……そうだね、何か話をしようと思うんだが、良いかな?
面白いかどうかは分からないけど、これは私にとっての大切な思い出で、戦車道のすべてが込められた話さ。
それじゃあ、聞かせてあげよう。立派な隊長になった、私の親友の物語を。
このSSは、三題噺から発想を得させていただいたものです。
テーマは「ミカのチューリップハット」、「遊園地」、「パニック」です。
お題を出してくださったシップス様、通りすがる傭兵様、コバセン様、本当にありがとうございました。
アキは、パニックに陥っていた。
『隊長! 大洗の奴ら右からも左からも攻めてくる!』
「! 逃げて!」
『駄目だって! あいつらフラッグ車狙ってる、ここであたしが逃げたら全部終わりだ!』
「だからって!」
『囮になるから、隊長は退け! これ大事なことなんだけど、助けなくていいからね!』
「カンナ!」
『
大洗との交流戦で、アキはしったかめっちゃにやられ続けていた。
それでもアキは、キューポラからその身を乗り出しながらで両足を踏ん張り続ける。継続戦車隊隊長として、何度も何度も理性を組み立て直そうとした。
――けれど、
『やばい、狙い撃ちされてる』
「いけない。こっちに退いて! ツバキ!」
『いやいや、そんなことしたら隊長を巻き込んじゃうって。……んー、せめて道連れよ』
「駄目だってそんなこと! 私のことはいいから、早く!」
『いやいや、隊長がやられたら終わりっしょ。……隊長、健闘を祈る! 頑張って!』
「ツバキ! 戻って!」
また一つ、轟音とともに連絡が途絶えた。
アキは、頭にあるチューリップハットをかたく握りしめる。継続戦車隊隊長の証は、くしゃりと歪んでいた。
情報は、現在進行系で錯綜している。撃たれているのか轟音が絶えず聞こえてくるし、指示を乞う呼び声だって止まらない。アキは経験者として、隊長の卵として、何とか命令を掘り出そうとするのだが、
『アキ! 狙われてる! 私が囮になっから逃げて!』
誰も彼もが、自分の為に散っていくのだ。
自分のことなんていい、それよりも我が身を守ってほしい。何度もそう叫んでいるはずなのに、隊員達は軽快な調子でアキを庇っていく。そして、爆音とともに無線がぶつりと切れる。
――いやだ。
安心安全の戦車道とはいえど、狙われたらとても怖いし、撃たれればすごく痛い。それは、戦車道履修者なら誰もが知っている事だ。
自分だけならいい、そういうものだと割り切れる。誰かが撃たれても、本人が納得しているのであれば甘んじて受け流す。
けれど、その覚悟に「アキの為」が含まれていたら――だめだった。隊長として何度も克服しようとしても、無理なものは無理だった。
当たり前だ。隊員が、友達が傷つくのを嫌悪して、何が悪い。
それなのに隊員達は、アキを守り抜くために平気で無茶をする。
何度も何度も止めているのに、みんなは決まってこう言うのだ。「隊長が無事ならそれでいい」と。
『駄目だ! アキ! 逃げて!』
別働隊の警告、
もう遅い。大洗の戦車が、4号戦車が、背後から容赦なく姿を現した。
ほんとう、あっという間だった。
「アキ! 伏せて!」
ミッコから、思いきり叫ばれた。
頭の中は、もう真っ白だったと思う。これは負けると、最初から考えていたと思う。
轟音、
――ね? 私はまだ、守られるべき隊長になれてないよ
□
「みんな、お疲れ様」
淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを、それぞれの隊員に手渡していく。ミッコは「きたきた!」と顔を明るくし、車長のカンナも「この為に生きてる!」と大はしゃぎだ。
この雰囲気が、この顔が、アキは好きだった。
――腰を下ろす。
「やー、今日もパニくっちゃってごめんね。せっかくみんな、頑張ってたのに」
「何言ってんだよ」
カンナが、すぐに口を挟む。
「隊長の命令はパーペキだった。あとはあたしたちの責任だよ」
「そーそー」
車長のツバキが、うんだうんだと二度頷き、
「アキは隊長になって、まだ間もないでしょ? それなのによー頑張ってるよ。私には無理無理、あれだけを背負うなんて」
「でも、」
「だから、せめてアキのことは守ろうって、みぃんなで決めてるの」
ツバキは言った、「みんな」を強調させて。
継続戦車隊のみんなは、ミッコは、その言葉には黙って頷く。
――でも、
「だからって、囮になったりするのは、ちょっとあれかなーって」
「あ、いいよ別に。痛いのなんて、この道を歩んでいれば慣れるものだし」
「そーそ。それにフラッグ車を守りきるのは、戦術の基本っしょー?」
大破したBT-42が、牽引車に回収されていく。
ターレットリングが、すっかり黒ずんでいた。
「アキ」
カンナは、あくまでどこまでも微笑んでみせながら、
「あたしたちは、好きであんたについてってるんだ」
アキの笑みが、崩れ落ちそうになったと思う。
「だから、これからもあたしたちを頼って欲しいし、『ちょっと厳しい』指示をくれたって構わない。アキが撃たれるのより、何倍もマシだよ」
