キングスピア < K I N G S P I A > 作:明暮10番
姫乃と渚を乗せたライドストライカーは、町の郊外にある山の中で停車する。
「マジに事故らなかったなこのバイク……」
「追って来ては……いないようです」
「逃げ切れたみたいだね」
ヘルメットを取り、展望台から様子を伺う二人の方へ、ソウゴは近付き話しかける。
「渚も姫乃も、怪我はない?」
「……王様ヤローに気を使われんのは癪だけど……今回はマジ感謝するぜ」
「相変わらずだなぁ……姫乃は?」
姫乃の「大丈夫です」と言おうとした。
しかしパッと手を見た時、手の甲からダラリと血が垂れていると気付く。
ここまで極度の緊張に陥っていた為、痛覚を忘れていたようだ。
今は思い出したかのように、手の甲の傷が痛みを叫ぶ。
「うぉ!? 血が出てるじゃん!?」
「飛んで来た室外機の破片で切ったのでしょうか……」
「えっと、絶対に痛いよね? 絆創膏あったっけ……て、ある訳ないか」
「あの、これくらい大丈夫ですよ……ちょっと押さえたら止まると思いま……」
黙ったままグッと姫乃に寄った渚。
何をするのかと疑問に思うよりも早く、彼女は姫乃の手を口元に寄せ、傷を舐めた。
「ウェっ!?」
「ひゃあ!?」
突然舐められた姫乃は当たり前だが、それを見ていたソウゴも驚きの声をあげる。
「は、は、は、服部さん!?」
「ん……姫乃に怪我させたのは私の責任だからさ」
「そこまでしなくても……!」
「おおお……!? な、なんか、見ている方が恥ずかしい……!」
手で顔を隠し、そっぽを向くソウゴ。
傷を舐めとった後に渚は顔を上げ、目を合わした。
その表情は、悔しげで悲しそうだ。
「……姫乃。ごめん」
「……え?」
「……守るって言っといて、私だけじゃ守り切れなかった……」
路地裏で言っていた渚の言葉を思い出す。
あの後の事だからこそ、余計に彼女は気にしているようだ。
「そんな……服部さんは私を助けてくれたじゃないですか。バスの中で服部さんがいなければ、私も他の人もどうなっていたか……」
「でも全く、あいつには歯が立たなかった。こいつが来なければ私は多分、犬死にしてた……」
自信家で、ガサツだが前向きな渚。
そんな彼女の落ち込んだ、今にも泣き出しそうな表情は、姫乃を心痛させた。
「服部さん……」
「だからさ、本当にごめん……」
「………………」
渚の表情を見て、思わず姫乃は感情的に話し出した。
話さずにはいられなかった。
「……勝手に謝らないでください」
その言葉に、渚が面食らう。
彼女から見た姫乃の表情は、怒っていて悲しげな、二つの感情がごちゃ混ぜになっていたようなものだった。
「え……?」
「服部さんは私の為に動いて、助けてくれた事は確かなんです……その……寧ろ、守られてばかりな私の方が謝るべきです」
「そ、そんな、姫乃は……!」
「私も服部さんを守りたいんです!」
どうしても卑下しようとする渚を押し黙らす。
「私も守られてばかりは嫌なんです……」
「…………」
「……だから、服部さん一人で全部背負おうなんて、考えないでください。服部さんは私を守る為に尽くしてくれた、私にはそれで十分です」
少し潤んだ目で姫乃を見る渚。その顔はやや赤い。
暫し見つめ合い、ハッと我に返り、気恥ずかしさが表出してきた。
振り向くと、ソウゴはニコニコと二人を見守っていた。
「ど、どうしました、ソウゴさん?」
「え? いや、さ? 姫乃も、言うようになったなぁって思って!」
「お、オイてめぇ!? 見世物じゃねぇんだよッ!! あ、あっち向いてろッ!!」
「渚って結構、反省するタイプなんだね! なんか意外!」
「馬鹿にしてんのか!?」
いつも通りに戻った渚と、いつも通りのソウゴを見て、少しだけ呆然となったものの、姫乃にも笑みがこぼれた。
しかし安心ばかりもしていられない。
二人を、強いては『蜂』を付け狙う怪物、アナザーディケイドの対策を練らなくては。
「あの化け物、一体なんなんだ? 私らが針を持っているって知っていやがった」
「でも、私たちの事を知らなかった様子でしたから……知り合いとは考えられません」
渚はソウゴを睨み付ける。
「なぁ、王様ヤロー」
「いや、そろそろ名前で呼んでよ……」
「てめぇ、バイクで逃げる時、あいつの事知っているような感じじゃなかったか?」
