「なっ!?」
脳無がオールマイトに肉薄する。脳を隠すように組んだ手を除いた12本の腕が襲いかかる。その手数に物を言わせた途切れる事の無い連続攻撃に、何発かもらった。
「貴様ッ! まさかあんな幼い子を!」
「彼が望んだんだ。強くなる必要があると理解していたし、僕はそれを手助けしただけ。ただきみを殺したいばかりにこんな醜い姿になってしまって、かわいそうに。きみのせいだ」
「ふざッけるな!」
防戦一方では身が持たず、鳩尾に拳をくらわせる。意外にも耐久力がないのか、よろめいて苦しげな声をあげた。そこに妙な違和感を覚えながら、オールマイトは叫ぶ。
「今すぐ彼を止めろ!」
「それは無理だ。ちなみに、いま町中で暴れている脳無の指揮権はその脳無、弔にある。きみが彼を殺せば、この街の騒動は直ちに終息するだろうね」
やむをえず、一打を回避できないと判断して腕を叩き折る。それもすぐさま『回復』によって元の状態に戻ったが、脳無は悲痛な叫び声をあげる。
まさかとオールマイトは固唾を飲んだ。
「気付いたかい? 弔を脳無にする際に与えた個性は、典型的な『筋力増加』と『回復』だけのシンプルな個体だが、特別製でね。痛覚を過敏にして残してある。即死攻撃以外は無駄だ。それと……」
オール・フォー・ワンは『エアウォーク』でふわりと浮き、オールマイトを見下ろして告げる。
「何が目的かと僕に聞いたね、答えはこうだ。
オールマイトは脳無の攻撃を耐えながら、深く噛みしめた後に叫んだ。
「貴様はッ! 貴様だけはッ!」
「その表情だ、見たかったのは。信じたくないだろうがしかし、僕が殺したヒーローの孫が、きみを憎み、殺そうとしている。
そう言い捨てて、上空へ去った。遅れて報道ヘリが、ビルの屋上で化け物と交戦中のオールマイトに気付き、カメラを回した。アナウンサーがカメラに向かって声高に言った。
「歩佐初市各地で暴れ回っている怪物とオールマイトがビルの屋上で戦っています! あれは一体何なのでしょうか!? 雄英襲撃事件と何か関連性が……」
その映像を、爆豪は携帯端末で見ていた。バックグラウンドで通話中の発目が興奮気味にはしゃぐ。
『寝てるとこ申し訳ないですがこれ、爆豪くんの家から電車で三駅くらいですよね? しかも脳無ってやつでしょ?』
「なんで俺の住所知ってんだよ」
『まあまあ、いいじゃないですか。たぶん近辺で脳無が出てくると思うので、気を付けてくださいね』
「どーいう事だ」
『ツイッターやメディアの目撃情報を洗ってマッピングしてみたんですが、どうもその辺りだけ脳無が出現してないようなので』
「そりゃどういう……ここが本命って事か? 他は全部陽動だと? あのクソ騒ぎ全部が!?」
『ただの予測ですけど。でも妙ですね、ヴィラン連合とやらが狙うような施設があるわけではないですし、爆豪くんは身バレしてないハズですし』
爆豪は記憶を探り当て、ハッとして普段着に着替えた。ある、一つだけ。ヴィラン連合が、オール・フォー・ワンが興味を抱くものがこの近くに一つだけ。
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なにやら各所で同時多発的にヴィランが暴れ回っているらしい、という情報が流れだし、住民が浮足立った夜。1体の脳無がずるりとマンホールから這い出てきた。そのまま一軒家に押し入り、物陰からの『爆破』を受けた。
吹き飛ばされて冷蔵庫に叩きつけられた。腹部が焼け付くも、まるで気にしていないかのように立ち上がって緑谷に襲いかかる。下半身は爬虫類のような尾で、するすると近づき、腕からは無数の蛇がチロチロと舌をのぞかせている。
「出久!」
騒ぎを聞きつけ、二階から降りてきた母親が堪らず叫ぶ。緑谷の視線が脳無から外れた。大量の蛇が殺到し、右腕で薙ぎ払いながら『爆破』で迎撃する。爆風圧で引きちぎられた蛇の頭が、床でのたうつ。
