドライブ、とっても楽しかったんですものっ!
あたし楽しい事がお終いになる時って、
なんだかとっても悲しい気持ちになるの」
「その後で、も~っと楽しい事が待っているかもしれないけれど、
それが大抵そうでない事が多いのよ? あたしの経験ではねっ」
「でもいよいよ自分の家に着くんだと思うと、とっても嬉しいわ!
これから新しい生活が待っているんだと思うと、
また胸がジ~ンと痛くなってくるわ……!」
そう心から喜ぶアンの見つめながら、マシューは馬車を走らせて行きます。
実はマシューの心も、今とても痛んでいました。
何故ならばグリーンゲイブルズに着いてしまえば……今幸せそうに微笑んでいるこの子に、本当の事を伝えなければならないからです。
実はアンがこのプリンスエドワード島にやってきたのは、“手違い“からだったのです。
アンはマシューの家に引き取られる為に、そう言われてここへとやって来たのですが……、それは大人たちのしてしまった手違い。
本当はマシューの家は“野良仕事を手伝ってもらえるように“と、10才くらいの男の子を寄越して貰えるよう、孤児院に頼んでいたのでした。
人づてに頼んだのがいけなかったのか、何故ちゃんと伝わらずにアンがやってきてしまったのか、それは今は分かりません。
でもグリーンゲイブルズに帰れば、家で待っている自身の妹マリラに事情を話し、それをアン本人にも伝えなければならない……。
今も新しい生活に想いを馳せて、こんなにも幸せな顔を見せているこの子に、本当の事を伝えなければなりなりません。
「これは手違いなんだ」「お前はここでは暮らせないんだよ」と、そう言わなければなりません。
その残酷さを想い、マシューの心は重く沈んでいきます。
マシューはもう、この子の事がとても好きになっていました。
短い時間ながらアンの明るさに触れ、豊かな人間性を知り、なんと素晴らしい子なのだろうと驚嘆していたのです。
だから「手違いだったんだ」などと、とても自分の口から言い出す事なんて出来ませんでした。そんな可哀想な事を、どうして自分がこの子に出来るでしょうか?
マシュー・カスバートはどうする事も出来ないまま、ただただ我が家であるグリーンゲイブルズに馬車を走らせる事しか、出来なかったのです。
「まぁ! あの家がグリーンゲイブルズねっ!
あたし今日から、この木々に囲まれた美しい所で暮らすんだわっ!」
馬車から身を乗り出して、アンが嬉しそうに声を上げます。
それを直視する事が出来ず、マシューは項垂れてしまいました。
「―――でもおかしいわ? 何かしらあの
あたしあんなの、本の中でしか読んだ事ないわ?」
アンの言葉に、思わず視線を上げるマシュー・カスバート。
我が家であるグリーンゲイブルズの後ろに、いま巨大な生物が〈ドッシン! ドッシン!〉と歩いているのが見えました。
「まぁ素敵っ! グリーンゲイブルズにはこんな生き物がいるのねっ。
不思議の国のアリスにだって、こんな巨大なクリーチャーは出てこなかったわ!
プリンスエドワード島って凄い所ね!」
――――そんなワケあるか。マシューだってこんなモン初めて見たのです。
もう山を「よっこいせ」と跨がんばかりの巨大生物が、グリーンゲイブルズに襲来しています。
プリンスエドワード島に今、最大の危機が訪れました。
「両足で立っているけど、顔や尻尾はまるでトカゲみたいねっ!
でも色は黒くて、とっても強そうだわ!
ねぇマシュー? 今日からあの怪物の事を“ゴジ〇“って呼ばないっ?
とっても空想的で良い名前でしょう?」
アンは嬉しそうにそうはしゃぎますが、マシューはもうアワアワとうろたえています。
今にもあの巨大生物が「アンギャー!」と光線でも吐かないかと、不安でたまりません。
「あら? 向こうからもう一体やってきたわ!
