アクセル・ワールド ありふれたエネミー・ハンティング 作:逃ゲ水
「さて、次は最近レベルアップしたばかりのクロウかな」
ピラーに言われて、そういえばとハルユキは思い出した。ダスク・テイカーとの《サドンデス・デュエル》の結果、マージンも含めてレベルアップに十分な量のバーストポイントを獲得したハルユキは、レベルを4から5へと上げたのだ。
とはいえレベルアップボーナスは今回も飛行アビリティの強化につぎ込んだため、レベルアップの実感はあまりなく、今も言われるまで忘れていたくらいだ。
「す、すみません、そうでした。もうレベル5でした」
「おいおい、しっかりしてくれよ?」
ピラーの苦笑に頭を掻きながら、ハルユキはカシャリと一歩前に出る。
「え、えーと、皆さん知ってるかもですけど、シルバー・クロウです。所属はネガ・ネビュラスで、こないだレベル5になりました。よろしくお願いします!」
あらかじめ考えておいた自己紹介をなんとか詰まらずに言い切ると、パラパラと小規模な拍手がハルユキを迎えた。
未だに口下手で人見知りなハルユキが、とりあえず今日の山場は超えられたかなと思っていると、オレンジ色の小柄なアバターがぴょこんと手を挙げていた。
「はい、質問! 飛行アビリティはどれくらいの重さのものまで運べるのかな?」
まさか質問が飛んでくるとは思っていなかったのだが、初対面の人が多いこのグループではむしろ当然の流れかなと思い直し、考える。
「うーん、三人同時に運べたりする、くらいかなぁ」
「へー! すごーい!」
そんな底抜けに明るい声で純粋に称賛されるとハルユキとしても悪い気はしない。
と、このタイミングを好機と見たか、他のメンバーからも次々に質問が浴びせられた。
「最高時速は?」
「えーっと……確か三百キロくらいですね」
「初めて飛んだときって怖くなかった?」
「いえ、昔っから高いところ好きなので」
「ぶっちゃけ飛べるってどうなんだ? 強いのか?」
「うーん、便利ですけど強いってわけでも……気を付けてないと撃ち落とされちゃいますし」
「そういやその羽って――」
「はいはい、そこまでそこまでー!」
と、延々と続きそうだった質問の嵐を、ピラーが手を叩きながら打ち切った。
「いろいろ気になるのは分かるけど、残りは後で個人的に聞いてくれ。んで、ささっと残り三人の自己紹介も済ませておこう」
「はい! わたし、バーミリオン・ファイアワーカーっていいます! 長いからリオって呼んでください!」
オレンジ色の小柄なF型アバターはリオことバーミリオン・ファイアワーカー。遠隔型で、名前の通り花火をモチーフにした遠隔攻撃を使うとのこと。
「俺はサラダ・キューカンバー。カッパっぽいけどカッパじゃねえからそこんとこ頼むぜ!」
黄緑色でヘルメットと甲羅を身に着けた、シルバー・クロウと同じくらいの体格のM型アバターだ。ピラーによると広範囲拘束技を持つ貴重な間接型なのだとか。
「自分はカメリア・アーチ。火力型の遠隔だ」
カメリア・アーチはややピンクよりの赤色アバターで長身の弓使いだ。単発火力で勝負するタイプらしく、長弓から放たれる矢は射程・威力ともに同レベル帯でトップクラスなのだとか。
ちなみに三人とも無所属のレベル4だ。
「さて、一通りの自己紹介も済んだことだし、これからの方針を確認しておこう」
ハルユキ達は一旦地面に座り込み、ピラーが立って話し始めた。
「まずはルートの確認。僕らはここから南西に向かって移動しながらエネミーを狩り、多摩川沿いまで歩く。多摩川まで出たら北上しつつ、楽そうな相手を選んで狩っていく。日程としては七日くらいで、夜間は原則活動休止。基本的にはこんなところかな」
ハルユキはピラーの指差す南西方向を振り向いた。見た限りではストーンヘンジみたいな石の遺跡のようなものは見えるが、どれがどのランドマークに対応しているかはいまいち分からない。
――世田谷ってあんまり来たことないしなぁ。草原ステージだとほんと何が何だか。