そうしてがら空きになった首筋に、脳無の口の中から生え出た大蛇がかぶりつく。『麻痺毒』を流され、身体の自由が効かなくなった。
脳無は目標を緑谷の母親に変えた。鋭い威嚇音を出して、筆を走らせるように近づく。母親はその異形の姿に腰を抜かしてへたり込む。
呂律が回らない口で、待て、と発しながら、緑谷はなんとか這うように動いた。だがその牛歩のような移動では間に合わない。
爆圧で吹き飛んだ腕の蛇の何匹かが再生し、牙から毒液を滴らせた。母親の肉にかぶりつくその刹那、声がした。
「もう大丈夫」
屋根を突き破り、一人の男が降り立つと同時に脳無の身体を破壊する。
「僕が来た」
母親を救った男には、目が無く耳が無く鼻がない、爛れた頭部のスーツ姿のオール・フォー・ワンは、緑谷に向きなおり柔らかく口を開く。
「すまないね、助けるのが遅れてしまって。ただ、ボスの目を掻い潜るのも至難の業でね」
「あ、あなたいったい」
母親の疑問を手で制し、緑谷を起こして壁に背を預けるように座らせる。
「身体を麻痺させられているのかい? 発熱も皮膚の壊死も無いから致死性の毒ではないだろう。USJぶりだね。『テレパス』で届いていたとは思うが、僕はヴィラン連合に潜伏するスパイなんだ。だから、安心していい」
麻痺した舌で何かを喋ろうとする緑谷を無視し、テレビを点けた。ビルの屋上で脳無相手に手間取っているオールマイトが映し出される。
「ヴィラン連合のボスは疑り深くてね。僕の正体を知っているのは今映っている彼とヒーロー協会の長と警察庁上層くらいなものだ。だからUSJでオールマイトは僕に手を出さずに引いた……しかしまあ、あの程度の敵になにを手間取っているのだろうね。僕が来なければ、自分の生徒は殺されていたというのに」
一呼吸置いて屈み込み、無いはずの目線を緑谷に合わせる。
「きみ、彼を超えたいんだって。素晴らしいな。オールマイトみたいなヒーローになる事を憧れる者は多いが、追い越そうとするとは大したものだ。どうだろう、僕に協力させてくれないか。必ず、オールマイト以上のヒーローへと鍛え上げる事を約束しよう。もちろん、きみの努力次第だが」
その声色は力強いながらも、蠱惑的だった。抗いがたい魅力と優しさに満ちている。
「スパイとはいえヴィラン連合の一員と繋がりを持つ事に抵抗を持つのはわかる。わかるが、オールマイトを超えるヒーローになる為の近道だ。それは結果として将来のヴィランに対する早期の抑止力となるはずだ。大局的に見れば、悪くない選択と言える」
僅かに声を曇らせ、続けて口を開く。
「言いにくいが、雄英側に僕も知らない内通者がいる。きみに探ってほしい。USJの襲撃は1-Aの時間割に合わせられたのがその証拠だ。だからきみと僕の関係は念のためにオールマイトにも内密にしなければならないのが心苦しいが、協力してほしい」
秘密の共有、実力者から一目置かれる、大義、協力関係、政府が雇用主である事、そしてなにより社会的な善行。
冷静に考えれば、オール・フォー・ワンはそれらを並べて立てる為に設定を喋っているに過ぎないが、精神肉体ともに弱っている人間にその判断は難しい。むしろ心に闇を抱え、苦しんでいる者ほど安寧を覚える。
長い間、裏社会を牛耳ってきた悪の支配者はそれをよく知っている。緑谷という少年は誰かからの許しを欲しているのだと考え、自らが与えてやる事でコントロールしようとした。
楽しい事になりそうだった。この憐れな少年は、雄英に潜む架空の裏切り者を探し、雄英に疑心暗鬼を生じさせる種となり、オールマイトを超える為に彼を殺そうとするだろう。
そうさせる自信があった。幾人もの人間の思考力を削り、命令に忠実な廃人に仕上げてきたという過去がある。