「……私は、そこまですごい隊長じゃないよ。ミカと比べれば、」
そう言いかけた時、ツバキから銀色のマグカップを押し付けられた。
「隊長の『オゴリ』、今日もごちでした」
マグカップを手渡される。まだ、暖かさが染み付いたままだった。
「このコーヒーの為なら、貧乏な私らはいくらでも頑張れるってわけ。ま、そんな顔しないで、笑って笑って」
自分はただ、友達を労っているだけだ。
隊長として、やるべきことをこなしているに過ぎない。
空になったマグカップの底を見て、小さなため息が漏れる。
その時、大破したmark4が牽引車に運搬されていくのを横目で見た。
――アキは、そっと立ち上がる。そしてそのまま、顔をにこりとさせて、
「あ、ちょっとあっちへ行ってもいいかな? 珍しい戦車使ってるんだなーって、気になっててさ」
「ん? ああ、いいよいいよ。行ってらっしゃい、大洗名物貰ってきてねー」
「うん、わかったー。じゃ、行ってくるね」
アキは立ち上がり、ご近所感覚で大洗側へと歩み寄っていく。
それもこれも、戦車道仲間を作りたいから、できれば食べ物を貰えたらいいなあと考えているからだ。
だから、アキの足取りはとても軽い。
□
「アキはああ言ってるけどさ」
「ん」
カンナから、声をかけられた。
返事をしながら、猫舌のミッコはちびちびと熱いコーヒーを飲み干していく。隣で腰かけたままのツバキは、ゆらゆらと体を動かしていた。
「やっぱりさ、アキだけは守らないといけないよな」
「うん」
「アキがいなかったら、こんなにも美味しいコーヒーは飲めないし」
「ねー、だよねえ」
ミッコの相槌に対して、カンナは「うんうん」と二度頷き、
「アキは何も言わないけどさ。これ、アキの自腹から出てるんだものね」
「そうそう。そのことは、絶対に口にはしないけど」
ミッコは、どこか寂しそうに口元を曲げる。
ツバキは、ちらりとアキを横目に見ていた。
「アキってさ」
「うん」
「よく声をかけてくれるし、一緒になって喜んでくれるし、悔しがってくれるし」
何の垣根もなく、アキは大洗組と談笑を交わしあっている。
「ちゃんと作戦も練ってくれるし、諦めないし、こうして労ってくれるし」
アキが、大柄な女子に担がれている。アキは、すごいすごいと大盛り上がり。
「……ああやって、みんなとわかり合おうとする」
ミッコは、小さく頷いた。
ツバキも、こくりと反応した。
「ミカも、あの子を選ぶわけだわ」
「ね」
「うん」
ミッコも、ツバキも、その言葉に同調した。
アキはいつも、こんなふうにして継続戦車隊を導いてくれている。本人はやって当然だと考えているだろうが、自由気ままな自分たちからすれば、それはもうすごいことなのだ。
だからみんな、アキを守ろうと無言で誓い合っている。
だれもが、アキのことを隊長として認めている。
だからさ、ミカと比べる必要なんてないんだよ。あんたにしかできないこと、私たちはよく知っているんだから。
しばらくして、アキは大洗土産を抱えて帰ってきた。貧乏な継続戦車隊は、そんなアキのことを大袈裟に賞賛する。
――
休日になろうとも、アキのやることは変わらない。
今日は寄港日で、そのせいか格納庫にはアキしかいない。チューリップハットを被ったアキは、BT-42の車体の上に腰掛けながらで「リーダーのすすめ」を黙読していた。
ページをめくるたびに、覚えることが増える。けれどもアキは、しかめ面をしながらで「うんうん」と頷くばかりだ。やはり隊長とは、決してラクなものではない。
そう、絶対に楽なんかじゃないのだ。
――ミカのことを、思い返す
いつも気まぐれで、人のご飯ばかり盗って、思わせぶりなことばかり言って、試合が始まろうとも「思うがままに走るといい」とか口にするだけ。つまりはそういう人だ。
けれどもミカは、誤った判断は決して下さなかった。
生き残れなさそうな戦車が「囮になる」と告げれば、ミカは顔色一つ変えずに「健闘を祈るよ」と頷く。どちらか片方しか助けられないのであれば、片方には「よく頑張った」と言い、もう片方には「すぐに行く」と無表情で伝える。撃破される可能性が生じた場合は、「すまないが、囮になって欲しい」と躊躇いなく指示できてしまう。
そして、誰もがミカの言葉を疑ったりはしない。いつもの軽妙な調子で、命令に応えようとする。
ミカは、つまりはそういう人だった。
アキとっての、目標そのものだった。
はあ。
入れ込みすぎなのは分かる、継続らしからぬ姿勢を取っているのもよくわかる。けれど自分は三年坊で、隊長で、ミカの意思を継いだ女なのだ。だから本能的に、継続を強くしようと熱くなってしまう。それが正しいと、「つい」考えてしまう。
本当、ミカの性格が羨ましい。
――♪
あ、カンテレの音色だ。
久々に耳にしたからか、アキは思わず聞き入ってしまう。ミカときたらいつだってカンテレを弾いていたものだが、今思うと、ああすることで己が精神を落ち着かせていたのかもしれない。
いまの自分に足りないのはこれなのかなあ。自分もカンテレを習ってみ、
――!
