ガンダムビルドダイバーズ外伝 〜方舟の少女〜 作:楽雁つばさ
交流エリア、スワークル。
多数の広場と娯楽施設が並び、数多くのダイバーで賑わう街。
その一角で、道の隅に佇む、一人の少女の姿があった。
いつか、小さなカフェで、少しだけ注目の的になった少女。
その名を、リナリアという。
「…やっぱり、今日もいないのかな…」
彼女にとって、ここは特別な場所だった。
初めて『彼』とケンカして、彼から逃げた場所。
彼が最初に、自分を迎えに来てくれた場所。
「…ふぅ」
求めている面影を見つけられず、少女はため息をつく。
「ジン…」
ぼんやりと、彼の名前を呟く。
その先に言葉は続かず、少女の視線は広場に向けられた。
互いのガンプラを称え合い、笑い合うダイバーたち。
その光景は、彼女にとって素敵なもので、遠いものでもある。
だからこそ。
「…わたしじゃ、ダメなのかな…」
少女は、彼を求める。
彼と共に、あの光景の中に行きたいと。
「こんにちは、ですよーっ!」
「うわっ!?」
感情に浸る少女は、背後から突然聞こえた声に驚いて、尻餅をついた。
グスッ!という鈍い音。
「ッくぅ! …うう…っ」
あまりの痛みに声が漏れる。
「よよっ! ごめんなさいですよ!」
聞こえる声に、触れた手。
既視感を覚えて見上げると、少女の前には、見知った別の少女がいた。
彼女の名はロコモ。
自警組織『特潜機勇隊』でありながら、運営認可の『特殊捜査官』でもある、特殊なダイバーである。
「今、痛みを消してあげるのですよ」
いうや否や、ロコモの触れた手は、少女から痛みを消していった。
「…すごい。ロコモって、こんなこともできるんだ…」
完全に痛みが引いた少女は、ロコモを見つめる。
「えへへ、リナリアちゃんにそう言われると、照れるのですよー…」
ロコモはくしくしと軽く頭を掻いた。
リナリアは自分が転んだ場所を確認し、気がつく。
「あっ…」
思わず、声を漏らした。
彼女が尻餅をついたのは、あの日と同じ石の上だった。
些細なことで言い合いをして、彼が頭を下げる勢いに驚いて、転んでしまった時の、石の上。
「…ジン…」
あの日のことを、思い出してしまった。
自分があの日、彼に告げた言葉を。
『もう、ジンなんて知らない』。
その一言は、頭の中に反芻して。
「…ねぇ、ロコモ…」
「はいです…よよっ!?」
ロコモは、リナリアの顔を見て、驚く。
彼女が涙を流し始めていたからだ。
「ど、どうしたのですよ!? リナリアちゃん!?」
慌てるロコモに、リナリアは声を上げる。
「わたし… ジンのこと、本当に、何も知らなかった…」
いつかの自身の発言が、彼女の気持ちを言葉にしていく。
「ジンは…、わたしのことは、わたしのペースで良いって…。でも、わたしも、いつかは自分の事を…って…ずっと、そればっかりで…わたし…わたしのことだけ…」
一度涙を拭って。
「わたしは…ジンのこと、何も知らなかった。…知ろうとも、しなかった…」
うろたえるロコモの手にすがる。
「もしわたしが、ジンのことをなにか知ってたら…っ! あの時わたしは、ジンに…何か言えたかな…っ」
リナリアの頭に浮かぶのは、最後に見た彼の顔。
「ジンはずっと、わたしのそばにいてくれた…。 わたしのこと、わたしがそばにいるだけでいい、って、言ってくれた…のに…っ」
それを明確に思い出して、項垂れる。
「わたし…、あの時、ジンに何も言えなかった…。あんなに悲しそうな顔をしたジンに、わたしは何も言えなかった…っ!」
今一度、頭を上げた。
「ねぇ、ロコモ。…ジンは、もうこの世界には来てくれないのかな…。もうわたしは、ジンに会えないのかな…」
けれど、また下がる。
「わたしの手は、ジンに届かないのかな…っ」
そこから先は、言葉にならなかった。
ただ、涙に任せて喉を鳴らす音だけが、ぽつぽつと小さく漏れて。
少しの間、沈黙が流れる。
「…羨ましいなぁ、ジンくんは」
やがて、ロコモが言葉を切り出した。
「こんなに真剣に、リナリアちゃんに心配してもらえて。…ボクなら、リナリアちゃんに会うためだけにでも、戻って来るのに…」
「…ふざけてるの…っ?」
思わず顔を上げたリナリアを、ロコモは優しく抱きしめる。
「大丈夫」
ロコモは、胸にリナリアの頭を押し付けた。
「大丈夫。ジンくんはきっと帰ってくる。…だから、今は信じて待っててあげよう?」
一度リナリアを離して、微笑みを見せるロコモ。
「リナリアちゃんが待ってることは、ジンくんもわかってるはずだから」
その手にハンカチを持って、リナリアに渡した。
「…うん…っ」
頷いて、涙を拭うリナリア。
そんな彼女を、ロコモは優しく抱き直した。
それから、少しの時間が経って。
リナリアは、ロコモの腕からゆっくりと抜け出した。
「リナリアちゃん、落ち着いた?」
「…うん」
ロコモの優しい声に、リナリアは頷いて答える。
「そっか…」
言うと、ロコモは一度、リナリアに背を向けた。
「それじゃ、改めまして…」
が、すぐに向き直る。
その表情からは、先ほどまでの優しい笑顔は消えていて。
「リ〜ナリアちゃぁ〜ん!」
「え…わっ!」
だらしない声を上げて、またリナリアを抱きしめた。
先ほどまでとは違い、強引で、少し乱暴に。
「はぅあ〜! リナリアちゃん、やっぱり、とても、とぉ〜っても! かわいいッ! のですよぉ〜!」
「えっ? ええっ!? ロコモ! あなた、どうして…あれえっ!?」
先ほどまでの優しい態度とは、打って変わって興奮した様子のロコモ。
その豹変ぶりに驚くリナリアに、ロコモはにへへと笑う。
「ボク、おセンチな雰囲気は苦手なのですよー」
などと言いつつ、ロコモはリナリアの手を引いて、歩き出した。
「さ、リナリアちゃんっ! ボクと遊びに行くのですよ!」
「えっ、ちょっ、ちょっと!」
つられてリナリアも歩き出す。
「素敵なものを見て、美味しいもの食べて、楽しいことをするのですよー!」
「待って、ロコモ! ロコモってば!」
ロコモはリナリアの手を強引に引いて、街の広場に向かって行く。
軽快な足取りと、爽やかな笑顔で。
「…もうっ」
その様子があまりにもおかしくて、リナリアは思わず笑ってしまった。
「よよっ!? リナリアちゃんがボクを見て笑ってる!? つまりボクはリナリアちゃんに好かれてる!? 惚れられてる!?」
