「で、あの黒霧ってヤローからは何か聞き出せたのかよ」
トレーニングウェア姿の爆豪が、鋭い打撃を放ちながら言った。発目の応急処置から一日空け、オールマイトの口利きでリカバリーガールの『癒し』の個性により身体は回復していた。
特に意味も無くヒーローコスチュームを身に着けたマッスルフォームのオールマイトが、顔色一つ変えずに最少の動作で躱して答える。
「いや何も。知り合いの警部が今回の件を担当しているから、何か情報が出たらすぐに私に流してくれる。今はまだ、DNA鑑定や指紋で過去を洗っている段階らしい」
USJ襲撃事件から既に数日後。雄英は教育機関として、非常に苦しい立場にあった。最高峰の学び舎にヴィランが忍び込み、生徒の一人が重体という餌にマスメディアが食いついた。
ニュースバラエティ番組やSNSが警備体制の甘さを指摘し、過激な発言やストレスを吐き出させた所で実行犯の一人が『ワープゲート』の個性を使用したと発表。
ワープ系個性使いによる予測回避不可能な襲撃であった事に雄英批判者は冷や水を浴びせられた形となり。振り上げられた拳の落としどころとして、雄英側は通信妨害に対する備えの甘さを認める事で、後始末は終息を見せることになる。
「チンピラどもは?」
「オール・フォー・ワンについては知らないようだった。ヒーローの活躍により力を持て余していた小悪党未満の連中、と言った所かな」
オールマイトがノーモーションで爆豪に組み付き、寝技に持ち込む。『OFA』で跳ね上げようとしたが、オールマイトは足を太腿まで床にめり込ませて地面と自分を固定していた。やむなく床をタップしてギブ。
ずぼりとオールマイトが足を引き抜く。
「クソが、またそれか……体重何キロあんだよ」
「こらこら、人に体重を聞くなんて失礼だぞ」
「そういう茶目っ気はいいんだよ」
苛立った爆豪の反応に、少しシュンとした。
「しかし避けては通れない戦術だからね。脳無に体格差で押し切られそうになったんだろ?」
「まあ、そうだけどよ」
「相手の重量が重いってのは、逆に利用できるもんだ。変形型や異形型なんかは重心が変わる事が多いから、柔術の投げが意外に刺さる。相手の自重を攻撃力に変えられるバックドロップとかもいいぞ!」
おもむろにトレーニング人形の背面から胴に手を回し、背を反らしてブリッジをする。床にたたきつけられた人形は肩部まで砕け散った。その間わずか半秒にも満たない。
「な?」
「な、じゃねえ! 速すぎんだよ! てかそれだと殺してんじゃねーか!」
「そうだ、『OFA』は悪意と闘う力でもあり、簡単に人体を破壊する力でもある。実際、USJでは驚いたよ、いや驚かされっぱなしだが、とにかく一瞬ではあっても短期間で50%解放まで行えるのは驚異的だ。今のきみが不意打ちで攻撃すれば、トップヒーローでも対応は難しいだろう。一般人なら確実に殺害できる」
「……なんだよ急に」
「ま、教育者として言ってはおかなければと思ってね」
言い終わると、制限時間がきた。トゥルーフォームに戻ったオールマイトが、歯切れ悪く口を開く。
「それと、悪い知らせだ。今年の体育祭は中止となった」
雄英の体育祭と言えば、一大イベントだ。観客はもちろん個性よる派手な競技目当てだが、参加する生徒は青田買いに来たプロへのアピールが出来る。ヒーロー科に落ちた生徒にとっては、前例は数える程度しかないものの活躍すれば編入のチャンスの場でもある。
「オール・フォー・ワンか」
「やつが表に出てきた以上、隙は晒せない。世論もまだ、生徒が重傷を負った事に対する記憶が薄れた訳じゃない。さすがにこんな雰囲気でお祭り騒ぎは出来ない」
雄英へのバッシングを避けるために、ヴィラン連合と名乗った犯罪組織にワープ系の個性使いがいた事を公表したのも理由の一つだ。他にも似たような個性使いがいれば、防ぎようがないではないか、という不安を煽る意見がニュース番組では主流だ。
人は不安を知りたがる、知らないでいる事のほうが不安だし、知っていれば安全だという気になるからだ。
「で、そいつは。緑谷はどうなった」
オールマイトは他科に個人的事情を言うべきか迷った。どうやら二人は幼なじみのようで、爆豪にはどこか緑谷を意識している節がある。
「心配かい?」