その場で立ち上がる。聞き覚えのある――そもそも、カンテレを弾く知り合いなんて一人しか知らない。
アキは乱暴に、左右を見渡す。
どこだ。「隊長」はどこにいるんだ。教えてもらいたいことが沢山あるんだ。どうしたら隊長みたく振る舞えるんだ。
カンテレが、格納庫の中で静かに反響する。アキは、縋るような表情で元隊長を探している。
「どこ!」
遂に、声が出た。
「どこにいるの!? ミカ!」
「ここだよ」
BT-42のハッチが、ぱかりと開いた。
ミカと目があって、アキはぽかんとして、
「わ゛――――ッ!」
「あ゛――――ッ!」
間。
「……何驚いてるの」
「驚いてないよ」
ミカは、けろっと言う。
「なんでこの中に居たの」
「私は卒業生だよ、居ても不思議じゃあない」
アキが不満そうに「えー?」と漏らす。
まるでよく分からなかったが、ミカは案外そういうところがある人だった。そう思うと、まあいいやと納得しかけてしまう。
「……で」
「で?」
「今までどこにいたの。連絡の一つもよこさないで」
「風の行く末に身を任せていたのさ」
「またそれー? ほんとどうやって生きてるのさ」
「芸は身を助く」
ミカがカンテレを構え、なんだか誇らしげに口元を釣り上げる。
――やっぱり習おうかなあ。
「まあ、私のことは置いといて、」
ミカが、ハッチから身を乗り出していく。そんな時でも、カンテレは手放さない。
「この前の試合、見ていたよ。 なかなかのものだったじゃないか」
「! み、見てたの!?」
「後輩の晴れ舞台だよ? 見届けなくてどうするのさ」
さらりと、そんなことをミカが言う。
ほんとう、この人は隊長だ。
「なかなか良い試合をしていたじゃないか。あの西住流に対して、みんなよく吹き荒れてた」
「……そうかもね」
ため息。
「何か、不満があるようだね」
「不満、というか。なんていうんだろう、割り切れないんだよね」
「へえ」
カンテレを弾かず、いつも通りの笑みを浮かばせたままで、ミカは小さく頷く。
「隊長は、時には切り捨てる覚悟も必要、なんだよね?」
「そうだね。勝つということは、つまりはそういうことだ」
「だろうね」
大きく、息を吐く。
「でも、私にはそれができない。傷つくみんなが放っておけなくて、けれど戦況は悪化していって、何を優先にすべきか分からなくなる。パニックになってしまうの」
「なるほど」
ミカは、表情を一つも変えない。
「誰にでも友情を結べる、実にアキらしい悩みだ」
ミカは、やはり誤った判断を下さない。
「これって、やっぱり甘えなのかな? 戦車道にとっては、邪魔なものなのかな?」
「そんなことは断じてないさ」
アキは、縋るような声で「え?」と言う。
「みんな今のアキが好きだからこそ、ああして戦場を舞えるのさ。アキという大木を守るための疾風に、みんななれている」
「そう、なのかな」
「そう。だからこそ、アキはもうちょっと、みんなを信じてあげてほしい」
どういう?
アキは、無表情でミカに問う。
「――ま、その前に、換気でもしようか」
は?
アキの顔も、思考も、それ一色に染まった。
「せっかくの休日なのだし、こんな格納庫に引きこもるのは勿体無いよ」
「い、いや、私は別に」
「道を歩んでばかりじゃ、いつか疲れるものさ。さ、支度しよう」
「ちょ、ちょっと! さっきの話の続き!」
けれどミカは、全く臆することもなく、
「気分転換をした後に、話してあげるよ」
アキは呆れたような、脱力したような。そんなふうに肩をすくめながら、
「強引だね」
「元隊長だからね」
「さいですか。……で? 気分転換といってもどうするのさ」
その瞬間だった。ミカが、ガンマンのような手さばきでチケットを引っこ抜いたのは。
すごくいい顔をしていた。
「遊園地なんてどうだい?」
―――
学園艦から降りてみると、空は随分と青かった。春頃だからか、気温もずいぶんと落ち着いている。
そんな中で、アキは力なくため息をついた。
こんなに晴れていたんだなあと、アキは今更ながらに思う。
そうしてアキとミカは、観光気分で地元の街並みを歩んでいき、やがては遊園地へたどり着く。この時点で、賑やかな声がよく聞こえてきた。
ミカが「入るよ」と促し、アキも黙って着いていく。そしてそのまま、ゲートをくぐり抜けていった。
遊園地へ一歩踏み出した途端、空気が変わったと思う。
休日だからか、ずいぶんと客が多い。家族連れはもちろん、友達同士らしい三人組が顔を明るくしていたり、中には手を繋いで歩いているカップルも居る。それを見て、いいなあとなんとなく思う。
「さあ、楽しんでくれ。私の、なけなしお金をはたいたのだし」
そう言われてしまっては、引き返すことも出来ないじゃないか。
軽く、ため息をつく。
ほんとう、強かな人だなあと思う。
凝った首を揉み、「わかった」と言う。そうしてアキは、何かないかなと遊園地を見回して、
「あ」
「うん?」
「あれ乗ろう! ジェットコースターッ!」
アキは躊躇なく、真っ先にジェットコースターを指差す。
ジェットコースターは暴風のように駆けていき、客の悲鳴が嵐のように反響する。それを聞いたアキは、十八歳らしく身も心も躍っていた。
アキは再び、「乗ろう!」と提案した。
ミカはといえば、いつもの冴えた横顔のまま、
「あれは絶叫マシンだね」
「え? うん」
「それに乗ることに、意味はあるのかい?」
アキは、純粋に首をかしげる。
「あるよ?」
「どんな」
「こう、きゃーって怖がる楽しさっていうのかな? そんな感じ」
「怖い目なんて、試合中にいくらでも味わっているじゃないか」
「いや、それとはぜんぜん違うんですよ、ミカさん。試合中の被弾は純粋に怖いけど、絶叫系の怖さは、こう、はしゃげる怖さっていうのかな? そんな感じ!」
アキは、歯を見せて笑う。久方ぶりの絶叫系が、楽しみで楽しみで仕方がないのだ。
「そうかい。じゃあ私は、ここで見ているよ」
一方のミカは、相変わらずの読めない笑みを浮かばせていた。一歩後ろに下がりながら。
「え、乗らないの? なんで?」
「なに、暴風はちょっと苦手でね」
「そうなの?」
「ああ」
たしかに、ジェットコースターは風圧がすごい。Gもつよい。
