キングスピア < K I N G S P I A > 作:明暮10番
「…………んん」
朝日が顔に当たり、ソウゴは目を覚ます。
彼が横たわっていた場所は、団地内の小さな公園の、滑り台の上。
「……人生初めて野宿しちゃったなぁ」
結局、今いる場所が分からず、帰り方も分からない為、滑り台で眠ってしまった。
母親がいる以上、姫乃の家に泊まる訳には行かない。
彼女には「一時帰宅」と嘘を吐いた。
「あーもう、身体痛いし寒いし……二度と野宿なんてしないからね」
ブツブツぼやきながら立ち上がり、公園を後にしようと歩き出す。
彼がここで野宿した理由は、もう一つあった。
それは姫乃の母親と話をする為だ。
ソウゴは幼い時に両親を亡くしている。
だからこそ、親がいるのに愛されていない姫乃に、強く同情していた。
同時に、『親は子を愛する者』とは『限らない』とも。
虐待。その可能性に気付かなかった自分が、何よりも悔しい。
「てか、お腹空いた……めちゃくちゃ身体バキバキだし……もしかしたら幽霊の方が便利な気がする……」
空腹を摩りながら、姫乃の家へ向かうソウゴ。
ともあれ彼女の母親には、全くの愛情が喪失している訳ではないと確信していた。
「いつもは無関心なのに、酔うと暴力を振るう……これって逆に言ったら、本当は姫乃を意識してるって事だよね」
前向きに考えながら、通勤通学途中の人々を避けつつ、彼女の家へ向かう。
途中、人とついぶつかってしまった。
「おと……あ、すいません!」
「…………うん」
死んだ顔をした男だった。
謝罪するソウゴに軽い反応を見せただけで、彼はトボトボと何処かへ歩いて消える。
「朝がキツイ人なのかな……でもあの人、どっかで……?」
奇妙な既視感を覚えながら、ソウゴは姫乃の家の前までやって来た。
「……よぉし」
すぐには入らない。母親と一対一で話し合う為、姫乃が通学で外に出るまで待つ。
それまでは部屋の前で壁に凭れて待機。
その時は二分後に来た。
扉がガチャリと開き、中から姫乃が顔を出す。
「あ……ソウゴさん?」
「おはよっ、姫乃!……お母さん、いるかな?」
「えと、あの……います……けど……」
酷く当惑した様子。
ソウゴがあまりにも朝早く来ていたからなのか。しかし彼女は頻りに家の中へ視線を泳がしている。
「どうしたの?」
「……ソウゴさん。お尋ねしますけど」
「え?」
「……これ、夢ですか?」
「………………」
一瞬だけ何を言っているのか理解出来ず、目をパチクリさせるソウゴ。
何とか発せた返答も、思考停止な「はい?」だった。
「え、どゆこと? 姫乃、寝惚けてる?」
「寝惚けているかもしれない……かも」
「ほっぺ抓って、ほっぺ」
「べ、ベターなやり方ですよね……い、い、いきます……!」
「そこまで力まなくても良い気がする……」
姫乃は自分の頰を抓り、ギュッと引っ張った。
「痛いっ!」
「そうなるよね」
「……夢じゃ、ない?」
「ねぇ、姫乃。どうし……」
半開きの扉に、もう一つの手がかかる。
姫乃の代わりに扉を全開にしたその人物は、間違いなく彼女の母親だ。
「どうしたの姫乃? 誰か来た?」
ソウゴも一瞬だけ、誰だか分からなかった。
エプロンをつけ、髪を括ったその女性は、穏やかな表情をしている。
「……………え?」
「あ、ママ……」
「昨日の子……」
ソウゴを視認すると、まず行ったのは頭を下げて謝罪。
「あの……昨日は私、どうかしていたわ……玄関先で言うのも失礼ですけど、本当に申し訳ありません」
「え? あ、うん。あの、気にしないでください……?」
間違いない。姫乃の母親だ。
だが昨日までの廃れた雰囲気と暗い感情は、面影さえ見当たらない。
