葉城要塞または葉城雅樹と言います。
この度、こちらの作品をパスワード限定公開から全体公開に変更し、また連載物とするために改めて投稿させてもらいました。
自身の作成しているオリジナル曲と連動した小説になっています。
こちらの「春」を無くした世界の方は楽曲を後日投稿させてもらう予定です。
それ以外の作品は同時投稿を予定しています。
また、こちらの作品のタイトルは泥人形さんから頂きました!
ありがとうございます。
前編
それは突然の事だった。ある日起きたら世界が一変していた、なんて言うのはよくあるファンタジー物の始まり方だけど、それが自分の身に降りかかるとは考えてもいなかったのだ。
そう、その日俺、
「春華、おはよう」
俺がその変化に気づいたのは、生まれてから十八年もの間共に過ごした幼なじみに、学校の校門でいつものように挨拶をした時の事だ。その時彼女の口から出てきた言葉に、俺は耳を疑った。
「何馬鹿な事言ってるの、ハルくん。私の名前は
「……え?」
「あ、トウカだ。おはよー」
「おはようございます、トウカさん」
俺が事態を理解できない間に、彼女の周りには友人がやって来て、ごく当然の様にトウカと呼び掛けている。
「一体どうなってるんだ……?」
「おはよう、甘利。どうかしたのか?」
困惑する俺の元にも友人が話しかけてくる。
ちょうど良いと思って、俺は実際の名前がトウカなのか春華なのかを確かめるべく尋ねた。
「おはよう。いや、こんなことを聞くのもなんなんだけどさ、お前利根川の名前覚えてるか?」
「え、そりゃ……
「ああ、そうだな。変な事聞いて悪い。とりあえず教室行こうぜ」
この頃になると、俺もようやく冷静になってきて、教室に行って名簿を調べるという発想に思い至っていた。
「……『
教室で、出席簿を見た俺の目に飛び込んできたのは、やはり「冬華」という名前でしかなかった。
理由は分からないが、昨日まで「春華」だった幼なじみが、今日になって「冬華」という名前に変わっていたのだ。それこそ、名簿などの不変的な記録を含めて完全に書き換えられていた。さらに、周りはその事に全く違和感を覚えていないらしい。
言ってしまえば、世界の改変とでも言うべき何かが、昨日俺の寝ている間に行われたということになる。俺が気づいたのが、春華の名前のことだっただけで、それ以外にも何かが改変されてる可能性もある。
「訳が分からないが、とりあえず一人で調べるしかないみたいだ」
他に違和感を抱いているという人を探すという手もあったが、何が起きてるのか分からない以上、周りに変だと思われないように動く必要がある。こうして、世界の改変に取り残された俺のたった一人の戦いが始まった。
そうして、一週間ほど調べると、様々な事実が分かった。
まず、最も重要な事実は、「春」という季節の消失だろう。様々な書物やインターネットの文献で調べてみたが、どこにも「春」という言葉は存在しなかった。それどころか、「春」という漢字自体が消えていた。
季節は夏、秋、冬の三つしか存在せず、「春一番」という言葉は「夏一番」に置き換わっていたし、本来春に咲くはずの花はそもそも花をつけない植物へと変わっていた。タンポポは花を咲かせることなく綿毛をつけ、桜はどの木であっても、初夏にさくらんぼを実らせるらしい。
「春華」が「冬華」になったのも、この改変の影響だろう。
次に重要な事実は、「春」という季節を覚えている人間が俺だけじゃなかったことだ。インターネットで調べてみると、少なくとも改変が起きた日には、何人かが「春」について書いたり話したりしている様子が見受けられた。無論、漢字が消えていたので専ら「はる」や「ハル」という表記ではあったのだが。俺は可能な限り、「春」を覚えている人間にコンタクトを試みた。しかし、コンタクトが取れなかったり、取れたとしても既に改変されてしまった人間が多く、「春」の認識を共有出来たのは三人に留まった。