けれど、それを真正面から受けるのがジェットコースターの醍醐味であり、味といってもいい。あの非日常的な感覚はけっこう好きだったりする。
もちろん、一人で味を占めるのも良い。
「……そっか」
思わず、ため息が出てしまった。
――一人も良いが、仲間たちと笑い合うことはもっと好きだ。生まれた時からこうだったが、そんな性格でいられて本当によかったと思う。
だからこそ、ミカと離れ離れになるのがとても寂しく思う。ほんの数分だとわかっていても。
「……あ、いや、その」
「あ、ああ、ごめんね。無理はしなくてもいいから」
笑えたと思う
「――わかった、わかったよ」
「え?」
「たまには暴風に乗るのも、悪くはない」
「あ――」
ミカと長年付き合ってきたからこそ、言いたいことがよくわかる。
自分は、とても笑えたと思う。
「ありがとう、ミカ!」
やっぱりこの人は、私の隊長だ。
「なあに、大したことじゃないさ。それよりも、ほら」
「あっ」
ミカが、慣れた手つきでチューリップハットをかすめ取ってしまった。
「風で吹き飛んでしまうかもしれないからね」
「ま、まあそうか」
「それに、」
ミカが、うっすらと目を開けて、
「いまのアキには必要のないものだ。そうだろう」
穏やかに、確かに笑ってみせる。
まったく。この人は――
□
「いやー楽しかったねー!」
ジェットコースターの余韻を背負いながらで、アキはけらけらと背筋を伸ばす。
風圧とGはそりゃあもう堪えたし、怖くて叫んだりもしたが、やっぱり喜色満面の笑みがこぼれ落ちてしまう。数年ぶりに乗ってみても、やはり楽しいものは楽しい。
ミカはといえば、二日酔い(イメージ)のような足取りで、アキの後ろに着いていっていた。息まで荒んでいて、なんだか心配になってミカの顔を覗き込む。
「ミカ?」
「な、なんだい?」
「だいじょうぶ? もしかして、気分が悪くなった?」
その質問に対し、ミカは「いやいや」と首を左右に振るう。
「問題ない、問題ない。私は戦車乗りだった女だよ? 体力には自信がある」
「そう? 辛かったらいつでも言ってね?」
「ああ」
ミカの頷きを確認して、アキは心の中でほっとする。
――次は、
「じゃあミカ、今度はあそこに行こう」
「どれだい?」
アキの指差す方へ、ミカは無言で首を傾ける。
そこには戦場を舞台にしたお化け屋敷、「デスフィールド」がおどろおどろしく構えられていた。
「え?」
「この遊園地の目玉なんだって!」
かなり大掛かりらしく、施設そのものがかなりデカい。パンフレットによると「戦場を舞台にした大規模ホラーアトラクション! 君はこの恐怖に耐えられるか!?」と自信満々に書かれており、「生還者の声」によると「こわかった、こわかった(大学生・十四歳)」とか「根性で切り抜けるしかありませんでした!(高校生・十六歳)」とか「こっち見てくるので逃げるしかありませんでした(高校生・十七歳)」と書かれてある。相当ヤバいらしく、行列が出来るほどの人気スポットのようだ。
だからアキは、さっきからにやにやが止まらない。
一方のミカは、穏やかにおだやかに微笑んでいた。
「アキ」
「なに?」
「行くの?」
「もち!」
「ジェットコースターに乗ったじゃないか」
「恐怖に飽きは無いんだよ、ミカ」
「そう、かな?」
アキは、上機嫌そうに「うん!」と頷く。
「そう、か。そうだね、そういうものだろうね」
ここで、「あれ?」とアキは首をかしげる。
「ミカ?」
「なんだい?」
ここはお化け屋敷で、今のミカはどこか引け腰に思えて、それを見たアキは「ああ」と発想して、
「もしかして、おばけとか駄目?」
「ちがう」
その質問に対して、ミカは有無を言わさぬ勢いで首を横に振るう。
「おばけなんて怖くないよ。砲弾の方が恐ろしいと思うね」
「そう? じゃあ、行ける?」
「いけるいける」
その割には、ミカは小刻みに震えていた。アキは改めて、「ミカー」と声をかけて、
「本当に大丈夫なの? 無理してない? わたし一人でも良いから」
「大丈夫」
ミカは、拳をグッと握りしめた。
すごいものを見た気がする。
「私は継続戦車隊元隊長のミカ、どんな戦場であろうと乗り越えてみせるさ」
信じていいのかなあ、と思う。
けれどもミカは、率先して列へ並んでしまった。アキは慌てた調子で追い、
「本当に無理しなくていいからね?」
「私は、やりたいようにやっているだけさ」
喧騒の中で、ミカはふわりと笑い、
「こういうのは、一緒に体験した方が楽しい。そうだろう?」
そう、言われては。
どうしてミカが隊長になれたのか、改めてわかった気がした。
「――そうだね」
だから、ミカの言葉に頷く。
前に並んでる客が、デスフィールドに関してのうわさ話を語り合っている。女性二人組が、どうしよう怖そうと笑い合っている。カップルが、うわーやべーと盛り上がっている。
ミカは、アキの返事に対してにこりと微笑んでくれていた。
――そして、ようやくアキとミカの番になった時、
「さあ、行こう。いつものように、戦場の中を流れようじゃないか」
「うん。あと痛い」
手をぐっと握りしめられ、アキはミカの手をばしばし叩く。ミカは「ああごめんごめん」と言いつつ、決してその手を離しはしなかった。
本当に怖いのだろう。けれどもアキは、もう下手な気遣いなんてしない。ここでとやかく言っては、ミカの決意を挫くかもしれないし、
「――ミカは、私が守ってあげるからね」
遊園地は、誰かと一緒にいた方がもっと楽しくなるから。
アキの言葉に、ミカは無言で頷いてくれた。
―――
それはもう、散々だった。
目玉スポットであるデスフィールドは、それはもうめちゃくちゃ怖かった。クリーチャー化した兵隊には追いかけられるし、ミカは死ぬほど叫んだし、突如として銃声が鳴るし、ミカは数センチほどジャンプしたし、壁から銃口が飛び出してくるし、ミカはパワフルに声を上げたし、ミカのリアクションのせいでアキもビビるし、戦車に追いかけ回されては手を思いっきり引っ張られるしで、最後の最後までパニックに見舞われたと思う。
ようやく出口まで脱出してみれば、ミカはその場でへばって何度も呼吸する。けれども手は、相変わらず握りしめられたままだ。
そんなミカを見て、アキは、心から笑えたと思う。
それはもう、ミカのお陰で。
□
