「好き」って言わないで。   作:ilru

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蝶の夢。

 さて、一緒に出かけるとは言ったものの早くも胃が痛い。胸辺りから何かが込み上げてくる感覚がする。この3年間ろくな会話をしていなかったのだ。急に2人っきりで出かけるのはいくらなんでもハードルが高過ぎた。

 

 やっぱり断っておけばよかった。そしたらこんな思いをせずに済んだのに。でもそうしたら折角の日菜姉さんの勇気と親切を無に帰すことになる。それだけは絶対にしたくない。自分が日菜姉さんにしてきた数々の罪を自覚しているからこそ、日菜姉さんのためなら自分は身を粉にしてでも贖い続けなければならない。自分の弱さが招いた身勝手な行動がどれだけ日菜姉さんを悲しませたか想像くらいは出来る。

 

 その肝心な日菜姉さんは現在、着替え中である。自分はそれをずっと待っている。時刻は9時過ぎ。両親は1時間ほど前に家を出たし紗夜姉さんもつい先ほどギターの練習に行ったので家には私と日菜姉さんの2人しかいない。

 

私が日菜姉さんと外出すると知った時、紗夜姉さんは何処と無く寂しげな表情をしていた気がするが一体全体どうしてそんな顔をしていたのか。まさか私に日菜姉さんを取られるとでも思ったのか。

もしそうなら多分それはとんだ思い違いだろう。日菜姉さんはあくまで家族として私と仲良くしたいのであって多分日菜姉さんの心は紗夜姉さん一筋だ。これは多分死ぬまで変わらないと思う。日菜姉さんにとっての紗夜姉さんは最も優先されるべきもので他は二の次だ。

 

でもそれじゃあどうして自分を誘ったのだ。紗夜姉さんを誘えば良かったのにどうして私なんかを先に誘ったのか。何か理由があるのか。日菜姉さんの思考は、こと人間関係においては複雑なようでかなり単純だったりする。紗夜姉さんが1番で他は自分の利になるようにするからだ。それなら私と仲良くなることで紗夜姉さんとも仲良くなれると日菜姉さんは思っているのだろうか。

 

 あり得ない。紗夜姉さんが日菜姉さんを避けている理由と私は全くの無関係であるはずだ。

 

 ならどうして私を誘ったのか。ダメだ。全く分からない。思考がこんがらがってきたので考えるのをやめる。どうやっても答えが出ないときは思考放棄するのが1番だ。だから自分成長しないのだろうが、誰がめんどくさいことをわざわざ好き好んでするんだ。

 

 2人しかいない部屋だと普段は意識しない音が聞こえてくる。外の車の音だったり、時計の針が秒を刻む音だったり、自分の息や衣擦れだったり色々だが、今は部屋で鼻歌を歌っている日菜姉さんの声が1番聞こえる。

というか、二階の声が一階まで聞こえるとはどれほど大きな声で歌っているのか。鼻歌というか熱唱の域に近い気がする。どれだけ嬉しかったのか私にはよく分からないがまあ嫌がられてないから良しとしよう。

 

 しかし暇だ。本を読むにはあまりにも短すぎるしかと曲を聴くしてはいつ日菜姉さんが着替え終わるか分からない以上中途半端に聞いてラスサビだけ聞けないとかは嫌なのでイヤホンを耳につけることも出来ない。今日はあまりよく眠れなかったし仮眠でも取っておくとするか。最悪目を閉じるだけでも幾分かマシになるだろう。

 

 目を開くと、そこにはたくさんの何かが荒々しく飛び回っていた。初めは鳥かと思ったが、それにしてはやけに小さい。しばらく目を凝らしてから、ようやくそれが蝶だと認識できた。石炭袋のように、真っ黒な蝶。無性に嫌な予感がしてきて、近くにいた1匹に手を伸ばし、力の限り握りつぶす。

蝶は何故か血を散らすことなく、灰となって静かに消えていったが、嫌な予感は大きくなり続けるばかりで、それを払拭するために次々と蝶を殺していく。

 

 いくら殺しても気は晴れず、ついには全て残らず灰となったが、膨大な何かに気をとられ過ぎてそれに気づかず、私は一心不乱に手を空に切り続けていた。まるで、飛び狂う蝶のように。

 

 右手に違和感を感じた。視線を向けると、指先が微粒子のように散り散りなっていっている。それを止めようと必死に右手を抑える。が、今度は左手も粉々になっていく。次いで右足、左足も同じように。消えゆく自分に必死に抗い続けたが、叶うことなくついには全て灰になってしまった。

