キングスピア < K I N G S P I A >   作:明暮10番

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ビーハイブ2018『 徴 』

「…………んん」

 

 

 朝日が顔に当たり、ソウゴは目を覚ます。

 彼が横たわっていた場所は、団地内の小さな公園の、滑り台の上。

 

 

「……人生初めて野宿しちゃったなぁ」

 

 

 結局、今いる場所が分からず、帰り方も分からない為、滑り台で眠ってしまった。

 母親がいる以上、姫乃の家に泊まる訳には行かない。

 彼女には「一時帰宅」と嘘を吐いた。

 

 

「あーもう、身体痛いし寒いし……二度と野宿なんてしないからね」

 

 

 ブツブツぼやきながら立ち上がり、公園を後にしようと歩き出す。

 

 

 彼がここで野宿した理由は、もう一つあった。

 それは姫乃の母親と話をする為だ。

 

 

 ソウゴは幼い時に両親を亡くしている。

 だからこそ、親がいるのに愛されていない姫乃に、強く同情していた。

 

 同時に、『親は子を愛する者』とは『限らない』とも。

 虐待。その可能性に気付かなかった自分が、何よりも悔しい。

 

 

「てか、お腹空いた……めちゃくちゃ身体バキバキだし……もしかしたら幽霊の方が便利な気がする……」

 

 

 空腹を摩りながら、姫乃の家へ向かうソウゴ。

 ともあれ彼女の母親には、全くの愛情が喪失している訳ではないと確信していた。

 

 

「いつもは無関心なのに、酔うと暴力を振るう……これって逆に言ったら、本当は姫乃を意識してるって事だよね」

 

 

 前向きに考えながら、通勤通学途中の人々を避けつつ、彼女の家へ向かう。

 

 

 

 途中、人とついぶつかってしまった。

 

 

「おと……あ、すいません!」

 

「…………うん」

 

 

 死んだ顔をした男だった。

 謝罪するソウゴに軽い反応を見せただけで、彼はトボトボと何処かへ歩いて消える。

 

 

「朝がキツイ人なのかな……でもあの人、どっかで……?」

 

 

 奇妙な既視感を覚えながら、ソウゴは姫乃の家の前までやって来た。

 

 

「……よぉし」

 

 

 すぐには入らない。母親と一対一で話し合う為、姫乃が通学で外に出るまで待つ。

 それまでは部屋の前で壁に凭れて待機。

 

 

 その時は二分後に来た。

 扉がガチャリと開き、中から姫乃が顔を出す。

 

 

「あ……ソウゴさん?」

 

「おはよっ、姫乃!……お母さん、いるかな?」

 

「えと、あの……います……けど……」

 

 

 酷く当惑した様子。

 ソウゴがあまりにも朝早く来ていたからなのか。しかし彼女は頻りに家の中へ視線を泳がしている。

 

 

「どうしたの?」

 

「……ソウゴさん。お尋ねしますけど」

 

「え?」

 

「……これ、夢ですか?」

 

「………………」

 

 

 一瞬だけ何を言っているのか理解出来ず、目をパチクリさせるソウゴ。

 何とか発せた返答も、思考停止な「はい?」だった。

 

 

「え、どゆこと? 姫乃、寝惚けてる?」

 

「寝惚けているかもしれない……かも」

 

「ほっぺ抓って、ほっぺ」

 

「べ、ベターなやり方ですよね……い、い、いきます……!」

 

「そこまで力まなくても良い気がする……」

 

 

 姫乃は自分の頰を抓り、ギュッと引っ張った。

 

 

「痛いっ!」

 

「そうなるよね」

 

「……夢じゃ、ない?」

 

「ねぇ、姫乃。どうし……」

 

 

 半開きの扉に、もう一つの手がかかる。

 姫乃の代わりに扉を全開にしたその人物は、間違いなく彼女の母親だ。

 

 

 

 

「どうしたの姫乃? 誰か来た?」

 

