ガンダムビルドダイバーズ外伝 〜方舟の少女〜 作:楽雁つばさ
「…じゃあ、もうスナイパーライフルは、使う気がないってことか」
寂しそうに言う彼の前で、僕は大きく頷いて見せた。
「…わかった」
言葉ではそう言えど、声色からは、納得がいっていなさそうに聞こえる。
「ごめんね、ジン」
謝るしかない。
彼なりに、僕のためにしてくれたこと。
僕が、彼に頼んでさせてもらっていたこと。
それをまた一つ、僕は否定してしまったのだ。
それでも。
「僕は、僕にできることを、もっと伸ばしたいんだ」
僕は、僕の強さを求めた。
僕だけの強さを。
ガンダムウティエル。
親友のジンが、僕のために作ってくれた、僕専用のガンプラだ。
シューティングゲームが得意な僕のために、ジンが作ってくれた、狙撃特化型の機体。
最初は、単にデュナメスという狙撃型の機体を、少し改造しただけのものだった。
けれど、僕が慣れ親しんでいたゲームと、GBNでは、操作感覚が違っていた。
特に大きな差は、反応速度と射撃補正率。
GBNでは、以前のゲームに比べて、標準的な移動速度と反応速度が遅い。
代わりに、射撃時にかかる補正が強い。
だから、僕が持つ『ゲームのテクニック』を、この世界で活かすために、この二点を修正する形での改造を、ジンに依頼した。
僕の求める「回避運動」を行うために、機動力と反応速度を向上させる機構を。
その分の『ワリ』は、不要な射撃能力から削る。
そのため、機体の機動性と反応速度の向上を、ジンに依頼した。
本当は、自分で改造できたら良かったんだけど。
そもそも僕は、リアルでガンプラを作ることができないんだ。
この頃、僕は焦っていた。
普段から仲が良く、入隊も同時だったから、ジンと僕は、フォース内でも比べられることが多かった。
ジンは、融合粒子の研究を重ねて、それを使いこなすことで、メキメキと成長していった。
あっという間に、重要な戦力として、フォースのみんなに信頼されるようになった。
一方で、僕の戦績は伸び悩んでいた。
後方支援部隊として、ジンや他の前線で戦うみんなを支える。
それが自分の役割だと思っていた。
けれど、僕はいつも、あと一歩のところで撃墜され、そのせいでフォースの足を引っ張ってしまっていた。
誰に言われたかは、もう覚えていない。
遠巻きに聞こえた、フォースメンバーのとある声。
その言葉は、当時の僕の心に深く突き刺さった。
『セイゴは、ジンの連れてきたオニモツ』。
僕は努力した。以前やっていたシューティングゲームの感覚を、改めてこの身に叩き込んだ。
自分の実力を発揮できるよう、ジンに細かい改造の依頼もしていた。
彼の作った、融合粒子を応用した試作武装も、すべて試した。
できることは、全部やった。
フォースの力になるために。
自分が、ジンのオニモツなんかじゃないって、証明するために。
結果として、僕は狙撃を捨てた。
…より厳密に言えば『GBNで狙撃手と呼ばれるポジションに求められるバトルスタイル』を捨てた。
狙撃型だったウティエルは、射撃重視の中距離型になった。
それから僕は、やっと、ウティエルを自分の機体だと、胸を張って言えるようになった。
僕は強くなった。
フォースの中での評価も変わった。
ジンはジン、セイゴはセイゴ。
そうやって、別々に見てもらえるようになった。
でも。
僕は気付いていなかった。
ジンと僕が別々に評価される、ということ。
それはつまり、僕が、僕個人として、フォースの戦力になっていた、ということ。
僕が『ジンのオニモツ』という言葉から逃げようとするあまり、自分一人の力を強くすることにばかり、拘っていたこと。
いつのまにか忘れていた。
フューチャーコンパスである以前に、僕とジンはフレンドであり、相棒だった。
前衛と後衛に分かれた、抜群なコンビネーションでいたことを。
僕とジンは、分かれて戦うようになって。
少しずつ。本当に少しずつ。
僕らはどんどん、互いに、互いとの距離を感じるようになっていった。
だから、いつからなのかはわからない。
ジンが、ブレイクデカールを使い始めたのは。
あのツールが、GBNのシステムを壊してしまう、なんてことは、まだ分かっていなかった。
誰でも簡単に、飛躍的に強くなれる。
不正ツールだけど、ログが残らないから咎められる心配もない。
その二点だけでも、あれは脅威的だった。
使い方は簡単だ。『デカール』という名前のように、ガンプラに組み込むだけ。