なかなか鋭いなと、ソウゴは関心する。
そしてどう話すべきかと、眉を寄せて困り果てた。
「……あれはアナザーディケイド。まず、普通の人間には勝てない相手だよ」
「ソウゴさん、あの怪物を知っていたんですか……!?」
二人に何処まで本当の事を話すべきか迷う。
少し顎を撫でて思考し、要点だけを伝える。
「……実は俺さ、あいつを追ってここに来たんだよね」
「……え!?」
「はあ? 突拍子なさ過ぎだろ……」
困惑する二人に、説明をする。
勿論、別世界の人間とは言えないので、そこだけは隠す。
「あのアナザーディケイドが、どう言う経緯で現れたのかとか、なんで姫乃たちを狙うのかは分からない……けど、俺はあいつに対抗できる力を持っている」
「待った待った待った……てか、オメーは一体、何者なんだよ」
「俺の事よりも、まずはどうするべきかだよ」
「だけどよ……」
聞き込もうとする渚を、姫乃は止めた。
「服部さん、ここはあの、怪物の事とソウゴさんの考えを聞きましょう」
「んでも、得体の知れないのはコイツもだぜ?」
「それはそうです……でも、ソウゴさんは私たちを助けてくれました。ソウゴさんなりに理由あるんでしょう…………信用しましょう」
「……ありがとね、姫乃」
「でも……いつか、話して欲しいです。良いですか?」
「……うん! 約束する!」
彼女の口から直接「信用」の言葉を聞けて、ソウゴは嬉しそうに微笑む。
渚は納得の行かない様子だったが、姫乃の説得を受けて信用はしてくれるようだ。
「……それで、アナザーディケイドだけど。あいつが狙うのは、間違いなく姫乃たちだよね」
「恐らくは……」
「じゃあ、学校にいる時坂らも危ねぇんじゃ……!?」
「だから敢えて、俺たちは学校に行こう。多分、アナザーディケイドは姫乃たちの制服を見たから、学校が特定されてもおかしくないハズ……他の子たちと固まるんだ」
ソウゴの話を聞き、渚は顔を顰める。
まるで自分たちが餌にされているようだと思ったからだろう。
「……私らは囮ってか?」
「分散して逃げるのも手だよ。でも、アナザーディケイドの追跡はかなり執拗だったよね。離れ離れになれば、俺がカバーしきれなくなる」
難色を示す渚だが、一方で彼の意見に姫乃は賛成した。
「……確かに、あのアナザーディケイド……普通の人には手を出すけど、殺す事はしないって言っていました。盾にする……と言うのは悪い言い方ですけど、生徒とかの多い学校の中なら迂闊に攻撃してこないかも……それに、バスのような密室にはそうそうならない」
「じゃあ姫乃、学校行くのか……?」
「……渚の言う通り、みんなを囮にする事になる。でも、俺が必ずみんなを守るからさ」
アナザーディケイドに有効と思われる、ディケイドライドウォッチは今は持っていない。ウォッチを破壊するには、本物のライダーの力が必要になる。
しかし、ウォッチを破壊するまでは至らずとも変身解除にはさせられる。
変身解除後は、タイムジャッカーによる再起動が必要だが、ここは別世界。もしかしたら、タイムジャッカーの干渉が無くなった事で再起動せず、アナザーウォッチを実質完全停止させられるのかもしれない。
「さっきは二人から離す為に戦わなかったけど、次会ったなら戦って、俺は絶対に勝つ……もう、二人からの信用だけが頼りになるけど……」
ソウゴは懇願するように決意を伝える。傍らでは渚が、姫乃の決定を待っている。
「……行きましょう」
姫乃もまた覚悟を決めたようだ。
「ですけど、怪物が現れた時は私に連絡してください。その時は学校からみんなを避難させます……誰一人として、死なせたくありませんから」
「それは勿論だよ」
「ソウゴさんも……ですよ。無理はしないでください」
身を案じる姫乃に対し、ソウゴはいつもの人懐っこい笑みで強く、頷いた。
「大丈夫! 俺がみんなを守るから!」
ソウゴは懐から、何かを取り出す。
丸く、ストップウォッチのような機械物。
その表面には『カメン』と読めるマークと、『2018』の数字が書かれていた。
『タ〜イム・マジーン!!』
その間、元の世界では、ゲイツとツクヨミが街を奔走していた。
ツクヨミは持っているタブレットのような機械を操作し、ナビゲートする。
「全員、ここにいるのか」
「少し待って……えぇ。この場所で間違いないわ!」
