戦闘という項目に限ればアイズ・ヴァレンシュタインという少女は、ロキ・ファミリアの中で見ても頭一つ飛び抜けている。
それは単に冒険者としてのレベルが高いとか、そういう次元の話ではない。
彼女は"戦う"という技能がずば抜けているのだ。
踏み込み一つ、斬り払い一つ、回避一つ、どれをとってもそう。
彼女のそれは天賦の才に、積み重ねられた努力が混じり合い、正しく無窮の武を誇っていた。
しかし、それは彼女単体で完結する程度のモノである。
彼女が前に出て暴れまわる、それを周りがフォローし更に動きやすくする。
彼女はそういう個である武に特化した冒険者である。
────と、そう思っていた。
だが、どうやら僕は見誤っていたらしい。
彼女───ヴァレンシュタインは、恐ろしさを感じるほどに、群としての武が完成されていた。
僕の動きを、まるで手に取るように先読みするのだ。
僕がほしいと思ったところで絶妙にサポートが入り、死角になる位置を必ず彼女は陣取って動く。
それこそ、
正直奇妙な話ではあったが、実際の所僕とヴァレンシュタインの実力──というよりかは、レベルに大きく差が有るわけではない。
大きな差が無い以上、ある程度どう動けば良いのかくらいは何となく察することは可能だった。
それでも彼女の把握能力は常軌を逸しているようにも思えたが、僕が知らないだけで彼女は思いの外連携に長けていた、ということなのだろう。
事実、僕が彼女と組んだのは実に何年ぶり、といったところだ。
それにそもそも、連携が取れないよりは取れている方がずっと都合は良いことは確かで。
だから僕は、特段深く怪しむこともなく、ただ彼女の技量に呆けたように息を吐いた。
次いで、くるりと手元で刀を回してしまい込む。
キン、と軽やかな音が響けば次の瞬間、僕を囲んでいた異形の生物──一般的に"モンスター"と呼ばれるそれらはその身体を六つにして崩れ落ちた。
瞬間肉片は黒い煙と化して、コロリと紫色の魔石が転がり落ちる。
既に僕等の足元には似たような石が幾つも転がっていた。
ダンジョン37階層。
それが僕等が今いる場所であり、ダンジョンでも所謂深層、と呼ばれる階層だった。
何故そんなところに、と言われれば、これが僕等の仕事であるから、としか言いようが無い。
モンスターを殺し、それで手に入れたものを金に換える。
一言で言ってしまえばそれだけで終わってしまうような仕事が、僕等冒険者の一番スタンダードな金の稼ぎ方だ。
スタンダード、ということは勿論他に稼ぎようはある、ということでもある。
例えば、上級冒険者からすればメジャーとも言える稼ぎ方に、
それは他ファミリアや、同じ冒険者、一般人からだったりと依頼を出す人は様々で、絶えることはない。
故に、とあるモンスターからしか取れない素材を取ってこいだとか、死んだ仲間の仇を取ってほしいだとか、下層でしか取れない花がほしいだとか、次の街まで護衛をしてほしいだとか、一口に依頼と言ってもその中身は結構雑多だったりするのだ。
どちらが効率的かと言えば、正直な話それは僕には良く分からない。
というのも、僕はあまり冒険者依頼を受けたことがないのだ。
指定されたモンスターを延々と狩って素材を集めたりだとか、頼まれたアイテムを探しに行ったりとか、そんなことをしている暇があるならば僕は下へ下へと進みたがる気質だったのである。
要するに、金より力を求めていたということだ。
しかし僕はそれについて、深い意味を持っていなかった。
いや、正確に言えば、理由はあったかもしれないが、今となっては何故そこまでしてもっともっと、と己の限界を越えようとしていたのかは分からないのだ。
思い出そうとしても、そんなような記憶は全く掠りもしない。
ただ、僕には強くなるべき理由があって、その為であればどんな冒険だってする覚悟は持っていた、ということだけは覚えていた。
それだけで良い。
それさえわかっていれば、僕はどこまでも戦える。
惰性ではなく、何かしらの理由があれば僕はとことん突き詰めて進んでいけるという確信すら抱いていたのだ。
それについては、奇遇にもヴァレンシュタインも同じ様な意見だったようで。
僕等はあまり下に進みすぎるなよ、と言われているにも関わらず当然のように深層へと足を伸ばしていた。