結局のところオール・フォー・ワンにとって、死柄木にしろ緑谷にしろオールマイトにしろ、全ての人間は自分を楽しませる為の駒でしかないのだ。
「僕と一緒にヴィラン連合を滅ぼそう」
右手を差し出し、緑谷の手を求めた。
緑谷は麻痺の効果が切れた震える身体で、その大きな手を強く握りしめる。
オール・フォー・ワンが密やかに笑う。その瞬間に緑谷はあらん限りの力を込めて起爆した。リビングの窓ガラスが割れ、鼓膜が揺れる。
爆炎と黒煙が消散すると、オール・フォー・ワンの右手は爛れ、指は何本かが消し飛んでいた。安心感を与える為に、個性を解除していたのが裏目に出た。
「おそろしい精神構造だな」
緑谷は確かに許しを求めていた。それはしかし、代替不可のたった一人からの許しだ。
そもそもオールマイトを超えるヒーローになる為に行動する事自体が、《彼》に対するあがないであり、自身の憧れや野心ではない。また、後悔の念による自死を避けるという目的の為の手段に留まる。
そして脳無の個性を知らない口調であったにもかかわらず、麻痺の効果が切れるタイミングで握手を求めた点で、緑谷はオール・フォー・ワンの嘘を見抜いていた。最初から脳無の『麻痺毒』について詳細を把握しており、全て自作自演なのだと確信した。
「惜しい……実に惜しい。きみがそうなった直後に出会っていればあるいは……」
母親の瞳から、大粒の雫がこぼれる。荒い呼吸を繰り返し、ただただ愕然とした。
遅れて炎色の閃光と共に爆豪が駆けつける。
「おばさん! だい、じょう……」
言いさして、母親の震える視線を追う。
緑谷は『槍骨』で作られた螺旋状の杭の『射出』を腹部に受け、床に縫い付けられていた。それでも戦意は失われておらず、なんとか身体を動かそうとするたびに傷口からはどろりと血が溢れた。
「その力、後継者か。一手、遅かったな」
オール・フォー・ワンが、左腕から『槍骨』を生やす。その切っ先は喉元からほんの数センチも離れていない。
「どうしてここがわかったのかは謎だが、ついでに教えてあげよう。僕と相対するという事は、こういう覚悟も必要だ。唐突に目の前で人が殺され、自身の無力さを呪うという」
杭が『射出』される。同時に爆豪が『OFA』を起動する。常人には感知できない速度で駆け、杭に手を伸ばす。緑谷の皮膚に杭の先端が接触する。間に合わない。
時が停まったかのような感覚の中で、爆豪はその状況をいやがおうにも認識していた。
また一瞬遅かった。
緑谷に言いたいことがあった。それを言うきっかけを探すべきか迷っていた。そうしてうだうだと悩んでいる内に時間は過ぎ、機会を逃してしまった。永遠に。
一瞬。
一瞬でいい。ほんの一瞬だけあればそれでいい。それさえあれば他は何もいらない。
身を焦がす程の渇望は、爆豪自身に奇妙な感覚を与えた。『OFA』を使った時のような個性使用による体力の消耗。
気付けば、杭の先端が僅かに皮膚を刺した段階で握りしめて停止させていた。螺旋で傷つけられた掌から血が垂れる。
つう、と緑谷の喉から珠のような血がこぼれる。
「いま何を――」
オール・フォー・ワンが口を開いた一瞬後には、『槍骨』を生やしていた左腕が蹴り破られていた。壁に血肉が叩きつけられる。
固唾を飲んだオール・フォー・ワンに、杭を握り潰して静かに告げる。
「たしかに
OFAによる増速どころではなく、一瞬を切り取られたかのような現象だった。
オール・フォー・ワンはすぐさま計画を断念する判断を下す。爛れた指の先から黒い帯を自身の背面から床下へ伸ばし、緑谷へ突き刺さす。『個性強制発動』により『爆破』を発動させ、爆炎にまぎれて『エアウォーク』と『跳躍』ではるか上空へと離脱した。
