虚無と賢者   作:豚派

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2話

長く伸ばした髭越しに顎に手を当て少しなぞりつつ、今告げられた言葉を反芻する。

死者の蘇生。黄泉返り。起き上がった死者。歩く亡者――

同じようなカテゴリでありながら聖と邪入り混じった様々な同種の現象。それらの伝承がこのハルケギニアに存在することは彼――オールドオスマン自身も知っていた。

そして同時に、それを可能とするマジックアイテムがあることも知っていたが、それは死者を蘇らせる指輪だと聞いていた。故にその女性の指にそれらしきものが何もなく、且つコルベールの指にも当然何もないことを確認して、

 

「――わかった、ミスタ・コルベール」

「オールド・オスマン!わかってくれましたか!」

「うむ、君がとても疲れておるということは実によくわかった」

「はい!……はい?」

 

その真面目さと教育に対する熱い思いはほかの教師と比べ物にならないこの悲しい頭の部下を、オールド・オスマンはとても買っていて、信頼していた。それだけ目に掛けていると自覚していた相手に対し、どれだけその体調を慮ってやれて居なかったのだろうか。

オールド・オスマンは自らの情けなさにため息が出る。

 

「恥ずかしながらわが校の教師陣は皆個性が強く――正直に言ってしまえば面倒くさい奴等ばかりじゃ。それ故真面目なコルベールくんに仕事を任せてしまってもなんとも思わんのじゃろう……」

「あ、あの……オールド・オスマン?」

「ただでさえ職務が増えて大変な上に、コルベールくんは――その、なんと言ったかな?新たな技術の開発をも趣味でやっていると聞いておる」

「ああ、火の魔法を使った技術ですね――ってそうではなく!」

「よいよい、わかっておるとも。君がそれだけ大変な日々を過ごしておるというのに私は君の事を全く気にも留めず、挙句本日は気難しい学生達が自尊心を高めたりへし折られたりする大変に大変な『使い魔召喚の儀』すらも押し付けてしまった……許して欲しい」

「お、オールド・オスマン!?頭を上げてください!っていうか判っててやっているでしょう!!」

「はてなんのことやら。ま、そういうわけでコルベールくん、一週間ほど休暇をあげるからゆっくり羽を伸ばしてみてはいかがかね?王都の歓楽街で綺麗な女子を侍らすもよし、少し遠出してゲルマニアやガリア等でこの国では味わえないひと時のロマンスを味わうもよし――そうじゃのう、今の時期は気候が良いのでラ・ロシェールやタルブ方面を気の合う女性と共に観光するのも良いじゃろう。あとは心に決めた者がおるなら――ラグドリアン湖で誓いをするのも手じゃな。おおそうだった、せっかくじゃし特別手当を渡しておこうかのう」

 

無力感に崩れ落ちるコルベールを尻目になかなか見事なトリステイン旅情報を伝えることが出来たとオールド・オスマンは自画自賛した。

――コルベールくんは常日頃から女性に縁がないと愚痴っていたから、そこに縛りを入れたのもなかなかじゃったのう。

やはり彼は弄ると楽しい、と思いながら、

 

「――で、本当のところはどうなんじゃ、ミス・ムラクモ?」

 

先ほどから慈愛と笑みに満ちたなんともいえない表情を湛えていたマキナに、話題の矛先を向けた。

 

改めて見たその姿を一言で言い表すのであれば――アンバランス。

顔は先ほどの無力感に苛まされる中年男を慈しむ物から元に戻りつつあり、眠たげにも見える眦の下がった優しげな目つきと口元の微笑み――いうなれば古代芸術用語におけるアルカイック・スマイルを成している。

しかし片眼鏡の奥、その眼には深い知性の光が見て取れた。それも魔法の探求に生涯を捧げるアカデミー研究員に近い、特有の研ぎ澄まされたような――それでいて底の見えない泉のような深淵の如き深さを併せ持つ瞳。多く見積もっても二十代前半であろうになんとも将来有望で、末恐ろしいと思える目だった。

 

表情もさることながら、その髪色も独特である。腰まで届きそうな長く伸ばした髪は毛先近くでまとめられていて、尚且つこのハルケギニアではめったに見ることの適わない青色をしている。青髪といえば知識のあるものならば先ず真っ先に『ガリアの青』と呼ばれるガリア王族特有の髪色を思い出すだろうし、実際オールド・オスマン自身もガリア王族に連なる者かと考えた。確かにガリア王族特有の薄青色の髪はそれに合致するが、

――何かが違う気がするのう……たとえば髪質、それとほんのり別の色が髪に混じっている感じかのう?

オールド・オスマンは既に当世において伝説とも言える力を持つメイジだ。それ故に各王族やブリミル教の上位神官とも面識がある。当然実際の『ガリアの青』を持つ者達にあった事があるのだが、それぞれは髪質がストレート、更にはほぼ単色の薄青で光による濃淡がある程度である。

一方のこちらは毛先がゆるくカールし、色も単色ではなく赤系の紫にも似た色合いが混じっていた。即座に『ガリアの青』とは断ずることの出来ないが、万一もあるために王族級とは言わずとも対応は丁寧かつ慎重にならざるを得ないだろう。

 

さて、そんな知性且つ青というイメージを与える首から上に対し、下側で最も広く見える色は、肌の色であった。

やや日に焼けた感すらも健康的な色気と取れる、艶のある瑞々しさ。それが特に大きく見えるのは胸元、二の腕、腹、そして両の太ももである。

 

「――けしからんのう」

「は?」

「ああいや、なんでもないじょ?」

 

