名乗りを上げたかと思えばその女性はおもむろに分厚い留め具を取り出して装着。さらに大降りな仕草で片足片手を突き出す奇妙な行動を連続して行った。それと同時にその身を光が包む。
「あの、ミス?いったい何を……」
「む……いやなに、起きたらとりあえず座る前にヒルクリ連打というのが癖になっていてね」
対する教師は彼女が何を言っているのかさっぱり理解できなかったが、既に慣れつつある己に少し悲しくなったのだった。
「それでは、私はこれから彼女――ミス・ムラクモと共に学院長室へと向かいますので、皆はこのまま解散してください」
コルベールのそんな言葉を耳にしたルイズは、呆然と立ち尽くしたのだった。
キュルケは召喚したばかりの使い魔を傍らに、そんな様子のルイズを眺めていた。彼女が呼び出した使い魔の一人はコルベールと共に学院内へと去っていき、もう一人は主人と同じように呆けていた。なにやらちらほらと帰る他の生徒を見て口をあんぐりと開けている。それがあまりに間抜けな顔過ぎて、さすがにちょっとルイズに同情したくなってきた。
キュルケがそんな風に、ぼんやりな主従を観察しているのにはちょっとした理由がある。といっても、親友タバサの召喚した風竜に乗せてもらうことにしたから準備が出来るまでの暇つぶしというだけだ。この後は授業がない。せっかくなので少し空の散歩と洒落込むのもいいかもしれないと持ちかけてみたところ、あっさり了承してもらえた。
タバサが風竜に指示を出し、乗りやすいように首を下げさせる。少しだけフライで浮かび竜の背に立つタバサに倣ってキュルケも移ったところで、
「……使い魔、どうするの?」
「フレイムには悪いけど、ちょっとお留守番してもらうわ」
「フレイム?」
「さっき付けた、あの子の名前。いい名前でしょ?」
タバサにウィンクを投げれば、じっとこちらを見た後に頷いた。
ガリアからの留学生でおまけに明らかに偽名を名乗るタバサは、色々と事情があるのか余り感情を表に出さない。とはいえ、慣れればそれなりに感情を出せるようなので、卒業までにもう少し色々な表情を引き出してみたいというのが、キュルケの密かな目標だ。
留守番を命じられ悲しげな視線を向けてくるフレイムに心の中で詫びていると、風竜が翼を広げ離陸体勢に入った。風を掻き抱く大きな翼が一打ちすれば、フライとも違う浮かび上がる感覚の後にキュルケの体を風が撫でていく。気づけば、すでに周囲は空ばかりだった。
思わず幼い少女のような歓声を上げていて、それに気づいてしまい少し気恥ずかしい。傍らの親友を見れば、無表情ながらもその目には慈しむような色。
きまりの悪さに、キュルケの口からはため息が漏れたのだった。
青い空を緩く旋回。眼下には我等が学び舎たる魔法学院があり、その周囲にはトリステイン王国の平原と森林が広がっている。
森林大目な故郷ゲルマニアと比べるとその地形は面白みに欠けるが、生活難度としてはこちらが圧倒的に楽だということはわかる。伊達に三王家の一つが座してはいないということなのかもしれない。
そんな風景を高空から眺めつつ、
「それでタバサ?ここでならさっきのこと聞いてもいいわよね?」
横目でちらりと見た親友の顔は、少しだけ険しく強張っていたのだった。
履きなれたシューズが床材を叩く。先ほどまで自分が追いかけっこをしていた時計塔のような謎材質ではなく、しっかりと落ち着いた安心感のある石材だった。
途中にある窓からは伽藍にも似た、塔と回廊を基本とする建築が見て取れる。先ほどから先導している禿頭の男が魔法学院と言っていたのでここがそうだと考えれば、確かに塔の様相は魔法都市と名高いゲフェンにあるゲフェンタワーにも近いものを感じた。しかしゲフェンタワーほど謎材質でないあたりはやはり安心感が持てる。あのつやつやした石材っぽいのに何か違う感じがする物質は一体なんだったのだろう。
などと故郷の建築事情に思いを馳せていたマキナは、
「――こちらが学院長室です……ミス・ムラクモ?」
「――ん、ああすまない、少し考えごとをしていたものでね」
少し呆けていたのを見られたか、不思議そうな顔のコルベールに解脱していないことをアピール。
そうですか、と頷いたコルベールがドアをノックする。中からの返事に失礼しますと応えて開かれた扉の先は円形の部屋で、入り口付近の机に若年の女性、そして正面奥の大きな机に老年の男性がついていた。
男性はこちらと正対して長いひげをもしゃもしゃと動かしながらおお、と一声揚げたかと思えば、