その後のことはといえば、アキとミカは手当たり次第にアトラクションを遊び倒した。
お化け屋敷をきっかけに、もはや遠慮なんて吹っ飛んでしまったのだと思う。だから「あれはどうだろう」の一声でコーヒーカップに乗って、猛回転耐久対決で大はしゃぎ。アキはわりかし余裕だったのだが、ミカの顔色がやばくなってきたので試合終了。後にコーヒーをおごられた。
次は射的ゲームで競い合ったのだが、アキは「戦車とは違うな~」と言いつつ50スコア。一方のミカは、鼻歌混じりで95スコアを勝ち取ってみせた。それを見て、砲手をやって欲しかったなあと思うばかり。
更には四人参加の迷宮脱出ゲームに挑戦してみたのだが、ミカときたら鍵開けの謎を五秒で解いてしまった。アキは「はあ?」と口にしたし、同行者も「早ッ!」とビビっていたし、声だけの進行役も『ええ……』とドン引きしていた。曰く「やってみたら出来ただけさ」とのことだが、絶対に前科を抱えていると思う。
――次はクルミを割って、扉を開ける場面に入った。あらかじめ道具が用意されていたが、何だか隊長兼装填手の血が勝手に騒ぎ出して、アキは「やってみる」とクルミを手に取る。そのまま「ふんっ」と握ってみれば、クルミだったものは手の中で粉々に砕かれていた。
同行者は「すげえ!」と盛り上がり、進行役は『ええ……』とドン引きし、ミカは小さな小さな声で「ぅゎ」と漏らす。ぅゎはこっちの台詞なんだけどなあと思いつつ、その後も手を使って頭を駆使して迷宮脱出ゲームを乗り越えていく。
そして最後の関門にぶち当たった時、アキとミカは思わず笑ってしまったと思う。なぜならそれは、「チーム全員で戦車を動かし、戦車砲で最後の壁を破壊する」というものだったから。
だからアキは、率先して装填手を務めようとした。重いものを持つのは自分の役目だと思い、薬莢を手にして、
「それは、私が持つよ」
アキの目は、絶句するように見開いていた。
「隊長はアキだ。だから、アキの指示でこの関門を突破するんだ」
アキは、おそるおそる車内を見渡す。
同行者達は黙って頷いてみせて、ミカはアキの肩に手を乗せて、
「皆さんの健闘を祈ります」
そう、言った。
――その言葉に、アキは黙って首を縦に振るう。
そうか、そうだよね。いまは自分が隊長で、ミカは部外者だもんね。
アキは、深呼吸する。そしてそのまま、己が両頬をばしっと叩いてみせて、「うし」と声に出して、
「私が指示をします。皆さんの力を、貸してください!」
「
同行者は素人だ。けれどもアキは、手取り足取り教えながらで「そうそう!」と喜ぶ。ミカも「そうです。戦車は嘘をつきません」とアドバイスする。
――昔は、自分にもこんな時期があった。隊長になるなんて、思いもしなかった。
けれども今は、こうして隊員へ指示を下している。時には間違いを訂正し、時には成功を賞賛して、戦車の中で信頼関係を築き上げていく。それはアトラクションであろうが、戦車道であろうが、まったく変わらない。
そうしてゆっくり、ゆっくりと、戦車はまっすぐに進んでいく。操縦手である松山冴子の背中を手で支え、砲手である梅沢勝の焦りをミカがなだめていく。そうして迷宮の中を戦車は進み、時には曲がりくねって、そして乗り越えるべき壁が眼前に迫り、
「トゥータッ!」
アキも叫びが、迷宮の中で反響した。
□
「あっという間だったねえ」
夕暮れの観覧車の中で、アキは疲れ切った笑みをそっとこぼしていた。
相席に腰掛けているミカも、「そうだね」と同意し、
「ほんとう、楽しい時間というものは早く過ぎ去ってしまうね」
「ねー。ああ、迷宮楽しかったなー」
「うん。アキが立派な采配を下してくれたお陰で、見事クリアすることが出来た」
アキは「ううん」と首を横に振って、
「私だけじゃない。ミカがいてくれたから、みんなで戦車を動かせたんだよ」
「いいや。私はただ、みんなを応援していただけさ」
「そうだっけ?」
「そうさ」
そうか。
本人がそう言うのなら、そういうことなのだろう。
そうして、言葉を交わさない時間が過ぎていく。観覧車は空めがけ登っていって、寂しげな夕日がアキの目を穏やかに眩ませる。
アキは、日差しに向けて笑う。余韻とか、そういったものを含ませながらでただただ笑っている。
ミカは何も言わないが、きっと同じものを見ているはずだ。だって自分たちは、同じ継続戦車隊なのだから。
「――アキ」
観覧車が、てっぺんにまで登った時だった。
「なに?」
ミカの方を見ることもなく、アキは夜に沈んでいく空を眺めながらで応える。
「やっぱりアキに、隊長を任せてよかったよ」
「そう?」
「ああ。立派に、成長した」
「そうかな? ……それは、どうだろうね」
指示を下したりすることはできる。ただ、割り切ることはできない。
「信じてあげなよ」
え。
アキは、ミカへ顔を――目と目が、合う。
「みんな、戦車道のことを分かっているはずだよ。撃たれれば痛い、怖いものだって」
「……うん」
「けれど、みんなは戦車道を歩み続けている。それは、どうしてか分かるかい?」
「それは、その……厳しい道を歩んだ先に、何かを見つけようとしているから?」
「それもある」
ミカは、「ふう」と呼吸する。
「その道を歩んでいくのに、背中から押してくれる人がいるからさ」
「――え」
ミカは、アキを真正面から見つめる。
「アキが温かいコーヒーをくれるから、みんな頑張れるんだよ」
ミカは、口元を柔らかく曲げる。
「良い隊長には良い隊員がつく。良い隊員は、何も言わずとも隊長へ報いようとする」
ミカは、夕日を浴びながらで語り続ける。
「撃たれることは怖い、時には傷つくこともある。けれどもみんな、アキの笑顔が見たいんだ」
ミカは、小さくうつむいてみせる。
「だからどうか、彼女たちの判断を信じてあげて欲しい。アキは、勝利という形で継続戦車隊のみんなを報いてやってくれ」
ミカは、そっと首を持ち上げていって、
「それが彼女たちの、戦車道なのだから」
笑顔を、私にくれた。
――少しだけ、すこしだけ沈黙したあとで、
「ミカ」
「なんだい?」
「いいの? 誰かを傷つけてしまっても、いいの?」
「みんな、その覚悟がある。そのことは、アキがいちばん知っていることだろう?」
――囮になるから、隊長は退け!
