不都合な真実   作:倉木学人

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続きません。
ショウジキナイワーという神のお告げがあったので。

**

※芽森ちゃんが歌っている曲は著作権が切れています。


現実と虚構の区別がつかない人

 まだ、パソコンやネットというものが、便利な道具としか認識されておらず。

 それらが世界を管理することを、一部の限られた者たちだけが夢想する。

 そんな時代の話。

 

 電子機器とは程遠い、ジャポンの深い森。

 定期的な人の手こそ入っているが、文明は感じられない。

 誰かの遺品であったり、不法投棄された粗大ごみを除いて、だが。

 

「ドゥ・ディ・ドゥ・ドゥー? ドゥ・ディ・ドゥドゥ」

 

 ジャポンにおいても珍しく不便な場所に、一人の少女が住んでいた。

 彼女は思い出しながら口ずさんでおり。

 ぽつぽつと棒読ちゃんが語る様は、小雨に伴う濃霧と合わせて予言者を思い起こさせる。

 

「I'm singin' in the rain」

 

 とはいえ、彼女を直視したいとは思わないであろう。

 人として素朴かつ滑らかであるが、髪質が一部まっすぐで

、それが忌まわしき獣の耳を形作っている。

 眼は死すべき者への嫉妬に揺らいでいて、髪の色もそれと同じ。

 身体は幼く満ち足りているとは言えず、かなり新しい暴行と辱めの痕跡がある。

 

「Just singin' in the rain」

 

 それは出来の悪いホラー映画の光景であった。

 彼女は朽ち果てた小屋の、錆びたドラム缶の冷めた風呂に入っていて動かず。

 背景には、聞き苦しい男の苦悶の声が流れている。

 二人のどちらかが、あるいはどちらも被害者だろう。

 

「What a glorious feeling. I'm happy again」

 

 男と少女の距離は隣の隣のマンション程離れているとはいえ、彼女が男を気にする様子は無い。

 気にする余裕が無いのか、うんざりしながら無視しているのか。

 どちらにせよ興味はないようだ。

 

「I'm laughin' at cloud, So dark up above」

 

 ふと、自分を知る者が見たらどう思うだろかと、彼女は思うのだ。

 これが学校で文武両道、ケンカは負け知らずのポケモンマスターで通っていた男の行先なのだから。

 オマケに嘗ての自分は、世間で強盗・殺人容疑の指名手配である。

 流石に竹生えると言わざるを得ない。

 

「The sun's in my heart, And I'm ready for love」

 

 念能力という超能力を、信じて修行さえすれば誰でも習得できるこの世界。

 人一倍パソコンと性のシステムに関心を寄せる“彼“は、一つの能力を作り上げる。

 彼の(それ)は、”美少女転換(プリンセス・テンコウ)”という。

 

「Let the stormy clouds chase, Everyone from the place」

 

 時間も金も名誉も手に入れていた、彼はそんな自分に満足できなかったのか。

 何故彼は自分を捨てたのか、何故彼は罪人としての道を選んだのか。

 質問は彼女に聞けば、容易く答えてくれるだろう。

 “分からないということが分かっている”と。

 彼女が確信するのは、本当に欲しかったものが未だ手に入っていないということだ。

 

「Come on with the rain. I've a smile on my face. I'll walk down the lane, With a happy refrain」

 

 この身体は失敗だな、そう彼女は溜息をついた。

 生存力重視で調整したつもりだが、筋力を削りすぎたようだ。

 保険として“手を出しては危険な外見”に設定したが、結果として危険な人間を引き寄せることになった。

 人間の理性など信用できないと理性で論じた哲学者は、はて誰であったか。

 次に生かすとしよう。

 

「Just singin', Singin' in the rain. Dancin' in the rain」

 

 歌うのはそこそこにして、汚れきった身体を心底不愉快そうに拭う。

 そこで、ちょっとしたミスに気付いた。

 

「しまった。着る服を用意していない」

 

 着ていた服は気持ち悪いので、その辺に捨てたのであった。

 変えの服はあるが、ここから少し遠い所にある。

 一刻も早く風呂に入ることを考えすぎて、そこまで気が回っていなかった。

 

「寒かろう。着るがよい」

 

 声がして、彼女が部屋をよく見渡すと、老人が部屋にいることに気づいた。

 頭が縦に長く、目が隠れるほど長い髪。

 世捨人にしては装飾が過多である。

 それでも霞か何かと紛れこむほど、彼は薄く輝いていた。

 この人の名を無限才という。

 