といっても、レベル5以上の冒険者であれば、ここら辺まで来るのは当然とも言えた。
これより上では、戦力が釣り合わない。
端的に言えば、あまりにも弱すぎて話にならないのだ。
何度でも言うようだが、僕やヴァレンシュタインは富より力を求めるタイプの冒険者だ。
必要になればいくらでも金を稼ごうとするが、生憎今はそうする必要もない。
であれば。
僕等がするべきことは、したいことは唯一つ。
冒険だけである。
冒険とは未知への挑戦で、既知の破壊だ。
────とか何とか言いはしたが、僕等はこれ以上はあまり進む気も無かった。
何故かと言えば、僕等がコンビを組んでからこれが初めてのダンジョンだからである。
何度か組んだことがあるとは言え、それはもう相当前の話だ。
お互いの戦い方を知ったり、どのくらい動けるのかを知ったり、そうやってコンビネーションの練度を上げようという名目で潜っていたのである。
まあ、それも必要ないくらいヴァレンシュタインの実力は高かった訳だが。
何はともあれその辺を測るのに、37階層は非常にうってつけの階層であった。
ダンジョン37階層:別名『
この階層には、闘技場と呼ばれる空間が存在する。
簡潔に言ってしまえばそこは、一定数を上限に無限にモンスターが湧き続ける大型空間だ。
要するに、どれだけ殺してもモンスターが枯渇しない。
それは僕等にとっては、無限に出てくる練習相手に等しかった。
一歩踏み込んで斬り払う。
既にゴブニュから受け取っていた銀の刀は、スパルトイと呼称される全身真っ白な骸の化物を盾ごと斬り裂いた。
一切の抵抗なく振り抜いたそれを、一気に引き絞り、撃ち放つ。
まるでレーザービームみたいな軌道を残して刀は頭蓋をぶち抜いて、同時に横合いから迫るスパルトイは突如起こった暴風で吹き飛ばされた。
──エアリエル
ヴァレンシュタインが好んで使う風の魔法。
それはスパルトイ達を押さえつけ、次いで剣閃が抵抗させること無く斬り裂いた。
剣を振り払い、無防備になった彼女はしかし振り向くことも、示し合わせることもなく。
ただ跳躍した。
直上へと、一切の迷いもなく気軽に跳んだ。
瞬間、斬撃は通り過ぎる。
僕の放った幾条にも重なった斬撃はギリギリ彼女を巻き込まない範囲を微塵に斬り砕いた。
遅れて、僕の後ろで音がした。
骨と骨が擦れ合って、同時に笑うような声がする。
──間に合わない。
超広範囲への攻撃を繰り出した僕の背中はがら空きで、迫り来る骨の槍や剣は躱せない。
けれども焦りは感じなかった。
ただ、信頼と確信だけを抱いて、少しだけ頭を下げる。
瞬間、頭の先を業風が掠めていった。
まるで弾丸のように飛び込んできた彼女は僕の背後を一瞬で更地にした。
砕けた骨の破片が、風に乗って宙を舞う。
少しだけ彼女と僕は自然に、そうするのが極当然かのように背中を軽く突き合わせて、それから弾けるように飛び出した。
ここは闘技場。
前述の通り、安息するような暇はない。
彼女は虚空へ跳んで、僕は刀を仕舞いこんで懐から鎖を取り出した。
先端に重しの付いたそれは生まれでたばかりのスパルトイの首に絡みつく。
同時に、言葉を綴る。
『超えろ、超えろ、超えろ。錬鉄の主よ、汝の縛りは今解き放たれた』
───
詠唱が終わるや否や、鈍色の光は僕の手元から鎖の端まで伸びきった。
瞬間、力にものを言わせて回転するかのように大きく振り抜いた。
少しばかりの抵抗をねじ伏せて、鎖はスパルトイを持ち上げる。
そこで変化は起こった。
精々20m程度しかない鎖は不思議にもその限界をやすやすと超えた。
広大な空間を埋め尽くすしていたスパルトイを、急激に長大した鎖が絡め取る。
中央にいた僕は全てを捕まえたのを確認してから大きく跳躍、それから一気に引き寄せた。
僕を取り囲むようにいたスパルトイ達は当然僕に引っ張られて中央へと集められ、同時に流星が如く、暴風の大砲は撃ち放たれた。
跳んだ僕と擦れ違うように落下した彼女は強制的に集められた骸骨達をぶち抜いた。
風が身体を捩じ切って、剣が全てを斬り落とす。
巨大な爆発が起こったと錯覚してしまうほどの衝撃が辺りを包み、スパルトイ達は一瞬で消し飛んだ。
───絶えず、モンスターは現れる。
天上から産み落とされるように。