まるで憑き物が落ちたかのような、晴れ晴れとした顔だ。
「ええと、お名前伺っても良い?」
「な、名前? 常磐ソウゴです……」
「ソウゴ君ね。首は大丈夫? 痛むなら手当てしてあげるわよ?」
「首は何ともないけど……あ」
ソウゴのお腹が鳴った。
「あら、ごはんまだなの?」
「はい……」
「お詫びと言ったらだけど、食べて行く?」
「えー……いただきます……」
「分かった! 今から準備するわ」
家に引っ込もうとした彼女だったが、その前に姫乃の頭を撫で、「行ってらっしゃい」と優しく声をかけた。
再び二人になったソウゴと姫乃。
二人とも、同じように、呆然顔をしていた。
「……………え? 仲直りしたの? 昨日の今日で?」
「いえ、その……わ、分からないんです。朝起きたら朝食があって、ママが謝って……」
「ど、どゆこと? それって……寝て起きたら、お母さんと和解してたって事?」
「はい……えと……多分」
「………………ごめん、やっぱ分かんない。どゆこと?」
理解出来るような納得いかないような。
大変喜ばしい事だが、あまりに展開が早過ぎる。
昨日の今日で、人間は丸っ切り変われるのか。あまりに違和感だ。
「兎に角、ママが言うんですから、食べて行かれます?」
「そうするよ。俺お腹ぺこぺこで……それに、色々話を聞いてみたいし」
「お願いします。その、昨日も含めて色々と気を使っていただいて、何て言えば良いのか」
「平気だって。ほら、学校遅れるよ?」
「ソウゴさんは、学校は?」
「俺? あー……今日、開校記念日なんだ!」
「そうなんですか。お休みなのにわざわざ……」
「大丈夫だって! それよりほら、行きな? 遅れるよ」
少し話が長引きそうだなと思い、ソウゴは姫乃に道を開けて登校を促した。
彼女はぺこぺこ頭を下げながら、走って行く。
「……どうなってんだ?」
「ソウゴくん?」
「うおっ!?」
姫乃の母親が申し訳なさそうな表情で、顔を出した。
「驚かしてごめんね……少し時間かかりそうなの。中で待ってて良いから!」
「あ、ありがとうございます……ではでは、おじゃましま〜す……」
部屋に通され、ソウゴはリビングの椅子に座る。
彼女は台所で朝食を作っていた。後ろ姿からだが、良き母親のイメージそのままだ。
「ちょっと待っててね……あ。お味噌汁は濃いめが良い? ウチ、基本薄めなのよ」
「あー……じゃあ、濃いめで」
「分かったわ。ご飯は好きによそってもらって良いから。お茶碗は棚にあるもの使ってね」
「じゃあ……遠慮なく……」
それからすぐ後には、ソウゴの前にツヤツヤのご飯、シャケの塩焼き、お味噌汁、佃煮が置かれた。
昨日のあの凶暴な女性が、こんな美味しそうな料理を作るなんてと、ソウゴは驚かされる。
「うおぉ〜! すっげぇ……美味そ〜……!」
「ふふっ、ありがと……お詫びになれば良いけど」
「いやもう、最高! 許します!……じゃあ早速、いただきまーす!」
困惑していたソウゴだが、昨晩から食べていない事もあり、喜んで料理にありつけた。
美味しそうな見た目だったが、その通り美味しい。味噌汁も好みの味だ。
「うっま……!」
「美味しそうに食べるわね」
「だって美味しいんですもん!」
ソウゴの向かい側に座り、ニコニコと食べ進める彼を見守っている。
見れば見るほど、別人のようだ。
だがソウゴの事を覚えているし、暴力を振るった事も覚えている。記憶喪失だとかではなさそうだ。
身内以外に見られながら食べると言うのは、少し気恥ずかしい。
思い切ってソウゴは、話を切り出した。
「……昨日の事、覚えていますよね?」
「……ええ」
「あれから、何かあったの? 娘さんと、お話ししたの?」