「命に別状が無いってのは知ってる。このままヒーロー科に留まるのもお袋づてに聞いた。ただ、なんであんな」
「あの自傷を顧みない行為については、我々にもわからない……幼なじみなんだって?」
爆豪は口を開かなかった。
「もちろん雄英側は考えを改めるように努めるが、あれは観念の類のようだから時間が掛かるだろう。それまでに彼が擦り切れてしまいかねない」
情けない話だが、とオールマイトはうつむく爆豪の背にそっと手をやった。ほんの少し、一歩を踏み出せるようにと。
「情けない話だが、我々は無力に終わるかもしれない。彼を救えるのは、きみだけのような気がする」
xxxxxx
リカバリーガールの伝手で、緑谷は都内の病院の一室でマスコミや世論から隔離されていた。
幸いにして骨折程度で済んだ箇所は治癒しかけている。けろりとした表情で、お見舞いのリンゴをパクついていた。体調や精神面から見た早期退院は問題無さそうだった。黒霧に引きちぎられた左手を除いて。
白く清潔な包帯に巻かれた左手首より先は、戻らなかった。切断部分は黒霧のモヤの中に残骸として残っているし、ずたずたに引きちぎられているので縫合も困難だった。
沈痛な面持ちで出久の母親は病室の丸椅子に腰かけ、担任の相澤は緑谷の異様なメンタルに不安を膨張させながらも口を開く。
「まずは謝罪する、申し訳ない。我々の力が及ばず、死守しなければならない生徒に取り返しのつかない怪我を負わせてしまい、本当に」
「い、いいんですよそんな、頭を下げられてもその、僕は全然気にしてないって言うか」
そうか、と相澤は気持ちを強制的に切り替える。
チンピラの取り調べでは、黒霧で生徒を分散させ、待ち伏せで殺す算段のようだった。結果的に緑谷はそれを阻止したことになる。
雄英生がその辺のチンピラ相手に負けるとは思えないが、可能性はゼロではない。勝手な戦闘も、引率の13号がやられた時点で責められたものではない。
「謝った後で言いにくいが、守れなかったくせにどの口が、と思われるかもしれないが、俺はそれでも言わなければならない。緑谷出久、なぜ、黒霧を倒した後に逃げなかった」
「もし黒霧に逃げられたら、防ぎようがない潜在的な強襲を警戒し続けなきゃいけないし。あ、それと40年前にアメリカで起きた連続誘拐事件もワープ系の個性使いが犯人で、逮捕までに8年もかかったっていう前例があって」
ぺらぺらと楽しそうに語る緑谷はいたって普通だ。どこにでもいるヒーローオタク。
相澤はその様子を見て、最後の質問を飲み込んだ。両親と一緒に病室を出て、頭を下げる。
「いえ、もう謝罪はいいんです。校長先生にも、もう十分と伝えておいてください。それにこうなる事は、薄々わかっていましたから」
と、母親が途方に暮れた表情で言った。
「中学の頃、自分の身体を人形のように扱って個性の練習をしている姿を見てから。何度言い含めようとしても、オールマイトを超えるヒーローになるんだって」
「しかし本当によろしいのですか、普通科に編入という手段もご用意できますが」
「正直、いまの出久をヒーローから遠ざけたからといって安心できるかと言われれば逆です。ヒーロー科から離れれば今まで以上に無茶をするでしょうし、止めてくれる人もまた周りからいなくなってしまう。母親として、どうすればいいのか。……先生、うちの子をどうかお願いします」
わかりました。それ以外に相澤が言える言葉は何もない。
最後に深々と頭を下げ、病院を後にした。
そして飲み込んだ最後の質問に自答する。
なぜ、あの時、あの絶望的ほどの実力差をものともせず、オール・フォー・ワンに向かって「待て」と言えたのか。
勇気があったからではない。あれを絶望と認識する感覚が欠落しているのだ。
xxxxxx
ヴィラン連合の根城の一つである地下のバーで、死柄木はカウンターに腰かけて爪を噛んでいた。
「で、どうすりゃいい。オールマイトを殺すには」
不機嫌な声色で、ウィスキーを口に含むオール・フォー・ワンに言った。
「そうだな……きみはどうしたい」
「またそれか、それで失敗したんだ。手本くらいは見せてもらいたいが、今はあの黒ずくめのヒーロー気取りが気に入らない」
「なるほどね。緑谷というらしい、個性は詳しくはわからないが」
