とうとう迎えた祭当日。夕方になると家を出ると、当然のことではあるが街は人で賑わっていた。
「相変わらず千客万来大盛況ってやつだね……」
思わず漏れた独り言の語感の良さに意味不明なテンションをしているボクは一人で笑いそうになるものの、流石に引かれるかと思ってその笑いを堪える。ただでさえ目立つ格好をしているのだ。そんな状況で笑い始めたら狂人にしか見えないだろう。
今日のボクのファッションはわざと露出多めである。袖なしのジャケットに相当短いスカート。桜との親和性を意識して和テイストではあるものの、露出が多すぎてぶっちゃけ少し寒い。まあこれが今回の作品のキモなのでこれを変える訳には行かない。
と、考え事をしているうちに明の家に着いた。
「あきらー、祭り行くよ!」
窓の外から彼の部屋に向けて呼びかける。その呼び掛けに対応するように窓が開き、明が少しだけ顔を出す。
「美桜ねぇ、今年こそは行かないからな。何度も言ってるけど僕は人混みが――」
そこまで言ってから、明は話すのを止めて目を見開く。そして少し頬を赤らめながら大声で叫ぶ。
「って、なんて格好してるんだよ!?」
「だって、あの時ちゃんと相談に乗ってくれなかったし〜 ボクがどんな格好しようがボクの勝手でしょ?」
「それはそうだけど……って、そういう事じゃなくて!」
「とりあえず先に行ってるから、後でいつもの町桜の下でねー!」
そう言って一方的に話を切ってボクはこの街で一番大きな樹である「町桜」に向かって駆け出していく。恐らくこのやり方なら明も追いかけてくるに違いない。作戦成功だ!
くっそ、完全にやられた。今年こそは祭りに行くまいと思ってたのに。あんな格好で飛び出した美桜ねぇを一人で置いておく訳には行かない。「桜吹雪ナイトフェスティバル」には地元の人以外に客が大量に来る。何せ美桜ねぇは、性格は癖が強いもののかなりの美人である。一人でフラフラ歩いていたら変な男に捕まるかもしれない……
「春さんはこれに対してなんも言わなかったのか……? いや、あの人のことだ。僕が放っておけないこともわかった上で何も言わなかったんだろう」
思わずついても意味のない悪態をついてしまった。落ち着け、それこそ向こうの思うつぼだ。冷静に行こう。
僕は慌てて用意を済ませ、彼女に羽織らせるための上着片手に家を飛び出す。
「くっそ、ほんとに人が多いな……今すぐにでも帰りたい……」
帰宅したいと思う心をねじ伏せ、僕は祭りの中心地である「町桜」へと向かう。が、自分の体力のなさもあってすぐにバテてしまう。全く持って自慢出来ることではないが、僕は根っからのインドア派だ。こういう祭りの場とかは体力を使うから苦手というのもある。
弱音を心の中で吐きながら歩き続けると、気づいたら町桜についていた。
「あ、明。おーい!」
少し離れたところに美桜ねぇの姿が見える。改めて見ると本当に露出が多い。へそは出てるしノースリーブ。本人も多少は自覚しているとは思うが、おそらく想定以上に人目を集めている。
「美桜ねぇ……のんきすぎる……」
僕は呆れつつ、彼女の元へ向かうのだった。全く、世話が焼けるねぇちゃんだ。
ボクの作戦は大成功、思惑通り明は町桜の下に息を切らしてやってきた。
「今年もボクの勝ちだね。祭に行かないなんて言ってたのはどこの誰だったかなぁ?」
思いっきり煽るような口調で彼に話しかけると、明はイラッとした表情をする。その顔が見たくて毎年試行錯誤している所もあるので、目的の半分は達成したと言っても良いだろう。
「とりあえずこれ着て。その格好は……なんて言うかすごく目立つから」
明はボクと目を合わせることなくぶっきらぼうな口調でそう言った。どうやらかなり照れているらしい。まだまだウブだなぁと思いつつも、彼から渡された上着を受け取り、羽織る。
「結構ぶかぶかだね」
「僕だって成長期だ。服のサイズくらい大きくなるさ。本当ならちょっと古めのサイズが小さい物を持って来た方が良いかもしれなかったけど……その……いや、なんでもない」
途中まで言葉を紡いだ後、彼は口ごもる。その反応を見て、ボクは初めて実感する。明もいつまでも子供じゃない。成長もするし、思春期も迎えるのだと。
そう考えてみると、何だか今の自分の格好がとても恥ずかしいように感じられて、ボクも彼を真っ直ぐ見れなくなった。
「あ、ごめん……」
ボクと明の間に気まずい空気が流れる。お互いに変に意識をしてしまってるというのは分かるが、その状況を直ぐに打破する方法が思いつかないのだ。
「…………ところで……まだ夕方だろ? 祭りの始まりまでどうするんだ?」
とりあえずなにか切り出さねばと言った様子で明が急に問いかけてきた。
「えーと、うん、そうだね、とりあえず踊ろっか!」
勢いに任せて適当なことを言ってしまった。自分でもよく分からずに言ってしまったが、とりあえず踊ろうってどういうことだ。意味がわからない。
「いや、まだ祭り始まってないし……夜にはまだ早いし、踊るって言われても……」
「ほら、体を温めるんだよ、本番に備えてさ」
「いや、それでも踊る必要はある?」
「明運動神経あまり良くないから本番までに練習しないとさ! ね?」
とりあえず誤魔化すために適当なことを言ってどんどん退路を断っていく。いわゆる自滅と言うやつだろう。我ながら馬鹿だ。
「まあそこまで言うなら……」
とうとう明も受け入れてしまった。そこは強く断わって欲しかったなぁ……さっきの空気もあってか、彼もまだ本調子ではないらしい。結果的に、二人ともそんなつもりはなかったのに、踊ることになってしまった。よくよく考えると人が結構集まってるから、かなり恥ずかしいのでは?と思ったが、既にお互いに引き下がれなくなっていた。
えーいままよ! やってやる!