などと言いながら、改めて抱き着こうとするロコモを、
「してないからっ!」
リナリアは両手で押し退ける。
「よよ、残念ですよ…」
ロコモは言葉通りに少し落ち込む…が、
「とまぁ、それはさておき…」
すぐに気を取り直し、改めてリナリアに手を伸ばした。
「リナリアちゃん、ボクと一緒に遊ぶですよー」
また、優しい笑顔に戻って。
「…うんっ」
リナリアは頷いて、その手を取り、再び歩き出した。
それから2人は、しばらくスワークルを見て回った。
たくさんのガンプラを見ながら、その感想を言い合ったり、スイーツを食べたり、買い物をしたり。
そうして数時間が過ぎた今、二人は広場のベンチに腰掛けていた。
「はい、ですよ」
「ありがとう」
ロコモは、両手に持っていた二つのココアのうち、片方をリナリアに渡した。
「…いやー、リナリアちゃんと遊べて、ボクはとっても嬉しいのですよ」
言葉通りに笑顔を浮かべるロコモに、リナリアはふと思う。
「…そういえば、ロコモはどうして、わたしのことを知ってたの?」
「よよ?」
「えっと、この前会った時のことなんだけど、あの時初めて会ったのに…って思って」
その時、ジンは、リナリアにロコモの紹介をした。
しかし、その逆が行われるよりも早く、ロコモはリナリアに声をかけた。
まるで、前もってリナリアの存在を知っていたかのように。
「ああ、それはもちろん、ジンくんから聞いていたから、ですよ」
その旨が通じたのか、ロコモはそう答えた。
「そもそも、ジンくんが初めてガードフレームを撃破した直後、彼と一番最初にコンタクトを取ったのは、何を隠そうこのボク、ロコモなのですよ」
えへんと胸を張り、言葉を続ける。
「運営の機密事項もあるから、詳しくは説明できないですけど…、その時、ボクはちょうど『エルダイバーに関する事件や問題が発生した場合、それを調べて報告する係』みたいな立場に居て、ジンくんに事情聴取を行ったのですよ。リナリアちゃんのことは、その時にジンくんから聞いていたのですよー」
「…そっか」
納得するリナリア。
「うんうん。…あれ?」
頷き返すロコモだったが、何かに気がついて、考え込み始めた。
「…うーん…と…」
「…ロコモ?」
彼女はしばらく考え込んだが、
「…そういえば、ちょっと気になるのですけど」
やがて顔を上げる。
「確かにボクは、あの時ジンくんから、エルダイバーのリナリアちゃんって子を守るために、仕方なく交戦した…って聞いたのですよ。…だから、ボクはその裏付けを探して…」
言いながら、何かしらの画面を開いた。
それは、通常のダイバーには縁のない、運営の関係者だけが開けるステータス画面。
「実際、ジンくんのログデータには『正体不明のガンプラと戦った』という記録が残っていた。でも、それはともかく…」
画面を操作して表示を切り替え、何度かそれを繰り返したところで、ロコモは文字の一覧を開き、それをリナリアに向けた、
「…リナリアちゃんは、この画面に見覚えは、ないですか?」
「…えっ?」
見せられた画面を数秒見つめるが、リナリアは首を横に振る。
「…見たこと、ないですね?」
「うん…。この表が、どうかしたの?」
ロコモは一つ息をつくと、表をスクロールして、一番下の名前をタッチして、新たな画面を開いた。
そこに映るのは、エルダイバー『サラ』の、最低限のパーソナルデータ。
「…これは、エルダイバーだけをリストアップした一覧なのですよ。開けるのは運営権限を持つダイバーと、実際にこのリストに載っているダイバーだけ…」
言って、ロコモはリナリアに向き直る。
「そして、この中にリナリアちゃんの名前は、なかった」
その一言で、リナリアは顔を曇らせた。
「…わたし、運営に、自分がエルダイバーだって、名乗り出てないから…」
「…何か、名乗り出るとまずい理由でも、あるのですか?」
「ううん、…特に、ないけど…」
その様子に、ロコモは数秒黙っていたが、
「…なぁーんだ、それならよかったのですよ!」
突如大きな声を出して、笑って見せた。
「実は、ボクがジンくんの無実を証明するために、上の人に、リナリアちゃんがエルダイバーって教えちゃって。その時まだ上の人は知らなかったみたいだったから、もしかしてボク、言っちゃいけないコトを言ったのかなって…」
そう言って、全ての画面を閉じる。
「違うのなら、良かったのですよー」
「う、うん。…名乗り出るタイミングが、なかっただけだから…」
リナリアは頷いて、改めてココアに口をつけた。
「…おいしい」
「当然なのですよ」
驚くリナリアに、ロコモはふふんと鼻を鳴らす。
「このココアは、GBN全体で、五本の指に入るくらいおいしいのですよ! あらゆる場所でいろんなココアを飲んだボクが言うのだから、間違いないのですよー」
「へぇ…。ロコモは、ココアが好きなの?」
「はいですよ。実は、ボクはココア愛好家として、ちょっぴり有名だったりもするのですよー」
「そうなんだ…」
「その証拠に…ほら!」
言うと、ロコモはまた一つ、画面を開いた。
「これは、ちょっと前に開催された、GBN内のココア品種当てコンテストの表彰状ですよ」
「そんなコンテストもあるんだ…。…って」
言いながら、リナリアは画面に表示された一つの文に目が行く。
「…『第3位』…」
「よよっ!?」
気まずい表情のリナリアを前に、ロコモは慌てて画面を確認した。
「あっ、ち、違う、間違えたのですよ! これは、たまたま3位になっちゃった時のやつで、ちゃんと優勝したこともあるのですよ!」
「…そんな、何回も開かれてるコンテストなんだね…」
すこし呆れるリナリアをよそに、ロコモは優勝した時の記録を探し、画面をいじる。
「…わたしは、コーヒーのほうが、いいな」
リナリアの呟きはとても小さく、ロコモの耳には入らない。
が、次の瞬間、
「見つけたわよ、オヒメサマ!」
声が響き、二人のすぐ近くで、爆発が起きた。
「わあっ!」
「よよっ!?」
驚く二人に銃口を向けて、ガンプラが降りてくる。
「さぁ、今度こそあたしについてきてもらうわ!」
それは、前にエペランサスでリナリアを狙った、ムラサメの改造機だった。
腕時計を買った。中古の安物だ。
なんでも良かった。
どうでも良かった。
ただ、その時目に入った金額が、そこにあった、というだけ。
気がつけば俺は、腕に巻いたそれと、軽くなった財布だけを持って、街を歩いていた。
