ブレイヴの猛攻を前に防戦一方といった戦況を覆せずにいるガンダム。例えその機体が太陽炉搭載型という異質の性能があろうとも、今はこの様だ。そして試合の内容からIS委員会の意図を理解する者達も少なからずいる。
――――ガンダムは倒せない存在ではない。
圧倒的な能力を見せつけてきたガンダムであろうと、それ以上の力をぶつければ倒せる。それが今、観客達の目の前で確かな事象として証明された。
被弾し、吹き飛ばされ、地面を転げ回る。必死になって撃墜を免れようとするその姿は無様な事この上ない。ガンダムという偶像の神話は今日を以て終結する。否、終結しなければならない。その為にも早々に諦めて敗北を認めればいいというのに、ガンダムはそれを良しとしない。両者の実力差は明確、観客すら理解し始めたそれを感じれない程に愚かだというのか。
ケルディムは右手に新しく持ち変えたGNスナイパーライフルⅡの三連バルカンモードで弾幕を張る。あれから三分が過ぎ、機体は既に満身創痍だ。各種ダメージで火花が発生している部位も出ている。この試合以降しばらくの間は使えないだろう。
(トランザムは……一分が限界か)
撃墜判定を回避する為に、相応の粒子を消費していた。トランザムを使用すればその限界と共にケルディム自体も使用不能に陥るだろう。そうすれば残りをアリオスだけで耐える必要がある。
(どちらにしてもケルディムは限界が近い……直に落とされる。俺に選択の余地は無い)
ケルディムがトランザムを使用した。トランザムを使っても半分も時間を稼げないという事実に刹那は危機感を抱いていた。そして他にも懸念は生まれている。
(ブレイヴのデータを使用しただけでこれ程に化けるのは明らかに不自然だ。……篠ノ之束、一体何をした?)
織斑千冬の実力が高いというだけで、この結果は出る筈が無い。専用機持ちが特別視されるのは限られた存在というだけでなく、稼働時間の増加による操縦者のデータ蓄積の面もある。そのデータをも利用し、ISは操縦者に適した進化を行う。
(あのISコアは操縦者のデータを集めきった? だがそれには稼働時間が足りない……!)
己の考えを即座に否定し切り捨てる。しかし刹那はこの件についてもっと考慮するべきだった。天才と呼ばれる者達、彼等の発想はいつの世でも常人には理解出来ない代物だ。CBの創設者イオリア・シュヘンベルグがそうであった様に、ISを生み出した篠ノ之束もその同類……紛れもない天才なのだ。その彼女が親友に渡すISをただ高性能なだけの機体に仕上げる筈など無いというのに、刹那はそれを見落としていた。
「――――この程度か?」
トランザム中のケルディムの猛攻、それをいなしながら千冬が喋る。この戦況は機体性能云々の話では無い。シールドを持たずサイドバインダーをディフェンスロッドとして扱わなければならないという都合上、ブレイヴという機体は一発の披弾が大きな影響にまで発展する危険性を有している。それにも関わらず、ここまでダメージと呼べる被弾を受けずにいる千冬の技量はやはりずば抜けている。
「俺に何を期待しているのかは知らないが……!」
「互いの機体も場所も異なるが、私は無意識にこの試合を待ち望んでいた……!」
急加速で一気に距離を縮めて肉薄したブレイヴの蹴りがケルディムの右腕に当たる。その衝撃でGNスナイパーライフルⅡが地面に落ちる。刹那は即座にドライヴ側面にマウントしていたGNピストルⅡを引き抜くとビームを撃ち込んだ。しかし、当然の様にブレイヴに回避される。
「訳の分からない事ばかり!」
一方的な試合展開に加えて千冬の意図が読めず、溜まりに溜まったフラストレーション。それを発散する為に発した刹那の一言は千冬の地雷を勢い良く踏み抜いた。そして刹那に追い討ちをかける様に、このタイミングでトランザムが限界時間に達する。
「燻ったままの火種を抱えたままで、先には進めない。凍った時計の針を動かすには誰かしらの手が必要な様に、私がこの先を歩む為にはお前との戦いを乗り越えねばならない。自身の心から目を逸らしていたが、あの日からずっとわかっていた……!」
トランザム終了直後の明確な隙を突く形で、再度ブレイヴがケルディムに肉薄した。刹那に言い聞かせる様に喋りながらも、躊躇無く振るわれるビームサーベル。それはこれまでブレイヴには無かった相手を撃墜せんとする意志が含まれている、この試合で最も鋭い一閃。
「うぐっ!」
ギリギリのタイミングで防御は間に合うが、衝突時の勢いは殺せず地面に叩き付けられる。駄目押しとばかりにドレイクハウリングでの追撃が放たれた。落下の衝撃でケルディムは動けない。残っていたシールドビットを操作し防ごうとするが、千冬はそれを見越してか高出力モードのビームを選択していた。
(ビットの粒子残量が足りない、耐えられないか……!)
