・本編には特に関係ないネタの小話その3
「それにしてもマキナは、ナイフなんてよく持ってたわね」
「うむ、私のいた所はなかなか物騒でね……あのナイフはこちらに来る前に適当に拾ったものだけれど、武器はいくつか持ち歩いて相手に合わせて使い分ける位が丁度いいのだよ」
「へぇ……私の故郷ゲルマニアだと護身用の武器を持っている貴族もいない訳じゃないけれど、こちらでは珍しいわ」
「私は魔法を使いながら攻撃もするスタイルなのでね――多少所持枠の圧迫はあるけれど短剣を数本、手持ちのも含めて杖も数本、本も数冊持ち歩いているよ」
「たくさん持ち歩いてるのね――って、本?本は武器じゃないでしょ?」
「――私も、そう思っていた時期があったんだがね――」
「ま、マキナ?急に遠くを見つめてどうしたの!?帰ってきて、マキナ!!」
決闘騒ぎからしばらく経った学院長室。
執務机につくオールド・オスマンは、深いため息を吐き出した。
「……君には人目に付くところで魔法を使わぬようにと伝えた筈なんじゃがのう」
「ふむ……しかしあの時は皆が決闘に注目していたのだから、人垣の影になる位置は人目につくとは言い難いのではないかな?」
「そういう問題ではないと思いますが……」
オールド・オスマンの言葉を軽く流すマキナと、それに軽く頭を抑えながら苦言を呈するコルベール。
この場において昨夜勉強会を行った面子が再び集っている目的はそれと同じだが、今はマキナの行動によって知ることが出来た事実が話題に上がろうとしていた。
それは昨夜のうちに可能性として浮上していて、先ほどの決闘の時に確実になったもの。
きっかけは使い魔に刻まれるルーンだった。それは一般的なものではないにせよ、同じく文字としてマキナの世界にも存在しており、マキナはそのアルファベットを読むことが出来た。
その目に映った、才人の左手の甲に刻まれていたルーンはゲボ、ウルズ、ナウシズ、ダガズ、オシラ、ラグズ、フェイヒュ――マキナの前世が知る英字アルファベットに直せばGUNDOLFとなる七文字の綴り。マキナが読んだそれを聞き取ったオールド・オスマンとコルベールに思い当たったものが、
「『ガンダールヴ』――まさか、本物じゃったとはのう」
「ええ、先ほど『フェニアのライブラリー』にあった書物でも確認しました。それに武器を持ってからのあの動き……まさしく伝説の使い魔と言えるでしょう!」
興奮したようにコルベールが手にした本――『始祖ブリミルの使い魔たち』のページを開いて指し示す。そこには才人の左手で輝いていたルーンと同じものが書き記されていた。
始祖ブリミルが従えたという四つの伝説の使い魔のうちの一つ、ガンダールヴ。それはあらゆる武器を使いこなし千人の軍隊を一人で壊滅させるほどの力をもつと言う。
才人のルーンの綴りからそれがガンダールヴではないかという可能性に行き当たった三人は、近いうちに伝承通り武器を持たせて確認しようと画策していた。それが昨日の今日で実現したのは、件の決闘騒ぎが起きたせいだ。
できる限り武器を持たない状態の才人の動きをも探るつもりでいたマキナだったが、決闘時の才人に感銘を受けたおかげで早々にナイフを渡してしまった。通常時との差ははっきりと確認できなかったものの、それでも決闘の結果からオールド・オスマンとコルベールは才人が伝説の使い魔であると確信を持つようになる。
先ほどの立ち回りで示された伝説の力は、ただのナイフで青銅のゴーレムをまるでバターのように切り裂いていた。
才人がルーンの力を発揮して後、自慢のワルキューレが次々となます切りにされていったギーシュの方が見ていて可哀想になるくらいだったが、
「しかし、ミスタ・グラモンも最後はなかなかのものだったね」
「うむ……君の渡したマジックアイテムのおかげで一時的なものとはいえ、クラスアップを果たすとはのう……」
最後の一体を失い丸裸になったギーシュが、才人のナイフが迫る間際に自身の力を超えたもう一体のゴーレムを生み出すことに成功したのだった。