「…何してるんだろうな、俺…」
自分でも驚いていた。
オシャレというものにほとんど頓着のない自分が、こんなものを買って、身に付けるなんて。
我ながら、自分の言動が理解できない。
だが不思議と、これで良かったような気もしている。
自分に呆れていても、この腕時計を買ったことを後悔はしていない。
まるで、本能的に全てを行ったかのような…。
「本能…か」
腕時計を見つめる。
そこには時計がある。ただそれだけ。
なんの関心もないが、あることに安堵のようなものを感じている自分がいる。
「…ははっ」
自分の思考に我ながら呆れ、思わず、声が出てしまった。
安堵か。
確かにこの感情は、その言葉が一番相応しい。
漠然とした不安が、すこし弱まっている不思議な感覚。
わけはわからないが…。
「…いいや、わかってるさ」
そう、本当はわかっている。
俺が腕時計を買ったのは、腕に何かをつけたかったから。
何もついていない左腕を見るのが、怖かったんだ。
エペランサスで一度没収されたブレスレットも。
フューチャーコンパスのメンバーであった証の、羅針盤のタトゥーも。
どちらも、今の『俺』にはない。
だから、心の落ち着きを求めて、腕時計を買ったんだ。
「なんてこった…」
認めたくない。
俺という存在が、あちらで除け者にされている『ジン』だということを。
自分が、仲間に亀裂を作った結果、仲間に除け者にされている事実を。
だから、あの日から一度もGBNにダイブしていない。
なのに。
「…結局、俺は『ジン』だってことかよ…」
俺は自分の腕一つ、認めることができない。
ゲームと自分の姿が違う、そんな当たり前のことが、心で受け止められない。
ジンという存在を否定したいはずなのに、ジンと違う自分が怖い。
「…これじゃ、どっちの世界にいても、一緒だな…」
改めて腕時計を見つめる。
そこにはただ、時間だけが刻まれていた。
「おい、なんだよあのガンプラ!」
「今、ライフルを撃ったぞ!?」
「スワークルの中じゃ武器は使えないんじゃなかったのか!?」
名も知らぬダイバーたちが、驚きの声を上げながら、頭上でライフルを構えるムラサメを見る。
「何よ、うるさいモブ共ねぇ。…ほらほら、あんたたちに用はないから、どっか行きなさいよ!」
ムラサメはライフルを数発撃った。どれもダイバーには当たらないが、もとより威嚇のつもりなのだろう。
事実、名も知らぬダイバーたちは散り散りに逃げていく。
「リナリアちゃん、ボクたちも…」
言って、彼女の手を握るロコモだったが、
「あっ、こら! あんたはダメよ!」
その眼前を射撃が通った。
「よよっ!?」
ロコモは思わず立ち止まり、事なきを得る。
「あたしにはオヒメサマが必要なの」
ムラサメは、ロコモとリナリアの眼前に降りてきた。
「さぁ、痛い目に会いたくなかったら、とっととオヒメサマを渡しなさい?」
銃口を向けられるロコモ。しかし、
「…なるほどー」
彼女はそれをみて、不適にも笑った。
「キミもあの、タクというダイバーみたいに、リナリアちゃんを狙うのですね」
「フン、だったら何よ?」
更に銃口を近付けられるが、ロコモは恐怖を感じていない。
「簡単なことですよ」
それどころか、
「キミをこれ以上、野放しにはできない」
銃口ごと、ムラサメを睨みつけた。
しかし、すぐに優しい顔になって、リナリアを見る。
「ちょっと待ってて欲しいのですよ」
言って、アイテム画面を開いた。
「倒す? 面白いわね。まさか、今のあんたがガンプラを出せる状況だとでも思う?」
ムラサメ越しにミカがそう言うが、
「ふふん、心配ご無用っ」
ロコモが選択したのは、ガンプラではなかった。
故に、空間に具現化される。
「キミなんて、ガンプラを出すまでもないのですよ」
それは、銃型の武器のようなもの。
「そんな小さな銃で、何ができるのよ!」
言いつつ、ムラサメのビームライフルが更に近づいた。ロコモの額に銃口が触れかかる。
が、
「鬱陶しいのですよ」
『sabel mode!』
その銃身が、ポキリと折れた。
「はぁッ!?」
何が起きたのか分からず、思わずライフルを手元に引き寄せるムラサメ。
ロコモはまた、ふふんと鼻を鳴らした。
「解説してあげるのですよ」
その手に持った銃型の武器を、胸の前に構える。
しかしそれは、いつのまにか銃ではなくなっていた。銃身とグリップが一直線上に整列され、その先端からはビームの刃が出ている。
「キミのライフルは、このビームサーベルで斬られたのですよ。ボクの手によって」
一度、汚れを振り払うかのような仕草をして、
「そう! これが、特務捜査官としての権限を、特潜機勇隊の技術で顕現する、ボクの最強の発明品!」
その切っ先を、ムラサメの頭に向ける。
その名も『潜士の銃・ロコモドラグーン』!」
名前を呼ばれて答えるかのように、ロコモドラグーンが光を反射した。
町外れの古ぼけたアパートに、俺が住居としている部屋がある。
開けると軋み、大きく音を立てる扉。
その隙間に、出かける前には見かけなかった、真新しい簡素な封筒が挟まっていた。
宛名には、日頃利用している通信会社の名前。
「…今回は安く済みそうだな…」
呟きつつ自室に入り、封筒をテーブルに置いて、上着を脱ぎ、布団に寝転がる。
「ふぅ…」
息をついて、ぼんやりと天井を見上げた。
今日は休日ということもあり、朝遅くに起きたからか、特に眠気も来ない。
軽く体を回すと、視線には飾り棚が入った。
そこには、俺がこれまで作ってきた、多くのガンプラがある。
もちろん、ウティエルも。
「…はぁ」
立ち上がり、それを手に取り、頭部のパーツを確認する。
ガンカメラが露出した。ハイメガ粒子砲ではない。
「そりゃ、そうだよな…」
ウティエルを棚に戻し、椅子に座った。
その前には、GBNにダイブするための機材が、一式揃えて置いてある。
いつでもあの世界に行けるように。
最後にダイブしたあの日、無造作に机に置いたまま、一切触っていない。
片付けてしまおう。そう思い、一番手元に近かった、ダイバーギアを手に取る。
ふいに、思い出してしまった。
セイゴや、フューチャーコンパスのみんなと、楽しく過ごしていた日々。
あの日々にはもう、戻れない。
わかっている。
わかっているさ、そんなこと。
でも、じゃあなんで俺は、今手を止めてしまったんだ?
