ガンダムビルドダイバーズ外伝 〜方舟の少女〜 作:楽雁つばさ
ロコモは、クリスタイル・オーガンダムの脚部に触れた。
途端、それはデータ化して俺のアイテムリストに収納され、俺とリナリアはロコモの前に転送される。
そんな権限を持った存在なのだ。この少女は。
「どうもですよ、ジンくん。…それから、はじめましてですよ、リナリアちゃん」
なんて言いつつ、ロコモはわざとらしく頭を下げる。
「ボクはロコモ。フォース:特潜機勇隊のエージェントでもあり、GBNの特殊捜査官でもある、ハイブリッドなベテランハーフダイバーなのですよ」
えへん、と胸を貼るロコモだが、
「…えっ?」
その情報量の多い発言に、リナリアは思わず聞き返していた。
「うーんと、まぁ『半分くらい運営に携わっているダイバー』って感じに思ってくれたらいいのですよ」
ロコモがそう付け足す。
しかし、リナリアは俺の背中に隠れた。何故か少し警戒しているようだ。
「…どうした?」
問いかける俺を、リナリアは少し不安そうな目で見る。
「…ジン、この人とは、どういう関係なの?」
そう聞かれた。
「どうって…、特にどうということもない関係…だよな?」
俺も、ロコモに出会うのはまだ二度目で、これといって友好関係があるわけでもない。同意を求めてロコモを見るが、
「恩人に対して、それは失礼なのですよ?」
ロコモは頬を膨らませた。
「ジンくんが今ここにいることも、ボクがいたおかげなのですよ」
「…そうなの?」
ロコモの言葉を真に受けるリナリア。
…まぁ、それはそうなのだが…。
「リナリアと初めて会ったあの日、俺はガードフレームに危害を加えたことで、あやうく運営からログイン制限を受けるところだったんだ」
「そこでボクが談判して、ジンくんはお咎めナシ、ってことになったのですよ」
「あっ、そうなんだ…」
俺の説明をロコモがフォローする形となり、リナリアはこくりと頷く。
「…それにしても、リナリアちゃんっ」
直後、ロコモは俺の背中に手を伸ばし、そこに居たリナリアの手を取った。
「わっ!」
驚くリナリアを、ロコモは自分の元に引き寄せる。
「とぉーっても、かわいいのですよ!」
キラキラした目でリナリアを見るロコモ。
「妖精みたいなそのおみみ! きれいな長い髪! おめめも、間近で見ると吸い込まれそうなくらい、透き通ってて綺麗なのですよー!」
「わっ、わわっ」
リナリアは困惑しながらも、その手を引き抜いて、また俺の背中に隠れる。
「そんな、怖がらなくてもいいのですよ! ボクはただ、キミのことが気になるだけなのですよー」
「うう…」
別角度から再び触れようとするロコモと、 それを警戒して俺の陰に隠れるリナリア。
「もっと近くで見たいだけなのですよー」
ロコモが角度を変え、リナリアは俺で自分を隠す。
「何もしないのですよー」
「…いやっ」
角度を変えるロコモ、俺の背後に隠れるリナリア。
「見せてですよー」
また別角度からロコモ、隠れるリナリア。
「ちょっとだけですよー」
また移動する二人。
「少しだけなのですよー」
動く、動く。
「見るだけなのですよー」
ずいっ。ささっ。
「何もしないのですよー」
ずっ。さっ。
「ちょっとだけ…」
「もういいだろ」
流石に鬱陶しいので、動こうとしたロコモを、俺が手で制した。
「邪魔ですよ、ジンくん」
ムッとするロコモだが、
「それくらいにしてくれ。リナリアが怖がってる」
俺はリナリアを後ろに追いやる。
俺もこれ以上、盾のような扱いをされたくない。
「…わかったのですよ。ボクも嫌われたくはないので、もうやめるですよ」
言って、ロコモは息をついた。…しかし、まだ意識はリナリアに向いているのか、チラチラと彼女を見ている。
「なぁ、ロコモ」
その注意をそらす意味も兼ねて、俺はフレンドリストを開いた。
彼女の前に、セイゴのデータを見せる。
「こいつ、データが消えてしまって困ってるらしいんだ。…何か知らないか?」
運営との繋がりがあるロコモなら、何か事情を知っているかもしれない。
そう思ったが、
「そんなこと、知らないのですよ」
一蹴された。
「ダイバーなんて星の数ほどいるのですよ? いくらボクが半分運営だからって、個々のダイバーの状況を、わざわざ把握していたらキリがないのですよ」
…それは、そうかもしれないが。
「でも、なんかこう…聞いてないか? 長期間ログインしてないダイバーのデータが突然消えた…とか、似たような事例が他にもある…とか」
「そんな事、聞いた事ないのですよ」
もう一押ししてみたが、答えは変わらない。
…それなら。
「じゃあ、調べてみてくれないか? …もちろん、タダでとは言わないからさ」
俺のような一般ダイバーが直接運営に問い合わせるより、運営との繋がりがあるロコモに頼った方が、まだ希望はある。
