キングスピア < K I N G S P I A >   作:明暮10番

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スピアブレイク2018『 砌 』

 姫乃と渚を乗せたライドストライカーは、町の郊外にある山の中で停車する。

 

 

「マジに事故らなかったなこのバイク……」

 

「追って来ては……いないようです」

 

「逃げ切れたみたいだね」

 

 

 ヘルメットを取り、展望台から様子を伺う二人の方へ、ソウゴは近付き話しかける。

 

 

「渚も姫乃も、怪我はない?」

 

「……王様ヤローに気を使われんのは癪だけど……今回はマジ感謝するぜ」

 

「相変わらずだなぁ……姫乃は?」

 

 

 姫乃の「大丈夫です」と言おうとした。

 しかしパッと手を見た時、手の甲からダラリと血が垂れていると気付く。

 

 ここまで極度の緊張に陥っていた為、痛覚を忘れていたようだ。

 今は思い出したかのように、手の甲の傷が痛みを叫ぶ。

 

 

「うぉ!? 血が出てるじゃん!?」

 

「飛んで来た室外機の破片で切ったのでしょうか……」

 

「えっと、絶対に痛いよね? 絆創膏あったっけ……て、ある訳ないか」

 

「あの、これくらい大丈夫ですよ……ちょっと押さえたら止まると思いま……」

 

 

 黙ったままグッと姫乃に寄った渚。

 何をするのかと疑問に思うよりも早く、彼女は姫乃の手を口元に寄せ、傷を舐めた。

 

 

「ウェっ!?」

 

「ひゃあ!?」

 

 

 突然舐められた姫乃は当たり前だが、それを見ていたソウゴも驚きの声をあげる。

 

 

「は、は、は、服部さん!?」

 

「ん……姫乃に怪我させたのは私の責任だからさ」

 

「そこまでしなくても……!」

 

「おおお……!? な、なんか、見ている方が恥ずかしい……!」

 

 

 手で顔を隠し、そっぽを向くソウゴ。

 

 傷を舐めとった後に渚は顔を上げ、目を合わした。

 その表情は、悔しげで悲しそうだ。

 

 

「……姫乃。ごめん」

 

「……え?」

 

「……守るって言っといて、私だけじゃ守り切れなかった……」

 

 

 路地裏で言っていた渚の言葉を思い出す。

 あの後の事だからこそ、余計に彼女は気にしているようだ。

 

 

「そんな……服部さんは私を助けてくれたじゃないですか。バスの中で服部さんがいなければ、私も他の人もどうなっていたか……」

 

「でも全く、あいつには歯が立たなかった。こいつが来なければ私は多分、犬死にしてた……」

 

 

 自信家で、ガサツだが前向きな渚。

 そんな彼女の落ち込んだ、今にも泣き出しそうな表情は、姫乃を心痛させた。

 

 

「服部さん……」

 

「だからさ、本当にごめん……」

 

「………………」

 

 

 渚の表情を見て、思わず姫乃は感情的に話し出した。

 話さずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

「……勝手に謝らないでください」

 

 

 

 

 

 その言葉に、渚が面食らう。

 彼女から見た姫乃の表情は、怒っていて悲しげな、二つの感情がごちゃ混ぜになっていたようなものだった。

 

 

「え……?」

 

「服部さんは私の為に動いて、助けてくれた事は確かなんです……その……寧ろ、守られてばかりな私の方が謝るべきです」

 

「そ、そんな、姫乃は……!」

 

「私も服部さんを守りたいんです!」

 

 

 どうしても卑下しようとする渚を押し黙らす。

 

 

「私も守られてばかりは嫌なんです……」

 

「…………」

 

「……だから、服部さん一人で全部背負おうなんて、考えないでください。服部さんは私を守る為に尽くしてくれた、私にはそれで十分です」

 

 

 少し潤んだ目で姫乃を見る渚。その顔はやや赤い。

 

 暫し見つめ合い、ハッと我に返り、気恥ずかしさが表出してきた。

 振り向くと、ソウゴはニコニコと二人を見守っていた。

 

 

「ど、どうしました、ソウゴさん?」

 

「え? いや、さ? 姫乃も、言うようになったなぁって思って!」

 

「お、オイてめぇ!? 見世物じゃねぇんだよッ!! あ、あっち向いてろッ!!」

 