夜空の点となったヴィランを追うよりも、爆豪はすぐさま緑谷の容態を確認した。手刀で杭を切断したものの、螺旋状ゆえに出血がひどい。
ふらりふらりと歩み寄った母親が歩み寄り、消え入りそうな声で言った。
「出久、出久……お願い返事して」
「おばさん、身体はゆすらない方がいい」
救急に連絡するが、同時多発的なヴィランの暴動被害により手一杯らしかった。
緑谷は、ポケットから取り出した一枚のハンカチを取りだした。母親の流す大粒の涙を、押し付けるように拭う。
それは色褪せており、端は擦り切れていて、オールマイトの柄で、薄らと消えかけた誰かの名前が記してあった。
それを見て、二度とないと思っていたはずなのに、爆豪の眼には涙が一杯になった。
「ふざけんなよ!」
爆豪はぼんやりとした視線の緑谷に、食って掛かるように言った。
「ああ悪かったよ。無個性だった俺に唯一まともに絡んでくれたお前にあんなひでぇ事言っちまって、今じゃ後悔してるよ! 謝る、だがな! てめェだって悪いだろ! 俺は信じてたんだぞ! 二人でガキの頃語った憧れを、二人でまだ追ってるってな!」
その言葉でふっと、緑谷の視界と聴覚から、《彼》のフィルターが外れた。弱々しく口を開いた。
「かっ……ちゃん」
重体の緑谷を抱えて被害の無い地域の病院へ運ぼうにも、この様子では身体に負担がかかりすぎる。
「俺は謝った、だからてめェも謝れや!」
緑谷はかすれた声にならない声で答える。爆豪がそれに返答すると、ふわりと安堵の表情を見せた。途方なく恐ろしい罰夢が醒める。
「今度こそ信じるぞ、
緑谷の口元で傷を負った拳を握りしめる。ぼたぼたと血が落ち、緑谷の口の中に鉄の味が広がった。
すぐさま発目に連絡を取る。スピーカーモードにして緑谷を抱きあげた。
「腹に穴が開いて失血死の恐れのある怪我人がいる。こっから一番近い空いてる病院はどこだ」
『あー、その辺はどこも一杯ですね。しいて言うなら……』
「……マジかよ。大丈夫なんだろうな」
『大丈夫じゃなかった時ってありましたっけ?』
言われて短いながらも発目との付き合いを思い出し、腹を括る。
「おばさん、不安だろうが俺にこいつの命を預からしてくれ」
へたり込んで涙でぐしゃぐしゃの母親が見上げた爆豪は、どこか既視感があった。出久が動画で何百回と繰り返し見ていた、あるヒーローに。
鼻をすすって助けを求めた。
「わかった、お願いね、勝己くん」
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避難所に指定されている中学校のグラウンドの隅でこっそりタバコを吸っていた中年男性の頭上を、緑谷を抱きあげた爆豪が跳んだ。
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雄英、サポート科校舎にある発目の工房の窓は開け放たれていた。夜風と共に、爆豪が矢のように飛びこんで来る。
「相変わらずの速度ですね。それじゃあ私のどっ可愛いベイビーに寝かせてください」
言われて以前の骨折を整復してもらったアイテムに横たわらせる。すぐさまエアカーテンが展開されて清潔な空間が確保される。アームが稼働し、麻酔やら輸血を始め出した。
やっぱこれ違法なんじゃねえの。と口元まで出かかった言葉を飲み込んで言った。
「で、市街の脳無はどうなった」
「急に活動を停止したみたいですね。USJの時の映像を見て思ったんですが、命令を下す指揮者が離れると停止するんじゃないですか? 操作系や洗脳系の個性使いがいると利用されちゃいますし」
「てことは、タイミング的にあの卵頭が指揮者か」
そう呟いて、爆豪は椅子に腰かけてオールマイトに連絡を取った。
「いま、大丈夫か」
『ああ、問題ない……少し戦いにくい脳無だったが、高速ジャイアントスイングでブラックアウトさせて無力化した。二体目と交戦中にどういうわけか停止してね。今は災害救助中だ。何か問題が?』