彼女は微笑みながら目を伏せ、何処から話そうかと迷っている。
少ししてまたソウゴと目を合わせ、言葉を考えながらゆっくり、告げ始めた。
「……間違いなく、『何かはあった』わ」
「え?」
「……それについては、秘密にして良いかしら?」
曖昧に笑う。
つい怪訝な表情になるソウゴだが、彼女は彼の気持ちを汲んだ上で、別の話を始める。
「私には好きな男性がいたの。それこそ、あの子を蔑ろにするほど好きな人」
「……昨日言っていましたね」
「今思えばどうしようもないロリコン野郎ね。まだ小学生のあの子に『服を脱げ』って言ったらしいのよ」
それからは姫乃と不仲になった理由を話してくれた。
怯えて服を脱ぎ、助けを求めた姫乃を「私の男を盗った」と思い込んだらしい。
「あの子の実の父親が……別の女性の所に行った。あの時も私の男が誰かに……だからそんな、変な妄想を起こしてしまったのね」
「そうだったんだ……」
「でも、やっと気付いた……あの子は全く悪くない。寧ろ被害者……やっと気付いたじゃないわ。『気付いていたハズ』なの」
思い出し、涙が出てきたのか、目元を抑え始める。
「……なのに……自分を抑えられなかった。無視していても、心の何処かで寂しく思っていたし……でもお酒を飲めばあの日を思い出して辛く当たって……結局、素直になれなかっただけ」
話を静聴するソウゴ。
しかしそれでも、彼女の表情や仕草から目を離さない。
嘘を吐いていない。演技にしては感情的過ぎる。
言葉に誇張はない。次に僅少の不十分さもない。
仕草に迷いはない。裏も表も伺えない純真さだ。
だからこそおかしい。本心だからこそおかしい。
明らかに、昨日と別人……なのに彼女は、『昨日の彼女と同じ人物』。
いきなり、『目が覚めて、受け入れた』。
冬眠から覚め、春に飛び立つように。
「…………ソウゴくん」
熟考し、少し話を聞き逃していたソウゴだったが、彼女に名前を呼ばれてハッと、我に帰る。
「……ここにまた来たって事は、あの子を私から護ろうとしてくれたのよね」
「え…………う、うん」
「なら、私もあなたも『同じ』」
彼女の言った『同じ』のニュアンスに引っかかる。
「……同じって?」
「……なんでもない。兎に角、ソウゴくん。どうか、あの子を護ってあげてね」
涙目で、微笑む。
その笑みは、やっぱり姫乃に似ていた。
「ちょっと食べ過ぎちゃった……」
膨れたお腹をさすりながら、ソウゴは団地を出た。
姫乃は過剰なイジメを受けている。暫く見守るのも良いだろう。
「てか、まだ学校やっているって事は……やっぱりここ、過去の世界だね」
ソウゴのいた時間軸では、とっくに冬休みだ。
「この時間で帰ったらまたウォズやツクヨミに怒られるかなぁ……まぁ、ゲイツにライドウォッチ渡したし、アナザーライダーは大丈夫でしょ。ゲイツがやってくれたら迎えに来てくれるかな〜」
楽観的に物事を見据えながら、道路沿いに出る。
角からやって来た人物と、思わず衝突しそうになった。
姫乃だ。
「ソウゴさん!」
「あれ、姫乃じゃん。どうしたの? 学校でしょ?」
「あ、あの……今朝の出来事が衝撃的過ぎて……定期、ベッドに置きっ放しで……す、すいません!」
大慌てで家に戻ろうとする姫乃。
ソウゴを通り過ぎた時、後ろから彼に呼び止められた。
「姫乃!」
立ち止まり、振り返った先には、いつの間にか彼の横に派手なバイクがあった。
「え? なに……それ、バイク……ですか?」
「俺のバイク。乗ってく?」
「……あれ? そこにありました?」
「まぁまぁ! 昨日のお礼にさ?」
「運転出来るんですか……!?」
「へへ! 普通二輪免許だよぉ? 夏休みに取ったんだ!」
バイク……『ライドストライカー』に吊るされていたヘルメットを取り、姫乃に投げ渡す。
