「憂月、次これ!」
「日菜姉さん、まだやるんですか?」
私と日菜姉さんは只今絶賛買い物中である。というか日菜姉さんは湯水のように次々と出してくる服をひたすら試着し続けている。私は着せ替え人形なのだろうか。時々自分の趣味じゃないようなまるでお嬢様みたいなふわふわしたスカートみたいな服も渡してくるが、着なかったら日菜姉さんが不機嫌になるかもしれないので心を無にして大人しく着替える。
年頃の乙女としてどうかと思うが、私は正直ファッションに興味は微塵もない。着て恥ずかしくなかったらなんでも良いやみたいな感じだ。服にかける金があるなら本やCD、ゲームに好きなアニメのグッズなど自分の趣味にかけたい。そのためクローゼットには服は上下でそれぞれ5種類くらいしか存在しない上にどれも例外なく黒か白である。今着ている服も白がベースのTシャツに黒のパーカーと同じく黒のスカート、あと黒のニーソに黒のランニングシューズと見事に黒尽くしである。だって赤とか青とかめちゃくちゃ目立ちそうで中々着る気にはなれない。というか黒の安心感が半端ないのだ。これ着ときゃとりあえず何も言われないだろうと思っていたら気づけば9割の服が黒となっていた。決して某二刀流みたいにイキッた訳ではない。断じてだ。
だからか、着せ替え人形として色々な服を着るのは疲れるし面倒ではあるが、自分が普段着ない色を身に包むのは新鮮なのでちょっぴり楽しんでいたりする。
「覗かないで下さいよ。」
「え〜、どーしよっかなー。」
「やめて下さい。割と、本気で、マジで。」
口ではそう言いながらも、内心少し期待しながら試着室にまた入る。もしかしたら自分はマゾかもしれないことに傷つきながら服を脱ぐ。今回渡されたのは自分がいつも着ているような感じなので抵抗なく着替える。黒のカーディガンに青のボーダーシャツ、下はジーンズのようだ。着替え終わったのでカーテンを開け日菜姉さんに一周して全体を見せる。
「どうですか。」
「うーん。中々るんって来ないなー。」
ぶっちゃけ服に関してはどうでもいい。ただ日菜姉さんに構ってもらえてる、自分を見てくれている。日菜姉さんが自分のために嫌な顔1つせず時間を割いてくれている。そのことがたまらなく嬉しいのだ。多分今年に入ってからの幸せランキング堂々に1位だ。心の中でエクスタシーを感じていたら日菜姉さんが不意打ちを食らわせてきた。
「でも、今の憂月にはすごいるるるんってくるな!」
嗚呼、日菜姉さんはずるい。今まで塞ぎ込んできた自分が莫迦みたいじゃないか。どうしてもっと早くこの幸せに近づかなかったのか。手を伸ばせばそこにあったのに。
今なら喜んで死ねる気がする。首吊り火炙りなんでもござれだ。多分数分で泣き喚くだろうけど。逆にここまで幸せだと後で何かしらよからぬ事が襲ってくるのではないか不安になってくる。
人生はプラスマイナスゼロだとかどっかに阿保が言っていた気がする。まぁ、今それを考えるのは邪推だろう。日菜姉さんとの時間にこの邪な感情は不要だ。マイナスが襲ってくるのならその時はその時だ。未来の自分が足元を掬われない事を祈って今はこの幸福を噛み締めておこう。
それから、ゲーセンで軽く遊び本屋へ行き、今は楽器屋さんの前だ。ゲーセンでは日菜姉さんがクレーンゲームでフィギュアとかヘッドホンとか色々なものを乱獲していた。恐らくまた無造作に部屋に飾られるのだろう。統一性がなくても日菜姉さんが飾ったら絵になるのだから不思議だ。
本屋では特に買う予定はなかったのだが、「黒死館殺人事件」が珍しく置いてあったのでこの機会を逃すまいとつい買ってしまった。この本は本屋にも古本屋にも中々置いてないのでこうしてあるのはかなりレアだったりする。今は確かフィツジェラルドの短編集を読んでいる途中だからそれを終わったら読もう。
