キングスピア < K I N G S P I A >   作:明暮10番

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ヴァイオレット・ビー2018『 縁 』

 学校からほど近い、噴水公園、ベンチにて。

 はしゃぎ回る子どもたちを眺めながら、ソウゴと少女は会話をしていた。

 

 

「……王様になるって……それって、総理大臣になるとかですか?」

 

「そうじゃないんだよねぇ……日本なら徳川家康とか、エジプトならファラオとか! 政治家じゃなくって、世界丸ごと『王様』になるんだ!」

 

「……凄い、夢ですね」

 

「でしょ? 俺ねぇ〜、生まれた時から王様になるって、決まってたような気がするんだよねぇ〜!」

 

「………………」

 

「だからさ! 俺が王様になったら……えーっと……あ、そう言えば名前、聞いていないよね?」

 

 

 ここまでベラベラ喋り倒してしまっていた。

 彼女も彼女で、ここまで会話した事はあまり無かったので、名前を言うタイミングを見逃していた。

 

 

「私は……『園藤姫乃』です」

 

「姫乃だね?」

 

「あ……い、いきなり下の名前からですか……」

 

「あれ? 駄目だった?」

 

「……いえ。その……『姫乃』って呼ばれたの……久しぶりで……」

 

「……そっか。でも、良い名前だね! 俺はぁ、素敵な名前だと思うなぁ」

 

 

 名前を褒められ、姫乃は頰を赤らめ、小さな声で「ありがとうございます」と頭を下げる。

 

 

「それで、俺が王様になったらさ、姫乃にお城の花壇は任せるから!」

 

「……私に出来るのでしょうか……」

 

「出来るって! だって、俺が言うんだからさ! 俺が絶対って言ったら、本当にそうなんだから!」

 

「………………」

 

「楽しみだなぁ〜、これでSPとハッカーと園芸師は決まりだね! 俺、あまりお花に詳しくないけどさぁ。薔薇とか、パンジーとか?」

 

「…………ふふっ」

 

 

 ここまで何処か、周りに怯えているような目の姫乃。

 自分の夢を語るソウゴを見て、つい微笑ましくなってしまったようだ。

 

 

「やっぱ……嫌だった?」

 

「いえ……良いですね、ソウゴさんは。夢があって……」

 

「姫乃には、無いの?」

 

「私は……あまり、考えた事ないです」

 

 

 彼女からソウゴから目線を、ボール遊びをして楽しむ子どもたちへ向けた。

 その痣だらけの横顔は、とても儚い。

 

 

 

 

「……私は結局、人並み以下……なんです」

 

 

 噴水から水が上がり、西に落ちて行く日が水滴に乱反射していた。

 

 

「……人並みと言うより、人『以下』かもしれません……」

 

「…………」

 

「だから、夢を持てるなら私は……普通になりたい。普通でいたい……です」

 

「……そっか」

 

「……あ、あの、ごめんなさい……暗い、話になっちゃいまして……」

 

 

 慌てて自分の話を打ち消そうとする姫乃だが、ソウゴは首を振って拾い上げる。

 

 

「でも俺は姫乃は強いって、思うけどなぁ」

 

「……え?」

 

「イジメられたって、馬鹿にされたって、姫乃は絶対に誰かを恨んでないじゃない? 今だって、クラスの不満とか、みんないない所なのに話していないじゃん」

 

 

 ソウゴもまた噴水を眺める。

 彼女から見た彼の横顔は、まだ垢抜けなさが伺えながらも、凛々しさが現れていた。

 

 

「人って、つい誰かを恨んじゃうんだ。そう言う人を俺は何人も見て来た」

 

「……ソウゴさん?」

 

「でも、君は恨まない。誰かを恨まないなんて、そうそう出来る事じゃないよ。姫乃は強いんだ!」

 

 

 しかし次の瞬間のソウゴの表情は、険しかった。

 

 

「……だけど。その強さは危険だよ」

 

「危険……?」

 

「姫乃は『誰かを恨まない』代わりに、『自分を恨んでいる』んでしょ?」

 

「………………」

 

「自分を恨める事も強い事だよ。人のせいにした方が楽なハズだから……でも、『強い事』と『良い事』はさ……俺は違うって思うんだよね」

 

 

 ソウゴの持論に驚いた姫乃は、ニッコリ笑いかける彼から目が離せなかった。

 

 