「渚って結構、反省するタイプなんだね! なんか意外!」

 

「馬鹿にしてんのか!?」

 

 

 いつも通りに戻った渚と、いつも通りのソウゴを見て、少しだけ呆然となったものの、姫乃にも笑みがこぼれた。

 

 

 

 しかし安心ばかりもしていられない。

 二人を、強いては『蜂』を付け狙う怪物、アナザーディケイドの対策を練らなくては。

 

 

「あの化け物、一体なんなんだ? 私らが針を持っているって知っていやがった」

 

「でも、私たちの事を知らなかった様子でしたから……知り合いとは考えられません」

 

 

 渚はソウゴを睨み付ける。

 

 

「なぁ、王様ヤロー」

 

「いや、そろそろ名前で呼んでよ……」

 

「てめぇ、バイクで逃げる時、あいつの事知っているような感じじゃなかったか?」

 

 

 なかなか鋭いなと、ソウゴは関心する。

 そしてどう話すべきかと、眉を寄せて困り果てた。

 

 

「……あれはアナザーディケイド。まず、普通の人間には勝てない相手だよ」

 

「ソウゴさん、あの怪物を知っていたんですか……!?」

 

 

 二人に何処まで本当の事を話すべきか迷う。

 少し顎を撫でて思考し、要点だけを伝える。

 

 

「……実は俺さ、あいつを追ってここに来たんだよね」

 

「……え!?」

 

「はあ? 突拍子なさ過ぎだろ……」

 

 

 困惑する二人に、説明をする。

 勿論、別世界の人間とは言えないので、そこだけは隠す。

 

 

「あのアナザーディケイドが、どう言う経緯で現れたのかとか、なんで姫乃たちを狙うのかは分からない……けど、俺はあいつに対抗できる力を持っている」

 

「待った待った待った……てか、オメーは一体、何者なんだよ」

 

「俺の事よりも、まずはどうするべきかだよ」

 

「だけどよ……」

 

 

 聞き込もうとする渚を、姫乃は止めた。

 

 

「服部さん、ここはあの、怪物の事とソウゴさんの考えを聞きましょう」

 

「んでも、得体の知れないのはコイツもだぜ?」

 

「それはそうです……でも、ソウゴさんは私たちを助けてくれました。ソウゴさんなりに理由あるんでしょう…………信用しましょう」

 

「……ありがとね、姫乃」

 

「でも……いつか、話して欲しいです。良いですか?」

 

「……うん! 約束する!」

 

 

 彼女の口から直接「信用」の言葉を聞けて、ソウゴは嬉しそうに微笑む。

 渚は納得の行かない様子だったが、姫乃の説得を受けて信用はしてくれるようだ。

 

 

「……それで、アナザーディケイドだけど。あいつが狙うのは、間違いなく姫乃たちだよね」

 

「恐らくは……」

 

「じゃあ、学校にいる時坂らも危ねぇんじゃ……!?」

 

「だから敢えて、俺たちは学校に行こう。多分、アナザーディケイドは姫乃たちの制服を見たから、学校が特定されてもおかしくないハズ……他の子たちと固まるんだ」

 

 

 ソウゴの話を聞き、渚は顔を顰める。

 まるで自分たちが餌にされているようだと思ったからだろう。

 

 

「……私らは囮ってか?」

 

「分散して逃げるのも手だよ。でも、アナザーディケイドの追跡はかなり執拗だったよね。離れ離れになれば、俺がカバーしきれなくなる」

 

 

 難色を示す渚だが、一方で彼の意見に姫乃は賛成した。

 

 

「……確かに、あのアナザーディケイド……普通の人には手を出すけど、殺す事はしないって言っていました。盾にする……と言うのは悪い言い方ですけど、生徒とかの多い学校の中なら迂闊に攻撃してこないかも……それに、バスのような密室にはそうそうならない」

 

「じゃあ姫乃、学校行くのか……?」

 

「……渚の言う通り、みんなを囮にする事になる。でも、俺が必ずみんなを守るからさ」

 

 

 

 

 アナザーディケイドに有効と思われる、ディケイドライドウォッチは今は持っていない。ウォッチを破壊するには、本物のライダーの力が必要になる。

 