拮抗は崩れ、シールドビットは爆発した。多少威力は衰えながらもビームはそのままケルディムに直撃する――――事は無かった。
「なっ……!?」
「減衰してこの威力というのは凄まじいな。シールドが半壊したぞ……!」
ブレイヴとケルディム、この二機の間に割り込んだ存在があった。鎧武者を思わせるその機体の名は、サキガケ。それともう一機、打鉄弐式がブレイヴに後方から攻撃を行いながら登場する。
「……予想通りとは言え、奇襲攻撃が当たらないとか理不尽にも程がある」
「それは今更だな、更識」
「お前達、何故出て来た!? 相手は織斑千冬だぞ!!」
マイペースに会話を続ける二人に刹那は珍しく感情的に怒鳴るが――――
「それくらい知っている。刹那、お前は私達を甘く見過ぎだ」
「撃墜寸前だった人に発言権は無いから」
「…………」
――――助けられた身として、それを言われてこれ以上の反論は出来なかった。刹那は大人しく機体をアリオスへと変更する。今回GNHWはミサイルのみ装備、威力よりも手数を重視しGNキャノンではなく両手にそれぞれGNツインビームライフルを展開した。
「時間はどれくらい必要なんだ?」
「六分」
「……長いな」
この場面で刹那が未だダブルオーを出さない理由は一つしかない。その調整が完了していないのは箒と簪も理解している、そしてこの状況から自分達がすべき事も。
「私達二人が矢面に立つから貴方は後方から援護して」
「……正気か?」
「悪いけど長くは保たない」
「だとしても有り難い。助かる」
一国の代表候補生が自ら自己犠牲に出る。それが意味する事を理解しているが故に、刹那は二人に対して素直に感謝を述べた。
「試合中だ。お喋りはそれ位にしてもらおうか」
箒と簪の乱入で冷静になったのか、それとも刹那達三人の会話に耳を挟み思う所があったのか、千冬は幾分か落ち着いた口調で言葉を告げる。
「教え子といえども敵として私の前に立ち塞がる以上、容赦はしない。覚悟は出来ているか?」
「無論です」
「窮鼠猫を噛む。織斑先生こそ自分の実力に過信しない方が良いのでは?」
「お前達の威勢は買うが…………三人揃えば私に勝てるとでも思ったか? 甘く見られたものだ」
千冬からの問いに答えた箒と簪が感じたのは、自分達に向けて放たれた圧倒的強者からの重圧。それは敵意やプレッシャー……様々な言葉に置き換えれるモノだ。ましてやその発生源は生きる伝説『ブリュンヒルデ』だ……対峙する二人の背中に冷や汗が流れるのは当然だろう。
「――――相手を甘く見てるのはどっちだ……!!」
千冬の言葉は刹那に否定される。
「時間稼ぎをしたいこちらに合わせて随分と悠長に会話を続ける上に、中学出たての小娘を相手に敵意を向ける……随分とらしくない行動だな。――――だが、よくよく考えればアンタと比較すれば大抵の相手からのプレッシャーには動じなくなる。自分だけでなくコイツら二人の『先』を考慮でもしたか? どうやら現役を引退して甘くなっ……失礼、それは元からだったな」
「…………」
千冬からの返答は沈黙。そして沈黙は肯定と取られる。本来ならシリアスであろう千冬と刹那のやり取りだったが、事の詳細を知る箒と簪の感想はと言うと……
(お前が言うな)
(自爆乙)
彼女達の目には巨大なブーメランが刹那に突き刺さっている姿が見えた……無論、それは幻想なのだが。実際この二人の行為に隠された意図は五十歩百歩で大差無い。しかし、その被害というか対象先の二人にとっては小さな親切巨大過ぎるお世話である。
「各機散れ、眼鏡は今送った指示の準備をしろ!」
「……これを正気で? というか時間稼ぎは私たちがメインで――――」
「お前達はこのまま舐められっ放しでいいのか?」
「それは……」
「…………」
「そういう事だ。それに俺個人としても事情が変わった」
千冬の意図には含まれていないのだろう。だが今のその姿はまるで自分へ警告をするかの様な写し鏡にしか刹那には思わずにいられなかった。
「ところで刹那……私は?」
「落とされなきゃ十分だ」
「地味に難易度の高い要求をして……!」