「強くて悪い人もいるし、力がなくたって良い人だっている。俺が出会った人たちも、そうだったんだ……みんな力を失ったのに、それでも誰かの為に、誰かの幸せの為に戦えたんだ。本当に強い人は、『誰かの為に戦える』……そんな人たちかもね」

 

「…………私も」

 

「うん?」

 

「私も……そんな人たちに……なれますか?」

 

 

 大きく彼は頷く。

 

 

「なれるよ! 姫乃は強いんだから……本当の強さに会えると思うんだ!」

 

「……!」

 

「……そんな気がする!」

 

 

 徐にソウゴは手を差し伸べた。

 少しだけ驚かされたものの、握手を求めているんだと気付く。

 

 

 恐る恐る姫乃も手を伸ばすと、ソウゴはそれを掴んだ。

 彼女からすれば暖かく、彼からは少しヒンヤリした握手だった。

 

 

 

 

 その時に響いたのは、怒号。

 瞬時に声の方へ目を向けると、壮年の男が子どもたちに怒鳴り散らしていた。

 

 

「この、クソガキッ!! スーツが汚れただろッ!!」

 

 

 男はボールを取り上げ、縮こまる子どもたちに檄を飛ばす。

 どうやら遊んでいたボールが、男に当たったようだ。

 

 

「お前ら、何処の学校だッ! 言えッ!!」

 

「ご、ごめんなさ……」

 

「誰が謝れと言ったッ!? 学校の名前を言えよッ!!」

 

 

 通りかかった人々は一瞬その光景を見やるものの、すぐに通り過ぎて行く。

 イヤホンで音楽を聴いている為に気付かない者もいるし、仕事の途中でそれどころでは無い者もいる。

 

 無関心、或いは飛び火の恐れ。誰も近付けないでいた。

 

 

「大体なぁ、公共の場ではしゃいでいる事自体が……」

 

 

 男の説教は続く。

 泣きそうな子どもたちを見ていると、姫乃は胸が締め付けられる思いだった。

 でも、怖い。

 もし殴られたらと考えると恐ろしいし、何よりこの状況でどう立ち回るのかが分からない。

 

 私がいけば、事態は悪くなるのでは。

 

 

 それは少なからず、この場を見ていた者に共通する。

 

 

 

 

 

「ちょっと」

 

 

 ただ一人、常盤ソウゴを除いて。

 

 

「え!?」

 

 

 迷っている間に、ソウゴはいつの間にかそこへ走っていた。

 

 

「ソウゴさん!?」

 

 

 子どもたちと男の間に立ち、話しかける。

 

 

「なんだお前?」

 

「もう良いんじゃない? ほら、この子たちも反省しているしさ、服の汚れも大した事なさそうだし?」

 

「勝手に横槍入れるんじゃないッ!! これは俺とこいつらの話だッ!!」

 

「さっき公園の注意書きみたけど、別にボール遊びは禁止していなかったよ。それに公共の場なら、この子たちも遊んでいて良いよね?」

 

 

 男は激昂し、持っていたボールをソウゴに投げつける。

 それを上手くキャッチしてしまったばかりに、男の怒りは収まらない。

 

 

「この、部外者ぁ……!!」

 

「おおお!? あ、君! パスっ!」

 

 

 ずんずんと近付く男を前に、ソウゴは持っていたボールを急いで子どもに投げ渡すだけだった。

 

 そのまま胸倉を掴まれ、引っ張られた。

 

 

「な、なんか、デジャブぅ……」

 

「馬鹿がぁッ!!」

 

「うおぉおお!?」

 

 

 ソウゴはそのまま突き飛ばされ、噴水にバシャーンと落とされる。

 激しい水飛沫を上げ、結構深かった為に全身びしょ濡れだ。

 

 

「首突っ込むからそうなるんだ! 大人に対して敬語も使えねぇ奴が……反省しろッ!!」

 

 

 しかしそれで溜飲を下げられたようで、男はその場を後にする。

 

 

 

「ソウゴさん!? だ、大丈夫ですか!?」

 

 

 姫乃は急いで噴水へ近付き、落っこちたソウゴに手を伸ばす。

 彼女の力を借りて、彼は何とか噴水から這い上がった。

 

 

「イテテテ……うわぁ……びっしょびしょ」

 

「今の人、酷いです……!」

 

「まぁまぁ……あ、君たち!」

 

 

 濡れた格好のまま、呆然と立つ子どもたちの方へ近付く。

 

 

「大丈夫?」

 

「……うん」

 

「良かった……あ、ボールも戻って来て良かったね!」

 