そう思って提案すると、彼女は少し考え込んで、
「…わかったのですよ。そこまで言うのなら、調べてあげるのですよ」
頷いてくれた。
だがその直後、突然ロコモの前に、音声通信のウインドウが開く。
「あっ、ちょっと失礼するですよ」
言って、回線を繋ぐと、
『おいロコモ! お前が突然送ってきたダイバー、こっちで暴れてるぞ! 早くコイツをなんとかしろ!』
大きな声が画面越しに聞こえた。
「よよっ!? ご、ごめんなさいですよ! すぐ戻るですよ!」
言って、ロコモは慌てて通信画面を閉じた。
「ごめんなさいですよ、ジンくん、リナリアちゃん。上司に怒られるから、ボクはここで失礼するですよ!」
焦りを見せつつ、移動のための画面を開く。
「とりあえず、何かわかったら、また連絡するのですよ! じゃあまた、なのですよ!」
その言葉を最後に、ロコモはこのディメンションから消えてしまった。
「…なんか、忙しない人だったね…」
「そうだな…」
苦笑するリナリアに、俺も頷いた。
それから数日が過ぎたある日、ロコモからメールが届いた。
それによると、セイゴのデータが消えた理由はわからないが、ウティエルを現在所持しているダイバーには、連絡が取れたのだとか。
事情を説明したところ、そのダイバーも悪気があったわけではないらしく、ウティエルをセイゴの元に返すことを約束してくれた。
ただ、その前にもう一度だけ、ウティエルを使ってガンプラバトルをしたい。
そして、俺にその相手をしてほしい、と言っていたそうだ。
彼にとってはウティエルの使い納めとなるバトル。
それを受けられるのは、セイゴのフレンドであり、ウティエルの生みの親である俺しかいない。
そう思い、俺は喜んで相手をすると伝えた。
約束の日が訪れるまで、そう長くはかからなかった。
「ジン」
ガンプラの最終調整をしていると、リナリアが姿を現した。
「今日だったよね、試合」
「…ああ」
答えつつも、俺はガンプラの動きを確認する。
…よし、大丈夫。問題はない。
「あっ…、ジンのガンプラ、いつもと違う…?」
その様子を見て、リナリアが気付いた。
そう、俺はこの日のために、機体を改造していた。
「ああ。…そのまま挑むには、相性の悪い相手だからな」
ウティエルは遠距離戦に長けた機体だ。
一定の距離を保ちつつ、多彩な射撃で敵を襲うのが主な戦術となる。
一方で、クリスタイル・オーガンダムは遠距離からの攻撃に弱く、中距離以上の間合いを保たれると、打つ手がなくなってしまう。
そこで。
「遠距離戦用に、ライフルとシールドを用意したのさ」
右腕には「融合粒子弾ライフル」。
これは、銃身の下部に蓄えたGN粒子を、腕から直接供給される硬化粒子と混ぜ合わせ、実弾に限りなく近い性質の「弾丸」を発射する装備だ。
射程距離が長く、以前装備していたビームライフルの、倍以上の距離まで届く。
発射速度にも優れているが、その分銃身が大きく、取り回しには優れない。
左腕には「融合粒子ディフェンサー」。
こちらは、ビームシールドを発展させた武装で、状況に応じて内側から硬化粒子を散布し、物理的強度を高めることができるものだ。
「すごい…。これ、ジンが作ったの?」
「ああ。…その名も『type.SH』。これでウティエルともマトモに戦える」
「えすえいち?」
「語源は『SHOOTER』、『射撃型』って意味さ」
このほかにも、右腰には予備のディフェンサー、左腰には小型ビームガンを装備。
脚部も高機動型のパーツに換装した。
これでウティエルの動きにも付いていけるハズだ。
「へぇ…」
リナリアは改めて俺のガンプラをじっくり見てから、
「なんだか、かっこいいね」
笑顔でそう言ってくれた。
約束の時間になった。
「たしか、ここであってるハズだが…」
呟きながら、俺はメールにあった座標と、今自分がいる場所を確認する。
前にウティエルと遭遇したサーバーの管轄下にある、市街地を模したフリーバトルエリア。
バトル用のレンタルスペースみたいなもので、事前予約さえ済ませておけば、あらゆるダイバーが自由に使える場所だ。
性質的にはミッションバトルエリアに近く、事前に登録されたダイバーのみが入退場でき、NPDすら存在しない。
言うなれば、ガンプラバトルのためだけの、試合会場みたいなものだ。
そのため、都心とすら言える量の建造物の量に反して、エリア全域がとても静かな環境となっている。
その中で、俺たちは事前に打ち合わせ、約束の時間に、同時に互いのスタートポイントにログインする。
そういう手筈だったのだが…、
「…敵機の反応がないね…」
リナリアが呟くように、打ち合わせで聞いていたポイントに、ウティエルの反応が現れないのだ。