危なっかしく受け取り、おずおずと着用した。
「二人乗りとか初めて……ほ、補導されないかな……?」
「学校の少し前で降ろせば良いでしょ。ほら、遅れるよぉ〜」
「は、はい!」
時間は刻一刻と迫っている。止むを得ず、バイクの後部に乗る。
運転席にソウゴが座り、早速バイクは走り出す。
「も、もう少しスピード落としてくださいっ!?」
「大丈夫大丈夫! このバイクねぇ、絶対に事故らないから!」
「変わったバイクだけどそんな機能ないですよね!?」
「今、何時ぃ?」
「えと……八時過ぎ?」
「授業九時からでしょ? 飛ばすよっ!!」
「全然時間ありますからゆっくり、ゆっくりぃ!?」
ソウゴと姫乃を乗せたライドストライカーは、颯爽と街の中に消えた。
団地をうろつく、一人の男。それは今朝、ソウゴとぶつかった男だ。
「ここ何処なんだよぉ……帰りたい……!」
路頭に迷い、嘆きながら歩く。
会社の帰り、怪人が現れて襲われた。
『うわぁぁあ!?』
『ウゥ……!』
ソウゴたちが駆けつけた時、オーロラの中へ投げられてしまった、一般人だった。
気が付けば自分は知らない街にいて、絶望しながらトボトボ家を求めて歩いていた。
団地をふらついていた時、影からスッと現れ、立ちはだかる者。
「よぉ。災難だったな」
「え? ど、どな……うわぁ!?」
「よっと……これで五人目か」
するといきなり彼を掴み、後ろへ押した。
その先は、灰色のオーロラ。男はその中に吸い込まれ、消える。
一連の様を見届けた彼はオーロラを霧散させ、振り返る。
士だった。何故か、高級ビジネススーツ姿。
「思った通り……俺の偽物に追放させられた人間は、『全員この世界』に来ている……見つけるのに骨が折れるぜ」
ネクタイを締め直し、襟を正してから、士は歩き出した。
「と、なると……間違いないな。常盤ソウゴもこの世界だ」
道路に行き、路肩に停めていたバイクの座席に置いていたヘルメットを被り、跨る。
マゼンタと黒の派手な色合いをしたスクーター型バイク……『マシンディケイダー』。
「……しかし『奴』は何処だ?」
ハンドルを捻り、走り出す。
彼もまた、街に消える。
姫乃とソウゴを乗せたライドストライカーは、学校の少し前で停車する。
「ここなら良いんじゃない?……大丈夫?」
初めて乗ったバイクで、姫乃はヘロヘロだ。
「うぅ〜……スピード落としてって言ったのに……」
「ごめんごめん! でも、間に合ったでしょ?」
「そうですけど……あ。結局定期忘れた……」
「じゃあ、帰りも乗せてあげる!」
「ありがとうございます……あ、でも、帰りこそゆっくりで良いんで!」
そのまま学校への道を、二人は歩く。
まだ少し早い気がするが、早い人なら既に教室にいる時間帯だ。
学校に近付く度に、姫乃の表情が憂鬱なものになる。
今日も一日、クラスメイトから虐げられる……彼女の心情を想えば、遣る瀬無いだろう。
「お母さんから色々聞いたけど……姫乃も、大変だったね」
「はい……」
「でもなぁ……お母さん凄く、良い人になってたけど……どうしたんだろ? 隠し事とかしている様子は無かったけどなぁ……」
「……実はまだ夢じゃないですよね?」
「夢じゃないってば……」
とうとう校門の前に。
姫乃の表情の影が、更に濃くなる。
「……大丈夫? キツイなら……お母さんもいるし、休んだら?」
「……大丈夫です。ママにお弁当作って貰いましたし」
「でも……明らかに昨日のは、イジメじゃすまないと思う。何かあってからじゃ遅いよ?」
「……い、いえ……折角、ママとも仲直り出来たし……ソウゴさんにも、甘えてばかりはいられませんから」
ニコリと笑いかける姫乃。