「ありがとう、お兄さん」

 

 

 そのまま子どもたちは手を振り、ソウゴの元を去って行く。

 彼はただ、優しい笑みを浮かべながら手を振るだけ。

 

 

 

 彼の後ろで、その一連の流れを驚き顔で見ていた姫乃。

 ソウゴはクルッと振り返り、髪から滴る水をそのままに、またあの屈託の無い笑顔を見せた。

 

 

「ありがとう。噴水から引き上げてくれて!」

 

「……そんな。私は……」

 

「そりゃあ、あれは怖いよね。でも……何事も無くて良かったじゃない?」

 

 

 また驚かされる。

 

 

「……ソウゴさん……そんな目に遭ったのに……何とも無いんですか?」

 

 

 彼女の質問に、彼は「待っていました」と言わんばかりのしたり顔。

 

 

 

 

 

「王様は、民を守るのが仕事でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トドメだッ!!」

 

 

 アナザーディケイドは満身創痍の状態だ。

 その隙にゲイツは、ライドヘイセイバーにディケイドライドウォッチを装着し、剣に備わった秒針を何度も回す。

 

 

『HEY! KAMEN・RIDERS!』

 

『HEY!』

 

『SAY!』

 

『HEY!』

 

『SAY!』

 

 

 

 陽気な待機音と共に、ゲイツはヘイセイバーを構える。

 それを見計らい、ディケイドもドライバーにカードを差し込む。

 

 

「こいつで決まりだ」

 

『ファイナルアタックライド』

 

『ディ・ディ・ディ・ディケイド!』

 

 

『ライドブッカー』を銃にし、偽物へ銃口を向ける。

 その前に複数のバーコードの円が出来上がり、標準を定めた。

 

 

 更にはアナザーディケイドの横にも、ヘイセイバーによるカードのようなビジョンが映し出され、逃げ場を無くされた。

 

 

『HE・HE・HEY!』

 

『SAY!』

 

『平成ライダーズ!』

 

『ULTIMATE・TIME・BURST!!』

 

 

 ディケイドによる銃撃と、ゲイツによる斬撃。

 

 

 

 

 

『ぐあおおおおおおお!!??』

 

 

 その二つの強大な力を受けたアナザーディケイドは、断末魔をあげ跡形も無く消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、爆炎が去っても、そこには誰もいなかった。

 

 

「なに? 逃したか……!?」

 

「いいや。確かに手応えはあった」

 

 

 戦闘は終了したと見て、ディケイドは変身を解除する。

 現れたのはゲイツにとっても見覚えのある、いけすかないスーツを着た、冷めた目の男……門矢士の姿だった。

 

 

「おかしい……アナザーライダーには、契約者がいるハズだ……」

 

「……成る程。大体分かった」

 

「……なに?」

 

 

 門矢士は踵を返し、その場を後にしようとする。

 ゲイツも変身を解除し、何処かへ去る彼の肩を掴んで止めた。

 

 

「貴様……何か知っているんだな……!?」

 

「……協力は受けないんじゃ無かったのか?」

 

「……ッ」

 

「フンッ」

 

 

 ゲイツは渋い顔を見せる。

 その隙に士は肩を振り、掴んでいた手を引き剥がした。

 

 

 

 

「……まぁ。俺に任せろ」

 

 

 不意に振り返り、首からぶら下げていたカメラのフラッシュを焚き、ゲイツを撮る。

 相変わらず、被写体はぶれていたが、目的は撮影ではない。

 

 

 そのフラッシュで目眩ましさせ、ゲイツからディケイドライドウォッチを奪い取る。

 

 

「あ……! 貴様、それを……!」

 

「元は俺のだ」

 

 

 士は己が作り出したオーロラの中に消えた。

 

 

「待て!!」

 

「焦るな……また会おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へーっくしょんッ!!」

 

 

 ソウゴと姫乃は電車とバスを乗り継ぎ、姫乃の家に案内される。

 

 

「か、風邪引かれました?」

 

「そうかも……姫乃って、電車とバス通学なんだね……俺、自転車通学だから……」

 

 

 帰る事を勧められたが、ソウゴが「自分の家メチャクチャ遠い」らしく、お互い手持ちも少ない為、姫乃の家でドライヤーとバスタオルを借りる予定だ。

 取り敢えず百均で買ったタオルで拭いてはいるが、たかが知れている。

 

 

 何故かずぶ濡れの男子が、女子と電車やバスに乗っている。結構、注目の的になっていた。

 