 しかし、ウォッチを破壊するまでは至らずとも変身解除にはさせられる。

 変身解除後は、タイムジャッカーによる再起動が必要だが、ここは別世界。もしかしたら、タイムジャッカーの干渉が無くなった事で再起動せず、アナザーウォッチを実質完全停止させられるのかもしれない。

 

 

「さっきは二人から離す為に戦わなかったけど、次会ったなら戦って、俺は絶対に勝つ……もう、二人からの信用だけが頼りになるけど……」

 

 

 ソウゴは懇願するように決意を伝える。傍らでは渚が、姫乃の決定を待っている。

 

 

 

 

「……行きましょう」

 

 

 姫乃もまた覚悟を決めたようだ。

 

 

「ですけど、怪物が現れた時は私に連絡してください。その時は学校からみんなを避難させます……誰一人として、死なせたくありませんから」

 

「それは勿論だよ」

 

「ソウゴさんも……ですよ。無理はしないでください」

 

 

 身を案じる姫乃に対し、ソウゴはいつもの人懐っこい笑みで強く、頷いた。

 

 

 

 

「大丈夫! 俺がみんなを守るから!」

 

 

 ソウゴは懐から、何かを取り出す。

 

 丸く、ストップウォッチのような機械物。

 その表面には『カメン』と読めるマークと、『2018』の数字が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『タ〜イム・マジーン!!』

 

 

 その間、元の世界では、ゲイツとツクヨミが街を奔走していた。

 ツクヨミは持っているタブレットのような機械を操作し、ナビゲートする。

 

 

「全員、ここにいるのか」

 

「少し待って……えぇ。この場所で間違いないわ!」

 

「しかし、これは……」

 

 

 二人の前には沢山の人だかりがあり、その先は大勢の警官によって封鎖されていた。

 サイレンと、空を行き交うテレビ局のヘリコプターの音が、人々の声に乗って辺りに響いている。

 

 

 封鎖された向こうは、線路上に続く。

 そこには無惨に横たわる、電車があった。

 この日は肌寒い、冬の先触れ。

 

 

 

 

【2003】

 

 

 

 

 ここはニ◯◯三年。

 ゲイツとツクヨミは、アナザーディケイドが特定の人物を別世界に送っていると士から受け、調査に乗り出していた。

 

 

 現在にて連れ去られた人間を確認した結果、ある共通点が浮上する。

 

 

 

「全員が、『警視庁の公安部』に所属経験がある刑事か」

 

 

 士が、アナザーディケイドに襲われていた男性の懐から抜いた物は、『警察手帳』だった。

 それも話を聞くなら、彼は勤続二十年を超えるベテラン刑事でもあった。

 

 

「最初にアナザーディケイドに連れ去られた男性は、二◯一八年では二十一年目の刑事……他の人もバラつきはあるけど、勤務年数は二十年を超えている刑事ばかりだわ」

 

「そして、全員がちょうど警視庁の公安部に所属していたのが……この二◯◯三年か」

 

 

 二◯◯三年に公安部が動いた大きな事件と言えば、二人の目の前にある事件だ。

 

 東京都内で起きた、脱線事故。

 電車一両が横転した事で、全車両が連鎖的に転覆した。

 

 原因は、線路上に置かれた石らしい。

 

 

 

 

 出勤ラッシュが終わった平日の昼下がりかつ、人の少ない準急の為、被害者は約四十名ほど。

 内、重軽傷者二十七名で、死者がいなかった事が不幸中の幸いだ。

 

 

「脱線の原因は線路に置かれた石で、人為的に起こされたもの。だから警察も、テロを視野に入れて公安部に調査させていたみたいよ」

 

「結局、犯人は?」

 

「一人の小学生。イタズラで置いたのが理由ね。その子の両親に賠償金を請求して、この件は和解になったのよ」

 

「既に解決済みか……別の事件じゃないのか?」

 

 

 ツクヨミはタブレットを操作し、資料を確認するが、その上で首を振る。

 

 

「……だめ。翌年には一人が異動になって、今回の件に関連している人たちが協働になる事件はこれだけ。それまでは特別、公安部が動くほどの大きな事件はなかったわ」

 

「なら、これは関係ないって事になるな……クソ。ハズレか」

 

「いや、そうとも限らない」

 

 

 突然、横から話しかけられ、二人は瞬時に身構える。

 そこにいたのは、士だった。なぜか、警察の着るジャンパー風の制服に身を包んでいる。

 