 

 

 ソウゴも一瞬だけ、誰だか分からなかった。

 エプロンをつけ、髪を括ったその女性は、穏やかな表情をしている。

 

 

「……………え?」

 

「あ、ママ……」

 

「昨日の子……」

 

 

 ソウゴを視認すると、まず行ったのは頭を下げて謝罪。

 

 

「あの……昨日は私、どうかしていたわ……玄関先で言うのも失礼ですけど、本当に申し訳ありません」

 

「え? あ、うん。あの、気にしないでください……?」

 

 

 間違いない。姫乃の母親だ。

 だが昨日までの廃れた雰囲気と暗い感情は、面影さえ見当たらない。

 

 まるで憑き物が落ちたかのような、晴れ晴れとした顔だ。

 

 

「ええと、お名前伺っても良い?」

 

「な、名前? 常磐ソウゴです……」

 

「ソウゴ君ね。首は大丈夫? 痛むなら手当てしてあげるわよ?」

 

「首は何ともないけど……あ」

 

 

 ソウゴのお腹が鳴った。

 

 

「あら、ごはんまだなの?」

 

「はい……」

 

「お詫びと言ったらだけど、食べて行く?」

 

「えー……いただきます……」

 

「分かった! 今から準備するわ」

 

 

 家に引っ込もうとした彼女だったが、その前に姫乃の頭を撫で、「行ってらっしゃい」と優しく声をかけた。

 

 

 再び二人になったソウゴと姫乃。

 二人とも、同じように、呆然顔をしていた。

 

 

「……………え? 仲直りしたの? 昨日の今日で?」

 

「いえ、その……わ、分からないんです。朝起きたら朝食があって、ママが謝って……」

 

「ど、どゆこと? それって……寝て起きたら、お母さんと和解してたって事?」

 

「はい……えと……多分」

 

「………………ごめん、やっぱ分かんない。どゆこと?」

 

 

 理解出来るような納得いかないような。

 大変喜ばしい事だが、あまりに展開が早過ぎる。

 

 昨日の今日で、人間は丸っ切り変われるのか。あまりに違和感だ。

 

 

「兎に角、ママが言うんですから、食べて行かれます?」

 

「そうするよ。俺お腹ぺこぺこで……それに、色々話を聞いてみたいし」

 

「お願いします。その、昨日も含めて色々と気を使っていただいて、何て言えば良いのか」

 

「平気だって。ほら、学校遅れるよ?」

 

「ソウゴさんは、学校は?」

 

「俺? あー……今日、開校記念日なんだ!」

 

「そうなんですか。お休みなのにわざわざ……」

 

「大丈夫だって! それよりほら、行きな? 遅れるよ」

 

 

 少し話が長引きそうだなと思い、ソウゴは姫乃に道を開けて登校を促した。

 彼女はぺこぺこ頭を下げながら、走って行く。

 

 

「……どうなってんだ?」

 

「ソウゴくん?」

 

「うおっ!?」

 

 

 姫乃の母親が申し訳なさそうな表情で、顔を出した。

 

 

「驚かしてごめんね……少し時間かかりそうなの。中で待ってて良いから!」

 

「あ、ありがとうございます……ではでは、おじゃましま〜す……」

 

 

 部屋に通され、ソウゴはリビングの椅子に座る。

 彼女は台所で朝食を作っていた。後ろ姿からだが、良き母親のイメージそのままだ。

 

 

「ちょっと待っててね……あ。お味噌汁は濃いめが良い? ウチ、基本薄めなのよ」

 

「あー……じゃあ、濃いめで」

 

「分かったわ。ご飯は好きによそってもらって良いから。お茶碗は棚にあるもの使ってね」

 

「じゃあ……遠慮なく……」

 

 

 それからすぐ後には、ソウゴの前にツヤツヤのご飯、シャケの塩焼き、お味噌汁、佃煮が置かれた。

 昨日のあの凶暴な女性が、こんな美味しそうな料理を作るなんてと、ソウゴは驚かされる。

 