 

「……家に着いたら……外で待っていて貰えませんか?」

 

「外で?」

 

「バスタオル持ってきますし……ドライヤーはどうしよう……」

 

「都合が悪いならタオルだけで良いよ。本当にありがとうね!」

 

「私は、感謝されるような事は……これくらいが精一杯で申し訳ないです」

 

「良いって良いって! 姫乃は優しいんだね!」

 

 

 停留所から歩くと、集合住宅地に着く。

 ここが彼女の家だろう。

 

 しかし姫乃の表情は、近付けば近付くほど暗くなる。

 それは次第に近付く、夜前の夕焼けのようだ。

 

 

「………………」

 

「さっぶ……あー、冷えて来た……」

 

「……あ。こ、ここで待っててください!」

 

「分かった」

 

 

 ソウゴはマンションの入り口で待たされ、姫乃一人が階段を駆け上がって行く。

 

 

「……とうとうここが何処か分からなくなったぞぉ……」

 

 

 ソウゴが困っているのは、持っていたスマホが、噴水に落とされたせいで使用不可になってしまった事だ。

 それでも予備携帯として待っていた『ファイズフォンX』は無事な為、それで通話を試みるも、何故か音信不通。

 

 

「……はぁ……ゲイツやツクヨミ、叔父さんにも電話かけられないじゃん。ウォズも来ないし……ねぇ、ウォズいない? いないか……」

 

 

 確か自分は、アナザーディケイドによって灰色のオーロラの中へ突き飛ばされた。

 あれが何なのかは、身を以て知っている。

 一種の時間転移だ。自分はアレで未来へ飛ばされた。

 

 

「でもさっき、時計とか見たけど……2018年だよね?……でも、時間移動ぐらいだったら、ファイズフォンで繋がるハズだけど……」

 

 

 意味不明な事態につい頭を掻くが、髪がしっとりしている為、ぐしゃぐしゃに乱れてしまった。

 

 

 色々考えている内に、住民と思われる主婦と鉢合わせし、話しかけられた。

 

 

「どうしたの! びしょ濡れじゃない?」

 

「あ、これは事情があって……今、姫乃がバスタオルとか持って来てくれているんで」

 

 

「姫乃」と聞き、女性は眉を顰めた。

 

 

「……あー。もしかして、園藤さん?」

 

「え? 知ってるの?」

 

「知ってるも何も、お隣でねぇ……毎日迷惑してるわよ」

 

「迷惑?」

 

「これ、言わないでね?」

 

 

 

 

 女性から話を聞いた途端、ソウゴは部屋番号を聞き、大急ぎで階段を駆け上がる。

 

 

「姫乃? 姫乃ッ!!」

 

 

 ドアを叩き、鍵が開いている事を確認し、一思いにドアを引く。

 

 

「そ、ソウゴさん……!?」

 

「あ?」

 

 

 

 

 そこには玄関先で、胸倉を母親に掴まれている姫乃の姿があった。

 

 

「なに? お前、また男誑して来てんの?」

 

 

 母親は若干、呂律が怪しく、顔が赤い。お酒が入っている事は明白だ。

 

 

「……! ちょっと! やめなよ!?」

 

 

 ソウゴは部屋の中に飛び込み、姫乃から母親の手を引き剥がす。

 

 

「どうして……!?」

 

「お隣さんが教えてくれたんだ」

 

 

 ソウゴは姫乃の前に立ち塞がり、キッと彼女の母親を睨む。

 

 

「あんた母親だろ!? なんで実の娘を殴るんだよ!!」

 

「なんだお前? こんな『虫』に惚れてんの?」

 

「……虫?」

 

 

 母親は邪悪に口元を歪ませる。

 

 

「そう、こいつは虫。この家の『寄生虫』なの」

 

「その言い草はないんじゃない!?」

 

「いいや、良い例えよ。そいつ、『私の男を取った』のよ」

 

 

 彼女がそう暴露した途端、姫乃の表情は恐怖に染まる。

 ソウゴに失望されたかと、怖くなった。

 

 

 

「姫乃がそんな事、する訳ないだろッ!! 戦国時代じゃあるまいし!」

 

 

 しかし、ソウゴから飛び出したのは、否定の言葉。

 俯きかけの顔が、スッと上がる。

 

 

「ホントなに? 部外者の癖に?」

 

「部外者じゃないッ! 俺は姫乃の友達なんだ!」

 