「しかし、これは……」
二人の前には沢山の人だかりがあり、その先は大勢の警官によって封鎖されていた。
サイレンと、空を行き交うテレビ局のヘリコプターの音が、人々の声に乗って辺りに響いている。
封鎖された向こうは、線路上に続く。
そこには無惨に横たわる、電車があった。
この日は肌寒い、冬の先触れ。
【2003】
ここはニ◯◯三年。
ゲイツとツクヨミは、アナザーディケイドが特定の人物を別世界に送っていると士から受け、調査に乗り出していた。
現在にて連れ去られた人間を確認した結果、ある共通点が浮上する。
「全員が、『警視庁の公安部』に所属経験がある刑事か」
士が、アナザーディケイドに襲われていた男性の懐から抜いた物は、『警察手帳』だった。
それも話を聞くなら、彼は勤続二十年を超えるベテラン刑事でもあった。
「最初にアナザーディケイドに連れ去られた男性は、二◯一八年では二十一年目の刑事……他の人もバラつきはあるけど、勤務年数は二十年を超えている刑事ばかりだわ」
「そして、全員がちょうど警視庁の公安部に所属していたのが……この二◯◯三年か」
二◯◯三年に公安部が動いた大きな事件と言えば、二人の目の前にある事件だ。
東京都内で起きた、脱線事故。
電車一両が横転した事で、全車両が連鎖的に転覆した。
原因は、線路上に置かれた石らしい。
出勤ラッシュが終わった平日の昼下がりかつ、人の少ない準急の為、被害者は約四十名ほど。
内、重軽傷者二十七名で、死者がいなかった事が不幸中の幸いだ。
「脱線の原因は線路に置かれた石で、人為的に起こされたもの。だから警察も、テロを視野に入れて公安部に調査させていたみたいよ」
「結局、犯人は?」
「一人の小学生。イタズラで置いたのが理由ね。その子の両親に賠償金を請求して、この件は和解になったのよ」
「既に解決済みか……別の事件じゃないのか?」
ツクヨミはタブレットを操作し、資料を確認するが、その上で首を振る。
「……だめ。翌年には一人が異動になって、今回の件に関連している人たちが協働になる事件はこれだけ。それまでは特別、公安部が動くほどの大きな事件はなかったわ」
「なら、これは関係ないって事になるな……クソ。ハズレか」
「いや、そうとも限らない」
突然、横から話しかけられ、二人は瞬時に身構える。
そこにいたのは、士だった。なぜか、警察の着るジャンパー風の制服に身を包んでいる。
「門矢士……!? どうして、ここが……!?」
「……てか、なんだ貴様、その格好は!?」
士は両手を広げて、服を主張させた。
「俺は今は、鑑識だ」
「はぁ!?」
「まぁ、気にするな。俺も色々と調査しつつ、お前たちを追って来たんだ」
相変わらず首にぶら下げているカメラで、現場を撮る。
「なんかの事故か?」
「脱線事故よ。小学生のイタズラ……では済まないのだけどね」
説明するツクヨミの後に、ゲイツが不満そうに口を出す。
「あまり意味はなさそうだ。お互い、無駄足だったな」
「だから、そうとも限らないと言っただろ」
「……どう言う意味だ?」
「そのまんまだ。人の話が聞けないのかお前は?」
「なんだと!?」
激昂するゲイツを宥めつつ、ツクヨミが彼へ質問する。
「ソウゴや、他の人が飛ばされたって言う、並行世界と何か関係があるの?」
「まぁ、その通りだ。ここで起きた事が百パーセント、別の世界でも起きているとは限らないと言う事だ」
「なんですって……?」
「同じ脱線事故でも、多少なり原因や規模が変わっている。それは、その世界の有り様によって辻褄が合わせられる」
それを告げてから彼は顎を撫でて目を細め、納得したように頷き「大体分かった」と呟く。
「俺はもう一度、魔王のいる世界に行く」
「一人で勝手に納得するなッ! それより、ジオウに貴様のライドウォッチは渡しているんだろうなぁ!?」
「いいや。まだだ」
懐から白々しく、ディケイドライドウォッチを見せびらかす。
ゲイツの怒りは爆発した。
「いけしゃあしゃあと……! その、例の別世界に本体がいるんだろ!? なんでジオウに渡さない!?」
「俺は何も、あいつに渡すために預かるとは言っていないが?」
「貴様ぁ……!」
「待ってゲイツ!……この人にも、何か考えがあるのよ」
ツクヨミがゲイツを阻んでいる隙に、彼は人だかりの後ろに停めていたマシンディケイダーに飛び乗った。