「感謝、します」

 

 そうして老人が差し出した道着服は、あの兄弟子が持つ自慢の一品であったと彼女は気づいた。

 害虫の這いずる感触と、それを差し出す意図が掴めない気持ちがあるが。

 至高の物品には違いなく、その上で着る物がない。

 着てみると恰好としてはややぶかぶかであるか、肌に優しく自分にしっくりする。

 思えば、これの所持者も環境に対しては繊細な人間であったのだ。

 

「どこまで見ていたのですか」

「全てを」

「すべて、か」

 

 この山に住む者は、皆が心技体の完成を目指して修行する。

 彼らは仏僧であり、修験者であり、そして念能力者である。

 老人はその完成形とされ、皆から慕われていると記憶しているが。

 

「この山は、すべてが儂の目と耳であるが故に」

 

 老人は一見、完璧だ。

 

 年齢不詳の身でありながら、腕力も持久力も衰えを見せない。

 念は山のすべてを支配する、繊細かつ広大な感知術を持っている。

 誰もが認める人格者でもあり、どんな時も一切の揺らぎを見せない。

 

 だが、それでは駄目なのだ。

 

「どうして止めなかったので?」

 

 師も兄弟子と自分の蛮行を知っていたのだ。

 自分が嫌われているのは知っている。

 故に、他の兄弟子達に見捨てられたのは当然だろう。

 だが、師は?

 

「怒っているのか」

「いえ。世間一般に、思う程では」

 

 師にとっては、人が不逞を働くのも自然である。

 彼は完成されていて、人の持つ本性を正確に見抜いている。

 そして、一切動じることはない。

 彼は誰にでも公平で、誰にでも残酷である。

 

「ただ、一応聞いておかなければと思っただけですので」

「そうかのう」

 

 しかし、人が不逞を咎めるのもまた自然。

 そして、彼女にとってもそれは同じ認識なのだ。

 自分に降りかかった災難に対して、自業自得だとしか思わない。

 ただ、それだけのこと。

 

「して。わが師よ。何用ですか」

 

 ちらりと彼女が後ろを向くと、他の兄弟子たちが一か所に集まっているのを感じる。

 恐らく寄ってたかって、自分の保持する “死なない殺人鬼(キャンディマン)”をどうにかしようと試みているのであろう。

 そして師はそこにいない。

 

「あやつは死ぬぞ。病の進みが早すぎる。そう長くない」

「でしょうね」

 

 人を最も悩ませるものは、古くから相場が決まっている。

 それは他人であったり、捕食者であったりするのが一般的な認識だが。

 その中において、永遠の難敵は寄生者なのかもしれない。

 

「あのナノウィルスは、私の体内では大人しいですが。他者が感染すると猛烈に増殖し、地獄に悩まされることになる」

 

 彼が“それ”に出会ったのは遥か昔のこと。

 歴史上、人間という種は不特定多数の寄生者と共に進化してきた。

 その知識を得たのは遥か遠い日だが、実用化に至るのは比較的最近のことである。

 

「強い混乱と幻覚を引き起こし。必ずや死に至るでしょう。他人の身体で試したのは初めてですが」

 

 彼女にとって、体内の細菌への干渉自体は容易かった。

 かつて、知的障害の遺伝要因が黒死病に耐性を示したように。

 能力が身体の遺伝子を操作すると、それに適した住人が現れる。

 彼女の体内は、実験室の試験管なのだ。

 こうした試行錯誤の結晶が、彼女の“死なない殺人鬼(キャンディマン)”の正体である。

 

「わが師でも恐らく処置できないのでは? 風邪がベースですから、その抗体でも作ることが出来れば話は別でしょうがね」

「ふうむ」

 

 彼女でも、潜伏後の発症はどうにもならない。

 例えばエイズのワクチンというものは存在しないし、狂犬病は致死率100%である。

 彼女の保持するウィルスは感染力が異常に低く、放っておくと体内で簡単に死滅するが。

 体内で頻繁に変異(アップデート)するため、維持管理するのは結構苦痛だったりする。

 

「修業が足りておらぬな」

「その通りです」

 