死柄木は緑谷のあの態度が気に入らなかった。圧倒的脅威に平然と立ち向かう姿が。あの顔を後悔と悲哀で塗りたくってやりたい。
「その緑谷ってやつの住所とかわかるのか」
「少し時間がかかるが、簡単だよ」
「じゃあそいつの家族を殺そう」
その発想は、死柄木にとってそれほど悪いようには思わなかった。それどころか、脳無を使って目の前で親を捻り殺してもあの顔を続けられるのかという好奇心が芽生えた。
「適当に思い付きで言ったが、いいな結構。うん」
自分の考えに相槌を打ち、改めて名案のように続けた。
「自分の力で止められないって事をわからせる為に、あいつが自宅にいる時に目の前で脳無に殺させよう。帰ったら皆殺しにされていた、よりもずっといい」
「なるほど、弔が楽しいと考えたのならやりなさい。ただ、悪のシンボルとなるヴィラン連合が名も無き一個人を狙うのはな」
「じゃあどーすりゃいい。俺がどうしたいか聞いたのは先生、あんただろ」
「何も殺すなとは言っていない。僕もそういった暗殺まがいな事をしなかったわけじゃないからね。ただ、組織としては私怨の殺しはバレずにやった方がいい」
「もったいぶらないでくれ」
「一人を殺すから目立つんだ」
「……わかった。今動かせる脳無は?」
「三体。決行には少し足りないな」
「クソどもの巣に置いてきた脳無は回収できないのか?」
「指揮権を持つ人間から一定距離が開くと機能停止するからね。ドクターに連絡して素材を流してもらわないといけないから、すぐには無理だ」
死柄木は不満げにグラスの液体を飲み干した。
オール・フォー・ワンは黙ってそんな死柄木と緑谷を比べてみる。
オールマイトの先代の孫である死柄木を、オールマイトにぶつけるのは実に楽しそうだ。倒すべきヴィランが恩師の家族と知った時の顔を想像するだけで胸がときめく。
だから彼を拾い、ヒーローが跋扈する社会に対しての憎しみを増長させるように教育した。
しかしながら、どうにも幼い。悪の支配者としてのカリスマ性を持たせるには、じっくりと時間を掛けなければならない。
対して緑谷の場合はどうだろうか。あの目は金や名誉、正義感でヴィランと相対しているわけではない。ただ、オールマイトを超えなければならないという観念に突き動かされている。
善でもなく、悪でもない彼を相手取らなくてはならなくなったオールマイトはどのような言葉を投げかけるのだろうか。それも、ヒーロー科の教え子が牙を向いたとなれば、マスコミにとっては垂涎ものだろう。
USJを去る際に『テレパス』で飛ばした内容は、こちら側への招待状となるだろうとオール・フォー・ワンは確信していた。
緑谷が救いを求めている事は、手に取るように分かっていたので。
「弔、きみ自身がもっと強くなる必要がある。黒霧を失ってしまったからね」
「は? ああ、そりゃそーかもな」
xxxxxx
xxxxxx
クソみたいな日だ。と、深夜の24時間スーパーで働いていた中年男性は、その帰り道をとぼとぼと歩いていた。
普段はコキ使うくせに、いざ辞めると言い出すと急に猫なで声で労をねぎらいやがって。キモイんだよ、俺より年下のくせによ。
自宅の安アパートに着き、風呂にも入らず晩酌を始める。
売れ残った惣菜を皿に移し、レンチンしてふやふやの唐揚げを口に放り込み、プライベートブランドの発泡酒を缶のままぐびりとやった。
安いタブレットでVTuberの動画を眺めながら、喉がイガイガする安タバコに火を点ける。コメント欄に次々と数千から数万の投げ銭が表示された。自分の一日の稼ぎを十数分で上回った。
雄英の体育祭も、ヴィランと世論のせいで自粛の方向へ舵が切られた。可愛いJKが飛んだり跳ねたりする姿を毎年ひそかに楽しみにしていたのに。
狭く汚い部屋に配信者の笑い声が響き、無性に死にたくなってきた。
どうせ死ぬなら、誰かを庇って死んでみたいもんだと夢想する。電車で轢かれそうになった可愛い子を助けたりとか。
だが、そんな思いにふけるたびに一人の少年を思い出す。こんなクズを助けてくれたヒーローの事を。
「シャワー浴びるか」
そう呟いて、狭い浴室へ向かった。
開けっ放しだった窓を締めようとすると、ふと階下の道路に見慣れない黒いバンが停まっている事に気付く。いつからいるんだ? 出勤前はどうだったっけ?