 

 灰になった自分の体から、1匹の蝶が姿を現した。真っ白な蝶だ。その蝶は、不安定な軌道を描きながら遠くへ飛んで行っていた。それに手を伸ばそうとしたが、すでに自分の体が無いことに気づき、心だけ虚しく残り続けた。

 

「ねぇ、ねぇ憂月、大丈夫?」

 

 日菜姉さんの声で目が醒める。軽い仮眠のつもりがどうやらがっつり眠ってしまっていたらしい。時刻はもう10時を等に過ぎていた。まさか1時間以上も日菜姉さんを待たせてしまった自分に毒づきながら、何故か汗ばんでいる体を洗うために服を脱ぐ。

 

 何か不吉な夢を見ていた気がするがどうも思い出せない。別に思い出せないくらいなら大して宛にもならないだろうから気にするほどでもないだろう。それよりもこれ以上日菜姉さんを待たせないためにも急いでシャワーを浴びて服を着替えなければ。

 

「ごめん日菜姉さん。体が汗で気持ち悪いから急いでシャワー浴びてくるね。15分後には家を出れるようにするからそれまで待ってて。」

「え、うん。分かった。」

 

 日菜姉さんの返事を聞いた瞬間、急いで自分の部屋へ行き替えの服をクローゼットからひったくり、浴室へ突入。勢いそのままにあらかじめ日菜姉さんとしゃべっている時にすでに脱いでいた上着を洗濯カゴに投げ入れ、ズボンと下着も続けて入れていく。10分でシャワーを浴び終え、2分で着替えて、3分で髪を乾かす。15分ジャストでリビングに戻り、日菜姉さんに声をかける。

 

「用意できたよ、日菜姉さん。」

「そんなに急がなくてもいいのに。」

 

 そう言いながらもどことなく嬉しそうな日菜姉さんがこちらに寄ってくる。先ほどまで立っていた場所には姉妹3人が仲良く公園で遊んでいる時の写真が収められていた。

 

「よしっ、それじゃレッツゴー!」

 

 底なしに明るい日菜姉さんの声を聞きながら、一緒に家を出る。空は雲1つなく、太陽の光が燦々と地面を照りつける。学校以外では基本引きこもっている私には悪魔の所業のように辛いのだが、日菜姉さんにとってはとても気持ち良いものらしい。暦ではまだ春のはずだが夏がしゃしゃり出てきて来て少し暑い。もう少し薄い服を着てくるべきだったか。

 

「そういえば日菜姉さん。今日はどこに行くんですか?」

 

 暑さをあまり意識したくないのでぎこちなくも日菜姉さんにそう尋ねる。今日の朝に誘われたのだ。計画を練る時間などあろうはずもなく、どう動くかは日菜姉さんに任せるつもりでいる。

 

「んーとねー、ノープラン!」

 

 人差し指を顎に当てながら少し思案してからにぱっと笑顔でそう言う。他人がやってたら狙ってんのかと思うが、日菜姉さんがやると心の闇が浄化せれるくらい様になっている。お陰でしばらくは自己嫌悪しながら話さずにいけるだろう。誘っておいて無計画なのは人としてどうかとも思ったが、そこは日菜姉さんだからという理由で無理矢理納得する。

 

「でも夕方はライブハウスに行こう!」

「良いですけどどうしてですか?」

 

 日菜姉さんに実は音楽の趣味があっても別に不思議ではないが、少なくとも家でそのような素振りを見せた覚えはない。首を傾げていると、日菜姉さんががまるで我が事のように胸を踏ん反らせながら教えてくれた。

 

「今日はおねーちゃんがライブする日なんだ!」

 

 ああ、それなら合点もいく。紗夜姉さんはギターをやっているし今日ライブするのならベタ惚れの日菜姉さんは絶対に観に行きたいだろう。

 

「へぇ。なんていうバンドなんですか?」

「えーとね、確かRoseliaだった気がする。」

「名前の由来とか分かりますか?」

「薔薇のroseと椿のcamelliaだと思うよ。」

 

 あの向上心の塊みたいな紗夜姉さんが組むバンドならさぞかし凄いのだろう。ボーカルとかプロレスラー並みの声量がありそうだ。多分そんなことはないだろうけど。ごめんなさいまだ見ぬボーカルの人。

 

でも多分技術はものすごく高いのだろう。家でたまに弾いているのを壁越しで聴くが紗夜姉さんのギターは打ち込みの音源を聴いている錯覚がするくらい精密だ。それと釣り合うほどなら多分プロにも引けを取らないどころかテレビでたまに見る期待の新星バンドとかよりもレベルが高い可能性がある。自分が嫌だから過度な期待はしないがそれでも少しは楽しみだ。