 彼女は兄弟子達の浅ましさには呆れるばかり。

 何のために自分が毒々しい色合いと見た目をしていると思っているのだ。

 彼女は自らの悪を公言しており、実際危険な存在であるのだから。

 

「この山にいるのは、皆が社会の(カス)ばかり。真に修めていると言えるのは師、あなただけだった」

 

 彼女はそう吐き捨てたが、もちろん彼女自身が高尚であるとは思ってはいない。

 現代ジャポンにおいて普通に生きていれば宗教なんて、のめり込むことはないのだから。

 宗教に惹かれる者は、程度の差あれどマイノリティには変わりない。

 マイノリティの集団こそ余裕の無さ故に不寛容なのであり、疑問を持つ者は優先的に排除される。

 

「最早、この地には居られぬぞ」

「破門。ということでしょうか」

「儂としては構わぬ。これも世の定め。元より、お主()を忌避しておらぬ」

 

 この場合は彼女が悪であるが、被害者が善人であるかどうかは関係ない。

 家の鍵を掛けず泥棒に入られても悪ではないが、管理責任を問われるのは避けられない。

 そして正義の鉄槌が振るわれることは、想像に難くない。

 

「だが最早お主の存在を、他の者が許さぬよ」

「成程。居続けると、どちらかが死ぬまで戦い続けることになる、と」

 

 師も彼女も事件を一切隠す気がない。

 兄弟子らは宗教故に保守的であり、唯一の彼女は気質的に余所者(エトランゼ)である。

 彼らは身内に優しいが、外部からの変化というものを極端に嫌う。

 つまり彼らと相いれないし、今後の衝突は避けられない。

 

「私としては、それも心躍る話でありますが」

 

 彼女にとって兄弟子は、元々脅迫されたから抵抗したのだし、殺すと宣言したから殺したまでだ。

 行いは悪いと思っているし、全く後悔もしていない。

 健康状態が悪いという“切り札(ジョーカー)”も、最初から開示していた。

 これで言いがかりをつけられるのだから、たまったものではない。

 なぜ地雷を設置する様を見せたのに、自分からわざわざ踏んでおいて喚かれるのか。

 

 とはいえ、彼女も事態の深刻さは理解した。

 

「ここは引くべきでしょうね。例え、ひと時の勝利を収めても。永劫へと続く戦いに身を投じるのは御免です」

 

 この国において、無限才は伝説として語られる存在なのだ。

 実際として不老不死の体現者であり、授けることも不可能ではないのだから。

 良くも悪くも、人を惹きつけ過ぎる。

 それはこれからも、ずっと。

 

 それに、この地で彼女を守るものはどこにもない。

 彼女を守る味方はいないので、遅かれ早かれ私刑(リンチ)確定である。

 というか、既にそうなったのだ。

 

「行く当てはあるのか?」

「ありません」

 

 自然のままと言えば聴こえは良いが、酷い話である。

 表面上であれ悪人なんて、進んで成るものではない。

 自然では、悪人が排他されるのも自然だ。

 

「ただ、あの遊戯を使うと。私は、外に出られることは確かですので」

 

 彼女は自分の寝床に置いてあるゲームカセットに思いを馳せる。

 今までずっと今もずっと、サイコ野郎が作ったデスゲームだと馬鹿にしていたのだが。

 気づけばコレが今のキッカケとなっている。

 コレを手にする契約を結んでなければ、自分は発を使うこともなかっただろう。

 

 念能力で作られたこのゲームは、念を込めると別世界への旅立を可能にする。

 虚構の世界であるが幾多もの現実とリンクしており、この国を出ることも可能であろう。

 

「親も戸籍も捨てた、鬼子の私には辛いのですが。この国を出るというのは。しかし、如何せん。選択肢は、あまり残されていない」

 

 彼女は現状この国を嫌っている。

 だが嫌っているからこそ、国を出ることに忌避感を持っていた。

 どうせ出た先も別の地獄であるのだし、そこがよりマシであるという保証は殆ど無い。

 かつての様に嫌いながらも塞ぎこみ、この国に残り続けるという選択肢はあった。

 

「あとは、その場で考えるつもりです」

 

 助けをひたすら待っていたのも昔の話である。

 しかし最早、引き返せない所まで来たのだった。

 頼れる人は、まだいない。

 

「お主を救う人に出会えると良いのう」

「待つことに飽いた私には、非常に辛い話ですよ。一体いつまで罪を重ねればいいのか」

 

 彼女は大袈裟に力を抜いて、ため息をついた。

 

「そもそも、私は人を救わぬ故か。どうしたら救われるというのが分からぬのです」

 

 自分を助ける努力はした、自身を救うことに関して、努力してきたつもりだった。

 だが、彼はある日気づいたのだ。

 自分は誰も助けていなかったのだと。

 助け合いが出来ない人を、誰が助けようと思うのだろうか?

