アトリビュート・スレイヴ   作:とぅりりりり

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消えた音色と再起の歌姫
始まりの音は密やかに


 

 生まれた時から既に、運命は確定しているのだ。

 

 

 

 

 

「次は……そこそこの町っぽいな」

「町の名前はソーニャの町だってー」

 重い足を無理やり前に進めて目的地である町へと向かう。

 ただ広い平地が広がる中視線の先には町らしき場所の門。

 旅をする二人は1人は青年で1人は青年と同じくらいの少女である。

 まるで足に怪我でも負っているかのような青年に歩調を合わせるように少女は並び、青年が深い溜息を吐きながら言う。

「気ぃ使うなよ」

「で、でも――」

 そんな話をしていると獣の唸り声が二人の耳に届き、少女がそれに警戒するように手をかざす。

 そこに唸り声の正体は一匹のはぐれ狼で、それを確認した少女はほっと安堵した様子を浮かべる。

「なぁんだ」

 狼が少女に飛びかかろうとすると、少女はかざした手を迷うことなく狼に向けぼそりと呟く。

 

「パリィ」

 

 飛びかかろうとした狼はまるで不自然に少女を避けてしまう。何度か飛びかかろうとするもやはりすべてまるで不自然な流れが少女から狼を引き離すようにしているようだった。

 狼は得体の知れないなにかを察知したのか唸りつつも二人から離れていく。

 その一連の様子を見ていた青年は自嘲気味に言った。

「お前の【流動】、ホント便利だよなぁ」

「日常だとあんまり役に立たないけどねー」

 そうパトリシアは笑うとはっとしたように慌てて首を振る。

「ご、ごめんね。えっと……」

「何も言ってないだろ。助かるよ」

「……ヌル……」

 ヌルと呼ばれた青年は少しだけ苦笑し、再び町へと足を向ける。

 少女――パトリシアは気まずそうに青年と並び歩き、少しだけ重い空気をまといながらまっすぐソーニャの町へと向かう。

 

 

 

 この世界は全ての人間が【属性】を持って生まれてくる世界。

 その人間を象徴し、その人間の運命そのものを示す属性に人々は狂わされる。

 

 ――そう、これはそんな属性の奴隷(アトリビュート・スレイヴ)たちのお話。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 町について早々に情報収集も兼ねて二人は酒場を探す。時刻は昼頃。今はきっと人が多い頃なのがヌルにとっての懸念事項であったがのんびりもしていられなかった。

 そして、町の人間にパトリシアが声をかけ、一番近くの酒場を紹介してもらい、二人は『オリーブの樽』という店に足を踏み入れた。

 ヌルの想像通り、店の中は人でごった返している。きょろきょろとどこかに情報掲示板がないかを探していると店の奥、簡単なステージになっている場所に注目が集まっていることに気づいてヌルとパトリシアもそちらに視線を向けた。

 

 そこに現れたのは年端もいかない少女だった。

 

 見た目こそ幼く、場所が場所でなければ迷子扱いされてもおかしくない。しかし、表情や雰囲気は決して子供のものではなく、むしろ大人びたなにかを与えた。

 身軽な服装と帽子が印象的できっと大半の人間が可愛らしいと評価するだろう。

 手にしたリュートを抱え、軽い咳払いとともに言葉を紡ぐ。

 

「これはサイレーンの哀れな恋の物語……」

 

 幼い容姿ながらも美しい声で少女は音を奏でる。その音色に客たちは皆耳を傾けている。吟遊詩人、ということで間違いないと二人は確信した。

 リュートを奏でながら口にする歌は一匹のサイレーンの物語。サイレーンとは魚と鳥の特徴を持つ人間の女によく似た魔物だ。

 サイレーンの女が漁師に恋をし、魔女と取引をして自分の【属性】を引き剥がして人間に近付こうとした。しかしながら運命でもあるそれを引き剥がしたことで何も持たぬ者となり、最終的に破滅してしまうというものだ。

 救いはない、しかしそれでいて天使のような歌声は聞くものを引きつける魔力を秘めていた。

「……音魔法使い?」

「かもな。どっちにしろかなりの実力者には違いない」

 曲が終わったのか一拍おいてから飲み物を口にした吟遊詩人の少女。続いて少し明るい曲を奏ではじめ、今度は可愛らしい声を発した。

 

「さてさて皆様お次は我らが神アトリ様のお話だ!」

 

