ガンダムビルドダイバーズ外伝 〜方舟の少女〜   作:楽雁つばさ

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第3話「連れてってやるよ」

大切なものを失った。

かけがえのない仲間たちと、散り散りになった。

 

あれからずいぶん経ったけど。

みんな元気だろうか。

その有無を知る資格は…。

俺には、きっと、ない。

そう思っていた。

諦めていた。

でも。

セイゴと再開したせいだろうか。

また、すがろうとしている。

全て俺の勝手な、悪い思い込みだという可能性に。

まだ、逃げようとしている。

自分の犯した、とても大きな罪から。

 

「…ジン、ジンってばっ!」

ぼんやりと左腕を見つめていた俺。

そのとなりに、いつのまにかリナリアが来ていた。

「ん…、あ、ああ。…リナリアか」

俺が顔を合わせると、彼女はムスッと頬を膨らませている。

「もう! やっと聞いてくれた。…ずっと呼んでたんだよ?」

「…そうだったのか?」

全然気が付かなかった。

「うん。…本当に、気付いてなかったの?」

「ああ、ごめんな。ちょっと、考え事をしていた」

そういえば、リナリアが来た以外にも、いつのまにか辺りの様子が少し変わっている。

どうやら相当思いふけっていたらしい。

「…なにか、悩みごとでもあるの?」

リナリアが、心配そうな顔で聞いてくれる。

「いや、大したことじゃないさ」

自分に言い聞かせるように言った。

深めに呼吸をして、気持ちを切り替える。

「さて。…それで、どこに行きたいんだっけか?」

そう。今日はログイン直後に、リナリアからメールが届いたのだ。

曰く、連れて行ってほしい場所がある、とのこと。

具体的な場所は会ってから…という話だったのだが。

「うん、…あのね」

言いつつ、リナリアはパネルを操作して、俺に見せてくれた。

「ここだよ」

書いてあったのは…

「…へぇ、エペランサスか」

エペランサス。

北欧サーバーの奥地、高度5000メートル地点にある、遺跡地帯の観光地だ。

「知ってるの?」

「ああ。前に一度だけ、行ったことがある」

リナリアの問いに答えつつ、記憶を呼び覚ます。

元々は、あの一帯を使用するミッションバトルのインターバルエリアとして設けられた施設だった。

ところが、場所特有の独特の雰囲気に感化されたダイバーが続出し、その意見を聞き入れて、運営が観光スポットに改造されたんだとか。

「ここ、ガンプラじゃないと行けないところだから、ジンに連れて行ってほしいなって」

「…なるほど」

そういえば、あそこはそういう場所だったな。

「…わかった、連れてってやるよ」

そう答えると、リナリアは笑顔を見せてくれた。

「ありがとう、ジン! …じゃあ早速、ハンガーへゴー!」

行って、俺の右腕を引っ張る。

そんなに行ってみたかったのか。

「ははは、わかったよ」

はしゃぐ声に流されるように、俺はパネルを操作して、リナリアと共にハンガーへと向かった。

 

 

エペランサスは、俺のいるサーバーから、二つのサーバーを経由しなければならない。

その二つ目を超えたところで、

「うわっ」

コックピットの中、俺の隣にいたリナリアは、外の光景に声を漏らした。

「すごい霧だね…」

そう。このエリアは、とても霧が濃い。

「ああ。元々は、常に霧が発生しているミッションバトルの舞台だったからな」

モニター越しの景色は、ほとんど白い霧で塞がれ、見通しが悪い。

しかし、足元の霧は少し薄く、よく見ると山岳地帯が広がっている。

「あの山の陰から、狙撃でこちらを狙ってくる五機のガンプラを倒す…っていうミッションだったんだ」

「へぇ…。難しそう」

足元を指差してそう言うと、リナリアがそんな感想を漏らす。

「ジンは、クリアできたの?」

「いや、俺が前に来た時は、もう観光地になった後だからな…」

それに、俺のファイトスタイルとは相性が悪いから、挑戦しないだろう。

「ふぅん。…でも、これだと確かに、ガンプラ以外の移動はできなさそう…」

横や後ろをキョロキョロするリナリア。

それを横目に見つつ、俺は再び視線を正面に向ける。

すると、すこしずつ霧が晴れてきた。

遺跡地帯に近づいてきた証拠だろう。

「おっ、見えてきたぞ」

間も無くして、巨大な影が見えてきた。

「えっ、どこどこ?」

はしゃぐリナリアの視線が、前方のそれを捉える。

「うわぁ…。すごい! これって、ガイドブックの表紙に載ってた…ええと、なんだっけ?」

「『トパンクル天貫塔』だな」

かつて、エペランサスの古代文明人が残した『天を貫かんとする塔』。

つまり、作りかけの軌道エレベーターだ。

ただ、エペランサスが栄えていたのは、今から数千年前。そんな大昔に『軌道エレベーター』なんて概念は存在しない。

つまるところ、塔そのものが、この遺跡の『オーパーツ』なのだ。

…ああ、もちろん、野暮なことを言えば、あくまでも『そういう設定の建造物』でしかないが。

「…あれ? ジン、なんか上の方で光ってるよ?」

リナリアの声に、俺もトパンクル天貫塔を見上げた。

確かに、黄色い光が右から左へ繰り返し流れている。

「ああ、トパンクル天貫塔は、遺跡全体の管理施設でもあるんだ。…で、あの光が見えた今、俺たちはその通信圏内に入ったってわけさ」

言いつつ、思い出した。

「…おっと、そうだ。このあたりで入場申請をしないと…」

一度クリスタイル・オーガンダムを静止させ、通信接続を試みる。

『はい、こちら、エペランサス総合管理室です。入場希望の方ですか?』

「ええ。今、そちらの第一空中ゲート付近に居ます。誘導をお願いできますか?」

『…はい、機体を確認しました。ガイドレーンに沿ってご入場ください』

短いやり取りの末、通信を切る。

それから数秒した頃、

「あっ! なんか、伸びてきたよ」

リナリアが言うように、トパンクル天貫塔の隣の建物から、等間隔の点線のようなものが二本伸びてきた。

「あれがガイドレーンだな」

俺はガンプラを動かして、両足のかかとを、二本の線に合わせる。

ほんの少しの衝撃の後、機体は俺が操作するまでもなく、ゆっくりとゲートへ侵入し始めた。

「わっ、ジンのガンプラ、勝手に動いてる…」

リナリアが心配して俺を見るが、問題ない。

「管理室にコントロールを渡したんだ。あとは向こうが、空いているハンガーへ運んでくれる」

この場所がそういうシステムだと言うことは、以前来た時に教えてもらった。

「ふぅん…。お出迎えをしてくれるんだね」

リナリアはそんな風に言い表すが…、なるほど、お出迎え、か。

不定期で開催されるイベント時に、混雑を避けるためのシステムだと聞いていたが、『出迎え』と捉えるのも、一興かもしれないな。

「楽しみだね、ジン!」

「…ああ」

言葉通り上機嫌な様子のリナリアに、俺は微笑んで答えた。

 