……あれは何かしら? ゴ〇ラと同じでとても大きいけれど、
身体は銀色をしているわね……。
それにとっても固そうな身体に見えるわっ!」
なんやかんやと言っている内に、もう一体の巨大生物がこの場に現れました。
家々を「ギャース!」と踏み潰して回るゴジ〇に対して、悠然と立ち向かって行きます。
「……そうだわっ! 今日からあれの事を“メカゴ〇ラ“って呼ばない?
あの〇ジラと瓜二つだし、それにとっても空想的な名前でしょうっ?」
アンは馬車から身を乗り出して喜びますが、マシューはもうそれどころではありません。今も目線の遥か先では、二体の巨大怪獣がボカスカと殴り合っているのです。
「あっ……! メカ〇ジラが負けてしまったわマシュー!
とっても強そうだったのに、やっぱりメカって耐久度に難があるのかしら?」
やがてゴジ〇にドッゴンとぶん殴られ、メカゴ〇ラは機能を停止してしまいます。
所詮は人の作りし物、ゴジ〇という超自然災害に立ち向かうには、まだまだ力が足らなかったのです。
「見てっ! 今度は
あれは鱗粉なのかしら? 効いてる! ゴジ〇に効いてるわよマシュー!!
ねぇ、今日からアレの事を“モス〇“って呼ぶ事にしない?
とっても空想的で良いと思うのっ!」
何でも空想的にすんな!
マシューもそろそろ「どんだけ万能なワードなんじゃ」と言いそうになりましたが、子供相手なのでグッとこらえます。
マシューはとても温厚な男なのです。
「……あぁっ! モ〇ラが逃げ帰っていくわマシュー!
とても善戦したけれど、はやりまだゴジ〇には敵わなかったのよ!
今日からゴ〇ラの事、“怪獣王“って呼ぶ事にしない?」
〇ジラにぶん殴られ、モ〇ラが「えーん!」と逃げ去って行きます。
それを追いかけていく小人の女性の姿を発見したアンは、「妖精だ!」と言って大変テンションが上がりました。
しかしマシューはもう、それどころではありません。
「でも困ったわ。モス〇もメカ〇ジラもやられてしまうなんて。
あの怪獣王からは、自然を破壊する人間たちへの怒りを感じる気がするの。
きっとあの破壊行為も、傲慢になってしまった人間たちへの警告なのよ。
……私たちは今一度、よく考えてみなくてはいけないわ……」
とんでもない想像力、とんでもない理解力――――
赤毛の少女アン・シャーリーの頭脳は今、冴えに冴えわたっていました。
「でもきっと大丈夫だわっ!
だってプリンスエドワード島の人々は、
こういう事態に慣れているんでしょう?
きっとゴジ〇なんて、簡単にやっつけてしまえる力を持ってるんだわっ!」
アンはウキウキしながらそう言いますが、そんなワケあるかぃとマシュー・カスバートは思います。
その後もウルトラ〇ンだの、ゴッドマ〇だの、レッドマ〇だのというデッカイ人達(アン命名)がこの場に駆け付けましたが、誰もゴジ〇に勝つ事が出来ません。
やはり怪獣王を倒す事は出来ないのか!? プリンスエドワード島の運命は!? アンとマシューは不安な気持ちになります。
しかしその時――――突然グリーンゲイブルズの家から、マリラ・カスバートが飛び出して来ました。
「あぁマリラさん! あの人がおじさんの妹、マリラおばさんね!?
おばさんがなにやら、天に向かって両腕を広げているわ!」
後にアンの母親となる人、マリラおばさん。
その彼女がバッと両腕を上げると、なにやらその身体が〈ピカピカッ!!〉と発光し出します。
そしてゴジラの上に〈ドゴーン!〉と雷が落ちました。
「サンダー!? あれはサンダーの魔法ねっ!!
あの破壊力から察するに、もしかしたらサンダガ的なヤツかもしれないわっ!」
突然マリラが放った雷魔法。
“9999“というダメージ表示が見えたかと思えば、ゴジ〇の身体が〈バシューン!〉と霧のように消えていきました。
「すごいわマリラおばさん! 一撃でゴ〇ラを倒しちゃうなんて!