今後の読書の計画を立てながら歩いていると、日菜姉さんが楽器屋の前で足を止めたので、そこに入る。自分は特に興味がなかったので、日菜姉さんを楽器スペースに入ったのを確認した後楽譜があるところに行く。
何か知っている曲の楽譜はないだろうか。あっ、n-bunaさんの新しいバンドスコアが出ている。でもさっき本を買ったので少しは抑えなければ。
買いたい衝動を抑えるためにバンドスコアのインタビューのところを読んでいたら、日菜姉さんがキラキラと目を輝かせながらこちらに向かってきた。
「ねぇ憂月、今お金持ってる?」
「へ?え、うん、一応少しあるけど、何で?」
「欲しいギターがあったんだけど、お金ちょっと足りなくて。」
「え、日菜姉さんギター始めるの?」
「うん!おねーちゃんが弾いててるんっときたから。」
取り敢えずまた日菜姉さんに悩まされることになるであろう紗夜姉さんに合掌しておく。私も紗夜姉さんと同じような境遇にいるので僅かだが同情してしまう。まぁ、私の方が才能がない上に2人からプレッシャーをかけられていたのでどうして1人だけで才能もある紗夜姉さんがあれほど悩むのか理解できないが、まぁ姉の矜持とか私には無かったものがあの人にはあるのだろう。
姉妹とはいえ他人である紗夜姉さんのことなどどれだけ考えてもあまり意味は無い。それよりも今は日菜姉さんのギターだ。
「どれくらい足りないんですか?」
「えーと、1万くらい?」
「…残念ながら持ってないです。でも取っておくことは出来るそうなのでお金がたまったらまた今度来ましょう。」
「うん、そうだね。じゃあ店員さんに言ってくるからちょっと待ってて。」
ちらりと日菜姉さんの顔を見る。そこにはギターが買えないことに対する落胆の目が浮かんでいた。私に向けられたわけでは無いが、心が痛む。また私は日菜姉さんを落胆させてしまった。次は有り金全部持ってこよう。日菜姉さんのその顔は私の心を壊すトリガーとなり得るのだ。
今が大丈夫だったがその内容や雰囲気次第では確実に崩壊する。私と全く関係ない無いのに少し気分が沈んだのだ。自分に向けられたら絶対に精神が壊れる自信がある。
なら見なかったら良いのにどうして見てしまうんだろう。学校の人達にしているのと同じように、日菜姉さんの顔も見ないようにしてしまえたらこんな気苦労のせずに済むのにどうして見てしまうんだ。
ふと心当たりがあることに気づく。多分、日菜姉さんに自分を理解して欲しいからだろう。自分を見てほしい。自分の存在意義を確かめたい。日菜姉さんの視線を利用することで自分を価値のある人間だと思いたいのだろう。
だとしたら素晴らしいクズだ。人の好意すら利己的な欲求のために利用してしまう。やはりこんなクズのために日菜姉さんに時間を無駄にさせるのは申し訳ない。
でもここで断って帰る事を日菜姉さんは望んでいない気がする。いや、それすらも自分の思い込みだろう。「自分と一緒にいたいと思っている氷川日菜」を自分が勝手に作り出しているだけに過ぎない。自分の理想を日菜姉さんに押し付けているのだ。
「帰ったよー!あれ、憂月、どうしたの?」
「うわっ!へ、え?な、何?」
「え?なんか悩んでそうだったから大丈夫かなーって。」
「ああ、うん、や、はい。大丈夫ですよ。日菜姉さん。それより次はどこに行きます?」
「うーん。じゃあ少し遅いけど何か食べに行こう?」
「紗夜姉さんのライブに間に合うんですか?」
「あっ、すっかり忘れてた!じゃあライブハウスにレッツゴー!」
日菜姉さんが急に視界に入ってきた思わずたじろぐ。すぐに沈んでいた思考を切り替えて笑顔を浮かべ、日菜姉さんの話を聞く。