 

遺跡地帯の内部では、全面的にガンプラの使用が禁止されている。

元々「ガンプラバトルで使われていた場所を観光地に変えた」ということもあってか、その管理体制は徹底しており、まず第一に、入場時にガンプラをハンガーに預けなければならない。

加えて、そもそも遺跡エリア全体で、ガンプラの出現はできない。

運営によって直々に、そうプログラムされているからだ。

しかも、万が一にも備えており、観光客がブレイクデカールなどの不正ツールを用いて、強引にガンプラを出現させた場合、この遺跡の管理団体には、「出現したガンプラを一方的に無力化させる」権限が発生する。

これに対し、観光客となるダイバーは、入場時点で了承しなければならない。

 

…という説明を、前回受けた記憶があったので、俺は対して確認せずに了承し、リナリアと共に、エペランサス内部へ入場した。

 

 

『ようこそ、エペランサスへ!』

ゲートを潜ると、どこからかハロが寄ってきた。

「わぁ、ハロだ! こんにちはっ」

リナリアが嬉しそうに、ハロを持ち上げる。

「こんにちは。わたしはガイドAIのハロップ。わからないことはなんでも聞いてください」

ガイドAI…。前に来た時、そんなものはなかったが…。

「ありがとう。わたしはリナリア。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします! リナリアさん、ジンさん」

二人が挨拶を交わした。…って、

「ん? 俺のことを知ってるのか?」

名乗る前から名前を呼ばれたので、少し驚いた。

「はい。過去の来場記録と照合しましたから」

「…あー、なるほどな」

そんなものまで残っているのか。どうやら以前より随分と施設が発展しているらしい。

感心していると、ハロップはリナリアの手から飛び出して、俺たちを振り向いた。

「それでは早速、神秘とロマンの巨大遺跡、エペランサスをご案内いたしましょう! わたしについてきてください!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ゲートの先の大通りへと進んでいく。

「あっ、待ってよ、ハロップ!」

それを追って歩き出すリナリアに、俺も黙ってついて行く。

 

 

ハロップの案内に沿って、俺とリナリアは二箇所の名所を巡った。

何故か傾いている塔やら、道具商人の倉庫やら。

そして今、エペランサス最大の名所に着いた。

…いや、俺たちは最初からずっとそこにいた、とも言えるだろう。

この遺跡において、常に視界の一角に見えている、弧を描くように膨らんだ巨大な壁。

俺たちが今居るのは、その奥へと続く小さな通路だ。

「では、改めまして。…ここがエペランサスにおける最大級の名所、その名も『コルオタス闘技場』です」

ハロップの声と共に、俺とリナリアは揃って、壁をまじまじと見た。

エペランサスのあらゆる地点から外壁が見える、遺跡中央の闘技場。

その全域は極めて広く、遺跡の規模の半分は、この闘技場が占めている。

「近くで見ると、本当に大きいね…」

「ああ…」

呟くリナリアに、俺も頷く。

横幅もそうだが、高さも40メートルほどある。

あまりに大きすぎるのには、もちろん理由があって。

「ここが、古代エペランサス文明にとって最も重要なファクター、『製木巨人闘技』が行なわれていたんですよ」

ハロップが解説してくれた通り、ここは『製木巨人闘技』…つまりは『木で作られた巨大な人形を用いた格闘試合』のための闘技場だったのだ。

古代文明の人々は、ここで頻繁に行われる迫力溢れる試合に、心を躍らせていた。

そして、その『製木巨人闘技』というのが、現在のガンプラバトルの原点となったのではないか、とも言われているらしい。

「中に入りましょうか」

ハロップに言われるままついて行くと、そこは闘技場の名に相応しく、広い武舞台があった。

それを円形に取り囲んでいる堀があり、さらにその外側に観覧席がある。その裏が外から見た時の壁なのだろう。

「うわぁ…。こんなに広いんだ…」

リナリアが感嘆の声を上げている。

俺も、二度目とはいえ、この大きさには圧倒される。

「当時の人々は、建築機械のない時代に、こんな規模の闘技場を作りました。…一説によると、完成までには60年以上かかっているとか」

60年…。途方もないな。

…いや勿論、全てがあくまで『そういう設定』なんだろうが、そんな無粋なことは黙っておこう。

…それにしても、広い闘技場だ。

「ここでガンプラの写真が撮れたら、もっと楽しいだろうな…」

時代を越えた巨人闘技!といったような雰囲気の、いい写真が撮れそうだ。

…なんて思っていると、

「じゃあ、出してみますか?」

ハロップが隣に来て、俺に声をかけた。

「…えっ、できるのか?」

「はい。…ここだけの話、なんですけどね」

ハロップは俺の耳元の高さまで浮遊して、ヒソヒソと囁きはじめる。

「実は今、近日開催予定のイベントの準備をしているのですが、その項目の1つに、この闘技場でガンプラの写真を撮ってもらおう、というのがありまして。ちょうど明日、設備の確認を兼ねて、試しにガンプラを出してみようとしていたところなんです」