俺のガンプラでも捕捉できる範囲に現れるハズなのだが…
なんて思っていた直後、
「…っ、ジン、後ろ!」
リナリアの叫ぶ声。振り向いた俺の眼前で、警告表示が現れた。
「何っ!?」
即座に機体を上方に跳躍。眼下にはビームの柱が通り過ぎる。
「一体どこから…!」
ビームが放たれた先をズームするが、敵機の姿はない。
かと思えば、次は全く異なる方向からの警告音が鳴った。
新たな射撃だ。
「くそっ!」
左腕のディフェンサーからビームシールドを展開し、それを正面から防ぐ。
…大丈夫、ディフェンサーの整備は万端だ。早速の使用だったが、問題なく凌ぎ切った。
と、思った直後に、またしても違う方向からの警告音。
今度は射撃ではなく、砲撃だ。
「ちっ!」
同じくディフェンサーで防ぐが、砲撃がビームの壁をかき消そうとする。
「耐えてくれよ…っ!」
ビームシールドの内側から硬化粒子を散布し、シールドとしての強度を上げた。
なんとか砲撃は防ぎきったが、硬化したシールドには多数の亀裂が入っている。次の射撃は耐えられない。
新しいシールドを展開するために、左膝で硬化したシールドを叩き割る。
そしてまた、新たな射撃が別方向から来た。
「くそッ!」
脚部のスラスターを最大出力にして、横に回避運動を取る。
「そこだッ!」
その間にこちらも、射撃が飛んできた方向へ、ライフルから融合粒子弾を放った。
何かに当たった手ごたえはあった。しかし、それは敵機というには、あまりにも軽い。
「…違う、あっち!」
リナリアが指し示す方向に顔を向ける。
そこでようやく、俺はウティエルの姿を目にした。
手に持ったライフルをこちらに向けようとしていたが、それより先に俺がライフルを放つ。
大丈夫、融合粒子弾ライフルの発射速度は、ウティエルの基本装備ビームライフルよりも早い。
「ッ!?」
向こうもそれに気付いたのか、咄嗟にライフルを手放して回避運動を取った。
俺の射撃は敵のライフルに着弾。破壊するほどの威力はないが、それを大きく吹き飛ばす。
反して、ウティエルは傷一つ追う事なく、そのまま建造物の影に隠れてしまった。
「なんてやつだ…!」
ようやく姿を捉えたと思いきや、また見失ってしまった。
早い。反応速度も、行動も。
いや、わかってきる。ウティエルは遠距離射撃と高機動をウリにした機体。
他でもない俺自身が、セイゴに合わせて、そう作ったガンプラだ。
しかし。
「まさか、ここまでウティエルを使いこなすなんてな…」
機動性と遠距離射撃。一つのガンプラに双方の要素を盛り込むのは、そんなに難しくはない。
ただし、それが可能かどうかは、操縦しているダイバー自身の技量の問題になる。
ピーキーな性能であるが故に、慣れていないと扱いにくい機体なのだ。
そんなウティエルの性能を、ここまで引き出して戦えるとは…。相手はかなり腕の立つダイバーらしい。
「…おもしろいじゃないか!」
なんて言葉を漏らしつつ、俺も機体を後退させ、遮蔽物の中に紛れ始めた。
こうして互いに動いていれば、相手の狙いも定まりにくい。
たが、それはもちろん俺もだ。
先に相手を捕捉した方が有利な、遭遇戦に近い状況となる。
こういう時は鉢合わせに備え、近接武器を用意するべきだ。そう判断し、左手にビームサーベルを引き抜く。
そうして数秒後、
「ッ! そこだっ!」
視界の隅でわずかに反射した緑の光を、俺は見逃さなかった。おそらくあれはウティエルの装甲だ。
確信を持って、サーベルで斬りかかり、相手の装甲に切り込みを入れる。
しかし、次の瞬間、
「ッ!?」
一瞬、眼前に広がる濃い緑色の光。
それが収まると、いつのまにか、俺のガンプラは動きを封じられていた。
「ッ、これは!」
融合粒子だ。
クリスタイル・オーガンダムは、融合粒子の硬化に巻き込まれる形で、動きを封じられたんだ。
いつの間に。そう思う眼前では、ウティエルの装甲がよりハッキリと見えるようになる。
ケルディムガンダムのシールドビットのような形状と、その外周には粒子カプセルの破片。
…まさか。
「これは…粒子融合機雷…!?」
俺が切断したのは、ウティエルの装甲なんかじゃない。
このシールドビットのような装甲板にはGN粒子が凝縮され、その周囲には、あらかじめ硬化粒子カプセルを貼り付けてあった。
その名も「粒子融合機雷」。俺が斬りつけたのは、まさにそれだ。
「その通り」
頭上から声がする。ウティエルだ。
「この勝負、貰ったよ」
言いながら、左右のバスターライフルとバズーカを直列させる。
擬似グランドガンダムの時と同じく、バスターライフルを後方、バズーカを前方に。
「トランザム・ブレイカー!」
更に一瞬だけ全身を覆う赤い輝き。それは合体した砲身に飲み込まれていく。
マズい、あれをマトモに食らったら…!
