キングスピア < K I N G S P I A >   作:明暮10番

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キラービー2018『 鏖 』

 時間は少しだけ、巻き戻る。二人がバスに乗車した所からだ。

 

 

「おいお前。姫乃に席譲れよ」

 

「ちょちょちょちょ!? 私は大丈夫ですから!?……あ、すいません、何でもありませんので……」

 

 

 車内は人で溢れ、仕方なく二人は立っている。

 通勤、通学、通院。いずれにせよ、朝方の気怠さを拭い切れないままの乗客たちは、ぼんやり窓の外や停留所の案内板、或いはスマートフォンを眺めていた。

 

 二人がいるのはバスの入口付近。

 姫乃を手摺に凭れさせ、その彼女を包むように渚が前に立つ。無論、彼女を守る為だ。

 

 

「あの……な、なんか……凄く落ち着かないんですけど……?」

 

「ん? やっぱ座りたかった?」

 

「い、いや、そうじゃなくて……」

 

 

 過保護かつ、混じり気のない好意をぶつけて来る渚に、やはりまだ姫乃は戸惑いを隠せない。

 それに今の状況は、二人が同性で仲良しと言う点を差し引いても異様に見えたようで、周りから少なくない視線を感じる。

 

 

「うぅ……」

 

「どした?」

 

「……なんでもないです」

 

 

 気恥ずかしくなり、伏し目がちになる姫乃。

 駅前の停留所までは、数にして十駅先。時間にして十五分。

 

 スマホを弄るなり、駄弁るなり、居眠りをするなりすればあっという間。

 ただ、渚にこうも間近まで顔を近づけられている現状、気が落ち着かず一分一分が長い。

 

 

「んで、姫乃ってさ」

 

「……へ!?」

 

 

 悩んでいた時に話しかけられ、素っ頓狂な声が出てしまう。

 

 

「なな、なんですか?」

 

「いやさぁ。あいつの事どう思ってんのかなって。あの王様ヤロー」

 

「王様ヤローて……ソウゴさんの事ですね。不思議な人ですけど、とても優しい人だなーって……」

 

「でも、どんな奴か分からねーんだろ?」

 

 

 一応、住んでいる町や通っている学校の名前は聞いてはいるが、それ以外は謎だ。

 

 

「姫乃のお母さんに信用されてるって言っても、なんか怪しくねぇか?」

 

「で、でも、私を色々と守ってくれましたし……」

 

「それに変な装置持っているし。ぜってー普通じゃないッ」

 

 

 それは姫乃も薄々、思ってはいた。

 小さなロボットにしても、本人は「貰った」としか言っていない。

 

 

「なんか、ソウゴさんが王様になるのを助けてくれる人から貰ったって……」

 

「んな、子どもになった名探偵アニメの博士じゃあるまいし!」

 

「その例えで少し納得しかけた……」

 

「姫乃! 即刻、あいつは家から追い出すべきだ! 男ってのはなぁ、『下心はありませんよ〜』てほざいても絶対に下心がある生き物だぜ! そんな奴と姫乃を一つ屋根の下に住まわせるなんて、危なっかしいったら……」

 

 

 グダグタとソウゴもとい、男の危なさを説く渚。

 彼女のそんな様子を見て、姫乃は思わず笑う。

 

 

「服部さん……もしかして、嫉妬しているんですか?」

 

 

 今度は渚が面食らう番だ。

 

 

「し、嫉妬って言うか、心配なだけだ! そりゃあ、姫乃の家にお泊まりさせたり、一緒にご飯食べてたり、姫乃の初めての友達だの……待て。となると、姫乃の家の風呂も使ってんだよな……バイクもニケツして……うぐぐ……! 考えるほどあのヤロー、美味しい思いしやがって……ぶん殴りたくなって来た……!!」

 

 

 やっぱり嫉妬していた渚。

 歯を食いしばり、渋い顔で嫉妬を押し殺そうとする彼女へ、姫乃は微笑んだ。

 

 

「服部さんも、私の大切な人ですよ!」

 

 

 

 

 彼女の言葉に、渚は目を丸くした。

 

 

「え? え? た、大切な人……そ、そ、そそ、それって!? こ、こ、ここここここ……!?」

 

 

 姫乃は笑って、続ける。

 

 

 

「こいび」

 

「大切な私の友達です!」

 

「王様ヤロー殺す」

 

「なんで!?」

 

 

