末恐ろしいな。
雄英の個性練習スペースにて、爆豪との朝練代わりの模擬戦中にオールマイトは内心で唸った。
サポート科の先生方の評価を聞くに、アイテム作成のセンスは中の上程度。他校を受験していればボーダーラインは超えている程度だが、雄英でやっていくにはケレン味が足りない、と言った所らしい。
転じて戦闘センスはやはり抜群に優れている。
「爆豪少年、きみは何か武術をならっていたのかな」
爆豪の瞳が、フェイントを追った上で反応しなかったのを目視して言った。
「いや、特には。今が初めてだ。というか、『OFA』を譲渡してもしばらくは使えるんだな」
「ふむ。これは残り火のようなものだ。傷を負っていなければもっと長くマッスルフォームになれるし、きみの訓練に付き合えるんだがな。『OFA』と言えば、自然に出力を抑えているようだがどんな感覚でやってる? 何パーくらいなら出せる?」
「息が上がらねェように走るって感じかな。多分20%くらい」
では、全速力ならもっと行けるという事か。
「オーケー。少しギアを上げよう……これくらいか、なッ!」
鋭いストレートが爆豪の耳を掠る。フェイントを混ぜられていたら避けられなかった。グローブを着用しているとはいえ、肝が冷えた。
「はっや」
「先ほどと同じく、まずは回避と防御に専念してくれ」
「いつになったら本格的な打撃を教えてくれんだよ」
「まずは自分の身を守る手段を覚えるんだ。相打ち覚悟でヴィランを倒すのは最後の選択。いつも血だらけで市民を助けていては、平和の象徴として頼りないという印象を持たれかねない」
オールマイトの攻撃は高速だが、かなり大振りで直線的だった。フォームを含めた予備動作から、打撃の到達点を予測して避ければ容易いと、爆豪は気付く。
「んな雑な攻撃ばっかじゃ訓練になんねェよ」
「初撃はビビってたくせに」
「ビ、ビビってねーよ!」
「瞳孔の拡大具合を見れば簡単にわかるぞ。相手の精神分析も必要な技術の一つだ」
それに、と乱打して続ける。
「現場で偶発的に事件を引き起こすヴィランは戦闘訓練を積んでおらず、個性に頼った単調な攻撃をしてくる。かと思えば素人考えの悪手とかね。犯罪件数で最も多いのがこういうタイプだ。だから雑な攻撃こそ慣れておく必要がある」
「なるほどな」
だからって瞳孔まで見れるか、フツー。とオールマイトの規格外さに呆れそうにもなる。
「のらりくらりとした防戦も重要だ。市民が逃げるまでの時間を稼がなくちゃあならない時もある。強敵相手だと戦闘の余波があるからね」
「わかったよ。もう防御に関する訓練に口は挟まない」
「よし。じゃあ次は複数人に囲まれた状況での防御訓練だ」
「うん? 他に誰か居るのかよ」
「私が超高速で動き、三方向から攻撃を行う!」
「マジかよ」
引き気味の爆豪に、オールマイトははにかんで答える。
「冗、談」
「わかりづれえ!」
一通りの訓練メニューをこなし、シャワールームで汗を流す。汗が冷えた身体にぬるま湯が心地よく、清潔でモダンなデザインは、高級フィットネスクラブのようだ。
「そういやさ」
と、爆豪はパーティションで区切られたオールマイトに声を掛ける。
「ヒーロー科で、あれだ、スゲー奴っていんの?」
「うん? んー、全員凄いよ。そりゃあ戦闘力だけでみたらきみより弱い子はいる。ヴィランとの直接戦闘もヒーローの仕事だけど、対災害や人命救助も同じくらい立派なヒーローの仕事だ。その面ではきみは、その子たちには敵わないだろう」
「わーかってるよ、んな事……ただまあ一応の目安がいるんだよ。サポート科だと、自分がどの辺なのかわかんねえ」
「そういう意味でなら、そうだな……推薦組の轟少年や骨抜少年は、戦闘面でかなりの強個性だぞ」
「……ふぅん、その二人くらいか」