最後に一番切迫している問題は、俺の存在が消えかけていることだろう。最初にその事に気づいたのは、改変の翌日だ。ある程度親しく、お互いに名前で呼び合う関係だった友人の一人が、俺の名前を忘れていたのだ。俺の名前は改変以後「春」から「ハル」に置き換わっていたが、それでも普段通り「ハル」と呼ばれていた。しかし、その友人を皮切りとして、俺の名前を忘れる人間が増えていった。忘れた人に改めて名前を教えることも試みたが、定着することはなく、その努力は徒労に終わった。今となっては、俺の名前を覚えているのは家族と、春華くらいだ。そしてとうとう今日、最初に俺の名前を忘れた友人が俺の事を完全に忘れてしまった。この調子だと、俺の存在が完全に消えてしまう日も遠くないだろう。
だから、俺は決意した。この改変に抗う事を。「春」を無くさせる訳にはいかない。「春華」が「冬華」になってしまうことを認めない。どうせこのまま消えるくらいならば、最後に抗って解決を目指した方が生産的だ。まずは、数少ない「春」を覚えている人に会いに行くことにした。改変を止められなければ、生まれ育ったこの街に帰ってくることは出来ないだろう。だからこそ、お別れをしておかないといけない。
「ごめん、待った?」
「いや、俺も今来たところ」
旅立つ当日の朝、「春」の象徴でもあると言える桜の木の下に、俺は春華を呼び出した。
「それでハルくん、用事って何?」
「これは俺の親にも言ってないことなんだけどな、少しこの街を出ようと思う」
「……えっ、それって家出……?」
「そんな大げさな事じゃないさ。ちょっと人に会ってくるだけ、それが終わったらまた帰ってくる」
嘘は言ってない。嘘は言ってないが、真実を全て伝えている訳でもない。仮に真実を伝えたとしても信じてもらえないだろうが、それでも春華を騙すのは心苦しかった。
「ほんとに……?」
「ホントだって」
「いや、嘘だ。さっきからハルくん、ずっと私と目を合わせてくれないもん。普段はそんなことないのに、ここ一週間くらいずっとおかしいよ。ねぇ、もし何か悩みがあるなら私に相談してよ。力になれるかは分からないけど、話くらいなら聞けるよ」
見透かされていた。そして、春華が目線だけで俺の異常を察した様に、俺も春華が抱いている不安を声色だけで感じ取る。当然だ。生まれてこの方、ずっと一緒に過ごしてきたんだから。
俺と春華は、共に春に生まれた。家が近所で、さらに親同士も元々付き合いがあった為に、物心付く前から一緒に遊んでいた。流石に中学生になってからは多少は距離があったが、それでも気の置けない関係で、お互いに腹を割って話すことのできる間柄だった。
「やっぱりお前に隠し事は出来ないな……実を言うと、帰って来れないかもしれない。今からやることが上手くいかないと、俺はいなくなるかもだ」
そう言いながら、俺は今日初めて春華の顔を正面から見る。俺の予想通り、彼女の表情はいつもと変わらず、明るさを感じるものだが、手は服を掴みプルプルと震えていた。緊張していたり、不安な時に服を掴むのは彼女の癖だ。
「嘘……じゃないんだよね。そんな危ないことやめてここに居ることはできないの?」
「悪い、どうしても行かないと。俺しかいないんだよ」
「そっか……そこまで言うなら私は止めないよ。でも約束して、必ず上手くやって帰ってくるって」
そう言って春華は小指をこちらに差し出す。実際のところ、成功する可能性が未知数な挑戦だ。だから、こんな約束を結ぶのは無責任なのかもしれない。だが、俺には応じないという発想はなかった。この約束の為に必ず成功させよう。
「この桜の木に誓う、絶対に帰ってくる」
そう言って俺は小指を差し出し、春華と指切りげんまんをした。子供っぽいかもしれないが、昔からこれが俺たちの約束だった。それを終えた瞬間、温風が桜の木を揺らし、その果実を地面に落とした。今はまだ四月の頭。本来ならこんなに暖かい風が吹くわけもないし、桜がまだ咲いている時期だ。変わってしまった世界で俺はその風景を思い出すように、最後の話をする。この言葉がきっと、春華の中に俺の存在を残してくれると信じて。
「そうだ、春華。桜の花を知ってるか? 桜の花は――」
いかがだったでしょうか?
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後編は明日にでも公開予定ですので、そちらもよろしくお願いします!