「友達友達ってぇ、どうせ身体目当てでしょ?」

 

「身体目当て……? どう言う意味?」

 

「そのまんまよ……あ? お前、もしかして……」

 

「?」

 

 

 ソウゴは顔を顰めて、本当に訳が分からないと言った表情になっていた。

 

 彼は『こう言った話』には、とことん無頓着らしい。

 無垢でプラトニック、或いは王になる為にストイック過ぎたのか。

 

 

「……うっざ」

 

 

 姫乃ではなく、今度は彼へ怒りが向く。

 

 

「こんな虫に友達なんていらないんだよッ!!」

 

「おお!?」

 

 

 母親はソウゴの首根を掴み、壁に押し付けた。

 相手は女性だろうが、タガの外れた人間の力量に男女は関係ない。

 

 

「ママ!? やめて!!」

 

「おぇえ……!」

 

「口答えする訳ぇ?」

 

「ソウゴさんは関係ないよ!!」

 

「ふーん……丁度良いんじゃない? この無垢な野郎を『誘ってみな』よぉ」

 

「な、何言って……」

 

 

 ソウゴは何とか腕から逃れようと踠きながら、嗄れた声で話す。

 

 

「な、何だか分から……ないけど……き、聞かないで……!」

 

「ああ!?」

 

「おぅっ!……子どもを考えない、独りよがりな言葉なんて……聞かなくても良い……!!」

 

「…………」

 

「俺は君の、友達だから大丈夫……な、気がする」

 

 

 ソウゴの言葉がまた、彼女の逆鱗に触れる。

 

 

 

 

 

「鬱陶しいんだよぉぉこのイカれ野郎がぁぁあぁあッ!!!!」

 

 

 母親は大きく腕を振りかぶり、ソウゴを殴ろうとした。

 

 

「やめてぇッ!!」

 

 

 姫乃は叫ぶ。ソウゴは覚悟し、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 痛みを待つだけのソウゴだったが、何故か何も起きずに、逆に驚いてしまう。

 いきなりシィンと、無音。

 

 

「…………え?」

 

 

 目を開けるよりも前に、母親の手は緩み、拘束から解放される。

 視界がクリアになる頃には、彼女は何も言わず、こちらを一瞥もせず、自分の部屋に戻った。

 

 まるで興味を失くした、飽き性の猫のようだ。それほどに急な、クールダウン。

 バタンと、彼女が部屋の扉を閉めた途端に、ソウゴはズルズルと壁を伝って座り込んだ。

 

 

「……は、はぁ……怖かったぁ……」

 

「ソウゴさん!?」

 

 

 彼女は膝を突き、ソウゴと目を合わせる。

 その目は彼を心配し、潤んでいた。

 

 

「大丈夫ですかぁ!?」

 

「……うん。なんか、首とか掴まれるの、最近慣れて来たって言うか……」

 

「ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」

 

「いや、謝らなくて良いよ。俺が勝手にやったんだし……」

 

「うぅ……!」

 

「ほら、泣かないでよ……あ。涙、拭く? 百均のタオルだけど」

 

 

 姫乃は彼からタオルを受け取り、眼鏡を持ち上げて何度も目を拭いた。

 ソウゴが水気を取る為に使った為、やけにウェットだったが。

 

 

 

 

 

 彼はそのまま、リビングに通された。

 洗面所から持って来たドライヤーを、コンセントだけ借りて使用する。

 

 

「あーー……あったかい……」

 

「お風呂は……使われます?」

 

「ううん。そこまでは良いよ! 乾かせたら、家でお風呂入るし」

 

 

 バスタオルで頭をゴシゴシ拭き、スッキリした顔で椅子に座る。

 姫乃もまた、テーブルを挟んで向かい側に座った。

 

 

「……ご近所さん、なんて言っていました?」

 

「言っちゃ駄目って言われたけど……お母さんの怒鳴り声とか響いて、うるさいってさ」

 

「……そう……ですか」

 

「……その顔の痣も、お母さんが?」

 

「………………」

 

 

 ソウゴの質問には応答せず、辛そうに顔だけ下げた。

 あれほどの母親とは言え、彼女なりに情があるのだろう。

 

 

「いつもは無視するだけで……でもお酒が入ると、ああなって……」

 

「………………」

 

「……昔は優しかったんです……良く、遠方の山に行って、花を観察したり……」

 

「……そうなんだ」

 

「でも……『私がママの男を取った』って思い込んでから……ずっと……」

 

「……それ……悲しいよね」

 