ふむふむ。それはまたタイミングが良い。

「設備の確認のために、数分ほど協力してほしいのですが、その条件さえ飲んで貰えれば…。どうですか?」

…うーん、そうだな。

イベントがあるなら撮影はその時でもいいが…折角話を持ち込んでくれたんだから、ここはその言葉にあやかってもいいかもな。

「わかった。飲むよ、その条件」

「ありがとうございます! では、少々お待ちを…」

言うと、ハロップは一度地面に着地してから、コンソールを出して何やら入力している。…おそらく準備が必要なのだろう。

「ジン、ハロップ、どうしたの?」

俺たちの様子が気になったらしく、部舞台を眺めていたリナリアが、こちらに駆け寄ってきた。

「ああ。…ハロップが、俺のガンプラをここに呼べるようにしてくれるらしい」

簡潔に説明すると、リナリアは不思議そうな顔をする。

「えっ…? でも、ここにガンプラは呼べないんじゃ…」

ちょっと端折り過ぎたか。ハロップの話を付け足そうとしたところで、

「ジンさん、準備できましたよ!」

俺の眼前に、ガンプラを呼び出すモニターが出現した。YESを押せば、部舞台の上に現れるのだろう。

「…まぁ、見てなって」

リナリアにそう言って、俺はYESの表示を…、

「ッ! 待ってジン! 押しちゃダメ!」

リナリアが叫ぶようにそう言った。

「ん?」

思わず俺の手が止まる。ギリギリで押していない。

「…リナリア、どうした?」

画面から目をそらして、リナリアを見る。

その隙に、視界の隅でハロップの影が見えて。

「もう遅いわ」

その声に振り返ると、ハロップのマニピュレータが俺の指を取り、そのままYESを押させた。

武舞台に俺のガンプラ、クリスタイル・オーガンダムが現れる。

「あはっ、大成功」

ハロップが、今までの声とはちがう、人間味のある声でそう言うと、直後に闘技場に警告音が鳴り響いた。

「な、なんだ!? どうなってるんだ!?」

驚く俺と、その背中に隠れるリナリア。

「教えてあげるわ、野次馬のジン」

答えるハロップ。

「いいえ『フダツキ』のジン、と呼ぶべきかしら」

その背後から、武装したダイバーの集団が駆け寄ってきた。

 

 

武装したダイバーの集団は、気付けば全方位に居た。

それぞれ一人ずつ、背中に大型のバッテリーを背負い、両腕で電気ショック用のワイヤーガンのようなもの抱えている。

「そこのガンプラ、及びダイバーに告ぐ!」

拡声器越しのような声が、闘技場中に響く。

「この遺跡内でのガンプラの呼び出しは禁止されている! ただちにそのガンプラをしまいなさい! 従わないのであれば、入場規約に則り、このガンプラを破壊する!」

武装したダイバーたちが、電気ショック銃を掲げた。

「ま、待ってくれ! これはどういうことなんだ!?」

俺の声は聞こえていないのか、闘技場に響く声がさらに続ける。

「抵抗するな! 大人しく指示に従え!」

威圧的な物言いに少し気圧されるが、俺はガンプラのスピーカーと自身の通信装置を接続した。

「何だってんだよ、おい!」

拡声器に対抗して、声を張り上げる。

「俺はただ、ハロップの誘いに乗っただけじゃないか!」

「『ハロップ』…?」

声の主に聞こえたらしい。俺の言葉に応じた単語が出る。

「ハロップだよ、ハロップ! この遺跡のガイドAIなんだろ?」

「…『ガイドAI』?」

言葉は、なぜか疑問形で帰ってきた。

ふと見れば、眼前では武装したダイバーたちが顔を見合わせている。

「そんなもの、この遺跡にはない! テキトーな事を言うな!」

少し待って、そう帰ってきた。

テキトーって…!

「そこにいるじゃないか!」

俺は正面に向き直り、目の前のハロを指差…そうとしたが、

「…あれ?」

いない。

いつのまにか、ハロップは闘技場から消えている。

「…わけのわからないことを言うな! とにかく、そのガンプラを今すぐ戻せ!」

…くそッ、何が何だかサッパリだが、ここは従ったほうが良さそうだ。

俺は画面を操作して、ガンプラの収納を試みる。

…のだが、

「…ッ! なんでだ?」

ガンプラは消えず、エラー表示が出るだけだった。

いくつかの方法を試してみたが、どれもエラーとなり、俺のガンプラは武舞台から消えない。

「従わないのか? ならばそのガンプラを破壊するぞ!」

「い、いや、消せないんだよ! さっきから何を試してもエラーばかりで…」

声に急かされてそう答えつつも、一度試したやり方全てを、更にもう一度試してみる…が、やはり全部エラーになる。

…なんだ、一体どうなっているんだ?

そうして何度かリトライとエラーを繰り返して、数十秒経った頃。

「…電撃部隊、構え!」

拡声器越しの声と共に、ダイバー達が俺のガンプラに向けてワイヤーガンを構えた。

「最後の警告だ!そのガンプラを即刻ハンガーに戻しなさい! でなければ入場規約に則り、この場で破壊する! あと10秒だ! …9! 8! 7!…」

「なっ! ちょ、ちょっと待てって!」

カウントダウンの中、改めて大急ぎで色々試す。

相変わらずエラーしか出ない。

「…ゼロ! 電撃部隊、ワイヤー射出!」

武装したダイバー達は、一斉にワイヤーガンを放った。

それらはクリスタイルの両足に絡みつき、固定される。

ダメだ、消せない。

間に合わない!

「やめろォ!」

「電撃始め!」

俺の叫びは拡声器の声にかき消され、クリスタイル・オーガンダムに、全方位から大量の電撃が流し込まれた。

「あぁっ! ジンのガンプラが!」

リナリアの声も俺にしか届かない。

電流の強烈な音が闘技場全体に響き、その発光で視界が強く点滅する。

「お前ら、俺のガンプラに何すんだァ!」

俺も必死で声を張り上げるが、電撃は止まらない。

やがて、右足の膝関節が奇妙な音と共に大きく割れた。そのまま砕け散り、片足を失ったことで、全身が転倒する。

「やめろォ!」

今度は転倒する音に、俺の叫びがかき消され、間も無くして左の膝関節も、右と同じように砕け散った。

「くそッ、なんて事しやがる! 俺もこいつも、何もしてないじゃないか!」

足を失い、無造作に倒れたクリスタイル・オーガンダム。

武装したダイバー達は、徐々にそのワイヤーを切り捨て、新しいワイヤーを、今度は本体に絡みつけていく。

「いい加減にしろォ!」

我慢の限界だ。俺は目の前にいたダイバーをブン殴り、そのワイヤーガンを奪い取った。

両腕で抱え、交換された新しいワイヤーを打ち出す。

鞭のようにしならせて、俺から見て直線上に並んでいる、一部の武装ダイバー達を薙ぎ払った。

よし、これならやめさせられる。

そう思い、同じようにもう一度薙ぎ払おうとしたが、

「ダメだよ! ジン!」

リナリアが俺の前に立って、それを止めた。

「ダイバーを直接傷つけるなんて、ダメだよ!」

言いつつ、両腕を広げて、俺の視線上のダイバー達を庇う。

「そりゃそうだけど…」

思わず手を止めてしまった俺。

その背後に、別のダイバーがいることに気付かずに。

「ぐあっ!?」

背中に奔る衝撃。

なんだこれ! 俺のダイブ環境じゃ、痛みなんて感じないはずなのに…っ!