それも、今までのような青銅製ではなく、上の位階である鋼鉄のゴーレムだ。
才人も突然至近距離に現れた鋼鉄のゴーレムにたじろぎ、思わず距離を離してしまった。それから後はゴーレムの堅さに手をこまねき、結局ギーシュが精神力の限界でダウンするまで抜くことができなかった。
限界を悟り負けを認めたギーシュと、力に目覚めたものの完勝できなかった才人。二人はそれぞれが自らの未熟を知り、再戦を誓ったのだった。
その光景を思い出して反芻するオールド・オスマンは、目を瞑り幾度も頷く。
「実に良い物じゃったのう……まさしく男同士の熱い友情、青春という奴じゃ」
「ええ、私も見ながら思わず目頭が熱くなりました……」
コルベールと二人、教育者としての矜持を持つ彼らは教え子達の成長に深い感慨を抱いていた。
老年と中年の男二人がむさくるしく心の汗を流している学園院室は見ていて心地よいものではなかったが、残るマキナはそんな事は一切気にも留めずに考察を重ねていた。
「ふむ……ところでガンダールヴの能力は伝説というだけあって景気のいい文言が並ぶようだけれど、それにしては才人君はその域には達していないようだが?」
あらゆる武器を使いこなすのであれば、ナイフであっても斬鉄は十分可能なはず。そもそも本当に千人の軍団を退け並みのメイジでは歯が立たない程の力があるなら、ギーシュ一人など瞬きの間に倒せるだろう。
マキナの指摘に、眉根に皺を寄せて唸るオールド・オスマン。コルベールもそのことは理解できるようで、考え込んでしまう。
「考えられるとしたら――今はまだ、ガンダールヴとしては未完成……ということかのう?」
「普通の使い魔も『コントラクト・サーヴァント』において主人と信頼関係で結ばれるのもありますが、主人と過ごす時間で成長もしますからな……さしずめ彼もその口、まだまだ時間が必要なのではないでしょうか?」
口を開きつつもコルベールは更に手にした本を再びめくり始める。
『始祖ブリミルの使い魔たち』にはガンダールヴと共に二つの使い魔の内容と、もう一つの存在のみが記述されていた。神の左手ガンダールヴ、神の右手ヴィンダールヴ、神の頭脳ミョズニトニルン。そして名前の書かれていないもう一つの使い魔。
「特にガンダールヴは、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在とも書いてありますから……もしかすると主人が危険なときに真の力を発揮するのかもしれませんな」
興味深そうに微笑み、コルベールは本を閉じながらオールド・オスマンとマキナに見解を述べた。
その内容に、オールド・オスマンはいつの間にか取り出した水ギセルを吹かしながら、瞑目して考え込んでいる。マキナも腕を組みながらコルベールに頷き、それから胸の前でぽんと一つ手を合わせて、
「ふむ、ならば私が主従そろって揉んでみるとしようか。少し体が鈍っているので動かしたいと思っていたところだから、実に丁度いい」
「「どうしてそうなる!?」」
青く煌くクリスタルを取り付けた大振りな杖――リリースオブウィッシュを懐から取り出し、不敵な笑みを浮かべながら部屋を出ようとするマキナに、慌てて静止をかけるオールド・オスマンとコルベールなのであった。
決闘が終わり、翌日から才人は再び使い魔としての生活に戻っていた。
ルイズの言うとおりに洗濯、掃除、その他雑用をこなすが、今までほとんど経験のないことばかりで正直に言うときつい。これを毎日やっていた母親の偉大さにぼんやりと思いを馳せつつ、仲良くなったメイドさんの助けも借りながら何とか終わらせて、井戸の傍らで一息ついた。
ルイズの待遇はギーシュと引き分けたことでは全く変わらなかった。曰く、ミス・マキナのおかげじゃないの、とのことだが全くその通りだと思う。相変わらずの目のやり場に困る衣装のままただのナイフと言っていたが、きっと何かトリックを仕掛けていたんだろう。だから最後まで倒しきれなかったあの結果は、単純に己の力不足だ。
「――もっと、強くなんねえとなあ」