戻れないから行かなくなった場所に、なんの未練を持っている?
求めても手に入らないものしかないと知りながら、何故俺はこれを片付けられない?
疑問が疑問を呼び、心がざわつく。
「…馬鹿だな、俺は」
なんて呟きながら。
自分に呆れながら。
それでも俺は、GBNにダイブした。
わずかばかりでも、ほんの少しでも。
あちらの世界に、希望を求めて。
「…なっ、なによそれ! そんなバカみたいなアイテムで、このあたしのガンプラを傷付けたって言うの!?」
驚くミカに、
「そう…、その通りッ!」
ロコモは笑顔を見せた。
「そんなチートアイテム、あっていいの!?」
「キミに言われたくないのですよ」
『rifle mode!』
ロコモドラグーンを再び銃型に変形させつつ、ロコモはべーっと舌を出す。
「さぁ、大人しくボクに捕まるか、抵抗してガンプラごとボクに捕まるか、どっちか選ばせてあげるのですよ」
その銃口を、ムラサメに向けた。
「…こっちのライフルを破壊したからって、いい気になるんじゃないわよ!」
対して、憤りを見せたミカは、ムラサメでロコモを踏み潰そうとする。
「無駄ですよッ!」
しかし、ロコモはこれを軽々と避けた。
更にロコモドラグーンで、降りてきた足を撃つ。
その大きさからは想像もつかない威力で、ムサラメの足を貫いた。
「嘘でしょッ!?」
バランスを崩すムラサメは、転倒を防ぐために一度空へ舞い上がる。
「逃さないのですよ!」
そこへ、ロコモは銃口を向けた。
『shooter mode!』
左手で下部に触れると、本体からスコープが飛び出す。
「いけえっ!」
ロコモはスコープを覗いて、上昇していくムラサメを撃った。
「チッ!」
ムラサメはこれらを避け、更に上へと舞い上がっていく。
「そんな小さな武器で!」
ある程度の距離を取ると、飛行形態に変形し、機首をロコモに向けた。
「勝てるわけないでしょうが!」
その両翼から、ありったけのミサイルを放つ。
「よよっ!? 生身のダイバーに向ける武器じゃないのですよッ!」
ロコモは近くのリナリアを引き寄せ、ロコモドラグーンを一度ビームサーベルに戻した。
更に、グリップの下部を膝で叩き、その切っ先をミサイルが迫る空へと向ける。
『Unbrella!』
ビームの刃が大きく広がり、半球状の障壁となって、二人の少女を包み込んだ。
そこに、ミサイルの雨が降り注ぐ。
やがて爆風が止むと、中には無傷の二人が居た。
「そんな…そんな!」
あまりにも常識から外れたロコモドラグーンの性能に、ミカは驚きを隠せない。
「だったら…これはどうするのかしら!?」
やがて、ムサラメを急降下させてきた。ロコモに体当たりするつもりなのだろう。
しかし。
「それはですね!」
『rod mode!』
ロコモはロコモドラグーンの先端の筒を引き伸ばし、これを受け止めた。
「う、嘘っ!? ガンプラ一機の突撃を、たった一本の棒で!」
更に驚くミカを、
「こうするのですよォー!」
ムラサメごと、真上に大きく吹き飛ばす。
「とどめですよ!」
ロコモドラグーンを銃型に戻しつつ、更にスコープを立てて、銃身を伸ばした。
『Last Shooting!!』
伸びた銃身の先端に、エネルギーが収束する。
『Denger! I will shout now!! Be careful to the my flash!! Denger! I will shout now!! Be careful to the my flash!! …』
二言の英文が繰り返し鳴り響く中、ロコモは真上に打ち上がっていくムラサメに、狙いをつける。
引き金を引く。
「シュートォォオオ!!」
『FIRE!!!』
爆音と、閃光。
放たれた射撃は、ムラサメの胴体を撃ち抜いた。
所属フォースのない俺にとって、GBNの中で一番落ち着くのは、ガンプラをメンテナンスできるハンガーエリアだった。
実寸大となった自分のガンプラを見上げながら、ふと思う。
type:SH。
リナリアにはああ言ったが、実はこれらの武装は、かつて俺が別の機体のために用意し、結局使わなかったものを転用している。
融合粒子弾ライフル、融合粒子ディフェンサー、元はブースターだった長い足…。
『そんな使い回しのパーツで、僕に勝てると思うなよ!』
あの日の、セイゴのセリフを思い出してしまう。
「…誰のために作った武装だよ、ってな」
思わず、愚痴とため息が漏れた。
その時。
「…ん?」
システム異常を知らせる警告音が鳴った。
同時に、強制的に出現する画面。
表示された文字は…、
「…『所有権の侵害警告…』?」
初めて見る表示だったが、端的に言えば「あなたのガンプラの所有権が、何者かによって奪われようとしています」とのこと。
「どういうことだ?」
言いながら愛機を見つめると、そのカメラアイが点灯した。
そのまま、目の前で膝をつき、右手を俺に差し出して、止まる。
無論、俺はそんな操作をしていない。
勝手に動いたんだ。愛機、クリスタイル・オーガンダムが。
「相棒…?」
思わず呼びかけると、その頭部が少しだけ上下に揺れる。
まるで…
「俺に、乗れって言ってんのか…?」
ムラサメを破壊され、身柄を捕らえられたミカは、四肢を縛られ、床に座らされていた。
「じきに運営からのお迎えが来るので、それまでの間、ボクの質問に答えてもらうのですよ」
ロコモは、そんなミカを警戒し、ロコモドラグーンをライフルモードにして、銃口を向けている。
「答えるとも思う?」
「答えなければ、GBNに二度と来れなくなるだけですよ」
「そんなことが本当にできるのかしら?」
「それができちゃうのですよ、ボクにはね」
ロコモは一つの画面を開いて、それを読み上げる。
「ダイバー名:ミカ。登録ガンプラは『戦乙女の涙雨(ワルキュレイン)』、所属フォースなし、ダイバーランクC。初ダイブは五年前の7月16日、その時のガンプラは『ノーベルフルカラット』…。うわ、随分派手なガンプラなのですよ…」
