一周した世界線 作:Achoo!
財団の末裔
『春眠暁を覚えず、処処啼鳥を聞く』とは上手く言ったものだろう。実際自分は春の暖かさで素晴らしい眠りについていたはずだ。だが...
ガシガシ...ツンツン
「痛ェ...」
枕元に立っている緋色の鳥によって妨害されてしまった。相変わらずコイツは飯にしつこい。起きてしまったからには二度寝する気も無いので、布団を畳むとキッチンへと向かう。
「そういや今日は入学式だったか...」
とは言え時刻はまだ5時前。時間はたっぷりとある。取り敢えず『朱』の朝食を作り、柔道着を着ると庭へと出る。『朱』と言うのは自分を起こした緋色の鳥の名前だ。
「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」
自然体のまま数回深呼吸をし新鮮な空気を取り入れると、身体の筋肉を上から下へ順番に伸ばしていく。
「よし」
身体の状態が良好である事を確認すると、息を大きく吸い込む。
「一つ!最短の道を選ぶなかれ!
二つ!研鑽を忘れるなかれ!
三つ!書を捨てよ、己が道を進め!」
そう言うと開いた左手と握った右手を合わせ45度の礼を5秒間続ける。これは『解放礼儀』と呼ばれる物で、これから彼が行う武空術の中で最も重要とされている。それを終えると日々の鍛錬を開始する。
最初は用意していた鉄板を正拳突きする。すると一瞬で鉄板が砕け散った。それを確認すると、シャドーボクシングの様に空間に向かって続けざまに正拳突きを行う。それを数十回と続けた。
「ふう...」
それが終わると自分の目の前に、自分をイメージする。今度は両手の十指を結印に従った動作を行う。すると目の前にイメージした自分が現れる。これは視覚野を局所的に麻痺状態にする事により発生する錯覚だ。だが、そのイメージは実体となって自分に襲いかかって来る。
錯覚と殴り合っておよそ30分。ようやくイメージの自分が膝をつき、勝負が決した。
朝の鍛錬を終わると、夜に作っておいたおにぎりを冷蔵庫から取り出しレンジにかける。その間に身支度を済ませ、白と緑に彩られた真新しい制服に腕を通す。そこに花の紋章はない。
着替え終わるとレンジから温めたおにぎりを取り、玄関を出る。頭の上にはいつも通り朱が陣取っている。鍵を閉めると、おにぎりを口に運びつつ最寄り駅へと向かった。
ここは財団の世界線が一周した世界。何が原因かは不明だが因果を外れ、ファンタジーの産物であった魔法が現実となった世界。
誰も財団など知らない世界で、彼はその財団の末裔として生きていく。
その頭に緋色の鳥を乗せて。
好評なら続く。