 渚と雑談をしていたら、残り二駅にまでバスは進んでいた。

 次の停留所を告げるアナウンスが鳴る。今は通勤ラッシュだ、停留所には人は必ずいる為、バスは各駅停車だ。

 

 勿論、次の停留所も同様。

 バスは待っている人を乗せる為、バスストップ前に止まる。

 

 

 

 

 

 

 

『LIQUID!』

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、朝の憂鬱の最中にいる乗客は、全員目を見開く事になった。

 

 

 

 バス前方のドアの隙間を液体が抜け、車内に入り込んだからだ。

 

 

「え……!?」

 

 

 この異例の事態に、不意打ちされた人々の反応は遅れる。

 その間に液体は、天井を一回旋回した後に運転士の隣で、不定形な人型に姿を変えた。

 

 

 液体は、大人ぐらいの大きさになり、形をみるみるうちに固めて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 水に絵の具を垂らすように色がつき、不安定なその姿を実体化させる。

 

 現れた存在は、赤い怪物だ。

 鬼人のような禍々しい頭部はツノがあり、それは後頭部で連結して指輪のように見えた。

 

 

 まるで古い魔術師のような、くたびれた布の衣服。

 なのに腰に装着している、割れたカメラのようなベルトだけは、やけに現代的だ。

 

 

 赤い薄皮の下より透けて見える、剥き出しの骸骨。

 その眼窩にある目が、乗客全てを睨み付ける。

 

 

 

 

【 W I Z A R D 】

 

 

 

 

 

 姿を現した異形の存在に、ようやく反応が追い付いた人々は悲鳴をあげた。

 前方、怪物のすぐ近くにいた者は後方に雪崩れ込み、渚と姫乃は群衆に押される。

 

 

「ば、バケモノぉ!?」

 

『心外だな』

 

 

 男と女が同時に喋っているような、不思議で不気味な声。

 逃げ出そうとする運転士の前で、怪物はベルトに手を翳す。

 

 

『SLEEP!』

 

 

 途端、運転士はカクリと項垂れ、眠りにつく。

 これでバスを動かす事は出来ず、またドアも開かなくなる。

 

 怪物は乗客全員を、バスに閉じ込めた。

 

 

「な、なにアレ……!?」

 

「姫乃、私の側にいて……!」

 

 

 この数日は驚かされる事にばかりだった姫乃だが、この事態はそれらを悠々と超越する。

 混乱する乗客らに揉みくちゃにされながらも、渚は必死に姫乃の前に立ち、彼女を守護するように努めた。

 

 

 

 

 

『さて』

 

 

 

 怪物は手を合わせ、まるで吟味するかのように、乗客全員を眺め出す。

 

 

『先に述べておくが、私は決して……惨殺だとか虐殺だとかをする為にバスジャックした訳ではない』

 

 

 暴力的な見た目に反し、怪物の声は人間じみており、理性的だった。

 

 

『これは、「社会奉仕」だ。我々人間を脅威に陥れる、害悪を駆逐しているに過ぎない……謂わば、「正義」だ』

 

 

 怪物は二歩、乗客の方へ歩み寄る。

 近付くにつれ恐怖を増し、出来るだけ流れるべく後方後方へと後退。

 

 悲鳴、泣き声、怯え声が車内で混沌となる。

 だが怪物は恐怖を与える事に興味はなく、依然として乗客を舐めるように見渡していた。

 誰かを探しているのか。

 

 

『私には、絶対的な探知能力がある。誰なのか、どいつなのか、直感で分かる』

 

 

 

 淡々と独り言のように呟きながら、怪物は言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

『……いるんだろ?「蜂」が』

 

 

 

 

 

 

 姫乃は、心臓が凍てつくような感覚に陥った。

 背筋に鳥肌が立ち、汗が流れる。

 呼吸の仕方を、忘れかけるほどの混乱。息が乱れる。

 

 

 

「…………ッ!?」

 

 

 怪物が探している人物は、紛う事なき『自分たち』だ。

 奴は蜂の存在を認知し、敵視している。

 

 

 

『もし名乗り出たのならば、このバスは元通り動き出し、他の者たちは遅れる事なく会社や学校に行ける』

 

 

 スマートフォンで助けを呼ぼうとする者がいた。

 すかさず怪物は、ベルトに手を翳す。

 

 

『THUNDER!』

 

 

 その手を乗客らに突き出した。

 

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

「おおおッ!?」

 