ミカ自身にも見えるように映し出されたガンプラは、ノーベルガンダムをベースに、ジェルシールやマニキュアなどで煌びやかに彩られたガンプラだった。
派手ではあるものの、装飾類は可動部や武器にまで施されている。
作品としての評価はともかく、実際に扱う機体としては、お世辞にも良いとは言えない仕上がりだ。
「うわっ! なんで!? それのデータは全部消したはずなのに!」
本人も恥ずかしいのか、ミカはその画面から目を背ける。
「ログデータを消しても、『消した』というデータは残るのですよ。通常のダイバーのログ削除は、ボクらからすれば『ゴミ箱に入れる』くらいの意味しかないのですよー」
画面を消し、得意げに胸を張るロコモ。
「あんた…一体何者なのよ?」
明らかに異質なロコモの言動に、ミカは観念するかのように、改めて聞き返した。
「ボクはロコモ。フォース:特潜機勇隊のエージェントでもあり、GBNの特殊捜査官でもある、ハイブリッドなベテランハーフダイバーなのですよ」
ロコモは、いつかリナリアの前で言ったセリフを、全く同じように口にする。
「ま、要するに、普通の人にはできないことができちゃう、特殊なダイバーなのですよ」
言いながら、ロコモドラグーンの銃口を、改めてミカに向ける。
「さぁ、ボクのことよりキミのことですよ。まずはなんでリナリアちゃんを狙ったのか。それから、どうしてこの場所で、ガンプラを出して武器を使うことができたのかを、説明してもらうのですよ」
ミカは銃口をすこし睨んだあと、やがて一つため息をつく。
「オヒメサマを狙った理由…か」
ようやく観念したのか、口を開いた。
「そうねぇ… 『愛』、かしら」
「…ほえ?」
「愛よ、愛。あたしの愛。あたしの愛のために、そのオヒメサマが必要なのよ」
ミカの言葉がピンとこない様子のロコモ。
次の瞬間、
「余計なことを言うな、ミカ」
声と共に、上空にもう一機、ガンプラが現れた。
ザクの改造機らしきそのガンプラは、ゆっくりと地面に降りてくる。
「よよっ!? もう一人いたのですか!?」
ロコモは驚きつつ、ロコモドラグーンをザクに向けた。
「…ほう、ずいぶん面白いアイテムを持っているな」
ザクのモノアイがロコモを捉えて、妖しく光る。
瞬間、
「わわっ!?」
ロコモドラグーンは、細い光の柱によって貫かれた。
ザクの胸部から、レーザー光線が放たれたのだ。
「あーっ! ボクの『潜士の銃・ロコモドラグーン』が…!」
驚くロコモの前に、ザクは手に持った銃器を向ける。小型化されたビームマグナムだ。
「女よ。その少女をこちらに引き渡せ。言う通りにすれば、我々も何もしない」
その一方で、
「あら、ラグザ。…助けならいらないわよ」
ミカが、いつのまにか拘束機器を外し、立ち上がっていた。
いつかのエペランサスの時のように、砂にして消してしまったのだ。
「自惚れるな。様子を見に来ただけだ」
ラグザと呼ばれたダイバーは、ザク越しにそう答える。
「よよ…よよよ…」
二人の様子に、ロコモは焦っていた。
向こうには五体満足のガンプラと、拘束を解いてしまう女性ダイバー。
対して、こちらはロコモドラグーンを失い、なぜかガンプラも出せない。
「こうなったら、最後の手段!」
意を決して、ロコモは声を張り上げる。
「行くのですよ、ボクの必殺奥義ッ!」
大きく一歩、前に踏み出した。
二人が一瞬警戒する。
その隙にぐるんと後ろを向き、
「レッツラ・とんずらァーー!」
「え、ええっ!?」
驚くリナリアの手を引いて、全力で走り抜けた。
「「……」」
意表を突かれ、数秒固まる二人。
「…はっ! 追うぞ、ミカ!」
「言われなくても!」
やがて、ロコモとリナリアを追って、ミカは走り、ザクは飛んだ。
コックピットには、俺以外は誰もいない。
なのに、俺を乗せた途端、クリスタイル・オーガンダムはハンガーから飛び出した。
もちろんこれも、俺の操縦ではない。
外部から操られているのか、あるいは…。
「相棒、お前は…」
意図せず、機体に語りかける。
思い返せば、不思議なことは何度もあった。
エペランサスで墜落した時、粒子残量がないにも関わらず、こいつは融合粒子で俺とリナリアを受け止める網を作った。
盗まれたガードフレームにワクチンプログラムを打ち込んだ時も、その直前に、呼んでもいないのに俺たちの前に現れた。
…そういえば、初めてリナリアと会い、彼女を狙うガードフレームと戦った時も、何度試してもできなかった呼び出しが、突然できるようになった…。
そして今、この機体は飛行している。
ただ闇雲に飛んでいるわけではなく、真っ直ぐにエリアを突っ切っているのだ。
まるで、明確に何処かを目指しているかのように。
「俺を、どこに連れて行こうとしているんだ…?」
クリスタイル・オーガンダムは、答える言葉を返さず、駆動音だけをコックピットに響かせていた。
「なんでですよーっ!」
常人の脚力では到底追いつけない、まるで列車のようなスピードで走るロコモは、そうしつつも、たくさんの画面を操作していた。
「ガンプラ…出せない! ログアウト…できない! 特潜機勇隊の緊急権限…ダメ! 特務捜査官としての運営権限…ダメ! 何をどう試しても、うまくいかないのですよーっ!」
片手でリナリアを掴みつつ、もう片方の手が彼女に追従する画面を更新する。
「潜士の銃・ロコモドラグーンも治ってないし…、このままじゃヤバめにヤバいのですよ!」
振り向くと、先ほどのザクが視界に入っている。いくらロコモが早く走っても、ダイバーとガンプラの差は大きいらしく、ジリジリと距離を詰められていた。
それに加え、
「ろ、ロコモ! わたし、もう…」
腕を引かれ続けていたリナリアの表情が引きつっている。