 

「そして師も、救いのある人ではない。最早、師が人を救うことはない故に。その本性は御見通しだ、無限才。そして。既に亡き、名も無い画家よ」

 

 そもそも手を差し伸べる人は居る、だが全部が欺瞞に満ちていた。

 それで救われる人は幸せな人間だろう。

 しかし、自分は目前の欺瞞に気づかずにいられない。

 

「永遠に変わらない作品と言えば聴こえは良いが、それだけだ。昔に完成されているが故、時代が変わり往くのに一切更新されることもない。今や既に。何の価値もない」

 

 目の前の人は人でなく、念によって作られた人形だったのだ。

 過去の修行者によって作られた“死後に強まる念“。

 その発の名を“冥府山水図”という。

 

 

「成程のう」

 

 目の前の画は、満足そうに頷いた。

 

「とはいえ誰かに会えば、それで人生が終わるとも思ってはいるまい?」

 

 そこで、彼女は答えに窮する。

 

「まさか。でしょう。私はただ、必要なことをしているだけです」

 

 運命の王子様が現れても、現実はハッピーエンドで終わらない。

 物語は続くよどこまでも。

 そこに、師から与えられた”何故生きるのか”という禅問答。

 

 何より人生に価値はない。

 死にたい者は生まれるべきではない。

 生きたい者は生きる資格がない。

 

 彼女の出した答えは、自分の人生が未だ始まってすらいないということ。

 そのために誰かを必要に思っているのだ。

 

「ともかく師よ。これまでの寝床に関して、感謝している」

 

 分からないが、恩義に関しては感謝する。

 受けた恩義は返さなければ、気が済まない。

 彼女はそれが、見知らぬ誰かに繋がると信じている。

 

「返せる物はないのが残念だが。本当に、今まで世話になった」

「気にせずとも良い。儂には、お主を救うことはできぬかったのだ」

 

 そうやって、彼女は支度をする。

 荷物はほとんどないが、軽装備での登山は手慣れたものだ。

 衰弱し切った彼女でも、人里に降りる程度は容易い。

 

「最後になるが。師はいつまで今世に留まるおつもりで? 既に機能は失われて久しいというのに?」

「さあのう? 儂は求められる限り、不滅である故」

 

 ホッホッと深く笑い声を上げる。

 自分の意義がないというのに、好きに自殺することも容易いのに。

 彼は現状もまた良しと笑っていた。

 

「しかし、お主は違う。お主は自分の灯火(にくしみ)を消す日が、必ずやってくる。それは儂が約束しよう」

「それは、楽しみです」

 

 彼女は口を手で隠し、ゆっくりと頷く。

 そうして畏まり、深く礼をする。

 

「さようなら。この出会いに、感謝を」

「うむ」

 

 この後、彼女は外の世界において運命の出会いをすることになるが。

 彼女はまだ、運命を知らない。




*芽森和音(めもりかずね)*
後にルナールやハカセと呼ばれることになる人間が、最初に“発“を行使した後の姿。
この段階の能力は最低限の完成度しかないため、身体能力が大幅に低下しており。
念能力者としての彼女は最底辺クラスである(それでもM・バイソン程度には強いが)。
本人曰く、山道で死んだ女の身分を借りているらしい。
俊足。

*死なない殺人鬼(キャンディマン)*
彼女の真なる “必殺技”(の一つ)。
“発”の応用技で、体内の微生物に干渉する。
彼女にとっての微生物は原初の母であり、永遠なる隣人である彼女たちをコントロールするのは必然の課題だった。
この時代の彼女なら、GBと通信ケーブル、たまごっちのカセットがあれば育成可能。

*冥府山水図(めいふさんすいず)*
はるか昔に存在したという、偉大な教えの開祖を模した念。
彼に魅入られた無名の宗教家が、生涯を賭けて作り上げた傑作。
その教えは不変であり、今も魅入られる者は絶えない。
憑代である壁画が消失すると共に滅する。
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