ボコリ、と顔を出したトカゲと人が混じり合ったようなモンスターを絡め取って地面に打ち付ける。
全身を叩きつけられたモンスター───リザードマン・エリートは衝撃で地面を跳ね、そして首を落とされた。
血すら付着させないヴァレンシュタインが剣を払い、その隣にふわりと着地する。
「まだいけそうか?」
「もちろん、まだまだ、いける」
「だと思った」
「十華も、でしょ?」
「良くわかってんな……」
僕等は顔を合わせてそう言って。
それが何でか分からないけど面白くて少し笑った、笑い合った。
───僕は先程、彼女は恐ろしい程僕の戦い方を知っている、と称したが。
それは少しだけ誤っていた。
彼女だけが僕の戦い方を理解している訳ではなかった。
それこそ酷く不思議な話ではあったのだが。
どうしてかは全くもって分からなかったのだけれども。
それこそ先程言ったように。
まるで何年も連れ添って共に戦ってきた相棒であるかのように。
僕は彼女の一手どころか二手、三手先まで見える。
恐怖すら覚えるほど、正確に。
僕はヴァレンシュタインの一挙手一投足が完璧に理解できていた。
見るまでもない、確認する必要すら無い。
こうしてくれ、と思ったときにはもう行われていて。
こうするだろう、と思えば実際にそう動く。
僕等の連携は傍から見れば化け物じみたものであると、自信を持って言えるほどだった。
良くは分からないが、これが相性というやつなのかと思う。
冗談かと思うかも知れないが、これが実際あるらしいのだ。
滅多にあることではない、それこそ、何百何千、何万人に一人か二人はいるらしいのである。
僕が今感じているような気持ちを抱かせられるような相手が、どっかにはいるらしい。
ソースはフィンとガレス。
僕は幼い頃からこの二人に教育されたものだから、冒険や戦いに関しての知識は主にこの二人から仕入れたものが多い。
そんな二人から聞いた経験談には、そんな話も混じっていたということだ。
これに関しては大して真に受けず、話半分くらいで受け止めていたものだが、彼らの話に嘘はなかったらしい。
事実、ヴァレンシュタインはこと戦闘においては僕にとって最高のパートナーと呼べた。
それはきっと、彼女もそう思っているのでは無いかと思う。
というかこれで思っていなかったらちょっとショックだ。
そう感じてしまうほどに、僕は彼女との戦いに心地よさとやりやすさ、そして
ん?
懐かしさ?
何でだ?
疑問を言葉にする暇は無かった。
既に生まれてきていたモンスターを相手にヴァレンシュタインは勢いよく飛び込んだ。
さながら撃ち放たれた矢のように。
鋭く跳び出た彼女は風を靡かせ激突した。
それだけで多くのスパルトイを砕き、風は残ったそれらを強引に宙に巻き上げた。
既に跳躍していた僕の前に、骸の群れが身体を晒す。
瞬間、鈍色の光を放っていた銀の刀剣は膨れ上がった。
大剣を超え、まるで巨人が扱うようなサイズになったそれを、豪快に振り抜く。
左端から右端まで、一瞬で振り抜かれたそれは一切合切全てを斬り消した。
壁すらも斬り抜かんと突き立ちようやく止まったそれを戻して鞘へと戻す。
地面から這い出るように出てきたそれらを斬り飛ばしてヴァレンシュタインに
「もう一つくらい下、行くか?」
と声をかける。
ヴァレンシュタインは目の前の敵を一掃した後に振り向いて、ううんと首を振った。
「あんまり下に行くと、戻るのも大変だし、フィン達に怒られちゃうから、やめておこう?」
「ん、それもそうだな、了解」
言われてみれば僕等は既に三日もダンジョンに籠もっていた。
あんまり潜っていればフィン達に心配されるし、ロキには「何時までアイズたん独り占めしてんねん!」と怒られかねない。
リアルに想像してしまって、思わず苦笑した僕はそろそろ戻ろうか、とヴァレンシュタインに問いかけた、その時だった。
音がした。
どこか遠くから、割れるような、砕けるような、爆発するような。
そんな音が響いて、警戒すると同時に、ダンジョンは
感じられるか否か、という程度だったその揺れは次第に強さを増した。
地の鳴動に、上手く立っていられない。
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばい!