 

「うおぉ〜! すっげぇ……美味そ〜……!」

 

「ふふっ、ありがと……お詫びになれば良いけど」

 

「いやもう、最高! 許します!……じゃあ早速、いただきまーす!」

 

 

 困惑していたソウゴだが、昨晩から食べていない事もあり、喜んで料理にありつけた。

 美味しそうな見た目だったが、その通り美味しい。味噌汁も好みの味だ。

 

 

「うっま……!」

 

「美味しそうに食べるわね」

 

「だって美味しいんですもん!」

 

 

 ソウゴの向かい側に座り、ニコニコと食べ進める彼を見守っている。

 

 

 見れば見るほど、別人のようだ。

 だがソウゴの事を覚えているし、暴力を振るった事も覚えている。記憶喪失だとかではなさそうだ。

 

 身内以外に見られながら食べると言うのは、少し気恥ずかしい。

 思い切ってソウゴは、話を切り出した。

 

 

「……昨日の事、覚えていますよね?」

 

「……ええ」

 

「あれから、何かあったの? 娘さんと、お話ししたの?」

 

 

 彼女は微笑みながら目を伏せ、何処から話そうかと迷っている。

 少ししてまたソウゴと目を合わせ、言葉を考えながらゆっくり、告げ始めた。

 

 

「……間違いなく、『何かはあった』わ」

 

「え?」

 

「……それについては、秘密にして良いかしら?」

 

 

 曖昧に笑う。

 つい怪訝な表情になるソウゴだが、彼女は彼の気持ちを汲んだ上で、別の話を始める。

 

 

「私には好きな男性がいたの。それこそ、あの子を蔑ろにするほど好きな人」

 

「……昨日言っていましたね」

 

「今思えばどうしようもないロリコン野郎ね。まだ小学生のあの子に『服を脱げ』って言ったらしいのよ」

 

 

 それからは姫乃と不仲になった理由を話してくれた。

 怯えて服を脱ぎ、助けを求めた姫乃を「私の男を盗った」と思い込んだらしい。

 

 

「あの子の実の父親が……別の女性の所に行った。あの時も私の男が誰かに……だからそんな、変な妄想を起こしてしまったのね」

 

「そうだったんだ……」

 

「でも、やっと気付いた……あの子は全く悪くない。寧ろ被害者……やっと気付いたじゃないわ。『気付いていたハズ』なの」

 

 

 思い出し、涙が出てきたのか、目元を抑え始める。

 

 

「……なのに……自分を抑えられなかった。無視していても、心の何処かで寂しく思っていたし……でもお酒を飲めばあの日を思い出して辛く当たって……結局、素直になれなかっただけ」

 

 

 

 話を静聴するソウゴ。

 しかしそれでも、彼女の表情や仕草から目を離さない。

 

 

 

 嘘を吐いていない。演技にしては感情的過ぎる。

 言葉に誇張はない。次に僅少の不十分さもない。

 仕草に迷いはない。裏も表も伺えない純真さだ。

 

 だからこそおかしい。本心だからこそおかしい。

 明らかに、昨日と別人……なのに彼女は、『昨日の彼女と同じ人物』。

 

 いきなり、『目が覚めて、受け入れた』。

 

 

 冬眠から覚め、春に飛び立つように。

 

 

 

 

「…………ソウゴくん」

 

 

 熟考し、少し話を聞き逃していたソウゴだったが、彼女に名前を呼ばれてハッと、我に帰る。

 

 

「……ここにまた来たって事は、あの子を私から護ろうとしてくれたのよね」

 

「え…………う、うん」

 

「なら、私もあなたも『同じ』」

 

 

 彼女の言った『同じ』のニュアンスに引っかかる。

 

 

「……同じって?」

 

「……なんでもない。兎に角、ソウゴくん。どうか、あの子を護ってあげてね」

 

 