ただし、そのためには現実で組み込まなければいけない、という制限もあった。
僕は、自分のガンプラを自分で持ってはいない。
だから僕は、ジンに頼んだ。
僕のガンプラにも、ブレイクデカールを組み込んでほしい、と。
でも、ジンは首を横に振った。
不正ツールの使用は禁じられている。
だから、使うかどうかは本人の責任だ。
俺は受け取り方を教える。ただそれだけ。
それ以上のことをしてしまったら、俺はそいつに、責任を持てない。
…と、言っていた。
最初、その言葉に渋々納得した僕だったが、やがて他のメンバーも、ブレイクデカールを使用するようになっていった。
僕は歯痒かった。
こんな気持ちがなかったといえば、嘘になる。
やっと君に追いついたのに。
やっと僕は、『フューチャーコンパスのセイゴ』になれたのに。
なんで君は、また強くなったんだ。
なんで君は、みんなを強くしたんだ。
僕だけを置いて。
また僕は、『ジンのオニモツ』に戻るのか。
僕は君のオニモツにしようというのか。
君は、僕のことを嫌いだと思っているのか。
そんな風に、疑心暗鬼にも陥った。
それでも。
僕は、ジンを嫌いには、ならなかった。
ウティエルを見るたびに。
融合粒子の研究と並行して、僕に合わせてカスタマイズしてくれた、僕のためのガンプラを見るたびに。
僕はいつも思い出していた。
どんなに怒っていても。
どんなにお互い変わってしまっても。
僕は、ジンの優しさを信じることができた。
僕は、ジンを嫌いに、なれなかった。
ただ、少し気まずかっただけ、なんだ。
やがて、マスダイバー討伐戦が起きて。
フューチャーコンパスは有志連合に加わらなかったけど。
あの場で起きた大規模なシステム障害と、それらを修復した光の翼。
僕らは、ライブ映像で、その瞬間を見守っていた。
あれからジンは、ブレイクデカールの使用をやめて、他のメンバーにもやめるように言い回っていた。
それはきっと、ブレイクデカールを使い続け、GBNに負担を与え続けた彼なりの、贖罪だったんだろう。
でもそれは、ジン伝いでマスダイバーとなったフォースメンバーに、反感を買わせることにしかならなかった。
そしてある日、ブレイクデカールを使い続けていたサブリーダーが、運営に捕まった。
その後、彼は「フューチャーコンパスのサブリーダーとして」のログインを、一切しなかった。
その頃から既に発足していたんだ。
全員が、違う名義で参加する、フューチャーコンパスの後継フォース。
リビルドコンパスが。
僕も、周りの言葉に流されるように、リビルドコンパスの一員として、ケジュンというアカウントを製作した。
そして、驚いた。
そこでは、ブレイクデカールを持ち込んだ、という原因のせいで、ジンが、みんなの中で、諸悪の根源にされていた。
サブリーダーはジンに通報された。
元マスダイバー達は、ジンに脅されてブレイクデカールを使っていた。
フューチャーコンパスは、ジンのせいで解散まで追い込まれた。
そういうことにされているのがわかった。
フューチャーコンパスは、その全てのわだかまりの原因を、ジン一人に背負わせる形で、また一つになろうとしていた。
ジンという存在を共通の敵にして、ジンを憎み合うことで共感し合い、再び繋がり合っていたんだ。
なんて残酷なんだろう、と思った。
同時に、この状況をジンが知ったら、どう思うだろう、とも思った。
彼は、いつかきっと、このフォースの存在に気づく。
その時、僕に何が出来るんだろう。
その結論が出るよりも早く、僕は、リビルドコンパスの一員としての自分を、失いたくないと思い始めていた。
ジンのいないフォース。それは、僕にとってはもう「ジンだけがいないフォース」だったんだ。
ひたすらに「ジン以外の人間に認められたい」という気持ちだけで成長してきた僕が、ようやく認めてくれた彼らを敵視することは、出来なかった。
ジンと、他のメンバー全員。
どちらかを選ぶことは、僕には、できなかった。
とはいえ、このままじゃ、いけない。
彼の抱いた疑問の全てが確信に変われば、彼はきっと、リビルドコンパスに何かしらのコンタクトを取るだろう。
でも、それがどんなコンタクトだったとしても、リビルドコンパスにとっては、ジンというダイバーを、ますます警戒させる結果にしかならない。
僕は、彼の友達でありつつ、リビルドコンパスの一員でもありたかった。
そんな中途半端な考え方だったから、大切な友達に寄り添うことも、大切な仲間と心から笑い合うことも、できなかった。