無理して作っている笑顔と、誰でも分かる。
「……やっぱり、姫乃は強いなぁ」
ソウゴは彼女の意向を汲んでやる事にした。
その代わり、彼女の母親から言われた通り、出来るだけ護らせてもらう。
「分かった。俺はもう、止めないから。勉強、頑張って」
「本当に、ここまで色々気にかけてくださって……ありがとうございます」
「平気平気!……そうだ。姫乃にお守りあげるね」
懐から彼は、何かを取り出した。
緑と黒の色合いをした、丸い、機械のような物。
小さなスイカのようだ。
「なんですかコレ?」
「お守り! 何かあったら、上にあるボタンを押してみてよ。姫乃を絶対に護ってくれるから!」
「ここですか?」
「今は駄目だよ? 本当に困った時に押すんだ。良い?」
姫乃の『お守り』を握らせた。
些か彼女の表情から、影が消えたような。
「……ありがとうございます。何だか……今日は大丈夫な気がします!」
「うん! やっぱ、そうでなくっちゃ!」
この二人の和やかな雰囲気に、やって来た人物が一人。
「おーい」
二人が目を向けると、そこにいたのは短髪の少女。
ソウゴには見覚えがあった。昨日、姫乃をイジメていた、渚と呼ばれた生徒だ。
彼女はニヤッと笑っている。獲物を見つけた喜びか。
「は、服部さん……」
渚はズンズンと、姫乃の方へ近付く。
無意識的に姫乃は一歩、恐怖から後退りしてしまう。
勿論、ソウゴは立ち塞がる。
「昨日の子だよね。なんで姫乃をイジメ」
「どけ」
「へ?」
躊躇せずソウゴを突き飛ばした彼女は、満面の、朗らかな笑みで、
「姫乃ぉ! 会いたかった〜!!」
……姫乃にぎゅーっと、抱き着いた。
「……え?」
「は?」
突き飛ばされたソウゴどころか、殴られると身を縮めていた姫乃も、目を丸くする。
「なんで今日は電車使わなかったの!? 待ってたのにぃ!」
「え? え? え!?」
「でも、あれ? じゃあ、どうやって学校来たの?」
「え、えとえと……そ、ソウゴさんにバイクで……」
「バイク!? つまり……二人乗りッ!?」
「う、うん……あの、服部さん、どうし……」
渚はキッと、何故かソウゴを睨む。
かなり凄まじい眼光だ。男でも怯えてしまうほど。
「……ソウゴって、こいつ?」
「な、なに? おおお、俺ぇ? なんで?」
何故かソウゴに対して、怒りを発している。
「……二人乗りした?」
「し、したけど……」
「……したんだ」
「ね、ねぇ? 君、どうしたの?」
「………………」
姫乃から離れ、ズンズンと今度はソウゴの方へ。
「ちょちょちょ、ちょっと!?」
「……羨ましい……!」
「え? 羨ま……うおぉ!?」
渚はある程度彼へ近付くと腕を伸ばし、胸倉を掴み上げた。
「てめぇぇぇッ!?」
「おおおおお!?」
「姫乃に手ぇ出したらブッ飛ばすぞッ!! おおッ!?」
ダダ漏れの羨望と嫉妬の念を目から放たれながら、鬼の形相で怒られる。
訳の分からなさに、ソウゴは完全に混乱していた。
「な、なに言っちゃってるのこの子ぉ!?」
「うるせぇえッ!! こちとら免許ねぇんだよゴラァァアッ!! 姫乃とバイク二人乗りとか夢のまた夢なんだぞオラァァァッ!?」
「え、え、ええええええ!?」
不条理に怒られるソウゴ。
後ろでアワアワしていた姫乃だったが、意を決して渚の腕を掴み、止めに入る。
「は、服部さん! ソウゴさんはそんな人じゃないですから! とても良い人で」
「そうなの?」
「……え?」
あれだけ怒っていた癖に、姫乃が止めた瞬間にケロッと表情を戻す。
パッとソウゴから手を離すと、ピョンッと姫乃にくっ付いた。
側から見れば、とても仲の良い二人。
しかし間違いなく昨日の彼女は、姫乃に虫の死骸を食わせるほどの、残虐な人だった。