「ジンっ!」

リナリアが駆け寄るのが見えた俺の視界が暗転する。

「り、ナリ…」

その名前を口にすることもできず、ダイバー『ジン』は、そのまま気絶。

その意識である『俺』は、強制的に現実世界に戻された。

 

 

サーバーを二つ経由しているせいか、再ログインし、ログアウトした場所をロードして転送されるまでに、約20分程度の時間がかかった。

ガンプラがないと辿り着けない場所なので、待っているだけで再ログインできたのは良かったのだが、そこで俺を待っていたのは…、

「じ、ジン…」

うなだれているリナリア。

彼女と俺を取り囲むように広がる、鉄格子の檻。

そして、両足の先を電流で砕かれ、仰向けに転がった、クリスタイル・オーガンダムだった。

「…帰ってきたか」

檻越しに、見知らぬ男がいる。

だが、その声には聞き覚えがあった。

さっきまで、拡声器越しに武装ダイバー達に指令を送っていた声だ。

「お前…よくも俺のガンプラを!」

思わず詰め寄ろうとするが、腕を引かれるような感覚と共に、その場で動けなくなった。

「…ッ!?」

「ログイン時のデータを書き換えておいたからな。俺の許しがない限り、その鎖は離れないぞ」

「鎖…?」

振り向くと、俺の両手は背中の後ろで手錠をかけられていた。

更に、手錠からは鎖が伸びて、鉄格子の檻と繋がれている。

「なんだよ、これ

まるで猛獣か凶悪犯じゃないか。

「少々手荒なのは悪いと思っている。しかし、これも施設を守る為だ」

男は俺のステータスを開き、見せつける。

一般のダイバーが開く画面より、やけに細かく映されている…と思ったら、

「なぁ、マスダイバーよ」

…そんなログまで載っていた。

やめてくれ。リナリアが驚いてるじゃないか。

「…『元』だ。とっくに足は洗ってる」

そう答える。

アレを使っていたのは、ずっと前の話だ。

「足を洗う、か。よく言ったものだ。…おおかた修正パッチの完成で怖気付いた身だろうに」

男の言葉に、反論を堪える。

「…そんなことより、コレ、外せよな」

代わりに、手錠を見せつけた。

「なに、ちゃんと話し合って分かり合えれば、いずれ外してやるさ」

「…ちゃんと話し合う、ねぇ…」

男の奥には、クリスタイル・オーガンダムの痛々しい姿が見える。

また、怒りがこみ上げてくる。

「先に俺のガンプラを壊したのは、お前らじゃないか!」

思わず、大声で叫んだ。

「俺はちゃんと言ったぞ! 試しに出してみろと言われたからガンプラを出した、そしたらお前ら管理団体に銃を向けられた、言われるままガンプラを消そうとしても消えないんだって。…全部、まるで聞く耳を持たなかったのは、お前らの方じゃないか!」

叫んで睨み付けると、男は息をつく。

「まぁ待て。…まず、そこから話をしよう」

そして、なにやらコンソールを開いた。会話の記録でもするのだろう。

「っと、その前に名乗っておこうか。私の名はパードス。このコルオタス闘技場の責任者を務めている」

責任者…。それで観光客にこんな仕打ちができるってわけか。

先ほどの妙に詳細なステータス画面も、その特権といったところだろう。

「君はジン。あの子はリナリア。…そこは、間違っていないね?」

「ああ」

入場時にそう記入したはずだ。

「ふむ。…では、前提を確認できたので、改めて本題に入ろう。まず『ハロップ』という存在についてだが…」

「ここのガイドAIじゃないのかよ」

食い気味に返してやると、パードスは俺に指を差した。

「それだ。…そもそも『ガイドAI』なんてものは、このエペランサスには存在しない」

「は?」

…どういうことだ? 俺がそう聞き返すまでもなく、パードスは続ける。

「では聞くが、お前はこの遺跡で、ハロップという奴以外の『ガイドAI』を見たのか?」

えっ。

…いや、言われてみれば、思い返すと答えはノーだ。

俺とリナリア以外の観光客は、ちらほら見かけていたが、この遺跡に入ってから、ハロップ以外のNPDらしきものを見た記憶がない。

それに、俺自身の過去の記憶でも、ここにはそんなものはなかった。

考えれば考えるほど『ガイドAI』の存在自体が胡散臭くなってきた。

「…じゃあ、ここに『ガイドAI』なんてモノは存在しない。確かに、そう…なんだな?」

目の前の男、パードスに聞き返すと、黙って頷く。

そうか…

「俺は、アイツに嵌められた、ってことだな…」

「…えっ、どういうこと?」

なんとなく察しが付いた俺に、リナリアが問いかける、

説明するとすれば…、

「…おそらく『ハロップ』っていう存在そのものが、ハロップ自身のウソなんだ」

GBNでは、ダイバールックの一つとして、ハロを選択することもできる。

要するに。

「ハロップはNPDじゃない。『ハロップ』という、一人のダイバーなんだ。…元からここに居たんじゃなく、俺たちと同じで、自分の意志をもって、何らかの理由でここに来た」