「やらせねぇ!」
言いつつ、ディフェンサーから最大出力でビームシールドを展開した。
基部で回転させ、ローターのようにして左腕周辺の融合粒子による拘束を破壊する。
「ティーロ・デル・テンペスタ!」
ウティエルから、叫びと共に砲撃が発せられた。
「くっ!」
何とか動けるようになった左腕とディフェンサーで、これを防ぐ。
やはり砲撃の有効範囲が広い。ディフェンサーは最大出力で展開し、硬化粒子で強度を上げ、更に基部で高速回転して防御面積を広げて、対抗する。
やがて砲撃が止み、なんとか耐えたディフェンサーだったが、かなりの損傷を負った。もう出力も安定しない。
だが、衝撃でクリスタイル・オーガンダムを覆う融合粒子が脆くなっていた。
俺は改めて頭上のウティエルを見上げる。トランザムを使用したウティエルは、その砲撃直後の数秒間、反動で最低限の姿勢制御を行うくらいしか動けなくなる。
そのデメリットは健在のようだ。
「ジン、今のうちに!」
「ああ!」
リナリアに言われるまでもなく、俺は機体を纏う融合粒子を振り解き、後方に大きく跳躍させ、ウティエルから距離をとった。
…どうも、おかしい。
「…どうしたの、ジン?」
遮蔽物に紛れながらウティエルから距離を取る俺に、リナリアが聞いてきた。
「こんなに離れて大丈夫なの?」
その質問は、おそらく俺が、意図的にウティエルから距離を取るように動いていることに気付いたからだろう。
いくら武装を射撃型にしても、離れすぎてしまうと、手数の多いウティエルの方が有利だ。
それでも何故、ウティエルから俺が距離をとっているのか。
それには理由がある。
「粒子融合機雷、…さっきの、俺が引っかかったトラップ…」
あれは確かに、ウティエル用に俺が製作した武装だ。
ただし。
「あれは、随分前に別の武装と換装したものなんだ…」
まだウティエルに「機動性を求める」という方向性が定まってなかった頃、試行錯誤のために用意したが、機体の機動性を重視するために、一度オミットしている。
「…えっと、さっきのは、今は使っていないハズのトラップ、ってこと?」
リナリアの言葉に頷いてみせる。
「でも、それならさっきのジンみたいに、今回のバトルのために整備してきたとか…」
その可能性を考えると、余計不可解だ。
ウティエルはセイゴのガンプラである一方で、そのカスタマイズは殆ど俺が担当していた特殊なガンプラでもある。
その戦術が狙撃型から大きく変わったように、それだけの回数の仕様変更や武器換装を行なってきた。
その量は膨大で、全てGBNに読み込むには、『一体のガンプラとして記録できる最大データ量』が足りない。
だからこそ、予備武装としての使用頻度が、消費するデータ容量の割に合わない装備から、その登録データを消していた。
…つまり。
「…ウティエルにはもう『融合粒子機雷が換装パーツである』というデータは、残ってない。…だから、単に『ウティエルのデータを持っている』だけでは、粒子融合機雷は使用できない…ハズなんだ」
答えると、リナリアも首をかしげる。
「…えっ、でも、さっき…」
言いたいことはわかる。
そう、いくら使えないハズだと言っても、まさに今、俺はそれに引っかかった。
可能性があるとすれば…。
「ああ。…だから一つ、試したくてな」
言いつつ、機体を一度停止させた。
振り返ると、ウティエルはかなり離れた所にいた。
吹き飛ばされたライフルを回収していたのか、向こうもこちらから距離を取っていたらしい。
遮蔽物の少ない上空から、こちらを補足しようと、全周囲を見渡している。
…思ったより遠くにいるが…大丈夫、ギリギリで届く距離だ。
俺は融合粒子弾ライフルを構えた。
狙いはウティエルの左手、そのマニピュレーターだ。
「行けっ!」
引き金を引く。
融合粒子弾は少し逸れたが、ウティエルの左手首に当たった。
ただ、至近距離で撃ってもライフルを破壊できない弾丸による、射程距離ギリギリの場所での着弾だ。結果として何かが起こるわけでもない。
言うなれば『当たった』という、ただそれだけのこと。
にも関わらず、
「…っ!」
すぐさま、ウティエルはビームライフルを撃ってきた。続けてバスターライフルと、バズーカも。
息つく間もない連続射撃だが、俺は融合粒子弾を発射してすぐに移動していたので、当たらない。
むしろ、連続射撃を行っていた時間だけ、密かにウティエルに近付いていた。
向こうはそれに気付いていないのか、連続射撃の着弾点を見つめ、さらに数秒の隙が生まれる。
「…っ! 何処だッ!」
やがて、そんな言葉と共に、ウティエルは全方位を見回した。
まるで、我を忘れていたことに、気付いたかのように。
…やっぱり、そうなんだな。
いや、そう考えるのが自然だったんだ。
ウティエルの扱いの上手さ、必殺技の発言、粒子融合機雷の使用ときて、この反応。
間違いない。
確信を持って、俺は堂々とウティエルの眼前に出た。
「お前…」
両腰からビームピストルを引き抜くウティエルに、俺は言葉で問いかける。
「お前、セイゴだよな…?」
「…は? 人違いですよ。前にも言ったじゃないですか」
通信回線から聞こえるウティエルのダイバーの声には、聞き覚えがある。
むしろ、今まで気付かなかった自分が鈍感だった。
この声は、ずっと前から知っているものだ。
「とぼけるな、セイゴなんだろ?」
聞き返すと、向こうから画像データが送られてきた。これは…ダイバーのプロフィール画面のスクリーンショットだ。
そこに載っているダイバーネームは…『ケジュン』。
「これでわかりましたか? 人違いって」
たしかに、載っているアイコン画像共々、そのプロフィールデータは、見知らぬダイバーの姿をしている。