「ヒッ……!?」

 

 

 口々に、幾多の悲鳴があがった。

 姫乃たち含めた全員のスマートフォンが、突然漏電を始め、白煙を上げて故障する。

 それらに驚き、床にバタバタとスマートフォンが落ちた。連絡手段さえ封殺される。

 

 

『もう一度だけ伝える。惨殺や、虐殺が私の目的ではない。だが、埒があかないのなら……』

 

 

 ギロリと、眼光を放つ。

 

 

『……ある程度の脅しは辞さないと、思っている』

 

 

 ゆっくり、またベルトに手を翳す。

 

 

『BIND!』

 

 

 怪物に、比較的近かったサラリーマンの身体が、突如現れた鎖に拘束された。

 鎖は下半身、上半身は勿論、口にも絡みつき猿轡のように噛ます。

 

 

「んんーッ!?」

 

 

 鎖の重みで重心を崩し、彼は床に倒れた。

 怪物が行なった初めての攻撃行為に、乗客の恐怖は最高潮に達する。

 

 

『君は「蜂」ではない……じゃあ、お前か?』

 

『SLEEP!』

 

 

 サラリーマンの隣にいた中学生を眠らせる。

 再び悲鳴があがった。

 

 

「…………ッ!!」

 

 

 姫乃は、『コダマスイカアームズウォッチ』を取り出す。

 壊されたスマートフォンだが、これだけは無事のようだ。

 

 

 

『それともぉお…………貴様らかぁ!』

 

『GRAVITY!』

 

 

 取り出したタイミングで琥珀色の魔法陣が、後方の客席の真下に発生する。

 

 

「おわぁッ!?」

 

「ぐえッ……!?」

 

「うっ……!?」

 

 

 その魔法陣に乗っていた数名の乗客は、突如身体が重くなり、地面に次々と倒れ伏した。

 一連の異常現象に、完全にパニックに陥った人々。

 後方の魔法陣と、前方の怪物に挟まれ、押し合い始める。

 

 

「イタ……!」

 

「あ!? 姫乃ッ!!」

 

 

 中心に逃げようとする人々に突き放され、姫乃は魔法陣の方へ倒れた。

 頭部が魔法陣の放つ光に触れた途端、まるで上から押さえ付けられるような感覚に嵌り、身体が勢い良く落ちる。

 

 竜頭にまで伸びていた指が離れ、ウォッチが手から落ちた。

 

 

「あ……」

 

 

 そのまま理不尽な重力に身を委ね、地面に叩きつけられるハズだった。

 

 

 

 だが、最悪な事態は未然に防がれる。

 

 

 

「ぐぎぎぎぎ……!!」

 

 

 

 渚が倒れる姫乃の、頭と腰に腕を回し、必死に引っ張り出そうとしてくれた。

 全体重を後ろにかける事で、姫乃に覆い被さる重力に対抗する。

 

 

「は……はっと……さ……!」

 

「う、うお、うおおおお……!!」

 

 

 重力がかかり、互いに上擦った声。

 渚は大きく仰け反り、姫乃が倒れぬよう必死に身体を張る。

 

 だが、魔法の方が、重力は上だ。

 何とか姫乃を支えてはいるが、ぐっぐっと身体は徐々に魔法陣の方へ。

 

 

 

 

「このままでは、服部さんも巻き込まれてしまう」

「離してください」

 

 姫乃の喉は伸し掛かる重力に潰れ、声が出せなくなった。

 

 

(息が……ッ!)

 

 

 喉が狭まり、気道が細くなり、呼吸が浅くなる。

 服部は彼女の呼吸が阻害されていると、気付いた。

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

 

 苦しむ彼女を前に、渚は決心する。

 

 

「も、もう我慢ならねぇ……!!」

 

 

 姫乃を守りたい。

 バレるだの、姫乃も標的にされるだの。

 もう考える事はやめた。

 必ず守り切る。

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおッッ!!!!」

 

 

 押し合う乗客らの上を、何かが突き抜けた。

 真っ直ぐ突き抜けたソレは、瞬く間に怪物の胸に当たる。

 

 

 

 

『ぐぅ……!!』

 

 

 魔法陣が消失し、覆い被さる重力から解放される。

 倒れ伏していた人々は気絶していたが、鎖で拘束されていたサラリーマンは自由に、眠っていた中学生は目を覚ました。

 

 

「……ッ! プハァッ!」

 

 