つい声に出てしまったのを適当にごまかしたが、実際けしからんと思う。たとえ自らの肉体を男衆に様々な意味で見せ、それを対価に金をもらうという類の女性であっても、着衣のままこれだけ際どい部分を魅せる服装というのはトリステインというこのお堅い国では早々あることではない。もっと特殊な層ではあるにはあるということだが、もはやそれはいつ襲われても文句の言えない類なのではなかろうかと悶々と想像した日もあったものだった。あの頃は若かった。

 

それはさておきマキナの服装だが、一見すれば確かに春をひさぐ類にも見えるものの、随所に円を基調とした意匠があるのがオールド・オスマンには気にかかった。

肩、腰、長く伸びた布の先端にある金属で周囲を留められた円形の装飾。その金属の内側の部分には三つ巴を表したかのような刻印が入っており、なんらかの意味を持つ代物のように見える。さらには肩には金色に鈍く光る肩幅以上の大きなリングが巡っていた。何らかの文化的理由によるものなのかもしれないと思いつつも、

――それにしても……若いモンにはちと目の毒かもしれんのう。

なんとか服装を変えてもらわねば、青い春を存分に謳歌する権力主義な少年達がそれを笠に何か事を仕出かしてもおかしくはないだろう。

少し頭が痛くなったオールド・オスマンだったが、

 

「――うむ、ミスタ・コルベールの言う通りだとも。私は先ほど起こされるまでは、確かに生命活動を停止した単なる肉と化していたよ」

 

頭痛の種が増えたことに、ため息と共に手を頭に添えた。

 

 

 

「さて、貴方がたにはこれから少し信じがたい事を語らせてもらうが――とりあえずは、私の話を少し聞いてもらいたい」

 

そう前置きをして、オールド・オスマンに改めて向き直る。

自らの居た世界のシステムとも言うべき不可思議な現象――主神と眷属に見守られた人間と魔物が戦い続け、その中で倒れた者は再び蘇り本当の終わりが来るまで幾度となく魔物と戦い続けること――を、とりあえず細かいところは神の御業ということにして適当に説明する。といっても学び舎で教鞭を振るう彼らのことだ、当然言っただけで信じられるようなお花畑ブレインではないだろう。

したがって、証明となるものを提示する必要があるのだが、

 

「蘇生用のイグ葉――イグドラシルの葉はもう一枚ここにあるから、実際に確かめてみるといい。対象が貴方がたでは万一のことがあるやも知れないが、既に何度も使っている私なら大丈夫なはずだよ。ささ、これで首でもスッパリと」

 

そう言ってマキナが差し出すのはカウンターダガー。魔法使いのみが扱える、相手の急所を突くことに特化した短剣だ。魔法学院の学院長という魔法使いであれば当然問題なく扱えるだろう。

これを振るえばいくら非力な魔法使いであっても強力な外装を有する相手に攻撃を通すことが可能である。それをさらけ出した急所に無防備に受けるのであれば――その結果は、いうまでもないことだろう。そうなれば渡したイグ葉の効果を確かめてもらえば理解してもらえるだろうし、仮に蘇生させられなくともヴァルキリーに祈れば拠点の町――アルデバランに帰れるはず。

どちらであっても大して問題にはならない、と思っていたのだが、

 

「……ミスムラクモ、話の信憑性はともかくとして貴女がちとおかしい人だということはわかった」

「ナイフ差し出して生き返るからさあ殺せ、というのはいくらなんでも投げやりすぎではありませんか……?」

 

などと眉間にしわを寄せるオールド・オスマンとコルベール。

おや?と思い考え込む。一体何が間違いだったのだろうかと思考を巡らせていれば、

 

「あー……少なくともわしらはミスムラクモの言うような常在戦場で生きておるわけではないのでな、たとえ君が死んでも生き返るとしても、君を手にかけるようなことはしたくないし、しようとも思わんのだよ」

「我々にとって命は一つきりです。戦場で仕方なく、ということでもない限りは奪い奪われることなどないのですよ」

「ああ……なるほどそういうことか、ようやく理解ができたよ」

 

たとえ魔法という強大な力があったとしても、何時魔物が現れて命を散らすことになるかわからないという逼迫した状況ではないらしい。ならば今、守るため・戦うための必要とはなっていない魔法の力を、彼らは一体どのように使っているのだろう。

戦時に技術は進歩するという。それは悲しいことだが正しいとマキナは思っているが、同時に技術の活用法は非戦時のほうがより広く深く模索されると信じている。

今まで自分がどれだけ殺伐とした世界に生きていたかに気づいて、マキナは彼の地に未だ残る戦友達を思った。そして深く心を見つめ直せば、

 

「この国は、平和ということなのだな」

 

ふと、魂の奥底に宿る平和な世界の記憶がおぼろげに浮かんだ。

狂気と信仰の、殺伐とした世界ではない。闘争が非日常であり、そして静かに滅んでいくような言い知れぬ恐怖を内包したかのような、平和な世界。

そのなかで、自分は一体何だったのだろうか。学徒でありながら、何を学んでいたのだろうか。

両極端な場所を知った上で今、この中庸であり平和な地に来たことは何かの導きのようにも思える。全く世界の違うここは、自分の知る戦時で役に立つ魔法とは違う、より文化的で発展性のある魔法を扱っているのだろう。

そう思った。感じた。それ故にマキナは口を開く。先ほどの言葉に呆気にとられる二人の魔法の教師に向かって。

 

「オールド・オスマン、ミスタ・コルベール。私はこの場所の魔法を学んでみたいのだが、どうすれば許可をいただけるだろうか?」

 

窓の外では、様々な出会いを祝福しているかのように、一陣の春風が通り過ぎていた。




話が進まない上に書いているほうもよくわからなくなってくる。
そろそろROっぽさが出せるといいのだけれど。

ところで最近よく叉焼を切っていますが脂の多い叉焼マジ切りにくい。
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