「どうかしたかねミスタ・コルベール、そちらの魅力的な女性は一体――ほほう、さてはどこかで引っ掛けてきたのかね、うん?」
「は?……いやそのオールド・オスマン、こちらの方は――」
「わかっておるわかっておる、ついに君にも春が来たというわけじゃなよかったのう――それで、どこまでいっとるんじゃね君等は、就業中は程ほどにしなされよ、うむうむ若いとはすばらしいのうそうは思わんかねミス・ロングビル」
「ですが私はここでイチャつかれるのは正直果てしなく邪魔臭いのでお引取り願いたいですねそうは思いませんかオールド・オスマン」
「二人とも少しは人の話を聞いてください――!」
好々爺じみた笑いを上げながら勝手に話を膨らませるオールド・オスマンとそれに乗っかるミス・ロングビル。学院長と秘書、なのだろうが上司と部下という関係の割には妙に息がぴったりな気がしなくもない。結構ウザイが傍から見ていると面白いタイプだと思う。
そしてその二人に思いっきりおちょくられて既に一杯一杯のコルベール。彼等と関わるのであればもう少しリアクション芸というものを覚えたほうがいいのではないだろうか。
というのは、どうもあちらも感じていることのようで、
「ふむ……コルベールくんのリアクションはまだまだじゃのう、もうちっとヴァリエーションを増やしたまえよ、でないと嫁さんも見つからんぞい」
「自分を魅力的に見せたいのであれば伝説のコメディアン級とまではいかなくとも、もう少しユーモアも磨くべきだと思いますわ」
「……もういいです」
うなだれるコルベールを尻目にいいたい放題である。
それに対しつまらない、とでも言うように明らかな落胆を見せて大きなため息を吐く老人は咳払いを一つ。
「ま、コルベールくんはいじりすぎると拗ねてしまうからこの辺にしておくかのう……で、どうかしたのかね?」
「……オールド・オスマン、あなたに個人的に言いたいことはありますが本題に――」
「オールド・オスマンに個人的に言いたいこと……なるほど愛の告白ですか、ならお邪魔虫の私は退散しますので後はお二人――と、もう一人で。ミスタ・コルベール、頑張ってくださいね」
「え、ちょっ……ミス・ロングビル!?そういうことでは――」
ニヤリと笑いそそくさと去っていくロングビルに突っ込むことすらままならず、またもコルベールがせっかく戻りかけた話の腰を折られた。しかも盛大な誤解をしたままで。
扉に向けて手を伸ばすも音を立てて閉ざされる。コルベールは弄られキャラというよりむしろプラスして苦労人ということなのかもしれない。そのレッテルをしっかり背負ってしまえるあたり好感は持てるが、こちら側まで飛び火しなければいいなあとは思う。
「……まあ、お遊びは程々にしとこうかの。ミス・ロングビルも何だかんだいって気を利かせて出ていってくれたようじゃしのう」
「はあ……相変わらず疲れる人達ですね……ええと、こちらの方なのですが」
蚊帳の外から愉快なコルベール劇場を見ていたが、話題に上ってしまった。なのでマキナは、冒険者生活でもそれなりに偉い人とも会う機会があったので習得した、それなりに見える礼をもって応える事にする。
「私はマキナ・ムラクモ。ミスタ・コルベール……でよろしいかな?彼に少し世話になった者なのだが、まさか学び舎の長に目通り願うことになるとは思わなかったね」
「ほっほっほ、これは面白いお嬢さんだ。私はオールド・オスマンなどと呼ばれておる――学院長などという肩書きはあるが、単に長生きしとるだけの爺じゃよ……さてミスタ・コルベール、彼女が一体どうかしたのかね?」
「はい、実は――彼女はつい十数分ほど前まで、確かに死んでいたのです」
「……なんじゃと?」
もしゃり、とオスマンの長いひげが揺れたのだった。
――どう話したものだろう。
タバサはさすがに自らの気づいた物をそのまま人の多い場所で話すわけにはいかなかったため、キュルケの提案に乗って使い魔の風竜で周りの人目を排し、さらにもう一手間サイレントを周囲に展開することで語る場を設けた。
ただ話すだけなら簡単だ。だがそれはタバサ自身何かの間違いだと思いたいような事実。
しかしあの反応は――
「タバサ」
不意に、後ろから抱きしめられた。豊満な脂肪の塊が背中に押し付けられて、自慢でもするつもりなのかこの悪友は。きっと意図していないだろうことはわかるが、それでも惨めな気分にされるものだから性質が悪い。
表情を変えずに暗い思考を回しているタバサに気づくことなく、