それもそのはず、今のリナリアは地に足がついておらず、まるで鯉のぼりのように、体を揺らされて続けているのだ。
その不快感は、乗り物酔い、なんてレベルではない。
「ご、ごめんですよ! もうちょっとだけ耐えて!」
言いながらも走り続けるロコモ。
その先には、大きなトンネルがある。
数秒もしないうちに、ロコモはリナリアを引いてトンネルの中に飛び込んだ。
やがて少しずつ減速し、進行方向に背を向けて、引っ張っていたリナリアを、体で受け止める。
「ううっ…」
気持ち悪そうに口元を押さえるリナリアと、その背中をさするロコモ。
リナリアの気分が落ち着くのを待って、ロコモは改めていろんなことを試すが、やはりログアウトも、ガンプラの出現もできない。
「よよ…いったい何がどうなっているのですよ…?」
「多分、あの人たちが何か、不正なツールを使ってるんだと思う…。ジンも、最初はガンプラを出せなかったから…」
困惑するロコモにリナリアが答える。
「うん。そこは、そうなんですよ。そうなんですけど…」
ジンから話を聞いていたロコモは、こういう状況になることは、事前に知っていた。
知っていた上で、現在困惑しているのだ。
自分ですら、その影響を受けていることに。
「ボクの場合、特潜機勇隊と、特務捜査官の、二つの肩書きがあるのですよ。これらはそれぞれ、異なる条件下で、特別な権限を発動できる。…その気になれば、一つのサーバーを丸ごとジャックするくらいのことはできるのですよ」
「…えっ?」
突然の危険な発言に、リナリアは言葉を失ってしまった。
「…ああ、今のは例えで、もちろんそんな事するつもりはないのですよ。要するに、それだけ、ボクは特別な存在だ、というだけで」
リナリアが頷くのを待ってから、ロコモは続ける。
「で、問題なのは、そんなボクですら、彼らの不正ツールの影響を受けている、ということ…」
真剣な顔でそういうが、リナリアはまだピンときていないのか、首を傾げる。
「つまり、彼らの使ってる不正ツールは、もしかしたら…」
だが、そこまで推察を進めたところで、
「追い詰めたわよ!」
二人の眼前に、ミカが現れた。
「わっ!」
「くっ!」
すぐさま反対側の出口に逃げようとする二人を、
「追い詰めた、と言っている」
反対側から現れた男性ダイバーが遮る。
先程、ザクの改造機に乗っていたダイバー、ラグザだ。
「さぁ、少女をこちらに渡してもらおう」
「抵抗しないでくれるかしら?」
詰め寄る二人を見て、ロコモはリナリアの耳に口を近づけた。
「ボクが注意を引きつける。その隙にリナリアちゃんはトンネルを出て」
「えっ、ロコモ!」
「やぁーっ!」
いうと、ロコモはラグザにタックルをかました。
「なっ!」
思わず両手で受け止めたラグザだが、
「きゃーっ!痴漢! エッチなところ触ったーッ!」
その耳元に、ロコモは大声で叫んだ。
「ぐおっ!?」
ラグザは発言と声量に驚き、大きくよろける。
「今ですよ! リナリアちゃんッ!」
振り向いて叫ぶロコモ。頷いて走り出したリナリアだったが、
「させるわけないでしょ!」
「わっ!」
その両肩を、ミカが押さえつけた。
「手間かけさせてくれたわね」
「いや! 離してッ!」
暴れるリナリアは、偶然にも、ミカの足を強く踏んだ。
「いったァ!」
思わず両手を離してしまうミカ。その隙に、リナリアはミカを振り解き、トンネルの出口へと一目散に駆け抜けた。
「もうっ! オヒメサマだからって!」
慌てて後を追おうとするミカを、
「いかせないですよッ!」
「ぐえっ!?」
ロコモが押し倒した。
「ちょ、ちょっとラグザ! なんでこの女抑えてないのよ!?」
ミカはラグザを責めるが、彼は足を抑えている。
リナリアの行動を見て、ロコモも同じように、ラグザ足を踏み付けていたのだ。
「女…舐めたことを!」
言って、ラグザはロコモの腕を掴む。
「よよっ!?」
途端、ロコモの手首には、手錠のようなものが掛けられた。
その先端から伸びたチェーンを、ラグザが岩場に括り付ける。
「これでしばらくは動けまい」
「くっ、こんなの…!」
ロコモは強引に切り抜けようと、いくつかの画面を操作する。
が、やはり上手くいかない。
「逃げられはしないぞ。お前も、あの少女も」
言うと、ラグザは指を鳴らした。
同じ頃、トンネルの出口にたどり着くリナリア。
しかし、その眼前に、ラグザのザクが立ち塞がる。
遠隔操作で移動させたのだ。
「そんな…っ!」
リナリアは思わず、一歩足を戻す。
「抵抗するな、とも言ったはずだ」
「さぁ、大人しくついて来てもらうわよ」
声に振り向くと、ラグザとミカも、トンネルから出てきていた。
ロコモは、まだ手錠に囚われたまま、姿を見せない。
前後を経たれ、逃げることもできない。
「いや…」
絶対絶命。そう悟ったリナリアは、思わず体を震わせた。
自分が、二人に捕まった後のことを考えたのだ。
「やだ…」
その瞳に映るのは、いつかの記憶。
「わたし…まだ『ここ』に居たい…」
その中に居る、何もできない自分。
「わたし、ここで生きて行きたい… あっちに行きたくない!」
それらを否定するリナリアに、ラグザはため息をついて、また指を鳴らした。
途端、ザクの改造機がリナリアに手を伸ばし、その体を捕まえる。
「やだ! やめて! 離して! 助けて!」
その叫びは、やがて『彼』を求める声に変わった。
「ジン!!」
「うおおおおおおおっ!」
名前を呼ぶ小さな姿をとらえた腕へ、俺は銃口を向けて引き金を引いた。
融合粒子によって実弾化した銃撃は、ザクの手首に直撃する。
衝撃で手のひらが開き、中からリナリアが飛び出した。
「わぁっ!?」
手のひらから解放されたリナリアへ、俺は機体を急速接近させる。
「リナリアぁッ!」
名前を呼びながら、ライフルを投げ捨て、両手で彼女を受け止めた。
同時に推力を反転させ、機体を静止状態にする。
「リナリア、大丈夫か?」