 

「門矢士……!? どうして、ここが……!?」

 

「……てか、なんだ貴様、その格好は!?」

 

 

 士は両手を広げて、服を主張させた。

 

 

「俺は今は、鑑識だ」

 

「はぁ!?」

 

「まぁ、気にするな。俺も色々と調査しつつ、お前たちを追って来たんだ」

 

 

 相変わらず首にぶら下げているカメラで、現場を撮る。

 

 

「なんかの事故か?」

 

「脱線事故よ。小学生のイタズラ……では済まないのだけどね」

 

 

 説明するツクヨミの後に、ゲイツが不満そうに口を出す。

 

 

「あまり意味はなさそうだ。お互い、無駄足だったな」

 

「だから、そうとも限らないと言っただろ」

 

「……どう言う意味だ?」

 

「そのまんまだ。人の話が聞けないのかお前は?」

 

「なんだと!?」

 

 

 激昂するゲイツを宥めつつ、ツクヨミが彼へ質問する。

 

 

「ソウゴや、他の人が飛ばされたって言う、並行世界と何か関係があるの?」

 

「まぁ、その通りだ。ここで起きた事が百パーセント、別の世界でも起きているとは限らないと言う事だ」

 

「なんですって……?」

 

「同じ脱線事故でも、多少なり原因や規模が変わっている。それは、その世界の有り様によって辻褄が合わせられる」

 

 

 それを告げてから彼は顎を撫でて目を細め、納得したように頷き「大体分かった」と呟く。

 

 

「俺はもう一度、魔王のいる世界に行く」

 

「一人で勝手に納得するなッ! それより、ジオウに貴様のライドウォッチは渡しているんだろうなぁ!?」

 

「いいや。まだだ」

 

 

 懐から白々しく、ディケイドライドウォッチを見せびらかす。

 ゲイツの怒りは爆発した。

 

 

「いけしゃあしゃあと……! その、例の別世界に本体がいるんだろ!? なんでジオウに渡さない!?」

 

「俺は何も、あいつに渡すために預かるとは言っていないが?」

 

「貴様ぁ……!」

 

「待ってゲイツ!……この人にも、何か考えがあるのよ」

 

 

 ツクヨミがゲイツを阻んでいる隙に、彼は人だかりの後ろに停めていたマシンディケイダーに飛び乗った。

 

 

「あ、待てッ!!」

 

「お前たちにはお前たちで、やるべき事があるだろ」

 

「なに?」

 

「当然だ。俺の偽者は、この世界で生まれたんだからな」

 

 

 それだけ言い残し、士はバイクを走らせた。

 追いかけようと、ライドストライカーのウォッチを取り出すゲイツだったが、士が灰色のオーロラに消えた事を確認し、諦める。

 

 

「……チッ! 訳の分からん奴め……!」

 

「でも……門矢士の言葉……この世界でも、まだ手掛かりが残っているって口振りだった」

 

「………………」

 

「アナザーディケイドはこの世界で生まれた……それに何かあるのよ!」

 

 

 ゲイツは短気で、激昂しやすい性格だ。

 しかし修羅場を潜り抜けて来た戦士として、高い状況判断能力と思考力を持っていた。

 

 ツクヨミの考察を聞き、考え込む。

 

 

「……そう言う事か」

 

 

 そして一つの仮説を立てた。

 

 

「ゲイツ? 何か分かったの?」

 

「アナザーディケイドは、この世界で生まれた。ならこの世界の、『元々の契約者』は誰だ?」

 

「元々の契約者……?」

 

「あぁ」

 

「それは……アナザーディケイドになって、ソウゴのいる世界に行ったのでしょ?」

 

「なら、あの男があんな口振りで話すものか」

 

 

 そのままツクヨミに、ゲイツは調査を頼む。

 

 

「この時代でも、まだ何か調べられるかもしれん。もう少し留まるぞ」

 

「……えぇ。分かったわ、ゲイツ」

 

「それじゃあ、まずは……」

 

 

 調査を続行しようとする彼らを、何故か呼び止める青年が一人。

 

 

「あ、あの!! この電車の事件で知っている事ないですか!?」

 

「なんだお前!?」

 

「ほんのちょっと、話聞くだけだから!!」

 