この感情を日菜姉さんに勘付かれるわけにはいかない。これは自分の問題だ。誰かの手を借りて解決出来るものじゃ無い。それは甘えて逃げているだけだ。それに、知られたら日菜姉さんにまたあの目を向けられる可能性がある。「なんでそんなに考えるの?」、「どうしてそんなことで一々悩むの?」と。多分無いと信じたいけど絶対と言い切れない以上可能性は潰して然るべきだ。
ーーーー
ライブハウスで紗夜姉さんのライブを視聴する。こういう場所の行くのは初めてだったのであまり勝手は分からなかったが、日菜姉さんのお陰でとりあえずはなんとかなった。まぁ紗夜姉さんの出番になった途端最前列まで行ったので自分にあの人混みに突っ込み勇気はなく1人心細く最後列でじっと見ていたのだが。
それにしても紗夜姉さんの、いやRoseliaの、というべきか、演奏はとにかくすごかった。圧巻の演奏とはこの事を言うのだろう。結成したばかりと言っていたがそんじょそこらのウェイウェイしている陽キャのバンドよりも100倍は完成度が高い。何も知らなかったらプロですと言われても気づかないレベルだろう。
というかボーカルの人の声量が本当にプロレスラー並みにあった事が分かった時にはその場で腹を抱えて笑いそうになった。流石に自粛するが。というかそもそもプロレスラーの声量をあまり知らないのだけどとにかく迫力があった。あんなか細い体のどこからそこまでの声が出ているのか甚だ疑問である。これも日菜姉さんと同じように生まれ持った才能なのか、それとも紗夜姉さんのように努力の賜物なのか私には判別し得ないが何か人を魅せつけるものがあった。取り敢えず明日は日曜だしカラオケにでも行こうか。久しぶりに歌いたくなった。誘う友達はいないが。
「おねーちゃん、すごかったねー憂月!」
「そうですね、日菜姉さん。」
興奮冷めやらずと言った感じの日菜姉さんに相槌を打ちながら会場から出て、近くにあったカフェテリアの机に向き合って座る。途中から自分も声を出していたのでだいぶ喉が乾いた。何か飲み物を入れてこよう。確かチケットにドリンク代が含まれていたから頼めるはずだ。日菜姉さんもRoseliaの時にめちゃくちゃ声を出していたので恐らく同じく喉からっからの状態だろう。
「何か飲みますか?」
「あ、うん。じゃぁジュースもらってきてくれる?」
「分かりました。」
ジュースと言われても具体的に何の味のジュースがいいのか分からないので、取り敢えずオレンジジュースでも頼んでおこう。健康にも良いし。
「すみません。アイスコーヒーとオレンジジュースを1つください。」
「はい分かりました。少々お待ち下さい。」
少し待ってからドリンクを両手に持ち、席に戻る。
「はい。日菜姉さん。なんのジュースがいいか分からなかったからオレンジジュースにしときました。」
「ありがとう、憂月。」
日菜姉さんが満面の笑みで感謝を述べると同時の凄まじい勢いでジュースをストローで啜る。
よっぽど喉が渇いていたのだろう。ものの数十秒で飲みきり、「ぷっはー」と満足げに息を漏らした。私も日菜姉さん程ではないがそれなりに喉が渇いていたので、気持ち速めにアイスコーヒーを飲む。どうやら紗夜姉さんを待つつもりらしいが、恐らく打ち上げなどがあるだろうから先に帰っておこうという旨を伝える。
「そっかー。それなら仕方ないね。」
渋々と言った感じだがどうやら納得してくれたらしい。あとは私が飲みきるだけ。あと一息で飲みきれるだろうという量まで来た時、何かを思い出したかのように、あっ、と日菜姉さんが突然声を上げた。とてつもなく嫌な予感がする。背中や額から冷や汗が滝のように溢れ出る。
「そういえばさー。」
「どうしたんですか。日菜姉さん。」
「そう、それだよ。」
「どれですか?」
何も分からず首を傾げる。
「け、い、ご。どうして姉妹なのに敬語なの?」
「それは…」
なんて言おうか。
