まだ寒さの残る立春が過ぎた頃。雄英高校には、多くの若者が才能の開花を求めて集っていた。
希望と不安を胸に、サポート科の実技試験に挑む為。
ようやくスタートラインって訳か、と爆豪は巨大な校舎を見上げる。朝日を煌めかせる全面鏡張りのヒーローの巣。ここから何人もの名のあるプロが飛び立った。
それを夢見て、全国から受験生がやって来る。ヒーロー科ほどの倍率ではないがしかし、天下の雄英ともなればその受験人数は並ではない。
爆豪は珍しく緊張していた。
オールマイトが雄英の教鞭を執る以上、『オールフォーワン』の訓練や対個性戦について教える為にも、爆豪もまた雄英に通う事が望ましい。たとえヒーロー科でなかったとしても。
受付で受験票を渡し、割り振られた講堂に着く。席にはそれぞれ包装されたジャンプスーツとフルフェイスヘルメット、それに15センチ四方の黒い立方体が置いてある。蓋のような継ぎ目の見当たらない箱には、赤地に白で取扱注意の荷札シールが貼ってあった。
しばらくすると、ショベルを被ったような小柄な男性が壇上に立つ。ろうそくの火がぽつりぽつりと消えるように静寂が広がった。
「初めまして、このグループの監督官を務めるパワーローダーです。前置きは無しにしてさっそく
パワーローダーの背後のスクリーンに映像が映し出された。
観光に使われるような簡易的な地図で、スタートと書かれた工場(ダマツ自動車工場と下部に記載されている)から伸びる直線からヘアピンカーブが続く切り立った斜面(ヘル登坂)を登り、そのまま下ることなく市街地(ホシタタ区)の先にゴールとある。
どの地名も聞き覚えが無く、実在しない地理のようだ。
「今年のシチュエーションを説明します。あなたたちは国営企業の工房で、ある物質の開発に成功しました。しかしそれを狙ったヴィランに襲撃を受け、物質を持ち出して何とか逃げ出した先は無人自動車工場です。このままでは奪われてしまうので、ライセンスを楯に工場を一時的に接収しました。その目的は、最寄りのヒーロー事務所まで、可及的速やかに移動する為のアイテムを制限時間内に作成する事です」
映像が変わり、注意事項が表示される。
・作成したアイテム及び個性による意図的な妨害の禁止。
・移動手段は作成したアイテムに限られる。
・物質は衝撃に弱い。一人につき一つ配られる箱の中にある物質は、一定値以上の衝撃で損壊し、減点対象となる。
・順位と物質の損壊を合否のポイントとする。
ちらほらと受験生が呟きだした。
「つまりレースか」
「あんま速度出すと転倒した時に物質が壊れるな」
「途中の連続カーブがヤバそう」
「てかスケールがデカ過ぎだろ一つの街まで作るって」
順位を取る為に速度を出すか、物質の損壊を考慮して安全に行くか。減点の基準が明かされていないのは、その両立が求められているからだろう。
「みなさんの机の上にある黒い立方体を物質と仮定してください。そして最後に一つ」
とパワーローダーはことさら重要そうに言った。
「サポート科に、エンジニアに求められるのは
試験の説明が終わると更衣室で支給されたジャンプスーツに着替える。タグを見ると、ヒーローコスチュームにも使われる素材が使われており、各所にプロテクターが仕込まれていた。ちょっとやそっとの事故では大した怪我にならないだろう。
アイテム以外であれば持ち込みは自由なので、全員が基本的な工具箱を持って自動運転バスに乗り、シチュエーションエリアに集まった。
誰もが箱を我が子の卵のように抱きかかえている。
ぞろぞろ何台ものバスから受験生が降車してごった返す人混みの中、ふと爆豪の目に、それとなく周囲を探る男の後頭部が見えた。大柄なので集団の中でも目立つ。
そびえ立つ巨大な工場までの短い道のりまでの間に、男は不自然な進み方を見せた。狙いをつけたかのようにするすると斜めに歩いていく。
そしてぐらりと躓いた、ように見えるガタイの良い身体に後ろから衝突されれば、小柄な女くらいを転倒させる事など訳も無かった。
「どわぁあ!」
と女性らしからぬ悲鳴をあげて、すっ転ぶ。その拍子に箱が手から離れた。周囲の受験生は巻き込まれまいと、固く箱を抱きしめて反射的に距離を取る。
女は倒れながらも、衝撃と重力の作用を受けて小さな放物線を描く箱に懸命に手を伸ばした。指先が箱に触れ、硬い感触が滑るように通り過ぎてゆく。
そしてアスファルトと接触する。その寸前、箱は五指で柔らかく掴み上げられた。
「へぶっ」
とうつ伏せに倒れた女は箱を救った人物を見上げる。逆光でよく見えないが、ツンツン頭の不敵で不機嫌な表情をしていた。
その光景を目の当たりにした受験生がぽつぽつとこぼす。
「えなに急に」
「いま、なんか」
「いや増強系がサポート科に……」
「にしても速いなんてもんじゃ」
「おいてめえ待てや」
と他人の箱を握った爆豪が、ぶつかったまま何も言わずに過ぎ去ろうとする男を呼び止めた。どこにでもいそうな顔をしているが、人を見下すような目元が軽薄な印象を与えている。