草原ステージに顕著な特徴として、ほとんどの建物が再現されずただの草原になってしまうというものがある。それでも都心部ならポータルやショップなどの関係でランドマークが残されるためある程度の街並みは存在する――それでも本来の高層ビル群とは程遠い――のだが、杉並や世田谷のような都心から離れた地域ではこんな風に文字通りの大草原になってしまうのだ。
まあその辺はピラーがなんとか案内してくれるだろうと思っていると、二メートルの高みからピラーの琥珀色のアイレンズがこちらを見下ろしていた。
「今回は優秀な偵察もいるしね。空から案内してもらおうかな」
「え、ええー、でも、僕この辺の地理分からないんですけど……」
「大丈夫、適当でいいからさ。多摩川着けば一緒だから」
ピラーの頼もしいんだか適当なんだか分からない言葉にハルユキはとりあえず頷いておく。
「ええ、まあ、そういうことなら……」
「よしよし、決まりだな。まあ、方角はこっちでも確かめるしそんなに気にしなくてもいいよ。どっちかって言うと、クロウに注意して見てほしいのはエネミーの数と種類だし」
「はい、それなら自信はあります!」
「うん、いい返事だ。さて、そろそろ出発としよう。時間はたっぷりあるから急がないようにね。あと巨獣級以上がいたら全力で迂回するからそのつもりで」
注意事項を聞きながら一行は立ち上がり、南西方向に向かって移動を始めた。
先頭にウリン・ピラーとヒアシンス・スラッシャーの大型近接型の二人。その後ろにローズウッド・コマンダントが使役する弓兵の人形の四体のうちの二体。さらに後ろにバーミリオン・ファイアワーカー、サラダ・キューカンバー、カメリア・アーチのレベル4三人組が続き、弓兵人形の残り二体とローズウッド・コマンダント、それとキャナリー・ショッカーが最後尾を固めている。やや縦長な陣形のため側面から襲われれば脆いのだが、障害物のほとんどないこの草原ステージにおいては側面からの奇襲は困難だし、実際上から見た限りでも左右から迫ってくるエネミーは見当たらない。
「必殺技ゲージも貴重だし、そろそろ降りるか」
呟きながらハルユキは翼の振動を止めて滑空、ゆるい螺旋を描きながら地上へと降下していく。その途中で、地上のピラーからハルユキ目掛けて声が投げかけられた。
「おーい、何か見えたかー?」
「十時の方向に、大きさ二メートルくらいのオブジェクトが転がってるくらいですー」
「そうか、じゃあ列に戻っててくれ!」
「了解です!」
報告を終えたハルユキはそのまま陣形の後部、ローズウッド・コマンダントの隣に着地した。この位置が一応シルバー・クロウの配置場所ということになっているのだ。
「お疲れさま」
翼を折りたたんで背中に収納していたところに声が掛けられた。振り返ると、近世の軍人っぽい格好のF型アバター、ローズウッド・コマンダントがこちらを向いていた。
「あ、どうも」
ハルユキもとりあえず頭を軽く下げ、少しだけ近づいてみる。
一応、今現在は近くにエネミーもおらず、何人かは警戒レベルを下げて会話に花を咲かせている状態で、向こうから声をかけてきたってことは会話をする意思はあると判断してもいいんじゃないかというか、むしろ何か話さないと失礼な奴と思われたりするんじゃないかというか、でも初対面の人との会話が一番苦手で何を話せばいいのか分からないというか――
と悩んでいる間に、コマンダントは若干硬い声で話しかけてきた。
「戦闘中の指揮は主に私が執ることになるので少し説明をしておきますね、シルバー・クロウ。それと一つ聞きますが、戦術などに興味はありますか?」
「えっと、クロウでいいですよ、コマンダントさん。戦術については……ま、まあまあくらいですかね」
「なるほど、それでは基本的な説明を。あとコマンダントは長いのでコマと呼んでもらっても構いません」
「じゃ、じゃあコマさんで」
ハルユキがそう言うと、コマンダントは一つ頷いてから語り始めた。