しかし。
「…『レパッショーナ空域』での空戦、『リフィケイノス輸送任務』、それから…『ウォゼッタ』での施設破壊ミッションの時もそうだったな」
記憶を辿りつつ、俺は言葉を続ける。
「どれもお前が、機体の左手の損傷を気にしたことで、不利になった戦いだ」
ウティエルは、反射的に機体の左手に触れた。
先ほど、俺の融合粒子弾が当たった場所。
「お前は昔から、左手の損傷を妙に気にする癖があるんだよ。…自覚はないのかもしれないけどな」
そう。
俺が確かめたかったのは、セイゴの癖。
粒子融合機雷も、そんなに複雑な機構ではないので、知っていれば再現することはできる。
これだけ条件が揃っているんだ。
外見や名前を自由に変えられる、ネットワークの世界において、それらが異なることは、大して意味をなさない。
つまり、
「お前がセイゴじゃなくても、お前とセイゴは、リアルでの同一人物…。そういうことなんだろ?」
しばらくの沈黙。
しかし、それは溜息で破られた。
俺でもリナリアでもない、目の前のダイバーによって。
「…違う」
続いて届いた言葉は、否定。
「僕は、セイゴじゃない」
更にライフルの銃口が、こちらを向く。
「僕はセイゴじゃない! ケジュンだ!」
放たれる連続射撃。俺は回避行動を取る。
しかし、その動きは最低限で済んだ。
知っているんだ。どう動けば、その銃撃を避けられるのか。
奴の動きは、俺の知っているウティエルと変わらない。
「なんでシラを切るんだよ!」
確信を持ったことで、俺は前に出た。
これを迎撃しようとするウティエルだが、奴の射撃は当たらない。
「お前の戦い方、何も変わってないぞ!」
一瞬のうちに距離を詰め、左手でビームサーベルを構えた。
ライフルを切り裂く。そのまま右腕を切断しようとする。
しかし、
「…どの口がッ!」
サーベルの軌道が逸れ、空を切った。
敵のGNピストルが、サーベルの起点を連射し、動きを逸らしたんだ。
「そんなことを言えるんだよ!」
次の瞬間、ウティエルの脚部が、こちらの腹部を強く蹴りつける。
「ぐあっ!」
「きゃっ!」
コックピットへの強い衝撃。リナリアと共に声を漏らしつつ、俺は地上に蹴り落とされた。更に墜落の衝撃が機体を襲う。
「く、くそっ…!」
なんとか機体を立て直そうとする俺の前に、
「…もう、いい」
ウティエルが降下してくる。
「約束してくれ、ジン」
差し伸べられる右手。
「この戦い、僕が勝ったら、僕のことを忘れる、って」
そこには、GNピストルが握られていた。
「ど、どういうことだ…?」
彼の発言が全く理解できない。
彼はセイゴであることに間違いはない。
が、なぜそのセイゴが、自分を忘れてくれと。言うんだ。
なぜ今、俺に銃口を向けるんだ。
「おい、セイゴ…」
言いかけた言葉に、ウティエルはGNピストルを構え直して答える。
「立てよ、ジン。今はバトル中だよ」
言われるまま、機体を立たせるが、
「そう、それでいいんだ!」
ウティエルはバックステップを踏み、大きく後退した。
「ま、待てよ、セイゴ!」
思わず伸ばした右腕を、
「僕はケジュンだと言っている!」
ウティエルのバスターライフルが狙う。
「ぐあっ!」
射撃。少し逸れたが、ダメージを受ける。
「ほらほら、次行くよッ!」
続いてバズーカが向けられた。
何故だ。
何故俺に銃を向けるんだ。
何故名前を否定するんだ。
何故俺を憎むんだ。
「ジンっ!」
隣でする声。間髪入れず、機体に衝撃が奔った。
いつのまにか、砲撃がこちらに届いており、それは機体左腕のディフェンサーによって防がれていた。
しかし砲撃が止むと、ディフェンサーは軋み、爆散する。
「戦って、ジン!」
リナリアの声。彼女が防いでくれたのか。
「今はバトル中だよ、戦わなきゃ!」
それは、そうなのだが…。
「俺には、セイゴと戦う理由が…」
ない、そう言おうとして、
「何度言わせるんだ、ジン!」
眼前から迫ってくるウティエルを捉えるが、
「僕はケジュンだ! セイゴじゃないッ!」
融合粒子弾ライフルを構える暇もなく、その頭突きをモロに受けた。
「ぐあっ!」
こちらは吹き飛び、ビルに衝突する。
そこにまた、ウティエルが接近してきた。
「…戦えよ、ジン」
両手にGNピストルを構える。
「戦ってくれよ! そうでなきゃ意味がない!」
本気だ。
その声も、表情も、戦い方も。
こいつは本気で、俺と戦おうとしている。
俺を倒そうとしている。
…バトルが終わるまで、話す気はない、ということか。
「…わかった」
コンソールを操作し、左腰の小型ビームガンを向けた。
「ッ!」
咄嗟に飛び退くウティエル。ビームガンは宙を射抜く。
「やっとその気になったんだね…」
言いながら、ウティエルがバスターライフルを構えた。
「君を、越えさせてもらう!」
射撃。
「当たるかよ!」
もちろん横に飛んで回避する。
「どうかな!」
「何ッ!?」
しかし、移動した先でGNピストルの連射を食らった。
「ぐうっ!」
俺が回避する方角を理解して、それに合わせて攻撃してきたのか。
「このォ!」
融合粒子弾ライフルを向けるが、
「遅いッ!」
その銃口がウティエルを捉えるより早く、ウティエルは眼前から消えた。
直後、背後からGNピストルの連射を食らう。
「ぐ! まだ…」
すぐに左腰のビームガンを向けるが、
「そんな使い回しのパーツで!」
その射角を、蹴りによってずらされた。
「僕に勝てると思うなよ!」
更に腹部に回し蹴りを食らい、俺はまた吹き飛ばされる。
「く、くそッ!」
すぐさま姿勢を立て直すと、ウティエルも迫ってきた。
「うおおおおっ!」
GNピストルの連射で、威嚇しながら接近してくる。
こいつめ…ッ!