 姫乃の身体が軽くなったと同時に、渚は彼女を抱き寄せる。

 

 

 

 

 

『…………ふ……ふふふ……ふふふふふ……』

 

 

 怪物は突き刺さった箇所を押さえながら、一歩後退る。

 

 何が起きたのか、乗客らは一瞬だけ分からなかった。

 だが自分たちの頭上に揺蕩う、肉質的な、何かへその緒のようなものには気付けた。

 

 

 

 それは、怪物の逆の方から伸びている。

 

 

 

 

 姫乃を抱き寄せる、渚のスカート下から、ソレは伸びていた。

 

 

「服部さん……!」

 

『……お前かぁ……!!』

 

 

 怪物は歓喜と憎悪、相反した感情に満ちた声をあげた。

 

 渚から伸びているソレこそ蜂の証、針だ。

 

 

「……てめぇ……! 覚悟出来てんだろぉなぁ……!?」

 

 

 殺意を込めて、睨み付ける。

 車内に現れた二人目の異形に、乗客はまた悲鳴をあげ、大海を割るように左右に別れた。

 

 

 怪物と、渚の目が合う。

 

 

『やっと現れたなぁ……私から隠れられると思っていたのかぁ……?』

 

「うるせぇえッ!! 元から殺る気だぜこっちはッ!!」

 

 

 再び針を自身の頭上に引き戻してから、また勢い良く怪物へ針を向かわせる。

 

 

『ぐぅッ!』

 

 

 針は怪物の首根に刺さる。

 しかし、渚からすれば手応えはない。針は、怪物の堅い装甲を貫き通せていない。

 

 

「刺さんねぇ……!?」

 

『その程度か? あ?』

 

「……ッ!? 馬鹿にしやがってッ!!??」

 

 

 針は何度も何度も、怪物にぶつけられる。

 鋭い衝撃音が響く度、目の前の光景を信じられない乗客たちは頭を抱えて怯えるしかない。

 

 

「服部さん……!」

 

 

 姫乃だけは、その戦いを目に映していた。

 

 

 暫し、怪物はされるがままに、針を受け続ける。

 だが十発、二十発食らっても、怪物は無傷だ。

 

 

「クソッ!! 全然、柔い所がねぇ……!!」

 

『埒が明かない。死んで貰おう』

 

「……ッ」

 

 

 怪物はまた、ベルトに手を翳そうとする。

 それをされれば、何が起こるか分からない。

 

 

 

 

「姫乃ッ!! 立って!!」

 

「え!?」

 

 

 優先すべきは、姫乃の無事。

 渚は落ちていた、壊れたスマートフォンを拾うと、あらん限りの力を込めて投げ付けた。

 

 

『ん?』

 

 

 スマートフォンは怪物に当たらず、真っ直ぐバスの前方に行く。

 

 そのままフロントガラスに打ち当たり、激しい音を響かせる。

 音に驚いた運転士が、とうとう眠りから覚めた。

 

 

「うおぅッ!?」

 

 

 伸ばしかけていた指が驚きで動き、扉の開閉スイッチを作動させる。

 とうとうバスの扉が開かれた。

 

 

『……魔法が解けていた事に気付いたか』

 

「逃げるよっ!!」

 

 

 まだ足元が覚束ない姫乃を無理やり立たせて走らせ、乗客らが道を開けていた事が幸運となり、誰よりも先にバスから脱出。

 脱出の際、落ちていたウォッチを姫乃は回収出来た。

 

 その後は続く形で、動ける者は我先にバスから逃げ出して行く。

 

 

『………………』

 

 

 蜂を逃したものの、怪物はまだ余裕があった。

 

 

『……あの女、もう一人を守っていたな……そいつも仲間だったか? いや、あり得ない……蜂は女王が……』

 

 

 ふと、天井を見上げる。

 怪物の視線の先にあるのは、吊り革を設置する為の鉄棒。

 

 

 

 

 そこには、小型のカメラが貼り付けられていた。

 怪物が液状化してバス内を飛び回っていた時にこっそりと、設置していたようだ。

 

 

『……待て。もしや、あの眼鏡の女……』

 

 

 カメラを回収し、怪物は腰にぶら下げられていた本のような物から、カードを取り出した。

 

 

 

 

 

 カードには異形の怪人が描かれており、『DOUBLE』と名前が振られている。

 怪物はベルトにカードを差し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エクシード!』

 

『TIME・BURST!!』

 