 涙目で、微笑む。

 

 その笑みは、やっぱり姫乃に似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと食べ過ぎちゃった……」

 

 

 膨れたお腹をさすりながら、ソウゴは団地を出た。

 姫乃は過剰なイジメを受けている。暫く見守るのも良いだろう。

 

 

「てか、まだ学校やっているって事は……やっぱりここ、過去の世界だね」

 

 

 ソウゴのいた時間軸では、とっくに冬休みだ。

 

 

「この時間で帰ったらまたウォズやツクヨミに怒られるかなぁ……まぁ、ゲイツにライドウォッチ渡したし、アナザーライダーは大丈夫でしょ。ゲイツがやってくれたら迎えに来てくれるかな〜」

 

 

 楽観的に物事を見据えながら、道路沿いに出る。

 

 

 角からやって来た人物と、思わず衝突しそうになった。

 姫乃だ。

 

 

「ソウゴさん!」

 

「あれ、姫乃じゃん。どうしたの? 学校でしょ?」

 

「あ、あの……今朝の出来事が衝撃的過ぎて……定期、ベッドに置きっ放しで……す、すいません!」

 

 

 大慌てで家に戻ろうとする姫乃。

 ソウゴを通り過ぎた時、後ろから彼に呼び止められた。

 

 

「姫乃!」

 

 

 

 

 立ち止まり、振り返った先には、いつの間にか彼の横に派手なバイクがあった。

 

 

「え? なに……それ、バイク……ですか?」

 

「俺のバイク。乗ってく?」

 

「……あれ? そこにありました?」

 

「まぁまぁ! 昨日のお礼にさ?」

 

「運転出来るんですか……!?」

 

「へへ! 普通二輪免許だよぉ? 夏休みに取ったんだ!」

 

 

 バイク……『ライドストライカー』に吊るされていたヘルメットを取り、姫乃に投げ渡す。

 危なっかしく受け取り、おずおずと着用した。

 

 

「二人乗りとか初めて……ほ、補導されないかな……?」

 

「学校の少し前で降ろせば良いでしょ。ほら、遅れるよぉ〜」

 

「は、はい!」

 

 

 時間は刻一刻と迫っている。止むを得ず、バイクの後部に乗る。

 運転席にソウゴが座り、早速バイクは走り出す。

 

 

「も、もう少しスピード落としてくださいっ!?」

 

「大丈夫大丈夫! このバイクねぇ、絶対に事故らないから!」

 

「変わったバイクだけどそんな機能ないですよね!?」

 

「今、何時ぃ?」

 

「えと……八時過ぎ?」

 

「授業九時からでしょ? 飛ばすよっ!!」

 

「全然時間ありますからゆっくり、ゆっくりぃ!?」

 

 

 ソウゴと姫乃を乗せたライドストライカーは、颯爽と街の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 団地をうろつく、一人の男。それは今朝、ソウゴとぶつかった男だ。

 

 

「ここ何処なんだよぉ……帰りたい……!」

 

 

 路頭に迷い、嘆きながら歩く。

 

 

 

 

 

 

 会社の帰り、怪人が現れて襲われた。

 

 

『うわぁぁあ!?』

 

『ウゥ……!』

 

 

 ソウゴたちが駆けつけた時、オーロラの中へ投げられてしまった、一般人だった。

 

 

 

 

 

 気が付けば自分は知らない街にいて、絶望しながらトボトボ家を求めて歩いていた。

 

 

 団地をふらついていた時、影からスッと現れ、立ちはだかる者。

 

 

「よぉ。災難だったな」

 

「え? ど、どな……うわぁ!?」

 

「よっと……これで五人目か」

 

 

 

 するといきなり彼を掴み、後ろへ押した。

 

 その先は、灰色のオーロラ。男はその中に吸い込まれ、消える。

 一連の様を見届けた彼はオーロラを霧散させ、振り返る。

 

 

 

 士だった。何故か、高級ビジネススーツ姿。

 