 

 もしかすれば、あの母親も辛いのかもしれない。

 そう考えてしまっては、ソウゴもあの母親を否定し切れない。

 

 愛していた人と別れたショックが姫乃に向き……そのままズルズルと、自分のストレスを発散する為に殴るような感じになってしまったようだ。

 

 

「姫乃はどうしたいの?」

 

「……私がいなくなったら……多分、ママは『戻らなくなっちゃう』」

 

「…………いて、あげたいんだよね?」

 

「……はい」

 

 

 それを否定なんか出来ない。

 また姫乃の言葉も一理ある。

 

 母親は母親で、姫乃に依存していた。

 もし彼女が離れてしまえば……二度と優しかった母へは、戻らない。

 

 

「……お母さんはもう、眠った?」

 

「お酒を飲んだら一頻り酔って、すぐ眠っちゃうんで……」

 

「また明日、お母さんと話してみて良い?」

 

 

 それを聞いて、姫乃は一瞬だけ耳を疑った。

 

 

「……え?」

 

「人間はそうそう、変わらないハズだし……お母さんもまた、寄りを戻したいって思っている気がする」

 

「そんな……! また、ソウゴさんが酷い目に……!」

 

「大丈夫だよぉ。こう見えてねぇ! 俺、強いんだ!」

 

 

 腕を上げて力こぶを見せ付ける。

 男性にしては驚くほど細く、力こぶも面影程度しか無いが。

 

 

「……どうして」

 

「え?」

 

「どうして……こんな……今日出会ったばかりの、見ず知らずの私を助けてくれるんですか……?」

 

「その話? 何度も言ったよぉ〜?」

 

 

 ソウゴは目線を下げて、少しハニカミながら、言った。

 

 

 

 

 

 

 

「俺、王様になりたいからさ! 未来の配下を守るのも、責務でしょ?」

 

 

 もう一度姫乃と目を合わせて、あの人懐っこい笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の夜は良く晴れ、美しい満月だ。

 街の何処よりも高い場所に、彼はいた。

 

 

「どうやら『いない世界』のようだ……道理で」

 

 

 街が醸す夜景もまた、地上を彩る星々に違いない。

 明滅するビル灯、一定の規則制を以て行き交うヘッドライト、テールライト、消えない街灯。

 

 こうも高い所から見ると、それら全てが『虫』に見えた。

 

 

「人間は地上に星を作り……天の星を失った……」

 

 

 夜空を見上げる。

 

 満天の星々は暗い所でしか目立たない。

 街が照らす激しい明かりは、何光年も旅して来たであろう疲れ切った光を、掻き消してしまう。

 彼はそれが、とても悲しく思えて仕方がない。

 

 

 

「……ん?」

 

 

 しかしそれでも、一等星に劣らないほどに輝く星を見つけた。

 

 

「『おおいぬ座』の……イプシロン星。二等星のハズだ……が」

 

 

 カメラを構えて、シャッターを切る。

 相変わらず、被写体はブレる。

 

 

 

 

 

 おおいぬ座イプシロン星……別名は『アダラ』。

 アラビア語で、『乙女たち』を意味する。

 

 

 

 

 

 

 

「……かつて処女とは、『男に依存しない女』と定義された」

 

 

 アダラを見上げ、呟く。

 

 

「男に惑わされない、自我を掲げ、自立する強き女……『それこそが処女であり乙女』だと」

 

 

 彼はチラリと、振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、立っていたのは、小さい少女だった、

 

 

「………………」

 

「なんだガキンチョ」

 

「てめぇこそなんだ。一人でブツブツ……ヤベー奴だろ」

 

「夜中に『スタンガン』持ってぶらつく不良娘も、ヤバい奴だろ?」

 

「……なんで分かるんだよ」

 

「俺は何でも、お見通しだ」

 

 

 少女は舌打ちをする。

 その間、彼はスタンガンを警戒して移動し、彼女に夜景を譲った。

 

 

「この夜景を見に来たようだな」

 

「………………」

 

「虫みたいだろ?」

 

「……良く分かってんじゃん」

 

 

 彼女は柵に手をつき、身を乗り出して夜景を俯瞰する。

 

 

「中坊か? ただでさえチビなのに、寝ないと余計にチビになるぞ」

 

「……てめぇなんだよ、さっきから」

 

「俺か?」

 

 

 彼は自分のカメラを弄りながら、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「通りすがりの、『仮面ライダー』だ。覚えておけ」




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