そこまで言うと、リナリアはようやくハッとする。

「じゃあ…ハロップは、わたしたちを騙してた、ってこと?」

その言葉を肯定しようとする俺。

だが、それよりも早く、

「ご明察ね」

突如、女性ダイバーの声が聞こえた。

声がした方角を見ると、そこにはいつの間にか、一体のハロが居る。

そいつは自らAIを名乗り、NPDのフリで俺たちを騙していた張本人、ハロップだ。

「ハロップ、お前…!」

俺が睨み付けると、ハロップも睨み返してくる。

「何よ、その目。フダツキのくせに生意気ね?」

「なんだと?」

誰のせいでこんな目に合ったと思っているんだ、と言い返そうとしたが、その瞬間、ハロップか視界から消えた。

「別に、アンタなんかに用はないのよ」

いつのまにか俺の隣に現れた、と認識した直後、

「ぐはぁっ!」

とても強い衝撃を受けて、俺の体が吹き飛んだ。すぐさま手錠の鎖に引っ張られ、体が地面に倒れる。

「ジン!」

リナリアが俺を呼ぶ声で、立ち上がろうとするが、

「あら? 随分フダツキにご執心ね、オヒメサマ?」

その視界の先で、ハロップは宙に浮いて、その手でリナリアの手を取った。

「ハロップ…?」

驚いて見上げるリナリアの前で、

「ああ、そうそう」

ハロップは、球状の肉体を縦に伸ばした。

「その名前も、もう用済みね」

底面が地面に着くと、球体の表面が割れ、中から人影が現れる。

「あたしはミカ。あなたを迎えに来たの」

言いながら、彼女は人差し指を立て、リナリアの手錠を軽く叩いた。

途端、手錠は砂のように細分化し、崩れ落ちる。

「なっ…お前、何を…、」

パードスが驚いて、ミカに拳銃のようなものを向けるが、

「物騒ねぇ」

ミカは何かをパードスに投げた。

「くっ!」

パードスの手から、拳銃が弾かれて地に落ちる。

「あたしはただ、オヒメサマを迎えに来ただけよ」

言うと、今度はその手で檻に触れた。

こちらも手錠と同じく、砂のように消してしまう。

そのまま、手首をくるりと翻すと、今度は車を出現させた。

…待て、あの車、見覚えが…、

「さ、行くわよ、オヒメサマ」

ミカは改めてリナリアの手を引き、車に向かおうとする。

…いや、ダメだ!

「待て!」

思わず大声を上げて止めた。

「…なによフダツキ、まだ居たの? 」

いまいち状況がつかめないが、嫌な予感がする。

「…お前、リナリアをどうする気だ?」

あの車。

前に、リナリアを連れ去ろうとした男性ダイバーが乗っていたのと、同じだ。

「そんなこと、フダツキに教える義理はないわよ」

ミカは肩をすくめてみせる。

「ッ!」

その一瞬の隙に、俺は立ち上がって全力で走り、リナリアとミカの間に割って入った。

「…あら、まだ動けたのね」

「お陰様で、な」

理屈はわからないが、ミカは檻を消した。

それだけじゃない。檻と繋がれていた、俺の手錠も消えていたのだ。

「じ、ジン…?」

戸惑いながら俺を呼ぶリナリアを、俺は背中を寄せて後退させる。

とにかく今は、彼女をミカから遠ざけないと。

「下がれリナリア。こいつの狙いはお前だ」

「…『狙い』…って、じゃあ、この人もわたしを…!」

リナリアは震えて、俺の背中に身を寄せた。

「…ふぅん? フダツキ、あんたはあくまでも、あたしの邪魔をするってことね…」

ミカは、自身の背後にガンプラを出現させる。

あれは…ガンダムSEEDに登場する可変量産機、ムラサメだ。

「じゃあ、ちょっと痛い目にあってもらおうかしらね!」

ミカの姿がムラサメの中に消えた。そのカメラアイが灯ると、ライフルの銃口がこちらに向けられる。

くそッ、またこうなるのか!

「来い、リナリア!」

俺は彼女の手を取って、ムラサメから逃げ出した。

だが今回は闇雲に逃げるだけじゃない。これまでは何故か出せなかった俺のガンプラが、今は目の前にある。

問題は、動くかどうか…。

「頼むぜ、相棒!」

言いながら、俺はリナリアと共に、愛機クリスタイル・オーガンダムに乗り込んだ。

コンソールに触れて、軽く状態を確認する。損傷は激しいが…大丈夫、動く!

「飛べッ!」

叫ぶと同時、俺のガンプラは背面から大量の粒子を排出した。

粒子が地面を押し、ガンプラを強引に天高く飛ばす

「うわっ!?」

俺の挙動に驚いたのか、ミカは思わずライフルを取りこぼした。

機体はあっという間にムラサメを越え、上空高くに舞い上がっていく。

この隙に、機体ダメージの詳細を確認した。四肢はかなりの損傷だが、胴体は思ってたほどではない。

「このっ、脅かすんじゃないわよ!」

眼下で、ムラサメが飛行形態に変わり、急上昇してきた。

突進してくる気だろうか。

防御…はムリだ。背後に背負っていたビームサーベルは、電撃による破損で、基部から欠落している。

ならば…、

「こうだッ!」

左腕のインジェクターから、融合粒子をワイヤーとして射出した。

それをトパンクル天貫塔に巻きつけて支点とし、弧を描くようにして、軌道を大きく右に逸らす。

「なッ!?」

天貫塔を挟んで反対側まで回り込んだところで、ムラサメが俺たちの高度を通り過ぎた。

よし、今のうちだ!