「それをなんで俺らに聞くんだ!? 警察に聞けッ!!」

 

「警察の人に断られたんすよ〜!!」

 

「知るか馬鹿ッ!! こっちは暇がないんだ!!」

 

 

 ゲイツは青年を押しどかし、二人はその場を立ち去る。

 残された彼は困ったように髪を掻きながら、不満げに唇を尖らせた。

 

 

 

「んなっ!? 失礼な奴だなぁ?! 馬鹿は言い過ぎだろっ、バーカっ!!……って、俺も暇じゃなかった!? 取材しなきゃ、『大久保先輩』にドヤされるぅ〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソウゴは、姫乃と渚を校門前まで送り届けた。

 時間は既に、十時。一限に入っており、遅刻確定だ。

 もっとも、遅刻よりもアナザーディケイドへの危機感の方が強いが。

 

 

「あの、ソウゴさん……」

 

「うん?」

 

「その……お守りって言ってくださった、コダマスイカちゃん……失くしてしまって……」

 

 

 姫乃はアナザーディケイドに向かわせたきり戻ってこない、コダマスイカアームズを気にかけていた。

 彼女は知るよしもないが、もう既に破壊されてしまっている。

 

 紛失を謝罪する姫乃だが、ソウゴは笑って首を振る。

 

 

「いいよいいよ! アレのお陰で姫乃たちが無事だったなら」

 

「ええ……本当に、助けられました」

 

「別の物になるけど……持っとく?」

 

「…………いえ」

 

 

 タカウォッチロイドを取り出そうとする彼を、姫乃は止めた。

 

 

「私は、ソウゴさんを信じます。少し不安ですけど……私も私なりに頑張ってみます」

 

「大丈夫?」

 

「はい。だからそれは、ソウゴさんの身を守る為に持っていてください」

 

 

 それだけを言うと、渚に急かされ、二人は学校の中へ行く。

 後ろで手を振って送り出すソウゴ。

 

 見送り終えると、微笑んでいた表情を凛々しく顰め、学校に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

「……いるんでしょ。アナザーディケイド」

 

 

 

 

 ソウゴがそう、問い掛ける。

 

 少しの間を置き、目の前の風景がズレはじめ、そのズレが色と形を表出し始める。

 それらが立体感を帯びた時に現れたのは、ソウゴの言った通りアナザーディケイドだった。

 

 

『良く分かったな……?』

 

「……この学校の周辺で、女性を狙った通り魔事件があったんだって。犯人はあんただろ?」

 

『なぜそう言える?』

 

「確証はない、そんな気がしただけ……あんたは女性だけのこの学校をマークしていないハズがない。姫乃らの制服を見て、この女子校だと気付けたハズ」

 

 

 ソウゴの推測に、アナザーディケイドはクックックと笑う。

 その様子は楽しんでいるようにも見えた。それがソウゴにとって、不快だ。

 

 

「……あんたが犯人なら、殺された女性は『針』を持っていた」

 

『……あぁ。証拠としては状況証拠のみで稚拙だが……私の存在に気付いた点を加点して、合格としよう』

 

「……人を殺して、その態度はなんだよ」

 

『人じゃない。アレは、「蜂」だ』

 

 

 ソウゴの表情にある不快感が、露骨な嫌悪を剥き出しにする。

 

 

『アレは人類に仇なす、害虫だ。私はその、駆除をしている正義の味方だよ』

 

「……命を奪って、何が正義だ!」

 

『話を聞けないのか? アレは、害虫。蚊とかハエとかを、君は殺さないか? 君はインドの修行僧なのか? え?』

 

 

 それ以上は何も言わず、ソウゴは『ジクウドライバー』を取り出し、掲げた。

 だがアナザーディケイドは手の平を見せ、制止させる。

 

 

『なるほど。お前もまた、私と似た力を持っているようだな?』

 

「時間稼ぎでもしているのか……?」

 

『時間稼ぎ? 馬鹿な……無駄な事だから断っているのだよ』

 

 

 何を言っているのか理解ができない。

 怪訝な顔で睨み付けるソウゴを前に、アナザーディケイドは高らかに宣言する。

 

 

 

 

『お前があの二人を逃す前から、私は勝っていたんだよッ!!』

 

 

 