「調子に乗ってんじゃねぇ!」
構わず、俺も接近した。
GNピストルの射撃は、あくまで牽制だ。
数発当たったところで、大したダメージではない。
「ッ!」
驚くウティエルのGNピストルを、右腕ではたき落とし、左の拳を敵の腹に打ち付けた。
「がはっ!」
吹き飛ぶウティエルに、融合粒子弾ライフルの銃口を向ける。
「こっのォ!」
だがそれは、何かに当たって軌道を逸らされた。
GNピストルだ。射撃ではなく、そのものを投擲することで、こちらの注意を逸らしたんだ。
勿論、こちらもすぐに構え直し、ライフルの銃口をウティエル向け直す。
その間にも、ウティエルはバスターライフルをこちらに構えていた。
早撃ちはこちらに利がある。確実に当てるなら、敵の動きを見てからでも遅くはない。
ウティエルもそれをわかっているのか、引き金を引かない。
故に、互いに銃を向けあったまま、数秒の沈黙。
「…ふぅ」
しかしそれは、ウティエルからの声で破られた。
「やっぱり強いね、ジンはさ」
バスターライフルの銃口が、下に向く。
話をしてくれる気になったのだろうか。
そう思った一瞬、こちらも戦う気が抜けた。
「だからこそ!」
その隙を、狙われる。
「そんな君を、僕は越えるッ!」
こちらにビームバズーカを放ってきた。
手に取らず、肩に懸架したまま。
「何ッ!?」
構造上できないはずの行動を前に、さらに俺の反応が遅れる。
狙われたのは左腕。これまで何度も砲撃を凌いできたこともあり、ついに吹き飛ばされてしまった。
「ぐうっ!」
なんとか、左腕だけで被害を済ませる。
その間、ウティエルはまた距離を取った。
射撃武器の多い、自身にとって有利な距離へと一気に遠ざかる。
「これで、君を越えて見せるッ!」
その距離から、改めてバスターライフルを放ってきた。
「やらせねえっ!」
俺は機体の右腰から、予備のディフェンサーを取り出し、バスターライフルの斜線上へ投げつけた。
固定するための左腕を失っているので、そうするしかなかった。
バスターライフルの軌道をそらすのには成功したものの、射撃が収まると、ディフェンサーも爆散する。
「…どうしてさ」
と、ウティエルの声。
「どうして君は、僕に越えさせてくれないんだ! ジン!」
その声からは、憤りのようなもの感じて。
「お前こそ、どうしてそこまで俺を越えたがるんだ!」
俺も思わず声を上げた。
「認めてもらうためだよ! あの人にね!」
あの人。その言葉に一瞬、嫌な予感が過ぎる。
先程、彼がケジュンだと名乗った際に、見せられたダイバーデータのスクリーンショットの、一文を思い出して。
「…誰のことだ?」
絞り出た言葉に、ウティエルは一瞬動きを止める。
かと思いきや、今度は笑い声をあげた。
その声は、妙に乾いていて。
「今更何を言っているのさ! おおかた検討はついているんだろう?」
…………。
「なんの、ことだよ?」
意図せずそんな言葉を返す。
違う。そんなわけがない。
俺の考えすぎだ。
「そこまで言うなら、教えてあげるよ!」
映像回線が開く。
気のせいだと信じたかったことが、真実として映される。
「元フューチャーコンパスのリーダー…、リビルドコンパスのリーダーに、だ!」
そこには、俺の知らないフォース名が記載されていた。
「…リビルド…コンパス」
やっぱり、存在していたんだ。
俺がかつて所属していた、フューチャーコンパスの後継フォース。
「…いつから、そんなフォースがあったんだ?」
「半年前さ。フューチャーコンパスが解散してすぐ…いや、解散が決まった時には、もうたくさんの人が移動してたけどね」
そんなに前からあったのか。
俺はそれを、つい最近まで知らなかった。
そんなことは、誰にも聞かされてなかった。
「…なんで…? 誰もそんなこと、俺には一言も…」
そんな想いから出た言葉。
わかっている。
その存在を知ったあの日から、察しは付いている。
けれど、信じたくない。
「本当は、わかっているんだろう?」
ウティエルから聞こえるため息。
「フューチャーコンパスの解散は、フォースリーダーが、あるダイバーと縁を切るために行ったことさ。…フォースの中に亀裂を入れて、サブリーダー脱退のきっかけを作ってしまった一人のダイバー…」
