世界から季節が消えるまで   作:葉城 雅樹

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という訳で第三話です。
ですがいきなり時系列が飛びます。
後編で種明かし予定なのでよろしくお願いします。


桜吹雪ナイトフェスティバル(shall we dance?)
前編 退屈なこの街に春が来て


 僕は「春」という季節があまり好きではない。

 理由はただ一つ、うるさいのが嫌いな僕にとって、祭りや行事の多いこの季節は悩みの種でしかないからだ。

 

「明、話聞いてた?」

 

 前の席に座ってた少女が僕に話を振る。どうやら、考え事をしていたせいで彼女の言葉を聴き逃したようだ。

 

「あ、ごめん。ぼーっとしてた」

 

「もー、しっかりしてよね。ずっとこんな調子だとボクも心配だよ。お姉ちゃんがいなくて生きていけるの?」

 

「流石にそこまでじゃあないよ。それに美桜ねぇの方こそ僕は心配だね。そのおっちょこちょいな性格はいつも見ててハラハラする」

 

 お互いに気兼ねすることなくものを言い合えるのは、僕達が、いわゆる幼馴染みであるからだろう。彼女――甘利美桜(あまりみお)と僕――利根川明(とねがわあきら)は、はとこである。年はふたつ離れていて、僕にとっては姉のようなものだ。そして、家も近いから、生まれてからこうして一緒にいることが多い。とは言っても、今いるのは家などではなく、近くのファストフード店な訳だが。

 

「それで、なんの話?」

 

「そうそう、祭りの時に着る服の話なんだけどさ。どんな服にしよっかなーって。桜だからそれっぽい和服にするか、クール風な洋服にするか、それとも奇をてらって宇宙人みたいなファッションにするか悩むんだよねぇ」

 

「美桜ねぇならどれでも似合うだろうし、好きなものにすれば良いと思うよ」

 

 いわゆる身内びいきと言うやつかもしれないが、美桜ねぇは美人の部類に入ると思う。特に眼には人を惹きつける力があると思う。緩めている時の可愛さも、締めた時の力強さのギャップに惹かれる人間は恐らく多いだろう。

 

「明に聞いたボクが馬鹿だったよ、仕方ないから他の子に聞いてくる」

 

 ため息をついてから彼女はそう告げ、席を立つ。そして、思い出したかのようにこちらを向いてそう言えばと切り出す。

 

「祭りは来るよね?」

 

「行くわけないだろう。僕がああいうの嫌いだってことくらい美桜ねぇも知ってると思ってたけど」

 

「もちろん知ってるけどね、明がいない祭りなんてつまんないし、当日は迎えに行くよ」

 

「勘弁してくれ……人混みは嫌いなんだ」

 

「まあまあ、とりあえず迎えに行くからそのつもりでね!」

 

 そう言って、美桜ねぇは店を飛び出して行った。それにしても厄介なことになってしまった、美桜ねぇは一度言い出すと聞かないタイプだ。去年も同じことになったから、流石に僕も学習している。観念して用意をしておくしかないな、と思いながら僕も席を立った。

 

 

 

 

 ボクは「春」という季節が好きだ。

 理由はもちろん、いつも退屈なこの街らしからぬ賑わいがあるからだ。とは言っても別に生まれ育ったこの街が嫌いって訳じゃない。ただ、どうしても田舎なために娯楽が少ないのだ。だからこそ、この時期はテンションが上がる。普段から高いと言われたりもするが、ハイテンションになっているのはこの季節位のものだ。

 まあ、自分の名前に「桜」という漢字が使われているというのも理由の一つではあるとは思うのだが。

 この街で桜の咲く頃に夜通しで開かれる祭り、「桜吹雪ナイトフェスティバル」は全国的に有名な祭りで、街の経済を潤している。聞くところによるとボクのばあちゃんとじいちゃんが始めた祭りらしい。