 先程までの悲しい音色とは打って変わってこの国の国教であるアトリ教の神話を元にした歌を歌い出す。

 神が人々に贈り物として【属性】を施した。しかしそれをよく思わない他の異界の神によって我々人間にはマイナスな属性も生まれてしまい、困ったアトリ様がなんとかしようと奔走するという話だ。

 話自体は有名なものなのだが歌の効果か、はたまた歌い手の能力か、酒場は大いに盛り上がり、皆楽しげだ。

 

(……静かな歌で全員の気持ちを落ち着けてから注目が集まってるところに高揚効果がある歌か)

 

 ヌルが歌の効果を分析しながら横でリズムに乗っているパトリシアを横目に呆れつつも微笑ましく見守っているとあっという間にアトリ様の奔走譚は幕を閉じ、結局人間の負の属性は消えなかったもののそれとうまく付き合っていくという結末だ。

 演奏が終わり、少女が一礼すると客が皆一斉に拍手で彼女を讃えた。それと同時に少女が帽子を裏返しておひねりを求める。

 男たちはそこそこのおひねりを投げ入れたりしながら皆再び食事に戻り、再び雑多な話し声が戻ってくる。

「えらいかわいらしい嬢ちゃんだな」

「ああ、なんでも音属性持ちの吟遊詩人だと」

 音属性と聞いてパトリシアは驚いたようにへぇーと感嘆の声をあげる。

 属性の中にも希少な属性は存在する。音属性もその1つだ。多くは宮廷詩人として抱えられるためまさかこんな辺鄙な町で見かけることになろうとはヌルも思っていなかった。

 吟遊詩人の少女は直接声をかけてくる男たちの相手をしており、容姿の印象とはだいぶ違う大人びた様子にヌルは興味を惹かれる。

(やっぱり子供じゃないのか?)

 音属性というだけで放っておかれるようなものではないのに子供となると更に話は変わってくる。やはり実はある程度の年なのかもしれない。

 

「あれが噂の流浪の歌姫か」

 

 ふと、騒がしいにもかかわらずある言葉がヌルの耳に残り、その言葉を発した人物に思わず目が行った。

 酒場で不自然に目深にフードを被った男と思わしきそれは少女に直接声をかけている男たちに割って入る。

「うん? なんだ、順番は守ってもらわないと――」

 少女が割って入った男に注意を促すと男はおもむろに懐から何かを取り出した。ヌルは嫌な予感がして駆け寄ろうとするが他の客が邪魔ですぐには届かない。

「危ないっ!」

 せめて危険であることを声を張り上げて伝えるとフードの男がナイフで少女を刺そうとするが刃物が刺さる寸前で少女はそれを静止させた。麻痺の魔法か、男はナイフを取り落とし、カランという音が店の中に響き渡った。

「なんだ? 酒の席とはいえ随分なおひねりじゃないか」

 言葉とは裏腹に少女の声には不信感が滲んでいる。言葉遣いもあってか男性的な印象を与えるがひとまず怪我がなくてヌルは安堵し、フードの男を取り押さえるべく近づく。

 刃物という存在でざわついたほかの客たちは波を引くように少女から離れていく。少女も魔法が扱えるからか気にした様子はなく、受け止められた男を睨む。

「さて、自警団に引き渡す前に――」

 少女が男が取り落としたナイフを拾い上げ、質問しようとしたその瞬間、ナイフが変色して刃が黒く染まりヌルが少女に向かって叫んだ。

 

「それから手を離せ!!」

 

 少女が「えっ?」と困惑の声をあげるのとナイフがひとりでに動いたのはほとんど同時。

 ナイフは少女の胸に突き刺さり、黒い破片が宙に舞った。

 

 状況が飲み込めない少女を貫いたナイフだったものは再びひとりでに離れたかと思うとフードの男の手に戻り、刃を失ったそれは白い輝きをまとった持ち手だけであった。

 少女がその場に倒れこむのをヌルがギリギリ受け止めるがフードの男は目的を果たしたとばかりにすぐさま店の外へと逃げ出し、少女を受け止めていたヌルは手の空いていたパトリシアへと叫ぶ。

 

「パティ!」

「わかってる!」

 

 店の外に逃げたフードの男を追うパトリシア。ヌルは最悪の想像をして刺された場所を確認しようと少女の服を少しくつろげる。

 刺されたはずの場所には傷もなく血も出ていない。

 

 しかし、その代わりに奇妙な痣――印が残っていた。

 

 


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