 

「思った通り……俺の偽物に追放させられた人間は、『全員この世界』に来ている……見つけるのに骨が折れるぜ」

 

 

 ネクタイを締め直し、襟を正してから、士は歩き出した。

 

 

「と、なると……間違いないな。常盤ソウゴもこの世界だ」

 

 

 道路に行き、路肩に停めていたバイクの座席に置いていたヘルメットを被り、跨る。

 マゼンタと黒の派手な色合いをしたスクーター型バイク……『マシンディケイダー』。

 

 

「……しかし『奴』は何処だ?」

 

 

 ハンドルを捻り、走り出す。

 彼もまた、街に消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫乃とソウゴを乗せたライドストライカーは、学校の少し前で停車する。

 

 

「ここなら良いんじゃない?……大丈夫?」

 

 

 初めて乗ったバイクで、姫乃はヘロヘロだ。

 

 

「うぅ〜……スピード落としてって言ったのに……」

 

「ごめんごめん! でも、間に合ったでしょ?」

 

「そうですけど……あ。結局定期忘れた……」

 

「じゃあ、帰りも乗せてあげる!」

 

「ありがとうございます……あ、でも、帰りこそゆっくりで良いんで!」

 

 

 そのまま学校への道を、二人は歩く。

 まだ少し早い気がするが、早い人なら既に教室にいる時間帯だ。

 

 

 学校に近付く度に、姫乃の表情が憂鬱なものになる。

 今日も一日、クラスメイトから虐げられる……彼女の心情を想えば、遣る瀬無いだろう。

 

 

「お母さんから色々聞いたけど……姫乃も、大変だったね」

 

「はい……」

 

「でもなぁ……お母さん凄く、良い人になってたけど……どうしたんだろ? 隠し事とかしている様子は無かったけどなぁ……」

 

「……実はまだ夢じゃないですよね?」

 

「夢じゃないってば……」

 

 

 とうとう校門の前に。

 姫乃の表情の影が、更に濃くなる。

 

 

「……大丈夫? キツイなら……お母さんもいるし、休んだら?」

 

「……大丈夫です。ママにお弁当作って貰いましたし」

 

「でも……明らかに昨日のは、イジメじゃすまないと思う。何かあってからじゃ遅いよ?」

 

「……い、いえ……折角、ママとも仲直り出来たし……ソウゴさんにも、甘えてばかりはいられませんから」

 

 

 ニコリと笑いかける姫乃。

 無理して作っている笑顔と、誰でも分かる。

 

 

 

「……やっぱり、姫乃は強いなぁ」

 

 

 ソウゴは彼女の意向を汲んでやる事にした。

 その代わり、彼女の母親から言われた通り、出来るだけ護らせてもらう。

 

 

「分かった。俺はもう、止めないから。勉強、頑張って」

 

「本当に、ここまで色々気にかけてくださって……ありがとうございます」

 

「平気平気!……そうだ。姫乃にお守りあげるね」

 

 

 懐から彼は、何かを取り出した。

 緑と黒の色合いをした、丸い、機械のような物。

 小さなスイカのようだ。

 

 

「なんですかコレ?」

 

「お守り! 何かあったら、上にあるボタンを押してみてよ。姫乃を絶対に護ってくれるから!」

 

「ここですか?」

 

「今は駄目だよ? 本当に困った時に押すんだ。良い?」

 

 

 姫乃の『お守り』を握らせた。

 些か彼女の表情から、影が消えたような。

 

 

「……ありがとうございます。何だか……今日は大丈夫な気がします!」

 

「うん! やっぱ、そうでなくっちゃ!」

 

 

 

 

 この二人の和やかな雰囲気に、やって来た人物が一人。

 

 

 

 

「おーい」

 

 

 二人が目を向けると、そこにいたのは短髪の少女。

 ソウゴには見覚えがあった。昨日、姫乃をイジメていた、渚と呼ばれた生徒だ。

 