「う、うん! 大丈夫!」
手の中で頷くリナリアを確認してから、俺は改めて、ザクの姿を確認する。
「あいつよ! エペランサスであたしの邪魔をしたフダツキ!」
近くには、エペランサスで交戦したミカというダイバーと、もう一人。男性のダイバーが居た。
「ほう…お前が、オヒメサマを守るフダツキ、とやらか」
そいつが不適に笑う。
初めて見るダイバーだが、こいつもリナリアを狙っているのだろうか。
そう思って警戒したのだが、
「面白い。次に会う時が楽しみだ」
そんな言葉を残して、男性ダイバーはザクと共に、このディメンションからログアウトしてしまった。
「は? ちょ、ええっ!?」
その行動はミカにも予想外だったのか、キョロキョロと辺りを見回して、
「…もぅ! 覚えてなさいよ!」
やがて彼女も、ログアウトした。
機体を地面に着陸させ、リナリアを手の中から下ろす。
「無事でよかったよ、リナリア」
言いつつ、俺もガンプラから降りた。
「ありがとう、ジン」
そう言って微笑んでくれる。
しかし、冷静になった俺は、思わず彼女から目を逸らした。
「あ…えっと…」
何を言えばいいんだろう。
あの日から、およそ三週間。ずっとGBNにダイブしないでいた。
もちろんその間、彼女とは一切連絡を取っていない。
流石に気まずい。…いや、俺が一方的に悪いのだが…。
ここはとりあえず、無難に「久しぶり」とでも言うべきか…?
そう思った時だ。
リナリアが、俺に抱きついてきた。
「り、リナリア?」
驚く俺を見上げて、彼女は口を開く。
「おかえり、ジン」
そして、微笑む。
「…えっ?」
想定してない言葉に、思わず、聞き返してしまった。
そんな俺に構わず、リナリアはまた口を開く。
「…わたし、ずっと考えてたんだ。次にジンに会ったら、何を話せばいいかな、って」
ぎゅっ、と、俺の体を抱きしめる。
「でもね、よく考えたらわたし、ジンのこと、何も知らなくって」
それは…そうだろう。
俺は意図的に、自分のことを彼女に話さないようにしていた。
俺自身が、ずっと気付きたくない真実から目を背け、話さないようにしていた。
だから、彼女は何も知らない。
「でもね。だからこそ、わたし、ジンのために、わたしができることをしようって決めたの」
それでも、リナリアは俺を真剣な目で見ている。
「わたしがジンにしてもらったことで、一番嬉しかったことを…って。それでね」
言いながら、一度俺の体から離れて。
「それで、そばにいようって決めたの。…ジンがずっと、わたしのそばにいてくれたみたいに。…だから」
やがて、微笑む。
「おかえり、ジン」
そしてまた、俺に抱きついた。
「ジンが、わたしのそばに帰って来てくれて、嬉しいな」
そんな言葉をくれる。
優しい声と共に。
それが、俺の胸には不思議なまでに染み渡って…。
…ああ、そうか。
「リナリア」
思わず、その名前を呼んだ。
彼女は俺に抱きついたまま、俺を見上げる。
その顔が、俺の気付きを確信に変えた。
「…ありがとう」
リナリアという存在が、俺を待っていてくれるということ。
それこそが、俺がダイブする時に求めた、希望そのものだったんだ。
俺が俺であることを。
俺という存在、『ジン』という存在を、認めてくれる『誰か』。
俺の求めていた希望は、これだったんだ。
「それと、」
だから、答えよう。
彼女が、俺のために用意してくれた言葉に。
「…ただいま」
彼女の目を見て、もう一度。
「ただいま、リナリア」
その言葉が、俺とリナリアをもう一度、繋いでくれる。
そう確信して。
「うんっ」
リナリアは素敵な笑顔で、俺の胸に頭を預ける。
「おかえり、ジン」
そんな彼女の頭に、俺はそっと手を載せた。
やがて、リナリアがゆっくりと俺の体から離れた頃。
「リナリアちゃん、無事ですかっ!?」
ロコモが、トンネルから飛び出してきた。
「あっ、うん、大丈夫だよ、ロコモ」
「て、敵はっ!?」
「帰っちゃったみたい」
ロコモはキョロキョロと辺りを見回して、
「って、ジンくん! 帰ってきてたのですか!」
俺がいることにも気がついた。
「じゃあ、ジンくんが、リナリアちゃんを狙ってた奴らを追い払った…ってことなのですか?」
「…そう、なるのかもな」
答えると、ロコモは胸を撫で下ろした。
「そっか…。それなら、よかったのですよ…」
よほど心配をかけたらしい。
「悪かったな…」
彼女に向き直って謝る俺だが、
「よよ? 勘違いしないで欲しいのですよ」
ロコモは頬を膨らませた。
「ボクは安心してるのは、リナリアちゃんが無事だからですよ。それに比べたらジンくんのことなんて、オマケみたいなものですよー」
おっ…、
「オマケって…」
なかなかの言い様だな…。
「じゃあ、ジンくんはリナリアちゃんのピンチを察知して、ここに来たってことですか?」
えっ。
「いや…、わかったから来たというより、来てみたらピンチだったと言うか…」
なんで答えながらも、思う。
そんな偶然があるだろうか。
「よよー…」
ロコモは何を思ったのか、少し考え込む。
「まぁ、いいのですよ。リナリアちゃんが無事なら、他のことはどうでも」
やがてにこりと微笑んだ。
「…お前なぁ…」
呆れる俺の隣で、リナリアがロコモに向き直る。
「ロコモ、ありがとう。…わたしのことを、守ってくれて」
そう言って、彼女に微笑んで見せた。
途端、ロコモはその場で顔をしかめる。
「…どうしたの、ロコモ?」
その様子を不思議に思ったリナリアが、彼女に歩み寄ろうとすると、
「…ダメなのですよッ!」
突然、ロコモは両手を前に突き出し、一歩引いた。
「これ以上、ボクに近づいちゃダメなのですよッ!」
突然の拒否反応に、リナリアは俺と顔を見合わせる。
「これ以上、リナリアちゃんがボクに近づいたら…」
そんな中、ロコモは体を震わせて。
「ボクは理性を保てなくなるのですよ…ッ!」