「あとはまあ、緑谷少年だな。個性制御はヘタだが、ヒーローフリークらしく、先人の知恵というか、欠点を想像力で補っている」
「そっか、そうなんか」
緑谷がヒーロー科に受かった事は、母親伝いに聞いていた。その後どうなったかを凄まじく遠大にオールマイトに聞き、爆豪は自分の感情を整理するのに手間取る。
あいつは俺のナニカを踏みにじった。だからキレた。そこで関係は途切れたから、あいつが何を考えているのかはわからない。
わからないが……わからない。
『爆破』という強個性を持ち腐れにするあいつが許せなかった。俺にその強個性さえあれば誰にも負けるはずがないと考えていたが、発目のような異能者は存在する。
あいつが今、
今でもあいつは、むかし語った偶像を追っているのだろうか。
爆豪はそれを確かめる気にはならなかったし、その勇気も無かった。そうする事で、何が変わる訳でもないと思ったからだ。
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爆豪が教室に入るとクラスに一瞬の静けさが満ち、ふわりと会話が再開された。
こういった扱いは無個性だった事もあり初めてでは無かったので、それほど気にせずに席に着く。
本鈴が鳴り、パワーローダーが煤だらけの生徒の襟首を引っ掴んで教室に入ってきた。薄汚れたサイズの大きいジャンプスーツをはだけさせて袖を腰に巻き、ラフなタンクトップ姿の発目だ。
「とっとと席に着け。あと発目、おまえは工房に入り浸り過ぎだ。こっそり寝泊まりしてないだろうな」
「あはは、そんなまさか、ありえません」
発目はにっこりといい笑顔でパワーローダーの詰問を否定する。徹夜だから寝てない、だから泊まってはいるが寝泊まりでは無いというロジックが通ずると確信して。
「本当だろうな。まあいい、後でご両親に確認とるからな」
仕切り直すように咳払いで壇上に立ち、生徒を見渡して言った。
「はいじゃあ二人組作って、すぐ」
ざわめくクラスで次々と二人組が作られていく。爆豪に声を掛けようとする者はいない。雄英の受験を突破してきた者にとって、爆豪の想像力は普通で、逆に異質に映る。それに、『身体能力の強化』の個性使いがサポート科に入るというのも理解し難い。端田屋のようなブランド目的で入学し、じぶん達の成長の邪魔をされてはかなわないという考えを持つ者も少なくない。
「では爆豪くん、組みましょうか」
そんな中、発目が声を掛ける。
「そりゃいいが、いいのかよ」
「なんですかその意味不明な日本語」
「きみ達には一通り、一般市場では流通していない素材の取り扱いを学んでもらった。今日の授業では、組んだ二人で相手の個性に合ったアイテムを作ってもらう。制限時間は二日後の五限まで。きちんと互いの個性を見極めて、最大限に活かせるように想像力を働かせてください。以上、それぞれ工房に向かって」
やっぱ投げやり感あるよな。と、生徒の一人が漏らしながら、全員が工房に向かう。雄英の潤沢な資金と敷地面積により、サポート科一人一人に工房が与えられている。
クリーンルームでしか使えない機器などは共有スペースにあるものの、基本的な事は狭いながらも自分の工房で出来る。
発目の工房にお邪魔すると、とにかく一見して乱雑に器具が置かれている。彼女が道具をぞんざいに扱うようには思えないので、おそらく計算された場所にあるのだろう。
部屋の隅には失敗作がまとめられており、奥まったところには作成中らしき謎のアイテムが鎮座している。手術台に無数のアームが取りつけられており、台の下には怪しげな液体の入ったボトルとチューブで繋がっている。
「どーですか爆豪くん! 女の子の部屋に入った感想は!」
「あの奥のおぞましいアイテムは入試の外骨格と同じで女なのか?」