あなたのせいです。あなたが才能を持ちすぎたから、私はあなたの嫌味をいう奴を影で見て人を信用できなくなりました。だから、敬語を使い始めました。あなたが私を構ってくれるから、私があなたに依存しないように、私の心が壊れてしまわないように、自ら一線を引く事で自分を守るために、敬語を使い始めました。
瞬時にこの言葉を思いつき、喉まで出かけたところを無理矢理飲み込む。これらは本心ではあるが、同時に日菜姉さんへの僻みでしかない。本人にこんな事は口が裂けても言えない。どうにかして他の言い訳を絞り出そうと考える。
「どうして、あたしを昔見たいに『日菜姉ちゃん』って呼んでくれないの?」
あなたのせいです。信用していたのに、あなただけは私に何も期待せず、ただ私を笑顔にしてくれる存在だと思っていたのに、あなたは私に失望の目を向けたから、呼び方を変えました。愛されていたいけど、明確な一線を引くために、呼び方を変えました。
えらく自己中心的な考え方だ。自覚すればするほど反吐が出る。私は一体何様なのか。自分が誰よりも偉いとでも思っているのか。何故こんなにも反論してしまうのか自分でもよく分からない。気づいたらしてしまっている。
「ねぇ、どうして何も言わないの。」
あなたのせいです。あなたにそのずば抜けた感性があったから、昔から話し相手があなたしかいなかった私は、理解されないものを話すくらいなら言わない方がマシだと無意識に感じたからです。どれも、これも、私がこうなったのは、人の視線が気になるのも、自分を責めるようになったのも、人と話せなくなったのも、人の期待に恐れるようになったのも全部、全部、あなたのせいです。あなたのせいなんです。あなたの、あなたの、あなたの、あなたの、あなたの、あなたの、あなたの、あなたの、あなたのーー
…いや違う。落ち着け。違う。断じて違う。絶対に違う。何を勝手に暴走しているんだ。日菜姉さんのせいじゃない。
私のせいだ。人と話せないのは、私が人に期待されないようにするため。期待に応えられない自分がとった逃げの手段だ。
昔みたいに呼べないのは、私に強い精神がなかったから。日菜姉さんのように、周りからどう思われても気にしない鋼の精神力を持ち合わせていなかったから。弱い自分を守るため、日菜姉さんに嫌われないように、『日菜姉ちゃん』じゃ厚かましいかもと思い、『日菜姉さん』と呼び名を変えた。敬語なら嫌われることはないだろうと思った。敬語なら、たとえ距離が開いても嫌われはしないだろうと思ったから。
嫌われても日菜姉さんを愛する心を持ち合わせていないから、口調を変え、逃げて、停滞を選び、構われる事で確実に愛される道を選んだ。日菜姉さんを理由に弱い自分を守り、変われない自分を肯定したいだけだ。
「あたしは憂月のこと好きだよ。でも…」
嗚呼、頼むから、その続きを言わないでくれ。頼むから、私を壊さないでくれ。しかし、私の願いも届くはずもなく、日菜姉さんはゆっくりとその言葉を口にした。
「憂月がどう思ってるか、言ってくれなきゃ分かんないよ。」
いつもの癖でつい日菜姉さんの顔を見た。見てしまった。そこに浮かんでいたのは明らかすぎるくらいの失望。あなたが、よりによってあなたがそれを言うのか。その顔で、その言葉を発するか。過去のトラウマが瞬時にフラッシュバックする。今まで堪えていた何かが堰を切ったような感覚がした。
否、自分の感情を吐露するためにあえて切った感覚を作り出したとでも言うべきか。このまま何もせずに耐えれたかどうかは微妙だ。黙秘を行使し走ってその場を逃げ出せば少しは良かっただろう。
でも、私は最悪の手段を取ってしまった。恐らく、考え得る限りの最悪な手段を。
「…日菜姉さんに、日菜姉さんに私の何が分かるの‼︎」