ライバルが出来た。ギーシュとはお互いに今度はマキナの力を借りないで再戦しようと誓った。
目標もできた。今度こそ自分の力だけでギーシュに勝って、あの生意気で、高慢ちきで、ワガママなご主人様の鼻を明かしてやりたい。
だからこそ使い魔でいるのも、寝るのが床でも、飯がまずくても、下着を洗うことすらも耐えられる。耐えてみせる。こんなことで文句を言って根を上げていたら、いつまで経っても強くなんてなれないに違いないのだから。
マキナは、日本男児の心意気を見せろと言っていた。元日本人とか言う話は結局よくわからなかったが、それでも日本人で年上のお姉さんにあそこまで言われて燃え上がらない男なんていないだろう。
これは恋とか憧れとか、そういうのとは少し違う感情だとなんとなく感じる。ただ、応えられなかった期待に、今度こそ全力で応えて見せたい。洗濯物を抱えながらという間抜けな格好だが、心は錦とばかりにそれを日本男児代表として侍風に表現するなら、
「必ずや果たして見せましょうぞ、殿――!」
「ふむ、なにやら燃えているようだね才人君」
「おうあ――――!?」
拳を握り締め力をこめて宣言すれば、その対象がいつの間にか後ろからひょっこり現れていた。
思わず洗濯物を取り落としそうになり、あわててしっかりと籠をホールド。再び洗い直しなどという悲惨な結果にならずに済んで、ほっと息を吐いた。
振り向けば、少し困ったように微笑む件の女性――マキナの姿。昨日と変わらず下着に多少の物がくっついているだけとしか表現できない服装に、才人は思わず斜め下に視線をさまよわせた。
「すまないね、そんな驚かれるとは思っていなかったよ」
「あ、いやこちらこそ……急に大騒ぎしてすんません」
お互い謝りながら、ああこういうのが日本人のやり取りだよなあ、としみじみ噛み締める。ここの貴族はどうにも自己主張が激しく、謝れば謝った分だけ無理難題を言いつけられるようでいけない。
ちらりとマキナの顔を盗み見る。長いこと見慣れた黒ではない、青色の長い髪だ。だというのに毛先の辺りで束ねるのは、日本にいた時に神社で見かけた巫女さんのような髪型だと記憶が囁き、どことなく神秘的でありながらも大和撫子という印象が漂っていた。
――もっとも、首から下は別世界でファンタジーなんですけどね!!
思わず見てしまうのは、やはり胸。才人は自他共に認める巨乳派であるため、大胆に胸元をあらわにしたその衣装に心惹かれる物はあるが、個人的にはもう少しあるほうが好みだなと失礼なことを考えてしまう。
後はすらりとした生足に、くびれと共に可愛げな臍が眩しいお腹。生足はミニスカ女子高生などがあるとして、お腹というのは日本はもとよりファンタジー世界であるここトリステインですら殆どお目にかかったことのない女性の部位である。着替えるルイズの肌を数度見たとはいえ、未だに慣れずに気になってしまう。
だというのに、マキナはそのあたりを全く気にせずにさらけ出している。あまりにも堂々としているため、気にする自分の方が恥ずかしくなってきてしまうのだ。
「そ、それで何か用?俺、そろそろルイズのところに戻らなくちゃいけないんだけど……」
気恥ずかしさから、つい素っ気無い対応をしてしまう才人。口に出してから、年上のお姉さんでしかも恩人相手にこの口の利き方はないだろう、と多少の自己嫌悪に陥るが、
「いやなに、今日もいい朝だとつい散歩に来てしまってね――太陽が黄色くて、実に生きているという感じがするよ」
マキナは気にするでもなく目を細めながら未だ低空に浮かぶ太陽を見つめている。黄色いとか生きてるとか、やっぱりよくわからない事を言う人だな、と思いながら、釣られて才人も太陽を見る。
月が二つあることに驚いたのは数日前のことだが、さすがの異世界でも太陽は一つであり、色も特に変わりはない。だからだろうか、サイトは目に映った朝日に、不意に胸にこみ上げるものを感じた。
故国日本の象徴、昇る太陽。その光を、日本を知るマキナと共に浴びることに、思いがけず目尻に涙があふれてきた。