「トランザム!」

叫んで、機体の出力を上げた。

トランザムとは、GNドライヴを搭載した機体に共通する、一定時間の機体性能を向上させるシステム。

だが…俺の場合は少し違う。

クリスタイル・オーガンダムには、機体の主な原動力となるGN粒子を発生させる「GNドライヴ」の他に、『GN粒子を硬化する粒子』を生成する独自のシステム『クラフタルシステム』を搭載している。

これは、GNドライヴによる動力の供給がある前提での装置なのだが、対応しているのは、あくまでもGNドライヴが『通常の出力』である場合の話。

GNドライヴが出力を向上させたトランザム状態では、本来想定されている以上の動力で駆動する。

つまり。

「…オーバーフロー!」

数秒のラグの後、硬化粒子は本体内部に収まらず、溢れ出す。

そしてそれは、トランザムによって大量排出されるGN粒子と結合し、実体を作り出す。

電撃によって失われた、自身の足として。

「…っ、良し」

輝く両足が生まれたことで、ようやく機体のバランスが保てるようになった。

空中で静止し、体勢を整える。

「…さぁ、行くぞ!」

言って、俺は機体をムラサメに突進させた。

 

 

トランザム・オーバーフロー。

それは、俺のクリスタイル・オーガンダムに搭載された切り札であり、最後の手段でもある。

まず、発動すると、それまで受けていた機体のダメージが修復される。

これは、溢れ出す融合粒子が実体を形成する上で、その機体にある「このガンプラは本来こういう形である」というデータを参照とするためだ。

硬化する融合粒子で、万全の状態を再現する…といったところだ。

加えて、通常のトランザム同様に、機体性能が全体的に向上する。

ただし、クラフタルシステムを安定させるために、あえて性能を落としたGNドライヴを搭載しているため、トランザムによる性能向上率は低く、赤色の発光もしない。

活動限界までの時間も、通常の何倍も早い。

しかも、GNドライヴでクラフタルシステムを動かす、というシステムの都合上、双方が同じ出力に至るまでには、どうしても数秒のタイムラグが発生する。

その分、発動から機能安定までに数秒かかる。

また、トランザムの活動限界が来ると、一時的に硬化粒子の生成量がGN粒子のそれを上回る。

すると、硬化粒子は機体内に逆流し、全身を循環するGN粒子と融合して、硬化させてしまうのだ。

少しずつ関節が動かなくなり、最終的にはGNドライヴの可動そのものが止まる。

つまり、トランザム・オーバーフローの活動限界を迎えることは、そのまま「完全な戦闘不能状態」に陥ることを示している。

 

だからこそ、それよりも早く、コイツを仕留めなければ。

「このぉ!」

ムラサメが飛行形態のまま、ライフルを放ってきた。俺も応戦してライフルを…と思ったが、

「そこっ!」

それよりも早く、ムラサメが胴体腹部に突進してきた。

「ぐあっ!」

少し遅れて出現したライフルを取りこぼし、機体が大きく打ち上げられる。

「その光る足は見掛け倒し?」

追撃を試みるムラサメを前に、俺は空中で姿勢制御を行い、

「どうかなッ!」

その突進を、右足で蹴り返した。

「なっ…」

ムラサメの機首が大きくへし折れた。

トランザム・オーバーフローの効果だ…と言いたいところだが、それよりも、思った以上にムラサメの耐久度が低い。

あまり作り込まれていないのだろうか。

「このっ、よくも!」

ムラサメは機首となっているシールドを切り捨てて、モビルスーツ形態に変形しようとする。

今の俺に、その隙を逃すほど、余裕はない。

「でやっ!」

すぐさまもう一発の蹴りを、ムラサメの股関節部分に打ち込んだ。

「ぐっ、この…!」

ムラサメは大きく吹き飛ぶ。

「まだだっ!」

それを追い、今度は腹部にドロップキックを打ち込んだ。

「もぅ! 変形中に攻撃するなんて卑怯でしょ!?」

ミカは言い訳じみたことを言うが、

「秘境はお互い様だろうがッ!」

そう答えつつ、さらなる蹴りを繰り出した。

しかし、その瞬間にムラサメは受け身を取り、蹴りの衝撃を利用して、大きく距離を取る。

追撃のために追いかけた俺の前で、ムラサメはモビルスーツ形態への変形を完了した。

「こンのォ! やってくれるじゃない!」

すぐさまビームライフルを放ってくる。

ここは回避を…と思って身を逸らしたが、

「ぐ!」

わずかに反応が遅れ、左足を貫かれた。

こうなると、オーバーフローで生成した擬似手足は弱い。

硬化粒子で完全硬化させてあるのは、あくまでも表面だけ。

その内部では、関節の可動域を殺さないよう、常に粒子が動き回っている。

例えるなら、コンクリートミキサーの内部のような状態なのだ。

その中に少しでも不純物が混ざると、粒子同士のバランスが取れなくなって、GN粒子が隙間から溢れ出す。

しかも、その衝撃で左足そのものが、本体から切り離されてしまう。

更に、GN粒子が溢れたまま硬化粒子が作用し、足は原型を失ったまま、突起だらけの不定形な物質として完全に硬化する。

この現象を平たく言えば「鉱石化」だ。

こうなるともう、左足は使えない。

体の一部としては。

「くそッ!」

俺は機体を回転させ、鉱石化した左足を、右足で蹴り飛ばした。

オーバーヘッドキックの要領で、鉱石となった左足が、ムラサメへ飛んで行く。

「チッ!」

これを、ムラサメはライフルで撃墜しようとする。

が、鉱石は砕けない。

「何よこれ!?」

俺が普段使う融合粒子は、専用のインジェクターによって適正な比率で安定させているもの。

対してこの結晶は、本来想定してない出力で、尚且つ不安定な状態によって硬化したものだ。

扱いにくい分、単純な「固体」としての硬度だけはある。

「このっ!」

それでも、迫る勢いを弱めることはできたようだ。

ムラサメは、ギリギリで鉱石を回避した。

しかし、そこにまた隙ができる。

「オラァ!」

蹴りの直後、俺は右腕から融合粒子ワイヤーを放っていた。

オーバーフロー状態のワイヤーは、その太さも強度も桁違いで、ほとんど槍のような状態だ。

「え、ウソっ!?」

鉱石の回避に気を取られていたムラサメは、槍となった融合粒子に大腿部を貫かれた。

その瞬間、機体の右腕からアラートが鳴る。関節が固まりはじめたのだ。

いつもより早い。先の電撃のダメージが効いているのだろう。

こうなると、オーバーフローの限界までは、残り数秒。

放てるのは、あと一撃。

ならば、この一撃に全ての粒子を注ぐ!