「違いますよ! 女の子ってのは私の事です!」
ぷりぷりする発目に、爆豪は付いて行ける気がしなかった。
「それじゃあさっそく作りますか。爆豪くんのアイテムのコンセプトは固まっているので、何か私の『ズーム』について質問があればどうぞ」
「つーかその前によ、なんで俺なんだ」
ぶっきらぼうに疑問を口にする。同情、ではない事は確かそうだ。発目がそんな器用な感情を持つような性格には思えない。
「試験の時に感じたんですが、なんというかこう、そうですね……酵素ってわかります? 洗剤とかによく入ってるやつ。40度くらいのお湯で活発に働くんですが、私が酵素で、爆豪くんがお湯なんじゃないかな、と」
「つまりあれか、俺はお前の叩き台だと」
「そうですね。人力のアイテムで移動するなんてバカバカしくてサイコーでした」
ここまであけすけに言われると、腹が立つどころか逆に感心する。また、実力差がある以上、何を言っても負け犬の遠吠えだ。
それに感慨を覚えないでもない。無個性ゆえに晒され続けた憐れみも同情も軽蔑も、発目はそういった感情を一切向けてこない。完全なる普通の他人と接するのは、爆豪にとっては悪くなかった。
「他に質問が無いならさっそく始めましょう」
うずうずしている発目はダボダボのジャンプスーツを脱ぎさった。
「おまっ!? 何やってんだ服着ろ」
「なにって採寸しないとアイテムを作れないじゃないですか。私は試験の時に爆豪くんの身体を触って確かめてあるので」
さあどうぞ遠慮なく、と爆豪に迫る発目。
「おい発目、親御さんに連絡したら昨日は学校に泊まるって……」
学校に居つくな、きちんと家に帰れと釘を刺しに来たパワーローダーが、工房の扉を開けたまま固まった。
発目がタンクトップにパンイチで爆豪ににじり寄っている。
「え何やってんの」
「あ、お気になさらず。爆豪くんのどっ可愛いベイビーを作る為に必要な事なので」
「ぇええ」
「違う!」
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二日後、日課の朝練が珍しくキャンセルになった。なんでも通勤途中の片手間にヴィランを仕留めたらしい。その際の個性の使用で体力的に無理との事。そんな謝罪連絡が爆豪の携帯端末に届いた。
ま、俺もおんぶに抱っこで平和の象徴の後釜になろうとは思っちゃねーけど。と自主練の後にシャワールームで汗を流した。
サポート科の一限目を知らせる予鈴が鳴った。
アイテムの提出期限である今日の五限目までの授業時間中は、ほぼ全員が各々の工房に籠りきりだ。
爆豪もまた作業用の、いわゆる汚れてもいい私服で黙々と自分の工房で作業している。
一息つくと、発目がやって来た。
「爆豪くんの進捗はどんな具合ですか!」
勢いよく登場した発目の頭部には、パイプや小さなプロペラのついた物物しいスチームパンク風のゴーグルが鎮座していた。
それを見た爆豪は自分の作業台に視線を戻す。クモの眼のように短い双眼鏡のような物が複数取りつけられたゴーグルがあった。
「発目、お前のその頭のアイテム……」
「ああこれですか? 爆豪くんのアイテムを作る片手間に、あったら便利だったので作ってみました。どっ可愛いでしょう!? ……それ、爆豪くんが作ったやつですか? 課題の? 手に取っていいですか」
「あ、ああ」
手早く装着したりレンズを覗きこんだりして爆豪に返す。
「まそんな事より、わたしの課題品が完成したので試着してみてください!」
「そんな事ってどういう了見だてめェ!」
机を叩いて抗議する。
「いやーなんか無理に想像力をアピろうとしてSFミリタリっぽい造詣にした感がありますねそれ……ただ、レンズだけはめちゃくちゃ良いやつで驚きました。よく経費で落とせましたね、テレビ局のカメラでもなかなか使われないクラスですよ」