長年培ってきた僕の冒険者としての勘が全力全開で警報を打ち鳴らしていた。
冷や汗がタラリと頬を伝う。
ダンジョンは、未知の塊だ。
何が起こるか分からない、何が起こっても不思議ではない。
それは、下へ行くほど顕著に現れる特性。
僕は脇目も振らずに走り出した。
揺らめく大地に足を取られながら、それでも身体のスペックでゴリ押ししてヴァレンシュタインの元へと跳ぶように駆けた。
焦ったように僕を見ていた彼女の身体を抱きしめ、鋭く横に跳ねる。
瞬間、爆音。
僕等の立っていた地面から極大の火柱が吹き出て天井へとぶつかった。
真っ赤な火の粉が飛び散って、地を燃やす。
身体が微かに震えているのが分かった。
久し振りに感じる未知に、僕の身体は
火柱は、この大空間を埋め尽くす勢いで数を増していく。
───このままじゃ焼かれ死ぬ。
それだけは駄目だ、僕等は生きて帰らなければならない。
ロキと、そう約束したのだから
「立てるか、ヴァレンシュタイン。一旦逃げ───」
『ア゛──ア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛! ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!』
言葉を続けることは不可能だった。
穿たれた地面から今まで聞いた覚えのない化物の声が、響くように撒き散らされる。
それだけで、威圧感に身を縛られた。
思考を一瞬奪われて、動きが止まる。
僕より早く復帰したヴァレンシュタインが震える足で、強く踏みしめ僕を引っ張った。
けれども遅かった。
何が遅かったかと言われれば、何もかもが遅かった。
揺れを感じた瞬間、僕等は即座に逃げるべきだったのだ。
多少の傷は厭わずスパルトイを押しのけ退避に徹するべきだった。
火柱に空けられた穴は繋がり合って、僕等の足元に巨大な縦穴を作り上げた。
地面は砕け始めて落下する。
跳躍しようとしても、既に足場は完全に砕けていて踏み込みようがない。
「くそっ……!」
思わずそう吐いて、僕は焦りと共に苛立ちを感じた。
どうにかならないかと、あちらこちらに眼を向けて頭を回すが助けになりそうなものは何も無い。
せめて空を飛ぶ魔法でもあれば話は違ったのだが。
生憎僕にそんな力はなかったし、ヴァレンシュタインのエアリエルもそこまでの自由性は無かった。
焦りが僕の思考を埋め尽くし───ふと、頭を撫でられた。
ヴァレンシュタインは僕をなだめるようにゆっくりと
「十華、落ち着いて」
と言った。
呆けてしまった僕に、彼女はもう一度口を開いた。
「二人なら、大丈夫。何があっても、今度は私が守るから」
慈愛を込めて、彼女は緩やかに笑った。
のほほんと、どんな状況でも大丈夫だと。
僕等なら、何があっても平気であると、僕のことは自分が守ると。
彼女は言ったのだ。
強烈な風圧と威圧、浮遊感を感じさせられている中、僕はそれだけで落ち着きを取り戻していた。
落下しきって瓦礫が作り上げられる衝撃音が響き渡る。
僕等は多分階にして十層以上は間違いなく落ちていた。
そして、その下には必ず巨大な"何か"がいることも、察するのは容易だった。
ポーチからポーションを4つ取り出し二つを飲み、二つをヴァレンシュタインに飲ませた。
そうするのが、当然のように。
僕の手からコクコクと。
体力回復薬と、精神回復薬である。
「取り敢えず最初は様子見で僕がさばく、いけそうだと思ったら一撃、重いのを頼む」
「うん、わかった、任せて」
僕等は短くそう言葉を交わして、ヴァレンシュタインのエアリエルに受け止められながらゆるりと着地した。
暗闇の先から、真紅の眼差しがぎょろりと光る。
地響きを立てながらゆっくりと、這い出るように出てきたそれは、巨人、という呼び名がふさわしいほどにでかかった。
ゴライアスの比ではない。
明らかにそれは階層主で、確実に見たことが無いと言い切れる存在───のはずだった。
しかし僕はそこで、どうしてかデジャヴを覚えた。
グラリと意識が揺れる。
輪郭が揺れて、僕の脳内はこいつは見たことがある、と叫んでいた。
間違いなく初見のはずなのに、僕の本能は知っていると言うのだ。
その差異に戸惑い、それでも僕はそれらを振り払って刀を抜いた。
───この際知っているかどうとかはどうでも良い。
取り敢えず、僕等はこいつを殺さなければならないのだから。
「さて、冒険の時間だ、覚悟しろよ
僕は刀を向けて、そう言った。
予定では後ニ、三話で終わります(真顔)