「アキは優しいから、見捨てたりすることは難しいかもしれない」
――隊長、健闘を祈る! 頑張って!
「けれどみんな、アキの勝利を願っている」
――あたしたちは、好きであんたについてってるんだ
「そして、私も望んでいるよ。アキの幸せを」
ミカの言葉を実現させるのに、きっと長い時間が必要となるだろう。
勝利のために割り切る、それはとても難しい。傷つくことを受け入れる、それはとてつもなく恐ろしい。
けれどもアキは、この観覧車の中で確かに誓った。継続戦車隊のみんなを、絶対に幸せにすると。
なぜならそれが、隊長としてやるべきことだから。
アキが、もっともやりたかったことだから。
「――ミカ」
「うん」
「ありがとう」
絶対に、笑えたと思う。
□
観覧車から降りて、アキはうんと背筋を伸ばす。空はすっかり暗くなってしまったが、その光景がなんだか愛おしい。
時間だからか、客が遊園地から立ち去っていく。「間もなく閉園です」のお知らせが、午後五時半の世界に反響する。
――帰ろう。
アキは、ミカへ振り返ろうとして、
「アキ」
ミカの手が、アキの肩の上に乗った。
「これからもいろんな壁が、アキに立ちふさがると思う」
背中越しから、ミカの呟くような声が聞こえる。
「けれどもアキなら、それを乗り越えていける」
肩を、優しく叩かれた。
「だってアキは、みんなを幸せにできる人だから」
肩から伝わっていた手触りが、そっと消えていく。
「風のように、これからの道を歩んでいってくれ」
――そして、アキの頭が暖かくなった。
「がんばれ、隊長」
アキの頭には、確かに、まちがいなく、チューリップハットがあった。
ミカの言葉を、証を受け取ったアキは、胸のうちから感情が溢れ出てきて、
「ミカ――」
振り向いた先には、風だけが残されていた。
けれど、アキはなんだか笑えていた。なんだかミカらしいなって、そう思えたから。
前を向いて、深呼吸する。
両頬を叩いて、「よぉし」。
みんなを、幸せにしよう。それが私の、心の底からの願いだから。
―――
休み明けになって、早速ながら練習試合を申し込まれた。
相手は現在爆進中のアンツィオ高校。隊長はペパロニという女子で、曰く「士気を盛り上げるのがめちゃくちゃ上手い」らしい。それを知ってか、継続戦車隊の皆も「ほー」とか「ウチの隊長に比べれば」とか、いろいろと意見を口にしている。
――あと数分もすれば、ここは試合会場になる。
逆立ちしているミッコも、腕まくりするカンナも、背伸びしているツバキも、いつかは傷ついてしまうのだろう。砲弾を食らい、煤だらけになってしまうかもしれない。
それはアキにとって、最も受け入れがたいことだ。
「みんな」
アキの一言で、戦車隊全員が視線を向けてくる。
「相手はあのアンツィオ、勢いに乗ると凄くヤバくなる」
アンツィオは、ノリと勢いでどうにかしてしまう。
それは周知の事実であるからこそ、みんな黙って頷いた。
「けれど、私達だってそう。風に乗れば、誰にも止められない」
何かを感じたのだろうか。ミッコの顔つきに真剣味が生まれる。
「その風を、私が起こす」
カンナが、声にならない声を漏らした。
「私が、みんなを勝たせる。みんなを、笑顔にしたい」
ツバキは、にこりと笑っていた。
「だから、だから、」
アキは、手に持っていたチューリップハットを、そっと被った。
「――みんな。私を、守って」
みんな、思い思いに口元を曲げる。
それでもう、十分だった。
――その後のコーヒーは、いつも以上にうまかった。ミッコは、笑顔でそう言ってくれた。
―――
ここまで歩むのに、ずいぶんと時間をかけた。
長い長い道を歩んできたからこそ、逸見エリカは心の底からそう思う。
西住まほから隊長の座を受け継いで以来、エリカは感情を爆発させてばかりだった。
上手くいかなければ、鬱屈が顔にも口にも出る。上手くいった時でも、「隊長と比べれば」と思ってしまう。時には隊員から反発されたり、正論でやりこまれたこともあった。
自分は未熟だ。だから、西住まほになれないんだ。
何度もそう思った。どうしてまほみたくなれないのだと、エリカは歯を食いしばった。
――そんな時だ。卒業したはずのまほが、黒森峰女学園へ戻ってきたのは。
まほとは定期的に連絡をしているから、上手くいっていない現状は把握している。だからこそエリカは、「怒られるのかな」と心から恐れていた。