「うおおおおっ!」

左腕を大きく振りかぶり、突き出すと同時に融合粒子を射出した。こちらも槍となって、ムラサメの腹部に迫る。

「い、いやぁっ!」

ミカの叫びは虚しく、俺の融合粒子は、ムラサメの腹部を貫き、大きな穴を開けた。

勝負が付いた。

 

 

ムラサメの機能は完全に停止した。

…のは、いいんだが…。

「…ダメだ、墜落する!」

オーバーフローを終えたクリスタイル・オーガンダムは、機能を停止し、最早飛ぶこともできない。

空中戦で制御不能に陥れば、突然、機体は落下してしまう。

着地する手段もない。コックピットの中にいても、安全ではない。

「わあぁっ!」

「しっかり掴まってろ!」

叫ぶリナリアを抱きしめて、俺はアイテム一覧からパラシュートを選び、機体から飛び降りた。

これでとりあえず、落下の衝撃からは身を守ることが…と思ったが、

「じ、ジン! うしろ!」

「えっ?」

リナリアに言われて振り向いた時にはもう遅かった。

破損したムラサメの主翼の一部が、パラシュートに突き刺さり…、

破れた。

「マジかよォ!」

再び自由落下する俺たち。頭から地面に向かって行く。

俺はともかく、リナリアはエルダイバーだ。この高さから落ちたら、どうなってしまうのかわからない。

ここは少しでも、彼女への衝撃を和らげないと。

俺はリナリアの体を押しのけるようにして、身を乗り出した。

「ジン?」

「じっとしてろ」

俺を見ようとするリナリアの頭を、強引に胸の中に抱え込む。

「これなら地面にぶつかる時、俺の体がクッションになる」

気休めにしかならないが…。

「えっ、そんなのダメだよ!」

身動ぐリナリアだが、それでも俺は抑えつける。

「大丈夫、俺は何度でも戻ってこれる。…ちょっと時間はかかるが、その間待っててくれ」

言ってる側から、眼前には地面が見えてくる。

死にはしないし痛みもないが、事実上の臨死体験だ。覚悟は決めないとな。

そう思ったが、

「ダメぇっ!」

リナリアがそう叫んだ直後、真下を見ていた俺の視界に、緑の床が現れた。

「!? これは…!」

見覚えがある、なんてレベルのものじゃない。俺が普段から幾度となく使ってきたもの…融合粒子だ。

見れば、重量の差で先に落下していたクリスタイル・オーガンダムの右腕から、かすかだが融合粒子ワイヤーが伸びている。

それが、俺の真下で網状に広がっているのだ。

「「うわぁっ!」」

思わず声が重なる俺とリナリアは、その網に飛び込むように落下した。

網が衝撃を吸収し、手を伸ばせば地面に触れられる、という距離で、俺たちの体を静止させる。

「相棒、お前…」

思わず語りかけてしまった俺の目の前で、愛機クリスタイル・オーガンダムは、カメラアイを消灯させた。

まるで、俺たちの無事を確認し、安心したかのように。

同じく、融合粒子の網も消えた。

落下の勢いを完全に失っていた俺たちは、地面から数センチ、という距離の軽い衝撃だけを受ける。

「…助かったの?」

「…そう、らしいな」

抱き寄せていたリナリアを離して、立ち上がった。

俺はすぐにステータス画面を開き、機体の状態を確認する。

やはり、機体は指一本すら動かすことはできない状態だ。

…ただ、これは本来、オーバーフローの時間切れの時点で、こうなっていたはずなんだ。

網を作り、俺たちを守るような余力なんて、このガンプラにはなかった。そのはずなんだが…。

「…っ、ジン!」

突然のリナリアの声。呼ばれて振り返ると、

「っ、お前!」

いつのまにか、ミカがリナリアの腕を取り、そこに立っていた。

「捕まえたわよ、オヒメサマ」

「いやっ! 離してっ!」

リナリアは抵抗するが、その手を解くことはできないらしく、ミカは得意げに笑う。

「フダツキ、アンタ、大したものね。あたしを倒すなんて」

そう言いながら、俺を睨んだ。

「でも、調子に乗らないで。今回のムラサメは、貰い物をそのまま使っただけ。あたしの本当の実力じゃない。…本気だったら、アンタなんかに遅れは取らないわ」

そんなことを言うが…それは俺も同じだ。

エペランサスの連中から受けた電撃のダメージがなければ、そもそもオーバーフローなんて、しないで済んだ。

それを言ってやろうかとも思ったが、リナリアが捕まったままだ。下手なことを言ってアイツを刺激させるわけにはいかない。

「…なによ、反論しないわけ?」

黙っていると、ミカは逆に聞き返してきた。

「…悔しいが、お前の言う通りだと思ってさ」

そんな風に答えてやるが、彼女の目は俺を疑っている。

「…ふぅん? 本心ではそう思ってなさそうね!」

言いながら、リナリアを握る手に力を込めた。

「ううっ!」

痛みでリナリアの顔が歪む。

「やめろ! リナリアを離せ!」

叫んだ直後に後悔する。ミカが拳を振り上げた。

「その言い方がムカつくのよ!」

拳はリナリアに向けて振り下ろされる。

が、その時、

「うっ!」

声を漏らしたのは、ミカ自身だった。

何かが、ミカの振り上げた腕を擦ったのだ。

「そこまでだ、不届き者め」

声と共に、ミカの背後からパードスが現れる。

その手に拳銃をもって、ミカに向けていた。

状況から察するに、ミカの背後からその手を狙って撃ったのだろう。

「遺跡のガンプラ制限プログラムを書き換えたのは、お前のようだな。…事情を聞かせてもらおうか」

その背後には、先ほど俺のガンプラを痛めつけてくれた、武装ダイバーの集団がいる。

「アンタたち…よくもあたしをッ」

ミカは弾丸のこすった部分を、もう片方の手で抑えた。

それは、ついさっきまでリナリアの腕を握っていた手。

「ジン!」

その隙に、リナリアは俺の元に走り出していた。

「しまっー!」

「動くな」

慌ててリナリアに手を伸ばそうとするミカを、パードスが威嚇射撃で制する。

「リナリア!」

駆け寄った彼女を背後に隠し、俺も改めてミカに向き直った。

「くっ…、ムカつくわね」

悔しそうに言うと、彼女もまた、改めて俺を睨みつける。

が、その表情が急に変わった。

「…ああ、そういえば、そうだったわね」

彼女の視線が捉えているのは、俺の目ではなく…俺の左腕。

そこにつけていたはずのブレスレットがない。

…そうか、俺がログアウトしている間、手錠をかけるために外されたのか。

「…『フューチャーコンパス』、いい名前なのに…残念ね」

その名前を他人の口から聞いたのは久々だ。

聞かなくても良いように、意図的に隠し続けていたから。

「…余計なお世話だ」

彼女は、知っているのだろうか。

この名前の意味も、その顛末も。

「…それもそうね」

ミカは、どこからか見覚えのあるものを取り出す。

あの男性ダイバーが持っていた、閃光弾だ。

「覚えてなさい。次に会うときは本気で潰すから」

そう言い残し、ミカは閃光弾を地面に投げて、光と共に消えた。

 