 

 アナザーディケイドの眼前に、紅い円錐型の発光体が現れる。

 それに捕捉され、身体の動きが止まる。

 

 

 

 

「はあぁぁぁあぁあッッ!!」

 

 

『ゲイツ・ファイズアーマー』が、円錐の中に飛び込んだ。

 円錐は急速回転し、アナザーディケイドの腹部に突き刺さる。

 

 

 

 ゲイツは赤いホログラムを纏わせ、アナザーディケイドを貫通。

 赤い『φ』が空中に浮き出た後に、爆発四散する。

 

 何度目になるだろうか。やはり契約者の存在はなく、敵の中身はいない。

 

 

「……クソッ!! キリが無いぞ……!」

 

 

 変身を解除し、ゲイツは吐き捨てるように苛立ちを言い放つ。

 倒しても倒しても、暫くすればまた全快して戻って来る。

 

 現時点では彼一人でも対応出来るが、疲労とダメージは蓄積している。

 このままアナザーディケイドと対峙し続けて、何処まで保てるのか。

 

 

「あ、あんたは、一体……!?」

 

 

 その戦いを見ていた、腰を抜かした男性。

 アナザーディケイドはこの人物に襲いかかった。

 

 

 

 

「怪我はないで」

 

「怪我はないか?」

 

「は?」

 

 

 立たせてやろうと近付くゲイツの背後から、男が現れた。

 門矢士だ。

 

 

「貴様……! 出たり引っ込んだり……」

 

 

 士は男性を立たしてやる。

 その背後からゲイツは、警戒を込めて睨む。

 

 

「おい、ジオウはどうした」

 

「都合が悪くなった。当分、あの魔王は並行世界から出られない」

 

「なんだと……? どう言う意味だ!」

 

「まぁ、世界に歓迎されたと、言った所か……解せないな。羨ましい奴め」

 

 

 男性は士に頭を下げて、お礼を言う。

 しかし彼は手を広げて、何かを求めている仕草を見せた。

 

 

「持ち物を見せろ」

 

「え……!? 何を言っているんだ……!?」

 

「……仕方ない。ちょっとくすぐったいぞ」

 

 

 面食らう男性。

 痺れを切らした士は、無理やり彼のジャケットを開き、内ポケットを無断で荒らす。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと!? なんだ君は!?」

 

「おいッ! お前は一体何をしたいんだ!? 追い剥ぎか!?」

 

 

 引き止めに掛かろうと、ゲイツは男性のジャケットの中に突っ込まれた士の腕を掴み上げる。

 

 

 その手の中には、内ポケットから引き抜いたであろう『物』が掴まれていた。

 

 

「……これは」

 

「……どうやらこれが、追放された人間の共通点……の、第一候補だな」

 

 

 確信を得た士は、ほくそ笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫乃! こっち!」

 

 

 渚に手を引かれ、二人は路地裏に逃げ込んだ。

 怪物から遠く離れた場所。ここまで来れば大丈夫だろう。

 

 

「………………」

 

「ここで少し、休もっか……ずっと走って来たからさ」

 

「…………服部……さん……」

 

「あいつに眠らされた中坊が起きていたじゃん? だから運転士も起きてるだろうなって……いやぁ、私にしては頭良いよな」

 

 

 振り返り、見れた姫乃の表情は、怯えと罪悪感に満ちていた。

 何故か姫乃たちの能力を把握し、駆逐しようとする謎の怪物……それも確かに恐ろしいが何より、渚の針が多くの人間の目に晒してしまった。

 

 

「……ごめんなさい」

 

「……なんで姫乃が謝るの?」

 

「……服部さん、私を守る為に頑張ってくれて…………なのに私、何も出来なくて……」

 

「あぁ、そんな事?」

 

 

 渚は憂いを感じさせない、快活な笑みを見せた。

 

 

「これは私が決めた事で、姫乃を守る事が私にとっての『大事』……その為なら私の針がバレるとか、関係ないし構わないよ」

 

「でも、もう、正体とか……! 普通の生活が出来なくなるんですよ……!?」

 

 

 頭をふらふらさせて狼狽える彼女の両頰に、そっと渚は手を添えた。

 クッと顔を上げさせ、視線を合わせる。彼女なりに落ち着かせようとした行動だ。

 

 

「あ……」

 

「大丈夫だって! あのバスじゃスマホ壊れたせいで誰も撮影なんかしてないし、針だの怪物だのは誰も信じないって!」

 