 何で祭りを始めたかと言うことについて以前聞いたことがあるが、二人ともお茶を濁して、ハッキリとした理由を聞くことは出来なかった。

 まあ、それはそれとしてボクが「春」を好きという事実は変わらない。前にじいちゃんとばあちゃんにその事を伝えたら、二人ともすごく嬉しそうにしていた。恐らくその辺が祭りを始めた理由なんだろうけど、ボクはそこまで察しが良いわけではないので詳しくは分からなかった。

 

「それにしても……今年は明をどうやって連れ出そうかなぁ」

 

 ボクの幼なじみの利根川明は、イベント事が嫌いだ。本人曰く、人混みが嫌いとの事である。

 幼い頃はそうでもなかったが、確か5年前くらいから、あの手この手でイベントを避けようとする彼を何とか連れ出そうとしている。

 去年はじいちゃんとばあちゃんに頼んで、半ば強制的にお手伝い係として参加してもらったが、さすがに今年も同じ手は通用しないだろう。

 さっきの強制的に話を切り上げて断るタイミングを逃させるというのも作戦の一つではあるが、そんなに上手くいくだろうか?

 

「……うーん。ここは直球で攻めようかな」

 

「ああ、美桜。帰ってたのかい」

 

「あ、じいちゃん」

 

 どうやら独り言が聞こえていたらしい。結構大きな声で話していたのだろうか……

 

「明くんかい?」

 

「そうそう、今年はどうやって連れ出そうかなと思って。一回ストレートに迎えに行くって言うのも手かなー」

 

「嫌がってるのを無理に連れていくのはあまり良いことは思えないんだがなぁ……」

 

 じいちゃんの言うことは正論である。とは言え、ボクは明と一緒に祭りに行きたいのだ。これはそう、決定事項というやつだ。

 

「それでもボクは明と一緒に祭りに行きたいんだよー」

 

「美桜もほんとに変わってるなぁ……別に付き合ってるわけでもないんだろう?」

 

「そういうわけじゃないよ。うーん、ちょっと違うけどなんて言えばいいのか分からないや。とにかくほっとけないって言うか……」

 

 ボクが自分の感情を上手く整理できずうんうんと唸っていると、じいちゃんは確信を突く質問をしてきた。

 

「じゃあ仮に、明くんに他に一緒に祭りに行ってくれる女の子がいたら美桜はどうするんだい?」

 

「えっ……それは…………」

 

 その質問にボクは思わず口篭る。けどそれは、今まで目を逸らして来た事であり、いずれ向き合わないといけないことかもしれなかった。

 明に別の相手がいたら。ボクにとって彼はいわゆる世話のやける弟感覚で接していた為にそんなことは考えもしなかった。いや、考えてもありえないと切り捨てて来たのだ。

 

「彼ももう中学生だし、そういう話の一つや二つ出てくるんじゃないか? 明くんもいわゆる美男子と言うやつだしね」

 

「……うーん、分かんなくなってきたよ。じいちゃんの意地悪」

 

 ボクが拗ねたようにそう言うと、じいちゃんは昔を懐かしむような視線でぽつぽつと語り始める。

 

「これは老人からのお節介だがね、あまり答えを先送りにし過ぎると絶対後悔するんだよ。美桜はきっと答えを出すのは明日で良い、次考える時で良いって考えてると思うけど、その次がちゃんとやってくる保証なんて何処にもないのさ。実際じいちゃんは何年も待ったもんさ」

 

 そう言って遠くに目をやるじいちゃんの姿からは、孫には同じ道を歩んで欲しくないという思いが感じられた。

 

「よく分からないけど、とりあえずちゃんと考えてみることにするよ」

 

「それが良い、ちゃんと考えてから行動に移した方がきっと良いさ」

 

 そう言って微笑むじいちゃんに笑みを返して、ボクは自分の部屋に戻っていく。さあ、脳内会議の時間である。

 部屋に着いたボクはさあ、始めようと意気込んで引き出しからノートを出す。本日の議題は、突如発生したこの謎の感情の特定、そして明をどうやって祭に連れていくかの二つ。一人ぼっちの作戦会議、スタートだ。




ここまで読んでくださってありがとうございます。
後編はこの作品の元ネタとなった自分のオリジナル曲と同時投稿をしようと考えています。
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