認めたくない、聞きたくない。
「キミだよ、ジン。リーダーはフォースごと、キミを切り捨てたんだ」
それは、今から一年以上前の話。
その頃、GBNには『ブレイクデカール』という非公式ツールが蔓延していた。
ガンプラの性能を飛躍的に向上させるツール。
その実は、一種のバグを強制的に発現させるようなものだった。
ブレイクデカールの恐ろしい要素の一つに、その秘匿性の高さがある。
まず、ブレイクデカールが組み込まれているかどうかは、実際に発現するまでわからない。
それだけではなく、プログラム異常や数値改竄の痕跡などのログデータは一切残らず、使用後のガンプラにも異常が検知されない。
よって、運営側も証拠不十分で明確な対処を行えず、その存在が周知のものになってから、無効化するためのパッチが完成するまで、かなりの時間を有した。
その間にも、ブレイクデカールは急速な勢いで、GBN内に浸透してしまっていた。
秘匿性の高さ故に『それ自体が危険なツール』ということを知っていたのは、ごく少数。
ほとんどのダイバーは、システムに悪影響を及ぼすツールだということを、知らなかった。
当時の俺も、その「ほとんどのダイバー」の一人だった。
しかも、ブレイクデカールに興味を示した仲間に、その良さと受け取り方を教えて回っていた。
ブレイクデカールの明確な危険性を知ったのは、アヴァロンやビルドダイバーズなど有名フォースが筆頭となり、後に「第一次有志連合」と呼ばれる大型アライアンスによる、マスダイバー討伐戦の後。
俺は慌てて、ブレイクデカールを使うことをやめた。
俺を介してブレイクデカールに魅了されたメンバーにも、それを捨てるように言って回った。
けれど、一度強さの味を占めた人間は、そう簡単にそれを手放せない。
俺の言葉を聞かず、ブレイクデカールを使い続けるメンバーは多く居た。
そんなある日、ブレイクデカールを使用したサブリーダーが、無効化パッチを完成させた運営に、捕まった。
それ以来、彼のログイン履歴が更新されることは、なかった。
ブレイクデカールという後ろ盾と、サブリーダーという主力の一角を失ったフューチャーコンパス。
その士気を維持することは難しく、やがてフォースリーダーが、フォースの解散を宣言した…。
これは、俺の知っている、フューチャーコンパス解散までの顛末だ。
けれど、これは事実の断片に過ぎない。
そのことを、俺は今、明確に理解した。
「…じゃあ俺は今、フューチャーコンパスのみんなにハブられてるわけか」
フューチャーコンパス解散の理由は、単なる士気の低下じゃない。
士気を低下させる原因を作った、俺というダイバーを事実上の追放処分にするため。
フォースにブレイクデカールなんてものを持ち込んだ、俺という根源をを排除するため。
認めたくない。そんなわけがない。
何度も自分に言い聞かせてきた。
その可能性に気付くたびに、そうではないかと思うたびに。
でも。
「その通りさ」
彼の言葉は、俺の疑念を確信に導いた。
「やっぱり、わかってたんじゃないか」
言いながらも、ウティエルはバスターライフルを構え直す。
「そして、僕は君のフレンドだった。…だから今、僕はリーダーから疑われているんだよ。僕を介して、君がリビルドコンパスを壊そうとしているんじゃないか、ってね」
…そうか。
俺と敵対したログデータがあれば、リーダーへの無実の証明になる。
そう考えたのだろう。
ならば…。
「わかったよ」
言って、俺は失った機体の手足を広げた。
「…なんのつもりだい、ジン?」
「撃ってくれ。それでお前の…お前たちの気が済むなら…」
俺に勝った、という事実だけが、彼にとっては大事なんだ。
この戦いそのものを長引かせることに、意味はない。
なのに。
「…バカにするな!」
ウティエルは、こちらに突進してきた。
かと思えば、そのまま一度通り過ぎてから、また戻ってくる。
「君なんかに、情けなんてかけられたくないんだよ!」
その手に、吹き飛ばされた俺の左腕を持っていた。
「それとも君は、僕に怖気づいたのかい!? 僕には勝てないと悟ったから、わざと負けを認めたのか!? 知らないうちに随分ヘナチョコになったんだね! ジン!」
なっ…!