とても、気持ち悪い笑顔をしていた。
「わっ…」
思わず言葉を失ったリナリアが、黙って俺の元に寄ってくる。
「あー…。…そいや、そうだったな…」
呟きつつ、俺はログアウト画面を開いて、リナリアと自分を選択した。
どうやらまだここには、リナリアを狙うダイバーがいる…らしい。
「じゃあな、ロコモ」
一応、一言だけ残す形で、俺とリナリアはスワークルというディメンションからログアウトした。
「…ねぇ、ジン」
俺のサーバーにある、ガンプラのハンガーエリア。
とりあえずの転送先に選んだ場所だったが、そこに着いて間も無く、リナリアが俺に改めて声をかけた。
「ん?」
「あのね、…さっき、ロコモには言ったんだけど、まだジンには言ってなかったから…」
といいつつ、リナリアは俺の目を見る。
「ジン。わたしを守ってくれて、ありがとう」
…なんだ、そんなことか。
「ああ、気にするな。俺はただ、あの場で出来ることをしただけさ」
なんで答えると、リナリアは笑ってくれる。
…ところで、やはり考えてみると、妙だ。
そもそも俺は、リナリアを助けるために、スワークルに行ったわけじゃない。
たまたまスワークルに来たら、リナリアがピンチだった。だから助けた。
…本当に偶然なのだろうか。
…いや、もしかしたら
「…相棒…」
思わず、愛機のクリスタイル・オーガンダムを振り向く。
こいつは先ほどまで、俺が操作するまでもなく、スワークルまで飛んで行った。
まるで、リナリアのピンチを予見したかのように…。
「俺は…お前に導かれたのか…?」
答える言葉を持たない愛機に、思わず語りかけてしまう。
すると、リナリアが俺のガンプラに歩み寄った。
機体に少し触れ、そっと目を閉じる。
「…リナリア?」
声をかけても、じっとしたまま動かない。
そのまま、少し待ってみると。
「…そっか。そうだったんだね」
何かを納得したように、リナリアは俺のガンプラから離れた。
「あなたが、ジンをわたしのところに、連れてきてくれたんだね。…ありがとう」
そう言って、微笑む。
その様子は、まるで会話をしているかのようで。
…そうか。
「…お前、ガンダムの…俺のガンプラの意思が、わかるのか…」
忘れていたが、確かに『エルダイバーにはそういう不思議なチカラがある』という話は、どこかで聞いたことがある。
それは、存在の成り立ちが『数多のガンプラに込められた想いが結集し、意志を持った生命体となったもの』であるが故、なのだろう。
「うん。そうみたい」
リナリアは微笑んで答える。
…ん?
「…『みたい』?」
なんだか引っかかる言い方だが…。
「いま、初めてできたの。…なんだか、できそうな気がして。…きっと、ジンのガンプラが、わたしにそういうチカラをくれたんだよ」
リナリアは少し恥ずかしそうに答える。
「…そういうものなのか」
なんだかよくわからないが…。
「うん、きっと」
リナリアは、少し嬉しそうだ。
「ガンプラの意思…か…」
リナリアを助けることができたのは、良いことだ。
しかし、そのために自分のガンプラが勝手に動いたことは、やはり心にひっかかる。
ガンプラは作品だ。情熱を持って作り込んでいれば、それなりに愛着は湧くし、ふとした弾みに語りかけてしまう…なんてことも、ビルダーとしては不思議なことじゃない。
俺は日頃からそう思っている。
だが、本当に『ガンプラにも意志がある』と考えたことは、今まで一度もなかった。
もちろん、勝手に動く、なんてことも、今回が初めてだ。
それに、俺のガンプラが勝手に動き始める少し前、自分の前に現れた『所有権の侵害警告』という表示も気になる…。
「…ジン?」
名前を呼ばれて振り向くと、リナリアが俺を見ている。
そういえば、クリスタイル・オーガンダムが勝手に動いた時は、全てリナリアが危機に陥った時ばかりだ。
これは…偶然なのだろうか…。
「わたしの顔、何かついてる?」
言いながら、不思議そうな顔をするリナリア。
いけない、また一人で考え込んでしまった。
「いや…そういうわけじゃないさ」
考えてもわからないことだってある。そのうち、ロコモにでも相談してみるか。
そう決めて、気持ちを切り替えるために、一度深呼吸をする。
「…さて、じゃあまた、ケーキでも食いに行くか」
俺がそう言うと、リナリアは笑顔で頷いた。
ちょっとラグザ!あんた何考えてんのよ!もうちょっとでオヒメサマを捕まえられたのに!
…本当にそう思うか?
そりゃそうでしょ! あんたがあのまま戦って勝てば…
あの時、お前のガンプラはもう戦えなかった。それに、手錠で一時的に凌いだとはいえ、奇妙な権限を持つ女も居た。…分が悪いと判断したのだ。
だとしても、諦めが早すぎるわよ!
当たり前だ。お前がどうかは知らんが、俺には慎重に動かなければならない事情がある。
…なによ、その、事情って。
お前の知った事ではないだろう。
その辺にしておいてください。
…オーナー? 何しにきたのよ。
簡潔に申しますと、お二人にハッパをかけに来ました。
なんだと?
このままでは、我々の目的が果たせません。そうなると、あなた方に用意した報酬も与えられなくなります。
は? どういうことよ?
こちらの事態が想定以上に悪化していましてね…。早急にあの子を確保していただけますか。
焦る様でも出来たのか?
それはこちらの事情です。お二人が気にすることではありません。
随分な言い草ね。こっちは目的も提示してるっていうのに。
とにかく、お急ぎ下さい。我々の目的が達成できなければ、お二人を雇った意味がないので。
方舟の少女 ガンプラデータファイル06
【戦乙女の涙雨(ワルキュレイン)】
オーナーが製作し、ミカがカスタムして使用するガンプラ。
ムラサメをベースとし、エペランサスでの戦闘の後、チューンナップされたもの。
武装の変更は少ないが、作り込みによって機体性能が大幅に上がっている。