連射が利くGNツインビームライフルを撃ちながら、アリオスはブレイヴを追い回す。二機は途中で変形を行いながら空中を縦横無尽に駆け巡る。だがこのドッグファイト、可動式のサイドバインダーによって変形中であろうと前後に攻撃可能なブレイヴの方が圧倒的に有利となっている。今もアリオスが放ったGNミサイルがブレイヴのGNキャノンに撃ち落とされた。現状のブレイヴは変形中、サイドバインダーは機体後方を向いている。
「ミサイルなど無駄だ」
「だろうな、予想していた。が……」
そう言うと同時に刹那は合図を送る。
「……前後の対応は優秀でも機体側面だと話は違うよなァ! ブリュンヒルデさんよォ!!」
「正気か!?」
――――狙いは対応の弱い機体側面からの面制圧。
この攻撃を成功させるには幾つかの要因が必要になる。その中でも特にクリアしておくべきなのはブレイヴに山嵐を迎撃させない事だ。その為に変形中の機体側面から攻撃するわけだが、次の問題が出現する。どうやってその状況にまで追い込むかという点だ。その解答は当然今し方行われているドッグファイトなのだが、そうなると更に問題点が生まれる。付かず離れずの距離を維持していれば、面制圧を行う際にその機体も味方の攻撃に巻き込まれるのは必然。仮に途中で離脱すればブレイヴに迎撃の機会を与える事となる。千冬はこれらの事を全て踏まえて刹那の正気を疑った。
「テメェのソレは直感と経験に基づいている。つまり超反応とは違う! 経験のまるで無い可変機でのミサイルへの対応、いつボロが出てもおかしくねェ!!」
「貴様、何が言いたい……!」
「反応速度だけでは不十分って事だ! 眼鏡!!」
そう叫んだ瞬間、打鉄弐式が瞬時加速で二機との距離を縮めると間を置かずに山嵐を発射した。放たれたミサイルの雨は二機を次々と襲う。
「この程度の攻撃!」
ミサイル系列の誘導を撹乱する為に用意されていた二発の特殊グレネード。それを脚部から撃ちながらブレイヴは巡航形態のまま機体を加速させた。その優れた加速性能で一時的にミサイル群との距離を空けると真逆の行為……人型への変形からの急制動をブレイヴは行った。それも平行してトライパニッシャーのチャージをしながらだ。
(偶然にしては出来過ぎだろうが……!)
自身に迫り来るミサイルをいなしながら千冬の対応を見ていた刹那は、目の前で行われている光景に愚痴の一つでも言いたくなった。この先の流れは分かりきっている――――
「あれを迎撃した!?」
――――トライパニッシャーの掃射で一カ所に集まってきたミサイルを一網打尽。並の人間では到底行えない荒業だ、簪が驚くのも無理はない。だが……。
「アンタを落とせずとも、これで身体には相応の負担が掛かったはずだ」
「私の動きを少しでも鈍くする、それがお前の本当の狙いか……!」
「勝手に納得してろ!!」
人型に戻ったアリオスがトップスピードを維持したまま、トライパニッシャーを撃ち終えたばかりのブレイヴにビームサーベルを振るう。今回はカウンターで斬り伏せられる事は無かった。
「これまでと明らかに動きが違うか、面白い……!」
「そういう態度が……相手を甘く見てるってんだよ! 女ァ!!」
鳴り響いたままの警告音。それはガンダムへの反応だけでは無かった。アリオスとは正反対に下方からブレイヴへと襲いかかる機体があった。
「篠ノ之か!?」
スラスターやビームサーベルといった出力を箒は自身が扱えるギリギリまで引き絞った。稼働時間を犠牲に、一時的に性能を上げたサキガケは放たれた矢の様に一直線にブレイヴまで突き進む。
「おおおおっ!」
相手への威嚇か、自身への鼓舞か、それとも無意識になのか……雄叫びを発しながらサキガケがついにブレイヴに肉薄する。そして三機が一瞬だけ交差した後、爆発が起きた。空中に発生した煙の中からアリオスとサキガケが飛び出てくる。だがその二機にダメージは見当たらない。
「くっ……! すまない刹那、あの射撃武器にしか当たらなかった!!」
「いや、上出来だ」
「とりあえず一矢は報いた。次に備える」