 

 彼女はニヤッと笑っている。獲物を見つけた喜びか。

 

 

「は、服部さん……」

 

 

 渚はズンズンと、姫乃の方へ近付く。

 無意識的に姫乃は一歩、恐怖から後退りしてしまう。

 

 

 勿論、ソウゴは立ち塞がる。

 

 

「昨日の子だよね。なんで姫乃をイジメ」

 

「どけ」

 

「へ?」

 

 

 躊躇せずソウゴを突き飛ばした彼女は、満面の、朗らかな笑みで、

 

 

 

 

 

 

「姫乃ぉ! 会いたかった〜!!」

 

 

 

……姫乃にぎゅーっと、抱き着いた。

 

 

 

 

 

「……え?」

 

「は?」

 

 

 突き飛ばされたソウゴどころか、殴られると身を縮めていた姫乃も、目を丸くする。

 

 

「なんで今日は電車使わなかったの!? 待ってたのにぃ!」

 

「え? え? え!?」

 

「でも、あれ? じゃあ、どうやって学校来たの?」

 

「え、えとえと……そ、ソウゴさんにバイクで……」

 

「バイク!? つまり……二人乗りッ!?」

 

「う、うん……あの、服部さん、どうし……」

 

 

 渚はキッと、何故かソウゴを睨む。

 かなり凄まじい眼光だ。男でも怯えてしまうほど。

 

 

 

 

「……ソウゴって、こいつ?」

 

「な、なに? おおお、俺ぇ? なんで?」

 

 

 何故かソウゴに対して、怒りを発している。

 

 

「……二人乗りした?」

 

「し、したけど……」

 

「……したんだ」

 

「ね、ねぇ? 君、どうしたの?」

 

「………………」

 

 

 姫乃から離れ、ズンズンと今度はソウゴの方へ。

 

 

「ちょちょちょ、ちょっと!?」

 

「……羨ましい……!」

 

「え? 羨ま……うおぉ!?」

 

 

 渚はある程度彼へ近付くと腕を伸ばし、胸倉を掴み上げた。

 

 

「てめぇぇぇッ!?」

 

「おおおおお!?」

 

「姫乃に手ぇ出したらブッ飛ばすぞッ!! おおッ!?」

 

 

 ダダ漏れの羨望と嫉妬の念を目から放たれながら、鬼の形相で怒られる。

 訳の分からなさに、ソウゴは完全に混乱していた。

 

 

「な、なに言っちゃってるのこの子ぉ!?」

 

「うるせぇえッ!! こちとら免許ねぇんだよゴラァァアッ!! 姫乃とバイク二人乗りとか夢のまた夢なんだぞオラァァァッ!?」

 

「え、え、ええええええ!?」

 

 

 不条理に怒られるソウゴ。

 後ろでアワアワしていた姫乃だったが、意を決して渚の腕を掴み、止めに入る。

 

 

「は、服部さん! ソウゴさんはそんな人じゃないですから! とても良い人で」

 

「そうなの?」

 

「……え?」

 

 

 あれだけ怒っていた癖に、姫乃が止めた瞬間にケロッと表情を戻す。

 パッとソウゴから手を離すと、ピョンッと姫乃にくっ付いた。

 

 側から見れば、とても仲の良い二人。

 しかし間違いなく昨日の彼女は、姫乃に虫の死骸を食わせるほどの、残虐な人だった。

 

 

「まぁ、姫乃が言うなら大丈夫かな……でも色目使ったら沈めるからなテメェ?」

 

「沈めるって何処によぉ……てか……どゆこと?」

 

「わ、私もさっぱり……! 服部さんどうしたんですか!?」

 

 

 姫乃の質問に対し、渚は少し考え込んだ後に話し出す。

 

 

「私ってさ、本当にどうしようもない奴でね。誰の事も好きじゃない癖に好かれたがりで」

 

 

 

 ソウゴは驚きで、目を見開いた。

 