「ん、私か?」
振り返って悪びれるでもなく言った。
「私がなにか?」
「すっ呆けんな。わざとぶつかったろ」
「ああ、さっき転びかけた拍子にか。気付かなかったよ。緊張してたのでね。わざとじゃない」
「小さいやつ狙ってやったくせにか」
「だから、わざとじゃないと言っているだろう。言いがかりはやめろ。証拠があるなら話は別だが」
そんなものあるはずがない。証明できないからこそ、卑怯な手段なのだ。
「ほらな。わざとやったってのはきみの感想だろ? 余計な手間を取らせるな。私は正しい」
起き上がった女を見下して続けて言った。
「きみも勝手に転んだんじゃないのか? 人のせいにするなって感じだよな」
「は、あ~?」
と女は不服の表情を見せる。
「いやそれにしても一言くらいあってもいいでしょ!」
「事故なのにか。実を言うと私も誰かに押されたのだ。被害者の一人だ。しかし試験前という事で場を乱したくないから黙って耐えたというのに、きみは、きみたちこそが迷惑だとは考えないのか」
沈黙に対し、「私は正しい」と言い捨てて背を向けた。その背に爆豪は言い放つ。
「被害者が声をあげる事が、迷惑な訳ねーだろボケ」
男は答えることなくその場を後にした。
「気に入らねえヤローだ」
爆豪は箱を女に返して、置いていた工具箱を手にする。
「まったくです。それはともかく助かりました。どうもありがとうございます」
ぺこり、と桃色のロールなのかドレッドにしては丸い頭髪が特徴の頭を下げて言った。
「私、発目 明といいます。いやーおかげで減点を免れました」
「忘れろ、試験が始まってたら拾わなかった」
「へ、何を言っているんですか?」
歩く爆豪にきょとんとした表情の発目は並ぶ。
「あんな、いくらなんでも試験中は敵どうしだろ。わざわざ助けるお人よしがいるわけねー」
「あー、私が言いたいのはですね……ああ、そうか。みなさん気付いてないんですね。じゃあ箱のお礼に、ちょっとお耳を拝借」
整列するでも無く、遠巻きに座り込む者や、邪魔にならないようにスペースをとって入念にストレッチする者、気の合った者とお喋りする者。無秩序の集団の前には巨大すぎる工場が建っていた。
発目は背伸びで爆豪の耳元で囁く。
「すでに監督官は試験の開始を宣言してますよ」
「は?」
爆豪はその言葉で記憶の糸を手繰る。一番最初にパワーローダーが言っていたセリフは確か……
思い当たり、足早に最前列へ向かった。
試験開始の合図を待つ一同の目の前の、横30メートルほどの工場へのシャッターが開いた。同時に、ジャンプスーツの袖と一体化している腕時計が電子音と共に起動し、制作時間のタイムリミットのカウントダウンが開始された。
多くの受験生が戸惑った。これ、入っていいの? もう始まってんの? そろそろ開始? そういった類。
そんな人混みをかき分けてごく一部の受験生が飛び出した。試験が既に開始されている事に気付いて行動した者、工場内の資材は有限である事に気付いていた者、単に早くアイテムを作りたい者。思惑はそれぞれだが、共通して全員がどこか常識から逸脱した思考の持ち主だった。それこそが雄英のサポート科にとって必要な要素の一つでもある。
ドローンや固定カメラからの映像を別室で眺める、サポート科の教師陣の一人が呟いた。
「今年は結構少ないですね、動けるの」
「シチュエーションエリアまでの移動の段階で減点ムーブした受験生は、例年より多いですが」
「え、もう落としたヤツいるの? 不安定な物質って伝えてあるのに。マテリアル管理もエンジニアとして求められるんだがなあ」
常に問われるのは入力した情報を想像力でかき立て、無数の解釈の中から最適を選択する事。要件として伝えてある情報を信じて動けるかどうか。
そして工房を持つようになれば、必然的に市場に出回らない危険物質の保管や、適切な廃棄処分を行わなければならない。そういった無意識的プロ意識も見定められていた。
ディスプレイの向こうではしばらくして、フライングじゃないのあれ? と思っていた層が周りに合わせてようやく動き出していた頃だった。
無人工場内はその名のとおりオートメーション化されており、グレーを基調とした内装に、ラインや土台。目を引くイエローのロボットアームが、未塗装の車のシャシにエンジンやトランスミッションなどのコンポーネントの取り付けを、流れ作業の手術のように行っていた。
発目はラインを管理するコンソールを操作して稼働を停止させる。
さっそくパワーユニット等を慣れた手つきでバラしてみると、どうやら速度は抑えられた造りのようだ。おそらく安全面を考慮しての事だろう。アクセルベタ踏みでも車の法定速度ギリギリか。
奥まったラインにあった高級そうなシャシから拝借した、おそらくハイエンドモデルでこの性能ならば、入口付近にある軽自動車の物は原付より少し速いくらいと推察できる。