休日になって、まほはエリカが住む寮にまでやってきた。エリカは体を強張らせながら、まほを玄関で出迎えて、
――遊びに行くぞ
いきなり、そんなことをまほから言われた。これまでに見たことのない笑みを、浮かばせながら。
最初は、意味がまるでわからなかった。
けれどもまほは、本当になんでもないような調子で「がんばり屋さんには、休息が必要だ」と述べて――気づけば、学園艦内をあちこち歩いていた。
まほからは「奢るから好きなものを食べろ」と言われたり、まほからは「服を見よう」と手を引っ張られたり、まほからは「歌おう」とカラオケに連れ去られたりと、本当にもうあれこれやったと思う。慣れていないからか、戦車道を歩む以上に疲れたと思う。
――けれども、すごく楽しかった。
散々遊び倒して、気づけば空が茜色に染まった時のこと。帰路につきながら、まほはエリカの肩に手を乗せて、
――お前は私以上に、戦車道をまっすぐ見据えている。だからこそ気負いすぎるな、独りでなんでもこなそうとするな。……隊長として、みんなを信じてほしい
夕暮れの中のまほは、心穏やかに笑っていた。
頑固者の私は、その言葉に、「はい」と言えていた。
それもこれも、機嫌が良かったから。まほと、一緒になって遊べたから。最も望んでいた言葉を、誰かが告げてくれたから。
そうしてまほがいなくなった後。戦車道が始まって、皆が整列する中で、私は迷いなく言ったんだ。
――みんな。分からないこととか、提案があったりしたら、私に遠慮なく言って。みんなで、黒森峰を強くしましょう
その後のことは、よく覚えている。
相変わらず意見が飛び交ったり、それに対する反論も絶えなかったけれども、最後には「隊長はどう思いますか?」と聞いてくれるのだ。
どの意見も捨てがたく、どう実現させるかで悩んだりもしたけれど、それが新たな戦術として実現した時は――とても、嬉しかった。遠慮なく笑えてしまえた。だから次々と「隊長はどう思いますか?」と聞かれる日々が続いたのだと思う。
けれど、自分の性根はそう変われない。時には不機嫌になることだってある。けれどもそんな時は、隊員を誘ってカレーなどを食べたりするのだ。
――そんな長い長い日々を、エリカは送り続けてきた。
その結果が、
「来た」
第64回高校戦車道全国大会、その決勝戦の地に逸見エリカは居た。
そして、そのエリカは多少の驚きを隠せていない。はるか向こう側、ダークグレーに染まった戦車群を目にして、エリカはぐっと思う。
――決勝相手が、あの継続高校だなんて、
エリカは、首を振るう。
奢るな、相手は「あの」継続高校だ。風の如く履帯を動かし続け、暴風のように砲弾を撃ち込み、嵐の後のように姿を消していく、それが継続高校だ。
そして更にタチの悪いことに、今年の風たちはフラッグ車であるBT-42を意識して守り続けるようになった。時には我が身を盾にしたり、時には躊躇なく囮をかって出たりと、自由気ままだった風たちに「意思」が芽生えたのだ。
継続高校は、前よりも強くなっている。
だから、決勝戦まで勝ち残ったとしても何ら不思議ではない。
エリカめがけ突っ込んでくるBT-42に対して、エリカは「上等」と呟く。
継続の一人ひとりが、強いのだ。だから隊長であるこいつは、めちゃくちゃ強いはずだ。
けれど黒森峰の隊員は、誰一人として取り乱さない。エリカの指示が下されるまで、ぴくりとも動かない。みんな、エリカを信じているのだ。
――だから、絶対に勝てない相手なんかじゃない。
あと少しで、BT-42と交戦する。それは確かに迫ってきて、キューポラから隊長らしい履修者がその身を晒していて、
――その人は、私と同じ顔をしていた。
そう。あなたも、苦労したのね。
私は、操縦手を足で蹴って、
ふたつの砲撃が、戦場を震わせた。
□
ぜんぶ、終わった。
わたしの継続戦車道は、準優勝という形で幕を閉じた。
けれども、悔しいとはなぜだか思わなかった。たぶん、やりたいことをぜんぶやれたからだ。
だから私は、隊員たちの前で笑えている。夕暮れに満ちた空が、なんだか心地よく見える。
大破したBT-42が、牽引車で運ばれていく。それを横目に、アキは「うん」と頷いて、
「みんな、おつかれさま!」
――お疲れ様でした!