暗がりに目を細めると、ふいに車体が膨張した。めりめりと外装が割れ、中から脳味噌を露出させた夜色の巨体が現れる。
中年男性はきょとんとした後、慌ててスマホにすがりついた。震える手で警察に連絡しようとし、指を止めた。
ヤバそうだったが、俺の勘違いだったらどうしよう。何かの撮影かも。間違いだったら恥ずかしい。本当に危険なら、もう他の人が連絡しているかもしれない。
そう考えて、自嘲した。
何かあってから『指の爪が少し光る』個性で、何が出来る? ヘルニア持ちのおっさんが、ヴィランと戦う? やれる事と言えば、電話をかけるくらいだ。
「ムカつくんだよ。迷惑クソヴィランが、お前らに比べたらフリーターでも俺の方がマシじゃねえか。雄英体育祭潰しやがって」
自分を勇気づけるように、とにかく早口でヴィランをけなして通報する。
「文化祭は絶対行くからな、邪魔すんなよ。自殺するにしても今年のミスコンだけは見てからだ…………あっもしもし警察ですか、なんか外に変なやつが、脳味噌丸見えで」
ふっと部屋の電気が落ちた。遅れて建物が倒壊する音が響いた。
『なるほど、住所はどのあたりですか……あ、はい』
通報を受けた警察官はすぐに対個性犯罪課の塚内警部に情報を流した。USJに現れた脳無と外見の特徴が酷似している場合は、そのように処理される取り決めだ。
「了解した。ありがとう」
と、塚内は通話モードをスピーカーに切り替え、手早く寝間着からスーツに着替える。
「不審車両の内部から破壊して出てきたって事は、特定のタイミングまで脳無を待機させてたって事だろう。通報者周辺に重要な施設は無いし、たぶんそれ撹乱目的だよ。同時多発的に起きてる可能性がある。大仕事は覚悟しといてくれ。まずは近隣住民の避難指示、ヒーロー協会と連携して事にあたろう」
いったん通信を切り、友人であるオールマイトに連絡を取った。
「どうも歩佐初近辺でマズい事が起こっている。脳無の目撃情報があった。通報が早かったので初動対応は理想的だが、どうもヴィラン連合の目的がわからん」
わかった。と、オールマイトはセーフハウスから飛び出し、夜を駆ける。歩佐初自動車道を駆け抜け、廃工場を通り過ぎ、市街の高層ビルの屋上へ降り立つ。
眼下にはぽつぽつと街灯やコンビニ、民家の明かりが灯っている。灯っているはずだったが、ぽっかりと空洞が出来たように暗い地区や、火の手が上がっている。サイレンがこだまし、報道ヘリのプロペラ音に混ざった人々の悲鳴が、助けを求める悲鳴がオールマイトの耳には聞こえる。
拳を握りしめて、ゆっくりと後ろを振り返り、苦々しく言った。
「何が目的だ、オール・フォー・ワン」
ぬるりと暗闇から悪の支配者が姿を露わにする。
「気配は消したつもりだったが。なかなかどうして、衰えを感じさせないな、きみは……ああ、待て待て」
と、臨戦態勢を取るオールマイトを制すように続けて言った。
「きみの相手はこの子だ」
オール・フォー・ワンの背後から、脳無が姿を現す。ただ、USJの時の個体とは違い、筋肉質ではあるもののひょろりとしており灰色の体表をしていた。特徴的なのは14本もの腕で、その内の一組で組んだ手により露出しているはずの脳は覆われていた。
「さあ、念願のオールマイトを殺すチャンスだ。行っておいで。……弔」
呼応するように、脳無は崩れ落ちた口回りの体表をゆがませて、敵意をむき出しに唸り声を挙げた。