「まず、全体的な傾向としてですが、遠隔型の火力は近接型の火力よりも多少劣るということが分かっています。理由としてはおそらく遠隔型が射程という優位を得ているために、バランスを取るために近接型の火力が底上げされているのだと考えられます。ですが、エネミー狩りにおいて主たる火力は遠隔型が担うことがほとんどです。その理由、分かりますか?」
いきなりの怒涛の語り口で若干気圧されていたハルユキだったが、質問をされれば答えざるをえない。首を捻りながら慌てて考えをまとめて言葉にしていく。
「え、えー、エネミーは的が大きくて狙いやすい、から……?」
「それも正解の一つではありますね」
そう言って、コマンダントは真顔のまま片手の親指をぐっと立てた。
「エネミー戦において特に顕著ですが、近接型は相手が行動をするたびに攻撃を中断させられます。例えば攻撃の予兆が見えれば防御や回避をしなければなりませんし、移動を始めれば自身も後を追って動かなければなりません。その点で、遠隔型はそれらをある程度無視して攻撃しつづけることが可能なのです。要するに遠隔型は継続してダメージを与え続けることができるのです。また、エネミーの弱点は腹部以外はほとんどが高い位置に存在していることもエネミー戦における遠隔型の有利を後押ししています」
「な、なるほど……」
立て板に水のコマンダントの説明に何とか食らいつきながら、ハルユキはその説明を自分の中で噛み砕いていく。
「つまり……遠隔型の方がエネミーに強い、というか、攻撃しやすいからダメージを稼ぎやすい、ということ……?」
「その通りです」
またしてもコマンダントは親指をぐっと立てた。
だったら近接型はエネミー狩りにはいらないのかというと、それはおそらく違う。なぜなら――
「遠隔型が攻撃に集中できるように、攻撃をガードしたりタゲを取ったりする……のが近接型の仕事ってこと?」
今度は両手の親指がぐぐっと立ち上がった。真顔のままのコマンダントの顔も、心なしか嬉しそうに見える気がする。
「理解が早くて助かります。そういうことなので、我々は遠隔型にいかに攻撃をさせるかに主眼をおいて作戦を立てています。そのために二つのフォーメーションが編み出されました。一つはこの陣形のまま近接型の前衛と遠隔型の後衛がエネミーに対して同じ方向から攻撃をしかける《ワンサイド・フォーメーション》。もう一つは前衛と後衛をエネミーを挟みこむように配置する《ツーサイド・フォーメーション》です」
「ワンサイドと、ツーサイド……」
意味としてはそのままだ。エネミーに対して近接チームと遠隔チームが同じ方向から攻撃を仕掛けるか、それとも反対方向から攻撃を仕掛けるか、ということだ。
――今は近接型しかいないネガ・ネビュラスだけど、いつか遠隔型のメンバーが増えたらこういう作戦とか話し合ってみたいな。
「ちなみに、ワンサイドとツーサイドにはそれぞれ異なる強みが――ストップ」
「へ?」
急に制止をかけられたハルユキが何事かと周りを見ると、いつの間にやら隊列全体が止まっていたようだ。
と、同時に、何やら前方からゴトンゴトンと音がする。どうやら草むらの中で何かが動いているようだ。
「草原ステージは破壊可能オブジェクトが少ないからね、誰かに破壊させてゲージを溜めておこうと思ったんだけど」
抑えた声でそう話し出したのは最前列のピラーだった。その声はなぜか笑いを噛み殺しているような雰囲気がある。
「クロウ、さっき見たオブジェクトってもしかしてタル型だったのかな?」
「えっ……?」
言われてから、ハルユキは先ほど上空から見た光景を脳裏に思い描く。確かに、木の板を鉄の環で束ねたようなあのオブジェクトは、中世を舞台にしたゲームとかでよく見かけるタルそのものだ。
「あ、はい。確かにタルでした」
「なるほどねぇ……。いや、これは説明しなかった僕の落ち度なんだけどさ、無制限フィールドには稀にオブジェクトに擬態するエネミーってのがいてね。木属性のステージだと、《デストラクト・バレル》っていうタルに擬態する小獣級エネミーがいるんだよ……総員戦闘準備!」
ピラーの号令とほぼ同時に、ガタンとひときわ大きい音を立てて前方の草むらの中から中央付近が膨らんだ太い円柱――タルが立ち上がった。