「あ、待てッ!!」
「お前たちにはお前たちで、やるべき事があるだろ」
「なに?」
「当然だ。俺の偽者は、この世界で生まれたんだからな」
それだけ言い残し、士はバイクを走らせた。
追いかけようと、ライドストライカーのウォッチを取り出すゲイツだったが、士が灰色のオーロラに消えた事を確認し、諦める。
「……チッ! 訳の分からん奴め……!」
「でも……門矢士の言葉……この世界でも、まだ手掛かりが残っているって口振りだった」
「………………」
「アナザーディケイドはこの世界で生まれた……それに何かあるのよ!」
ゲイツは短気で、激昂しやすい性格だ。
しかし修羅場を潜り抜けて来た戦士として、高い状況判断能力と思考力を持っていた。
ツクヨミの考察を聞き、考え込む。
「……そう言う事か」
そして一つの仮説を立てた。
「ゲイツ? 何か分かったの?」
「アナザーディケイドは、この世界で生まれた。ならこの世界の、『元々の契約者』は誰だ?」
「元々の契約者……?」
「あぁ」
「それは……アナザーディケイドになって、ソウゴのいる世界に行ったのでしょ?」
「なら、あの男があんな口振りで話すものか」
そのままツクヨミに、ゲイツは調査を頼む。
「この時代でも、まだ何か調べられるかもしれん。もう少し留まるぞ」
「……えぇ。分かったわ、ゲイツ」
「それじゃあ、まずは……」
調査を続行しようとする彼らを、何故か呼び止める青年が一人。
「あ、あの!! この電車の事件で知っている事ないですか!?」
「なんだお前!?」
「ほんのちょっと、話聞くだけだから!!」
「それをなんで俺らに聞くんだ!? 警察に聞けッ!!」
「警察の人に断られたんすよ〜!!」
「知るか馬鹿ッ!! こっちは暇がないんだ!!」
ゲイツは青年を押しどかし、二人はその場を立ち去る。
残された彼は困ったように髪を掻きながら、不満げに唇を尖らせた。
「んなっ!? 失礼な奴だなぁ?! 馬鹿は言い過ぎだろっ、バーカっ!!……って、俺も暇じゃなかった!? 取材しなきゃ、『大久保先輩』にドヤされるぅ〜!!」
ソウゴは、姫乃と渚を校門前まで送り届けた。
時間は既に、十時。一限に入っており、遅刻確定だ。
もっとも、遅刻よりもアナザーディケイドへの危機感の方が強いが。
「あの、ソウゴさん……」
「うん?」
「その……お守りって言ってくださった、コダマスイカちゃん……失くしてしまって……」
姫乃はアナザーディケイドに向かわせたきり戻ってこない、コダマスイカアームズを気にかけていた。
彼女は知るよしもないが、もう既に破壊されてしまっている。
紛失を謝罪する姫乃だが、ソウゴは笑って首を振る。
「いいよいいよ! アレのお陰で姫乃たちが無事だったなら」
「ええ……本当に、助けられました」
「別の物になるけど……持っとく?」
「…………いえ」
タカウォッチロイドを取り出そうとする彼を、姫乃は止めた。
「私は、ソウゴさんを信じます。少し不安ですけど……私も私なりに頑張ってみます」
「大丈夫?」
「はい。だからそれは、ソウゴさんの身を守る為に持っていてください」
それだけを言うと、渚に急かされ、二人は学校の中へ行く。
後ろで手を振って送り出すソウゴ。
見送り終えると、微笑んでいた表情を凛々しく顰め、学校に背を向けた。
「……いるんでしょ。アナザーディケイド」
ソウゴがそう、問い掛ける。
少しの間を置き、目の前の風景がズレはじめ、そのズレが色と形を表出し始める。
それらが立体感を帯びた時に現れたのは、ソウゴの言った通りアナザーディケイドだった。
『良く分かったな……?』
「……この学校の周辺で、女性を狙った通り魔事件があったんだって。犯人はあんただろ?」
『なぜそう言える?』
「確証はない、そんな気がしただけ……あんたは女性だけのこの学校をマークしていないハズがない。姫乃らの制服を見て、この女子校だと気付けたハズ」
ソウゴの推測に、アナザーディケイドはクックックと笑う。
その様子は楽しんでいるようにも見えた。それがソウゴにとって、不快だ。
「……あんたが犯人なら、殺された女性は『針』を持っていた」
『……あぁ。証拠としては状況証拠のみで稚拙だが……私の存在に気付いた点を加点して、合格としよう』