 遠く、車のエンジン音が響く。それは段々と、こちらに近付きつつあった。

 それに合わせ、アナザーディケイドはカードをベルトに差し込む。

 

 

 

『 I N V I S I B L E 』

 

 

 先程のようにアナザーディケイドは姿を消す。

 

 

「待てッ!!」

 

『貴様らは既に負けている。学校に来た事が寧ろ、思わぬお膳立てをしてくれたな』

 

「なに……!?」

 

『奪われる苦しみを、味わらせてやるぞ』

 

 

 声が消え入り、車の走行音に掻き消された。

 同時に数台の車が校門前に集結し、ソウゴを囲むように停車する。

 

 

「……え?」

 

 

 車から出て来たのは、厳めしい顔付きをしたスーツ姿の男たちと、分かりやすい制服を纏った警察官たち。

 その内の一人がソウゴの前まで来ると、ギラリと見下す。

 

 

「……ここは女子校ですが、男の君はなぜここにいるんですか?』

 

 

 言葉は丁寧だが、語気は重く、暗い。

 何よりも冷たい目がソウゴへ、拒絶の念を強く押し出している。

 

 

「……あんたは……?」

 

「無関係者なら、すぐに立ち去ってください」

 

 

 その男性に、部下と思われる者が、スマートフォンを見せ付けながら近付く。

 

 

「……『黒田さん』、大変ですよ。SNSで拡散されはじめています」

 

「『大貫(おおぬき)』、投稿者の特定は」

 

「まだ時間がかかるそうです……もっとも、拡散を確認して自主消去した可能性もありますけど」

 

「そうだとしても痕跡はあるハズだ……まずは動画の削除を急がせろ」

 

 

 ソウゴは彼らの言葉にきな臭さを感じ、油断している大貫の腕を掴んで引き寄せた。

 

 

「ちょ、ちょっとごめんなさい!!」

 

「あ!? 君ぃ……!?」

 

 

 彼の持つスマートフォンを見る。

 

 

 

 

 そこには、針を構え、バス車内で暴れているように見える渚の姿が映っていた。

 彼女が抱き締めている人物は、姫乃。二人の顔は、とても鮮明に伺える。

 

 

 

「……これ……!?」

 

「なんですか君は!!」

 

 

 大貫は腕を強く上げ、ソウゴからスマートフォンを離す。

 しかし既に確認はした。それでも動揺は強い。

 

 

「もしかして、奪うって……!?」

 

 

 ソウゴを無視し、黒田を筆頭に男たちは学校へ入ろうとしはじめていた。

 確信した、彼らは警察の人間だ。

 

 

 

 それも、『蜂』を知っている。

 

 

「……ッ!!」

 

 

 

 ソウゴは瞬時に、刑事たちの前へ躍り出て、両手を広げた。

 

 

「ま、待ってッ!!」

 

 

 男たちの冷たい視線を一身で受けるが、ソウゴは微塵も臆さない。

 黒田は再度、問い掛ける。

 

 

「……なんですか、あなたは」

 

「その……!」

 

 

 止める事ばかりが先行し、どうするのかを忘れていた。

 それでもソウゴは必死に考えを巡らせ、叫ぶように問い返す。

 

 

「な、なんかの事件ですか!? あの、だったら、俺にも何か……ッ!?」

 

 

 ソウゴが言い切る前に、黒田は彼の腕を掴み、捻り上げた。

 かなりの素早さだ。鍛錬を積んだ警官の、洗練された逮捕術。

 

 

「グッ……!?」

 

「……お前」

 

 

 黒田の口調から、丁寧さが消えた。

 

 

 

 

 

「……『蜂』を知っているんだな……?」

 

 

 

 

 彼は大貫に目配せし、足止めを食らっていた部下たちを進ませる。

 ソウゴは何とか抵抗し、止めようともがくが、黒田は腕を背中にまで捻ってやり、阻止した。

 

 

「うぐっ……! ふ、普通の警察官じゃないよね……!?」

 

「お前こそ、一般人ではないな。良いだろう」

 

 

 

 

 ガチャリと、ソウゴの手首に手錠がかけられた。

 

 

 

 

 

 

「公務執行妨害の現行犯で逮捕する。話は、取り調べ室で伺おうじゃないか」

 

 

 ソウゴの表情が苦痛と悔しさで歪む。




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