「まぁ、姫乃が言うなら大丈夫かな……でも色目使ったら沈めるからなテメェ?」
「沈めるって何処によぉ……てか……どゆこと?」
「わ、私もさっぱり……! 服部さんどうしたんですか!?」
姫乃の質問に対し、渚は少し考え込んだ後に話し出す。
「私ってさ、本当にどうしようもない奴でね。誰の事も好きじゃない癖に好かれたがりで」
ソウゴは驚きで、目を見開いた。
「でも好かれる訳なくて」
同じだ。
「それでイライラして。姫乃に当たってたんだ。けど、それは間違ってるって気付いた……」
全く同じだ。
「……いいや。『気付いていたハズなのに』なぁ」
「……ッ!?」
姫乃の母親と、全く同じだ。
彼女も突然、改心している。
満面の笑みで腕を広げて、姫乃に向けていた悪意を消し去った渚。
和やかで、喜ぶべきなのに……あまりにも、空恐ろしい。
「……服部って、名前だっけ?」
「あん?」
振り向く渚と目を合わせるソウゴ。
やはり渚からは、嘘や悪意は見当たらない。
「君に一体……何が……あったの?」
彼女は面倒くさそうに答えた。
「まぁ、『何かあった』んだわ」
「ゲイツッ!!」
戦闘を追え、『クジゴジ堂』に帰還したゲイツに、『ツクヨミ』が血相を変えて近付いた。
「どうした?」
「アナザーディケイドがまた現れたわ!」
「なにッ!?」
先ほど仮面ライダーディケイドと共に、撃退したハズだ。
しかし契約者がいなかった点、やはり仕留めていなかったと合点が行く。
「クソッ!……俺たちが相手したアナザーライダーは『偽物』か……!」
目の前で敵は、二人に分身した。可能性としては最もありえる。
「アナザーディケイドは『2009』って年数があった。そこに行けば……」
「……待てツクヨミ」
しかし違和感がある。
彼に引っかかりを与えたのは、士の言葉だ。
『俺が半端に「この世界」に来たもんだから、少し「歴史が生まれた」……』
妙だ。
ゲイツは必死に思考を巡らせた。
「……アナザーライダーは、その時代にいなければ作れないハズだ……」
「だからその時代が、2009年なんでしょ?」
「しかし奴がこの世界に現れたのはつい『この前』だ。奴は世界を移動する『亡霊のような存在』……2009年に奴は存在しないハズだ」
「じゃあ……どうやってアナザーライダーが作られたの!?」
「奴は言っていた。『この世界に来たから、少し歴史が生まれた』……」
ならば、アナザーライダーはこの『2018年に生み出されていなければならない』のでは。
事実、アナザーディケイドの存在に関わらず、士は仮面ライダーディケイドのままだった。
「……まさか」
「兎に角ゲイツ! アナザーディケイドが暴れているの! それをどうにかしないと……」
ゲイツは一旦思考を取りやめ、渋面のまま腕のホルダーからウォッチを取る。
表面に『バイク』と書かれた物。
竜頭を押し、放ると、空中で何度も変形と展開を繰り返し、『ライドストライカー』へと巨大化した。
「ソウゴは? 確かディケイドのライドウォッチは、ソウゴが……」
「生憎、ジオウは連れ去られ……ディケイドライドウォッチは門矢士に奪われた」
「なんですって……!?」
「どうにかして見つける。ライドウォッチだが……今は必要ない。今の奴には、『ライダーの力は関係ない』のかもしれないな」
ライドストライカーに跨り、発車準備を整える。
ツクヨミは再度、ゲイツへ質問した。
「今出現しているアナザーディケイドも……偽物って事?」
真っ直ぐ見据えながら、答える。
「偽物と言うより……『亡霊』だ」
ハンドルを切り、ゲイツはアナザーディケイドの出現地点へ向かう。
民間人を守る為に。ソウゴを取り戻す為に。