「……人を殺して、その態度はなんだよ」
『人じゃない。アレは、「蜂」だ』
ソウゴの表情にある不快感が、露骨な嫌悪を剥き出しにする。
『アレは人類に仇なす、害虫だ。私はその、駆除をしている正義の味方だよ』
「……命を奪って、何が正義だ!」
『話を聞けないのか? アレは、害虫。蚊とかハエとかを、君は殺さないか? 君はインドの修行僧なのか? え?』
それ以上は何も言わず、ソウゴは『ジクウドライバー』を取り出し、掲げた。
だがアナザーディケイドは手の平を見せ、制止させる。
『なるほど。お前もまた、私と似た力を持っているようだな?』
「時間稼ぎでもしているのか……?」
『時間稼ぎ? 馬鹿な……無駄な事だから断っているのだよ』
何を言っているのか理解ができない。
怪訝な顔で睨み付けるソウゴを前に、アナザーディケイドは高らかに宣言する。
『お前があの二人を逃す前から、私は勝っていたんだよッ!!』
遠く、車のエンジン音が響く。それは段々と、こちらに近付きつつあった。
それに合わせ、アナザーディケイドはカードをベルトに差し込む。
『 I N V I S I B L E 』
先程のようにアナザーディケイドは姿を消す。
「待てッ!!」
『貴様らは既に負けている。学校に来た事が寧ろ、思わぬお膳立てをしてくれたな』
「なに……!?」
『奪われる苦しみを、味わらせてやるぞ』
声が消え入り、車の走行音に掻き消された。
同時に数台の車が校門前に集結し、ソウゴを囲むように停車する。
「……え?」
車から出て来たのは、厳めしい顔付きをしたスーツ姿の男たちと、分かりやすい制服を纏った警察官たち。
その内の一人がソウゴの前まで来ると、ギラリと見下す。
「……ここは女子校ですが、男の君はなぜここにいるんですか?』
言葉は丁寧だが、語気は重く、暗い。
何よりも冷たい目がソウゴへ、拒絶の念を強く押し出している。
「……あんたは……?」
「無関係者なら、すぐに立ち去ってください」
その男性に、部下と思われる者が、スマートフォンを見せ付けながら近付く。
「……『黒田さん』、大変ですよ。SNSで拡散されはじめています」
「『
「まだ時間がかかるそうです……もっとも、拡散を確認して自主消去した可能性もありますけど」
「そうだとしても痕跡はあるハズだ……まずは動画の削除を急がせろ」
ソウゴは彼らの言葉にきな臭さを感じ、油断している大貫の腕を掴んで引き寄せた。
「ちょ、ちょっとごめんなさい!!」
「あ!? 君ぃ……!?」
彼の持つスマートフォンを見る。
そこには、針を構え、バス車内で暴れているように見える渚の姿が映っていた。
彼女が抱き締めている人物は、姫乃。二人の顔は、とても鮮明に伺える。
「……これ……!?」
「なんですか君は!!」
大貫は腕を強く上げ、ソウゴからスマートフォンを離す。
しかし既に確認はした。それでも動揺は強い。
「もしかして、奪うって……!?」
ソウゴを無視し、黒田を筆頭に男たちは学校へ入ろうとしはじめていた。
確信した、彼らは警察の人間だ。
それも、『蜂』を知っている。
「……ッ!!」
ソウゴは瞬時に、刑事たちの前へ躍り出て、両手を広げた。
「ま、待ってッ!!」
男たちの冷たい視線を一身で受けるが、ソウゴは微塵も臆さない。
黒田は再度、問い掛ける。
「……なんですか、あなたは」
「その……!」
止める事ばかりが先行し、どうするのかを忘れていた。
それでもソウゴは必死に考えを巡らせ、叫ぶように問い返す。
「な、なんかの事件ですか!? あの、だったら、俺にも何か……ッ!?」
ソウゴが言い切る前に、黒田は彼の腕を掴み、捻り上げた。
かなりの素早さだ。鍛錬を積んだ警官の、洗練された逮捕術。
「グッ……!?」
「……お前」
黒田の口調から、丁寧さが消えた。
「……『蜂』を知っているんだな……?」
彼は大貫に目配せし、足止めを食らっていた部下たちを進ませる。
ソウゴは何とか抵抗し、止めようともがくが、黒田は腕を背中にまで捻ってやり、阻止した。
「うぐっ……! ふ、普通の警察官じゃないよね……!?」
「お前こそ、一般人ではないな。良いだろう」
ガチャリと、ソウゴの手首に手錠がかけられた。
「公務執行妨害の現行犯で逮捕する。話は、取り調べ室で伺おうじゃないか」
ソウゴの表情が苦痛と悔しさで歪む。