「……怪物は、私たちを狙いますよ……?」

 

「姫乃は針を出していない……無関係なフリしてたら良いよ」

 

「そんな……!」

 

「だから姫乃は助かってよ。私はそれで良いからさ」

 

 

 渚はそう言って、姫乃を包み込んでくれた。

 だが彼女の腕の中、姫乃は懊悩し続けている。

 

 

 弱過ぎる。

 自分はあの時から、少しも変わっていないんじゃないのか。

 弱いままの自分に、守ってくれる人が出来ただけ。

 

 

 

 何も出来ない、何もしてやれない、守られてばかりの、矮小で愚かな存在。

 みんなの好意がまた、辛かった。

 

 

 

「……ん?」

 

 

 風が吹く。

 ここはビルとビルとの狭間だ。隙間風だろうと、最初は気にも留めなかった。

 

 だが風は一層強く吹き、そして言い様のない邪悪さを感じさせる。

 

 

「な、なに……!? この風、おかしい!?」

 

「姫乃、私の後ろにいて!」

 

 

 突風が吹き、室外機を破壊して飛ばす。

 吹っ飛んで来た室外機を、上手く渚は針を叩きつけて回避した。

 

 

 

 

 

 

『私から逃げられると、思っていたのか?』

 

 

 

 

 

 室外機によって塞がれていた視界の先。

 そこに立っていたのは、怪物だ。

 

 

 

 だが、バスで見た怪物とは、違う姿だった。

 

 

 

【 D O U B L E 】

 

 

 緑と黒、二つの存在を無理やり接合したかのような存在。

 真っ正面に向けられていると思われていた二つの目は、良く見ればその二つの存在の片目であり、側頭部にもう一つずつの目がある。

 まるで二人、そっぽを向き合っているかのようだ。

 

 

 

 バスの怪物とは完全に見た目も違う。

 しかし不気味な声と、巻いているベルトが同じだ。同一人物と気付ける。

 

 

「一体……なんだったんだよ、てめぇ……」

 

「か……怪物……!」

 

 

 怪物はカードホルダーから一枚、カードを抜く。

 

 

『怪物……怪物だと? 笑わせるな、怪物はそっちだろうが?』

 

 

 カードをベルトに差し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

【 D E C A D E 】

 

 

 怪物の姿が刻まれ、その内側から仮面を剥ぐように別の姿が顕現する。

 

 次に現れたのは、穴だらけのマントを羽織り、バーコードを切り貼りしたような模様を身体に描いた、けばけばしいマゼンダの怪物。

 頭部は、人間の頭蓋骨を『十八』に刻んだようなもの。

 

 その隙間から覗く目は不気味に濁り、何も映さない。

 

 

『お前……いや、お前だけじゃない…………お前ら……「蜂」だよな』

 

 

 手を叩き、歩み寄る怪物。

 針を繰り出し、臨戦態勢を整える渚だが、その後ろで姫乃はウォッチを押す。

 

 

『スイカ・アームズ!!』

 

『あッ、コ〜ダ〜マ〜〜シンガンッ!!』

 

 

 コダマスイカアームズは、渚の針を伝って怪物に近付き、マシンガンを飛ばす。

 勿論、スイカの種を飛ばすようなそれに、怪物の装甲を破る攻撃力はない。

 

 だが目を集中的に狙う事により、視界を奪う。

 

 

『くぅ……猪口才な……!』

 

 

 断続的な攻撃により、怪物の気を引く。

 姫乃は呆然とする渚の手を引き、逃走を促した。

 

 

「服部さん! 今の内です……!!」

 

「……! う、うん!」

 

 

 渚は針を引っ込め、姫乃と共に表通りへ走り出す。

 

 コダマスイカアームズの攻撃を受けていた怪物だが、とうとう捕獲される。

 

 

『……これはぁ……!? あの時計だと……!? 何故、この世界に……!』

 

 

 怪物の手の中でもがくコダマスイカだったが、とうとう握り潰され、破壊。

 即座に前方を向き、逃げる二人を追う。

 

 

『逃げられると思うなぁあッ!!』

 

 

 重厚な姿だが、その脚力は人間を超える。

 駆け出し、ビルの壁と壁とを蹴って飛び上がっては、どんどんと二人の頭上に近付く。

 

 

「は、はえぇ!?」

 

「こっち!!」

 

 

