数十分後、パトリシアは1人で店に戻り、少女を介抱していたヌルに申し訳なさそうな顔を浮かべる。
あのあと、少女を介抱するという話を店主と交わし、部屋で意識を失った少女を寝かせてパトリシアを待っていた。
「ヌル……」
言いづらそうにしているパトリシアに無言で肩を叩いて気にするなと告げヌルは改めて状況を確認する。
「確認したけど属性簒奪を食らってる」
刺されたはずの場所に残っていた痣を示し、ヌルは自分の襟を引っ張って同じ印であることを確認する。
「眼の前で犯人候補に気づかなかったなんて最悪だ……!」
苛立ちを自分の拳を強く握ることで抑えるもパトリシアの様子にはっとしたのかあわてて力を抜く。
「お前は悪くないって。むしろお前1人に追わせて悪かった」
パトリシアの属性ならよほどの不意打ちや隠し玉がない限り属性が奪われることはないだろう。しかし万が一ということもある。深追いさせるわけにもいかないのだとヌルはパトリシアを諭すと彼女は自分の顔をパンッと叩いて活を入れた。
「うじうじ言っても仕方ないもんね。ひとまず、この子が起きるのを待ったほうが――」
「……それには及ばないぞ」
ゆっくりと、起き上がった少女は気だるそうに頭を掻きながら二人の顔を交互に確認する。
「うっ……初めて酒を飲んだ次の日の気分だ……ここは……」
前髪を払ってぼやく少女の酒発言に二人は奇妙な感覚を覚えたがとりあえず今は少女の状態を確認しようとパトリシアが声を掛ける。
「どこか悪いところはない? あとは記憶が混濁してるとか……」
「少々気分が悪い以外は特に……っと、君、オレのことを小娘かなにかと思っているな?」
驚いたようなパトリシアの様子に呆れたような、諦めにもにた目を伏せると少女は少しだけツンとした表情を浮かべた。
「メリル・イーデンス。洗礼を受けてから20年になる……立派なハタチだぞ」
ヌルはああ、やっぱり……という感じで納得したように頷く。しかしパトリシアは本気で予想外だったのかびっくりしたように「ええっ!」と目を丸くして驚く。
「まあ、そんなことはいい。それより、オレは刺された記憶があるが……」
自分の刺されたはずの場所、奇妙な印の残る胸を確認したメリルはどこか気の抜けたような様子でつぶやく。
「まあいいか。安静にする必要もないだろう」
「いやいや、駄目だって。あんたそれ――」
「介抱してくれたこと、感謝する。だがオレはもう大丈夫だ。あとは気つけに適当な果物でももらっておこう」
聞く耳持たず、酒場に戻ろうとするメリルを止めようとするが先程まで気分が悪かったとは思えないほど軽やかな足取りでヌルを引き離す。
「……あれ、やばいんじゃ?」
「やばい」
これからメリルが何をするのかを察した二人は鈍足のヌルを置いてパトリシアが先行する。
先に酒場へと入っていったパトリシア。そして、ほどなくしてそこから聞こえてきたのはマンドラゴラもびっくりして黙るような歌声だった。
耳がイカれそうな不協和音。昼間に聞いた歌とは正反対の想像を絶する不快な音にヌルは思わず耳を抑え、ひどい頭痛に耐えながら前へと進む。パトリシアは聞いた瞬間意識が飛んだのか酒場の真ん中で気絶していた。
そして瞬時に理解する。音属性を持っているというメリルから属性が剥ぎ取られた。つまり、その代償として今の彼女は致命的な音痴に成り果てていた。他の客たちも不意打ちで超音波ならぬ超音痴を聞かされて気絶していたり、具合が悪そうにしているものたちで溢れている。
自分でもおかしいと思ったのかメリルもきょとんと途中で歌を止めるがうめき声と絶叫が木霊する客席を見て冷や汗を流していた。
「あ……あはは……ちょ、ちょっと調子が……」
苦しい言い訳に店主が今にも怒り狂いそうな表情でメリルの後ろ襟を掴んで引きずろうとする。
「とんだ営業妨害だ! 出ていってくれ!」
「そ、それはひどくないかご主人! 約束が違――」
「うるせぇ! ノンマン風情が人様と同じ扱いを受けると思うなよ!」
店主は聞く耳持たないと店の外にメリルを放り出し、部屋から荷物を取ってきたのか地面に座り込んでいるメリルめがけて荷物を投げ捨てた。メリルは受け止めきれず「ぎゃふっ」と呻いてあたりを見回すと、店主の"ノンマン"発言に町の人間が嫌な視線を向けていることに気づき、その血色の良かった顔色が青くなっていくのが目に見えてわかるようになる。
「おい、こっち、こっち」
すると、裏通りに続く物陰からヌルがメリルに声をかけ、しばらく考え込むようにしていたメリルも忍ぶように裏通りに駆け込み、ヌルとパトリシアが渋い顔をしながら受け入れる。
「まさか話をまったく聞かずに自分からバラすとは思わなかった……」
「私たちがもっとしっかり言ってればよかったね……」
「……まさか知っていたのか? オレがああなることを」
どうやら全く予期していなかったのかメリルは首をわずかにかしげつつも不思議そうに荷物を抱え直す。
「あれは属性狩りだ」
「……ぞくせいがり?」
「……え? 属性狩り知らないのか?」
「知らん」
自信満々に知らないと言い切るメリルにさすがのヌルもパトリシアも目が点になる。仮にも各地を移動する吟遊詩人がそんな情報すら把握していないとかそんなまさか。
「属性狩りってのは、文字通り属性だけを奪う行為のことだ」
各地で問題にはなっているもののろくな対策もなく、被害者すら迫害を受ける。属性を奪われたものは人に非ず。それが教会の見解であり、一般人もわざわざ非人間に関わりたいとも思わない。
非常に馬鹿馬鹿しく、愚かなこと。
「聞いた話、音属性だったんだろ? 希少な属性だしな……」
音属性は数ある属性の中でも希少とされるものだ。他にも夢属性や幻属性なんかも希少らしいが詳しくまではヌルにもわからない。
「ああ、オレは確かに音だが……まさかこれがその証か?」
胸元に残る印。それを再確認したメリルに同意するようにヌルは自分の胸元を引っ張って"それ"を示す。
「ま、少なくとも俺と同じ方法で奪われたのは間違いない」
痛ましそうなパトリシアの視線を受け、服を正すとヌルは考え込んだようにうつむくメリルに言う。
「あんたの属性を奪った犯人、俺の属性を奪ったやつと同じ所属かもしれない。犯人を追うつもりなんだけど……あんたはどうする? ここ居づらいだろ」
すでに町には噂が広まっているだろう。ここにいても最悪町を追い出されるし、同じ目的の協力者が増えるならばとヌルは提案を試みた。
「……ふむ……確かに一人でいるよりかはよさそうだ。協力ならばありがたいが……その前に一つ条件があるぞ」
改まった様子でヌルの顔を覗き込んだメリルはにやっと笑ってヌルの鼻先を指した。
「さっきから名乗らないのはどうかと思うぞ少年」
「……ヌル。ヌル・モーント」
「あ! 私はパトリシア・グレイス! パティって呼んで!」
自分たちが名乗っていなかったことを思い出した二人は改めて自己紹介を済ませると満足したメリルの微笑みを受け、犯人探しへと向かうのであった。