 

「じゃあ午前中はどうしましょうか?」

「デパートで買い物しようよ!」

「良いですね。」

 

 そこで会話が途切れる。デパートまでは徒歩で後10分ほどの場所に位置する。話さなくなった途端、また色々な不安や猜疑心が波となって襲ってくる。変な受け答えをしていなかったか。何か不快な思いはさせていないか。息は臭くないか。誰もそこまで気にしていないところまで気になってくる。

 

 また、どうして日菜姉さんが私を誘ったのか、何故私なのか、性懲りもなく何度も考える。ライブがあるから紗夜姉さんを誘わなかったのか理解できるが、かと言ってそれが自分を誘う理由にはならない。日菜姉さんに限って、1人が嫌だからという理由はないだろう。思いつきで1人で天体観測に行くような人物なのだから。

 

どうして何度も酷いことをした自分を誘うのかが思いつかない。誘う理由がないのだ。私が日菜姉さんに良くしたことなど一度も無い。と言うかあの日以来自分が最低限の会話以外は避けていたのだ。今日はなんとか勇気を振り絞って先まで会話していたが、多分毎日しろと言われたら出来ない。日菜姉さんから歩み寄ってくれなければ、臆病で自分を守ることしか頭にない自分にはどうしても自分から何かすることが出来ないのだ。

 

 自分よがりな自分に腹が立つが、事実話しかけようと日菜姉さんの部屋の前に立つ度に目眩と頭痛がするので中々自分からしようと言う気分にならない。多分今日は突然のことでうまく現実を飲み込めなかったからあんなに前向きになれたのだと思う。

 

 今日一日で、自分が日菜姉さんに対してどれだけ抵抗をなくしていけるか、それが今後の姉妹関係を大きく左右するだろう。今はまだなんとかどうにかなっているが、何かしらの形で才能の差をまざまざと見せつけられたら、もしかしたら日菜姉さんに強く当たってしまうかもしれない。

 

 日菜姉さんは何も悪くないのだからこれは自分が堪えなければならない。そも、この姉妹関係の拗れは全て私側に問題があるのだ。私が勝手に自分の無能を恨み、姉さん達の才能に嫉妬した。

 

 本当は昔のようにずっと部屋に、自分に世界に閉じこもり続けたかった。だってその方が楽だ。他人との繋がりのない自分しかいない世界。人間関係に悩まず、自分がしたいことだけを出来る。

 

 でも、そのままだと自分は何1つない変わらない、進まない、永遠に嫌になったら人に当たって、現実から逃げ続けるクズのまま死んでいってしまう。それだと私に歩み寄ろうとし続けてくれている姉さん達が報われない。

 

 前まではその優しさが憐れな小娘を救ってやろうみたいな自尊心に満ちた憐憫のように感じられて顔をナイフでぐちゃぐちゃにしてやりたいくらい気持ち悪くて仕方なかったが、流石に3年も時が過ぎれば少しは頭が冷める。

 

例えもう一度裏切られ、見下されて自分の精神が崩壊しようと、それは誰にも迷惑はかからない。なら、日菜姉さん達が望む未来に向かって進み続けなければならない。今まで散々周りを苦しめ自分を大切にしてきたのだから、今度は身を滅ぼしてでも関係の改善に努めるべきだ。自分に向け続けていたその甘ったれた愛情を姉さん達に向ける時が来たのだ。

 

 くだらない自己犠牲だがそれで未来が明るくなるなら幾らでもしよう。日菜姉さん達はそれを見て私を引くかもしれないが、私は必ず日菜姉さんと紗夜姉さんの仲の改善に全力を捧げよう。そして今度は、今度こそは、日菜姉さんの期待に応えるのだ。もう二度と日菜姉さんにあんな表情はさせない。日菜姉さんには常に笑っていてほしい。皆を照らす太陽の存在になってほしい。

 

 決意を新たにしていると、デパートが見えてきた。

 

「日菜姉さん、見えてきましたよ。」

「本当だ!ねぇ、まず服を見に行こう!」

「良いですよ。」

 

 さぁ、ここから自分の心がどれだけ持つか、勝負どころだ。




大変遅まきながら

星乃宮 未玖 様
テテフガチ恋民 様
落元 和泉 様 評価☆9ありがとうございます

餅大福 様
黒川エレン 様 評価☆8ありがとうございます

ぼるてる 様
剛玉 様 評価☆5ありがとうございます

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