 角を見つけ、姫乃は渚を引っ張り込み曲がる。

 勢いのままに飛びかかった怪物は二人に回避され、地面に足をつく。

 

 

『虫だけに、すばしっこいな』

 

 

 怪物はそのまま、上空へ跳躍。

 

 

 

 一方で姫乃と渚は、必死に出口を求めて駆けている。

 曲がれる所があれば曲がり、直線を避けた。

 

 

「ま、撒いた……!? 追って来てねぇ!」

 

「見えましたよ!」

 

 

 すぐ前方に、表通りへの道。

 路地裏の薄暗がりを晴らす太陽の光を見て、ホッと一息ついてしまう。

 

 

 だがその光は、遮られた。

 上から降って来た、怪物によって。

 

 

「……!? 嘘……!?」

 

『虫は見下げて追った方が良い』

 

 

 ビルの屋上を伝って来たらしい。

 その執念は、もはや狂気だ。

 

 

「逃げろ姫乃ッ!!」

 

 

 姫乃を後ろに引きずる。

 そして入れ替わるように前へ躍り出た渚は、針を差し向けた。

 

 

『それしか出来ないのか?』

 

 

 怪物は身体を傾けて針を回避し、伸びきった管を鷲掴んだ。

 

 

「……ッ!?」

 

「服部さんっ!?」

 

「良いから逃げろッ!!」

 

『いいや、逃がさん、絶対に』

 

 

 掴んだ針を、引き千切ろうと力を込める。

 

 

『ミツバチの針は、突き刺されば絶対に抜けない形になっている……ミツバチ自身も抜けなくなり、引き抜こうとし、腹を千切って死ぬらしいな』

 

「マジかよ……!」

 

『お前は自ら、死にに来た訳だ』

 

 

 怪物は身体を引いた。

 渚は覚悟を決め、目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

「しゃがんでッ!!」

 

 

 突如、二人の後方から甲高いエンジン音が響く。

 そして聞き覚えのある声。

 

 

「……!」

 

 

 反射的に姫乃は渚に覆い被さり、しゃがませた。

 

 

 二人の頭上を、バイクが飛び越す。

 突然の強襲に反応が遅れた怪物は、猛スピードで突っ込むバイクにぶち当たる。

 

 

『なにッ……ぃい!?』

 

 

 渚の針を手放し、大きく怪物は吹き飛んだ。

 すぐにハンドルを切り、バイクは二人の前で停車する。

 

 

 乗っていた人間は、ソウゴだ。

 

 

「ソウゴさん!!」

 

「お、王様ヤロー……!」

 

「大丈夫!? 途中でウォッチの反応が切れたけど……」

 

 

 吹き飛ばした怪物を、キッと睨む。

 

 かなりのダメージを負ったのか、路上で倒れ伏し、ふらついていた。

 

 

「アナザーディケイド……!」

 

『うぐぎ……! 貴様は……なんだ!?」

 

「俺の事を知らない?……取り敢えず、今は逃げなきゃ!」

 

 

 ソウゴは二人に乗るように促す。

 他に逃げ道はない。姫乃は渚を立たせ、ソウゴのバイク……ライドストライカーの後部に乗せる。

 

 

「さ、三ケツとか大丈夫なんだろーな?」

 

「このバイクは、絶対に事故らないから大丈夫だよ」

 

「……マジに言ってんのか?」

 

「と、兎に角、逃げましょう!!」

 

 

 アクセルを踏み込み、ライドストライカーは颯爽と走り出す。

 アスファルト上に這い蹲り、怪物ことアナザーディケイドは、その様を眺めるだけだった。

 

 

 

 

 

『………………』

 

 

 ソウゴたちが見えなくなった頃に、アナザーディケイドはふらりと立ち上がれた。

 追跡はしない。その佇まいには、まだ余裕が伺える。

 

 

『……は、ふははは……!』

 

 

 渇いた笑い。

 アナザーディケイドは懐から、小型カメラと、映像を保存したメモリを取り出す。

 

 

『良いだろう、逃げろ! 逃げ続けろ! 今はッ!!……お前の居場所を奪ってやる……ッ!!』

 

 

 勝ち誇ったような態度。

 マントを翻し、怪人もまた、その場を離れて行く。

 

 

 

 

 

 

『見つけたぞ……「女王」よッ!!』

 

 

 近くの学校で、チャイムが鳴る。

 始業の合図だろうか。




(みなごろし)
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