肩をわなわなと震わせる。机を叩きつけ、力を込めて怒鳴り、その勢いで立つ。突然の怒鳴り声にまばらにいた他の客たちが一斉にこちらを向く。日菜姉さんも突然のことに目を大きく見開いているが気にしない。自分の中を支配する邪悪でどす黒い憎悪と憤怒をを躊躇なく吐き出す。
「日菜姉さんに期待を裏切る後ろめたさが分かる⁈人に失望の目を向けられる辛さが‼︎周りの視線が自分を縛り付ける感覚が‼︎自分の無能さを恨む気持ちは⁈努力を圧倒的才能でねじ伏せられる気持ちは⁈何も分からないでしょ⁈だって日菜姉さんがそうしてきたんだもん!」
泣きながらも口は塞がることなく、とどまる事を知らない感情が次々と口撃を続ける。
「言わなきゃ分からないって言っても日菜姉さんには分からないでしょ⁈どうして言っても伝わらないって分かってるのに言わなきゃいけないの⁈私のことを好きって言うならどうしてあんな目をするの⁈私をそんな目で見ないでよ‼︎ただ笑っていて。お願いだから、私にそんな目を向けないで。今の私を、受け入れてよ…」
最後はもはや慟哭と呼ぶにはあまりに弱々しいものだった。懇願、と言ったほうがいいだろう。
自分の失態に気づき、唇を強く噛む。痛みは無く、口内に鉄の味が広がる。叫ぶことでアドレナリンでも出たのだろうか。手も強く握りしめていたので爪が入り込んで血で赤くなっているが、そんなことよりも、日菜姉さんに怒ってしまったことへの罪悪感で頭の中はいっぱいだった。
やってしまった。これだけは、この気持ちだけは絶対に言わないと心に決めていたのに。弱い心は己の醜悪すら塞ぎ込むことも出来ないのか。
嫌われた。絶対に日菜姉さんに嫌われた。もう二度とよりを戻すことは出来ないだろう。今日一日、楽しい時間を過ごしてもしかしたらと思ったが最後の最後で失敗した。どれだけ前向きになっても、明るく振舞おうとしても、結局何1つ私は成長していなかった。3年前から何1つない進んでいなかった。壊れた心は壊れたままなのに、勝手により強固なものとなって直っていると思い込んでいた。
実に滑稽な光景だと思う。見事に過去の再演を果たしたわけだ。ただ違うのは、私が反論したことだろうか。もしかしたら私は退化してしまったのかもしれない。
昔の私は何も言い返さず、自分の世界に塞ぎ込んだことで誰も傷つけずに済んだが、今はどうだ。私が最も愛する人、唯一私を愛してくれる人を、他の誰でもない私が傷つけた。言葉のナイフを彼女に振るったのだ。
もう、どうにでもなれ。ここまで来たのだ。何もかもを晒してしまったほうが楽かもしれない。もう日菜姉さんから愛されることもないだろう。
このまま家出して1人で生きていくのもいいかもしれない。日雇いのバイトで最低限の金を稼げばいいし足りなくなったら体を売ればいい。安い人生になるが高い金を得られる。元々日菜姉さんに愛されることでしか価値を認識できなかった人生だ。価値を与えてくれる人は自らの手で手放してしまったのだ。今更自分の人生を気にすることはないだろう。
「憂月…」
「やめて、近寄らないで。そうやってまた私に優しくして、期待させて、失望するんでしょう。もうそんな想いするのは嫌なの。もう私に近づかないで。」
「あっ、待って…」
近づいてきた日菜姉さんに憎々しげに視線を放ちながらそう言い放つ。多分、人生で初めて日菜姉さんを拒絶したと思う。これはさしもの日菜姉さんも相当来るものがあるんじゃないだろうか。いっそ良いざまだ。少しは傷ついて自分の行いの罪深さを自覚してしまえ。弱々しく手を伸ばす日菜姉さんを鼻で笑いながら振り払い、外に出る。
空は雲ひとつ無く、太陽に照らされた三日月が醜いクレーターを露わにしながら、ニヒルな笑みを浮かべていた。でも、何故か月よりも、小さく、儚げに輝く星に私の目は釘付けだった。