 

 

「でも好かれる訳なくて」

 

 

 

 同じだ。

 

 

 

「それでイライラして。姫乃に当たってたんだ。けど、それは間違ってるって気付いた……」

 

 

 

 

 全く同じだ。

 

 

 

 

 

「……いいや。『気付いていたハズなのに』なぁ」

 

 

「……ッ!?」

 

 

 

 

 姫乃の母親と、全く同じだ。

 彼女も突然、改心している。

 

 

 満面の笑みで腕を広げて、姫乃に向けていた悪意を消し去った渚。

 

 

 和やかで、喜ぶべきなのに……あまりにも、空恐ろしい。

 

 

 

 

「……服部って、名前だっけ?」

 

「あん?」

 

 

 振り向く渚と目を合わせるソウゴ。

 やはり渚からは、嘘や悪意は見当たらない。

 

 

 

 

 

「君に一体……何が……あったの?」

 

 

 彼女は面倒くさそうに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、『何かあった』んだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲイツッ!!」

 

 

 戦闘を追え、『クジゴジ堂』に帰還したゲイツに、『ツクヨミ』が血相を変えて近付いた。

 

 

「どうした?」

 

「アナザーディケイドがまた現れたわ!」

 

「なにッ!?」

 

 

 先ほど仮面ライダーディケイドと共に、撃退したハズだ。

 しかし契約者がいなかった点、やはり仕留めていなかったと合点が行く。

 

 

「クソッ!……俺たちが相手したアナザーライダーは『偽物』か……!」

 

 

 目の前で敵は、二人に分身した。可能性としては最もありえる。

 

 

「アナザーディケイドは『2009』って年数があった。そこに行けば……」

 

「……待てツクヨミ」

 

 

 しかし違和感がある。

 彼に引っかかりを与えたのは、士の言葉だ。

 

 

 

 

『俺が半端に「この世界」に来たもんだから、少し「歴史が生まれた」……』

 

 

 

 妙だ。

 ゲイツは必死に思考を巡らせた。

 

 

「……アナザーライダーは、その時代にいなければ作れないハズだ……」

 

「だからその時代が、2009年なんでしょ?」

 

「しかし奴がこの世界に現れたのはつい『この前』だ。奴は世界を移動する『亡霊のような存在』……2009年に奴は存在しないハズだ」

 

「じゃあ……どうやってアナザーライダーが作られたの!?」

 

「奴は言っていた。『この世界に来たから、少し歴史が生まれた』……」

 

 

 ならば、アナザーライダーはこの『2018年に生み出されていなければならない』のでは。

 事実、アナザーディケイドの存在に関わらず、士は仮面ライダーディケイドのままだった。

 

 

「……まさか」

 

「兎に角ゲイツ! アナザーディケイドが暴れているの! それをどうにかしないと……」

 

 

 ゲイツは一旦思考を取りやめ、渋面のまま腕のホルダーからウォッチを取る。

 

 表面に『バイク』と書かれた物。

 竜頭を押し、放ると、空中で何度も変形と展開を繰り返し、『ライドストライカー』へと巨大化した。

 

 

「ソウゴは? 確かディケイドのライドウォッチは、ソウゴが……」

 

「生憎、ジオウは連れ去られ……ディケイドライドウォッチは門矢士に奪われた」

 

「なんですって……!?」

 

「どうにかして見つける。ライドウォッチだが……今は必要ない。今の奴には、『ライダーの力は関係ない』のかもしれないな」

 

 

 ライドストライカーに跨り、発車準備を整える。

 ツクヨミは再度、ゲイツへ質問した。

 

 

「今出現しているアナザーディケイドも……偽物って事?」

 

 

 真っ直ぐ見据えながら、答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偽物と言うより……『亡霊』だ」

 

 

 ハンドルを切り、ゲイツはアナザーディケイドの出現地点へ向かう。

 民間人を守る為に。ソウゴを取り戻す為に。




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