「あなたが私をどう思っていても、私はあなたを親友だと思ってるわ。だからあなたが何か抱えているのなら、それを受け止めて一緒に支えてあげたいの」
「キュルケ……」
キュルケの言葉で、少しだけ心が和らぐ。他人の温かみが精神安定に良いという話は確かなのだろう。
キュルケなら本人の言うとおり自分の知ったことを話してもきちんと受け止め、分かち合ってくれると信じることが出来る。そう確信がもてる。
だから話そう、そう思ったタバサはしかしその前に、
「あなた、面白そうだから首突っ込んでかき回したいだけでしょ」
「バレた?」
「あなたがそういう性格なのは知ってるから」
振り返りもせず小さくため息。キュルケのほうはどうせ反省の色もないのだろう。きっとテヘペロなどしているに違いない。
とはいうが、それでも心は決まった。
キュルケにもせいぜい頭を悩ませて、共にこの謎の解明してもらおうと思う。きっと考える部分は丸投げするんだろうが、たまには少しくらい頭脳労働もして欲しい。実現しないとしても、思うだけならタダだ。
キュルケに向き直り、目をつぶって一呼吸。そして静かに切り出す。
「さっきの人、最初に現れたときは明らかに死んでいた」
「……え?で、でもコルベール先生と一緒に歩いて行って――」
「わからないけど、それからディテクトマジックを使ってみたら急に大きな反応が生まれて、消えた。丁度何かが光ってた時」
「……それってもしかして」
「きっと、死者蘇生すら可能にするようなマジックアイテムで――おそらく使い捨ての薬」
キュルケが息を呑む。その顔には驚愕と、そして少しの恐怖が浮かんでいた。
無理もない、死者蘇生は永遠の命にもつながる人類すべての夢である。確かにそれを可能とするようなマジックアイテムがあるという話には聞いていたが、それは指輪という話だ。つまり、新しい死者蘇生のマジックアイテムの発見ということになる。
さすがのキュルケもおちゃらけ無しで考え込んでいた。
「そのディテクトマジックだけど……同じような反応はまだあったの?」
「それだけど……あの人、大量のマジックアイテムで身を固めてるみたいで反応が多すぎて良くわからなかった」
今度は唖然とするキュルケ。
タバサもその時はディテクトマジックの反応数に思わず呆然としてしまったのだが、そこに突然大きな反応ができたので死者蘇生の魔法薬が使われたことに気づいたのだ。
当然だが、本来マジックアイテムは高価なものだ。安価なものでも平民にはほぼ手が出ないし、貴族でも大半のものは買い漁る事など出来ない。
そのような類のものを反応が多すぎて判らなくなるほどに所持していて、さらには死者蘇生の魔法薬で蘇った元死者。
正直、関わりたくない。だが、タバサには病の母がいてその薬を欲しているという事情がある。並みの薬では効果がない病だが、もしかすると件の女性はそういった薬に心当たりがあるかもしれない。
だから、近いうちに接触を図ろうと思っているのだが、キュルケはまだどこか上の空だ。
「……やっぱりこの話は、聞かなかったことにしておいたほうがいい」
キュルケに話したことは後悔していない。なんだかんだでタバサも親友とは認めている。だから受け止めて支えてくれるといわれて嬉しかった。だから話した。
――それがキュルケにとって重荷になってしまうというなら、棄てて構わない。
タバサがサイレントを解除しようと杖を掲げると、
「知ったこっちゃないわ!」
いきなり天に向かって吼えるキュルケ。サイレントの範囲内に轟く大音声に、思わずびくりと身を固めてしまった。
少し耳が痛むのを片手で抑えながらキュルケを睨んでもどこ吹く風で、
「そもそも私がタバサに話を聞きたかったのも、あの人の秘密を暴こうってことじゃないわ!ただ単純にあのファッションを取り入れれば、私はもっと微熱を燃え上がらせることが出来るかもしれないと思ったから!そのために話題になるようなことがあるか聞きにきたのよ!」
「……微熱が燃え上がったらただの熱だと思う」
「ツッコミに切れ味がないわよタバサ!とにかく私にとっては、あの人が死人だろうとマジックアイテムでガチガチだろうと関係ないの!ただあの服をもっと間近で見たい!それだけなのよ――!!」
タバサは、果てしなくうるさくてウザくなり竜の上でくるくるくねくねし始めた悪友に、杖で全力の一撃をぶち込んだのだった。
微妙に性格改変が起こっています。
それも含めての魔改造ってことで。
そんなことより最近豚の鍋をよく食べています超うまいやばい。