「なんだとォ!」
俺は滾った感情に任せ、ウティエルの腕から自機の左腕をひったくった。
「それでいいんだよ! ジン!」
ウティエルは距離を取りながら、バスターライフルを連続で射出する。
対して俺はその全てを回避しつつ、融合粒子を使って、左腕を応急処置で再接合させた。ダメージが大きくてほとんど動かないが、姿勢制御という点で、ないよりマシだ。
「さぁ! 全力で僕をねじ伏せてみせろよ!」
「言ったな!」
続いて迫ってきたビームバズーカを、機動性に任せて回避する。
「そっちがその気なら、俺も本気で相手してやるよ!」
…この時、俺が滾らせた感情は、なんだったんだろう。
ウティエルからの煽りに対する怒りなのか。
自分が除け者にされていたことを知った悲しみなのか。
フューチャーコンパスのフォースリーダーへの恨みなのか。
或いは、過去の俺自身の行いへの自己嫌悪だったのか。
わからないが、その感情は俺を戦いへと突き動かした。
図らずもそれが、彼の言う「俺の本気」を出させたのだ。
そして…。
「…これで、終わりだ」
激しい戦いの末、俺の機体が、ウティエルに肉薄した。
殆どの武装が壊され、唯一残ったビームサーベルの先端が、ウティエルのツインアイの中心に向けられる。
決め手は、ここ一番での俺の突進だった。
両足も左腕も失ったが、奴の懐に飛び込んだのだ。
バスターライフルもバズーカも、砲身の長さ故の『近すぎて届かない距離』まで迫った。
GNピストルは弾き飛ばし、奴にはもう、この距離で有効な武装はない。
…しかし、勝利を確信した俺は、そこでようやく冷静になれた。
ここで俺が勝っては、セイゴのためにならない。
俺は、セイゴのために、負けたほうがいい。
「…このバトルは棄権させてもらう」
言いながら、そのための画面を開こうとする。
「…待てよ、ジン」
しかし、俺は一瞬、真正面で輝く光に目を奪われた。
ウティエルの額から、ガンカメラが露出している。光の反射だろうか。
「僕は知ったんだよ」
…いや、この光り方は…!
「ガンプラの改造は、GBNの中でも出来るんだってこと!」
ハイメガ粒子砲だ!
慌てて飛びのこうとするが、そのための足はもうない。
「しまっ…!」
「貰ったァァ!」
一瞬、モニターを覆う強い光。
気づけば俺は、かなり遠くまで飛ばされていた。
「くっ!」
慌てて機体の破損状況の確認…だめだ、残っていたビームサーベルは取りこぼし、腕もダメージで全く動かない。
「終わりだ! ジン!」
眼前では、ウティエルがバズーカとバスターライフルを連結させる。
今度は、バスターライフルを前に、バズーカを後ろに。
「ティーロ・デル・フールミネ!」
叫びと同時に放たれる、超長距離高威力貫通射撃。
その威力はとても高く、狙いも正確だ。
「ぐああああああっ!!」
その射撃は、クリスタイル・オーガンダムの胴体を、完全に貫いた。
俺のガンプラがエリアから消えた。
同時にバトル終了の表示も浮かぶ。完全な敗北だ。
俺は負けたんだ。ウティエルに。
セイゴに。
「…僕の勝ちだよ、ジン」
ウティエルが消え、中からダイバーが出てきた。
「約束だ。ウティエルは返す。その代わりに僕のことは忘れてくれ」
ガンプラの所有権が、強制的に送られてくる。
「…セイゴ」
かろうじて出た俺の声。
その視界に映ったのは。
「言ったはずだ。僕はケジュンだと」
見知らぬ、ダイバーの姿だった。
どれくらい、そうしていたのかわからない。
気がつけば、フリーバトルエリアの使用許可時間ギリギリになっていた。
「…出なきゃ」
呟き、画面を開く。
ログアウト対象を確認する画面まで進んで、ようやく。
「…リナリア?」
彼女が、そばにいることを思い出した。
「…うん」
リナリアは俺と目が合うと、寂しそうな顔で無理やり笑顔を作る。
「…ごめんな、俺、お前がいるってこと、ずっと忘れてたみたいで…」
…ずっと、一緒にいた。
ということは、全部、見てたんだな。
「…ごめん、リナリア」
俺はログアウト対象に、リナリアだけを選んだ。
「少し…一人にさせてくれ」
確定を押す。
リナリアは何も言わずに、ただ頷いて、エリアから消えた。
方舟の少女 ガンプラデータファイル05
【クリスタイル・オーガンダム type:SH】
ジンの愛機『クリスタイル・オーガンダム』が、機動力と射撃性能を求めて改造された姿。
融合粒子によって盾と弾丸を形成できるようになったが、反面、融合粒子インジェクターをオミットしてあり、融合粒子の柔軟な生成ができなくなっている。
また、SHとは『SHOOTER(射撃型)』という意味ではあるが、機動性の向上と反応速度の速い射撃武器を持っているというだけで、実は「一定以上の距離がある相手に対しては、届く距離まで近づいて攻撃する」という戦闘スタイルは変わらない。
【ガンダムウティエル】
ジンが作り、セイゴが操り、ケジュンによって返されたガンプラ。
ビルダーとダイバーが異なるため、一度完成してから、ダイバーに合わせた改修が幾度となく行われ、現在の姿となった。