きっとおばさんは、高名な魔導士に違いないわっ!」
どこからともなく〈ペペペペー ペー ペッペペー♪〉というファンファーレが鳴り、マリラに膨大な量の経験値が入ります。
力がアップ! かしこさがアップ! 素早さがアップ!
その度にマリラは片足を上げて、喜びを表現しました。ロマンシングなサガです。
「マリラおばさんって、とっても強いのねっ。
きっとグリーンゲイブルズに住む人たちは、みんなこんな風なんだわっ。素敵ねっ」
ワシゃ腰が痛くて畑仕事も出来んのじゃが……。
自分は決してあんな風じゃないと伝えようとするも、アンのテンションはもうMAXです。話を聞いてくれません。
それにしても、いつのまにマリラは魔法を? わしのグリーンゲイブルズ、ちょっと見ない内にいったいどうなって……。
マシューの頭はもう、疑問で一杯になりました。
そんな事をしている内に――――――突然空から、一筋の光が差し込んできました。
「あっ! あの光の中に何かいるわっ!
ゆっくりと地上に降りてくるの! あれは天使さまかしら?」
空から神々しく差し込む光。それと共に地上へと降りてくる、巨大で醜悪な化け物。
まるで7人の男女の身体を肉塊と合体させたような、そんな見た事もない姿をしています。
「今あの化け物、『逃がさん。お前だけは……』って言ったわ!
あたし確かに聞いたのっ!」
その化け物は〈ゴゴゴゴ……!〉と降り立ち、まるでラスボスのようにマリラの前に表れます。
まるでマリラを亡き者にしようと、マリラとの因縁に決着をつけようとでもしているかのようです。
いったい何の因縁なのでしょうか?
「思い付いたんだけど、あの化け物の事を“七英雄“って呼ぶ事にしない?
きっとあの人達は一度は世界を救ったものの、その後人々に疎まれたり、
裏切られたりして、どこか異次元にでも飛ばされてしまったのねっ!
その憎しみや悲しみによって、あのような異形の姿になってしまったのよ!
ねっ? とっても空想的でしょう?」
アンの想像力が冴えわたります。
「グリーンゲイブルズには色んな生き物たちがいるのね!」と、アンはご満悦です。
「マシューは戦わないの?
いくら七英雄が一体とはいえ、おばさん一人では流石に厳しいわよっ。
ほらっ、ここにちょうど“バイキングが使いそうな両刃の斧“があるわっ!
これで一緒に戦いましょうっ!」
アンは即座に馬車を飛び出し、まるで「自分のターンだ!」と言わんばかりにホワチャーと片足を上げます。
アンは自らの剣技に“乱れ雪月花“という名前を付けました。
何でこんな物が馬車にあったのかは分かりませんが、もうやけくそになったマシューも両刃の斧を持ってアンに追従します。
マシューの愛したグリーンゲイブルズは、もう二度と戻ってこないのだと思いました。
……やがてアンたち三人の他にも、近所に住むレイチェル・リンド夫人、農場手伝いのジェフリー、そして後にアンの心の友となる少女ダイアナもタタタっと家から飛び出してきて、みんなで七英雄と対峙します。
順番にクイッと片足を上げ、行動を選択していきます。
時は19世紀末。突如このプリンスエドワード島を襲った、未曾有の危機――――
世界の平和を賭けた最後の戦いの火蓋が今、切って落とされました。
「異次元に叩き返してやるわッ!!
……あ、ねぇおじさん? もし“時間を一時的に止める技“とかがあれば、
たとえ七英雄だって楽に倒せるんじゃないかしら?
もしそういうの出来たら、それを“クイックタイム“って呼ぶ事にしない?
とっても空想的な名前だと思うわっ!」
感受性が豊かで、おしゃべり。
そしてつらい事や悲しい事も、得意の想像力で喜びに変えていく――――
赤毛のアンは、そんな魅力的な女の子なのです。