祭りの始まりを直前にして、僕は羞恥で死にたくなっていた。いや、お互いに気まずい空気になったからと言ってなぜ勢いで踊ることになってしまったのか。美桜ねぇは、最初は少し恥ずかしそうだったけど、途中からはノリノリになって踊っていたからまあ良い。だが、僕はそうはいかない。周りから好奇の目で見られてしまったあの瞬間は非常に恥ずかしいものだった。
「いやー、最初は勢いで言ったことを後悔してたけど結構楽しかったし結果オーライかな」
呑気そうに言っている美桜ねぇ。後で絶対仕返ししてやる……そう心に決意をしたところで、スピーカーからアナウンスか流れ始めた。
『御来場の皆様、間もなく祭りの開幕です。今夜だけは夜通し楽しみましょう――』
「結構あっという間だったね。それにしても、結局今年もボクの作戦勝ちだね。ここまで来たんだから楽しもうよ」
アナウンスが流れる中、意地悪そうな表情を浮かべながら声をかけてくる美桜ねぇ。本当に憎たらしいねぇちゃんだ。
『それでは開幕です。皆様、お手を拝借。Clap your hands!』
アナウンスの後、辺りに一斉にクラップ音が鳴り響き、祭りが始まった。――それにしても、何故クラップするんだろうか?
始まった祭り。あちらこちらで人の笑い声が聞こえてくる。大人も子供も関係なく、無礼講と言うやつだ。楽しそうに騒いでいる。
そして、中央のステージでは、先程のあれでは物足りなかったのか、美桜ねぇが踊っていた。元からダンスをやっていた彼女は動きにもキレがあり、ステージ映えする。見物客からも好評だ。
「さて、そろそろ本気出しちゃおっかな!」
おもむろに彼女はそう言い、上着を脱いだ。露出度の高い衣装が顕になる。
「何やってんだよ……」
僕は頭を抱え思わず小声で毒づいてしまった。
「それじゃあ、改めて踊ります!」
――だが、夜桜に月明かり、そして美少女。その三つが調和し、彼女の踊りは更なる高みへ至る。僕も思わずそれに見蕩れてしまう程には。
「ありがとうございました!」
気がついたら彼女の踊りは終わり、ステージを降りているところだった。驚いたことに、ずっと目を奪われていたらしい。
「明、待たせてごめん」
ステージから降りた彼女が僕に話しかけてくる。
「え、あ、うん。大丈夫。」
まだ、さっきの熱に浮かされていたのか、気のない返事をしてしまう。
「おっけー、ならちょっとあっちの屋台の方に行ってみようか」
そう言ってこちらに手を差し出す彼女。ちょうど月明かりが美桜ねぇを照らしていた。そして、快活に笑う彼女の笑顔に、僕の胸に今まで経験したことの無い感情が走る。
ちょっとした困惑の後に僕は気づく。
――もしかして、これは恋なのではないだろうか?
そう思った瞬間、彼女がより美しく見えて、目を逸らしてしまった。
まだ祭りは長いのにこれからどうしよう。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
自分でも書いててびっくりするくらいに初々しいものが出来ました。
楽しんで頂けたのなら幸いです。
さて、前回言っていたのとは少し違いますが中編の投稿に合わせて、この小説の元となった楽曲を投稿しました。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm35248024
宜しければ合わせて聞いていただけると幸いです。ちなみにこちらの楽曲で使われているイラストは、小説におけるステージダンスシーンです。衣装もこんな感じなんだなぁと思って見ていただけるとより楽しめるかと思います。
評価や感想、お気に入りなどしていただけると非常に嬉しいですし、励みにもなるので宜しければお願いします。
それでは、改めましてここまで読んでくださってありがとうございました!