「ああ、大問題だ」
窓から夜空を眺めながら暗い気持ちで言った。
「『OFA』を譲渡した。それも死にかけの重症のやつに。もしそいつが死んだら、継承されてきたもんが途絶えちまう」
一拍置いて、オールマイトは真摯に答える。
『いいさ。『OFA』がヴィランと戦うのではなく、誰でもないヒーローがヴィランと戦うのだから。『OFA』はその手段に過ぎない。それに、きっと大丈夫。きみが判断したんだろう? その重傷を負った子は『OFA』に相応しいって』
「ああ、だが……悪い、らしくねえ。普段の俺なら、もっと頭を使ったんだろうが……どうしてかな」
緑谷に譲渡した事に後悔は無かったが、積み重ねてきた力を無くすかもしれない事に責任を感じる。言い訳じみているが、とにかく正直に白状する事で責を果たそうとした。
「
その言葉に、オールマイトは笑みをこぼす。
『どうした爆豪少年! そんな暗い口調でヒーローになれると思っているのかい?』
「いや俺はもう……残り火があるっつってもいずれは無個性に戻っちまうし」
『HAHAHA! 廃工場で、無個性でもヒーローになるのは簡単だったと言ったのは誰だったかな~』
「いやあれは……」
なんとなく気恥ずかしくなって頬を掻く。
『覚えているぞ。私を超えるくらいのヒーローになるんだろう?』
その言葉で、アイテムの治療を受けている緑谷に視線をやる。
「そうだな、そうだった。忘れてたよ。思い出した。忘れたくなかった」
ガキの頃、無邪気に語った偶像を追う事を、一人にだけ強いるのは格好がつかない。
俺も災害救助を手伝うよ、と場所を聞くと通信を切って椅子から立ち上がる。
「え爆豪くん、無個性だったんですか? でその『OFA』ってのを誰かから継承していたと」
ぱちくりとした視線で、発目が投げかける。しまったと思うがもう遅い。完全に気が抜けて油断していた。
「おい今の誰にも言うんじゃねえぞ!」
「言いませんけど。そうですか、しかしなるほど」
「んだよ、興味失せたか」
「いえ、逆にレアですね。自論ですが、無個性ってめちゃくちゃ可能性があると考えてるんですよ」
発目が興奮気味に力説する。
「セメントス先生っているじゃないですか? セメントを操る個性の。もしもこの世界にセメントが発明されていなかったら、セメントスさんはどう評価されると思います?」
「そりゃまあ、無個性」
「でしょ? そう考えると、いま無個性の人って、まだ個性によって引き起こす現象が定義されてないか、本人が認識してないだけだと思うんですよね~。だから爆豪くんはこれからもサポート科でいろんな現象を学んで、ぜひ個性を見つけ出してくださいよ! ぶっちゃけ爆豪くんの普通の想像力だと落第必至なので課題とか手伝いますから。で、それって必然的に新発見に近いと思うんですよ! 世界がまだ知らない秘めた何かを発露させる可能性があるってめちゃくちゃ胸が高鳴りませんか!? 私の想像を超えた何かが、あるかもしれないんですよ!?」
「合間にすげえ失礼な事言われた気がするが、まあいい。作るの手伝って欲しい
窓枠に足をかけ、背を向けたまま照れ隠しで言った。発目の考え方で、ほんの少しだが気が楽になった。
「あ、いーですよ別に。持ちつ持たれつですし」
肩越しに振り返って見やると、発目はどーでもよさそうにPCに向かってキーを叩いていた。
こいつ……と思わないでもないが、まあ発目らしいと納得させて残り火で跳んだ。
それにしてもと、ビルの屋上から屋上へと移動しながら再考する。
後悔し、望んだ一瞬。絶対に間に合わないはずの杭を防ぎ、オール・フォー・ワンの片腕を蹴り破った一瞬。ほんの僅かな時間。あの時たしかに……