「今日はほんっとうに頑張ったね! 大会の結果は……うん、とっても惜しかったけれども、来年はきっと優勝できる! できるよ!」
アキの言葉に、ミッコは、隊員たちは、うんうんと頷く。
「まあ、あれだね。積もる話は多いけど、まずは、」
「待った」
ミッコは、手でアキの動きを制する。アキは、なんだろうと首を傾げた。
ミッコは、ツバキめがけ「ん」と首を動かす。ツバキは、待ってましたとばかりにアキへ近づいてきて、
「はい、隊長。いつもありがとう」
そうして、できたてのコーヒーを手渡された。ツバキの笑顔とともに。
――どういうこと。
ろくに思考が回らないままで、縋るようにして隊員達を見回す。
「いつも、おいしいコーヒーをくれるだろ? そのお礼だよ、隊長」
カンナが、歯を見せて笑ってみせる。
アキは、まばたきしかできない。
「アキもカツカツなのに、みんなの喉を潤してくれてさ。……ほんと、いい隊長を持ったよ」
ミッコの目が、濡れているように見える。
「隊長」
ツバキが、アキの前から一歩下がる
――ミッコは、隊員たちは。背筋を伸ばして、両手を横に揃えて、
「今までありがとうございました! 隊長!」
すべての隊員たちから、一礼を捧げられた。
――アキは、実感する。
自分のやるべき事は、これでぜんぶ終わったのだ。
自分のすべきことは、これで全て果たされたのだ。
自信を持って、そう思える。自分は戦車道を歩めたのだと、誇りに想う。
隊員たちが、そっと頭を上げていく。
誰もが、穏やかな顔をしている。
「みんな」
呼吸が定まらない。
「ここまで着いてきてくれて、ほんとうにありがとう! 楽しかった! 最高だった!」
声が、震えている。
「私、これからもがんばるよ! この道を、歩みつづけるよ!」
うまく、言葉すらも言えない。
それでも隊員たちは、「うん」と頷いてくれた。
「その門出として、みんながくれたこのコーヒーを……いただきます!」
「どうぞ!」
ミッコが、屈託なく笑う。ツバキも、カンナも、誰もが私に笑顔を差し出してくれる。
この瞬間を、私はずっと待ち望んでいたはずなのに。それなのに、これ以上は見ていられない。
だから私は、できたてのコーヒーを一気に飲んだ。
コーヒーが熱いせいか、喉が、体が、胸が、突き刺さるように痛む。心の奥底から、何かが溢れ出そうになる。
首を必死に振るう。
わたしは隊長なんだぞ。だから、しっかりしないとだめなんだ。
それなのに、それなのに、なみだがどうしてもとまらない。
こんなわたしを、ミッコはだきしめてくれた。
□
アキのことがどうしても気になってしまったものだから、ミカは継続側のベースにこっそりと足を踏み入れた。
幸いというか、戦車という遮蔽物のお陰で不法侵入は容易だった。隊員もアキへ意識を向けているから、尚更だ。
――そうして、ミカはアキの生き様を見届けていく。隊員達の一礼を、その目に焼き付ける。
アキは隊員からコーヒーを受け取り、それを思いきり飲み干す。そうして中身を空にしたあとは、アキはただただうつむくだけ。
けれどもミカは、そんなアキの心中を察せた。
最初は隊長らしく、感情を押し殺していた。強くあるべきだと、無表情を貫いていた。まるで、一年前の自分のように。
――けれどもやっぱり、アキは、声を上げて泣いた。
そんなアキのことを、隊員の誰もが撫でて、抱きしめて、一緒に涙を流し始める。みんなアキのことが好きだから、アキと感情を共有したいから、アキを隊長として尊敬しているから、この瞬間が生まれた。継続戦車隊元隊長として、断じてそう言える。
おめでとう、アキ。
おめでとう、みんな。
この光景を見られて、本当に良かった。もう、何も思い残すことはない。
だからミカは、この場から立ち去ろうとして、
「――アキ」
みんなから抱きしめられるアキを見て、ミカの奥底から熱い何かが湧いてくる。アキの嗚咽を耳にして、体が勝手に動き始める。
――アキのことを、抱きしめたい。アキのことを、近くで祝福してあげたい。
自分は元隊長だ。だから、この場に現れたところでみんなから受け入れられるはず。
だからミカは、物陰から身を乗り出そうとして、
「ちがう」
それだけを口にして、戦車の裏側に戻る。
そしてそのまま、夕暮れに染まった空をぼんやりと眺めはじめる。
そう。自分がここに出るのは、まちがいなんだ。
なぜなら自分は、継続高校を卒業した「部外者」に過ぎない。私の世代は、一年前に終わりを遂げてしまった。
――目を、閉じる。
戦車道履修者達は、みんな必死になって大会で戦い抜く。それは偉業のため、目標を成すため、夢のためと、とにかく色々だ。
けれども、履修者の誰もが「成功」するとは限らない。何も成し得ないままで、学校を卒業していく履修者も多い。
それでも履修者達は、戦車に乗って前へ突き進んでいく。優勝に対しての緊張とか、夢への不安だとか、廃艦に対する恐怖だとか、そういったものを背負い続けながらで道を歩み続ける。
ほんとう、戦車道はこんなことばっかりだ。
そしてアキ達は、そんな継続戦車道を最後まで渡り終えた。
隊長としての苦悩も、敗北による悔しさも、勝利への歓喜も、準優勝も、コーヒーも、チューリップハットも、すべてアキ達だけのものだ。
ふらりと現れただけの自分が、決して触れて良いものではない。
――わかっている、そんなことはわかっているんだ。
――だから最後に、もう一度だけ、アキのことを見る。
アキは、ミッコは、みんなは、マグカップを片手に乾杯をしていた。みんなみんな、とても楽しそうな顔をして。
さて、そろそろ帰ろう。
これは、アキ達の物語なのだから。
□
「――うん」
「どったの、アキ」
「ううん、なんでもないよ、ミッコ」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
今回は、次の世代の継続高校について書いてみました。
ミカはどうなっているのか、アキはどんな隊長になっているのか、どんな苦難を抱えているのか……それらを含め、継続の未来を描けたかと思います。
ガルパンは良い物語ですよね。優勝という目標をどうやって勝ち取るのか、履修者達は何を得るのか、それを書ける余地があります。
今回は、ひたすらなまでにアキを追い続けたつもりです。
今回の話の構想に協力してくださったシップス様、通りすがる傭兵様、コバセン様、本当にありがとうございましたッ!