ふとルール説明時に見た簡易的な地図を思い出し、事務所を探してドアを蹴破りデスクを漁る。お目当てのモノが見つかり、にまー、と笑みをこぼす。そのままポケットにしまい込んだ。
工場に戻った時には、ハイエンドモデルは初動に成功した受験生に取られていたので、グレードを落とさねばならなかったが発目は構わなかった。
気持ちを切り替え、さっそく想像力を巡らせる。
「さあ、造りますよー、どっ可愛いベイビーを!」
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車、は……いやそんなに手間は掛けてられない。転倒を考慮して三輪バイクがベストか。
発目の助言で初動組に入れた爆豪は、ロボットアームに取りつけられてある溶接切断部を取り外し、多少時間はかかったが大型の工具として扱えるように改造した。
サポート科に向いている個性使いはロボットアームを独立した電源で操作したり、個性で溶接したり、金属部品をいともたやすく加工している。
そんな中、爆豪はなんとか世紀末感漂うありあわせのバイクを造れた。
中学生程度でも自動車が作れるのには理由がある。技術レベルの高さを評価する一つに、シンプルであるという項目がある。
個性黎明期の混沌が終わり、個性による技術的ブレイクスルーが起きた結果、いくつかの分野は飛躍的な成長を遂げた。
自動車もその類で、極限までシンプルなコンポーネントで駆動でき、今では一個人でパソコンを組むように、とまではいかないが、完成させられる。
電気自動車がメインとなったのもそれに起因する。
充電されたバッテリーを確認し、エンジンを点ける。試験用に簡略化されていた電子回路等はそのまま流用するのが前提のようで、問題はなさそうだった。
袖の時計を確認するとちょうど制限時間の終了間際だ。
なんとかなったかと額の汗を拭って、周囲を見渡す。多くの受験生が爆豪と同じ構想のようで、三輪バイクか、作成に向いている個性持ちは四駆を完成させていた。
不意に、背後からどよめきと重い足音が聞こえてくる。
「お、どうやら間に合ったようですね。どうですかこの、どっ可愛い……えーと、誰でしたっけ? あれ、名前聞きましたっけ?」
振り返って固まった。ありていに表現するなら外骨格に身を包んだ発目が見下ろしている。全身を覆うアーマーのようなモノではなく、身体の前後と四肢の側面を補佐するような。
胴体はどことなく車の面影があった。見慣れない手足はロボットアームを使ったのだろう。足にはローラーダッシュできるタイヤ、なぜか複腕もあり、先端には鉤爪が見える。SFに出てくるレジスタンスが、工業重機をバラして戦闘用に作ったかのような無骨さがある。駆動系やバッテリーはバックパックに格納しているようだ。
「いや、あー、爆豪だけど……凄いな、それ」
「おお、爆豪くん。そうでしたか! いやーあり合わせ感が逆にアリって感じですよね!」
ちらと爆豪の背後の三輪バイクを見やる。
「それじゃ! ゴールで会いましょう!」
「いやちょっと待て! なんだその間は!」
あーいやー、と外骨格の前身が開き、四肢の拘束具が外れる。ひょいと降りて爆豪のアイテムを回りながら眺めて言った。
「正直に言うと、普通ですね」
いまの爆豪ができる限りの知識と技術をつぎ込んで作ったアイテムを一刀両断した発目に、負の感情が沸き上がらない。と言えば嘘だ。
しかし発目がアイテムを降りても自立している時点で、彼女の凄まじい才能に圧倒された。おそらく脚部に使ったロボットアームの重さで重心を保っている。総重量はかなりのもののようだが、それを差し引いても文句なく天才だった。
「ふ、普通ってマジか」
爆豪はもう一度辺りを見回す。やはり自分と似たようなアイテム、いや、ところどころでざわめきが起こっている。
目を凝らすと、ハイエンドシャシに使われる硬化材を加工してプロペラを作り、ホバー走行をしている物や、クモのような多脚、人が入れる大きさの球体、ピーキーすぎてお前にゃ無理だよ! と言われそうな深紅の二輪。どれもこれも初動組の作品だ。
マジだった。
爆豪には確かに天性の才があった。勉学も身体能力も個性制御も、なんでも出来る才能の塊だった。
芸術分野にしても、低音から高音までカバーできる歌唱力があり、楽器にしても音感とリズム感で完璧に奏で、筆を執れば美しい画を描くだろう。
但しそれは、やってみたら出来たというものであり、クリエイティブな面は常人の延長線上に位置するレベルでしかない。そしてクリエイティブな面において、隔絶した狂人の想像力が産み出す物とは決定的にナニカが違う。
爆豪には才能がある。それは、歴史に名を残すようなナニカを生み出す才能ではない。
発目のような、世からズレた価値観や頭のネジが外れた思考こそが優れたエンジニアであり、歴史に名を残すナニカを作成するのだ。
初動組のアイテムに気おされる中で一人、発目にぶつかった男だけは余裕そうに三輪バイクに跨っていた。