次第にサイレンの音が聞こえ出した。まさかな、と思考を切り替えてオールマイトとの合流地点へ急いだ。
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高層マンションの一室で、アイマスクに猿ぐつわの男が転がされていた。
男はどこにでもいるような給与人で、家に帰れば妻子がいる。
そんな日常のはずが帰宅途中の突然の拉致に、動揺を隠せずに息を荒くしている。
「すまないね、突然こんなまねをしてしまって」
その力強くも柔らかい声とともにアイマスクが外された。目の前には目が無く耳が無く鼻の無い顔がある。身をよじって距離を取ると、左腕も無い。
ここはどこだと辺りを見回すも、窓はすべてカーテンが降ろされている。ガラの悪い連中が、実験動物を見るような冷ややかな視線で見下ろしていた。
「大丈夫、安心してほしい。必ず生きて家族のもとへ帰そう。約束する。きみの個性が欲しいだけだ。自分の肉体を人生における最高の瞬間で維持できるという、変形型の個性。『全盛』が。ただ――」
と、腹部へ手を伸ばす。
「――ただ、念のためにどれほどの効果なのか確認させてもらうよ。だいぶ痛いかもしれないが、我慢してほしい」
猿ぐつわされた口で、懸命に抵抗の意思を示す。腹部に迫る手は無数の触手のようにうねり、その先端は鋭利な刃物のように硬質だった。
涙が出てきた。懸命に助けを叫ぼうとし、内心で祈った。そんな都合よく助けが来るはずがないとわかってはいたが、すがらずにはいられなかった。
助けてくれ、ヒーロー。と。
部屋の電気が落ちた。同時に天井が『爆破』され、左腕の無い男は飛び下がって闖入者と距離を取る。
「もう大丈夫」
と黒ずくめのヒーローは、誘拐された男を庇うように降り立っていた。
「僕が来た」
その後姿に、誘拐された男は心の底から安堵した。嗚呼、助かった、と。依然としてヴィランに囲まれているのにもかかわらず、そう思った。
月明かりに照らされた室内で複数のヴィランが個性を構えたが、『一瞬』後、同時に叩きのめされて床に伏した。
「よーやく見つけたぞクソ茹で卵が」
まばたきの間に、どこからともなくもう一人のヒーローが現れた。反った兎の耳が意匠の黒いフルフェイスヘルメット被った、ラフな格好をしている。
「懐かしいね、何年ぶりかな」
と左腕の無い男が二人を見比べる。
「それで、どっちが後継者なんだい?」
「んなこたァどうだっていいんだよ。てめェはここで仕留める」
「これ以上好きにはさせない。あなたを止める」
二人のヒーローが、悪の支配者に対して構えた。インカムにバックアップの通信が入る。
『誘拐された人は窓から放り出してください。回収しますんで。あと近隣住民の避難は終わったんで、盛大にやってオッケーですよ。んでその義手、毎度のごとく普通の出来なんで無茶しないでくださいね』
「普通言うなや!」
『いいかげん私のどっ可愛いベイビーを付けてくれればいいのに』
「大丈夫だよ、僕にはこれがいいんだ」
そう言って黒ずくめのヒーローは、左手の義手を宿敵に叩き込むべく、最後の戦いを始めた。
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かつて。
そのヒーローは互いが互いの偶像を目指し、歪みながら、最後は自分の心に刻んだ偶像を取り戻した。
いまは。
オールマイトみたいなヒーローだと言った子供がいる。
オールマイトを超えたヒーローだと言った子供がいる。
そして。
その二人を偶像に、将来に夢を抱く子供がいる。『爆破』のヒーローと、『アイテム使い』のハンカチを親にせがむ、ヒーローの卵が。
あと裏方がプロデュースした食玩のハツメロボは売れに売れてアニメ化を果たし、シリーズ化し、国民的人気になってる。
偶像の象り 完