だから。
ケジメをつけよう。
ジンのために。
どちらを選ぶこともできなかった、弱い自分のために。
僕が、彼にとっての「リビルドコンパス」そのものになる。
かつて彼と共に高め合い、今は彼の敵になったすべての存在の代表として、彼と敵対する。
そうすれば、彼がどんな感情を抱いたとしても、その矛先が、リビルドコンパスに向くことはなくなるだろう。
僕が、僕だけが、彼の敵になる。
それこそが、僕に出来る、贖罪。
だから、あの日の僕は。
「…『レパッショーナ空域』での空戦、『リフィケイノス輸送任務』、それから…『ウォゼッタ』での施設破壊ミッションの時もそうだったな。…どれもお前が、機体の左手の損傷を気にしたことで、不利になった戦いだ」
…やっぱり、気付いていたか。
「お前は昔から、左手の損傷を妙に気にする癖があるんだよ。…自覚はないのかもしれないけどな」
あるさ。自覚くらい。
その理由もわかっている。
「お前がセイゴじゃなくても、お前とセイゴは、リアルでの同一人物…。そういうことなんだろ?」
ヒントは、いっぱい与えた。
その中で、よりによってこんな事が確信になってしまうなんて。
彼には一度も話していない、僕のリアルの秘密。
わかっていて、君は聞かなかったんだね…。
ため息が漏れた。
また一つ、君の優しさを知った。
思わず、そうだよ、と答えてしまいそうになる。
「違う」
そうじゃない。
僕は、彼に嫌われなきゃいけないんだ。
「僕はセイゴじゃない」
だから、否定しなきゃ。
正解を確実に否定して、示さなきゃ。
僕の敵意を。
「僕はセイゴじゃない! ケジュンだ!」
「なんでシラを切るんだよ!」
僕の連続射撃は、ジンに当たらない。
もとより、当てる気はない。
ただ、彼の知っている『セイゴ』を演じるだけでいい。
「お前の戦い方、何も変わってないぞ!」
その言葉は、
「…どの口がッ、そんなことを言えるんだよ!」
否定しなきゃ。
僕は、ジンを嫌っているんだ。
「ぐあっ!」
「きゃっ!」
クリスタイル・オーガンダムから、ジンと、女性ダイバーの声が聞こえる。
なんとなく察していたけど、確信を得た。
ジンのコックピットには、もう一人、別のダイバーが乗っている。
僕やフューチャーコンパスのみんなじゃない、全く別のダイバー。
「…もう、いい」
安心した。
君には、君のそばにいてくれる友人が、他にもいるんだね。
「約束してくれ、ジン」
これで僕は、心置きなく君の敵になれる。
「この戦い、僕が勝ったら、僕のことを忘れる、って」
その後のことは、あまり覚えていない。
ジンの敵として、彼を困らせる言動を考えるのと、本気のジンに勝つための戦いで、精一杯だった。
「…僕の勝ちだよ、ジン」
項垂れるジン。
僕の敵意が本物だと思い込んでいるんだ。
それでいい。そのためのバトルだったんだから。
僕にとって、最後の。
「約束だ。ウティエルは返す。その代わりに僕のことは忘れてくれ」
所有権を返した僕を、ジンが見る。
「…セイゴ」
今まで、数えきれないほどたくさん、その名前で呼ばれてきた。
けれど。スワークルでばったり会った後、気が付いたんだ。
「言ったはずだ。僕はケジュンだと」
僕はとっくに、セイゴの名前で呼ばれる資格を、失っているんだと。
数日後。
僕は、リビルドコンパスのリーダーから、プレゼントを貰った。
羅針盤を模したレリーフのついた、一個の指輪。
「気軽に取り外せるアクセサリーのほうが、みんな気に入るかな、と思ってさ」
リーダーは、そんな風に言っていた。
「タトゥーだと、ガラの悪い連中って思われちゃいますよね」
皮肉で答えて、僕は指輪を手に取る。
「今後は、左手の中指につけてくれ。それが仲間の印だ」
左手…。
また、左手なのか。
「気付いてくれたのは、彼だけってことか…」
どこまでなのかはわからないけど。
「何か言ったか?」
「…いえ、何も」
答えながらも、僕はアイテムリストから紐を取り出した。
それを指輪に通して、自分の首に掛ける。
「…おい、左手につけてくれ、って言ったじゃないか」
フォースリーダーが不思議そうな顔をする。
「いいんですよ、これで」
僕は笑って、自分に言い聞かせる。
これでいい。
セイゴの腕に、タトゥーを入れることができても。
ケジュンの手に、指輪をつけることができても。
「僕には、これがお似合いなんです」
リアルの『僕』の左手は、事故で失われているのだから。