予備のドレイクハウリングは当然あるだろうが、無傷なのとそれを引き出すのでは雲泥の差だ。しかし三機掛かりで武器一つ、それも内二機は機体の目玉を使用してもこれだ。篠ノ之束はとんだ怪物を生み出してくれた。だが付け入る隙はあった、その結果が今の状況である。
「理由は知らんが向こうは俺だけを意識し過ぎだ。視野が狭まっていた」
視野が狭まる程の精神状態。ブリュンヒルデと呼ばれる女傑にしてはらしくない、とも思う。
「……それでもあのタイミングで私の攻撃は直撃を避けられた。信じられない反応だ」
「というかさっきから『眼鏡』とか『女』とか私達を変な風に呼ぶのは何なの?」
「それに口調も安定していないしな」
「気が向いたら教えてやる。……煙が晴れるぞ」
三機で取り囲む様にしていたその中央、ブレイヴはそこから動かずにいた。武装の破壊で発生したダメージは微々たるもので、シールドエネルギーは殆ど減少していなかった。煙が引き、その身を再び現したブレイヴはドレイクハウリングのグリップ部分を放棄。そしてビームサーベルの柄を収納すると新たな武器を両手に展開する。
「随分と物騒な代物を……!」
ブレイヴの展開した武装を確認すると、刹那は思わず毒突いた。
「あれはそんなに危険なのか? 普通の武器にしか見えないが」
「知ってるなら説明して」
箒と簪にその危険性を伝える為、刹那は要求通りに説明を行う事にした。
「二人共あの武器とはまともに打ち合うな。『シラヌイ』に『ウンリュウ』。……太陽炉搭載機が扱う実体剣としては最高峰の性能を誇っている。その威力は洒落にならん」
「それ程になのか?」
「俺達の使うビームサーベル程度なら、正面からビーム諸共斬り裂かれて撃墜するのがオチだ」
「……は?」
「なにそれ怖い」
刹那はこの様な状況下で冗談の類を言う人間ではない。それを理解しているからこそ、箒と簪は刹那が発した言葉に衝撃を受けた。
――――そんなに性能の良い武器があるのなら、自分が使え
――――織斑千冬に刀剣……鬼に金棒ってレベルじゃないんだけど
こんな感じの感想が二人から向けられる視線に込められていた様な気はするが、それらは些細な事だと刹那は判断を下す。残り時間は四分。怪物がそれに見合った武器を持った今、こちらもそれ相応の手持ちの札を切るしかない。
「だから援護は考えなくて良い。回避を最優先にしろ」
「それじゃあ私達が来た意味が……」
「お前達は十分役目を果たした。この先身体を張るのは俺の番だ――――トランザム!」
トランザム特有の赤い光を身に纏ったアリオスがアリーナ上空を駆ける。とは言え、接近する様な愚を刹那は犯さない。知識を持つが故にブレイヴの武器、その危険性をこの場の誰よりも理解しているからだ。素の機体スペックでは機動性、加速力共にアリオスがブレイヴに劣っているのを肌で感じた。その差を埋める為にトランザムを使用したのだ。向こうがトランザムを使用した場合かなり厳しいのだが、恐らくそれは無いと睨んでいる。
(……理由は不明だがダブルオーに執着しているからな)
途中で撃墜されかけたり凶悪武装を展開したりしているが、向こうにも思う所はあるのだろう。そう考えなければブリュンヒルデの相手などやってられない。というかダブルオーに執着する人間は何処かのブシドーだけで十分だ。
(…………まさか、な)
仮に。あくまで仮にだ。――――自分の他にも機体の影響を受ける人物がいたとしたら?
(何を考えているんだ俺は……!)
それに今は思考を割くべきではない。幸いブレイヴはビームサブマシンガンの回避に専念していて攻めて来ないが、いつ反撃が始まるかわからないのだ。
「考え事は終わりか?」
「ええ。誰かさんがその隙を見逃してくれたので」
刹那が戦いに集中出来ていなかったのは千冬にしっかりと見抜かれていた。
(どうもこの試合はやり難い)
残り時間は三分。邂逅の時は刻々と近付いていた。
お久しぶりです。00R登場かと思った? まだでした!
この程度の文量で三週間以上掛かるとか笑えないね。けど今回も地味に難産でした。
感想欄で大人気のマスラオ・スサノオは武器だけ出演。
他にも色々と布石らしきものを書きましたが、それらの詳細は追々という事で……。