 

ミカが消えたことで、安心してしゃがみこんでしまうリナリアと、思わず溜息が出る俺。

「手を上げろ」

その背中に銃口が向けられた。

パードスだ。

「質問に答えろ。今消えた女はどこに行った」

…おいおい、また尋問かよ。

「知るかよ」

答えつつ、念のため両手をあげる。

「仲間じゃないのか?」

ふざけんな。

「見てなかったのかよ。俺たちはアイツに狙われたんだぞ? 仲間なわけないだろ」

「…では、あの女の素性も、何故このエリアでガンプラを出したのかも、お前たちにはわからない、ということだな」

「ああ」

そこまで答えて、ようやく銃口が下された。

「…わかった。今回はお前の言葉を信じよう」

やけに素直だな。そう聞き返すよりも前に、パードスはこちらに歩み寄る。

「ある者から指示があってな。…いささか不愉快だが、お前が遺跡内でガンプラを出現させたこと、そのまま空中戦を行なった事、その両方を、我々は見なかったことにする」

パードスは画面を操作して、俺に向ける。

「それと、お前のガンプラを一度預りたい。応急処置程度だが、機体の損傷を修復してやる」

「…いいのか?」

願ってもみない申し出だったが、やはりそこには裏があるようで。

「ああ。修理が終わったら、すぐハンガーに向かってくれ。それが条件だ」

そう言っていたパードスの目は、未だに俺を警戒している。

…ふむ、そういうことか。

「…面倒な客はとっとと帰れ、ってことか」

俺がそういうと、パードスは首を縦に振った。

「…えっ? ジン、どういうこと?」

聞き返すリナリアに、振り向いて答える。

「ガンプラを飛べるようにしてやるから、さっさとここから出てけ、ってことさ」

この遺跡では、本来「ガンプラは出現できない」というプログラムが施されている。

今の俺は、この遺跡にとっては「そのプログラムを無視してガンプラを出現させた、危険なダイバー」でしかないのだ。

例えそれが、誰かに嵌められて、狙われて、ただ仲間を守っただけだとしても。

「そういうことだろ?」

聞き返すと、パードスは少し考えてから答える。

「そこまでは言っていないが、そういうことだ」

…腹の立つ言い方だ。

とはいえ、奴の立場を考えれば、妥当な判断だろう。

「…やれやれ」

俺はパードスの出した画面を見て、一度読んでからOKを押した。

振り返って確認すると、俺のガンプラがドッグに転送されていく。

「お言葉に甘えさせてもらうぜ」

ここで抵抗しても、彼らの警戒心を煽るだけ。

言われた通りに大人しく、ガンプラの修復を待って、遺跡を出よう。

「…話が早くて助かる。修理が終わったらメールを送ろう」

そう言って、立ち去ろうと俺に背を向けるパードス」

「ちょっと待った」

俺はその肩に左手を置いて、引き止めた。

「俺のブレスレット、返してくれ」

 

 

10分もしないうちにメールが届き、俺たちはハンガーに移動して、ガンプラに乗ってエペランサスを飛び立った。

「…なんか、変な旅になっちゃったね」

隣でリナリア呟く。

「…悪いな。楽しみにしてたのに」

思わず謝る俺だったが、

「そんな、ジンは悪くないよ!」

リナリアがそれを否定した。

「わたしが悪いの。…わたしが、狙われているから…」

…それは、そうなのかもしれない。

ミカの狙いは、リナリアだった。

自らをハロップと偽り、俺たちに近付いたのも、リナリアを連れ去るため、だったのだろう。

そして、もしもミカが居なければ、俺は彼女に騙されてガンプラを出すことも、それによってパードス率いる遺跡全体の反感を買うこともなかっただろう。

…けれど。

「…まぁ、誰だって生きてりゃ、誰かに逆恨みされることもあるだろうさ」

俺はとぼけてみせた。

「今日はきっと、運がなかったんだな」

本当はわかっている。

リナリアには間違いなく、誰かに狙われる理由となる『何か』がある。

けれど、それを聞き出すのは気が引ける。

今日もそうだったが、彼女は明確に自分が狙われていることを自覚した瞬間、明確な恐怖を表してきた。

その恐怖は『連れ去られる』という、漠然としたものではない。

まるで、捕まった後に何が待っているのかを知っているかのような、特定の対象に恐怖を覚えているかのような、そういう怯え方をするのだ。

だから、知りたくても、聞くことはできない。

それを聞く、という行為そのものが、彼女の心を傷つけかねない。

「…なぁ、リナリア」

落ち込む彼女の手を握り、微笑んで見せる。

「ケーキでも、食いに行こうか」

 

誰にでも、聞かれたくないことはある。

俺だって、な。

 

 

 

威勢良く出ていったわりに、随分あっさり帰ってきたじゃないか、ミカ。

ダメね、一朝一夕のガンプラじゃ、太刀打ちできないわ

む? 珍しいな。お前が弱音を吐くなんて

なんかおかしいと思ったら、あのフダツキ、元フューチャーコンパスの一員らしいわ。

…それは本当か?

ホントよ。フダツキはフダツキでも、筋金入りのフダツキだったってワケ。

ふむ…。そんな奴と、こんな依頼で出会うことになるとはな…。

…ところで、タクは?

アイツはガンプラの最終調整をしている。次で決着を付ける気のようだ。

へぇ。…ラグザは、タクがフダツキに勝てると思う?

…さぁな。




方舟の少女 ガンプラデータファイル03

【ミカのムラサメ】
謎の存在『オーナー』から受け取ったガンプラ。
ヴィラーフレーム同様に『ヴィラーエフェクト』というものを搭載しているが、それ以外はほぼ素組みの状態で、基本性能は決して高くない。
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