「あれ?……はは、恥ずかしいなあオイ……こんなことでホームシックかよ」
自分に呆れながら、才人は涙を拳でぬぐう。立ち向かっていくライバルも目標も出来てまさにこれからというときに、どうしてこう情けないんだろう。おかしいったらありゃしない。
「あはは……すんません、俺――」
マキナに対し、急に涙を流してしまった事を詫びる。自分でも予期しない出来事だ、きっと驚かせてしまっただろう、とマキナに振り返れば――顔全体が柔らかな感触に包まれた。
突然訪れたやわらかさと若干の息苦しさに思わず抵抗し、顔を動かせばこちらを見つめるマキナと目が合った。普段は眠たげであるという表現が適当なその眼差しが、今は慈愛に満ちた聖母のように見える。そこで理解したのは、その胸に掻き抱かれているようだ、ということ。
気付いた事実に硬直し、先ほどの気恥ずかしさなど吹っ飛んでしまう。ただただ、早鐘のように鳴る心臓がそのうち爆発してしまうのではないかと感じられた。そんな全く関係ないことに思いを巡らせるしかない、混乱する才人に、マキナが優しく語り掛ける。
「……才人君、太陽は美しいだろう。私も日本に帰れないと理解してから見た太陽に涙したことがあるから、君の気持ちは痛いほどにわかるのだよ」
優しくゆっくりと、安らぐ鼓動のリズムで才人の背中を軽く叩いてくるマキナ。それがどうしようもなく懐かしい、母のものに似ていると気付いた時、才人の中で更なる奔流がこみ上げてくる。
「時には無理をすることも必要だが、今はまだその時ではないよ。昨日はよく頑張っていたのだし、今突然ホームシックになったとしても誰にも文句は言わせないさ。泣いてスッキリして、それからまた前を向いて歩き出せばいいのだよ」
才人はマキナの胸の中で泣いていた。
もしかすると、マキナにはお見通しだったのかもしれない。
頑張ろうと心に決めたのも結局は不安の裏返しで、そのままがむしゃらな努力の果てにおかしくなってしまったかもしれない。そういえば元々負けん気が強く物事を深く考えない性格だが、今さっきまでのような熱血漢ではなかったはずだ。
よくよく考えれば、マキナが日本男児と言ったことが原因かもしれない。それでもあの時はそれが力になったのだから、非難するなどもっての外だ。なによりそこから戻れなかった自分を、元の負けず嫌いで、好奇心が強くて、ちょっとヌケてるただの平賀才人に戻してくれたのだから。
「マキナ……さん、っ……」
恩がまた増えたけれど、きっと全て返していく。そしていつか、この人の力になれたらいいな。
才人は、そう想うのだった。
ところで、先ほどから気になったことがあった。
「……ええとマキナ、さん?その、失礼かもしれないけど……もしかして、ちょっと匂ってないかなー……なんて、思ったりして……?」
「む……そういえば、こちらに来てから二徹の上着替えも無いので着の身着のまま、ろくに汗も流していなかったね。実は今朝の散歩も眠気を散らすためのものなのだよ」
「……ま、マキナさーん!?」
その後、才人はマキナをメイドさんのところに連れて行き、風呂と睡眠の手配をしてもらった。
マキナは珍しく真剣な顔で抵抗していたが、キャーキャー騒ぐメイドさんの群れに飲み込まれていき、そのまま浴室からのベッドルーム直行ルートで盛大にお世話されたと後で聞くところとなった。
突然何かが降りてきたのですぐに上がりました。
これほどまでに更新ペースの読めない作品はなかなかないのではないでしょうかと思いつつ、早い方に寄せられるよう精進しなければなりませんね。
今回は汚い話が出てきてしまい申し訳ありません。
でも研究者ってこういうものでしょう?(偏見)
他にも別の意味で所々指摘を受けそうな箇所がありますが、それは伏線なのかもしれませんし伏線ではないかもしれません。
暑くなってきたので豚の冷しゃぶが進みます。
手軽な蒸し野菜と一緒にポン酢BUKKAKEだの胡麻ダレ投入するだけでテンションが上がります。
ちなみに私はタレは気分次第で食べる派です。ついでにきのこたけのこも中立を保つコウモリタイプです。