「や、これ俺がクリーンルームで研磨したやつ」
「マジですか! 受験で崖をクライミングした時から薄々感じてはいたましたが、精密動作性Aですね! ちょっと私のゴーグルのレンズと交換しとこ」
「提出前に取んじゃねーよ!」
「そうでした。レンズ無くなったら普通になっちゃいますね、失礼しました」
こいつと話すのスゲー疲れる。悪気はないのだろうが、だからこそタチが悪い。爆豪は怒る気力も無くなった。
じゃじゃーん、と爆豪の課題品を押しのけて作業台の置かれたのは、受験時に見たような黒いフルフェイスヘルメットだった。ヘルメットシールドはスモーク加工されており、オールマイトを意識してか兎の耳が反ったような意匠が施されている。
「なんだこれ、てかなんでオールマイトのフォロワーみたいなデザインなんだ」
「そりゃもう爆豪くんの個性がオールマイトと似てるので!」
「バカ言え全然俺の個性なんか足元にも及ばねーよ」
発目の指摘から話題を変えようと、なんか不安という感情を飲み込んで被ってみる。ヘルメットシールド内に日本地図が映し出され、急速に拡大されていき、雄英高校のサポート科の棟の一室、つまりは爆豪の工房にピンが立っている。
ヘルメットの内部で発目の声がした。
『どうです? UIを視線で操作できるHMDです。それ一つでバックアップチームと通信できますので、応援にも速やかに駆けつけられます。単独行動で活動する爆豪くんにぴったりですよね』
視線をやると、いつの間にかヘッドセットを装着している発目がドヤ顔している。外側にカメラが付いているのか、視界は開けていた。
どうしてこの距離でわざわざ通信して話すのかは、考えないようにする。
「なんだ単独行動って」
『爆豪くんのスピードについて来られる人ってそうそういないでしょ。他のヒーローと連携なんて無理です。あと変声機能も付いているので』
「なんでそんな機能を」
『秘密にしている個性を爆豪くんと結びつけないようにする為です。あえて普通な外見もコンセプトの一つです』
「別に秘密の個性なんてねーよ」
『受験の時の傷口を『ズーム』で確認したら、血栓が作られるまでのスピードが尋常じゃなかったですよ』
「は?」
『血小板の作用が早すぎます。
言われてみれば、と爆豪は記憶を探る。退院する時に医者はたいそう驚いていた。
『OFA』は身体能力を受け継ぐ個性だ。それは筋力や持久力に限られるはずだが、超回復や自然治癒力も含まれるのだろうか。それとも爆豪の個性制御のセンスで、培われてきた回復力の継承も開花したのか。というか、そんなミクロの世界まで『ズーム』出来るのかと唖然とした。
「ま、どうでもいいけどよ。赤で塗りつぶされたエリアがあるんだが、これなに?」
『オールマイトの髪のような意匠は飾りではなく二本のブレードアンテナでして。赤い所は私との交信不可エリアです……え、近場にそんなとこあります?』
「あるな。校内のUSJって場所だ」
ほんとだ、と発目は携帯端末でHMDの地図と同期をとった。
『妙ですね。極めて高度なジャミングが行われないと赤エリアは表示されないし……って事は雄英内のセンサーが停止してるって事ですし』
爆豪は、オールマイトならどうするか、
工房の窓を開け、身を乗り出してヘルメット内のインカムに言う。
「ちっとばかし見て来るわ。保健室にオールマイトが居るから、いちおう妙だって事を伝えといてくれ」
『さっそく実践テストですか。いいですよ! でも正体バレずに帰って来てくださいね。それ、提出の時はオミットしますがGPSの衛星をゴニョゴニョしているので!』
あいつ、進級前に捕まるんじゃないだろーか。
爆豪は他人事を考えながら、軌跡に細い炎色の雷光を残して駆けた。
後悔の地へ。