「好き」って言わないで。   作:ilru

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近しい人間ほど嫌われたくない。

 爽やかな風が頰を撫でる感触がして目を開ける。周りを見渡してみると雲梯や滑り台、砂場などがあることから恐らく公園だろう。公園で寝落ちでもしたかと思ったが、僅かに浮遊感を感じることから明晰夢だと理解する。

 

 再び公園に意識を戻せば、ブランコのところに3人の子供がいた。ターコイスブルーの綺麗な髪の子供が3人、仲良くブランコで交代交代遊んでいるようだ。

 

「あははははは、うーちゃん、見て〜!」

「わぁ〜日菜姉ちゃんすご〜い!」

「ちょっ、日菜、危ないわよ」

 

 ブランコでかなり高いところまで漕いでいる日菜姉さんとそれを無邪気に褒める私、心配している紗夜姉さんがいた。そういえば日菜姉さんは昔私のことを「うーちゃん」と呼んでいたのだった。最近まともに話さないから忘れていた。

 

 そういえば昔はこうやってよく3人で遊んでいたな。何も昔から姉達を避けていたわけじゃなかった。小さい頃はよく遊んでもらった。

 でも自分が小学校に入った時からだったろうか。段々周りが見えるようになってきて、気づいてしまったのだ。周囲が日菜姉さんや紗夜姉さんのような結果を出すことを望んでいることを。そして、自分にはそれが無理であることを。

 初めは頑張って応えようとした。友達と遊ばずに学校から帰ったらずっと勉強とピアノをし続けた。頑張って自分を見て欲しかった。「私だって出来るんだよ」って言いたかった。

 でも、賞を取ることは愚か、数年後に興味本位で始めた日菜姉さんに抜かされた。コンクールで結果を知るたび、両親は「また次があるよ」と毎回言ってくれたけど、その目には何も孕んでいなかった。私が落ち込むだろうから言っておこう程度のものだった。

 悔しかった。見返してやりたかった。そこからさらに、勉強の時間を削ってピアノをしたが日菜姉さんにすぐに抜かれた。受賞した時、両親が私には見せない笑みを向けられている日菜姉さんが羨ましかった。妬ましかった。どうして私には才能がないのか、自分の無能さが不思議だった。

 でも、ピアノをやめようとは思わなかった。やめたら何も残らないから。自分の短い人生の半分を費やしたピアノを取ったら、自分の価値がなくなってしまうような気がしたから。

 

 外の景色が変わっていることに気づき、意識をそちらに向ける。どうやら日菜姉さんがピアノで2度目の金賞を取った時のようだ。この時はまだ日菜姉さんのことは好きだった。

 親は共働きで家にいる時間も短く、紗夜姉さんは昔から勤勉であまり遊んでくれなかったから、日菜姉さんだけが私の遊び相手だった。親に失望の目ばかり向けられていた私のとって、日菜姉さんの屈託のない笑顔だけが私を認めてくれているような気がした。日菜姉さんは私にとって月を照らす太陽の存在だった。だからだろうか。日菜姉さんに前面の信頼を寄せていたから、彼女が言った一言が今の私を作り上げた。

 

「なんでうーちゃんはこんなこともできなかったの?」

 

 初めて、日菜姉さんから向けられる落胆の感情。当時、日菜姉さんとの日々だけが生き甲斐だった私にとって、この一言で何かが壊れた気がした。日菜姉さんだけは、私に失望しないと信じていたのに、私を裏切らないと信じていたのに。

 唇をわななかせ、肩を震わせた後、とうとう感情が爆発した。

 

「日菜姉ちゃんに、日菜姉さんに私の何が分かるの!」

 

 そう言って部屋へ閉じこもってから、怒ったことをひどく後悔した。日菜姉さんは何も悪くない。私が悪いんだ。私が日菜姉さんの望んだ「氷川憂月」になれなかったのがいけないんだ。私が勝手に日菜姉さんに依存していただけだ。勝手に日菜姉さんに私の理想を押し付けてしまって、望み通りにならなくなったら怒鳴り散らしてしまったのだ。

 私の心が弱くなかったら。日菜姉さんに蔑まれてもそれは一時の感情で、いつもの興味本位で聞く質問で、私がちゃんと答えていれば良かったのだ。謝らなければ、とすぐに思った。

 でも、いざ謝ろうとすると、吐き気がして背中や額から汗が出てくる。脳裏にあの時の日菜姉さんの表情が散らつく。また仲良くなって、日菜姉さんの期待に応えることができなかったらどうしよう。あの表情を見せられて、自分は耐えられるだろうか。

 日菜姉さんのことは世界で一番大好きだ。だからこそ、彼女を失望させたくない。そう思うと、とても謝ろうという気にはなれなかった。

 確か紗夜姉さんが苦手になっていったのもここからだった気がする。紗夜姉さんだって十分恵まれた才能を持っているのにまるで自分は何も出来ない人間のように振る舞うその姿に次第にイライラしていったのだ。

 あなたが出来損ないだと言うのなら、私は一体なんなのだろうか。路傍の石ころか。人に認識されることもなく踏み潰される蟻なのか。悲劇のヒロインを気取る紗夜姉さんが段々憎くなってきたのだ。ヒロイン気取りという面では、私も人のことを言えたことではないと思うが。

 

 またも風景が変わる。中学の帰り道、校門の前に立っている日菜姉さんの友達たちの会話を私が盗み聞きしているところだ。

 本当はそういうつもりはなかったのだが、日菜姉さんが周りからどう思われているのか気になって悪いことだと思いつつ聞いてしまった。自慢の姉だ。きっとみんなにも尊敬の眼差しを向けられているんだろうと思っていた。でも、現実はどうやら違うかったらしい。

 

「氷川さんさ〜、なんかウザくない?」

「分かる、なんでも出来るからって調子乗ってるよね」

 

 驚愕、そして悲しみと不安が瞬時に脳内を襲った。

 自分が大好きな日菜姉さんが悪く言われていて泣きたくなった。

 いつも日菜姉さんと仲良く喋っている友達が裏では悪口を言っていて驚いた。

 そして、日菜姉さんも同じように裏では私のことを出来損ないだの無能だのと罵っているのかもと思った途端、目の前が真っ暗になった。

 もう、誰も信じられない。そう思った。こんな場面を見てしまえば、どんなに人が私を褒めても、相手が私と親しい存在でも、裏では誹謗中傷を繰り広げているのではないか気になるのも仕方ないと思う。

 人の好意すらまともに受け止められないのだ。一緒に遊んでいた時、日菜姉さんはよく私に「好きだよ。」と言ってくれたが、今ではもうそれすらも本当なのか疑ってしまう。自分のことを可愛がってくれた、たった1人私を見てくれた姉すらも疑ってしまう自分を殺してしまいたくなる。

 

 意識が覚醒する。陽はまだ出ていないから5時くらいだろうか。服が汗でぐっしょりと濡れていて気持ち悪い。まるで自分の感情のようだ。学校もあるし昨日の夜入らなかったから早めにシャワーを浴びなければと急いで支度し始めた時に、カレンダーが目に入った。今日の日付を見てみると、曜日は土曜日を示している。いよいよ悩み過ぎでボケ始めてしまったかと思いつつ、用意しかけた制服を綺麗に折りたたみ、着替えの部屋着だけを持って浴室へ足を向けた。

 

 

 

 





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